とある黒猫になった男の後悔日誌   作:rikka

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クロはまだ覇王色を自由には使いこなせません
黄猿戦でも出ているのは漏れ出た物だけです

そして今回は幕間会


124:静動

「では、各地の戦況は――」

「はい。クロ総督が聖地を発たれてから七日前後あたりで天竜人の皆さまによる『人狩り』が多発。それにより多くの加盟国が荒廃。実態を知った海軍将校や加盟国による離反が多発し、各地の部隊はその対応に追われています」

 

 西の海から海軍本部へとどうにか帰還し医務室に運ばれ、ようやくまともな治療を受けて回復し始めたゼファーの周りに、スーツを着込んだ数名の女性が立っていて心配そうな顔をしている。

 

「その後、政府から天竜人に下界からの帰還要請が出されましたが、その際に……ええと、その――」

 

 やや分厚い書類の束――各地への海軍の緊急出動において何が起こったのか、その凄惨な記録の束――を持ってこの場にいる女性陣を代表して話しているのは、ゼファーにとって特別な意味を持つ人間の一人だ。

 

「ジェネッタ、言葉を飾る必要はない。ここは海軍の膝元だ。そして今の情勢下で政府の諜報員が、こんなところで聞き耳を立てている暇なんてないだろう」

「……ええ」

 

 つい先日まで、聖地防衛戦とその復興任務をこなしていた海賊(・・)の教え子の一人。

 海軍が、そして政府が裏切ってしまったその男とのパイプ役になり得る数少ない人間として注目している()政府役人の女性。

 

「万が一に備えて俺が君達の上官となり、直接守る事になった。家族も含めてだ。だから君の言葉で語ってくれ、ジェネッタ。ソマリにクレックス、それに隣室に控えている皆もだ」

「ハッ」

 

 東の海の、裕福な恵まれた環境で育った才女。

 今は軍属の――まだハッキリとした役職は決まっていないが海軍の協力者となったジェネッタが改めて書類と向き合う。

 

「帰還要請が出た天竜人は、少しでも多くの労働力や食料――正確には食料を含んだその地の特産品などの回収を同行していた海軍に命令。その結果海兵達の反発が起こり政府派と反政府派に分裂。現在も各地で海賊被害と並んで海兵同士の戦闘が起こっています」

「………………なんということだ」

 

 教え子たちが。絶対正義の名の下に海賊達を打ち倒し、民衆に安心を与えるハズだった教え子たちが殺し合っている。

 思わず拳を握りしめて、自分が使っているベッドを破壊しそうになるのを必死に抑えて報告の続きを促す。

 

「加えていくつかの国では、武装した民兵で組織された自警団による決起が始まっています」

「彼らも海軍へ攻撃を?」

「はい、近づいた部隊へ。ただ、彼らの拠点や近隣の村から離れればそれ以上追うような真似はしない所が多いようです」

「なるほど、あくまで自衛。そして海軍はそのために武器を向けられる存在に……」

 

 耐えがたい屈辱ではある。

 ずっと正義を信じていたゼファーには、直視するには余りにも惨い事実がそこにある。

 

「政府と海軍は、民衆からの信頼を失ったか。当然の帰結だな」

 

 はい、と肯定すべきか迷ったジェネッタは、結局ゼファーの自問には答えず静かに彼の言葉を待つ事にする。

 

「民兵――いや、民間人も含めた被害のほどは分かっているのか?」

「いえ、正確な報告はまだどこも。かなり情報が錯綜しており政府派の海軍の被害すら把握できておりません。……ただ、巻き込まれた民間人も含めて増え続ける被害を、どこも止める事が出来ないままなのは確かです」

「……そして打つ手が消えつつある海軍の不甲斐なさを見て、益々民衆の心は海軍――ひいては政府から離れていくだろうな」

 

 今現在世界各地で離反を決めた国家は、全体で言えば一割強――ともすれば二割に届きかねないくらいの数になる。

 これを少ないと取るか多いと取るかはともかく、少なくとも政府は無視できないだろう。

 

