とある黒猫になった男の後悔日誌   作:rikka

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012:蠢く悪意

「ゲホッ……あぁ……お前らか」

「ボス、お気づきですか!」

「大丈夫だ。……今どうなっている」

「ガキ――あ、いえ、『抜き足』からの警告を受けて、全員を船に戻して海域から離脱している所です。まだ奴らの船は見えますが……」

 

 部下からの報告を受けて、カポネ・ベッジはニヤリと笑った。

 

「やっぱり分かってるじゃねぇか、クロの奴……。いいぞ、そのまま離脱を急げ」

 

 ベッジは内心で、先ほどまで戦っていた海賊に感謝しながらヨロヨロと立ち上がる。

 

「おい、奴らは?」

「奴らって……『抜き足』ですか?」

「他に誰がいるっていうんだ」

 

 察しの悪い部下に、ベッジは海賊とその部下の姿を思い出す。

 話を聞いただけでおおよそを察する頭があり、度胸もあり、それを押し通すだけの実力もあった。

 

 部下への統率力もあり、カリスマもあった。

 とても15を超えていない子供の能力ではない。

 

「奴らなら、奴隷やらなにやらを回収してさきほど船を出したようです。まだ船は見えていますが……どうします? 進路変えて襲いますか?」

「馬鹿野郎! 野暮な戯言抜かすんじゃねぇ!!!」

「ひっ! す、すみません!!」

 

 冷や汗をかいて頭を下げる部下を見ていると、やはり逃した魚はデカかったとベッジは再認識していた。

 

 ベッジは葉巻を取り出し、吸い口を切って口に咥える。

 そして火を付け、香煙を燻らせる。

 

「――で、奴の船は?」

「は、はい! 左舷側のほうに! もう大分遠くなっていますが……」

「望遠鏡持ってこい」

 

 ベッジはズカズカと甲板に出ると、部下が持ってきた望遠鏡を受け取り遠くにうっすらと見えていた船影を捉える。

 

 甲板では、見目の整った海兵達が泣いていた。

 悲しみではない。安堵と解放から来る涙を零している。

 

 長時間鎖に繋がれていたために傷ついた首や手首を、あの坊主頭の腹心や、自分が見ていなかった少女が手当てをしている。

 

 船の後ろには、おそらく海兵奴隷の輸送に使われていたのだろう小さめの船が繋がれている。

 略奪品の輸送に使っているのだろう。

 

 それを牽引する船の船首に、目当ての姿がいた。

 ベッジが心から惚れ込んだ男の姿があった。

 

「……なるほど、これが海賊の姿って奴か。クロ」

 

 船首から海を眺め、小さく笑みを浮かべて波の様子を(うかが)っている。

 

「ああ……確かにお前には――海が似合う」

 

 そしてベッジは――のちに頭目(ファーザー)と呼ばれる男は大きく息を吸い込み、

 

 

 

「俺の誘いを断ったんだ! クロォ!!」

 

 

 

「だったら半端な真似は許さねぇ! 駆け上がって見せろ!!」

 

 

 

「――高みまで!!」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「よし、とりあえずこの島は安全か」

 

 海域を出来るだけ離れるように舵取りを指示して大体五日。

 少々多めに食料を積んでいた上に、あの密輸船から多少日持ちしそうな食料を少しだけ持ってきたおかげでどうにか足りた。

 

 近くの町がある島はファミリーの影響がある可能性が高く、上陸できなかったというのもある。

 海兵達の安全を考えると、うかつに彼女達を人目に付けるわけにはいかなかった。

 

「すみません、キャプテン・クロ。私達のためにこんな手間をかけて頂いて……」

「……海兵の貴官らが、自分の事をキャプテンと呼ぶのは拙いだろう」

 

 いやもう、航海の間ずっと海兵たちからキャプテンクロ、キャプテンクロ呼ばれて落ち着かなかった……。

 

 海賊なんだけどなぁ、俺。

 

「ですが、ここでせめてもの敬意を示さなければ、我々も立つ瀬が無くなります」

 

