とある黒猫になった男の後悔日誌   作:rikka

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100:ウエスト・ブルー海戦―④

「敵将ゼファーは副総督が討ち取った! この戦い、我ら黒猫の勝利だ! 押し崩せぇっ!!!」

 

 多くの海兵を育ててきた男が膝を突き、そのまま倒れた。

 その事実は瞬く間に海軍旗艦の兵士達に広がり、戦線が完全に崩壊する。

 

 倒れたダズを守りながら、代理の指揮官としてアミスが声を張り、指示を出す。

 

「アミス、アタシも前線に出るよ。第一艦隊の援護のためにも、後顧の憂いは潰しておきたい」

「ええ、お願い。私は副総督を旗艦に――」

 

―― ……ぅ……っ……。

 

 その時、倒したハズの巨漢がわずかに声をあげる。

 

「……先生」

「は、ハハ……まだ……俺をそう呼んでくれるか」

 

 立つ事さえままならないのだろう。

 ジリジリと身体を動かし、どうにか体を仰向けにして、海兵達のもう一人の父は荒い息を吐く。

 

「アミス」

「大丈夫、アイリ。それよりも前線を――」

 

 

「――船室奥の護送用の牢屋を押さえろ。モプチの王族二名が中におられる」

 

 

 そうして零された情報に、親衛隊の二名はギョっとした顔で『黒腕』を見る。

 正義を背負った海兵服を斬り裂かれ、三本の爪痕が生々しく残っているその身体は、声を出すために必死に酸素を求めて上下している。

 

「そういう……命令だった。勝てば王族二名を保護した海軍が噂とは裏腹に悪逆非道の賊だった『黒猫』を撃破しモプチを解放。万が一不利になれば、この船をお前達に沈めさせて移送していた王族二名を黒猫に殺させる……と……」

 

「世界政府……どこまでも……っ」

 

 歯を噛みしめ、そのまま噛み砕きそうな勢いのアイリの肩を、アミスが軽く叩く。

 同時に旗艦へ合図を送り、反応して自分の手に咲いた(・・・)耳に向けて小さな声で、その情報を伝える。

 

「先生」

「む……」

「なぜ、その情報を? 貴方は海軍の人間。我々に教える必要はなかったでしょうに」

「……政府への……意趣返しというのも、っ、あるが……ああ」

 

 

「――命乞いだ」

 

 

 そう大した時間を共にした訳ではない。

 

 

「大事な情報を伝えたのだ……っ。見逃がしてくれ」

 

 

 だが、それでもこれほどの男が決して口にしないだろう言葉を耳にして、アミスとアイリは目を丸くさせる。

 

「俺はここで死ぬわけにはいかん。いかんのだ……」

「それは、海兵としてですか?」

「いや」

 

 

「約束がある」

 

 

 

「男の約束が……お前達の総督と……クロとの……っ」

 

 

 思わず、アミスとアイリは顔を合わせる。

 

 

「こうも手酷い裏切りを働いておいて、こんな事を言う資格なぞあるはずもない、が……っ」

 

 

「せめて……せめて……っ」

 

 

 アミスは小さく息を吐いて、前方の戦いを見る。

 本部大将という最高戦力が倒されたことで、前線は完全にこちらの流れとなっている。

 

 四人いた親衛隊の二人――キャザリーとトーヤのペアが見当たらないのは、恐らくロビンを経由した報告を受けて、船倉内部にいるという王族二人の救出のために突撃したのだろう。

 他の戦闘員の中で特に腕の立つ面々が船室出入口の周囲を固め、他の兵士達は親衛隊二名の指揮のもとに次々に海兵達を船から海へと叩き落している。

 

「……逃げる時間は与えますが、マストに火を付けさせてもらいますよ。こちらが勝利したという分かりやすい狼煙がないと、双方無駄に犠牲が増えるだけです」

「道理、だが……手厳しいな」

「勝ち方と同じくらい、終わらせ方を考え続けろと総督より厳命されておりますので」

「ハッハハハハハハ! ……っ……ぅ……なるほど……ああ」

 

 胸が痛むにも関わらず抑えきれずに大声で笑ったゼファーは、だが身体を起こすことなく、空を仰いだまま、

 

 

「……完敗だな」

 

 

 と、小さく呟いた。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「大体ミホーク、主殿の覇気を習得したのはともかく今の攻撃はなんじゃ。貴様剣士であろうが、その刀で戦わぬか」

「なに、気を取られていたというのもあるが――」

 

 一方で本隊と分断された第一艦隊と海軍の海戦は、吹き飛ばされた赤犬の前で『海賊姫』と『海兵狩り』が軽口を交わしていた。

 