「政府は海軍に、すみやかに離脱した加盟国の鎮圧・占領を命じていますが……」

「馬鹿め、海兵も人の子だ。それを理解していないから、この緊急時に馬鹿げた命令を繰り返す」

 

 戦うために最も必要な物。立ち上がるための理念。

 それを失いつつある中で反乱を起こしたわけでもない、離脱を表明しただけの国家の占領命令。

 

(四つの海の崩壊は、お前達の考えているソレを超える速度になるぞ。世界政府め……っ)

 

「どこの基地も空っぽに近いようだが、その動向の把握も難しい状況か?」

「はい。天竜人の一部はお忍びで動かれていたようでして、今現在どこにいるのかすら分かっていない部隊もあります。現在各基地長に問い合わせ、その把握を急がせていると」

 

 その情報はつまり、本来手綱を握るべき世界政府すら天竜人を押さえられなくなってきていることを示していた。

 文字通り、世界が暴走しつつある。

 こうなっては政府も隠蔽が難しい。

 どこでどれほどの被害が起こっているのか、当の政府が把握出来ないでいるのだから。

 

「ゼファー大将。これより我々は?」

「……これに目を通してくれ」

 

 ゼファーと違いジェネッタ達は戦う者ではないが、それでもこの事態になんらかの形で立ち向かわらなくてはならない。

 ゼファーが用意していた紙束を受け取り、ジェネッタが目を通す。

 

「……この筆跡は……ヒナ伍長の。もしや、総督が?」

「ああ、クロの置き土産だ。聖地内部にてクロの片腕を務めた君を中心とした、新部隊の設立に関する提言・陳情書だ」

 

 それは聖地出発前にクロが残していた、ある部隊の設立陳情に関する書類や資料の数々だった。

 

「復興・救助に特化した独立特殊部隊。……その編成の有用性と、運用における統治コストの低減……それを踏まえた上でのプロパガンダの草案まで。総督らしい周到さですね」

「後半のいくつかはもはや意味をなさんがな。だが、クロが世界を安定させるためにと考えだした部隊が、今まさに必要とされている」

 

 半分くらいは自分が去った後のジェネッタ達の安全を確保するために、海軍側に彼女らの居場所を作る目的で作られた計画であった。

 だが、だからこそクロが一切手を抜かず、徹底的に余計な物を削ぎ落した堅実な計画書がそこにあった。

 

「問題は予算と物資ですね。書かれた当時は想定されていなかったこの危機的状況下で、どこまで割いていただけるか」

「センゴク達海軍側だけではなく政府連中の一部は、どうにか君達をクロとのパイプ役にしたいと考えている節がある。そういう思惑があるのならば――」

「……では、早い段階で我々に実績を積ませようと?」

「おそらくな」

「逆に、総督に繋がる者として危険視される可能性はありませんか?」

 

 ジェネッタの危惧に、ゼファーは眉を顰める。

 彼女に対してではなく、政府に対しての不快を隠そうともしない。

 

 ありうると。

 あるいはこの状況下においても、政府がクロに対して更に仕掛ける可能性は十分にある話だと。

 

 だからこそ家族も含めて、クロの教えを受けた者達を海軍で保護しているのだ。

 

「危険視は……やはりされているだろう。事実、『黒猫』への再攻撃作戦を用意しておくように政府から強く命令されているとセンゴク元帥から聞いている」

「ゼファー大将の前で失礼なのは重々承知ですが、あの裏切りから大将戦力二名での攻撃で敗北しておいてですか?」

「……だからこそだろうな」

 

 まさにその戦いで付けられた傷の痕を押さえながら、病室の窓から見える軍港を見下ろす。

 到着したばかりの船に、次の部隊がすぐさま出発しようと慌ただしく物資の入れ替えに走り回っている。

 逆に下船した海兵は将校まで含めてボロボロで、皆憔悴しきっている。

 碌に休みどころか睡眠も取れないままなのだろう。

 

