とある黒猫になった男の後悔日誌   作:rikka

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122:魚人島攻防戦―③

(おかしい)

 

 何度注意しても「動きにくいんだから仕方ねぇだろ」と何度も海兵服を着崩しては教官に叱られていた同期の男の子。

 

(あの男が海兵服をキッチリ(・・・・)着ている時点で何かおかしいと思ったのよ)

 

 珍しくしっかりと隊服を着こなした同期。

 この戦いの中でスモーカーという男が身なりをしっかり整え、その上で薄汚れている時点で違和感はあった。

 

(明らかに動きが鈍い)

 

 迷い――という感じではない。

 少なくともヒナにはそう思える。

 どちらかと言えば――

 

(焦っている? 何に?)

 

 煙化という無敵の能力が却って隙を晒すことになると判断して、スモーカーは再び十手を抜いて殴り――いや、斬りかかって来る。

 一切の躊躇はない。

 容赦もない。

 

 だが、それでも動きは精彩を欠いたままだ。

 

「スモーカー君、教えてちょうだい! 貴方、こんな現場に回されたら今頃こっそり妨害をしちゃうくらいにはヤンチャだったじゃない!!」

「黙れっ!!」

 

 返ってきたのは右上段からの袈裟切り。

 だが大振りだ。

 重心がブレているのもあって速いだけ。

 仮に当たった所で習得したての薄い覇気で十分に防げる程度でしかない。

 

(違う。これが本当にスモーカー君なの?)

 

 何もかもが違う。

 自分の知るスモーカーという男は、こんな破れかぶれの攻撃を何度もするような兵士じゃなかった。

 

「今すぐだ、ヒナ!」

 

 袈裟切りを避ければすぐさま十手を引いて腰だめに構え、力を込めて一気に突きを放ってくる。

 

「ち――っ!」

「今すぐ秩序を少しでも取り戻さないと駄目なんだ!!」

 

 小さく舌打ちをしながら体をひねって躱した所に、今度は拳が飛んで来る。

 まだブレているが、それでも体重の乗っている拳が届く前に身体をひねって躱し、もう一度カウンターの拳を叩き込もうとしたら急所が十手でガードされていた。

 

(下手に殴ればダメージを負う。ならば――)

 

―― いいか、ヒナ。体重の軽いお前が俺みたく蹴り技主体で行くなら、無理に強い打撃を与えようとするな。

 

―― 足は拳よりも重い一撃を出しやすいが、下手に反撃を受けると機動力を奪われ瞬く間に窮地に陥る。

 

 散々自分を地面に転がしてきた男の言葉を、忘れた日は一度もない。

 

 聖地で書類漬けになっていた時でも――それこそ一秒でも睡眠時間を確保するべき時ですら、あれこれ屁理屈をひねり出してまで簡単なストレッチや体力作りに付き合ってくれた男の助言だ。

 

―― 明らかな格下相手ならば仕掛けや奇襲、同格以上ならば力負けした途端に足にダメージが入り、それによってはあっという間に追い詰められる。

 

―― だから攻防の経験をもうちょい積み上げるまで……そうだな。

 

「外は地獄だ! どこもかしこも地獄になった! そして海軍も駄目だ! 政府ですら崩壊を止められねぇ!!」

 

 ようやく口を開き始めた彼には悪いが、十手に守られた急所ではなくがら空きの肩を――蹴るというよりは足で押し出してバランスを崩す。

 

―― 相手に致命打を与える、あるいは反撃や奇襲に対応できる確信を持つまでは、フェイントも交ぜながらとにかく相手の勢いや重心を崩す事に専念しろ。

 

―― それに攻防のタイミングの見切りが加われば、それだけで大抵の敵には対処できる。

 

 クロの教えの通りに崩しに専念した結果、理想的な間合いが空く。

 スモーカーの動きをある程度観察できる上に対処も出来そうで、かつ会話が出来る間合いだ。

 

「世界政府がハリボテだったからじゃない! 形だけの政府で実が伴っていなかったから、政府にあるまじき真似をした上に立て直すことも出来ない有様を晒して!!」

「腐っても政府だ! このままズルズルと全てが腐り落ちるくらいならば!!」

「まだマシって!? よりにもよって貴方がそんな事を言うの!!?」

 

 周囲ではイッショウの能力を用いた斬撃による轟音が響き、周囲の海兵が吹き飛ばされていく。

 

(……あれは、銃創?)

