―― ……かっ……、繋がっ……。―― ダズ! 聞こえているか!?
―― キャ……テン……っ! 分かっ………が、無事だったか
「緊急! 緊急! 海賊『黒猫』の通信を傍受!」
「間違いありません、キャプテン・クロ本人です!!」
急遽届いたその知らせに、海軍本部は混乱に陥っていた。
大将黄猿を単独で打ち倒した海賊。
海軍にとっての最大の恩人でありながら、最大の敵となってしまった少年。
その男が指針のない新世界を生きて通信が可能な場所まで渡り切った事に、元帥センゴクは複雑な顔をしている。
本来ならば極秘裏に手を結びたかった相手に、手酷い裏切りを働いてしまったのだ。
『色々聞きたいことや話したいことはあるが先に総督命令だ! そちらに人員は揃っているか!?』
『ああ、幹部は全員揃っている。なにをすればいい』
『大至急哨戒艦隊の船数とその活動範囲を可能な限り最大に! そして万が一政府船を発見したら――』
『迷わず攻撃しろ! 沈めろとまでは言わん!!』
思わず、センゴクは手を強く握りしめる。
―― 今まさに! 市民にとって最大の脅威が産まれるか否かの瀬戸際なのだ!
黒猫の有用性と危険性を見抜き、自分に直談判をしに来た男の顔を思い出す。
未だ病院で生死の境を彷徨っている男が危惧した事態が、起こってしまおうとしている。
『キャプテン、それは……報復か?』
『そういう気持ちがないといったら嘘になるが、それどころじゃない!』
だが、聞こえてくる声から怒りの気配は感じない。
それどころか、焦りと恐れを感じている。
通信を傍受している兵士達もその声に何か妙な物を感じたのか、怪訝な顔をしている。
『とにかく指示を出せ、ダズ!』
『――不味い事態が進行しているかもしれん!!』
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
待ちに待った総督――キャプテン・クロからの突然の通信と指令に、午後からの会議の段取りを確認していたダズと親衛隊隊長のアミスは思わず顔を見合わせ、だが次の瞬間にはその顔を引き締めて、アミスが親衛隊の面々に出航準備を指示して外へと走っていく。
港へだ。
「キャプテン、今アミスが哨戒部隊の編制に向かった。それで、どういうことなんだ?」
『聖地が襲撃された』
「ああ、聞いている」
『襲った海賊達は、聖地を襲撃し食料を始めとする物資や施設を焼き払う事で加盟国の情勢不安を煽ることが目的だと考えていた』
海軍と交戦する直前、大将青雉ことクザンが本部に戻された頃に確かにそういう話はあった。
聖地にさらなる物資が必要になり、前回の徴収を免れた国からも食料やベリーが集められると。
『だが、それでは確かに世界情勢に圧を加えることは出来ても致命的な所まで行くかは微妙な所だと思っていた。だから聖地復興作業の段取りを手伝い、各国の負担を最小限の物にした。それでシキの狙いをある程度潰せるだろうと』
それも、黒猫の幹部勢は知っている。
定時連絡の際、毎回クロがしきりに西の海の加盟国の様子を確かめ、どれほど民衆の生活が圧迫されているか様子を確かめていたからだ。
「キャプテン、アンタらしくもない。敵の狙いはなんだったんだ?」
いつもならばまず結論から話すのだが、クロは珍しく内容を整理せずに話をしている。
それがダズの背筋をわずかに寒くさせていた。
『簡単だ! これまでの徴収で導火線自体はもう付いていたんだ。あとはそこにトドメの一撃を放てばいい!!』
『敵の狙いは、多くの
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
クソがぁ! 俺としたことが、よりによって盤外戦術で見逃がしを出しちまった!
天竜人を只のお邪魔虫としか考えてなかったのがミスだったか!
あんなんでも駒になり得るってのは分かってたのに!!
「天竜人はその横暴さこそ広く知られているが、それでも大規模な暴動などが起きにくいのは大将が出動するからだけではない。最大の理由は、奴らが基本的に聖地から出ないためだ」
あのレベルのならず者がしょっちゅう外でやらかしていたんならとっくの昔に革命軍が出来上がっている!
