とある黒猫になった男の後悔日誌   作:rikka

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アホみたいに暑い中皆さんお元気でしょうか。
予告していた通り隔週投稿になりましたが、しばらくの間は投稿がこれまでのような週一だったり突然隔週になったりすると思います。ご了承ください。



121:魚人島攻防戦―②

 スーペリア、並びにリガロの制圧作戦は驚くほどすんなりと終わった。

 予想されていた海軍勢力の横やりが、近隣の基地が無条件降伏したこともあってか一切入らなかったことが大きかったのだろう。

 おかげでキカ、トロイ率いる分艦隊戦力を全て制圧戦の援護に振り分けられた。

 

 リガロ王は妻子を置いて単身逃走。

 取り残された王妃や子供たちは、王が逃げた事を知るや否や『黒猫』に身柄の保護を頼み込んできた。

 

 一部の街では暴徒による略奪が横行しているが、親衛隊率いる精鋭部隊の投入により鎮圧は進んでいる。

 最初に制圧したスーペリアの港町『パウザーニア』がもっとも落ち着きを取り戻しているために黒猫の仮の拠点に設定。

 

 住民の把握と戸籍登録。並行して天竜人に連れ去られた人間の数の把握を進めているが――

 

「これほどとは……」

 

 凪の帯(カームベルト)を抜けて救出に向かう部隊のまとめ役として参戦が決定している親衛隊隊長のアミスは、復興に当たる後続部隊への引継ぎの用意を進める中で軽く絶望しかけていた。

 

「行方不明者数、負傷者数共に海賊連合事件に匹敵している。死傷者も……全部が全部天竜人の仕業というわけではないけど……」

 

 暴動が起こり略奪が横行する中で街には火が放たれ、商店や民家は襲われ多数の犠牲者が出た。

 金銭や食料、日用品から調度品の類もバラバラに持ち去られ、崩壊した建物のがれきの中からは未だに犠牲者の惨い姿が出て来る。

 

 出来るだけ迅速に――親衛隊の中でも特に見聞色に長けた人間が要救助者の捜索に当たり、首都攻略戦後半では役目を終えたミホークとニコ・ロビンが後方に戻り救出、復興に手を貸していたのだが、余りの負傷者・犠牲者の多さに揃って絶句していた。

 

「アミスさん、救護施設の担当から怪我人の名前と血縁関係、分かるだけの血液型と今住んでいる避難所番号をまとめた資料が出来上がったので写しを持ってきたよ」

「ありがとうございます、ロビンさん。ミアキス達はどうしてます?」

「最初の襲撃時すでに匪賊化していた元スーペリア軍が山に立て籠もったから、そちらの討伐に入ってるよ。……あの、その山って水源地でもあるから」

「あぁ。それは押さえておかないと不味いですね。……陸軍が割り振れれば話は早かったんですが」

 

 クロが当初から編成自体は決めていた陸軍組織。

 現在は海軍からの離反組であるビグルを中心に組織編制されたそれが今一番手を焼いているのは戦闘ではなく、その準備段階だった。

 

「陸上輸送のノウハウというか、その前段階の準備が整っていないですからね……」

 

 広大な耕作地が望めるという事は当然この島はかなり大きく、どこに船を着けようがそこから目標地点まで兵を動かすには食料を始めとする多くの物資をそこへと運び込まねばならない。

 

 それが現状、まったく足りていない。

 

 奥地へ大量の物資を運び込むための方法が馬車等しかなく、その馬車を通すのに必要な道が出来上がっていない。

 先日ミホークが大暴れしたような程よく乾いた平地ならば問題なかったが、水場が多く湿った箇所も珍しくない山間部付近への輸送に幹部勢は頭を悩ませている。

 

「先生も、ビグルさんから牧草地の用意を依頼されているんですよね?」

「ああ。後々馬を増やす環境が欲しいと頼まれたが……まずは測量と、今回陥とした両国間を繋ぐ街道をどこにどれだけの広さの物を引くか決めねばなんとも言えん。馬は食うから、それなりの面積を割かねばならんからな」