 

 その吹き飛ばされていく兵士達のアチコチに、銃による傷があるのが目に入った。

 一人だけではない。

 恐らくスモーカーに同行していたと見られる兵士の半分以上にだ。

 

(同行している兵隊は、補給の問題もあっていざという時のピストルはともかくライフル持ちは数名。今の小競り合いだけでこんなに大勢が怪我をするハズがない)

 

 見た所、治療自体はすでに終えた傷のようだがそう古い傷でもない。

 包帯やガーゼを付けたままの者もいる。

 つまり、簡単な治療を施されてからさほど時間が経っていない。

 

(交戦を終えてすぐに緊急編成されている。でもあれだけの銃創を受けたという事は、相手はかなり軍需物資に余裕を持つ敵。……いくら大将麾下の部隊とはいえ、実地研修で?)

 

 さすがに研修部隊ともなれば戦う相手は選んだハズ。

 自分の聞く限りでは、スモーカーは昇進して間もない。

 もし、銃創が見られる兵士が同行していた者達ならば尚更不自然である。

 

 大将という立場にありながら研修部隊に付き合ったのは、クロの言うプロパガンダも兼ねていたハズだ。

 なぜそれがこんな怪我人が出る程の武装勢力と――

 

海軍(・・)なの?」

 

 ふと、思いつきを口にする。

 その効果は一目瞭然だった。

 

「どうしてそうなったかは分からないけど、ここに来る前に貴方が交戦していた相手って……そうなの?」

 

 あきらかに、スモーカーの顔が強張った。

 十手を握る手に、必要以上の力が入る。

 

「あの屑共が……っ、海に降りた途端に全てが崩れ始めた! 今になって慌てて政府が屑共を引き戻させているが、天竜人が加盟国を滅茶苦茶にした情報は今も世界中を駆け回っている!」

「世界中って、どうやってこの短期間で――」

世経(新聞)だ! すでに辺境のド田舎だろうと今回の顛末を知っている!!」

 

 そしてその十手を、先ほど立てたばかりの旗へ向けて、

 

「そしてその旗の海賊の話も載っている! それが――その猫の旗が事態をややこしくした!」

 

 この魚人の島に突き立てたばかりの、三本爪の旗。

 貧困、飢え、そして他者への不理解に向けた宣戦布告の証。

 この海に争いを(もたら)す心の汚泥に向き合い続ける誓いの旗。

 

「クロを! 『黒猫』を知っていてなお、こんな馬鹿げた魚人狩りに!?」

「個人の力では何も止められねぇ! 個人の意思では何も変えられねぇ!!」

 

 息を整えたスモーカーが、今度は足元で能力を発生させて一気に距離を詰める。

 振り下ろされる十手――駆け引きも何もない一撃を覇気を込めた足で受け止め、再びスモーカーと睨み合う。

 

「仮に『黒猫』が立ち上がった所で、たかが海賊団の一つが暴れた所で世界は変わらない!!」

「それで膨れ上がる犠牲を見ずに……っ!!」

「情勢を立て直し、アイツらを聖地に押し込めれば世界は落ち着く!!」

「犠牲が出ることに変わりはないじゃない!!」

「増え続けるよりはマシだっ!!」

 

 更に体重を込められる十手を逸らし、足ではなく握りしめた拳で顎を狙うが躱される。

 牽制も兼ねた一撃なので当然だと気に掛けず、十手を持つ手と逆の手首を掴んで思いっきり引いてバランスを崩し、みぞおちに膝を突き刺す。

 

 今度はいい位置に、かついい勢いで蹴撃が入ったのかさしものスモーカーも大きくえずく。

 更に畳み込むかどうか一瞬だけ逡巡するが、得物のリーチが危険だと判断してスモーカーの足を払い、地面に転がして小さくとも確実にダメージを与えていく。

 

 散々その身で痛みと共に味わった、キャプテン・クロのお得意技だ。

 

(本当に……っ! 貴方からそんな言葉を聞くことになるなんて思わなかったわ!)