 囚われていた海兵の中で、ちょっと前半のたしぎが眼鏡を外した時によく似ている女海兵が敬礼してくる。違うのは髪色か。

 それにしてもキャプテン呼び引っ込める気なしとか……マジか。マジかぁ。

 

「……わかった、素直に受け取ろう。貴官らの中に、サバイバルの経験がある者は?」

「ハッ、緊急事態訓練で全員多少はあります」

 

 多少か。――まぁいい。

 

「よし、とりあえずシェルター作りを急がせてくれ。船の上ですし詰めのままでは貴官らの回復もままならない。食料の確保はこちらで行う」

「了解しました。直ちに設営に入ります」

 

 だから敬礼もいいんだって……。俺海賊な上に年下なんだけどなぁ。

 まぁいい。

 

 とりあえず今はペローナとダズが肉の確保に向かっている。

 幸いこのやや広い島が無人島である事は確認したし、木の実は豊富で野生動物もかなりいる。

 狩猟にせよ採取にせよ、当面の間は困らないだろう。

 

 今は二十人近くの海兵を抱えているし、ここで食料を確保できるようにする必要がある。

 

 最低限の生活基盤を整えたら、その後の事も考えないといけない。

 とりあえず入り江の奥の岩陰に隠してある船に戻り、略奪品を調べていたロビンに会いにいく。

 

「ロビン、どうだ?」

「あ、キャプテンさん。調度品の方は清掃と整理終わりました」

 

 倉庫代わりにしている一番大きい船室の一画には綺麗に磨かれた高そうな皿やカトラリー、絵画や毛皮がまるで飾るように並べられている。

 

「よし、ご苦労。……それで、武器の方なんだが」

「はい」

 

 ロビンが今やっているのは、襲撃時にあの密輸船にいた武装ギャング達の持っていた武器の整理だ。

 

「やっぱり変です。こっちの武器はダビット商会の、こっちの方はクロムウェル製鉄の刻印が入っています。だけど残りのは、どこの刻印も入っていません」

「……密輸目的で刻印の類を削り取ったという事は?」

「その痕跡もありません。これらは完全に密造されたものです」

 

 うっへぇ。

 また変な話が出てきたな。

 

「5大ファミリーが作った物か」

「……それも違うと思います」

 

 ロビンが能力を使って、密造品と思われる刀と剣を一つずつ手元に運んで来る。

 

「剣の握り部分に皮を使うのも、刀の刀身と握りをつなぐための目釘が二つじゃなくて一つなのも北の海(ノースブルー)の伝統的な作り方です」

「……北」

 

 北の海っていうと……多分この時期やべぇ奴が暗躍してる頃なんだけど。

 

「密輸用の密造品という事か? ロビン」

「多分……。ただ、お金稼ぎが目的なら効率が悪い気がする……ような……」

「目的が金だけじゃないからだろうな」

 

 原作でいうアラバスタがそうだ。

 武器が過剰にあるというのは、それだけでも火種になり得る。

 

 燃え盛っている中に放り込めば即着火するし、そうでなくても燃えやすくなる。

 

「ロビン」

「うん」

「海兵の一件、表沙汰になっていたらどうなっていたか、想像がつくか?」

「……奴隷売買の規模によっては、戦争になっていたかも」

「海軍との対立か……」

「正確にいうと、海軍が世界政府から独立するような事になっていたかもしれません」

 

 そうか、考えてみればサイファーポールは海軍とは別系統の世界政府直属機関だった。

 海軍との対立で即天竜人が終わりとなるんじゃない。

 

 ……海兵奴隷なんてやべぇ橋を渡る馬鹿共は、そこらへんの事情で事態を楽観視したのかもしれねぇな。

 

「……海兵達を、このまま基地近くで解放でめでたしめでたし……とはならんよな」

「それをしたら、よくてまた誘拐。でもきっと――」

「殺されるか」

 

 ロビンが暗い顔をして頷く。

 まぁ、口封じは当然だろうし、あるいは拷問もあり得るだろうなぁ。

 密輸船の襲撃犯は捕まえたいだろうし。

 

