とある黒猫になった男の後悔日誌   作:rikka

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123:魚人島攻防戦―④

―― 油断するな。

 

 それが魚人街で立て籠もっていた者達の総意であった。

 

 確かに、あの眼鏡をかけた黒いスーツの男は囚われた仲間の解放のために動いていた。

 だが、それは魚人のためであるのと同時に仲間を捕らえている人間(・・)達のためでもある事に、気付く者は気付いていた。

 

 魚人の味方じゃない。

 奴は魚人の味方じゃない。

 人間側からして助けた方が()があるから味方の振りをしているだけだ。

 

 だって奴は海賊(・・)だ。

 散々この島を荒らし、襲い、同胞を売り飛ばしてきた奴らと同じだ。

 

 28億なんていうとんでもない額が付けられている奴だ。

 見た目で舐めてかかったら殺される。

 隙を見せたら捕まえられる。 

 

 気を許せば――また売られる。

 

 立て籠もっていた者だけではない。

 立て籠もる者達を宥め、抑える立場にいたリュウグウ王国王国軍の中ですらそういう意見は多かった。

 

 気が付けば海賊に気を許し始めていたアーロンを腑抜けたと言う者がいた。

 

 海賊の言う事に唯々諾々と従い、同胞の危機を交渉などと言う生温い手段でしか乗り越えられないネプチューン王を惰弱と言う者がいた。

 

「このまま逃がせば、連中はいずれまた俺達を攫いに来る」

 

 誰かが小さく呟いた。

 

「このまま同胞を取り戻した所で、返す手でより多くの同胞を奪うに決まっている」

 

 違う誰かが、武器を握りしめて呟く。

 

「逃がすな」

 

 海賊が、救出するまでの時間を稼ぐために戦うハズだった皆が、徐々に熱に浮かされ始める。

 

「逃がせばまた来る。海賊がなにやら言っていたが、一度追い立ててもどうせまた攫いに来るんだ! 相手は天竜人! 世界政府そのもの(・・・・・・・・)じゃねぇか!! 口で言い負かした所で意味なんざあるものか!!」

「そうだ! 話し合いが通じる相手じゃない!」

「船を壊せ! 足を封じろ! そっちの方が確実に同胞を救い出せる!」

「海賊の生温い言葉に騙されるな!」

「逃がせば更に軍隊が来る! 確実に奴らを封じるんだ!!」

 

 

「奴らを皆殺しにしろ!!!!! 一人も残すな!!!!!!」

 

 そしてそれが大火となるのに、そう時間はかからなかった。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「アーロン! 止められるか!!?」

 

 目に映ったのは、決して灯り目的ではない『火』を持った大勢の魚人達が殺到する光景だった。

 今俺達が乗っている船や目標の二隻、恐らくはそれ以外の海軍艦すら、恐らくは焼き尽くそうとしているのだろう。

 それ以外にも武器とは違う丸太の先端を削っただけの簡単な破城槌(はじょうつい)もどきを手に突撃する大柄な魚人もいる。

 

 単純な攻撃や救出ではない。

 明らかに全ての船を壊そう(・・・)としている。

 

「無理だ! こんなに大勢……しかも……くそ、なんでだ! ちゃんと説明して、お前らも納得したじゃねぇか!!」

 

 教育も訓練もしていない寄せ集めの集団に口で説明して、正しく理解しているのは大体二割から三割だと思えってのが基本ではある。

 ある、が……

 

 これほどの大挙はさすがに予想外も予想外だっつーの!!!

 クソが! この規模の武装した暴徒が一応は味方サイドというか協力が必要な陣営だとか!! 

 マジで俺にどうしろって言うんじゃい!!!?

 たすけてっ、ほんとたすけてクレメンス……っ!!!

 

(数名蹴り倒して止まる勢いじゃない! 狙いは完全な足止めと海兵達……最悪天竜人の殺害か?! やめやめろ! そこまで行ったら本当に歯止めが利かなくなる!!)

 

 後方地からは特に騒ぎは聞こえてこない。

 魚人が捕らえた側の天竜人の安否が心配だが、ここからでは何もできる事はない。

 こうなったら、アーロンが直々に頼んだ信頼できる精鋭という連中を信じるしかない。

 

(万が一殺されていたら、その時は魚人と人間の間で戦争になっちまう……。なんとかその前段階で抑えておきたいんだけど……だけどさぁ!!)

 

「アーロン、ジンベエ! このままあの勢力が雪崩れ込んだとする!」

 

 愕然としている二人にそう叫ぶと、慌ててこっちに向き直る。

 呆けてる時間はねぇぞ! 事態が更に悪い方向に舵切りやがった!!

