とある黒猫になった男の後悔日誌   作:rikka

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第二戦に行こうとしたら長くなってしまった。
もう一話書いて第二戦開始


125:檻に囲まれたケモノ

「よかったんですかい、おヒナさん。お友達を雑に放り込んできて」

「……今スモーカー君と顔を合わせても、何を話していいか分からなかったのよ」

 

 クロには悪い事をしたわね、と小さく呟きながら海兵少女は海兵らしからぬ黒いジャケットを翻して、拠点となった船の甲板の上から火が灯された敵陣をジッと睨む。

 

 この海の底の夜は、普段過ごしているそれよりも暗く、重い。

 海軍もこの状況ではさすがに動けないと判断したのか、あちこちで篝火を焚いて視界を確保してから動く気配がない。

 

(あれだけ食料を奪われたのだから、遮二無二攻撃してくるかもしれないと思ってたけど慎重ね)

 

 ジンベエという魚人兵士が指揮していた突撃部隊が、最大の懸念であった食糧問題を解決してくれた。

 膂力に優れた上に手足を多数持つ者等も動員して、大量の物資を持ち運んでくれた。

 ワイアードが指示を出して護衛の兵士を増やして何度も行き来したのもあって、海軍はそれなりのリソースを減らしたハズ。

 

「それにしても、随分と豪勢な食材ばかりでございやすね。見えずとも樽からえらくいい匂いがするのが分かりやす」

「天竜人向けの物だったんでしょう。わざわざ保存が利くように加工した上に大量の香辛料まで……無駄に手間とお金のかかる事ばかりして……」

「上じゃあ、政府の部下であるハズの海兵さんですら碌に食えない状況もあるようなんですがね」

 

 捕まえた捕虜は、ヒナの同期であるスモーカーだけではない。

 ほとんどの兵士はワイアードとヒナが陣地を築いたのを見て後退したが、逆に今壊さなければならないと向かってきた部隊も数隊あった。

 そこで連携が取れないまま攻撃してきたあたりで、現在魚人島にいる海軍がどれだけ不味い状況にあるかが手に取るように分かるのだが――

 

 ともかく、結果として少なくない捕虜を魚人陣営は得ていた。

 人質や捕虜としての価値を、向こう側(・・・・)が認識しているかは怪しいが。

 

「最低限の補給はどうにか滞ってないようだけど、それでも多くの兵士が皆飲まず食わずでかけ回されている」

「ひでぇ話です」

 

 ある意味で食べる事も仕事の内であるのが海兵だ。

 だというのに捕らえた捕虜の中には、明らかに食べていなかったのだろう痩せた姿の兵士が少なくなかった。

 

「……冗談抜きで、政府という言葉の意味がひっくり返るかもね」

「と、言いやすと?」

「もうアイツら、やってることが海賊以下だったってことを隠せなくなってきてるじゃない」

 

 兵隊を引き連れて人を攫い、さらにはある物を根こそぎ奪っていこうとする。

 その行動はどうしようもなく海賊そのもの。

 被害の大きさで言えばそれ以上の物だった。

 

「難儀ですねぇ。腐っている部分だけでなく守る物まで大きすぎて、真っ当な人ほど身動きが取れないというのは」

「……それが海軍の誇りで。私も彼もそれを信じていたけど……そうね」

 

 ヒナがこうして対峙している海軍の様子を見ているのは、スモーカーから逃げたかっただけではない。

 直接この目で()の今を見ておきたかったからだ。

 

(見えるのは灯りのための篝火がほとんど。炊事に使っているような大きく並んだ火や煙は……暗くて見えづらいけど、確認できない。船の方も同じ)

 

 海軍に碌な動きはない。

 恐らく、少しでも睡眠を取って体力を回復させるだけで精一杯なのだろう。

 あるいは天竜人がまた無茶ぶりをしているのかもしれない。

 

 なんにせよ、改めて敷いた包囲網の維持だけで精一杯になっているとヒナは確信した。

 

(食料奪還のための夜襲があるかと思ったけど、この様子だと陽が差し込むまでは大丈夫そうね)

 

 小規模部隊による潜入工作はあり得るが、皮肉なことに魚人サイドで戦っている事で人間の姿に対しては敏感になっている。

 念のために食料を始めとする重要物資は魚人達に守ってもらい、人間は入らないようにしているので狙われればすぐに分かるようにしている。

 こちら側についた海兵も、比較的理解のある魚人と共に侵入口を固めているのだ。隙はかなり少ない。

 

