とある黒猫になった男の後悔日誌   作:rikka

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129:凪と呼ぶには穏やかではない嵐前

「冥王とオヤジに喧嘩売ってきた奴が、揃って嬢ちゃんの下に付いているってどういう状況なんだよい……」

「ハッハッハ、言っただろう? 奇縁に恵まれたと」

 

 黒猫海賊団第一艦隊旗艦。

 海賊連合事件において接収した敵船の中で最も航行性と防御力に優れたガレオン船を改造したその船の甲板に、錚々たる面々が集まっている。

 

 第一艦隊提督、『海賊姫』ボア・ハンコック。

 

 その妹にして旗艦船長を務める蛇の能力者、ボア・サンダーソニア。

 

 戦術レベルの制圧力と偵察性を併せ持つ『ゴースト・プリンセス』ペローナ。

 

 黒猫最強戦力を相手に死に物狂いの手合わせを続けて来た親衛隊の隊長『王佐の剣』アミス。

 

 その部下にして黒猫の切り札たる親衛隊の面々。

 

 黒猫海賊団の所属兵士達を精強な兵士へと底上げした『魚人空手師範』ハック。

 

 海軍を見切って『黒猫』に入り、懸賞金をかけられた『灰の将』タキ。

 

 艦隊の行動を決めるための選択肢を用意する艦隊参謀、ギャルディーノ。

 

 かつて白ひげに戦争を挑んだ大海賊、『砂漠の王』クロコダイル。

 

 なによりも――海賊王の右腕、『冥王』シルバーズ・レイリー。

 そして白ひげ海賊団一番隊隊長、『不死鳥』マルコ。

 

 この新世界であろうと、生半可な海賊が手を出せば即座に叩き潰されるだろう戦力がその一隻に結集していた。

 

「とにかくマルコ殿。魚人島が海軍に襲われておるというのは間違いないのじゃな?」

「お、おう。無駄に貫禄あるお嬢ちゃんだな」

 

 マルコの乗ってきた船は、風がなくとも進むことが出来る外輪船(パドルシップ)の機能も兼ね備えていた。

 そのため現在航行は白ひげ艦に任せ、ハンコック達の船は牽引してもらっている。

 

「ああ、間違いない。そのためにオヤジが戦力掻き集めて魚人島まで急いでいたんだが……」

「なにかしらの妨害かトラブルがあったと、そういうことでしょうか?」

 

 その間に黒猫の船の上で情報交換をしている幹部クラスの間を、酒やお茶を入れた木杯を盆にのせて親衛隊の面々が行ったり来たりしている。

 マルコに酒と軽くつまむ物を載せたトレーを持ってきた親衛隊の隊長、アミスの問いかけに頷いて答える。

 

「ああ、妨害された。ちくしょう、ビッグマムめ……」

「リンリンが動いたのか。なるほど……白ひげといえど、足止めされるわけだ」

 

 かつて新世界で戦い、白ひげに挑んだ事もあるクロコダイルはレイリーに次いでこの海を知っている。

 世界中の海が荒れに荒れ、その影響がこの皇帝の海にまで広がっていることに『砂漠の王』は静かにほくそ笑む。

 

「そっちは――お前らの総督とやらが魚人島で戦っているから迎えに行くと、そういう事で合ってるんだな?」

「うむ。あくまでその可能性が高いという程度の話であったが、ここに至って確信した。やはり主殿は今、魚人島で戦っておる」

 

 親衛隊のクリスが運んできたお茶をカップの中でグルグル回して温度を下げながら、ハンコックがそう断言する。

 

「そうだな、私も同意見だ」

「アンタもかい、冥王。やけに生き急いでる若いのが出て来たのは知っていたが、そいつが戦う理由があるのか?」

「あるとも」

 

 すでに杯を空にしたレイリーが通りかかった親衛隊にそれを渡すと、すぐさま中身の入った杯と交換される。

 

「彼はそういう海賊だ。彼なりの目論見もあるのだろうが、ともかく――」

 

 若い娘に持て成されているその光景をジトッとした目でマルコが見ている事に気付きながら、レイリーは更に酒を胃袋に流し込む。

 

「もし海軍――いや、政府と言うべきか。彼らが魚人島を制圧したのであればとっくに何かしらの声明を出して自己弁護しているはずだ。それがまだないという事は戦闘は続いている。あるいは連絡が取れない状況が続いているということだろう」

「魚人島の戦力だけでまだ渡り合っている可能性は?」

「確かに魚人の兵士は精強だが、海軍がそう甘くないのは分かっているだろう。皮肉な事に連中は、海賊を追いかけ回す時よりも島や国を攻め落とす時の方が強い」

 

 ミホークが醸造の参考にするためにとベッジを通じて大量に発注していた麦酒やラム酒の数々が、こうして航海のための物資となっている。

 