 

「海軍勢力が、天竜人を連れて逃げられるだけの船が残ると思うか!?」

「……いや」

「無理だろう。この島に住む者ならここに来れる船を――コーティング船の事を知る者は多い。それに関わる事を稼業としている者がな。破壊し尽くすのは無理でも、この混戦の中なら島から出れなくする程度は……」

 

 可能か。

 可能だろうなぁチクショウ!

 

 慌てて船を出そうとしたところで、天竜人がわざわざ前線の船に居座ってるっぽいし無理やり出航するには時間がかかりすぎる。

 そもそも魚人相手ならば、この魚人島からの退路に安全な場所というのがまずない。

 

(救出後の退避に備えた中継地が悪い方向に作用した!)

 

 あの中継地を真っ先に落とそうと、先ほど強い気配がまとめて動いていた。

 今ではワイアードやイッショウが蹴散らしたのだろうか、気配が掻き消えた。

 

 そのせいで海軍の陣営が更に崩れ、魚人達の突出する速度が跳ね上がってしまった。

 

 マジでどうすりゃよかったってんだ!!?

 魚人やこの島を見捨てるのは論外とはいえ、余りに状況が悪すぎる!!

 

(このまま船が全部身動きできなくなれば、いよいよ海軍は腹をくくる。命令だったとはいえ自分達が火を付けてしまった魚人勢力を前にして、一つにまとまるだろう)

 

 そうなれば包囲したまま動かなかった軍が動き出してもおかしくない。

 というか、動いていないのが奇跡だ。

 

(魚人側がああ派手に打って出た以上、遅かれ早かれ包囲網は狭まる。狭まった上でこちら側の陣地の防衛戦になるだろう。――ならっ!)

 

「作戦目標を追加する!」

 

 俺がそう叫ぶと、アーロンとジンベエ、そして二人に付いてきた魚人達が聞く態勢になる。

 少なくともここの面子は現状のヤバさを理解しているという事だ、ありがたい。

 

 …………。

 

 ホンットに死ぬほどありがたい!!!!

 

「ジンベエ、中継地が襲われないように統率することは出来そうか!?」

「……っ、いや。すまんがこうなった以上、アーロンの方が適任だろう。船の破壊に動いているのは見た所魚人街の者達だ。なら――」

「よし。救助者の先導役をアーロンに変更。現地を再確保した上で、いつでも撤収出来るように備えていてくれ!」

「わかった! 魚人街へか!?」

「……いや」

 

 あの場所は危険だ。

 確かに守りは現状で一番固いが、そこにいるのが暴徒となると連携が容易く断たれる。

 このまま状況が進んだ中で海軍が態勢を立て直せば、あの一帯で混戦が起こるだろう。

 

 そうなったらもう戦線の維持どころじゃない。

 完全に把握したわけじゃないボロボロの市街地で、しかもこっち側の戦力のほとんどが暴徒とかどう考えても自滅コースまっしぐら。

 

(せめて見晴らしだけでも確保。互いが互いの戦況をある程度分かる環境じゃないと、分断からの各個撃破を招きやすくなる!)

 

「俺の仲間が乗ってきた船まで前線を押し上げ、それを中心に組み直してくれ! 中継拠点を立てた奴らと協力すれば多少は早く組み立てられる。魚人街は出来れば確保したいが、無理に守れば被害が増える!! 人質の天竜人を連れて、俺達の船を仮の本拠に!!」

「なら王国軍の連中はどうする!?」

「こうなってしまっては魚人全てが敵と判断されるだろう。関与していないというポーズにもはや意味はない。島外への避難を! それを受け入れられないと言うのであれば、合流を促してくれ!! その上でネプチューン王の決断に任せる!!」

 

 不幸中の幸いというか、オトヒメ様や子供達は西の海に逃げている。

 無事に西の海に到着できているのであれば、いざという時は『黒猫』が後ろ盾となって亡命政府を立ち上げるという手段も取れる。

 

 多分今頃西の海では海軍の離反祭りが起こっているハズ。

 スーペリアに家族や友人がいるだろう海兵が多い46番基地辺りは、最低でも政府派と反政府派に別れて内戦状態に陥っているハズ。

 

 スーペリアの被害があまりにデカければ、あるいは『黒猫』に無条件降伏。

 兵力と物資、船全てを丸々取り込める所まで持っていけたかもしれない。

 

 大将級に匹敵する幹部戦力に親衛隊を始めとする精鋭部隊、それに膨れ上がる兵力が合わされば、世界政府がますます身動きできない組織になる。

 白ひげとダブルで魚人勢力の後ろ盾になれば、当面の間は盤石と言っていいだろう。

 

「で、ジンベエ! 力自慢の魚人達にやってもらいたいことが出来た!」

「なんでも言え! すぐに動かせる!!」

 

 さすがにこの事態だと、ずっと不審な目で見ていたジンベエも動いてくれる。

 助かる! 魚人の正規軍で動いてくれる人間が今は何よりも貴重だ!!

