「キャプテン、通信を繋ぎ直した。今は元通り、黒猫館にいる者だけが聞いている」
『ありがとう、ダズ。……ちなみに、どうだ?』
「どう、とは?」
『場の空気だ』
「ああ、やはり気にしていたのはそれか……」
総督であるクロが、この黒猫という海賊団が天竜人や世界政府への行き過ぎた敵意を持つ事を恐れたのだろうという推測が当たった事に、小さくダズは誇らしげに笑う。
「問題ないだろう。少なくとも、怒りや殺気はかなり減った。……聞こえているだろう?」
扉を開けさせなくても、未だにこの声は電伝虫を通して向こうに届いているだろう。
―― キャプテン・クロ!! キャプテン・クロ!! キャプテン・クロ!!
敵意と絶望から生まれた熱狂が、希望を持ったそれへと変わっている。
ペローナは楽しげに、ロビンはどこか嬉しそうに笑っている。
この黒猫館に残っている親衛隊もだ。
『おう。……こうも自分の名前を連呼されると恥ずかしい物があるな』
「見ての通り――いや、聞いての通り士気は極めて高い」
『ああ、大丈夫そうだな。変わらず指揮はお前に任せる。テゾーロ達をうまく使え』
「キャプテンは、戻る当てはあるのか?」
『あるにはある。ただ、もし可能ならば一か所寄り道をしたいって所だな』
「……寄り道?」
その言葉に、ハンコックが「あぁ……」と小さく頷いている。
ジェルマとの戦いを経て艦隊提督となった彼女は、その歳に見合わない成長をしている。
恐らく、クロのいう寄り道先に察しがついたのだろう。
『すまん。急いで西の海に帰りたいところだが、ちょっと確認しておきたいものがあってな』
「キャプテンがそう言うのならば大切な事なのだろう。だが……」
『ここまで乗り切ってきたお前達ならば問題ない。そもそも、仮に俺が死んだり捕まった所で問題ないように組織を編成、運用してきたんだ。大丈夫さ』
これだ。キャプテンのこういう所が心底恐ろしい。
指揮官として自分達を駒として扱わざるを得ないのには文句はないが、同時に自分も駒としている。
上に立つ者として自分を軽率には使わないだろうが、自身を使うべきだと判断したらそうすることに躊躇わないだろう。
それこそ、単独で聖地へ向かったように。
ミホークは逆にそういう所が気に入っているのだろうし、一時的に協力を約束したクロコダイルもキャプテンの言葉を聞いて楽しそうな顔をしている。
「……キャプテン」
『ん?』
「戻ってくるまではこちらで西の海はなんとかする」
『ああ』
「だが、その方針に何か言っておくことはないか?」
『……方針か。正直、特に言う事はないんだが……』
まぁ、その通りだろう。
少なくともやる事は決まっている。
兵を率いて、天竜人の被害に遭って混乱しているだろうスーペリアの占拠、制圧だ。
そもそも放置すれば海賊――あるいは隣国リガロの略奪の対象になりかねないというのもあるが、あの土地は『黒猫』にとって喉から手が出る程欲しい肥沃、かつ広大な耕作地がある。
それこそお宝や財宝に匹敵する価値のあるソレを、今ならば民衆の心という手に入りにくい物とセットで手に入れられる。
対政府船の大規模哨戒として編成していた部隊は、そのままスーペリア制圧の先遣隊となるだろう。
(……我ながら、うかつな事を言ったな)
今のこの通信は盗聴前提。
天竜人の醜態やその先の話は、海軍への警鐘。
そして演説は、黒猫海賊団の方向性を誘導するのと同時に、海軍と政府の間に打ち込む第一の楔でもある。
(であるのならば、この状況下でうかつに具体的な策は言えん……)
具体的な戦略、戦術目標などを口にすれば、なにかしらの対策を打たれる可能性がある。
いくら目も当てられないほど混乱しているだろうとしても、世界政府は未だ強大な敵なのだ。
『ダズ』
「ああ」
少しだけ、どう言おうか迷ったのか間が空いてから、キャプテンの声がする。
『ここから先は、お前の心に従え』
キャプテンらしくないやけに抽象的な言葉だが、その言葉に誤魔化しは感じなかった。
『海軍との戦いを乗り越えたのもそうだが、それが出来たという事は俺の天竜人入り騒ぎが起こったモプチを治め切ったという事だ。……なら、その間に色々見たハズだ』
「……そうだな」
キャプテンの天竜人入りの話を聞いて、ここが重要な加盟国地になるとはしゃぎ始めた者がいれば、自分達が奴隷にされるのではないかと恐れる者もいた。
あるいは天竜人となった事で、この地が見捨てられるのではないかと取り乱す者も――
『それらを見て憤りや憐憫、あるいはこうしてやりたいという感情が生まれたのならば、お前のそれは正しい。だからこそ、出来る出来ないで考えようとするな』