 主にレイリーとクロコダイルのための。

 

 内心ここまで積む必要があったのかと親衛隊の面々は思っていたのだが、こうして大物海賊の接待に使用出来たのであれば無駄にはならなかったかと、親衛隊の面々は警戒と情報収集も兼ねた接客を続けている。

 

「そしてそういう状況を目にしてしまえば、どうにかしようと足掻いてしまうのがクロ君でね。……恐らく、今頃は王国軍をまとめ上げて海軍とぶつかっているのではないかな」

 

 一介の少年海賊が一国の軍隊をまとめ上げて、政府戦力と真っ向から戦う。

 普通ならば一笑に付す所だが、冥王とその膝に乗ってココアを飲んでいる少女は声を上げて笑っており、艦隊提督だという少女や親衛隊の面々は頭を痛そうにしている。

 

 それを見てマルコは、本当にそうなっている可能性が極めて高い事を確信してしまう。

 

「……生き急ぎすぎだろう。その通りならば助かっているんだがよい」

「だからこそ十四歳でこの額だ」

「ホロホロホロ、アイツもうすぐ十五になるハズだけどな」

「いや、十五でも28億(この額)はねぇよ。億越えってだけでもおかしいってのに」

 

 もっとも、それを言うならここにいる面子だけでほとんどの海賊団の総合懸賞金(トータルバウンティ)を上回るのがまたおかしいのだ。

 

「しかし、あの白ひげがいて突破できないとは。敵はそれほどの数が?」

「ああ。リンリンーービッグマムに幹部連中、兵もかなりいたよい。艦隊を率いて進路を塞いでいやがった」

「戦闘は今も続いて?」

「隙を見てオヤジが道を切り開いてくれたんだ。その隙に俺達だけでも魚人島に急げと」

「……質はともかく数では向こうが(まさ)っていたわけか。ますます急いで主殿を回収するべきじゃのう」

 

 ハンコックは提督らしく、状況を瞬く間に把握していた。

 白ひげが負けるとは思わないがビッグマムの艦隊の数は警戒に値する。

 場合によっては白ひげがそうしたように、艦隊を別けて魚人島に向かわせる可能性も十分にある。

 

 であるならば制圧にせよ撤退にせよ、一刻も早く魚人島の状況に決着をつけてクロとクロに味方する人間達を自由にしなければさらに事態が悪化しかねないと。

 

「マルコ殿――じゃったか。改めて提言するが、主殿を救うまで共闘関係を組みたい。多くの魚人を抱える事になった以上、魚人島の問題も我ら黒猫にとって無関係ではなくなった故な」

「ああ、こちらからも頼むよい。突破してきたのは俺の船だけだったからな」

 

 牽引している外輪船(パドルシップ)の中には、白ひげの部隊長程とは言わずともそれに近い実力者が、所属部隊を問わずに揃っている。

 ビッグマム海賊団との戦闘への影響も考えて数は少なく、それでも魚人島を救うための一助になるだろう精鋭達である。

 

「こっちの戦力にアンタらほどの精鋭が加わってくれるなら、出来る事も大きく増える。助かるよい」

 

 そういってマルコの目に留まるのは、マルコやマルコの連れて来た兵士達に給仕をしながらもいざという時には動けるように備えている親衛隊の姿。

 

 ここにいるレイリーや、残って島の鎮圧・開発のために残った『死の教師』ジュラキュール・ミホークのお墨付きを得た、黒猫の誇る精鋭部隊。

 全員が揃っているわけではないが、それでも総督の救出という大任のために隊長である『王佐の剣』を始め『銀の乙女』、『魔弾の射手』、『死を呼ぶ舞踏』と言った最精鋭揃い。

 

 本人達にまだ自覚がないが、もし参加すれば今すぐ『白ひげ』と『ビッグマム』の戦争の趨勢を動かしかねないだけの戦力がここにいるのだ。

 白ひげ海賊団のNo.2としては、ここにいる全員は『冥王』と並び興味深い戦力であった。

 

 協力を約束して、同時に『黒猫』という海賊団の中心人物であるハンコックやアミス達の人柄を調べようとしている『不死鳥』マルコの様子を肴に『冥王』は酒を呷り、だが静かに考えを深めていた。

 

 

 

(ふむ、あのリンリンが……)

 

 

 

 

 

 

(自ら遠征……か)

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

―― 恐らくは天竜人の命令によって向こう側の海兵が処刑された。

 

―― 直に奴らの命令を受けて攻撃してくる海軍と戦闘になるだろうが、事態が収まるまで船から出ないでくれ。

 

 海賊の一方的な宣言を受けたまま、海兵捕虜たちは拠点であるこの船の中に放置されてしまっていた。

 拘束らしい拘束はすでになく、一応能力者の面々には海楼石で作られた腕輪が嵌められていたが能力が使えないだけで身体能力はそこまで落ちず、やろうと思えば自分でも外せるだろう代物だった。