「一度外に出ればその横暴さは天災の如くだが、平時の民衆にとって自分達を押さえつける統治者はその加盟国の王だ。各地の王族こそが、天竜人への不満のクッションとなっている」
天上金さえ払えば国家として存続できるんなら、そのために民衆には何をしてもいいと考える王なんざチラホラいるだろうしな!
「触れられない所にいる権力者と、触れられるし目につきやすい権力者。殴りやすいのはどう見ても後者!」
『……なるほど、だからクッション』
「そうだ。分断のための楔であるのと同時に世界政府への不満を抑制する堰だ。莫大な天上金による貧困や飢えの恨みをある程度堰き止める、な」
そして天竜人に
天上金を払える裕福な地盤の加盟国の場合は、まず天竜人の事など民衆はさほど気にも留めないだろう。
―― その被害が、自分達に直接降りかかるまでは。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
傍受した海賊の通信が、通信室から繋いだ執務室に響き渡る。
あの圧倒的な数のゾンビ軍団を相手に指揮を飛ばしていた時とは打って変わった、素の少年のソレにしか聞こえない声で、だが聞く者を蒼褪めさせるのに十分な、恐ろしい内容を話している。
『待ってくれ、キャプテン。いくら天竜人と言えど、加盟国の上に立つ者だ。ここに来て事態を悪化させるような真似をするとは――』
『今回はいつもの遊覧や視察とは違う。彼らの言葉で言う下界の人間が、自分達の住む聖地を荒らしたんだ。下界の民に対して、面白くない感情を抱いているハズだ』
『海賊と民は全く違……っ、いや、そうか』
『そうだ、天竜人からすれば大して違いはない。多少の分別はあれど気にする
被害者意識という言葉に元帥センゴクは顔をしかめ、つる中将は「やられた」という顔で電伝虫を睨みつけている。
海賊被害にあった民衆を相手にする機会の多い海軍だからこそ、被害者意識というものがいかに解決の難しい問題かはイヤという程理解している。
それが、よりにもよって聖地としているマリージョアのあちこちが燃やされ、踏み荒らされたとなれば、さぞかし怒りと共に燃え上がっているだろう。
クロが聖地で復興作業の差配を補佐していた時は、政府が海軍との本格的な断絶を恐れた事に加えてクロの手腕と元帥センゴクの権限が噛み合い、混乱を引き起こしかねない天竜人の動きを最小に抑え続ける事が出来ていた。
だが、今では。
今となっては――
『万が一ここで天竜人がアチコチで横暴な真似をすれば、それこそ用意された導火線に火が付く!』
最もこの事態を解決する力になれただろう男は、名実ともに完全な政府の敵になってしまった。
そんな悪手を打つことはないだろうというセンゴクやつるの油断を突くように、最悪の命令が飛んで来てしまった。
もはや手を取り合う事は、元帥センゴクやつる中将の手腕を以ってしても困難だろう。
『そうなる前に天竜人を追い返さないと不味い! 奴らは無条件で平民が自分達に従うのが当然であるのと同時に、自分達が愛されて当然だと考えている節がある! だからこそ
『……ゆえに攻撃を仕掛け、下界が安全ではないと思わせて引き下がらせる』
『そうだ。今の状況でしっちゃかめっちゃかに民衆に火が付けば、ボヤどころじゃ済まん!!』
そして海軍では――海軍だからこそ動けない事態に、罪人とされた少年達が立ち向かおうとしている。
『備えろ、ダズ!』
『無邪気な悪意が溢れ出す!!!』
海賊の断言の言葉と同時に、部屋の扉が乱暴にノックされた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
ダズ・ボーネスは、周りの幹部一同の顔を見回す。
ペローナは平然としているが、テゾーロやギャルディーノ、タキといったある程度世界を知る者達は顔を真っ青にしている。
ミホークやレイリーは顔色こそ変わりはないが険しい顔をして、クロコダイルは逆にニヤニヤしてクロと繋がる電伝虫を見つめている。
そういった面々の顔を見ても、どこか現実感が湧かない。
奇妙な、熱を出して倒れた時に感じる浮遊感に近い物を覚えている。