「キャプテンさん」

「ん?」

「どうして、こんなことをしたんだろう。……あの人達、お金が欲しかったの?」

「半分はそうだろう。ただ……そうだな」

 

 考えが当たってれば、絵図を描いたのはヤベェ奴だ。

 なにがヤベェって復讐に全力で全てを巻き込める(・・・・・・・・・・・)奴だ。

 鷹の目とかハンコックは別としても、七武海の中でも危険度が頭一つ抜けてる奴だ。

 

「天秤を揺らしたい奴がいるということだろう。悪意を以ってな」

 

 もうホント洒落にならねぇ。

 なんで西の海であの鳥野郎が絡んでるかもしれない事件に関わるのさ。

 

「まぁ、海兵達の扱い方は考えておこう。俺はもう一つの戦果を整理してくる」

 

 換金の手間がかかるとはいえ金目の物が大量に入ったのはいいし、デカいお宝も手に入った。

 

「うん。……ごめんなさい、キャプテンさん。手伝えなくて」

「気にしなくていい。能力者だったら仕方ないさ」

 

 船倉の倉庫――奴隷倉庫の偽装に使われていた海楼石の山だ。

 俺がベッジと戦っている間に、ロビンが違う船倉への出入り口を見つけてくれていた。

 

 ……これ、人員揃えて海図とログポースさえ手に入れば、船作ってもう乗り込めるかもなぁ。

 偉大なる航路(グランドライン)

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 北の海のとある港町、スパイダーマイルズ。

 そこを根城にしている海賊の隠れ家で、一人の男が部下から報告を受けていた。

 

「そうか、西の海の方で失敗例が出て来たか」

「海兵ではなく、海賊が偶然襲ったようだが……どうするつもりだ?」

 

 報告をしている男――なぜか頬に一口齧っただけのハンバーグが張り付いている部下は、表情を見せずに淡々と問い掛ける。

 

「いずれにせよ潮時だった。捕まった海兵が蜂起でもしていればまた違ったんだろうが、どいつもこいつも新米の小物しか狙わねぇ。同時進行で武器の密輸を繰り返させた意味も薄れた」

「潮時?」

「そろそろセンゴクが動きかねん」

「……本部大将だったか。知将だとは聞いているが」

「薄々勘づいている素振りがある。それにタイミングも悪い。オハラへのバスターコールのせいで、一番『商売』が活発だった西の海に手練れの海兵が大量に投入された」

 

 忌々しそうにそう言う船長は、部下を一瞥し、

 

「コラソン」

「ああ」

「海兵になれ」

「……情報か?」

 

 それがスパイ行為をしろという意味だと悟り、必要なモノはそれか? と聞く部下に船長は、

 

「いや、とりあえずは信頼と信用だ。まずはこちらとの繋がりを断って海賊の匂いを消せ」

「どれくらい?」

「軽く見積もっても数年。……こちらの情報だって漏れている可能性がある」

「だが、連絡はどうする。ある程度は必要だろう」

「……こちらで用意する」

「分かった。ところで、例の海賊はどうする?」

「もう分かったのか」 

「行方は掴めていないが、何者かは」

 

 部下はその海賊の手配書と、独自の調査資料を船長へと差し出す。

 

「海賊『抜き足』のクロ。先日、支部中将とその配下を倒したことで名が広がっている」

「……フ、フフ……フッフッフ、天竜人の奴隷の身になることを拒んで海賊か。運のねぇ奴だ」

 

 

 ――『抜き足』のクロ 懸賞金6500万ベリー。

 

 

 そう書かれた手配書を手にした海賊――後に『天夜叉』と呼ばれるその男は、興味なさげに手配書を放り投げた。

 

「なにかする必要はない」

 

 

「そもそも、連中(・・)が放っておかないだろうさ」

 

 




※ヴェルゴをコラソンと描いているのは、彼が初代コラソンであって、かつこの頃のドフラミンゴならなおさら慎重に動くと考えているので、ヴェルゴの名前は出さないだろうと思いそう書かせていただきました

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