「……大事な事ではないのか?」
『出来る出来ないを判断するスタッフは聖地行き前の時点で、ギリギリとはいえ十分揃えている。海兵からも優秀な人員を抱えている今ならば、なおさら問題ない』
とっさにテゾーロやタキ、そして第一艦隊のギャルディーノに目をやる。
『むしろ大事なのは、指揮を執る者が小さく縮こまらない事だ』
「小さく、か」
『そうだ。出来そう出来なさそうで考え出すと、どうしても行動範囲も実行速度も低下する。指揮者であるからこそ大胆に行け。その道筋を組み立て、最終的に可不可や代案を出すのはテゾーロ達の仕事だ』
『大丈夫。お前を俺の副としている事に、俺は何の不安も抱いていない』
『だからこそ――お前の心に従って組織を回せ』
『お前ならやれるさ』
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
受話器を戻して「ふぅっ」とため息を吐くと同時に、横からスッと水が入ったグラスが差し出された。
「お疲れ様、クロ」
「おう……。すまんな、ヒナ」
知ってた。
聖地にいた時は大体こんな感じだったからな。
「それにしても、相変わらず口が上手いわね。五老星と口喧嘩するだけはあるわ」
「秘書官時代は演説の草案作成とかそのチェックを考えるのは日課みたいな物だったからなぁ。まぁ、即席だったからいくつかワード零れた所があるが……」
西の海に戻ったらダズとテゾーロ、……今ならハンコックやタキ殿と一度協議して、文を再考した上で改めて正式に黒猫としての声明出しておかないとなぁ。
こっから先は、組織の意思を少しでも世界に示していく事が大きな財産になる。
「貴方、商人時代からそんなことやってたの?」
「……まぁな」
正確には前世なんだが、まぁいい。
「ねぇ」
「ん?」
「これから、世界はどうなるの? 貴方は大規模な反乱が起こるって言ってたけど」
「……言葉通りだが……やっぱり、想像しづらいか?」
俺が問うと、ヒナはコクリと頷いた。
「あっしも気になります。クロさん、でしたか。アンタはここから世界がどう動くと見てるんでしょうか」
ようやく酒に手を付けたイッショウもそれに続く。
(正直、
被害の差はあれど、七武海を否定した男だ。
当然、海賊という存在にいい目はしないだろうし……。
(とりあえず、出来るだけ答えておくか)
「簡単に状況を改善する手段はないと言っていたけど……貴方が政府なら、どう動いたの?」
「……と言ってもなぁ」
「無論、海賊――というか、政府の敵対者として言いづらいならそれでいいのだけれど……」
いや、それは別に構わん。
そもそも、お前には隠す事なんてあんま――いやほぼゼロだし……。
「どう動いても混乱の度合いは変わらないという事前提で、その上で政府が何を重視するかによって流れは変わっていくと思う」
「……何を……ですかい?」
「規模は分からないけど、海兵の離反は各海で多かれ少なかれ起こるだろう。スーペリアがまさにそうだが、故郷が被害に遭った海兵も必ずいる。当然家族も。その規模によっては基地ごと離反、独立もあり得るだろうが……」
マジでどこまでやったかだなぁ。
聖地に行って本当にドン引いたけど、奴隷の数が滅茶苦茶多い。
多い上に消費も激しい。
使い潰したとかじゃなく、気分で殺しているんだろう。
聖地から帰ってこられた海兵の様子を見りゃ一発で分かる。
「あくまで政府視点で言えば、大まかに言って選択肢は三つ。離反した国や海軍の制圧か説得、そして増えた海賊に対する対処の強化、最後に、残った国の統制の締め直し」
俺なら最後の締め直しを選ぶなぁ。
一役人として、上や五老星をどう説得するかはまた別問題として。
「先の二つは分かるけど、残った国の統制締め直しって……貴方が言っていた海賊を雇ったりしての略奪を止めさせるって事?」
「いや、それ以前に残った加盟国には問題点がある」
いつもの癖で、つまみに出されていたフライドチキンの骨や残ったポテトを使って図にして説明しようとしたが、ここには目が見えないイッショウがいる。
(図を使っての説明やってたら、どっかで伝わらないかもしれねぇな……)
仕方ない、口頭オンリーでいくか。
「まず離反した国々だが、彼らがバラバラに動くかというとそうじゃない」
「……皆、世界政府に対して不満がある」
「そうだ。皆一律に政府への不満が爆発した国家だ。つまり、遅かれ早かれ各海で世界政府を離脱した国家は、互いに繋りを持とうとするだろう」
