とある黒猫になった男の後悔日誌   作:rikka

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前話の寝返った海兵数が、正しくは2000だったところが3000となってましたのでこっそり修正しております。
違和感を覚えた方は申し訳ありません


108:今一度、正義の意味を

『どうしてこうなっちゃうのよ!!』

 

 CP9長官の執務室に、傍受しているある海賊の通信が小さく響く。

 

『クロと元帥があれだけ頑張って! いけ好かないけどスパンダインの奴だって一生懸命……!』

 

 海賊同士の交信のハズなのに、今聞こえるのは海兵の少女の声だ。

 あの海賊に、名前の通り雛鳥のように付いて回っていた少女が叫んでいる。

 

『あれだけ皆で頑張ったのに! どうしてこんなに事態が悪くなっちゃうの!!?』

 

「……小娘」

 

 音に小さなノイズが混じる。

 それがなんの音なのか、見ていなくてもスパンダインには分かった。

 言葉を選んでいるのだ。

 受話器を握っている海賊が、隣で涙ぐんでいるのだろう少女に掛ける言葉を。

 

『……天竜人は、支配に慣れ過ぎた。強権を振るうだけで全てが手に入る。邪魔な者は折を見て消す。それを成功への道として繰り返してきた』

 

 一拍の間を置いて、ついに海賊が口を開く。

 なんの変哲もない回線だ。

 一応最低限の偽装はしているようだが、すぐにバレる。

 

『だが……同じ成功を繰り返すのは、同じ失敗を繰り返す事と同義であるという事を……彼らはついに理解することがなかった』

 

 あの海賊は、わざと聞かせるために広げている。

 

『それに……多分、だが……』

 

 策。……というよりは、警告も兼ねた牽制だろう。

 

『これは、完全に俺の推測だ。なんの確証もなく、ただ感じた事だが……天竜人――世界政府は恐らく、この800年の間……』 

 

 

 

勝っていない(・・・・・・)

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 権力の間に集まる五人の一人が、思わず立ち上がる。

 

『ああ、そう考えるとスッキリ通る。この800年間、世界政府はただ負けていない状況を通しただけ。長い時間を掛けて、勝ち切る事ができないままなんだと思う』

 

 通信を止めさせるべきだ。

 そもそも、話し始めた時点でそうするべきだったのだ。

 

 だが、出来なかった。

 止められなかった。

 この男の言葉に価値を見ている者が、余りに多すぎる。

 

『本来800年も時間を掛けて目的が達成できないのならば、どこかで戦略目標を見直すのが定石だ。にもかかわらず、世界政府は愚直なまでに目標を変えない』

 

 かつてクロを引き込もうと画策した五人の一人。

 法務を司る武神が、頭を抱えている。

 

 

『テキーラウルフ――モプチの王族の御二方が送り込まれていたあの橋を見ても分かる。700年前から、方針を一切変えずに続いている。一見無駄にしか見えない物が延々続けられているという事はそこには知られていない理由がある。それは世界政府内には統一した戦略があり、それがまだ続いていることを意味する』

 

 

『恐らく、世界政府にとって戦いはまだ終わっていない。戦争はずっと続いているんだ』

 

 

『だが、その意識を共有している者が……恐らく五老星しかいない。天竜人は、本来の勝利を手にしていないのに自分達を勝者と信じ込んでいる。勝つためのプロセスを何も経験……いや、経験どころか継承もせずにだ』

 

 

『だから支配の下の浪費しか出来ない。本来ならば支配者は時と経験を経て統治者へと成るハズが、いつまでたっても凡庸な支配者のままでしか在れない。世界を支配する権力を持ちながら、世界について無知なままだ』

 

 

『それがどうしようもなく、世界を歪ませている』

 

 

「――だから儂は言ったではないか!!!」

 

 

 老人の叫びに、残る四人は何も言わない。

 

 

「奴を敵にするべきではないと!!」

 

 

 ただ一人、座らずに立ったままの長身の男だけが老人――ウォーキュリー聖へと目を向けるが、無言のままだ。

 

 

「たとえ奴が――」

 

 

 

 

「第二のニカ(・・)に成り得る男だとしてもだ……っ!!!」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

―― ナチュロ王国、世界政府より離脱を宣言! 近隣のG-472基地、ならびに328基地がこれに同調、離反いたしました!!