 

 西の海での実地研修の前ならば自分が言っていそうな言葉を、一番――否、絶対に言わないだろうと思っていた男が言っている。

 

 その男の目に――周囲で練度の劣るこちら側の兵士達にあっさり押されている海兵達の目には覚えがある。

 天竜人が加盟国であるスーペリアを実質滅ぼしたと聞いた時に、自分や仲間たちがしていた目だ。

 

 なにがあったかは分からない。

 実地研修でいきなり昨日までの味方を討てとはならないだろう。

 

 となれば恐らく、目の前で突然海軍が割れた(・・・)のだろう。

 それほどの事態が起こったとなれば、口にするのも(おぞ)ましい何かが起こってしまったに違いない。

 

(心が、折れそうになっている)

 

 それがどのような光景だったのかは分からない。

 だが――

 

 きっと、これ以上なく汚い物を見たのだろう。

 きっと、これ以上なく酷い物を見たのだろう。

 

 きっと、これ以上なく惨い物を見たのだろう。

 

「天竜人を再び聖地に押し込めた所で、過ちを過ちと認識していないのならばまた繰り返される。世経がどこまでバラしたか分からないけど、本部にいたのならば海兵奴隷事件は知っているでしょう!?」

 

 痛い所を突いたようだ。

 ただでさえ良くなかった顔色から、さらに血の気が引く。

 

「もう時計の針は戻らない! 戻してはいけないのよ!!」

「それで秩序の崩壊に付けこんで革命起こせってか!? すでに目を背けたくなるような数の犠牲者が出ているんだぞ!!」

「出したのがその政府の上に胡坐搔いてる天竜人じゃない! これまでだって犠牲者を出し続けて!!」

「それでも秩序はあったんだ! 明らかに今より血は流れていねぇ!! この七日間だけでどれだけの国が滅んだと思っている!」

「私達が犠牲をあって当然の物だと見ない振りをして、蓋をし続けてきたからの今じゃない!!」

 

 言葉を重ねる程に、重ねる程に目の前の男のかつての印象が崩れ落ちる。

 

 文字通り海の底を転がされ、土埃に塗れた海兵服もそのままにスモーカーは飛び上がり十手を構える。

 

「金獅子が引き金を引いたのだとしても、徹底的に世界を見下している天竜人をこのままにしておけばまたこれ(・・)が繰り返されるのは目に見えている! いえ、ひょっとしたらこれ以上の……っ」

「転覆しようとしている奴らをふんじばる! 騒動の火種になり得るものも! そうして一度奴らを聖地に押し戻し、出て来ないようにすれば――」

「だから!!」

 

 今度はこちらから仕掛けた。

 策や考えがあっての事ではない。

 思わず、目の前の同期に向けて覇気を込めた蹴りを放っていた。

 

「それじゃあ意味がない! ハリボテはどこまで行ってもハリボテなのよ! 彼らに民衆を守るつもりなんてサラサラないのは貴方も肌で感じていたでしょう!?」

「それでも――!!」

 

 再び十手と蹴りがぶつかり合い、火花が散る。

 徐々に覇気が強まり、硬度を増してきた蹴りの一撃の重さは徐々に十手のそれを越えつつある。

 

 だが、それでも絶対正義の下に振るわれてきた十手は、持ちこたえた。

 

「そのハリボテを頼りに生きている奴らがいるんだ!!!!」

 

 たとえそれが安い言葉だと分かっていても、それでも背負ってきた男の十手は、使い込まれてもまだ曲がり切っていなかった。

 