「政府はなんとしても、クロの戦歴に傷を付けたいのだ。海兵ですら信仰する者が出る程の、常勝不敗の『軍神』。そして並の政治屋より頼りにされる彼への絶対視を、わずかでも削がねばならんと考えている」

 

 そも負け続けていてあまりに政府側が不利だからこそ、疵をつけてようやく休戦、出来れば不戦協定の交渉が出来る。

 そう考えている政治家がいるのも事実だった。

 

「……ですが、そんな余裕はどこにもありません。有力な将校は全員天竜人を帰還させる艦隊についています」

「その上、今政府側にどれだけの兵が付いてきてくれているかを我々は把握できていない」

「はい。……一部の過激な政治家は疑心暗鬼に陥っており、海軍の解体と政府主導での再構築を叫んでいる者も出ております」

「……内に敵を抱えた。政府はそう考えているのか」

「はい。海軍もそうでしょう?」

「ああ、多分な。センゴクめ、命令する口調の節々にこれまでにない怒りを感じた。各国民の事がなければ、今頃全将兵に決起を促していたかもしれんな」

 

 実際、そうなっていてもおかしくなかっただろうとゼファーは見ていた。

 世界はまさしく、綱渡りに等しい危機的状況に陥っている。

 

 もし海兵奴隷事件を自分の手で発見していたら。

 もしクロという協力者がいなければ。

 そして彼が秩序と平和を重んじていなかったら。

 

 その時には海賊連合事件が起こる前に、史上あり得なかった前代未聞の『大反乱』が起こっていただろう。

 

「ボルサリーノを退けた上であの演説で、クロという男は一つの象徴となった。我ら海軍や政府という括りではなく、彼の言う『人類普遍の敵』との終わりなき戦いに漕ぎ出した、もう一つの秩序と正義の」

 

 あの演説を聞いた者は、皆同じ想いを胸に抱いていた。

 敵ではない。

 クロという男を、敵にしてはいけない。否――

 

「そして政府にとって、それがどうしようもなく恐ろしいのだ。自分達ではなくクロがその戦いを始めてしまった事を受け入れられない」

 

――あの旗の()となってしまう事が、なによりも恐ろしい。

 

 秩序側にいる人間は多かれ少なかれそういう想いを抱いていた。

 だからこそクロと、クロの思想を恐れる者が多く出た。

 

 今すぐにでも倒さなければならない。

 殺さなければならない。

 

 あれを否定し尽くさなければ、自分達が否定される(・・・・・・・・・)

 自分達の存在が、築いてきた物がその根から否定されるかもしれない、と。

 

「政府が加盟国やその国民に対して庇護する義務を感じていないという事は、今回の事変で周知の事実となりましたからね」

「だが枠が大きすぎるせいで綺麗に崩れる事もなく、そして下手に突けば被害が増えるばかりとなる」

「……だから下手に世界政府の存在意義を突きかねない総督と、その思想を潰したい。潰せないのならば、せめて泥を塗りたい」

「そうだ」

 

(まぁ、だからこそ(・・・・・)センゴクやつるは、どうにかクロと力を合わせたかったのだろうが……)

 

 クロの仲介があったとはいえ、海軍上層部の世界政府への怒りが消えたわけではない。

 ましてや、世界の秩序と平和のために飲み込んだ怒りをこうも踏みにじられたのであれば、少なくない将兵がすでに政府を見限っていた。

 

「……安心してくれ。君達への悪意は、俺と俺の信頼する精鋭達で、全力を以て防いで見せる」

 

 そしてここに、あの海賊が『原石』と評した才女がいる。

 正義を信じた将兵であればこそ、その価値はすでに磨き抜かれた宝石に匹敵する人材がここにいた。

 

「ありがとうございます、ゼファー特別大将」

 

 

「でしたら私達は政府への意趣返し(・・・・)として」

 

 

「総督の示した道に沿い、海軍が一人でも多くの民衆を救えるように全力を尽くさせていただきます」

 

