とある黒猫になった男の後悔日誌   作:rikka

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修正いれるかもしれません


109:三本の爪痕

 黒猫館やその周囲に、急遽として電伝虫に繋ぐスピーカーが接続されていく。

 

「とんでもない事態が起こってしまっているな……。クロ君の声色から何かあったとは思っていたが、まさかこれほどまでとは……」

「世界政府が愚かだった……というよりはクロという男がやらかした何かが、政府を心底怖がらせたんだろうさ」

「君はそれを調べたいがために、協力を?」

「クハハハハ、さすがは冥王。まぁ、バレるか」

 

 辺りには黒猫の兵士に加え、先日加わったばかりの元海兵達も集まっている。

 可能な限りの兵士に何かを語ろうとしているのだろう。

 

 クロコダイルが城の上の方を見ると、話を聞こうとしているのかこの国の王女が付き人に窓を開けさせて、様子を窺っている。

 

(あの戦いで取り戻したっていう王族二人は相変わらず出て来ずか。人前に出るのを極端に嫌がると聞いていたが……)

 

 別段こんな小国の王族に興味のないクロコダイルは視線を戻し、周囲に集まってきた親衛隊の面々の観察に入る。

 皆若く、だが鍛えられている。

 

「次に戦いが起こるとすれば、海軍は数を注ぎ込んでくると予想していたが……こうなったらそもそも戦う事すら碌に出来ねぇだろうな」

「ああ。それに恐らく、組織的に動く海賊はここで一気に動く。街どころか国を攻め落とそうとする勢力も出るだろう」

「……海軍としては離反した海兵の対処を急がねばならず、同時に好戦的な海賊への対応も迫られる」

「クッハハハハ! 本当に海軍が崩壊しても不思議じゃない流れだ! 面白えっ!!」

「……海軍だけで済めば御の字、というのが正しいだろうがな」

 

 クロコダイルと共に酒を酌み交わしているフードの男。――冥王、シルバーズ・レイリーは逆に心配そうな目で王女を見上げ、続いてクロと繋がっている電伝虫に視線を向ける。

 

「少なくとも、西の海の国家は間違いなく君の力を欲する様になるぞ。……クロ君」

 

 

―― ザ、ザ……ッ

 

 

『副総督、中庭に設置完了しました!』

『こちらアメリア。シャムロックの港湾と待機所、サロンでの設置完了』

『練兵場も大丈夫です!』

 

 各場所から、急いで散らばった親衛隊の報告が通信を通して入る。

 クロコダイルがもっとも気にしている、可能ならば手に入れる――あるいは模倣したい黒猫という海賊団の最大の特徴。

 

 クロ直伝の足技にミホークやレイリーといった一流から教わった剣を身に付けた、隠密性と機動力に長けた一団は連絡役としても優秀だ。

 こうして離れた場所でも、簡単な準備程度なら一瞬で終わらせてしまう。

 

『キャネット島のビグルだ。こちらも兵士を集めて通信を繋いでいる。特に防諜はしていないが、問題ないのか?』

『大丈夫だ。とにかく繋げば問題ない。――キャプテン、いいぞ』

 

 ここから離れた黒猫の領地とも繋がり、ほぼ全ての兵士が繋がった。

 場所によっては兵士どころか、民衆すら聞いているだろう。

 

『ああ。すまんな、ダズ』

 

 クロコダイルは初めて聞く、レイリーには久々となる声に、兵士達がざわめく。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「定時連絡で話している幹部達はともかく、兵士の皆。長らく留守にしていてすまない」

 

 電伝虫越しだと、話している当人の表情は分かるんだが……こうして大勢を相手にしていると感覚が掴みづらいな。

 その場にいれば空気とかでなんとなく分かるんだが……。

 

「さっそくではあるが、改めて状況を確認し、共有しよう」

 

 周囲には、ヒナを始めとする海兵達が集まっている。

 ……改めて思うとなんなんだ、この状況。

 

 近くの壁には酒瓶にも御猪口にも手を付けてないイッショウもいるし。

 頼む、飲んでくれ。

 もうこれ酒の肴にしていいから、せめて呑んでくれ。

 ジッと見られているとスゲェ落ち着かねぇ。

 

「先日の聖地への出頭の最大の目的であった海軍、政府両組織の関係改善。そしてその仕切り直した連携に第三者として我ら『黒猫』を組み込むという策は失敗――それどころか、海賊連合を超える厄災が世界各地で吹き上がるだろう始末となった」