「……で、それらの用意をしっかりするには賊や暴徒を押さえて治安を安定させないと人手が割けない」

「じゃあ一番の現場である山間地付近にどうやって大量の物資を送って集積させるか」

 

 見事に問題がグルグルと一周していた。

 これで強敵がいるだけならば最終人型決戦兵器ミホークの投入で済むのだが、地の利を得ていて山に隠れ潜む賊を一人残らず蹴散らすにはミホークはある意味で強すぎた。

 

「いっそ山ごと斬ってはいかんのか?」

「水源地だって言ってるでしょ!!?」

「…………むぅ」

 

 全てを一刀で斬り伏せるには被害が大きくなりすぎ、どうしても兵員達という数の力が必要となる。

 

「ロビンさん、能力を使った探索は難しいんですよね?」

「うん。私が凧を使って上から捜索しているのがバレてるみたいで……念入りに隠れてるよ」

「ならば、火を付けるのはどうだ。木材資源の回収が難しくなるのは残念だが、そっちはキャネットやモプチに充分ある上に用意も整いつつある」

「火計ですか。……山の周囲の村民は避難所に全員収容していますし、今は雪も溶けている。ここで中途半端に禍根を残すよりは確かにマシなんですよね」

 

 後々のためにも、賊は確実に一掃したいという点で『黒猫』の意見は間違いなく全員一致している。

 強いて言うならば、これから食料が生っていくだろう山資源に火を放つ事への本能的な忌避感をアミスが覚えていることだ。

 

 それをミホークは見逃さなかった。

 少々雑な所はあるものの、伊達にアミスを始めとする親衛隊の面々を鍛え上げた訳ではない。

 

「燃やし尽くすのが怖いのであれば消火態勢を整えた上で火を放ち、同時に野戦砲を撃ち込むことで圧を加え投降を促すのはどうだ? 少なくとも賊徒共の戦意は間違いなく削れるぞ」

 

 ゆえに素早く折衷案を放り込んでみる。

 それが実現できるかどうかはともかくとしてとりあえず思いついた案を放り込みさえすれば、人を率いて来たアミスならばそれを手掛かりに何らかの形に出来るだろうと踏んでだ。

 

「消火態勢って……例のポンプホース使うんですか? 確かに川がありますから使えるとは思いますが、山を囲うように火を付けた場合消火可能範囲が――」

「いや、もうじきクロコダイルが到着する。奴の能力なら安全に消せるハズだ」

 

 クロコダイル、という言葉にロビンが少し肩を跳ねさせる。

 なにせ自分を狙って『黒猫』を襲ってきた海賊だ。

 この島が一段落付いたら、レイリーやハンコックと共に魚人島に向かうらしいが……。

 

「安心しろ、ロビン。今の奴に害意はない。万が一があっても、親衛隊がこれだけいる上に俺もいるのだから問題ない」

 

 実際、クリスとミホークが揃っているだけで安心感が段違いではあるので、そこは迷わずにロビンは頷く。

 実際クロコダイルがいかに強力な能力者といえ、これだけの面子を相手に勝てる確率は極めて少なかった。

 

 ましてやクロコダイルと共に来ているのは『海賊姫』ボア・ハンコック。

 黒猫海賊団の中でも屈指の覇気使いにして、クロに続く足技の使い手である。

 いくら『砂漠の王』とはいえ、最高幹部がこれだけ揃う中で一計を案じるのは愚かであるとしか言いようがない。

 

「ペローナさんが来てくれたら助かったんだけど」

「奴は奴で、ギリギリまで医薬品の調合や整理で忙しいからな」 

 

 もしこの場にいたのであれば、山賊問題など制圧まで含めて問答無用で済ませていただろう古参の少女は現在、逃げ込んで来た魚人の治療で手一杯らしい。

 クロの救出部隊への参加は決定しているのだが、そのギリギリまでやるべきことが山積みとなっているためにモプチの作業場に缶詰となっている。

 

