とある黒猫になった男の後悔日誌   作:rikka

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102:新世界脱出戦―③

 海軍の歴史の中でもそうそうないだろう、最精鋭による攻撃作戦は失敗に終わった。

 敗因には、戦力を絞る事になったと言うのもあるだろう。

 本来ならば大艦隊を以っての一大決戦を仕掛けなければ危ういレベルの相手だった。

 それを、隠密性の必要があると政府に頭を押さえられての準バスターコール級の戦力での戦い。

 

 薄々、黒猫を知る兵士は皆、どこかでこうなる事を予感していた。

 

 

―― まさか……大将が二人とも負けるなんて。

 

 

―― やっぱり『黒猫』だったんだよ。総督不在でも……あぁ、ちくしょう。

 

 

 命からがら残っていた艦に負傷兵を回収できるだけ回収して、海軍残存艦隊は無事離脱した。

 ……大将二人を倒された時点で、海賊側の戦力が攻撃よりも負傷者の救助を重視し始めたのが大きかったからであるが、それでも無事に死地から脱出できた。

 

 本来ならば戦闘が終了した後はモグワを拠点とするつもりだったのだが、制圧のための分艦隊からは連絡が途絶えたまま。

 おそらくはタキ准将のように『黒猫』についた兵士達の艦隊に依って沈められたのだろう。

 

 つまり、モグワは今頃完全に『黒猫』の勢力下になっている。

 地元住民はこれまでの活動で黒猫を信頼しているし、統治に関しても彼らは十分経験を積んでいる。

 仮に政府が工作を働こうとしても、そう簡単にはいかないであろう。

 

「……わかっちょった事……じゃがっ……最悪の士気じゃのう……」

 

 そうなれば頼れる基地は限られていた。

 こちらが黒猫を攻撃するために使用した基地。

 最も早く到着でき、最も早く生き残った兵士達に手当てを施せる場所はそこしかなかった。

 

 小さいとはいえ島丸ごとが海軍基地である要塞。

 その港へたどり着き、ようやく安全圏へとたどり着いた頃にはすっかり暗くなってしまっていた。

 

「出迎えすら出さんとは……奴らめ」

 

 基地に残していたのは政府の補充人員が主だ。

 彼らは可能な限り黒猫との戦線に立たせろと言ってきたが、海軍からすればやり方も分かっていない連中など可能な限り減らしたかったため、可能な限り彼らを留守番組に編成したのだ。

 

 とにもかくも、真っ先にやらなければならないのは被害の再確認。

 そして兵士達に手当と休息を与える事であった。

 

 軍港に降り立つ。

 迫る闇を照らすための篝火は焚かれていた。

 

 それらを一瞥して、深手を負ったゼファーに代わり比較的傷の浅い赤犬が、舌打ちをしながら指揮を執る。

 

「急いで負傷兵を運び出して休ませい」

「ハッ! ……大将も、急いで治療を受けた方が」

「わしは後でいい」

「……ハッ」

 

 佐官時代からサカズキの補佐を務めて来た海兵が敬礼をして、近くの兵士に指示を与えながら去っていく。

 

(……失うばかりの戦じゃった)

 

 何一つとして得る物がなかった。

 西の海においては頼りになるハズだった油断できない同盟相手を失い、兵士が倒れ、政府の補充兵も失い、大将二名の敗北によって海軍の面子は完全に潰れ、挙句に海賊側に多くの兵士が付く始末。

 

(良い事があったとすれば、海兵の被害は比較的少なく、逆に政府の補充戦力(・・・・)がかなり削られた事くらいじゃのう……)

 

 後から来たくせに兵士全員に偉そうにしていたお目付け役である特別中将八名は全員、追撃に入った海兵狩りや親衛隊の面々に討ち取られた。

 その影響下にいた戦力も散々に蹴散らされ、生き残った兵士でも戦意を完全に喪失している者が出ている始末。

 