「そのハリボテに(すが)らなきゃ生きていけない奴らがいる! いつ切り捨てられてもおかしくないと薄々分かっていてもだ!!」

「それは……っ」

「今まで背負ってきた奴らだ! これから背負っていくと信じていた奴らだ!」

 

 未だブレがあり、だがより速くなった十手の横払い。

 膝の力を抜いて上体を逸らし、紙一重で躱すが今度は自分の重心にズレが生じた。

 

 とっさにヒナはその場で足に力を込めて跳び、だが上半身を地面に近づけ足の代わりに両手を地面に当てて体を支え、一回転してスモーカーの首を狙って回し蹴りを放つ。

 スモーカーもそれを読んでおり、素早く後方に跳躍して回避する。

 

(分かっていたけど……最初っから全然スモーカー君から殺気(・・)闘気(・・)も何も感じない!)

 

「お前の背にあるその旗は! あぁ、正しいんだろうさ!」

 

 口は悪く態度も悪く、それでも正義感は本物だった男が、自分の後ろに立つ旗に何とも言えない目を向けている。

 敵意ではない。

 憎しみなどでもない。

 

 最も近い物はなんだろうと頭の中を探って、すぐさまその単語に辿り着いた。

 

 畏れだ。

 

 海兵が、海賊旗に過ぎないそれを畏れている。

 まるで触れてはならない――目にしてはならない物のように。

 

「だけどその正しさが争いを、戦乱を広げる! 戦いたい奴は戦って死ねばいい! 俺もそのつもりだ!! だがなぁっ!!」

 

「まず犠牲になるのは兵士じゃねぇ! 武器を握った奴じゃねぇ!!」

 

「どうしたって最初に犠牲になるのは、(すが)る先すら選べない連中だ!!」

 

 らしくない、だが間違ってはいないスモーカーの叫びが響き渡る。

 

「それで今度は魚人種族全員に、ハリボテの平穏のために生贄になれと! 貴方はそう言えるの!?」

「まず状況を押さえなきゃ何も出来ねぇ! ただただ屍が無意味に増えていくだけだ! お前はまだアレを見てねぇだろうが!! これまでのどんな海賊もしなかった、徹底的な(・・・・)略奪によって空っぽになった町を! 死体以外の悉くを持ち去られた村を!!」

 

 勢いだけの攻撃は、だからこそ油断できない。

 警戒を解くことなく間合いを測り次の攻撃の予測を立てている間にも、スモーカーの叫びが続く。

 

「お前達が守っているその旗を掲げた男は、海軍よりも先に世界を治められるのか?! 西の海だけならともかく、他の海で被害を抑えられるか!?」

「無理だから、それで生贄を捧げてお偉い神様(・・)を大人しくさせるのが正しいと!?」

 

 それは――駄目だ。

 西の海にいた時にアミスやカポネ・ベッジから聞かされた悪夢のような奴隷の扱いを、繰り返させてはいけない。

 命だけはどうにか助かり、だがそれ以外の全てを踏みにじられて抜け殻のようになって帰ってきた海兵達の悲劇を繰り返させるわけにはいかない。

 

 これ以上アレを繰り返し続ければ――繰り返す事を許してしまえば、それこそ世界は生贄を捧げ続ける方向へと舵を切るだろう。

 

 そういう確信がある。

 

 現に今、あれほど生意気だった男が嫌々とはいえ犠牲を仕方ない(・・・・)と口にしてしまう程に、世界中に閉塞感が強まっているのだろう。

 

 絶望が、わずかな平穏のための犠牲を許容する世界へと塗りつぶしつつある。

 

 出来る所から秩序を取り戻そうとする者も、あるいは絶望を振り切るためにゼロから始めようとする者も。

 

(駄目。何を聞いても、何を言っても――!!)