「ヒナ伍長、ここにいたか」

「? 大佐?」

 

 念のために護衛役も兼ねているイッショウを連れてバリケードの強化に向かおうとしたところ、上官であるワイアードが来ていた。

 その後ろには、なぜか酷く気落ちしている魚人兵士のジンベエも付いてきている。

 

「お前、何をしたんだ?」

「……ハッ。いえ、特には。これから防衛網の確認に向かう所です」

「珍しく総督が叫んでいたぞ。『あの馬鹿女を引っ張ってこい!!』と」

「誰が馬鹿女なのよ、鎖骨をへし折られたいようね」

「貴官が捕縛したスモーカー本部兵長と揃って叫んでいたのだが」

 

 …………。

 

「ハッ、了解いたしました。自分の気持ちの整理にも一段落ついたので二人揃ってシバきまわしに行きます」

「うむ、そうしておけ」

 

 

 

「…………いや、あの、大佐さんもおヒナさんも、それでいいんですかい?」

「結果として総督の元に向かうのであれば問題ないかと」

「ええ。それに私がスカッとするわ」

 

「…………………………さいですか」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 とりあえず状況は一度落ち着いた。

 というよりは互いに問題抱え過ぎて動けなくなったという所か。

 

 こちらは人間への恨みで酷い事になっている魚人種族の統制の立て直しで。

 向こうは元々統制取れてなかった所に最小限とはいえ人的資源へのダメージに加えて食料を始めとするリソースの大幅減。

 

(まぁ、後者はそれを狙って物資の略奪を仕掛けたんだけどさ)

 

 あの状況下で慌てて物資の奪還に動いたのならば、判断が早くてかつ比較的やる気のある連中が突出する形になるのは避けられなかった。

 そのやっかいな連中を俺とヒナ達で削り取って相手の士気を更にへし折る目的もあったんだが、相手は守りを更に固くする方向に動いた。

 

 恐らく、下手に打って出て天竜人の守りが薄くなることを危惧したのだろう。

 実際暴徒化した魚人達がいたし、船のコーティング機能周りを破壊されている。

 もし守りが薄かったら、天竜人の居る所までたどり着けはしなかっただろうがそれでも犠牲者が増えていただろう。

 

(天竜人至上主義が良くも悪くも海軍の枷になっているなぁ……)

 

「聞いておるのか海賊! 先ほど見たが海兵達が動いておるではないか! 嬲り殺しにされる前にさっさとわちきらを解放せぬか!!」

 

(戦況の有利不利すら見えず、犠牲者が出たという事にこうも無頓着な連中なのに)

 

 ワイアードがヒナを呼んでいる間に天竜人への工作を進めておこうと思ったんだが……聖地の頃と変わらず、コイツらと話していると頭が痛くなってくるな。

 あんなバラバラに攻めかかって、暴徒集団に接敵するどころか石や瓦礫を投げつけられてバタバタ倒れていく光景を見てなんで強気でいられるんだ。

 

「いいえ。もはやその前提は崩れてしまったのです、プルミング聖」

 

 コイツらの乗り物にされていた奴隷や()達もこっちで保護しているが、皆酷い有り様だ。

 乗り物にされながら鞭で打たれたり、時には刃物で刺されていたのであろう奴隷は泣いて俺に礼を言い、美人だけど鎖で繋がれて疲れ果ててた女の人たちは安堵したのか、俺やヒナに小さく礼を言うと同時に皆倒れてしまった。

 

(感情的にはすり潰す方向で行きたいんだけど……それをやっちまうと組織の方向性がかなり狭まる)

 

 俺個人ではなくダズのような部下に加えて、今では庇護すべき民衆までいる。

 それにモプチで待ってくださっている殿下や、保護したというモプチ王族の方々も含めて多くの人間の身の安全と立場の確保をする義務と責任がある以上、思考から可能な限り感情を切り離して慎重に手を打たなければならない。

 

「今回の攻撃は皆様を救出するための物ではありません。あり得ない攻撃なのです」

「なにを――」

「今回の攻撃が始まる前に、段階こそ踏みますが皆様を安全に解放させる用意をすでに始めていたのです、プルミング聖」

 

 目の前の初老の天竜人はまだピンと来ていないが、他にいる何人かの天竜人は「え?」という顔をしている。

 もう一押しで済めばいいが……。

 