 政府戦力の海軍内部の影響力はかなり落ちた。

 恐らく政府は再び盛り返そうとするだろうが、それには相応の時間がかかるだろう。

 

(新世界でのあの男の始末がどうなったかによっては、再攻撃命令が飛んで来るじゃろうが……どれだけの戦力をつぎ込めるか……)

 

 本来ならば、黒猫のおかげとはいえ落ち着いている西の海に拘っている場合ではないのだ。

 

 聖地復興のための資材や食料の回収を、各国の影響力や状況を考えながら差配していたクロがいなくなった途端に、天竜人は手当たり次第に物資をかき集めるようになった。

 

 そのための護衛やらで海軍も多くの兵力を割かれている中、海賊の発生率が高まり、被害が拡大している。

 その対応に当たるべき海兵は、ただでさえ数が足りていない。

 そう、どの海でも足りていないのだ。

 

 だというのに政府は、戦力はともかくその危険度は極めて低い相手にこうも戦力を出させ、無為に使い潰す真似をする。

 

「……もし奴が西の海に帰って来たら……本当にあの一味は誰にも止められんかもしれんのう」

 

 それは、海軍大将としては言ってはいけない言葉だ。

 だが、認めざるを得ない。

 なにせ、彼が聖地へ行く前に残したのであろう策一つにこれだけしてやられたのだ。

 

 海賊、『抜き足』のクロ。

 いや、抜き足改め――『千視万計(せんしばんけい)』。

 

 千の事柄を視据え、万計を以って迎え撃つ、齢十四にしてすでに世界屈指の軍略家。

 これから先、海軍がもっとも警戒しなくてはならない海賊。

 

(潰すには、確かに今しかありゃせん。兵隊と頭が分かれている今しか……じゃが……)

 

 兵士達が、基地に残された物資を整理している。

 敵の追撃があってもおかしくないのだ。個々の武装とは別に、船に砲弾を積み込まねばならない。

 

 

―― あれ?

 

 

 だが、その兵士の一人が砲弾の詰まった箱の片方を持ち上げて、首を傾げる。

 

 

―― おい、なんかコレ……。

 

―― ああ。

 

 

 

―― なんか、ちょっと軽いよな?

 

 

 その言葉が耳に入った途端、嫌な予感が――いや、寒気がサカズキの背中に走った。

 

「おい、そこの」

 

「は、ハッ!」

「申し訳ありません大将! すぐに積み込みますので!」

 

「いい。その箱、中身を確認させい」

「ハッ、直ちに!」

 

 大将赤犬。

 その性格の苛烈さで有名な赤犬の指示に、兵士達は箱を地面に降ろして一度敬礼し、すぐに箱の蓋を開けて見せる。

 

 そこには砲弾がギッシリ詰まっている。

 篝火の赤い輝きを受けて、それでもなお黒く輝く砲弾の一つをサカズキは手に取り、

 

「――、そういう……事かぁ!」

 

 それを握る手を赤く輝かせる。

 数歩離れている兵士にも、サカズキの能力の熱気が伝わり、爆発すると思った兵士は反射的に慌てて距離を取ろうとして腰を抜かしてしまう。

 

 だが、あらゆるものを溶かす熱を受けたその砲弾は爆発せず、燃えて(・・・)溶けた(・・・)

 

(ろう)じゃとぉ!? 全員、基地の物資を全て確認せぇ!!」

 

 サカズキの怒りの籠った怒声に、兵士達は驚きながら慌てて走り回り、全ての物資を確認する。

 

 

―― い、医薬品は大丈夫でした! 全て本物です!

 

―― 砲弾に弾、火薬の類は全て蝋で作られた偽装です!

 

―― 誰か人を寄こしてくれ! 第四倉庫に、縛られた上で蝋で固められた兵士が寝転がされている!

 

―― 食料もだ! 半分以上が着色された蝋の偽物です!!