 

 こっちは大丈夫。

 ヒナも改めて顔を拭ってからは落ち着きを取り戻しているし、他の海兵達も同じくだ。

 

(まぁ、違う意味で警戒が必要なのがいるが……そっちは後回し)

 

 問題は電伝虫の向こう側だ。

 やはりというか、少々ざわめいている。

 

 肌で感じられないが……。少し、嫌な感じがする。

 

(やっぱり、ここで一度話をして方向性をテコ入れしないと不味いな)

 

「これから先、海賊連合発生当初に匹敵する――いや、超える奪い合いが始まる。海賊だけではない。民衆同士で、国家同士で、生存のためのありとあらゆるリソースを奪おうとする。相手がたとえ親戚や、昨日までの友人だとしてもだ」

 

 食料、燃料、材木、建材、医薬品に弾薬類といった物資類から労働力まで。

 冗談抜きで時計の針が巻き戻った。

 下手したら、空白の百年レベル――もっと馴染む方で言えば、世界大戦二日前というか応仁の乱勃発というか……。

 

「これから起こる大混乱は、各地に貧困を招くだろう。……恐らく世界中の全てに燃え広がる」

 

 世界的な小競り合い―― いや、大戦争になるのは避けられない。

 もうどうあがいても無理だ。

 

貧困(・・)が進み飢餓(・・)が広がり、それらが煽る生存のための本能は、抱えていた他者への不理解(・・・)を曲解した敵意へと育て、最も殴りやすい他人を敵と見なして悲劇が始まる」

 

 だからこそ、敵が何かを明らかにしておかなくてはならない。

 

 

「これらこそ、我らが立ち向かわなくてはならない物」

 

 

 

「この三本の爪痕のそれぞれが示す、我ら『黒猫』の真の敵である!」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 スパイダーマイルズでは、迫る混沌の時代を祝う祝宴が続いている。

 

 古ぼけたゴミだらけの街の中で一層古びたボロボロの酒場の喧騒を割るように、ある海賊の声が響き渡る。

 

「ベッヘヘヘヘ! まぁたおかしな事を言い出したねぇ、このバカ海賊は!」

 

 それに、その酒場を占拠する一味のボスは何も言わずに耳を傾ける。

 

『かつて、私がまだ東の海にいた頃の話だ』

 

 後ろで傍受した通信をあざ笑っている幹部のように下卑た物ではない、その声に。

 サングラスでその目を隠した男と、ここまでの絵図を描く手助けをしてきたアフロ髪の男は、静かに聞いている。

 

『知っている者も多いだろうが、私は孤児だった。……税が重くなった事に始まった大規模な口減らしのために、他の家から捨てられた子供達と共に小舟に載せられ、母や他の大人達に海へと捨てられた』

 

 男――ドンキホーテ・ドフラミンゴにとって、この出会ったことすらない海賊はもはや避けては通れぬ存在となっていた。

 

 一歩遅かったとはいえ、こちらの企みに遠く離れた地から単独でたどり着いて見せた知略。

 武力については言うまでもない。この短期間での戦歴の濃さは、それだけですでに世界で五指に入るだろう。

 

『今でも覚えている。皆痩せほそり、だがその状況を解決するための知識も技術も持たない幼子ばかりだった』 

 

 その男のルーツは当然調べた。

 東の海ではありふれた捨て子。

 

 平和の海とされながら、その実忘れ去られるような貧村が多く点在する東の海では、口減らしは珍しくない。

 単に争いが起きる前に、最も弱い者が犠牲になっているだけの海だ。

 

『気が付けば、流れ着いた島で私は子供達の仕切り役となった。私自身経験がなかったが罠や釣りの仕方を皆で試行錯誤し日々の食料を確保し、船を使って近くの人間と取引をして現金を得る事が出来るようになっていた』

 

 その間に何度も溺れたり死にかけたりしたが、という『黒猫』の言葉には、苦労がにじみ出ていた。

 

 ふと、弟のためにゴミを漁って少しでも食べられそうなものをかき集めていた時代をドフラミンゴは思い出す。

 

(生きるってのは奪い合いだ。……それが、クロならともかくガキの集まりで、ましてや血の繋がりもない連中なら……)

 

『そうしてベリーが多く貯まり、本格的な取引に入ろうと子供達と話し合いをしたその日の夜に――』

 

