喫茶リコリコは、店の中心人物の方針により、様々な困りごとを解決する何でも屋をやっている。もちろん、悪に加担することはないが、ある時千束がこんなことを言っていた。
「善とか悪とか、立場によって変わるからね。誰かのために解決した事件で、他の誰かに恨まれることもあるし、因果な商売だよ、まったく」
いずれにせよ、殺しを専門としているDAとは一線を画している。
今日は千束が仕事で店を留守にし、ミズキは次の依頼の話があるとかでやはり不在にしている。クルミは役に立たないので、一人でフロアを走り回っていると、見慣れた制服の女子学生が店に入ってきた。
正確に言えば、学生風の女子だろう。DAが誇るナンバー2、春川フキは店内を一瞥すると、「忙しそうだな」と元相棒のセカンドリコリスに声をかけて、カウンター席に座った。
そして、何でもないように「手土産だ」と言いながら、たきなのポケットに小さな封筒を突っ込んだ。
カウンターでミカと話すフキを眺めながら、再び仕事に専念する。封筒の中身は気になるが、今はそれどころではない。フキもそこまで急いではいないようだ。
仕事がひと段落つくと、改めて封筒を開けた。中には折り畳まれた手紙が入っており、「明日の朝までに一人でDAに来ること」と一行書かれていた。念のため手紙の裏や封筒の内側も確認してみたが、他に情報らしきものはなかった。
「口で言えばいいのに。っていうか、メールで良くない?」
首を傾げながら独りごちる。通常、こういう場合、ネット回線に乗せてはまずい情報が書かれているか、たきなの署名が必要な書類が入っていたりする。そのどちらでもないのにわざわざフキが持参したことには、必ず意味があるはずだ。
しばらく考えた末、たきなは文中にある「一人で」という三文字に着目することにした。フキがこの手紙をたきなに渡したのも、ミカやクルミの見ていないタイミングだった。
つまり、他の誰にも──特に千束には知られずに来いということだろう。正解かはわからないが、そう解釈して、閉店と同時にDAに向かった。丁度仕事から帰った千束にどこに行くのかと聞かれたが、家に帰ると答えておいた。どんな小さな嘘でも、相棒に事実ではないことを言うのは心が痛む。まあ、DAは経由するが、家に帰るのは本当なので、この嘘は許してもらおう。
その日、家に帰ったら日にちが変わっていた。疲れていたが眠れそうにないので、お風呂を沸かして肩まで浸かる。
呼び出された理由は、特に変わったことではなかった。ある人物を殺すという、DAではごくありきたりな仕事を言い渡されたのだ。
それがリコリコを経由せず、こんな回りくどい形でたきなに伝えられた理由も明解だった。この仕事内容はDAのナンバー1には受けられないし、むしろ邪魔になる。
だが、たきなは今は千束のパートナーである。DAの仕事は基本的には二人で組んで行うことを考えると、やはり千束は依頼を断るだろうし、自分ではなくセカンドであるたきなに伝えられたことに気分を害する可能性もある。序列を気にする人ではないが、自分に内緒でこそこそ動かれるのは嫌がるだろう。
念のためそう伝えると、上層部の人間は淡々とこう告げた。
「基本的には、だ。今回はお前一人でやれ。必要ならエリカをつけてもいいが、足手まといになるだけだろう」
「フキさんは?」
「フキは他に外せない仕事がある。そして、今DAでフキの次に殺しのスキルのが高いのはお前だ」
おだてているわけではないようだ。実際、フキの足元にも及ばないが、他のセカンドリコリスには負けない自信はある。腕を買われて仕事を与えられるのは誇らしく思う。
若干引っ掛かるのは、この依頼を千束に内緒にして完遂する必要があることだ。たきな自身はそこまで不殺を貫いているわけではないので、悪人を殺すことに躊躇はないが、たきながそういう仕事を受けることを、相棒の千束は良く思わないだろう。
元より、千束に話すことは禁じられている。あくまでDAの命令で仕方なくということにしよう。
たきな自身も、仕事の達成と引き換えに、DAに戻して欲しいなどとは願わなかった。リコリコは居心地が良い。今更千束と離れたくないし、千束ほど己を貫いて仕事を断ることも出来ない。ファーストの千束とは立場が違う。
何も求めずに、今回の仕事だけは受ける。そして一人で片付ける。それが、DAと千束の両方の顔を立てた、たきななりの妥協案だった。