 

―― ちくしょう、金属製品から備品……資料棚の中身までご丁寧に偽装されてる! 電伝虫までだ!

 

 

 次々に飛び込んで来る報告が、一つの事実を全将兵に知らせて来る。

 

 自分達がモプチの近海で死闘を繰り広げていた間に、この基地は一度落とされていた。

 

 特に向こうにとって決戦であったハズの黒猫は、にも拘らず更に別動隊を用意してこの基地を一度落としていたのだ。

 

(……待て、なんでわざわざ偽装をしておるんじゃ……?)

 

 落とされたことは、良くはないが不思議ではない。

 敵兵の精強さは身に染みて分かっている。

 

 黒猫との決戦のために、この基地の兵力の大半すらも注ぎ込んでいた。

 ある程度の数の黒猫の兵士に、親衛隊の二、三人が指揮を執って攻め込んできたら一溜まりもない。

 

 だが、なぜそこに偽装まで重ねた?

 

 確かに人がいなかったが、一見して陥落したことが分からない程に見事な偽装だった。

 

 だから、海兵達は皆船を付けて、下船し――。

 

 

「……っ! イカン! 全員、船から離れい!!」

 

 

 赤犬が叫んだその瞬間、最初から係留されていた軍艦が一斉に傾きだす。

 船底に無数の大きな穴が開けられており、それを塞いでいた蝋が溶けてしまった。

 時間が経てばそうなる様に仕掛けられた、火縄と炎を使った時限トラップが見事なタイミングで発動したのだ。

 

 

 瞬く間に底に海水が流れ込み、軍艦が――再攻撃の際に使うハズだった軍艦が全て沈んでいく。

 蝋が仕込まれていたマストは、仕掛けられた炎に包まれ、燃え盛る。

 

 残っている軍艦――あの戦いですでにボロボロになっていた軍艦も――

 

 

 

―― 突然飛んできた()の刃によって、その全てが斬り裂かれてしまった。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「へっへっへ。よしよし、上手くいったな」

 

 最後の〆である艦船全ての無力化という大任を終えて、『黒猫』の同盟相手であるカポネ・ベッジは望遠鏡で戦果を確認してから、嬉しそうに笑って葉巻の紫煙を燻らせる。

 

「いやはや、海兵達が寝返ってくれたおかげで多くの兵力をこっちに注ぎ込めたのは助かったガネ」

「ああ、思っていた以上に備蓄物資が多かったからな。基地を落とすのもそうだが、積み込みや偽装の時間を稼げたのはデカい」

 

 第一艦隊の別動隊として、特に隠密行動に長けた精鋭で編成した特別攻撃部隊。

 彼らの輸送役とトドメの船を沈める役を兼ねていたベッジと偽装役として動いていたギャルディーノは、接収した大量の物資を見て笑いが止まらない。

 

「出来る事ならば医薬品もせめて半分は持っていきたかったのだガ……」

「向こうが仕掛けた以上全力で応戦するが、無節操に殺し合いがしたいわけじゃねぇってアピールにはちょうどいいだろう。食料だってある程度(・・・・)は残してやったんだ」

「救助の船が来るだろうギリギリのラインだ。日に日に士気はガタ落ちになるだろうし、政府側兵士と海兵の間で諍いや奪い合いが起これば文句はないんだガネェ……」

「まぁ、手当てが必要な連中が生き残れば、飯の量は更に増える。誰かがそれを騒ぎ立てれば……」

 

 

「フッハハハハハ!!!」

「ヘッヘヘヘヘヘ!!!」

 

 

 

「アンタら本当に悪い顔で笑うね。クロ総督ほどじゃないけどさ」

 

 その二人を見て嘆息するのは、総指揮を執っていたサンダーソニア。

 

「にゅ~~。……わかっちゃいたけど、やっぱりアンタら海賊なんだよなぁ。……ベッジさんの所の兵隊なんて、俺にとっちゃもう屋台の常連ってイメージしかなかった」

 