 

 かつての同期とは、どこまで行っても平行線にしかならないと確信してしまっている。

 あるいは――決めつけようとしているのかもしれない。

 

 だけれども、

 

 もう、ぶつかるしかない。

 もう、倒すしかない。

 

 ここを死守しなければ、クロ達が救出するだろう魚人達が安全に逃げられるかどうかの難易度が大幅に上がってしまう。

 

「ヒナァァァっ!!!!」

「スモーカー君!!!!!!!!」

 

 足に再び覇気を走らせる。

 狙う場所は特に決めていない。

 ただ一つ決めているのは、今の自分に出せる最大威力を確実に当てるという事のみ。

 少なくとも震えの消えた十手に、そしてそれを握る両手に全ての意識を向ける。

 

 (迷いこそ消えたけど、力み過ぎている! 狙うのは――利き手!!)

 

 ―― どんっっっっっっ!!!!!!

 

 空気が爆発したような轟音が目の前から響く。

 とっさにこっちの狙いをズラす目的でスモーカーが能力を全開で発動させて視界を潰していたが、どういうわけか気配が視えて(・・・)いる。

 

 だからこそ、自分の足が完璧に受け止められたことに驚きはしなかった。

 

―― おやめなさい……っ。

 

 ただ、その人物がなぜここに飛び込んで来たのか。

 そのことへの小さな驚きはあった。

 

「もう、お止めなさい! おヒナさん!!」

 

 自分の蹴りが、中身を抜かれた白鞘だけで受け止められていた。

 そして抜かれた一刀、その柄の部分がその向こうにいる男に――スモーカーのみぞおちに突き刺さっていた。

 

「あっしには、お二人がどんな顔で戦っていたのか見ることは叶いやしませんが……」

 

 あるいは能力によってスモーカーへの一撃は強化されていたのかもしれない。

 一撃の重さに加えて、肉体的・精神的な疲労もあったのか崩れ落ちるスモーカーを支えながら、自分の蹴りを難なく受け止めた男――イッショウが顔を歪めながら口を開く。

 

 海賊を名乗るわけでもなく、それでもクロという海賊への同行を希望した盲目の男。

 彼は、自分やスモーカーを見るでもなく、ただただ悲しそうにしていた。

 

「そんな辛い気配丸だしで戦うなんざ、どっちが勝っても遺恨しか残りやせんでしょう」

 

 周囲の海兵達はあらかた蹴散らされていた。

 もはや部隊としての連携を取れている兵士はごくわずか。

 そのわずかな兵士もワイアードや他の兵士によって討ち取られるか、あるいは行動不能になっている。

 

「この戦い、あっしが預からせていただきやす」

 

 退路を確保するための戦いはほぼ決した。

 後方からはすでに多くの魚人兵が前線を押し上げ、一部は政府船を守るように配置された陣へと殺到している。

 

 それを確認した途端に身体の力が穴の空いた風船のように抜けてしまい、近くの岩――否、石灰化したサンゴに腰を下ろしてしまった。

 

「よろしいですかい?」

「ええ。……イッショウ、ごめんなさい。……ありがとう」

「………………いえ」

 

 もうじき戦いに答えが出る。

 まずは魚人達の救出。

 そして安全地帯までの後退を援護しながら、奪還に動くだろう敵部隊を抑えるように陣の敷き直し。

 やらなければならない事はまだ残っている。

 

 

「……ねぇ、スモーカー君」

 

 

「貴方が向かった先で、一体何が起こったの?」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

―― お前ら、無事だな!? 怪我してる奴はいないか!?

―― アーロンさん!? ジンベエさんまで来てくれたのか!