 

「海賊! 状況は!!?」

 

 その程度の拘束で、スモーカーという血気盛んな海兵が大人しくしているわけがなかった。

 砲撃の音が響き始めたのを耳にした途端に部屋を飛び出し、海賊がいるだろう甲板へと走り出していた。

 

「正面からぶつかり合っている。やはり向こうもこちらの目的を読んでいたみたいだな。先日とはまるで違い、三陣を主とした鶴翼ですり潰そうとしている」

「クソが……っ!」

 

 スモーカーは、どちらの立ち位置なのかよく分からない悪態を吐いて戦場を睨みつける。

 一方で海賊キャプテン・クロは、突撃している魚人戦力へ向けて放たれる砲弾の雨に向けて時折蹴りを放ち、その砲弾を相手側の陣へと撃ち返している。

 

「海賊――、クロ!!」

「ええ」

「コイツを外してくれ!」

「どうするつもりです?」

「魚人の攻撃勢に加勢する!」

 

 もはや海賊ルート一直線である。

 この場で唯一本物の海賊の少年が、砲弾の迎撃をしながら頭を痛そうにしている。

 

「ヒナ達は着替えているから気付かれてねぇかもしれねぇが、俺達あからさまな海兵が寝返れば呼び水になるだろう!!」

「待て、意味がない」

「意味ならある! 訳の分からねぇ処刑をさせるような連中のための、こんなくだらない戦い……二度も三度も繰り返させるわけには――!」

「そうではなく」

 

 血気盛んという言葉が服を着たような白髪の海兵の肩にポンッと海賊が手を置く。

 砲撃の雨は止んでいた。

 迎撃はされても、まさか撃ち返されるとは思っていなかったのだろう。

 砲兵部隊は慌てて、いくつかの野砲を放置したまま後ろへ下がりつつある。

 

「アレを見てくれ」

「あ゛あ!?」

 

 その間にクロは側に控えている人魚に何やら色分けした旗を振らせてから、ある一点を指し示す。

 敵――海軍部隊の最後方と、天竜人が乗る船の上を。

 

「なんだ、アイツら。あんな所でなにを――」

 

 そこにいたのは、スーツと海兵服を着た者達による混成集団だ。

 その集団が後方にも関わらず、銃を構えていつでも撃てるようにしている。

 

督戦(とくせん)隊だ。恐らくな」

「と――」

 

 海賊のその言葉に、海兵は口をあんぐりと開けたままになる。

 

 督戦(とくせん)隊。

 本来海軍には存在しない、逃走したり寝返ろうとした兵士達を後方から撃つ処刑部隊。

 

 そんなあるはずのない部隊がいる事に、スモーカーは開いた口が塞がらず、幾度か口を閉じようと努力をしている。

 ヒク付きながら口を閉じようとし――

 

「馬鹿なのか、奴らは!!!!!???」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

(一から十どころか百まで同意するけど、この戦場に於いてはやっかいな方向に動いているから馬鹿に出来ねぇんだよなチクショウ)

 

 まさかそこまでやるとは。

 天竜人は絶対の存在であり、それが政府の庇護下で生きていた者達の文化だから逆らう事は難しい。

 ここまでは分かっていたし問題なかった。

 だからあえて敵対(・・)側に力を貸す天竜人を用意して突けば事態が動くんじゃないかっていう期待も確かに少しはあったんだが……まさか処刑+督戦隊のデッドコンボで無理やり状況を引き締め直すのは予想外もいい所だ。

 

(あれが政府の役人っぽい連中だけの編成ならともかく、海兵まで交じっているのがキツいな。内部への疑心暗鬼が加速する)

 

 誰が海軍に殉ずる者で、誰が政府の回し者なのかという不安が思考を奪い、結果としても目の前の俺達への攻撃に集中する。

 

 もしこれが敵指揮官の策ならば、やっかいとはいえ底が見えるレベルなんだが……。

 

(敵も対応してきたか。こっちの突撃部隊に近い連中が側面を突こうと移動して、それ以外は真っ直ぐ撃ち合い……)

 

「ん。シャーリー、左翼側に黄色と緑の旗を立ててくれ」

 

 アーロンが身の廻りの世話役として残していってくれた面々の一人――おそらくロビンと同じぐらいの年頃の人魚の女の子が、リーリンら他の人魚と協力して指示のための旗を立ててくれる。

 

 少し不安だったが防衛を担っている部隊に伝わったようだ。

 配置を変え、主力の側面を突こうとしている敵の妨害に動いた。

 

(策は一見堅実。主力を攻撃しようとしたのもごく普通の動き。でも、他の包囲軍に突撃(・・)を命じていない)