 それに今回も見張り役――海軍の残存艦隊の動向を見張り、素早く情報を共有していた魚人開拓団――の主要な連絡員として働いていたタコの魚人のハチ、はっちゃんである。

 

「おう、ハチ。他の魚人連中も見張りに輸送船の護衛とアレコレご苦労だったな。おかげでタイミングは全てバッチリだったぜ。……まぁ、予定外の戦力の追加でちょいと狂っちまったが」

「ああ、うん……。ベッジの城内に積み込んだ大量の長距離砲、結局一発も撃つ必要がなくなったからねぇ」

「念のために用意した対赤犬用の放水装置も、一度圧縮したあと普通に排水するだけになったガネ」

 

 

―― クハハハハ、火薬や砲弾が節約できたって事だ。喜べよ

 

 

 幹部級の人員と親衛隊の面々が微妙な顔をしている時、その傍らに砂嵐(・・)が湧き上がる。

 本来――それも偉大なる航路(グランドライン)ではない西の海のこの海域ではまず発生しないそれが晴れた先には、一人の海賊(・・)が立っていた。

 

「クロコダイル。まさか、偉大なる航路(グランドライン)の『砂漠の王』がここに来るとはな」

「出航前にロビンが逃がすことを提案していたって聞いてるけど、まさか恩返しかしら?」

「馬鹿を言え、海賊ってのはビジネスだ。無駄な真似なんざ俺がするわけないだろう」

 

 先日、ニコ・ロビンを狙いキャネットを襲撃した大海賊。

 そしてジュラキュール・ミホークと親衛隊が打ち破り、モプチの牢獄に捕らわれていた男はベッジと同じように葉巻を燻らせ、使える船が完全に無くなった海軍基地を見る。

 

「戦術的に勝ってみせた後で、その退避先をほぼ空にした上で閉じ込める、か」

 

 すでに遠く離れ、見える島もかなり小さくなっているが追手が来る気配はない。

 封じ込めに完璧に成功したと見ていいだろう。

 

「モグワを陥した時点で、海軍が逃げ込む先は限られる。総督が残した言葉通り、海戦において距離は大事だからネ。海を行くという事は積んである物資や砲弾、それに負傷兵の様子などから最短で最善の航路を選ぶ必要があった」

「元々クロ総督が姉様たちに残した策でも、詰め込める物資量や近隣の加盟国の様子――ここら一帯は連合の被害も酷かったから物資も人員も限られてるから、一度打ち破れば逃げ込む先はかなり少ないって書かれてたわ」

「へっへ、敵が想定より数が少ない上に取っ散らかっていたから、あるいはアチコチに散らばるんじゃねぇかと思っていたが……まぁ、完璧にハマってよかったぜ」

 

 黒猫海賊団と同盟相手のギャング達が安堵した顔で、無事に終えた作戦の感想を口にしている姿を、クロコダイルは表情の読めない顔で眺めている。

 

「仮に向こう側がいち早く救助を呼べたとしても、結構な時間がかかる」

 

「そうだね……どれだけ早くても10日……大将二人がいるんだから本部も回収を急ぐとは思うが、時間がかかるのは仕方ないガネ」

 

「日々減っていく物資は兵士達の精神を削りに削る。食料が明らかに少なくなる頃には暴動が起きてもおかしくはない……そういうことか」

 

「……クロ総督の読みだと、来るのは赤犬のみの可能性が高かったから……ゼファーもいる以上、そこまで荒れないかもしれないけど」

「それでも恐怖や不満はわんさか出る。散々精神削られた上で救助される敗残兵たちが、今回の戦いをどう仲間に広げていくか……へっへっへ。クロの奴め、えげつねぇ策を用意してやがったな!」

 

 どの海賊も、どのギャングも安堵の表情を浮かべている。

 いやそもそもここに来るまでも、敵兵を待ち構えている時も、不安はあっても不信の表情をクロコダイルはほとんど見なかった。

 