「このような小競り合いをせずとも、皆様を無事に聖地へ帰れるようにスキッパー特別中将と取り決めていたのですよ」

 

 とにかく当たるまで札を切り続けるか。

 いざという時にはスキッパー中将も使おう。

 銃創の手当そのものは終わって、だが痛みで立てないというその姿を交えての説明ならば説得力も増すだろう。

 

「本来の流れでしたら皆様にこのような怖い思いをさせることなく、今頃は奥様方や幼いご子息の方々から解放、保護されている頃合いだったのです。それが――」

 

 そう言うとプルミング聖はようやくその激高が止まり、後ろにいる家族たちを振り返る。

 少なくとも、こちらを否定する事にしかやる気のなかった天竜人側の空気が微妙に変わった。

 

(こいつらは外の情報を得ていない。好きなように情報を流し込ませればそれだけで転がせるだろうけど……)

 

 それでは今回の一件でしか天竜人という()を使えない。

 せっかく手元に大駒が転がってきたのだから、長く大事に使いたい。

 

 ―― となれば、と。

 

「現状をより安全に打破するためにも、恐れながら皆様の持つ知識と情報を確認させて欲しいのです」

 

(スパさん方式で行こう。情報を吸い取りながら、それらをあり得そうな真実に加工・提供して天竜人内部での対立を煽る)

 

「無礼を承知で単刀直入にお尋ねいたします。今向こう側にいる天竜人の方々の中に、皆様に万が一があった際に得をする方はいらっしゃいませんか?」

 

 当然だが一気に天竜人の面々はざわついた。

 馬鹿な事を言うな! だの、不敬な! 処刑するえ!? だのと有難いお言葉が飛んで来るが、

 

「それほどに今回の攻撃はあり得ない事なのです。海軍の攻撃が起こるという事は弾丸が飛び交うという事。幸い魚人の仲間が急いで装甲に守られたこの船の中に皆様を移してくれましたが、あのまま魚人街の中にいれば、皆様の中から死傷者が出た可能性は極めて高い」

 

 まぁ、その場合は海兵の流れ弾ではなく激高した魚人の暴徒による見せしめだろうけど。

 

 …………。

 

 嘘は言ってないから。

 ただ思った事を口に出していないだけだからセーフ。

 危険性はまんまだし、死傷者が出ただろうという真面目な予測しか言ってないからセーフ!!!

 

「そんな状況で、皆様を守るべき海軍がこうも無理やりな攻撃を行うハズがありません。あるとすればより強い命令権を持つ上位者に指示され、やむを得ず……つまり――」

 

 チラリとプルミング聖へ視線を送る。

 口に出しづらい事だと、そういう意味を。

 そして、いかにも天竜人が見慣れているだろう恐れを目に込めて。

 

 途端にプルミング聖はますます元気が無くなり、小さく「馬鹿な……」と呟く。

 ただでさえ静かな夜の、静かな部屋の中だ。

 小さくとも響いたその呟きを耳にした天竜人達は、ますます顔を蒼褪めさせる。

 

「どのような些細な事、どのような小さな事でも構いません。なにかしら、諍いやその類の小競り合いはなかったのでしょうか?」

 

 後ろの天竜人達は途端にキョロキョロしだす。

 心当たりがあるのだろう一人の天竜人を目で指し、次に心当たりがある人物を探してキョロキョロキョロキョロと。

 

(そりゃそうだ、あの狭い聖地に長くいて諍いがゼロな訳がない)

 

 物欲と顕示欲に濡れた連中だからな。

 それこそパッと思いつくものならば、希少な奴隷の奪い合いとか。

 

 きっと、そういうくだらない諍いの先に海兵奴隷なんてアホな事が始まったんだろうから。

 

「……と、共に魚人共を回収にきたマンマイヤー聖だが」

 

 後ろの連中が徐々に個人名を出し始めてざわめきが大きくなりつつある時に、プルミング聖が口を開いた。

 

「先月に、天領地の所領に関して少し折衝が起こったえ……だが!」

「不勉強で申し訳ありません、プルミング聖。その天領地とは?」

「げ、下界にある政府の直轄地だえ。ほとんどは政府――延いては五老星が管理しているが、中には我等天竜人の所有を許される事もあるんだえ。その一つが先日競りに出されて……それで……」

 

 …………ふむ。

 

(聖地内部で与えられた物資や、天上金も含めた各種税の統計資料の中には存在していなかった。いくつか数字が合わなかった部分の理由の一つと見るべきか)