(――だったら、まぁ……)

 

『彼らは皆、私を裏切った』

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「近隣の商人に、貯めた金を持ってくればいい生活をさせてやると言われたのだろう」

 

 指揮を執っていた俺への反発が強かったんだろう。

 何度もあの時を思い返しているが、かなり子ども扱いをしていた。

 

「全てのベリーを持って、全員小舟で島を抜けた」

 

 矯正しようとしても、恐らくまだ自分の中に傲慢の芽がしぶとく根付いているのは分かる。

 押さえつけて反省しても、そう簡単に根付いた物は消えない。

 

「私の中に傲慢という悪があり、それがただでさえ追い詰められていた彼らを安易な誘いへと走らせてしまった」

 

「あの後船を自作し、追いかけた矢先にあの子達の腐敗し始めた死体を見た時に、悲しさと共に『ほら、やっぱり』と感じてしまったあの時の己の醜さを、私は決して忘れない」

 

「人の心は汚泥に満ちている。誰もがだ。……私は、特に」

 

 なのに――力に酔う事を悪だとして、強く生きろと皆に言っておいて容易く振るう事に呑まれたジェルマ戦といい、どうしても心の泥を完全に拭うことが出来ない。

 

 それでも――

 

「だが、それでも……嘘じゃない。嘘じゃないんだ」

 

「あの時、共に捨てられた子供達をなんとかしたいと思ったのは」

 

「水を捨てたばかりで湿って、酷い臭いだったろう樽の中に身を隠していたロビンを助けたいと思ったのも」

 

「船底で囚われていた皆をどうにかしたいと思ったことも」

 

「それだけは……断じて嘘ではない!」

 

 

「人の心に、汚泥ばかりが積もることなど断じてない!」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

(……心の汚泥。ああ……確かに、誰の心にもある。……私も……)

 

 長年、西の海で海兵として戦い続けていたタキには、今でも夢に見る苦い思い出がある。

 16年前。孫娘が産まれた翌年の事だ。

 上からの命令で、天竜人が訪れたというある島の警護に就いていた。

 

 ゴッド・バレー。

 

 かつて英雄ガープと海賊王、そしてあのロックスが激突した島で、タキは偶然あの島に入り込んでいた。

 乗っていた艦が大破し、命からがら海に飛び込み上陸した浜辺で――タキの目に入ったのは、子を庇おうとしたのだろう母らしき女性が、子供諸共に撃たれて絶命している姿だった。

 

 海賊にやられたのだろう。

 一目見た時にそう思っていた。

 いや、思い込みたかった。

 

 だが同時にその親子も、その周りに散らばる数多の遺体も、まるで()のようなマークが付いた同じ服を着せられていたあの光景が、どうしても忘れられなかった。

 

 散らばる海賊達と英雄ガープの戦いの余波によって引き起こされた死地から生還した後も、任務と家族との幸せの生活の中で心の奥底に沈めていた。

 

 

 消息不明だった孫娘の真実が明かされた、あの時まで。

 

 

『私は決して忘れない。犠牲を当たり前の物として考えようとしていたダズが、それでも犠牲に心を痛めていた事を』

 

 

 会議室の椅子に座ったまま、目を閉じて静かに総督の話を聞いている『黒猫』のナンバー2が、小さく微笑む。

 

 

『ぶっきらぼうなペローナが、それでも兵士や民のために薬草の調合や、そのための知識や技術の蓄積に日夜励んでいる姿を』

 

 

 海賊団の中で最も幼く、それでも『黒猫』の幹部として敬意を払われている少女は、フンッと小さく鼻を鳴らす。

 

 

『ロビンが……あれだけ全ての人間に追い回されたにも関わらず衰弱した海兵の姿に心を痛め、その回復に真摯に手を貸してきた事を』

 

 

 もっとも兵士達に愛されている少女は、ずっと心配していた男の声に嬉しそうに頷く。

 

 

『味方の損害を減らし、生還者を増やすために戦術を研究し続けている幹部勢は言うまでもなく、海兵達も救出した民衆のために、どれだけ身を削り心を砕いたか……』

 

 

 離反したばかりの海兵達――あのモグワやその周囲の国で、民衆のために駆け回った兵士達は拳を握りしめる。

 

 

『私は知っている。人は誰しも心に汚泥を抱え、そしてその奥底には確かに――光り輝く物がある』

 

 