 

(よしよし、どうにか無事に最初の救出は上手くいきそうだな)

 

 最初に制圧した船の中から、アーロン達と魚人達の声がする。

 内部の人間は全員蹴り倒してそこらで気を失っている。

 今は手隙の魚人達が、脱出の邪魔にならないところに放り込んでいる。

 

(海兵達の扱いがえらく雑だが……まぁ、仕方ないか)

 

 どうやら主要戦力は船の外に出していたみたいで、一度突破すれば後は脆かった。

 おかげで救出時に連れ去られた民間人への被害を最小に抑えるためにアレコレ工夫する必要もなく、俺やアーロン達の力押しだけで済んだ。

 

 念のために甲板から外を警戒しているが、こちらに向かってくる兵力は想定よりも少ない。

 その代わりに次に狙おうとしている船の周囲の守りを固めている。

 

(悪くはないんだが、次の船を攻める時に厄介だな。同時攻略が出来ない以上覚悟はしていたとはいえ……)

 

 陥とすべき船は全部で三隻。

 一隻は今制圧した。ここからは遠い位置にある船にはすでに魚人の集団が迫っている。

 

 海兵の陣形の崩れ具合から、恐らく内部に突入している魚人達がもういるハズだ。

 

(状況を整理しよう)

 

 こちらの目的は状況の仕切り直し。

 まぁ、正確にはそれ以外に出来る事がない。

 

 その中で絶対に達成しなければならない重要目標は、攫われた民間人の完全奪還。

 

 対話による解決の可能性が完全に瓦解した以上、せめて最大の不安要素は確実に取り除いておきたい。

 なによりも天竜人を捕らえている上で人質を救出することが出来たのならば、それは今後の立ち回りに於いてとてつもないアドバンテージになる。

 

 次点で海軍側に残っている天竜人へ圧を加え、厭戦気分を更に助長させる事。

 出来る事ならば尻尾を巻いて一度海上に逃げ帰ってほしいんだが――

 

(そこはさすが天竜人と言えばいいのか……。これほど戦線が近づいても動く気配がないと来た)

 

 幸か不幸か、最初に制圧したこの船に天竜人はいなかった。

 恐らく、横一列に並んでいる三隻の内真ん中の船に集まっているのだろう。

 

 海兵達の動きもそれならば得心がいく。

 気の乗らない魚人誘拐よりも、これ以上動いて欲しくない天竜人を守る事に戦力を集中させる。

 戦術的に正しい。

 

 だからこそ、面倒くさい戦況になった。

 

 今まさに逃げている面々を見るに、魚人が多く人魚が少ない。明らかに少ない。

 

 奴らめ、大方自分達が乗っている船にお気に入り(・・・・・)を集めたと見える。

 

(……最後の一隻をどう攻めるかが問題だな)

 

 守りを突破するのは難しくない。

 そこそこ強い気配はするが、ミホークはおろかダズやソニアやマリーに並ぶ気配が全くしない。

 無論隠密に長けている者が潜んでいる可能性はあるが、それでも数が揃っているわけではないだろう。

 

(一番いいのはこっちが魚人達を逃がした後で、天竜人がビビって逃げ散らかしてくれる事なんだが……)

 

 そうすればこっち側に残された天竜人に『見捨てられた』と印象付けるのは容易いし、一度状況を仕切り直せばまだ政治的に解決できる可能性も出て来る。

 

(かといって、ただ交渉を再開するには政府の信用は地に落ちているし、天竜人は理解不能な存在となってしまった。やるなら絶対に海軍と、更に第三勢力を巻き込まないと駄目だ)

 

 そうでなくば、今回の最大の被害者である魚人側が納得できないだろう。

 そして本来ならばこういう時に一枚噛むための『黒猫』なのだが、政府がなぜか異常に敵視していると見られる以上役に立てない。

 

(……参ったな。信頼できる第三勢力が海賊しかいねぇ。政府側である加盟国はもちろん、そこから離れた新興勢力も実情が不明で政治的戦力に数えられない)

 

 魚人島に関わる人間で最も信頼できるのは誰か。

 こんな問いかけに真っ先に出てくるのが海賊『白ひげ』な時点でなんかもう色々とアレだ。 

 

(かといって白ひげからすれば、舐めた真似をして面子をぶっ潰した政府と海軍はもはや報復対象だ。この戦いがどういう流れになるにせよ間違いなく海軍と白ひげの戦争が近いうちに起こる)

 