 

(……黒猫、か)

 

 

「それでミスター・クロコダイル。モグワに現れた時に聞いたが、本当カネ?」

 

「ああ。しばらくの間はニコ・ロビンの事を忘れて――力を貸してやる」

 

 

 

 

「代わりに、俺を奴に会わせろ」

 

 

 

「この絵図を描いてみせた、お前らご自慢の総督に」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 新世界、旧パルミエリ島海域にて、戦いは続いている。

 

八咫(やたの)――」

「移動はさせない。ジっとしていろ!」

 

 文字通り光の速さに匹敵する攻撃を駆使しているにも関わらず、それらの技全てをその海賊は封じていた。

 

 一度距離を取って態勢を立て直そうとした黄猿の動きを読んだ海賊が、技を発動させる前に覇気を込めた蹴りを入れて阻害する。

 

 渾身とまでは言えない、だが鋭い蹴りが黄猿の肩を強打する。

 黄猿とて歴戦の戦士である。無論覇気を用いて防御に入る。だが――

 

(段々……避ける事すらできなくなっている……ねぇっ)

 

 この甲板に戦場を移してから幾度か、海賊は中々に危うい一撃を放つようになってきた。

 それを回避し間合いを取り直すことでどうにかここまで戦闘を膠着させていたが、一秒経つごとにその攻撃――いや、読みが鋭くなっていく。

 

「今からでも投降してくれないかぁい? 君程の男だ、監獄に行くよりも労役代わりに軍で働いた方が益が出るって上も判断してくれると思うよぉ?」

「軍がそう判断しても政府はそうは思っていない! だからこんな百害しかない上に一利もない馬鹿な戦いが始まったんでしょうが!!」

 

 ぐうの音も出ない反論が飛んで来る。

 そうだ、何の益もない。

 本来ならば、異例中の異例とはいえ悪くない関係を築けた海賊だったのだ。

 

「この戦い、黒猫は必ず勝つ! 万が一に備えて策も残し、用意も万全にしてある!」

 

 本来の武器がないこの状況で、海賊の戦闘力は全く落ちていない。

 それどころかこの戦いを糧にして、更に進化すらしている。

 

「それでも犠牲者が出る事は避けられない! 俺達の兵士も、そちらの海兵も!」

 

 そうだ、犠牲者が出ている。

 本来死ぬ必要のなかったものが、死んでいる。

 

「こんな、どう見ても無益な戦いを! 海軍大将にすら理由を伏せて一方的に強いる政府など、信頼できるはずがないでしょうが!!!」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 いや本当になんでこんなバカな戦い起こしたんだか!!

 こちらと海軍と政府で物事を測るものさしが違うのはしょうがない事だけど限度があるだろうが!!

 

 なにもかもに中途半端な一手打ちやがって!!

 こんなことに大将使うくらいなら各国を回らせて、明らかに次の一手を狙っているシキの牽制に使えってば!!

 

 最高戦力は最高戦力になった時点でその戦力よりも顔の方が武器になるんだから!!

 世界政府みたいに馬鹿でかい組織なら特に!!!

 

「本当に君は……、耳が痛い事ばかり言うねぇ……っ」

「貴方が気にする事じゃない、全てはこの奇妙な組織構造のせいだ」

 

 黄猿の蹴りが飛んで来るのが視えた。

 それを覇気の蹴りで防いだ瞬間に、人差し指が向けられる可能性が視えた。

 

 光線が来ることは分かっている。分かっていた。だがまた回避がコンマ数秒遅れた。

 チュン、というどこか間の抜けた甲高い音と共に肌がわずかに焼ける。

 

 致命傷こそ負っていないが、かすり傷だらけでジリジリ体力を削られる。

 

 ……いやまぁ、あのアホな毎日に比べりゃこの程度はまだ全然なんだが。

 敵一人だけだし。

 これにサカズキさんかクザンがプラスで来ていたらさすがにヤバかったかもしれん。

 