 それこそ今の海軍にとってもっとも頼りになる、最高の『宝物』だった。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「ハンコック達が出発して十日か」

「そろそろ凪の帯(カームベルト)に入るくらいでしょうか? 海軍や聖地からの視界に入らないギリギリまでレッドラインに近づいてから入ると言っていましたし」

 

 海軍本部大将戦力を退け、その後各地で明らかにされる天竜人の蛮行は『黒猫』という勢力の成長を後押しすることになった。

 かつてその武力を用いて周辺国に名ばかりの同盟という隷属を押し付けていた軍事国家『モグワ』の崩壊、そして先の西海海戦を経て完全に『黒猫』の制圧下に入った事で、ミシュワンを始めとする周辺国は非公式ながら『黒猫』の庇護下に入る事を望み接触を試みている。

 

 本拠地モプチにおいてそれらへの対応に当たっている副総督のダズは、普段よりやや静かになった黒猫館の広間で、同じく一息吐きに来たテゾーロと共につかの間の休憩を取っていた。

 

「親衛隊がそれなりにいなくなると、やはり静かな物だな」

「アミスさんやミアキスさん達が行っちゃって、トーヤさんちょっと寂しそうだったね」

 

 そこに後から来たのが、占領が一応完了してキカ、トロイといった現地に待機している親衛隊に任せて一度戻ってきたミホークとロビンだ。

 

 彼らはハンコックやクロコダイルと共に一度モプチに戻り、レイリーや追加の親衛隊と共に彼女の出発を見送り、彼らも休息も兼ねてモプチに残っていた。

 

 主な理由としては、親衛隊が減ったおかげで守りが薄くなった本拠点の防衛力の増強ではあるのだが、それでも肉体的な労働が減った事で二人としては羽を伸ばしている気分であった。

 

 なお、その結果としてダズや残った親衛隊達は容赦なくミホークに吹き飛ばされながら仕事に走る毎日となった。

 

「トーヤは親衛隊の中でも、特に魚人や人魚と信頼関係を上手く築けている。本人も今回の遠征に参加したかったようだが……今回はな」

「私も見て来たけど、明らかに人間に慣れてないって人多かったもんね……。そういえばダズさん、人魚さん達のサルベージってどうなってるの?」

 

 二人は電伝虫でキャネットやスーペリアといった現場とやりとりをしながら書類仕事に当たっていた。

 ロビンはともかく、ミホークも珍しく大真面目にだ。

 いつもならワインを呷っている所なのに普通に茶を口にしながら、各地の耕作地の状況がまとめられた書類をじっくり読みながら考え事をしていた。

 

 十分前にはモプチに残っている親衛隊をまとめて吹き飛ばしておいてだ。

 

「まだ第一陣の回収報告を受け取ったばかりだが、思った以上の成果だ。海軍艦の大砲や装甲板を回収出来れば御の字と思っていたのが……俺達がこの海域に根を張る前までに沈んだ海賊船や輸送船、それに災害などで流された物などがアチコチに沈んでいたらしくてな。おかげで中型艦を急遽臨時のサルベージ船に改造させる計画書に急いでサインをするくらいには旨みがある」

「海の中で転がっていたのであれば腐食しているだろう。使えるのか?」

「処理に手間こそかかるらしいが、どうにかなりそうだ。その処理工程も含めて島に残っていた働き手のいい経験にもなるだろうし、効率もその内上がるだろう」

「ふむ」

 

 ミホークは客将でありながら、現在では農耕に関する一切を任されていた。

 決定権はなにかとコンビを組むことが多いロビンが持っているが、その上でミホークもまた内務に関しての発言力を勝ち取っていた。

 

「まとまった金属資源が手に入るのならば、農耕具にも回せるか? しばらくそちらは民に任せるつもりなので、後で工房に器具の作成を申請しておく」

「? 珍しいね。いつものミホークならこう、『ズババババーッッ!』って一人で耕してから『後は任せた』って言うのに」

 