「分かりました、陸軍へ通達して作戦を組み立ててきます。その間に魚油を始めとする燃料の用意をお願いします」

「この乾燥具合ならばある程度あれば構わんだろう。荷車さえあれば兵士達で引っ張っていける量で足りるハズだ」

「野戦砲は、ビグルさんが5門持って行っているから問題ないと思うから油と砲弾、火薬があれば大丈夫かな。……でも、食料は――」

「少量ずつでも常に運び続けていくしかあるまい。輸送隊の編成は親衛隊に任せる」

 

 戦場が決まったのならば、即座に動く。

 このフットワークの軽さと、それを支える組織力こそが『黒猫』の武器である。

 

「そもそもミホークが調子に乗って平原をグッチャグチャにしなければこんなことになってないんだよ!!!」

「あの平原のあちこちを先生が耕した(・・・)おかげで馬車の通れる場所が大幅に限定された結果の今なんですがね!!?」

 

「ハハハハハハハハ」

 

 なお、一部の連携に難ありである。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「まさか、アナタが魚人島に送られていたなんてね!!」

 

 スモーカーという歳のそう変わらない海兵の十手術の凄さを、ヒナは合同訓練の時に散々味わっていた。

 それでもなお食らいついて見せたがゆえに、彼女は一足先に本部入りが内定していたのだ。

 なお、内定していた矢先の最後の実習訓練での出会いで、エリートの道を歩んでいた彼女の道が良くも悪くも大きく変わってしまったのだが。

 

「テメェがどうして……っ! あれほど規律規律うるさかったテメェが海賊の味方をしてやがる!!」

「命令よ!!」

「どこからのだ!! あぁっ!!?」

 

 十手に体重をかけた鋭い突き。

 下手に躱そうとすれば間に合わないだろう鋭いソレを、ヒナは余裕を持って手首のあたりで受けてから軽く半回転させ、その一撃を受け流す。

 

 海軍で学んだ技ではない。

 あの西の海で『黒猫』と共に動いていた頃にクロやその取り巻きから学んだ近接格闘術。

 

 魚人空手の達人であるハックの動きを軸に改良を重ね、『黒猫』兵士の基本となった格闘術は、練度によっては武器を持った相手でも対処可能な物に仕上がっていた。

 

 イッショウに一度十手を弾かれたにも関わらず、なお執拗にヒナを狙ったその一撃をヒナは受け流し少年兵――スモーカーの懐に入り込み、みぞおちに拳を叩き込む。

 

「おヒナさん!」

「この男は私に任せて」

 

 明らかな強者であるイッショウを警戒し、ヒナも見覚えのない海兵がワラワラと集まってきている。

 ヒナが本部にいたのは極めて短い時間ではあったが、それでも明らかに海兵の――海軍という組織の中での共同生活で例外なく皆身に付けていく『海兵』らしさが微塵もない集団がおかしい(・・・・)という事はさすがに気付く。

 

 クロの護衛を命令され、結果として仲間であった海兵を敵に回す事になっても迷いのない同僚(・・)達は、一部を除いてお世辞にも練度が高いとは言えない。

 

 クロも薄々気付いていたのか、スパニエル一等兵を始めとする新世界を渡るには訓練不足だと感じた兵士達には体力訓練や技術講習の時間を取って底上げをしていたが、この短期間では本当に微々たる底上げレベル。

 大佐クラスにしては強い――クロも認める実力を持つ人間もワイアードを始め数名いるとはいえ、恐らくは強戦力であろうイッショウという能力者を一か所に関わらせるのは非合理極まる。

 

「同期のよしみよ」

 

 クロが自身の武器である『猫の手』を再現しようとして、結局諦めた際に使おうとしていた黒い革手袋。

 なんとなくクロに頼んで譲ってもらったそれをポケットから取り出し、ギュッと音を立ててそれを両手に嵌める。

 

「私が規則規則うるさかったって貴方は言うけど、それなら逆に私も聞きたいわ」

 

 ヒナが「スモーカー君?」と挑発も兼ねて十手を持つ海兵に呼びかけるが、男は油断を見せずに得物を構える。

 

「気に入らない事ならば命令違反上等、教官将校にさえ噛みついて営倉入りの常連だった貴方が随分と大人しいじゃない」

「黙れっ!!」

 