 

―― G-121基地、通信が途絶えたままです! 至急調査艦隊を!

 

―― 『報告。ペティ王国港町、グリーへ到着しましたが……何もありません。空っぽです……死体がいくつかあるだけで他の人間の姿が……店も家も……あぁ、こんな……なんでこんな……っ』

 

 

 海軍本部マリンフォード。

 黒猫の通信を傍受しながら、会議室では怒号のような報告が続いている。

 

 その場にいないにも関わらず、地獄のような光景が目に浮かばんばかりの凄惨な報告だ。

 

「連絡の取れている支部には本部の船を回せ! それを中心に哨戒密度を上げて治安を取り戻す!」

 

 先日まで海軍に協力していた、そして今声が響いている海賊が最も恐れた事態が始まってしまっている。

 それを食い止めるために危険を冒して聖地へ出頭、協力してくれたというのに、事態はそれを上回る地獄となってしまった。

 

『クロ、どうにかならないの!? 貴方の頭なら――』

『無理だ。事態が起こってしまったのならば、もうすでに一発で解決できるような選択は消えてしまった』

『でも――っ!』

『いっそ金獅子やゲッコー・モリア達の死体操作だって事にして全部の責任おっかぶせるなんて外道戦術まで考えてみたんだが……聖地襲撃なんていう隠しきれない大事件を勝利の印象で終わらせるために、政府はすでに大々的に海軍の活躍を喧伝してしまっている。……俺も事後処理の中で手を貸したしな』

『……っ』

『しかも、天竜人に犠牲者は出なかった事も大々的に公表している。今更偽物をでっちあげるには条件が悪すぎる』

 

 通信から聞こえる海賊の声は苦悩に満ちている。

 本当に、思いつく対策を絞り出そうとしている事が声だけで分かるほどだ。

 

『海軍にどれだけの影響が出ているかは、ここからでは分からない。……だが、もし地方軍閥として独立し始める部隊が出れば……』

『……どう……なるの?』

『各国の世界政府への不信は決定的な物になる。仮に天竜人の蛮行を隠せたとしても、政府の統治力に致命的な欠陥があると見る国が多く出て来る。その上で政府での立場を上げようとするか、袂を分かつか……なんにせよ』

 

『政府、海軍の統率力と執行力は大きく低下する。事態の進行を遅らせるのがやっとといった所だろうな……』

 

 その場にいる誰もが、海軍を支えてきた勇将知将の誰もが――元帥ですらぐぅの音も出ない。

 そうなるだろうという確信があり、この状況を覆す一手が全く思いつかないのだ。

 

 ただただ膨れ上がるだろう被害に対して、対症療法染みた地味で、しかも効果が薄いだろう手しかないのだ。

 

(どこかで――どこかで起死回生の策を打たねばならん! だが……それを実行する人員どころか、現状の把握すらままならん!!)

 

『私達がやってきたことってなんだったの……?』

『馬鹿な事を考えるな、ヒナ』

『だって! 訓練して、海賊を倒して、聖地だって落ち着かせて……これからだったのに!』

 

 最悪の事態の際に、関係を仕切り直すための鍵になり得るとクロに付けていた少女の声が響く。

 真っ直ぐな、海兵に憧れていた少女の声はかすれている。

 

 センゴクはふと、あの役人の顔を思い出す。

 命を賭けて事態に先手を打とうとした、勇気ある役人の死に物狂いの顔を。

 

『これじゃあ、海軍に意味なんて……っ』

 

 あの時と同じように、気が付けばセンゴクは背にしたマントに手を伸ばし、強く掴む。

 

『正義なんて……っ!』

 

 背中に背負った正義の二文字が、強く歪むほどに。

 

『なんの意味も!!』

『ある。……正義の意味が消える事はない』

『でも!』

 

 だが、聞こえて来た声に、

 

『だってお前、泣いているじゃないか』

 

 その手が、緩んだ。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 待て! 待ちたまえ若き海兵……っ!

 盗聴前提で話している時に思いっきり士気を下げる事を言うんじゃない!