 

「可能な限りの食料や水を奪って行ってくれ!! 余裕があるのならば次点で医薬品、次に弾薬や布の類だ!!」

 

 これを怠れば容易くこちらが敗北する!!

 ただでさえ数で劣っている。

 今はともかく、落ち着いてしまえば海軍勢力は腰を据えて部隊を再編するだろう。

 

 それでも個の質は圧倒的にこっちが勝っている。

 最低限の連携を構築しながら彼らのパフォーマンスを維持すれば勝ち目が出てくる。

 

 食えなきゃ負ける!! 食った方が勝つ!!

 

(海賊らしく、使える物は全部奪わせてもらうぞ!!)

 

 恨むんなら、馬鹿な引き金を引いたカスを恨むんだな!!

 少しでもそちら側の余裕を削り取る!!

 

(船の中を見て回ったけど、船に一つはあるハズの電伝虫が見当たらねぇ。急ごしらえの部隊な上に連携するための道具も揃っていない)

 

 恐らく、この魚人島襲撃自体かなり機密性の高い――いや、高いというか……さすがに徹底的に隠さなきゃ不味いという意識はあったのだろう。

 出来る範囲ギリギリまで隠密に動こうとした痕跡が見て取れる。

 

(それがこっちの付け込む隙ではあるんだが、同時に先が読めない不安要素でもあるんよなぁクソ!!)

 

 白ひげーーここだーーっ!! 早く来てくれーーーーーーーーー!!!!

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「協力してくれる魚人達は後方から迫って来る人達の説得と鎮静をお願いします!!! ヒナ伍長、捕虜は!?」

「全員、出来るだけ目立たない所に確保しています! 能力者には海楼石錠を!」

「よし、絶対に殺させるな! ここで下手に魚人が捕虜に私刑でも行えばますます事態が悪化する!! 暴徒は血と炎で容易く狂うぞ!!」

「ハッ! イッショウ、悪いけど――」

「承知。敵さんの動きと合わせて気を配っておきやす」

 

 制圧した中継地点を中心に防衛線を拡張しながら、退路を塞ぎかねない海兵を追い払っていたワイアード達が、事態がさらに不味い方向に向かった事に気付いていた。

 後方から丸太や松明、油の詰まった樽などを抱えた集団が迫って来ていれば当然である。

 

 元より途中からの参加であるワイアード達は、魚人の統率に期待はしていない。

 それゆえに対応は早く、念のためにそちらの方向も防御を固めていた。

 

「……ヒナ伍長」

「ハッ」

「イッショウ氏の能力を用いれば、我々は撤退できる。キャプテンが戻ればそう言う事も可能だが……」

 

 クロに付いて行く海兵の中で、最もクロの右腕として動いていたのがヒナであれば、もう片方の腕と言えるのがワイアードという女性佐官だった。

 練度に不安のある兵士達を統率し、航行難易度の高い新世界の海を渡って来れたのは彼女の手腕に依る所が大きい。

 

 その彼女が、ここに来て難しい顔をしている。

 

「クロは、そういう事を良しとしないでしょう」

「……分かっているが、やはりそうか」

 

 海兵服ではなく着飾れば男が寄って来るだろう外見の海兵は、魚人達が常人離れした怪力を用いて船を打ち壊しているのだろう破砕音に顔をしかめて、こちらの状況を再確認する。

 

 負傷しているのは軽傷数名のみ。

 この規模の戦闘では奇跡的な数と言っていいだろう。

 ヒナがこの場に立てたのが海軍旗やリュウグウ王国の物ではなく、あの『三本爪』の旗だったというのもある。

 敵対しているのが『黒猫』に関わる者だと見て、明らかに士気に乱れが出る者が多数出ていた。

 

 あの旗が打ち倒す者の象徴ではなく、触れ得ざる者の象徴となりつつある証拠だ。

 