「世界政府がその歪さを是とし、発展すら望まない消費し続ける世界を目指すと言うのならば!!」

 

 だが、あの隙だらけの腹にぶちかました蹴り以外決定打を打てていない。

 何かが。何かが足りない。

 あるいは何かが邪魔だ。

 

(だが、もう一歩進むための材料自体はほぼほぼ揃っているハズなんだ……っ)

 

 意識して分割した思考と感覚の再統合。反射と思考の同時並列。

 それに覇気による未来予測の追加並走という形の完成形に近い所までたどり着いているハズだ。

 

 これまで未来はぼんやりしたものが数秒しか視えなかったのが、数十秒分に加えて複数の可能性が視えるようになっている。その分岐となる物もうっすら視える――時がある。

 

 だが、先ほどから肝心な所でノイズが走る。

 

 あと謎のドラムマンはもうちょっと自重してどうぞ。

 

「何度も言うが押し通らせてもらうぞ! 大将黄猿!!」

「……本当に怖いねぇ……海賊黒猫」

 

 ここぞという時にブレが酷くなるんだ。なんとなく理由は分かる。

 ようするに自信の問題だ。

 ミホーク、レイリーとの訓練のおかげで通常の戦いであれば、まぁ自分も捨てたもんじゃないという自信は付いた。

 だが、いわば未知の領域に一歩進みだしたことで生来の臆病さがジリジリ蘇ったか。

 

(ちくしょう、そういえば覇気とか関係なく……それこそ学生の時から、出来る奴ってなんか圧があったよなぁ……)

 

 自信満々で、我が強く、自分の意見を押し通す強さがあった。

 自分からすれば、よくあそこまで自分の考えを信じられるな……と……

 

(――あ)

 

 基本的に争いが苦手だった自分には、全力で討論というか口喧嘩できる上澄み層は本当に苦手だった。

 あの自信の源は何なのかと思っていたが―― 

 

(そうか、これか。こういうことか)

 

 恐怖のせいかと思い、感情を切り離した上での再統合も試したが上手くいかなかった。

 むしろ反応が遅れて比較的重い一撃の被弾を許してしまった。

 

 統合するには何かが邪魔をしているのだと思って削れる思考や感覚は意図的に消した上で組み合わせてみたが、どうしても上手くいかない。

 

 そうだ、当たり前だった。

 余計な物があったんじゃない。

 足りない物があっただけだ。

 

 自分を信じる力。勇気。

 それは根っこが臆病者の自分には、そういったキラキラした物は、ガムシャラに訓練をしてようやく手に出来る物だと思っていたが……。

 

「ようやく分かった」

 

 噛み合いそうで噛み合わない歯車の間に、ソレを注ぎ込む。

 歯車の数を変えようとするのではなく、それでも嚙み合わせるための物を。

 

 一歩を、踏み出す。

 無防備に、更に一歩踏み出す。

 

「――! 八咫鏡(やたのかがみ)!」

 

 黄猿が技を使い、大きく距離を取る。

 甲板上空。

 他の兵士達はすでに退避している。

 

 未来が見える。

 範囲を絞った光線の嵐。

 避けるには今大きく動かなければならない。

 

 だが――

 

 

八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)!」

 

 

 すべてが、みえる。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)!」

 

 明らかに、海賊が大きく隙を見せた。

 反射的に能力を用いて距離を取り、必殺の光弾を雨あられと降らせる。

 

 ここだ。

 ここで殺さないともうこの海賊は止められない。

 

 

――だというのに。

 

 

 船を壊す事すら覚悟した光弾の雨が、甲板に降り注ぐ。

 てっきり海賊も大きく距離を取るかと思っていた。

 

 

「ああ、俺に足りなかったのは……」

 

 

 が、違う。

 海賊は何という事の無いように歩き出した。

 

 

「自己を信じ切る精神、自己に殉ずる精神、自己を貫く精神、そして自己を偽り、効率的に目を背け前に進む盲信――」

 

 

 頑丈に作られた甲板すら貫通する必殺の雨を、ごく普通に歩いている。

 

 

(ば……かな……???)