 

 ただでさえ士気を上げるための要員であるセンゴクさんとかおつるさん達が胃痛でぶっ倒れていてもおかしくないレベルのアレっぷりなんだぞ!!

 

 そんな所にトドメを刺すな! もうちょっと敬老精神を持て!

 センゴクさんがガチ泣きして崩れ落ちでもしたらホントにもうどうしようもないじゃろがい!!

 目も当てられねぇ!!

 

「お前は今、悔しくて泣いているんだろう?」

 

 ……いやまぁ、お前も一杯一杯だししょうがないか。

 俺に蹴り飛ばされても睨みつけていたお前の、そんな涙と鼻水でグチャグチャの顔を見る事になるとは思ってなかったよ。

 

 そんな顔見ることなく、一生仲良く喧嘩する事になると思ってた。

 

「正しくない物が横行し、その切っ掛けを作ったのは海軍を押さえている世界貴族。そして今はタイミングも悪い。海軍どころか政府ですら、もはやどう手を打っていいか分からんだろう」

 

 実際、仮に自分が政府の一員だったとしても、コレどうすればいいんだろうな?! 本当に!!

 マジでとんでもねぇ事態を呼び寄せやがって!

 なんでこうしたんだ五老星! ……じゃねぇな、その上か!!

 

「……正義って言葉はとても安い物だ。実態が伴わないと判断された瞬間、容易く崩れ落ちる」

 

 分断政策の欠点は予期せぬ分断に振り回される可能性が高まることだとホントもう!

 狙っていなくても知識や経験から人員はどうしても階級や派閥で別れてしまうモノだって800年の間に学ばなかったのか!!

 

 だから何もかもが噛み合わなくなっちまう!

 

 せめて天竜人の意識を繋いで手綱を握れていればここまで酷くはならなかっただろうに!

 

 

「でもな、ヒナ。それが悔しくて……信じた物に裏切られて、悔しくて泣いているってのは、つまりな」

 

 

「お前の中に、正しい物が確かにあるってことだ」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

―― 殺す気が……なかったって言うの……っ!

―― あぁ。

 

 初めて出会った時は、見下されていると思った。

 一方的にそう思っていただけではあるが、それでも悔しかった。

 女と馬鹿にされないように頑張って、同期の中では東の海の問題児と共にいち早く幹部候補生となり、あの訓練船に乗り込み――

 

「ヒナ、お前は泣いていい。泣くだけの理由がある」

 

 この男に出会った。

 海賊、『抜き足』のクロ。

 ……キャプテン・クロ。

 

「余りに世界は歪みすぎ、人が当たり前に希望を持つ事すら出来なくなりつつある」

 

 世界を治めるべき天竜人より政に長け、海兵よりもその矛盾と戦ってきた男。

 

「お前が絶望して、涙を流すには余りある」

 

 民衆を傷つける賊を排除し、暮らしを立て直し、安定させる手腕に関しては元帥も――全軍総帥のコングですら認める、世界でも有数の海賊にして内政官。

 

「だからこそ、お前のような人間が泣いて悔しがったという事実は何よりも大切な事なんだ」

 

 再会したあの日からずっと背中を見て来た男の声は、相変わらずどこまでも優しかった。

 

「それは、善を諦めきれないということだ。正義という言葉は確かに安く、薄っぺらいが、それでもそこに何かを感じて悔しがるほどのナニカがお前の中に確かにあったんだ」

 

「泣いていい。だが――それでも胸を張れ」

 

 優しくて、そして力強い。

 

 僅かな情報から海賊連合事件で敵の本拠地を導きだした時のように。

 

 どうしようもなく理不尽な命令を前に、言葉だけで世界最高の権力者達を相手に一歩も引かなかった時のように。

 

「善は弱く、淡いのに対して悪意は強く、濃い。ゆえにこうも人は醜い争いを繰り返してしまうが……」

 

 多分、酷い顔になっているのだろう。

 クロが苦笑しながら、受話器を握っている方とは反対の手で、いつものスーツの胸ポケットからハンカチを取り出して差し出して来る。

 

 

「お前のような人間が悔しがれるのならば、大丈夫だ」

 

 

「善を諦めきれず、前に進む人間がいる限り」

 

 

