とある黒猫になった男の後悔日誌   作:rikka

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今週は物語は一休みだと言ったな?



あれはウソだ。


第五章:タガが外れた『世界』
111:始動


「事態は一刻を争う。キャプテンが恐れた事態がすでに進行しているのだ」

 

 キャプテン・クロとの通信が終わり、会議が再開される。

 

 状況は一変した。

 警戒していた海軍による大攻勢の危険度はある程度下がり、だがより大きな混乱が西の海に広がりつつある。

 

「アミス、そちらで編成している部隊は、そのままスーペリアへの先遣隊とする」

『ハッ』

 

 先にクロの話を聞いて、対政府艦隊を見越した偵察部隊の編制と出撃用意のために港町へ向かっていたアミスが、電伝虫越しに指示を仰いでいる。

 

『目標は制圧でよろしいのでしょうか?』

「最終的にはそうだが、無理はするな。あの島は大陸と言っていい広さだ。……西の海のパン籠と呼ばれる地域なだけはあるな」

『では、橋頭堡を』

「そうだ、頼む。海軍の動きを見ながら、出来るだけ早く主力も送り込む」

 

 ダズがチラリとミホークに目を向けると、もはや愛剣となった名刀を親指で少しだけ鞘から押し上げ刃をのぞかせ、わざとカチリと音を立ててソレを仕舞う事で答える。

 

 黒猫の最高戦力は、すでにやる気に満ち溢れていた。

 

「まずは確実に上陸できる場所を押さえ、その周辺を確実に押さえろ。街ならば住民の保護もだ。場所の選定は現場の判断に一任する」

『了解』

「ダズ殿、キャネットにいるビグルにも兵を出させましょう。制圧にせよ陣を敷くにせよ、少なくとも人手は確保できます」

「……そうだな。ビグル、動かせるか?」

 

 タキの進言を受け入れアミスと同じように、だがより遠くのキャネットと通信で繋がっている元海軍大佐へと問い掛ける。

 

『ハッ。こちらの防衛と手持ちの糧食等を考えると……中型二隻、兵300ならすぐに送り込めます』

 

 通信傍受対策を張り直したために少々ノイズが混じるが、それでも心強い返答が返ってくる。

 

 タキ同様、海賊連合との戦いの中でクロが頼れる現場士官と評した男は、やはり有能だった。

 大きく環境が変わったばかりにも拘わらず、すでに物資面から防衛に必要な人員を把握した上で、動かせる兵力を計算する。

 

 その兵力は、事前にダズがテゾーロやギャルディーノと共に万が一キャネットから出兵させねばならない状況を考え、試算していた数と合致していた。

 

「よし、頼む。ミホークは第一艦隊と共に――」

「待ってくれ、副総督殿」

 

 スーペリア、そしてリガロを押さえ開発を成功させれば、食糧事情は大きく改善する。

 直接西の海の各国と繋がる事さえ出来れば、取引でなんらかの利を得る事は必要でも、民衆を飢えから遠ざける事は可能だろう。

 そのために出せる兵力は全て出そうとするダズの言葉をハンコックが遮り、

 

「このような時にすまぬが、旗艦とその精鋭を借りて、しばし(いとま)をもらいたい」

 

 突然の要求を口にし始めた。

 それも、キャプテン・クロの忠臣といって良いボア・ハンコックが。

 

「その間の艦隊指揮はソニアに任せたい。此度の別働部隊の指揮を見るに、すでに能力は十分あるじゃろう」

 

 ダズの言葉が止まる間にもハンコックは言葉を続ける。

 

「そして――」

 

 そのまま彼女は、一人の男に向かって頭を下げる。

 フードを被った初老の男。

 生きる伝説。

 

 ただ一人、酒を飲んで様子を窺っていた『冥王』シルバーズ・レイリーに。

 

「頼む、この西の海まで渡ってこられたのであればその逆――偉大なる航路(グランドライン)まで連れていく事も可能であろう?」

 

 

 

「わらわを、最低限の精鋭と共に新世界へ送り届けて欲しい」

 

 

 