 

 

 光弾は――当たらない。

 その全てを最小の動きで躱される。

 

 

「それらは多ければ当然毒。だからほんの少し、適量、小匙一杯ほどの――ああ、そうだ」

 

 

 ただの一発も、かすりすらしなくなった。

 放った光弾の雨が全て止みそうになる時、平然と――海賊の代名詞である『抜き足』すら使わずに完全に見切った海賊は、真顔のままこちらを見上げ。

 

 

狂気(・・)が俺にはまだ足りなかった」

 

 

 反射的に、もう一度同じ技を放つ。

 やはり避けようともせずに平然としている海賊の姿のふてぶてしさに、思わず舌打ちをしたくなる。

 

「そう簡単に強くなられちゃ、こっちの立つ瀬がないでしょうがっ!」

 

 そして能力を用いて、放った光弾を全て自分の分身へと切り替える。

 多くの強敵を倒してきた攪乱技。

 

 未だ表情を崩さない海賊に迫る分身のその一つへと混ざり込み、その首を狙う。

 

天叢雲剣(あまのむらくも)!)

 

 分身も含めた全てに、同じ姿勢で剣を持たせる。

 最初に光弾そのものである分身をぶつけ、牽制とする。

 

(その後に!)

 

 そうして光の剣を握る手に力が入った瞬間。

 

 

「残念ですが……」

 

 

 喉元に、生ぬるい何かが当たった。

 

 

「さっき視ました」

 

 

 それは靴だった。

 何の変哲もない硬い革靴。

 ただし、覇気が込められたそれが自分の首に引っかけられ――

 

 それこそ光の速さとばかりに、甲板に叩きつけられた。

 

「が……?? ……っ???!」

 

 息が詰まる。呼吸が出来ない。

 だが立ち上がらなければ追撃が来る……!

 

 斬りかかる先にいたハズの男が、なぜか背後に立っている!

 

 体を甲板の地面から叩き起こし、後方に跳躍する。

 そのうえで能力を利用して距離を取る。

 経験則から、反射的に。

 

 

―― そして、それが致命的だった。

 

 

 肉が斬り裂かれる音がする。

 自分の身体から。

 

「光に追いつけないのが当たり前というのならば」

 

 鮮血が飛び散り、赤く染まる。

 自分の衣服が。

 正義のマントが。

 

「先に動いていればいい」

「――あ゛……ぁ……っ???!!!」

 

 何が起こったか分からない。

 少なくとも回避したその瞬間、海賊は身動き一つしていなかった。

 

 斬り裂かれる身体に無理やり覇気を通し、斬り裂いたナニカ(・・・)を確認しようと目を細める。

 

(こ――れは……!? 斬撃が空中に置かれている(・・・・・・)!?)

 

 

「すいません、黄猿さん」

 

 

 覇気を纏わせた影響なのか、まるで網のように張り巡らされている斬撃を通して、空間がわずかに歪んで見える。

 

 

「先へ進ませてもらいます」

 

 

 見て分かる。

 海賊の右足に、とてつもない圧の覇気が注ぎ込まれる。

 明らかに黒く、そして雷のような光が足から立ち上がる。

 

「覇王色っ!」

 

 

―― 偽典……

 

 

「やっぱり君は! 君が――!!」

 

 

―― 威国っ!!

 

 

 自分を斬り裂いた斬撃の中心に向けて、『黒猫』の強力な蹴りが放たれる。

 全ての斬撃の網を巻き取りながら、あの右足から放たれた一撃が眼前へと迫り――

 

 

 そこで大将黄猿――ボルサリーノの意識は途絶えてしまった。

 

 

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