 休憩中だと言うのにミホークの言葉を受けて、さっそく必要になるだろう資材量を試算し始めたテゾーロのカップに、彼の好みのお茶を注ぎながらロビンが尋ねる。

 

「……直接接してみて分かったが、スーペリアの民衆の恐れは極めて強い。かつてのモプチ占領時とは比べ物にならん程にだ」

「それは、私達が海賊だから?」

「それもあるだろうが……」

 

 ミホークもカップの中身を飲み干し、無言でロビンにそれを差し出す。

 ロビンはその態度に不満を覚えたのか『プクッ』と小さく頬を膨らませるが、それでもテゾーロのと同じ茶を注いでやる。

 

「……突然天竜人に何もかもを奪われたように、我らが掌を返して何もかも奪っていくのではないかと。恐らくはそう思っているのだろう」

「? だったら尚更ミホークが手伝って、私達は敵じゃないってアピールした方がいいんじゃないの?」

 

 現にモプチやキャネットはそれで上手くいっていた。

 民衆は荒れ果てていた土地を斬り広げてくれるミホークこと『つなぎの海賊』を信頼しており、だからこそ彼が属している黒猫の旗を信頼している。

 

「いや、農耕とはその土地に根付いた文化であり、経験の蓄積なのだとこれまでの活動で学んだ。であればモプチやキャネットのようにずっと奪われていた者達と、先日まで各々の暮らしがあったスーペリアの民を一緒に考えるのは危険だろう」

 

 少し時間が経っていたために温くなっていたのか、注いだばかりのお茶をグッと飲み干しミホークは続ける。

 

「スーペリア、リガロでは農耕地の復興は基本的にそのほとんどを民にやらせる事で、自分たちの土地であることを再自覚させる。一方でその活動に不足している物を我々が調達し、過程で出るだろう諍いを裁定していく中で実権を握っていく方が無難だろう」

「……あまり不干渉が過ぎたら、勝手にご飯とかお金を貯めこんだりして喧嘩にならない? 避難所の時みたいに」

 

 海賊連合事件の際にギャルディーノ達の扇動も手伝い所々で発生した、保存食を巡っての奪い合い。

 当時は海軍の協力もあって早い段階で抑える事が出来たが、今は頼りになる同盟相手はベッジ・ファミリーのみ。

 頼もしい相手ではあるが、人手の少なさという共通の問題を抱えている者同士でもある。

 

「陸軍を常駐させて警察の真似事をさせるしかあるまい。武力をチラつかせるというのは古典的だが効果的だ」

「経済的にも同意します。内政戦略的な要地になったあの島に戦力を常駐させるのは当然ですし、今後を考えると我々にはそういった……より効率的な占領のノウハウが必須になってきます」

 

 テゾーロの言葉にミホークとダズは頷き、ロビンは少し首を傾げながら曖昧に小さく頷いた。

 

「となると、さすがにそろそろ必要になってくるな」

「はい。防衛ラインが落ち着き次第――」

 

「我々の統治下に、我らの秩序と平和をもたらすためのルールを」

 

「我々が我々の領民を治めるに足る『法』の制作に専念しようと思っております」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 魚人島。

 この広い海洋世界において珍しい海底(・・)にある島。

 正直太陽光と空気を維持するシャボンの問題さえ解決出来たら、どうにか自分達の拠点として一つ似たような物を作れないかなと考えているその島での攻防戦は、予想通り膠着状態へと入った。

 

 こちら側で捕えていた天竜人はどうにか無事だった。

 アーロンが信頼しているといった連中は他の大半と違い状況を理解し、彼らを殺しに来ようとした魚人達の動きを察知して天竜人と、応急手当が終わっていた中将を連れて事前に脱出。

 そしてアーロンと合流できた彼らは、天竜人を仮の拠点となったこの大型船の一室に押し込めた上で部隊に合流。

 今もヒナの指揮に従い防備を固めてくれている。

 