政府がこれまで陰でどういう真似をしてきたか、その一端が明らかになったのだ。
一国のみで対処しようとするのは自殺行為だと判断するのは間違いない。
「離反した海兵も同様だ。むしろ政府の……言い方は悪いが『狗』であることを止めて独立した海兵は、離反国からすれば喉から手が出る程欲しい信頼できる戦力だ」
このタイミングでの離反なら政府の息がかかっていないのは確実だし、なによりも実戦経験が豊富だ。
西の海では俺達『黒猫』に流れたけど……。
「各国がそれぞれ離反した海兵を取り込み始めれば、元海兵同士の横のつながりも国と国を繋ぐ一因になる」
「……つまり、非加盟国同士は、きわめて結束しやすい」
「そういうこと」
規模によっては、革命軍と同等……というより、合流しそうな勢いの勢力が出来上がるかもしれん。
もし、西の海でそういう動きがあれば全力で煽るんだが……。
(良くも悪くも、ウチが受け入れる器になってしまう可能性が高いな……)
「問題は残留した加盟国――ここでは様子見や情報不足で残ったのではなく、すべてを知った上で天竜人にベッタリな国を指すが……ソイツらにとっての敵ってなんだ?」
「……自分達を襲ってくる海賊、とかかしら?」
「それもある。そして――」
―― なるほど。
俺の思う脅威を口にしようとしたら、その前にイッショウが口を開く。
「天竜人に誰よりも気に入られたい王様達にとっては政府の枠組みを外れた国や軍よりも、残って
「ええ、そうです。……恐らく、そう考えるだろうと思います」
そうなんだよなぁ。
世界政府は、名前はともあれその実態はいわゆる同盟や連盟ではない。
あくまで『加盟して大金を払っていれば一定の人権を認める』集団でしかない。
そういうふうになってしまった。
建前はともかく、実態は。
だからこそ、その前提すら吹っ飛んだこの緊急事態でますますややこしい事になる。
足並みが揃う事も、揃わせる事も断じてない。
絶対に不可能だ。
「天竜人に気に入られなければ国が燃え上がる。だから貢物を増やそう。ここまでは当たり前の思考なんだが、それが進むとその内『特に気に入られそうな国の足を引っ張ろう』と考える国が出て来ると思うんだ」
「……海賊を使った略奪の矛先に?」
「それもあるだろうし、あるいは流言……つまり悪口を使って足を引っ張ろうともするかもしれない」
たかが悪口と言って馬鹿には出来ん。
特にこの海洋世界で、しかも海賊が激増するだろうこの時世だと尚更。
(『海賊にあの国が襲われたようだが、その背景には隣国の暗躍があったそうだ』……なんて陰謀論が出まわったら受け止められそうな勢いだろうし)
「あるいは金を持ってる国家に対して、周囲の国家が手を組んで物流を止めたりとか……とにかくここから先はなんでもアリになる。だから――」
「残った土台である加盟国にこそ見張りが必要ってことね?」
「見張りというか気配りと言うべきなんだが……。まぁ、そうだ」
安心させることがそのまま安定の一助に繋がるんだけど……海兵奴隷事件からの政府の動きを見るに、奴らは容易く隠蔽に走る悪癖がある。
結果として世界政府の枠組みがアレだ。
終盤のジェンガ並みにグラッグラな状態になっているんだが。
「俺ならまずは統制を建て直す。……ただ、政府として明らかな裏切り行為を行った国や軍への報復を急がせたいというのも分かる。組織が大きければ大きいほど、面子というモノは重い」
「そもそも先に裏切ったのはアイツらじゃない」
おい海兵。
……いやまぁ、仕方ないか。
実質二回連続で裏切ったに等しいんだ。
(問題は……奴隷事件はともかく今回の一件を、政府が裏切りと捉えているかが怪しい所なんだよな……)
イカン、本気で解決の糸口が見当たらねぇ。
センゴクさんなら、兵力の再補充が難しいだろう情勢も考えて海兵達の説得から入ろうとするだろう。
だけど、政府がそれを認めるかどうか……。
「仮に説得で彼らを再び引き入れるならば、今度こそ天竜人に決定的なペナルティを払ってもらう必要がある。だけどそれを政府が通すかは不明。仮に離反勢力を潰せとなれば……」
「ただでさえ減った兵力を更に割く事になる」
「ああ。となると今度は海賊の動きが活発になる」
むしろ政府戦力を持ち出して、勝手に離反した海兵を処分しかねんなぁ。
いやぁ、まさかマジモンの乱世に突入する瞬間に鉢合わせるとか……
(どうしてこうなったんだ……。まだ原作……多分二十年くらいは前だぞ。なんでここまで荒れるんだ……)
何か――致命的な
この時期に、大きく原作の流れを阻害する事が。
考えろ、最大の差異はなんだ?