「今ならば、主殿を迎えに行ける」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「キャプテン・クロ、糧食の買い付け完了しました! 目当ての船を見つけて制圧できれば、すぐに積み込めます!」

「ありがとうスパニエル一等兵。皆も、とりあえずはここで待機してくれ」

 

 ダズ達との通信を切り、まずは当初の予定通り物資の補充から始める事にした。

 スパさんは相当偽装に手を入れたんだろう。恐らく運搬効率のためと言い張って本当の石を詰めていた樽もあったが、それでもトータルで一月から二月はどうにかなるだろう食料や水、酒が入っていた。

 

 一応補充した上で、船の上でも釣りなり飛び込んで襲撃するなりで魚を集めたり海水蒸留して水を確保していけば、さらに行けるだろう。

 

 なにせ、聖地行きの時から世話になっているスパニエル一等兵がいる。

 これまで出会った海兵の中で、一番料理が美味くて食材の扱いや管理に手慣れている子だ。

 

 だから飯の方はそこまで心配していないんだが……。

 

「しかし、本当に自分達に付いていくんですか? 正直、かなり危険ですよ」

「海賊の行く先が危険なのは当たり前でございやしょう。ましてや、貴方のような変わり種の行く先なら猶更の事」

 

 まさか、説得する前にイッショウが同行を申し出て来るとは思わなんだ……。

 まぁ、船なりなんらかの使えるポースが手に入ればっていう話だったんだけど……。

 

(ただでさえ方向感覚が分からなくなる偉大なる航路(グランドライン)とはいえ、時間は変わらない。この場所は、少なくともレッドラインからそこまで離れているわけではないだろう)

 

 海図もない今、取れる手段は限られている。

 だからこそ、まずは動かなければますます打つ手が無くなる。

 

「変わり種……なのはまぁ、仕方ないか」

「そりゃあそうでしょう。略奪や戦闘を鼓舞するのではなく正道を称える檄を飛ばして、それで士気が上がる海賊団なんざこれまで見たことがありやせん」

「……正道、って言っていいのかねぇ」

 

 ヒナは現在、ワイアード大佐と共に兵士を率いてちょっとした探し物を頼んでいる。

 ざっと島全体の気配を()てみたけど、今のヒナで倒せない奴は最初の騒動で全員ぶっ飛ばしていたみたいだし問題はないハズだ。

 

 さすがに『抜き足』やその派生は教えていないけど蹴り技は多少教えた結果モノにしている。

 

(ワイアードもいるし、仮にトラブればすぐに分かるだろう)

 

「貴方の道が正しいと感じるからこそ、貴方の部下だけでなく海兵の皆さんも手を貸すんでしょう」

「……正直、違和感しかありませんが」

 

 これがむしろスモーカーとかだったらまだ納得出来た。

 絶対に海賊許さないマンだけど自分の正義があり、政府に対しても思う所がある様子のキャラだった。

 

(なのに海賊の俺に手を貸しているのが、政府には従う様に諭していたあのヒナとは……)

 

 いやもう知識に期待するのは止めよう。

 こっからは金獅子一派と世界政府との本気の読み合いだ。

 

 ……センゴクさんには悪いが、海軍は今回の件で精神的にも政治的にも折り目が付いた。

 世界政府の狗になってしまう流れは避けられんだろう。

 

 それに耐えられん奴は辞めるか反逆するか……そのうちモラルハザードが発生してもおかしくない。

 

(海軍にとっての最良の策は、どうしても世界政府から距離を取る事になる。……こうなると知略うんぬんよりコネと政治力の話になる)

 

「しかし、本当に行かれるんですかい? 正直に申し上げれば、寄り道せずとも、なんらかの指針さえあれば貴方達を西の海まで送り届ける事も出来やすが」

「……行かざるを得ないでしょう。奇妙に聞こえるかもしれませんが、世界政府は自らの手綱を御しきれなくなった。無論、即座に掴みなおそうとはするでしょうが……」

 