 ここにいる兵士達は、多かれ少なかれ助けた民衆から罵倒や不満の言葉を叩きつけられた事がある。

 

 そして同時に、そうした民衆が自分の家族を必死に励ましたり、少ない食料を分け合う姿もまた見て来た。

 

 

『……今回の天竜人の愚行も、ある意味で人の極致だ。狭い世界の中で欲を貪り続ければ、人は容易くああも堕ちる。……耐えがたいほどに重くのしかかる、汚泥の中に』

 

 

 兵士達は、海賊連合事件の調査の中で発覚した『人狩り』に参加していた海兵達の姿を思い出す。

 親衛隊たちは、海兵であるにも関わらず汚職に手を染め、自分達を売り飛ばした裏切り者の姿を。

 

 

『汚泥を積もらせ、その輝きを見せることなく生を終える者が多いのかもしれない。だが……その輝きの存在を疑う余地はない! ひどく見えにくいソレは、確かに存在する!!』

 

 

 兵士それぞれに力が入る。

 幼いころに信じ、気が付けばあり得ない事だと心の底に置いていった物に火が灯る。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 未だに救援が来ない空っぽの海軍基地の医務室で、赤犬は腕を組んで静かに海賊の話を聞いている。

 

 

『人が汚泥を心に積もらせる貧困、飢え、そして他者への不理解は……人である以上誰もが逃れられず、それゆえ向き合う覚悟を持たねば、この先の時代は開けない! この800年間、世界政府が停滞していたように!』

 

 

 ベッドに寝ていた黒腕は、未だに痛む身体を起こし、治療自体は終わった自分の胸元を包帯越しに撫でる。

 

 

『この三本爪はその決意の証!』

 

 

 胸に刻まれた三本の爪痕を、包帯越しに確認する。

 

 通信が響くこの医務室に今いるのは、主に佐官以上の古参ばかり。

 つまりサカズキやゼファーがよく知る、真っ当な海兵達である。

 

 その海兵達が、何も言わずに拳を握りしめて突っ立っている。

 

 

『矛盾と悪意の汚泥をかき分け! それでもなお戦う誓いの旗!!』

 

 

 手当てのためにベッドに横になっている兵士の中には、盗聴用の電伝虫へ目を向ける者もいれば小さくすすり泣く者もいる。

 

 自分達が多くを失いながら戦っている間に起こっていた悲劇を嘆いていた。

 

 遠い新世界のどこかから世界を見据え、時代を開くと――悪意ではなく、人の輝きを信じる海賊の檄を聞いていた。 

 

 本来ならば自分達が掲げるべき物を言葉にしたソレを、皆静かに。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

『心せよ! 三本爪の旗に集いし精鋭達よ!』

 

 

 キャプテン・クロの言葉に、兵士達の士気が高まるのをダズ・ボーネスは肌で感じていた。

 

 

『今この瞬間! 我ら『黒猫』は人が人であるがゆえに産まれ続ける――』

 

 

『人類普遍の敵との、終わりなき戦いへと漕ぎ出したのだ!!』

 

 

 電伝虫越しではキャプテンに完全に様子は伝わっていないだろうが、それでも伝わる物はあるのだろう。

 だからこそ、この演説の前に兵士の多い所の声を届けてくれと頼んできたのだから。

 

 

『もはや時代はうねり出した。我らの旅路は先の見えぬ、暗闇の中の航路となるだろう』

 

 

 そもそも兵士達の士気は高かった。

 それこそ、今すぐ船を出して政府の船を沈めてやらんとばかりに。

 

 

『だからこそ! 他でもない我らが!』

 

 

 その空気が、変わった。

 

 

『この暗闇の中に、後に続く者の指針(コンパス)となる、誇り高き一歩を踏み出さねばならないのだ!』

 

 

 天竜人が引き起こした無法への怒りや敵意から立ち上っていた士気が、より統率されたソレに――あえて名を付けるならば、『軍氣』とでも言う物へと昇華していく。

 

 ハンコックはギャルディーノを引き連れ、第一艦隊の部下達の様子に満足気に頷く。

 ミホークもまた、目を掛けている親衛隊や一部兵士の士気の高さに小さく微笑んでいる。

 

 

『我が精鋭諸君! 我が戦友諸君!!』

 

 

 

『我らの矜持を掲げよ!!』

 

 

 

 この声が届く『黒猫』領内の各地で、炸裂するような咆哮が響き渡る。

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