とある黒猫になった男の後悔日誌   作:rikka

121 / 199
すみません、今回短くなってしまいました


119:開戦、海の底にて

 天竜人とは、この世界の頂点たる存在である。

 天竜人とは、この世界の全てを手にしてよい存在である。

 

 それがこの世界で800年間続いた、秩序(・・)を維持するための法であり、規範であった。

 

 そう、全てが天竜人の手の中にある。

 その言葉を受け継ぎ続けて来た一族が、外に出て、多くの兵士に傅かれている。

 

 指揮を執っていた者は、天竜人という絶対者の期待に応えられなかった。

 それどころか、自分達が手に入れた物を手放せと言ってきた。

 

 一軍を率いておいて、こうも恥知らずな事を言う愚者はいらない。

 いっそ、自分達が兵士を動かそう。

 

 ただ単に魚を蹴散らし、同胞を救うという一言で済む命令すら出せない下々の者に代わって。

 自分達が、軍を動かそう。

 

 天竜人という生き物(・・・)がそういう思考に至るまで、そう時間はかからなかった。

 

 もし、天竜人が一人や二人だけならばこうはならなかっただろう。

 もし、実績を積んだ正規の中将がもう少し多ければまだなんとかなっただろう。

 もし、センゴクやつるのような古参の兵士がいればそもそもこの事態を止められただろう。

 

 だが、そうはならなかった。

 

 後世に第一次魚人島攻防戦と呼ばれ、語られる戦いの始まりは、結局の所多くの不幸(・・)から始まってしまったのだ。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

―― 総員、突撃用意! 魚人達を捕らえ、天竜人の方々を一人残らず救出せよ!!

―― 死力を尽くせ! もはや我らには後がない!!

 

 慌ててバリケードを強化させているその向こう側で、部隊長と見られる海兵――曹長クラスらへんかな? が必死に兵士を鼓舞している。

 

(……包囲されてる側よりも包囲してる側が追い詰められてる。……つまり、そういうことか)

 

 予想した通りだ。

 予想の中でも最悪の中の最悪だが。

 

――天竜人が直々に軍権を握った。

 

(有力な将校や兵士は、すでにやらかしで燃え上がった国なり基地なりに派遣されてるんだろう)

 

 いまやどこも最前線。その中でもっともデカい火種に派遣されるのはまずベテラン。

 次いで新兵の割合が多いがそれでも稼働している部隊。

 

 となると、急遽編成された寄せ集め部隊を構成しているのは、それでいてなお残っていた兵士。

 つまりは、戦う事よりも物資の輸送などを担う兵站担当――その中でも特に経験の少ない者がほとんどだと推測する。

 

 練度も士気も低く、階級が高くともこういう鉄火場においての意思決定の経験が乏しい兵士達。

 

(あんまり被害は出したくねえんだがな……)

 

 改めて観察すると、向こうには若い海兵が多い。

 将校らしき人物まで含めてもだ。

 恐らく奥の方で怒鳴っているのだろう天竜人の命令に顔を蒼褪めさせながら、慌てて突撃用意をしている。

 

 その過程で、酷い混乱が起こっている。

 陣形が陣形の役割を果たしていない。

 

(……さすがに哀れだ。包囲態勢からそれを崩さずに突撃の段取りを組み立てる事の難しさを、天竜人は理解していない)

 

 そもそも、万が一にも立て籠もった魚人が捕まえた天竜人を連れて逃げ出さないようにするのがこの包囲陣の意味。

 ここでそれを崩せば包囲に隙が出来るし、そもそも突撃という混戦必至の戦闘では天竜人の確保が極めて難しい。

 

(人送って鉛玉撃たせれば皆帰って来るとでも思ってんのか? 子供のお使いじゃなく鉄火場なんだぞ、クソ)

 

 せめて経験豊富な将校が指揮を執っていれば、こちら側の情報収集なり突撃の段取りなりを上手くこなせるんだが……。

 