「例のご隠居(・・・)との模擬戦では大抵これでやられていてな。こちらも渾身の――それこそ叩き斬るつもりの一刀が、毎回指先一つで止められるのだ」

「……ああ、うむ、まぁ」

 

 モプチで王族の警護に付いてもらっている隠居(・・)に吹っ飛ばされた経験のない幹部や親衛隊は一人もいない。

 当然ハンコックも渾身の蹴りを防がれた事があったので、よく覚えている。

 

「恐ろしい速度で成長していくクロやダズに簡単に追いつかれるのが癪で訓練に身が入っていたのもあるが、あのご隠居に一本入れたくて毎日刀と鍬を振るっていた」

「……おい、今余計な物が――」

「つまり、あれだ」

 

 親衛隊を始めとする精鋭達を育て上げた、黒猫最高戦力のその男はニヤリと笑い――

 

「意趣返しというヤツだ」

「本人に返さぬかっ!!」

 

 どーん、と全力でしょうもない宣誓をした。

 その背中に海賊少女の足が突き刺さる。

 

 あまりに隙だらけに見える二人だが、海兵達はあの『赤犬』を吹き飛ばした二人の武力に一歩が踏み出せず、先に動こうとする場慣れした兵士達は、クリスを始めとする親衛隊の面々の牽制を受けてやはり身動き一つ取れずにいる。

 

 第一の矢であるのと同時にもっとも危険な局面に投入することになった第一艦隊には、特に攻撃力の高い親衛隊員が3チームも同行させられていた。

 並の海賊団どころか、それこそ海軍本部艦隊でも下手な編成では一瞬で蹴散らしかねない戦力である。

 

 

―― どこ……までも……っ

 

 

 そうこうやりとりをしている内に、再びマグマが燃え上がる。

 

「どこまでもふざけよって。腹が立つのう、おどれらはぁっ!!」

 

 その怒りが能力に影響したのかと見間違うほどに身体が変化している。

 赤く輝くその身体を一瞥して、だがハンコックは身じろぎ一つせず、

 

「ふざけているのは貴様らじゃ。まさか最前線を務める旗艦の牢に、モプチの王族を閉じ込めて来るとはな。そなたら海軍は主殿の恩を仇で返すだけに飽き足らず、信義すらも踏みにじるか」

 

 変化があったのは『赤犬』だ。

 驚愕の表情で相対する二人の海賊を見ている。

 

「今しがた報告が入った。副総督、ならびにアミス達親衛隊が敵将ゼファーを撃破。旗艦を落とし、再編成を終え次第こちらに来るという事じゃ」

「……馬鹿な……あの『黒腕』が……」

 

 赤犬が常に口にしている葉巻が、ポロリと落ちる。

 

「制圧したトーヤとキャザリーがお二人を保護した。ボロボロで二人とも立つ事すら儘ならぬとな」

 

 明らかに隙でしかないが、赤犬が向こうを見る。

 大将ゼファーが率いる旗艦――そこらの海賊など相手にすらならない『黒腕』率いる部隊がいるハズの海域を。

 

 燃えている。

 絶対正義の証である、誇り高きカモメの旗が。

 

「モプチ王族の方々は、主殿が聖地防衛に貢献したがために、その恩賞として捜索,保護されたと聞く。……実態はどうあれ、の」

 

 恐らく気付いているのはミホークと一部の親衛隊、そしてロビンとペローナ位だが、内心ハンコックのはらわたは煮えくり返っていた。

 

「それがこのザマか。海賊である我らはともかく、非加盟国とはいえ一国の王族と確かに認めた者達すらこのように扱うのか」

 

 もし全滅させても構わないという作戦だったのならば、すでに能力を駆使して敵の全てを石へと変え、この海に砕いて沈めていただろう。

 

「そなたらが(かた)る正義とは政府の後ろ盾の下に約定を踏みにじり、加盟していない国ならば人としての尊厳すら認めず、秩序のためと(うそぶ)きながら統治のための弱者を作り出す事に腐心しておる。その挙句の敗北とは……ハッ――」

 

 

「随分と安く、狡い正義ではないか。のう? 赤犬」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

(なるほど……。ハンコックの奴め、触れぬ覇気を会得した事にも驚いたが、本当に将として大きく成長している)

 

「そこまでコケにされたんなら、たとえこの船が沈むことになってもお前らを逃がすわけにはいかんのう……」

 

 ハンコックの挑発に乗り、怒りに燃える赤犬が本格的に能力を発動させ始める。

 巻き込まれる事を恐れた海兵達は、赤犬が手で逃げる事を示した途端に一斉に海へと飛び込み始めている。

 

 こちら側も、親衛隊を除く兵士は撤退を始めている。

 恐らくロビンが能力を用いて手配したのだろう。

 