一体何が原作と致命的に――
―― ガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンッ!!!!!!!!!!!!!
「どうしたのクロ!? 急に舌を噛み切りそうな顔で柱に頭を打ち付け始めて!!!?」
「スマン、本当になんか色々スマン。ちょっと一回三途の川渡って色んな人に詫びて来る」
「ちょ、この! イッショウさん、この馬鹿一緒に取り押さえて――笑っている場合じゃないわよ!! ヒナ、憤慨よ!!?」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「やれやれ、嵐のような会議となったな」
「具体的な事は決まってねぇがな。どうするつもりだ? 副総督殿」
レイリーとクロコダイルの含みのある笑みに、受話器を置いたダズ・ボーネスが苦笑し、
「やりたいようにやれと言われたからな。ならば、そうするしかあるまい」
出来る出来ないで考えるな、とクロに言われた。
言われたが、そもそもこれだけの面子がいるのならば出来ない事の方が少ないだろうと、静かにダズは思っていた。
「キャプテンの言うように他の海に比べて混乱は少ないかもしれんが、それでもこれまでにない難事が各地を襲うだろう。これを避ける事は、もはや不可能」
となればやりたい事だが、現状やりたい事と言われても一つしかなかった。
キャプテンが掲げた西の海の第一目標。
その実現のために、途中海軍と協力するという海賊にあるまじき真似をしてでも進んできたのだ。
「この混乱を乗り切るには、切り抜けるための軍事力と、それを支える生産力が必須となる。であれば、我々の基本方針はやはり変わらん」
「この西の海の、一つでも多くの島から飢えを駆逐する」
ミホークが、出番かとばかりにニヤリと笑う。
これからどこを攻めて、開発するのか分かっているのだろう。
この数か月、キャネットの開発という大仕事にロビンと共に挑んできた経験は、この黒猫最強の剣士の糧となっていた。
なお、そのロビンはミホークの顔を見て深いため息を吐いており、その背中をペローナがポンポンと撫でている。
「そのために必要なのは食料生産が可能な土地、それを支える人員と物資。だが攫って無理やり働かせるのは我らの道ではない」
「――であれば、協力してもらう他あるまい」
ダズがロビンに目配せをすると、意図を察したロビンが用意していた地図の中から一枚――用意していた中でも最も大きい地図を広げて、能力を使って壁に貼り付けていく。
それは、一部を除いてここにいる者には最も見慣れたもの。
この西の海の地図だった。
その地図には、クロの癖でもある右上がりの文字であれこれ走り書きがされている。
先日の事件で新たに西の海に出来た『島』も描き足されていて、その横にもやはりなにやら走り書きがされている。
「開拓、開発と並行して、今回の一件で危機感を持っただろう近隣の非加盟国群と本格的に接触、これらを繋ぎキャプテンの当初の理念を実現させる」
目を真っ赤にして泣きはらしていたタキが、目元を拭い気合を入れ直す。
その周りを固める元海兵達も、やる気に満ちた顔でその地図を見ている。
この西の海から飢餓を駆逐するための下調べとして、この海の主要耕作地や物流の流れの詳細が書きこまれている地図を。
「これより我ら黒猫は、キャプテン・クロの置き土産である――」
「『西海諸島連合』構想実現のために動く」
「いいな?」
クロの代理と認められている男の言葉を、否定するものは誰もいなかった。
というわけで長かった四章終わりでございます。
色々長引きましたが、皆さんの感想やここすきのおかげでここまで来れました。
次週はちょっとお休みというか、章が終わった区切りで一度リザルトというか人員の整理をしてみようかと思っております
更新はあるかもしれませんが、物語は一回お休みさせていただきますー