「正義という名の矜持が絶える事は、断じてない!」

 

 

 ハンカチを受け取ることが出来ない。

 きっとクシャクシャで、この男には絶対に見せたくなかった酷い顔のままだがそれを拭う事もしないまま。

 

 ただ茫然と、困った顔の海賊を見ている。

 

 

「背筋を正せ、ヒナ本部伍長」

 

 

「貴官は、誉れ高き海兵だろう?」

 

 

 クロのその言葉で、差し出されたハンカチを奪うように受け取り、顔を拭い自分の胸ポケットに乱暴に突っ込む。

 

 そして、クロの言葉に返礼する。

 ただし、返すのは言葉ではない。

 

「ハッ!」

 

 敬礼を。

 

 この異常事態に、変わらず立ち向かうだろう男へ。

 

 海賊という敵とはいえ、敬意に値する――敬意を払うべき男へ。

 

 気が付けば、周囲にいた他の海兵達もクロに向けて敬礼をしている。

 それを見た私の視線で気が付いたのか、クロは周囲を見て苦笑を深める。

 

「……ねぇ、クロ」

「む」

「海軍に、出来る事はあるかしら?」

「まずは状況の把握だな。混乱が深ければ深いほど、動くための材料集めは進んでいないだろう」

「……材料」

「ああ、海軍だけではなく、天竜人が立ち寄った国家やその周囲の被害や動向、連絡に応える海軍戦力の把握。それらを如何に最高率でかき集めるかがカギになる。……センゴクさんを中心に建て直せれば初手は問題ないだろう」

 

 おおよそ考えていた通りの答えに、ほんの少し落胆する。

 クロ程の男でも、まだそれだけしか言えないのか、と。

 

 だから、更に重ねる。

 

「じゃあ――貴方は?」

「…………」

 

 海賊は、受話器に向かって何かを喋ろうとしていた口を閉じて、再びこっちを見る。

 

 

「貴方なら……っ!」

 

 

 クロは、じっとこっちを見る。

 見て、そして小さくため息を吐く。

 

「俺が、この状況を利用して荒稼ぎするとは思わないのか?」

「思うわけないじゃない!!」

 

 反射的に叫ぶ。

 

「仲間のためには利用するかもしれないけどっ! それでも貴方はいつだって!!」

「……ヒナ」

「いつだって!」

 

 行き過ぎた事をした事は、確かにあった。

 あの敗北の日の後、クロの事は調べ上げていた。

 

 海賊というよりは、ただのお尋ね者だった頃のクロは、主に人身売買に手を染める組織を狙い、叩き潰していた。

 そういった人間を捕らえ売り飛ばした事もあったが、捕まっていた民間人は救出、保護した上で匿名で海軍に救助を頼んでいた。

 全滅させるまで顔すら見せない高速戦闘を行いながら、顔が知られていたのはそういう理由もあった。

 結果として、お小遣い程度だった懸賞額が跳ね上がったのも。

 

 助けるためには、リスクを冒す事に躊躇ないからこそ……っ

 

「貴方を疑う理由が一つもない!!」

 

 自分みたいな木っ端兵ならともかく、多くの将校――それどころか大将や元帥からの信を勝ち取った男だ。

 なのに、政府は――っ!

 

「……ヒナ」

「ええ」

「俺を、信じるんだな」

「言ったでしょう。今更貴方を疑えないわ」

「……そうか」

 

 私の返事にクロは頷き、周囲にいる海兵を見渡す。

 皆、あの聖地でクロの指揮に従った兵士達だ。

 あるいはまだ信じていない者もいるかもしれないが、その能力は疑う余地がないだろう。

 

「ベッジ」

『おう』

「天竜人によるスーペリアの被害は、もう黒猫内部にも広まっているか?」

『ああ。襲われて酷いことになってるって事だけだが……不味かったか?』

「いや、遅かれ早かれ広がる。今のはただの確認だ。ダズ」

『ああ』

「出来るだけ多くの兵に、この通信が聞こえる様にしてほしい」

『構わないが、何を話すつもりだ?』

「兵も増え、勢力として固まってきた。いい機会だ」

 

 

 

 

「兵も含めた全員に、三本爪の旗の意味を語る」

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