縄張り内部の民衆を落ち着かせ、統制を取り戻すのにも苦労している中で再び全てを巻き込む大乱が――それこそ、海賊連合を超える騒ぎが起こればどうなるのか。
分からない。想像がつかない。
だが、統率者であるクロの代理を務める以上、それを考え抜かなければならない。
(アミス達が哨戒に出るが、それは天竜人への牽制が主目的。縄張り内の治安維持のために動かす艦隊も用意しなければ……トロイとキカは万が一の大規模戦闘の可能性を考えると牽制の方へ回す必要がある……ならば、タキの初仕事とするか)
海軍が盗聴している可能性が極めて高いのは分かり切っている。
であるからこそ、ここで醜態をさらすわけにはいかないとも。
最低限必要な事だけ聞いて、これからの活動の指針決めの材料を手に入れたら切るべきだ。
そうダズが判断し、必要な事があるかを考えていた時に、キィっと音を立てて扉が開く。
入口は親衛隊が警備している。
にも関わらず平然と入ってこれるのは、当然関係者に限定される。
「クロ」
入ってきたのは、黒猫海賊団の一員ではないにも関わらず、この黒猫館に入る事を許されているギャング。
カポネ・ベッジが自分の付き人と共に入ってきた。
珍しく、いつも口にしている葉巻をしていない。
『ベッジか! ちょうどよかった、お前にも頼みたいことが――』
「ああ、大まかな話は聞かせてもらった。……が」
「ちぃと遅かったぜ。……クロ」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
スーペリア王国。
世界政府加盟国にして、西の海でも有数の大国。
隣国リガロと並び、天竜人に媚びを売る事で莫大な利益を得て巨大化した国。
海賊連合事件における防衛線にてキャプテン・クロが最重要防衛地点に設定し、全力を以って守り抜いた国家である。
結果、現在の西の海の生命線である食料を大量に貯蓄しており、それを以って他国に対しての影響力を強め、仮想敵国である隣国リガロに差を付けようと画策していた。
―― 結果から言えば、その欲が致命的だった。
「お、お待ちくださいマンマイヤー聖! どうか娘達は……代わりの者を必ず! 必ず用意致しますので、どうかそれだけは――」
「うるさいえっ!!」
―― ぱぁんっ!!
世界の頂点に立つ天竜人を持て成すために、豪華な城の半分に匹敵するベリーを懸けて作られた天竜人のための部屋に、着飾った男がその服を血に染めながら崩れ落ちた。
「屋敷を建て直している間わちしを持て成すというから来てやったのに、下々の者も食料も持って帰るなとは、おばえは何のためにわちしを呼んだのだ! これだから下々民は嫌なんだえ!」
銃弾を受けた初老の男――天竜人に貢げる物を全て貢ぎ、欲した物はそれが国民であろうと全て差し出してきた王は、すでに事切れていた。
他の民にバレぬように理屈をつけて税を吊り上げ天上金とは別の資金を用意し、奴隷が欲しいと言えばその民に罪を擦り付け、時には事故死を装わせ全て献上してきた、優秀であるのと同時にどうしようもない愚物であった王だ。
それだけの事を繰り返し、天竜人の期待に応え続けてきたからこそ、
無理もない。
たとえどれほどの愚王と言えど、民衆や食料を
不運なのは、その命令を出した世界貴族が、それを理解する事がないことだった。
「どいつもこいつも、不愉快だえ……。おい!」
世界で最も尊き血筋の一人の言葉に、付き人達は素早く「ハッ!」と応える。
そうでなくば、天竜人の象徴の一つである金色の銃口が自身に向けられ、この国を治めていた男のようになるからだ。
「こいつの娘達を連れていけ! 妻は下々民と共に奴隷とする。船に積めるだけ連れていくえ! あれだけ金を掛けて揃えた奴隷コレクションが燃えてしまって剥製にすら出来なかった上に、屋敷も庭も黒焦げなのには耐えられん! さっさと奴隷達を働かせて元に戻せば早いのに、海賊の分際であのいけ好かない小僧が五老星にすり寄って――」
「で、ですが! 仮にも加盟国の民衆を、それも大勢を連れて行くのは――」
「天竜人に逆らった王は大罪人。その国の民を連れていくのはわちらの勝手ではないか!」
「何が問題なんだえ?」