「海賊!」

「アーロン、王国軍は?」

「ネプチューン王含めて合流した! 癪だが、お前がまとまった方がいいと言っていると伝えたらあっさりだ。今は兵士達がバリケードの薄い所を固めている!」

「よし。別動隊の編成の方は?」

「王国軍の中から志願者が出てきて、今最初に集めていた連中と合流している。指揮はお前が執るんだろうが、こうなったら俺も行くぞ!! いいな!?」

「……わかった。けど、こちら側の天竜人は?」

「手を出さないように厳命した上で信頼できる奴に預けた。安心しろ、俺が命令したんならそれを守る奴らだ」

「OK。お前の目利きを信じる」

 

 アーロンが直接見ていないのは少し不安は残る。……が、現状ではベターか。

 こうなったからには囚われている人間の解放には、少しでも信頼できる戦力が必要になる。

 天竜人は……できれば王国軍の人間に見ていて欲しいが、それでリュウグウ王国が直接天竜人を人質にしていたと吹聴されかねないリスクは、僅かだろうとも下げるべきだ。

 

(たとえ手遅れでも、小さい事実を少しでも残して積み上げていかないと後が続かねぇ……)

 

 このままだと魚人島は捨てざるを得ない。

 地形的には天然の城塞と言っていいんだが、ここまで事態が膨らめば遅かれ早かれ海軍の増援は更に送られるだろう。

 仮に白ひげになんらかの工作を働いていたのであれば、政府はかなり本気で魚人島を手に入れるつもりだったのは間違いない。

 段取りが狂った今でも――というより色々狂ったからこそ、最悪種族ごと消しかねん。

 奴らならやる。

 

(魚人達を島から逃がす。加えてその説得に時間が必要だ。やっぱりコイツらを一度追い返す必要がある)

 

 幹部級の誰かがいてくれるのならばともかく、親衛隊どころか兵士すらいない現状では前線の維持――というかそれに必要な状況把握が難しい。

 緊急事態の中で二方面で作戦を展開するだけの余裕がない。

 

(ロビンかペローナがいてくれればな……。とにかく、確実な一手を打たないと戦場が必要以上に混乱する。どう動くか……)

 

 そして敵側の不安要素がそのままこっちの不安要素でもある。

 こちらが敵を散らせば、どれほど混乱するか予想が付かない。

 

 囚われている魚人を救出するには、前を固めている連中を散らす必要があるのだが……。

 

「アーロン」

「おう」

「敵が突撃態勢を整え、動き出したのと同時(・・)に俺がそれを崩す。それに合わせて捕らわれている民間人を助け出しに行く。皆を集めておいてくれ」

「あきらかにモタついている今じゃなくてか?」

「混乱している中でぶっ飛ばしたら却って道が作れない可能性がある。だからこそ、ガッツリ整えてもらってからこじ開ける」

 

 ついでに敵の戦意を致命的に下げておきたい。

 俺がいる中での突撃となれば、少しでも戦闘慣れしてる奴らを最前線に置こうとするハズだ。

 

 こんな中で最前列を務めようとする連中は、その経験以外に責任感があるか、あるいは周囲からの人望が厚い奴と相場が決まっている。

 

 それを崩して、敵の士気を徹底的にへし折る。

 

 話を聞いて納得したアーロンが腕を上げると、当初の数の倍になった一団が集まって来る。

 

 ……あ、ジンベエさんチッスチッス。

 うん、味方なんでいい加減その胡散臭い者を見る目は……いやもういいッス。

 背中から撃たれなければ、まぁいいや。

 

 とにかく、用意は整った。

 敵もどうにか戦意を上げようとしているのか、さきほどから『おぉぉぉぉぉ』と妙な圧迫感がある。

 

「あ、さっきの海兵の手当は進んでいるか?」

「そっちは王国軍の方の軍医に任せた。俺達じゃあ、あれは助けられん」

「助かるよ、アーロン」

「ふん。……必要なんだろう?」

「ああ」

 

 よし、問題ない。

 内心はどうあれ、あの中将は話が通じる。

 ここで彼が生き残れば、その心理は政府よりも海軍の方に傾くだろう。

 そうすればこの無茶な攻撃の詳細と、魚人に手当てをしてもらったという事実をセンゴクさん達に伝えてくれる。

 彼の証言はそのまま海軍のカードになり、政府に対してセンゴクさん達が優位を取れる。

 