 問題はそのわずかな間でも影響力が大きすぎる事。

 それに加え、黄猿との問答で感じた通りに今回タガが外れて暴走したのではなく、ただ単に今まで隠蔽してただけで同じような真似を繰り返していた場合……。

 

(五老星といえど、流れを止められるか? これまでやっていたっていう前例は、歴史が長ければ長いほど重いんだが……)

 

 五老星に止められなければもう誰にも止められない。

 上に王様が隠れていようが、誰も知らないのであればそれがどんな奴だろうと意味はない。

 

 事態を動かせる――いや、導けるのは、善悪問わず表に出て自分の存在と意思を知らしめた人間だけだ。

 

(だからまぁ……海軍すら身動き取れない以上俺が動くしかないわけで……)

 

「まぁ、場所が場所ですので大事になる可能性は低いんです。ただ、状況を確認しておきたいというだけでして……」

 

 正確に言えばそれほど影響がないか、あるいはとんでもねえ事態になっているかの二択なんだが。

 

 

 

―― クロっ!!!

 

 

 

「おっと、ヒナか」

「探し物は見つかったんでしょうか?」

「みたいだよ。あの顔を見る限り」

 

 よかった、それほどレッドラインから離れていない島ならばあるだろうと捜索を頼んだが、やっぱりあったか。

 

 さて、後は指針になるものが見つかるかどうかだけど。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「クロ君を迎えにというが……ふむ」

 

 レイリーはチラリとダズ・ボーネスに、現状の指揮官へ向けて視線を送る。

 

 それを受けてダズは西の海の地図と、現在配備されている黒猫の兵数を確認する。

 

「仮に、兵力を別けるとなれば単艦が限度だ。そういう意味では精鋭のみというのは間違いではないが……」

「そうですね。内務担当としては世界政府……いえ、天竜人の動向が掴めない以上、出来ればハンコック提督には勢力圏の維持、拡大に努めて欲しいというのが本音ですが……」

 

 実質黒猫での初陣であったジェルマ戦の頃とはもはや違う。

 

 ボア・ハンコック。

 

 黒猫海賊団で億越えの幹部『海賊姫』にして、第一艦隊提督。

 その副をこなす者もいるとはいえ、西の海にてその名は絶大な物となった。

 

 戦場に駆け付けるだけで味方の士気は高まり、敵には畏怖を与えるだろう。

 

「そもそも、それなりの大きさの船で渡るには海楼石が必要だという話だが?」

「分かっておる。だが、わらわ達姉妹を女ヶ島に戻そうとしていたレイリーなら――」

 

「すみません、よろしいでしょうか」

 

 顔をしかめ、それでもと言い募ろうとするハンコックの言葉を遮り、ギルド・テゾーロが声を挙げる。

 

「今回スーペリアを押さえた上で勢力下におくのならば、ここやモグワからの直線航路の近くにある海軍基地――えぇと……」

「第46番基地ですな」

「ありがとうございます、タキ殿。ええ、その第46番基地を陥落させ勢力下におかない限りこちらの航路を妨害し、政府がスーペリア奪還を企んだ際の前哨基地になってしまいます」

 

 テゾーロの言葉を聞いてロビンが壁に掛けられた海図に、能力を使ってペンでモプチとスーペリアを線でつなぎ、その線の少し離れた所にある小島――海軍基地を赤いインクを使って丸で囲む。

 

「この基地は規模からしても、海軍にとって重要な拠点でしょう。件の海賊連合事件の際にも、総督はここをエリアA防衛の要地にしていたと記録に残っています」

 

 当時共に戦った元海兵達が深く頷くのを見て、テゾーロは言葉を続ける。

 

「そして、先日第一艦隊の別動隊が持ち帰った海軍の資料によると、ここに大量の海楼石装備を持ち込んだと記載がありました。クザン大将が本部に戻られたのとほぼ同時期ですが……」

 

 先日の西海大戦において別動隊が海軍基地から持ち出した資料は、走り書きのメモすら残さずその詳細を分析している。

 物資の配置からそれまでの哨戒パターンやその傾向、物資の輸送計画といった重要情報から、詰めていた兵士達の名前やその家族構成まで丸裸にしている。

 