 

 で、問題は俺に向けて隠されて(・・・・)いた理由だが。

 

(後ろ暗い――世間には言えないやり方で占有した島なんだろうなぁ。わざわざ直轄地にしたって事はなにかしらの資源なり土地なりあるんだろうし、古くから所有していたのならば価値が下がったなどが考えられるが、その場合競りで争いになる理由がない。つまりは比較的最近手に入れた土地だということで……まぁ……)

 

 そういうことなのだろう。恐らく、血にまみれた酷い島だ。

 なんにせよ、競りで競う程の大枚をはたいても相応の旨みがある土地なのは間違いない。

 

(……案外マジであり得る話かもしれねぇな、コレ。念のために暗殺も警戒しておくか)

 

「お話を聞くに、所有者にかなりの富をもたらす物だと推測いたします。その島の所有は?」

「最終的には折半だ。わちきの家が西側を、東側をマンマイヤー家の物にすることで決着が付いた」

「……もし、どちらかの家が何らかの理由で断絶した場合は?」

「馬鹿な事を言うな!! わちきら天竜人の家が! 二十の始まりの家の――」

「ですがそれぞれの一族は数を大きく増やし、その分家も少なくありません。プルミング聖、貴殿も家としてはそれに当たると記憶しております」

 

 序列的には……確か6位くらいだったかな。

 うろ覚えだけどそれくらいだったハズだ。

 

「もし貴殿とそのご家族が事故(・・)などで亡くなられた場合、お持ちの天領地の所有はどの様な扱いになるのか、お教え願いたい」

「……それは……」

 

 完全に勢いが途絶えた。

 凄い勢いで家族や他の天竜人にキョロキョロと視線を移して、結果何も言えなくなってモゴモゴしだす。

 

(……こういうのを見てると、やっぱスパさんは有能な方だったんだなぁって再認識するなぁ)

 

 切り捨てられる可能性に気付いた事を顔に出しちゃった所は同じだけど、それでもみっともなく焦りを動作に出したりしなかった。

 

 だからこそ仕事を任せる分には信頼出来たし、実際期待を裏切る事はなかった。

 割と演技力というかハッタリ力って必須技能に近い所あるよなぁ。上に行くには。

 

「わ、わからんえ。普通ならば一度政府が押さえて、一族の誰かに譲るのかあるいは競りになるのか……だが」

「今回はニつの家での島の折半。つまり、もう片方のマンマイヤー聖に権利が移る可能性があると」

 

 顔を蒼褪めさせて小さく何度か頷く家長の姿を見て、後ろにいる家族の面々――正妻とその娘たちが、同じように顔を蒼褪めさせて抱き合っている。 

 

「魚人と――もし彼らを信頼できないと言うのであれば、私の信頼する兵士を護衛に付け加えましょう」

 

 一度恐怖を感じてしまえば、そしてそれを抑える訓練も経験もない相手ならばもう大丈夫。

 後はこう言えばいい。

 

「ご安心ください。状況が如何様になろうとも、必ず皆様を無事に聖地へとお返しするとここに誓います」

「お、おお! うむ! やってみせるが良いえ!!」

 

 こちら側にいた天竜人の中で中心の立場にいたプルミング聖がそう言った。

 この場だけとはいえ、行動に関する主導権を俺に譲ったのだ。

 後ろの連中も俺の言葉に、多少ではあるが安堵している。

 

 ()ったな。

 

 

「ハッ。ではプルミング聖。皆様を無事に聖地へお送りするためにも――」

 

 

「お言葉と誓約、そしてそれを証明するために、いくつかご署名を頂きたいのですが」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 魚人島のこの騒動に関わってから、初めてヒナ達以外の人間――しかも天竜人から労いの言葉をかけられてから一礼し、静かにドアを閉める。

 不快に思わせる仕草も動作も一切見せない。

 聖地行きが決定した時点でクザンやボルサリーノさんから天竜人相手の作法は徹底的に習って身体に染みつかせていた。

 

 絶対に武器になると思っていた矢先の使い道が、聖地で奴らの無茶ぶりから役人や海兵を守る時にしか使い道がなかったからなぁ。

 ここに来てようやく自分の武器(・・)になってくれてちょっと満足したよ。

 