 そして暴徒と化した魚人だが、やはり海兵側との混戦に陥り少なくない数が犠牲になってしまった。

 不幸中の幸いと言えるのは、ここへのガイドを務めてくれた人魚のリーリンの説得もあって、ヒナ達の部隊が築いた中継防衛地点を固めるのに協力的な魚人も多く出た事。

 そしてまだ説得というか説教が続いているのだろうが、犠牲者の数を理由にアーロンを中心に下手な動きをしないと誓った連中がチラホラ出てきている。

 

(無論、これを完全に信用するわけにはいかないけど……魚人街の半分を制圧された今となっては、アーロン達の方に分があるか)

 

 そして魚人達が立てこもっていたスラム――魚人街だが、そのほとんどが制圧された。

 混戦を見て好機と見た海軍は即座に包囲網を狭め、天竜人の奪還を目論んだのだろう。

 お世辞にも綺麗な進軍とはいかなかったが、それでもアーロンの仲間が動いていなかったら危なかったかもしれん。

 やっぱり、出来る奴が混ざっている。

 

(それでも明らかな窮地では動きが鈍く、好機においては動きが早い。……やっぱり指揮官が優秀なんじゃなくて、その側にいる誰かが優秀と見るべきか)

 

 大方、あの特別中将の後釜についた誰かの側仕えだろう。

 天竜人シンパの、とびきり腰の重い奴と見た。

 だから危機的状況で兵を下手に動かす事を恐れて意見を取り入れる事が出来ない。

 だから見て分かるほどの好機と見れば、すぐに動く。

 

(突ける弱点は見えて来た。だけど崩し切るには手札が足りない)

 

 まぁ当然の話だが。

 ここからしばらくは、どちらかが致命的なボロを出すまで小競り合いになるだろう。

 あるいは海軍の増援がたどり着くか、白ひげの船がこちらにたどり着くか。

 

 カードゲームに例えるとあれだ。

 手札破壊(ハンデス)同士の戦いになって互いに手札がないのに、場にいるアタッカーが全員バニラトークンとかそんな感じの状態だ。

 どんな状態だよ。なにをどうやったらそんなことになるんだよ。

 

 こうなるとデッキから望みのアタッカーを引けるか、あるいは効率的に相手側のアタッカーを削るかしかない。

 敵側だけ上手い事事故死してくれないかなチクショウ。

 ほら天竜人共め、もう一度暴走してくれよ。

 

「――おい、聞いているのか!?」

 

 現在はイッショウの能力で飛んできたこの船を中心に二重の防衛ラインを構築。

 イッショウの能力のおかげでまとめて資材を運べたのもあって、即席で見栄えが悪いとはいえ頑丈なバリケードが出来た。

 空の荷車の中に土をギッシリ詰めて即席の土嚢として積み上げ、対ライフル用の壁にしている。

 これなら睨み合いの中で起こるだろう小競り合いでも、大怪我する確率を下げられる。

 

 幸いジンベエ達が奮起したおかげで、水と食料に関してはかなりの量を奪えた。

 これで相手はかなり時間的な余裕がなくなった。

 

(理想を言えば、焦れてまた無茶を言い出した天竜人を海兵(・・)が殺してくれるとありがたいんだけどな……)

 

「海賊! こっちをみろ!!!」

 

 とにかく俺達はこの大型船を臨時基地として、情報収集も兼ねて捕虜にした海兵達と向き合っている訳なんだが……。

 

 

「…………ええ。聞こえていますよ、スモーカー本部兵長」

 

 

 な ぜ ケ ム リ ン が こ こ に い る 。

 

 

 ヒナおま――お前ぇ!!!

『捕虜まとめといたから』じゃねぇんだよちゃんと同期がいるって言えよもぉぉぉぉぉっ!!!!

 なに一言で済ませてさっさと哨戒に出ちまうんだよちゃんと説明しろや!!!!!???

 

 あとケムリン、君が叫ぶたびに他の捕虜の子達が怯えた顔するからちょっと落ち着いて差し上げて?

 




次回、再び魚人島編
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