 クザンがいなくなってからは少々管理の手が緩んだのか一部不明な所があるが、近隣の基地にどの物資がどれほど運ばれたかを、『黒猫』という海賊団はおおよそ把握できるのだ。

 

「ハンコック提督にここを制圧していただければ兵力の配置に余裕が出来るのと同時に、量はともかく海楼石は手に入ると思われます」

「…………ふむ」

 

 ダズ・ボーネスとしても、第46番基地を陥落させてスーペリアを制圧すれば当面の問題はないだろうと考えていた。

 スーペリアを落とせば、最高戦力のミホークはしばらくその地に留まる事は間違いない。黒猫の誰もがそう思っている。

 

―― 本人も、恐らく。

 

 一方キャネットも、現在編成を考えている陸軍がその練兵に使う事が決定しているため、駐屯する海軍戦力も考えれば防衛兵数は十分すぎる。

 

(……正直に言えば、本当にキャプテンを連れて帰れるというのならば願ったり叶ったりではある)

 

 もし海軍が攻めてこようが、他の海賊やマフィアが攻めてこようが問題ない。

 戦術、戦略上の問題が出てこようが、打ち破るために戦えばいい。

 

 だが、ここから先の戦いはそういう物ばかりではない。

 勝利(・・)ではなく、解決(・・)のために動く必要が出てくる。

 

 そしてそのためには、行動範囲が広がれば広がるほどキャプテン・クロの知見が必須となる。

 ゆえにダズ・ボーネスとしては、ハンコックの発言にはいくつかの条件付きで賛成したいのだ。

 

 が――

 

「仮に海楼石が必要量揃ったとしても、キャプテンの居場所は不明のままだ。そもそも、あれだけ危うい通信をした以上、すぐさま移動するだろう」

「であろうな」

「ならば、キャプテンの言う寄り道(・・・)先が分かると?」

「うむ」

 

 ダズの問いかけに、ハンコックはなんという事のない様子で肯定した。

 

「主殿の偉大なる航路(グランドライン)での計画を聞いていたのでな。今この状況下で、主殿が帰還を遅らせてまで確認しにいく場所など、一か所しかあるまい」

 

 

―― 万が一そこを押さえられたら、計画を根幹から見直さねばならぬからの。

 

 

 ハンコックの確信を込めたその言葉に、ベッジとテゾーロは得心がいったという顔で小さく頷く。

 

「主殿が向かうのは――」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

「で、ヒナ。あったんだな?」

「ええ、貴方の言った通り何隻かあったわ。その中にとびきり大きくて、荷を積み込むには十分な船!」

 

 食料ヨシ、飲料水ヨシ、医薬品……心もとないけど一応アリ。

 替えの衣類も含めた布類にロープ、修繕用の裁縫道具に

 うん、よし。物資面はとりあえずクリア。

 

「今いる人員で動かせるか?」

「今ワイアード大佐が中の掃除も兼ねて確認しているけど、問題ないそうよ」

 

 船も良し。後は――

 

「なら、指針になる物は?」

「ええ、それも大丈夫。二重の意味で」

「……二重?」

「見てもらった方が早いわ。とにかく、ホラ」

 

 ヒナが手渡してきたのは永久指針(エターナルポース)

 記録された偉大なる航路(グランドライン)の島を指し続けるその絶対の指針は、明らかに地面を――否、海の中を指していた。

 

「……探すように言っといてなんだけど、よくあったな」

「船の中を見れば分かると思うけど、まさしくドンピシャだったのよ」

 

「……それで、行くのね? コーティング船(・・・・・・・)が見つかったんだから」

「ああ」

 

 ヒナの言葉と俺の返事を聞いたイッショウが、刃を仕込んだ白杖で体を支えるようにして立ち上がる。

 

 

 

「ヒナ、全兵員に通達」

 

 

 

「これより我らは、魚人島に向けて旅立つ」

 

 

 

「出航用意を急がせろ」

「――ハッ……!」

 

 

 …………。

 

 

 いや、敬礼はいらないから。

 スパニエル一等兵、君も。

 

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