 上手くいけばプルミング聖を始めとする十六名の天竜人を『黒猫』寄りの天竜人として、完全崩壊するまでの間の体制の添え木として利用できる可能性も出て来た。

 その嗜好性から信頼にも信用にも値しないが、大義名分とその存在、聖地の情報源としては使える。

 特に情報に関してはスパさんの手が届かない所を知っているんだ。

 上手く関係を築いていかないと。

 

「やれやれ。ドアが開いても怒声や罵声が聞こえてこなかったって事は上手くやったって事だな?」

「当然。約束しただろう? アーロン」

 

 少し廊下を進んだ所に、一発で分かる特徴的な鼻を持つ戦友が待っていた。

 

「天竜人直々に署名した、今回の戦争始末における魚人種族への不干渉と罪人以外の魚人の奴隷所有権利の放棄、こちら側の天竜人による魚人との停戦協定書。最低限の物は確保した」

「……おい、その程度なら奴隷にせよ戦争にせよ抜け道があるんじゃねぇか?」

「ソイツは仕方ない。今はとにかく、こちらの大義名分をより強化して目に見える形にする事が大事だ」

「ちっ。腹は立つが背後の不安を一つでも潰すのを優先させると、そういう事か? クロ」

「そそ。目に見える大義を持ち出されれば、海軍は更に割れる」

 

 今回のやりとりでこちら側の天竜人は、向こう側の天竜人に不安を抱いた。

 万が一こちらの防衛網や哨戒を抜けて工作員が接触したとしても、簡単に逃げ出そうとはしないだろう。

 その上で世界貴族としてこちらの大義名分を補強してくれれば、今回の件を『聖地』の内戦として処理できる。

 

「それで追い詰められた海兵があっちの天竜人を殺害、あるいは軟禁してくれればベストなんだけどな」

「シャハハハハ、酷い男だなお前は」

「海賊なんでね」

 

 実際、そうしてくれればこちらで作成した上で署名までもらった『魚人との停戦協定書』一枚で方が付く。

 意思決定権はこちら側に移り、向こう側の撤退態勢が整う前に増援が来たとしても戦闘を回避できる可能性が跳ね上がる。

 

 今回の魚人島攻防戦は、ルールを守ろうとしない奴が相手だとしても積み重ねておくことは決して無駄にはならないという実例になりそうな一戦だ。

 テゾーロがいたらかなり楽出来ただろうなぁ。

 

「ネプチューン王は?」

「こちらと合流した。今は先の戦いで救出した娘達に声をかけて、慰問に努めている」

「逃げてくれていれば楽だったんだが……」

「こればかりはそうもいかねぇさ。お前は王族ってのを重く見てるのか軽く見てるのか、たまに分からなくなるな」

「こういう緊急事態では離れていて欲しいんだよ。万が一身柄を要求されたら面倒だろう?」

 

 少しずつ軍事的にも政治的にも状況を固めている真っ最中だ。

 こっち側にせよ向こう側にせよ、一番想定外の事態を起こしやすい天竜人が動きかねない理由は少なければ少ないほどいい。

 

 デカくて、王族どころか王様そのものという更なる希少価値が付いた人魚。

 幸い男性なのが連中の嗜好から外れているだろうが……。

 危ういな。出来るだけ天竜人の耳目に晒す真似を避けないと。

 

「だが王なんだぜ? 囚われていた……それも罪もなければ戦う力もない連中を放っておけねぇだろうし、そこで安全な場所に逃げちまう奴を王と認めねぇよ。むしろ見直したぜ、俺は」

「お前のその気持ちも分かるけど、なぁ……」

 

 正解の無い問答になってしまうな、んもぅ。

 まぁ、軍を率いる責任者も兼ねているならそうなるのか。

 西の海に戻ったら、多分手配済みだろう陸軍を加えて再編成せにゃならんし、それに合わせてそろそろ場当たり的な物じゃない、本格的な政治体制の骨組みも組み立てなきゃならんし……真面目に色々考えないとなぁ。

 

「まぁいい。それなら挨拶は後にした方がいいか」

「ああ、ヒナとかいう小娘もそろそろ来ている頃合いだ。捕虜に色々聞くんだろう?」

「スモーカー兵長もやけに余裕がないし、他の兵士達も同様に精神的に疲弊している。やり方次第では内情をかなり話してくれるだろうさ」

「その上で人質にするのか?」

「……出来ればいっそ、取り込みたいんだけどな」

 

 何が酷いって今の状況だと、本来長い時間を掛けてようやく出来るかどうか微妙なラインのソレが容易く出来そうな事なんだよな……。

 