 元より格闘成績は同期の中でも上位に入る腕前だったスモーカーの十手捌きはかなりのものだ。

 突き、払い、そして上段に構えてから重い振り下ろし。

 

 だが、ヒナもそれを捌き切る。

 クロが使おうとあの島で買った物だけあってかなり丈夫な黒い革手袋は、ヒナの細い手指を保護し、彼女のパフォーマンスを完全に発揮させている。

 

 当たれば即致命的な衝撃が走るだろうソレを全てズラして、隙を突いて無駄を省いた可能な限り重い一撃を急所――みぞおちに叩き込む。

 

 勘が働いたのか咄嗟にスモーカーは後方に飛んで衝撃を逃がそうとするが、それでもヒナの動きが一歩早く、小さく苦悶の声を上げて大きく後退する。

 

「ヒナ、てめぇ……っ」

「伊達に大将と戦える男に鍛えられてないわよ!」

 

 ヒナの西の海での経験は指揮や書類の処理といった実務面が多かったのだが、戦闘訓練をしなかったかと言えばそういうわけではない。

 クロやハック、それにお人よしな所もあって訓練に真面目に付き合ったトーヤ達一部の親衛隊や精鋭兵士との組手は、確実にヒナの実力を大きく上げていた。

 

 佐官以上ともなればさすがに危うい場面もあるだろうが、逆に言えば並の海兵で今のヒナを相手に出来る者は大きく限られるだろう。

 

「ホワイト・ブロー!!」

 

 かつての訓練では勝てていた格闘戦では分が悪いと見たスモーカーは、今度は自身の能力(・・)を使った攻撃へと移る。

 

 スモーカー本部兵長。

 問題行為が多いために昇進がヒナに一歩遅れてはいるが、その戦闘力は極めて高く将来性が高いと期待(・・)されている海兵の一人。

 そして『モクモクの実』を食べた煙人間(・・・)

 極めて希少性の高い自然(ロギア)系の能力者には、そこらの兵士であれば為すすべなく拘束されるしかない。

 

 腕部を煙と化して、手首の先から大量の煙を噴射し加速してくる拳を前に、だがヒナは焦りを一切見せない。

 

「確かに君の能力は凄い物がある――けれども!!」

 

 なぜなら、その速さは十分に目で追える速度だ。

 散々越えようと挑み続けた男とは違う。

 

 音がする。

 煙という分かりやすい目印がある。

 そして確かに速いが、その速さはまだ目で見て分かる(・・・・・・・)速さだ。

 

 なによりも。

 

先生(・・)に見劣りしない猛者相手に毎日組手をしてきたのよ!!」

 

 スモーカーの繰り出した技は、大量の煙の噴射によって加速力を得た拳による打撃である。

 能力による加速を得た拳はかなりの威力を持つだろうが、ヒナはそれをあえて紙一重で回避する。

 狙うのはカウンター。

 だが急所が揃っているスモーカーの胴体は間合いの外にある。

 それでいい。ヒナの狙いは最初から――触れることが叶わないだろうと油断している、煙の部分だった。

 

 恐らくスモーカーの目には、一瞬ヒナの足がブレたように視えただろう。

 その瞬間には、痛覚が走るよりも早く()が叩き落されていた。

 

「煙の腕が!! お前!!?」

「ええ。ほぼ習得したてとは言え、武装色のみならば私は使える!」

 

 例の運ばれた島を陥として海賊連合事件に一段落が付き、その後モグワにクロが戻ってからずっとクロの補佐に付いていた九蛇の少女。

 後に『海賊姫』の異名を着けられる彼女から『覇気』という技術の触りだけを教えてもらい、クロや親衛隊を相手に何度も試していた物が、この新世界へ放り出されてからの航海と訓練の中でようやく形になった。

 

 海兵であり、だが海賊のように海兵と敵対している少女の足がわずかに赤く輝きながら、身に付けているスラックス以上に黒く輝いている。

 

「スモーカー君! どうして貴方が魚人島まで来ているの! それも、こんな状況で!!」

 

 

「貴方、本部兵長に上がってすぐに――」

 

 

「大将『青雉』麾下の部隊での実地研修に回されたハズよね!?」

 

 

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