 音がさらに高くなる。

 敵もようやく陣が形になり始めた。

 何と言う事はない平陣。

 三百人で構成されている一つの部隊を二十×十五に並べた四角い基本陣。

 これを何部隊分も前面に敷き詰めさせ、前進しようとしている。

 

 逆に周囲や背後の方で動く気配はなし。

 

(全体で包囲網を狭めるんじゃなく、他の部隊を固持して一方向のみで攻撃。全体の指揮に不安があるという前提ならば良い判断だ。誰が指示したか分からないが、優秀なのがいるな)

 

 さぁ、開戦だ。

 音も近づき、影が広がり――

 

(影? ……音が近づいていて、しかも影が落ちてる?)

 

 思い出すのはこの地獄の幕開けとなったあの事件。

 思わず視線を上に向けると、この島を包むシャボンギリギリの高度に一隻の船が浮いている。

 よりにもよって、滅茶苦茶見覚えのある――それこそちょっと前まで乗っていた船が……急落下(・・・)してきた。

 

―― 絶好の奇襲タイミング! 完璧に突いたわよ!! クロ!!

 

「おま――おまえええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇええぇぇぇっ!!!!!」

 

 ヒナてめぇ!!!

 ワイアード大佐かと一瞬思ったが、部隊を纏める事に専念して意志の決定は何気にヒナに譲る所がある。

 イッショウも基本的にヒナとは相性がいいから逆らうとは思えん!

 テッメェやりやがったな!!?

 

 影が濃くなったことに、敵海兵達がようやく気付いた頃にはもう遅い、まさに突撃しようと駆け出し始めた部隊の鼻先に、轟音を立てて船が落ちて来た。

 ギリギリでイッショウが重力を操作して調整したのだろう。船体にダメージを入れずに、だが滑るように着地し、前線の敵兵は完全に出鼻を挫かれた。

 

―― 対多数戦では奇襲と攪乱を好むクロが待ったって事は敵の陣形、整列が必要な状況!

 

 そうして完全に船が停止したのと同時に、まるでウチの人間のようなスーツを着込んだ海兵達が飛び降り、完全に腰が引けている()海兵達に向かって立ちはだかっている。

 

 その先頭にいるのは――

 

「となればおおよそ狙いは、陣の後ろの方に無駄に兵士を使って守りを固めている船への突撃。そのための確実な道作り。つまりクロ一人ではなく多くの魚人の協力が必要ということ。この策の本質は、あの船への救出作戦」

 

 西の海で合流してから、俺の隣にほぼずっといた奴だ。

 

「いつもの兵士がいない以上、クロに出来るのは自身が部隊を率いて自分達で突撃するしかない」

 

 俺達『黒猫』の戦い方をその肌で感じ、俺直々に俺なりの戦術理論を、触りだけとはいえ教え込んで物にし始めた優秀な兵士。

 

「けど、クロの突破力があっても、この状況ではほぼ一部隊で動かないといけない。訓練を受けた訳でもない他の魚人達では、死に物狂いの海兵とぶつかり合って前線を拮抗させるので多分精一杯」

 

 いつもの白い海兵の制服ではなく、三本爪の刺繍こそないがまるで俺達のと同じような、黒いスーツを着た薄桃色の髪の海兵が、腕を組んで真っ直ぐ立ち。

 

「こちらからも仕掛ける事で、貴方の負担を大きく減らせる! クロ、行くわよ!」

 

 …………。

 

「ほぼほぼ合ってる。合ってるし助かるけどお前、後で説教」

 

 なんで!? って顔してんじゃねぇ!!!!!!

 助かるけども! 助かるけどもさ!!

 

「海賊!? 奴らは――」

「味方だ! 予定に変更なし! アーロン、魚人諸君! 俺に続け!!」

 

 海兵諸君には申し訳ないが、手加減している余裕はない! ぶっ飛ばさせてもらうぞ!!

 

―― 偽典・威国!!

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。