 もし、あのクッソ目立つ外見のスモーカー君をこちらの兵士に出来ればそれだけで敵の士気を更にズタボロに出来る。

 今の時点でそこそこ出来る上に、分かりやすい強さを持つ自然系(ロギア)の能力者。

 敵軍の正当性を砕く意味でも、士気を砕く意味でも最適な人員すぎる。

 

「シャハハハハ! そいつは面白れぇ、更に海軍を裏切る人間が出て来るってか!! 連中の面子は丸つぶれだなぁ!」

「これ以上潰れる所はあるのかは疑問だけどな」

 

 いやもうホントにボッロボロ。

 物資を一通り頂いてヒナと合流した時に、準将官クラスに強い子が何人かいたけどヒナ相手に複数でかかって攻めきれないでいた。

 なんか首にチョーカーなんてつけたロックな女の子とか中々にいい蹴り持っていて、一瞬だけどイッショウの守りを抜いてワイアードに迫ったほどだ。

 まぁ、下手に場を荒らされたら面倒なんで俺が適度に脳を揺らして捕虜にしたけど。

 

 スモーカー君が俺の姿を見て怒鳴ったりする中でも別にビビった様子はなかったし

 

(問題は、そこまでした上で物量的にはまだまだキッツいって事なんだよなぁ)

 

 今度は船に備え付けてあった大砲や、魚人の暴徒組が奪ってきた野戦砲も数門あるとはいえ、魚人街と違い守りにくい。

 まぁ、魚人戦力を信頼できない以上仕方がなかったんだが。

 

 削れる物は十分削った。

 あとはどうやって相手の動きを封じるか。

 

―― ……………………っ!!!!!!

―― ……………………!?!?!?!

 

 次の一手を考えながらアーロンと並んで足を進めていたら、捕虜を収容している大部屋の一つに辿り着いた。

 中で明らかに騒いでいる雑音が聞こえるが、ドアは閉まったままのようだ。

 

 更に近づいていくと、

 

―― だから! せめて編成された時の経緯くらいキリキリ吐きなさいよ!

―― テメェこそ吐きやがれ! なんでテメェが海賊の手下になってやがる!!?

―― んなわけないでしょ! いずれボコボコにして首輪付けて海軍(ウチ)で飼うわ!!

―― 犬かっ!?

―― 猫よ!!!

 

「…………クロ」

 

 ちょっとアイツらぶん殴っても許される気がしてきた。

 特にヒナの奴は蹴り飛ばすついでに関節技の一つくらいは絶対に許される。

 それとアーロン君、そんな困った目でこっちを見ないでくれ。

 

―― 大体なにあっさり鳩尾の一撃で落ちてるのよ!!

―― ふざけんなテメェもアレを食らってみろ!!

―― しぶとさがウリの貴方から根性消えたらあとは能力だけじゃない!

―― テメェに比べりゃ根性あるってんだよ裏切り者!!

―― 裏切ってないって言ってるでしょう、この脳筋バカ!!!!

―― あ゛ぁ゛っ!!!?

 

 お前ら海兵以前に人としての気品を持て。

 

 …………。

 

 いやまぁ、特に荒れてた頃に人攫い連中を逆さ吊りにして陰毛に火を付けてゲヒャゲヒャ笑ってた俺が言うのもアレなんだけどさ。ほんと。

 

(入りたくねぇ……)

 

 入りたくない。本当に入りたくねぇ。

 なんか明らかにつかみ合ってるような音がする。

 逃げ出そうどうこうじゃなく普通にこうなったんだろう。

 普通に罵倒しあうってどういうアレだ?

 頼むからお前ら対消滅してくれ。

 

 だが放置しようにも明らかにアーロンが困ってるし、中にいるだろう他の面子を考える。

 おいワイアード、貴様中にいるんだろうが止めろよ。

 関わりたくないのは凄く分かるが止めてくれ頼む。

 

 小さく息を吸って覚悟を決める。

 そしてそっと、中を刺激しないようにゆっくりと開けたドアの先には――

 

 海楼石の手錠はそのままに立ち上がっていたケムリンが白目を剥いて崩れ落ち――

 

 振り抜いた拳を握りしめたヒナが仁王立ちしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして俺は、気付かれないように静かにそっと扉を閉めたのだった。

 

 

 おい止めろアーロン! 馬鹿力でぐいぐい押すんじゃない!!!

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