 甲板が熱で燻り、近くの船室の出入り口が燃え始める。

 そして海風がその炎を煽り、火の粉が舞い上がり、マストへと移り始める。

 

 それが大火となるのに、それほど時間はかからなかった。

 

(各前線では、ロビンから知らせを聞いた親衛隊や艦隊の幹部がゼファー撃破を喧伝しているハズ。現に向こう側の旗艦はこちらでも見える程に燃えている。そこでこの旗艦にまで火の手が上がれば……)

 

 兵士は思うだろう。まさか黒腕に続き赤犬まで落ちたか、と。

 兵士は思うだろう。まさか、船を燃やさねばならぬほどに赤犬が本気にならねばならないのかと。

 

(ただでさえ連携が取れぬ数と一部の質頼りの軍隊もどき。ここで士気が崩壊すれば、他の船での戦闘は大きくこちらに傾く)

 

 三本爪のマークに、自らの尾を食らう大蛇を縫い足したスーツを身にした少女は真っすぐ赤犬を見据える。

 

(将器……か)

 

「副総督とアミス達がやってみせたのじゃ。ミホーク、やるぞ」

「当然だ。ここで働かなければクロやダズに合わせる顔がない」

 

「十数名残っている敵兵でも精鋭と見られる者達は、我ら親衛隊が相手を致します」

「必要でしたら援護にも入ります。何なりと申しつけください」

「うむ」

 

 悪くない。

 

 刀を振るうに足る理由があり、肩を並べるに足る同僚がおり、死に物狂いで追いすがって来た、共に戦うのに不足のない弟子達がいる。

 

 そして、今この海にはいないが――刀を預けるに足る将がいる。

 

 二度と持つ事はないと思っていて、手にすることはないと思っていた物が、いつの間にかこの背にある。

 

 苦い思いの象徴であるものが、いつの間にか寄り添っている。

 

(大方お前も大将に追われているのだろうが、大将一人や二人でどうにか出来る口ではあるまい)

 

 刀を握る手に力が入る。

 戦う前にハンコックにも言われたが、恥知らずな裏切りへの怒りと――同時にそれとは違う様々な感情が自分の剣気を研ぎ澄ませている。

 

(さっさと帰ってこい、クロ)

 

 赤犬はハンコックよりも、特に自分に敵意を向けているが、同時に散漫でもある。

 先ほどの一撃が良い所に入ったのだろうか呼吸も荒く、その攻撃は極めて読みやすい。

 

 恐らくゼファーもそうだったのだろうが、戦いに適した精神状態とは言えない様子でもある。

 

 

(我らには、お前が――)

 

 

「……む?」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 黒猫と海軍の戦い――後に西の海(ウエスト・ブルー)海戦、あるいはモプチ独立戦争と歴史に刻まれる事になるその海域に、四隻の軍艦がたどり着く。

 その旗に印されているのはカモメのマーク。

 この海の平和と秩序を守る、正義の象徴。

 

「発起人となっておいてなんだが……まさか、これほどの人員が集まるとはな……」

 

 だが、その正義の象徴には奇妙な三本の線が描き足されていた。

 まるで爪痕(・・)のような三本線が。

 

「それだけ、西の海の将兵達は絶望していたのでしょう。海兵奴隷に始まり海賊連合、その後の復興調整に加えて五老星との問答、単独での聖地出頭……その挙句がこの戦いです」

「皆、あの海賊にこそ未来を視ました。世界政府ではなく、彼の」

「……そうだな」

 

 その先頭に立つ老兵は海兵の制服ではなく、無地の黒いスーツを着て戦線を見極めていた。

 

「タキ准将、ご命令を」

「もはや准将という階級は不要だ、ビグル大佐。……あ、いや……」

 

 老兵は側に控える兵士と真顔でしばし顔を見合わせ、それから同時に小さく吹き出してしまう。

 

「やれやれ、染みついた癖というのはやっかいだな」

「まったくです」

 

 クックックッと少しの間笑い、タキは再び前方を見る。

 燃え盛っている本部軍艦と、そこから離れた所で沈みかかっている軍艦や、まだ戦闘が続いている船が。

 

「おそらく、燃えている船はもう決着が付いているか、あるいは黒猫の主力と赤犬が戦っている最中じゃろう。ここで我らが割り入れば戦況を乱しかねん」

「では」

「うむ――取り舵一杯!」

 

 側についていたビグルの「とぉーりかーじ!」という叫びを聞き、操舵手が素早く舵を取る。

 

「未だ戦闘を続けている海軍艦に接舷、移乗攻撃を行い黒猫を――」

 

 

 

友軍(・・)を支援する!」

 

 

 

「征くぞ、三本爪の旗に――」

 

 

 

「夜明けの旗に続け!!」

 

 

 

―― ハッ!!!!!!!!!

 

 

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