「……そうなると防衛戦になる」

「クロも分かっていると思います。そして、今クロは魚人の精鋭と共に敵艦を攻略中」

「……救助対象者だけではなく、物資も奪うか」

「クロが勝ちを捨てていないのであれば恐らく」

「あのキャプテン・クロにしては乱暴だな」

「自称海賊ですので」

「ハッハハッ! ようやくキャプテンの海賊らしい所を見る事になるか!」

 

 本来海兵である以上相容れないハズのその行為に、ワイアードは笑っている。

 

「あの方がそこまで行動を決めるとなれば、事態はかなり切迫しているという事だな」

「天竜人が人質に取られている時点で緊急事態であります」

「にも関わらず、増援が来る気配がない」

「魚人や人魚を諦めて逃げる気配もありません。彼らは、そんなに魚人奴隷が欲しいのでしょうか?」

「イヤ。……恐らく天竜人は、航路の安全に不安を抱いている。状況が0か100か決まるまで、少なくとも向こう側の天竜人は動けない。敗北を呑み込む度胸がないのだ」

「…………つくづく、ゼファー特別大将の特命があってよかったと実感しています。天竜人の下では、無駄に命を散らすだけです」

 

 ヒナの不敬極まる言葉にワイアードは複雑な顔をして、だがすぐさま頷く。

 

 ワイアードとしても、この状況下でどちらの命令で戦う方がマシか問われれば即座にクロを選んでいた。

 戦うための動機も、兵士を活かす戦術も、そして統率力も、今海軍兵士を使い潰している奴ら(・・)とは比べ物にならないのは一目瞭然だった。

 

 この広い戦場で倒れている者のほとんどは海兵だ。

 海兵ばかりが怪我を負い、倒れている。

 無理な天竜人の奪還、並びに魚人の捕獲命令に本来の連携を活かせず、無為に散っていった者達の末路。

 あまりに惨く、悲惨な末路がそこかしこに広がっている。

 

「……敵の数は大きく削れた。とはいえそれは攻撃に回った兵士のみだ。ほとんどは無傷のまま包囲網を維持している」

「敗北する事前提で、後に備えて兵力を温存していたということでしょうか」

「わからん。だがそうであれば、あの酷い状況下で最善を尽くせる将校がいるという事になる」

「……脅威ですね。大将クラスのクロがいるとはいえ、こちらも連携には不安がある。……長引く事は避けられない」

 

 この場に限れば戦況は圧倒的に優勢だ。

 一気に打って出た魚人によって海軍は散り散りに蹴散らされている。

 

 だがその一方で、これまで魚人達が立てこもっていた魚人達のスラムらしきバラック街が明らかに手薄になっている。

 包囲している海軍が動けば、地の利があるとはいえ制圧されるだろう。

 

 そして魚人島のほとんどはとっくに海軍が制圧している。

 イッショウの能力によって船を飛ばしていた間にそれは確認している。

 

 つまり、防衛線を敷ける場所は極めて限られる。

 

「……クロがどれだけ食料と水を奪えるかが肝になるわね」

 

 今まさに簡易陣地として守りが固められているこの中継地。

 そして、自分達が乗ってきた船――あの島で燃やして処分した海軍艦とは違い、武装が揃っている海賊船を見て、ヒナは額に浮かんだ汗をぬぐう。

 

 後世に『第一次魚人島攻防戦』と呼ばれる事になる戦いは、ようやく初戦を終えようとしていた。

 そしてここから、長く神経を削り合う第二戦が始まった。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「物資の積み込みは完了したか?」

「今しがた確認してきたところだガネ。砲弾を少なめにして食料と水を多く確保している」

「クロコダイル、海楼石は――」

「念のために黒猫の古参兵に運ばせた所だ。バラスト部にぎっしり敷き詰めてあるのを確認した」

「よし。親衛隊は?」

「ハッ。隊長の私、以下12名。スーペリア・リガロ復興、統治任務の引継ぎを完了しております」

「うむ。さすがよの、アミス。ハック、そちらは?」

「開拓団の中から希望を募った結果、精鋭30名が同行する事になった。道案内も含めて任せてくれ」

「ホロホロホロ、そりゃ心強い。クロコダイルみたいに戦闘慣れした能力者もいるし、隠居は隠居らしく楽できるんじゃねーか?」

「ほう。楽できるならそれに越したことはないが、どうかねハンコック?」

「たわけ。剣を抜くべき時には抜いてもらうぞ、レイリー」

 

 

 

「往くぞ! 凪の帯(カームベルト)を越え、魚人島を目指す!!」

 

 

 

「出航せよ!!!」

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