 もし交渉が不可能で、かつ政府が魚人への戦いを継続することを選択してしまった場合――道は二つ。

 

(魚人島を一時放棄し、住民が逃げ切る時間を稼ぐための撤退戦。あるいは――白ひげの戦力がたどり着くまでの間ひたすら防衛戦、か。うっへぇ……)

 

 どちらにせよしんどい戦いになる。

 物資が限られていて補給が難しいなかでの防衛戦とか考えただけで胃がアレになる。

 ただでさえ痛い胃がもぎ取れる。間違いない。

 

(まずはこの救出作戦を成功させて、魚人戦力の面々の信頼を多少でも稼がないと駄目だ。後が続かない)

 

 もしもこの戦いの後に防衛戦が発生してしまった場合、今回の様ななんちゃって作戦でどうにかするには限界がある。

 細かい勝利を積み重ねて積み重ねて、士気を下げる多数の因子とも戦いながら部隊を維持して統制を確保し続けないと瞬く間に崩される。

 今はボロボロの敵陣営だが、追い詰められれば追い詰められるほど統制は整う。

 そうなれば数で劣るこちらが瞬く間に不利になる。

 

 それに対抗するにはまず、俺という存在を少しでも信じてもらわないと立ち行かない。

 今みたいにアーロン頼りのままだと、絶対にヤバいタイミングでヤバい事が起きて取り返しがつかなくなるんだ。俺知ってる。

 

(まぁ……こっちにはイッショウがいるし、しかもさっきヒナの匂いが混じった覇気感じたし、戦力的にはなんとかなるだろうけど)

 

 ヒナ達が無事に中継地点を確保したのだろう。

 おかげで魚人の勢力も目的地が分かりやすくなって動き――いや、流れが想定よりもはるかに良くなった。

 

「クロ! 檻の中にいた同胞は全員救出した。部屋という部屋から倉庫、バラスト部まで全て確認したが、お前が気絶させた海兵共だけだ!!」

 

 戦況を眺めていたら、アーロンが甲板へのドアを乱暴に蹴り開けて合流した。

 その後ろにはジンベエが先導しながら、文字通り大量の魚人や人魚達が外に出ようと走っている。

 

「ありがとう、アーロン。魚人組は人魚の皆を運んでやってくれ。ジンベエは脱出の先導を」

 

 下手に動けばいらん怪我人が出かねない。

 物資的にもカツカツなんだ、怪我人が出れば出る程当然物資の消費が激しくなる。

 慌てず速やかに撤退するというのは地味に難しいが、だからこそ大事な事だ。

 

(さて、魚人戦力は――)

 

 中継地と見られる三本爪の旗が立った場所に、恐らくワイアードがそう手配したのだろう魚人達が防衛陣地を築き上げている。

 簡単な柵や、土を詰めた荷車で作った粗末な壁で出来た陣地だが存外馬鹿には出来ない。

 膂力に優れた魚人が構築した柵はパッと見た限りそれなりに頑丈な木材を深く突き刺して固定している。

 あれでは破壊するのには難しく、ライフルなどによる攻撃も即席の土嚢で防がれる。

 

 なんとかそこを攻略しようと近づく海兵は――

 

(まぁ、魚人のパワーならば魚人空手学んでなくても、そこらの物を全力で投げるだけで脅威だからなぁ)

 

 中に立て籠もっている魚人による、何の変哲もない投石(・・)によって次々にその場に倒されていた。

 何の変哲もない拳よりもやや小さめの石がこめかみを掠っただけで並の兵士は気を失い、運悪く直撃した者は宙で半回転してから地面に叩きつけられている。

 

(ん、防衛陣地は問題なく機能。ジンベエが先導すれば誤射もないだろう)

 

 それでも近づいた奴はイッショウなりヒナなりが対処するだろう。

 後は中継地を越えてこっちに殺到している魚人戦……力……。

 

 

 

 お……んん!!!?

 

 

 

 

 ちょっと待て!! それはアカン!!!!!!!

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