 

 …………。

 

 なんだかなぁ。

 分かるんだよ、何がしたいのかは。

 というより、俺に何をしてほしいのか。

 

(だけどなぁ――そりゃあさすがにそちらにばかり都合が良すぎるだろう)

 

 敵指揮官はおそらく、俺達に逃げて(・・・)欲しいのだろう。

 ごく自然な、まったく不審な所のない部隊誘導。

 徐々に指揮系統を確立しつつある俺達に奪還されると面倒な魚人街の守りは固めつつ、新世界側へのルートの防衛をそれとなく薄くしている。

 

(俺の読みが正しければ次の一手は、頑張って掘っていた塹壕に伏せた兵士からの一斉射撃)

 

 果たして、アーロン達が歩兵による陣を突破するのを見計らって塹壕に陣取った兵士達が、ライフルによる一斉射で征く手を遮る。

 本来ならばそれだけで勢いを削られるだろう攻撃は、だが頑強な面子を揃えた魚人組は止められない。

 

 兵力を削り取る戦術に見せかけた徹底的な足止め策。

 

(そういう結末にしなければ、そちらの天竜人や責任者を納得させられないと考えたか? 分からんでもないが……いや)

 

「ヒナとイッショウの隊へ連絡」

 

 傍受の可能性を考えてできるだけ旗でのやり取りをしているが、正確かつ早い指示が必要な別働遊撃隊には貴重な短距離電伝虫を持たせている。

 その指示が貴重だと分かっているのだろう。

 シャーリーが受話器を取って俺に渡すまでのワンコール分もしない間に、『ヒナよ! 指示は!?』という声が響く。

 

「イッショウと共に突撃部隊の右方を真っ直ぐ突破しろ。先ほど下がった砲兵が、恐らく残った野砲による低射角砲撃態勢に入るつもりだ。これを押さえろ」

『了解! この小隊で突撃するわ!!』

 

 曲射は牽制どころか自分達への攻撃に繋がると判断したのならば、当然俺の迎撃が難しい方法で突撃部隊の勢いを削ごうとするだろう。

 となれば危険ではあるが、恐らくそれをする。

 水平――あるいはほぼそれに近い低射角射撃による一斉射。

 野戦砲術とかお前ら本当に海軍かとツッコミたいが、まぁいい。

 問題はそこじゃない。

 

「出来るなら野砲を可能な限り破壊してくれ」

『? 了解。だけど貴方らしくないわね?』

 

 スモーカーが怪訝な顔をしているが、まぁ、ヒナならそう思うだろう。

 なんだかんだで敵指揮官の次にこっちの思考を読んでる。

 

『今回の一戦で全部決めて、後は交渉なり脱出に専念するつもりじゃないの? そこで大砲の破壊なんて――』

「イッショウが居るならばそこまでタイムロスにはならないと判断した」

 

 まぁ、そのまま真っ直ぐ前進してくれって言うべきかどうか迷ったのは確かだが。

 

『……長引く可能性が?』

 

 ヒナの言葉に、これ以上返すかどうか迷う。

 が、考えてみればそもそもこの現状でコイツに隠し事をする理由がなかった。

 不安も含めて共有して問題ない相手だ。

 

「敵は恐らく、勝ち筋を持っている」

『切り札がある?』

「分からん。だが念のために、出来るだけ進行速度を早めながら同時に敵の迎撃能力を削っておきたい」

『了解。手の届く範囲で壊せるものは壊しておくわ』

「気を付けろ、もう二分も経てば敵の精鋭も恐らくそっちを狙い始めるぞ」

『ハッ』

 

 百歩譲って「了解」を許すがその返事は止めろ。

 俺はいつからお前の上官になったんじゃい。

 

「スモーカー兵長」

「なんだ」

「もし、今から君が兵達に寝返れと演説を行えば彼らはこっちに付いてくれるかな」

「……俺達が暴れれば……いや」

 

 戦況を見てとりあえずは落ち着いたのか、ジッと眼下に広がる兵士達の様子を窺っている。

 そして、政府の人間と海兵が入り交じった督戦隊を。

 

「一部は投降するかもしれねぇが、本当に一部だけだろうな。無論それが呼び水になるかもしれねぇが」

「だよなぁ」

 

 これまでの立ち位置全てを捨て去るのには勇気がいる。

 

 ましてや絶対権力がマジですぐそこにいる上に、先ほどの処刑や督戦隊の恐怖がある。

 有力な将校が数名一気に寝返ってくれるならともかく、そんな発言力のある将校がいるならそもそもこんなひどい戦場になってない。

 

(兵隊って肩書ですら難しいんだ。たとえそれが一時的だったとしても、住んで来た土地を捨てるって選択肢は早々選べねぇぞ、指揮者)

 

 最終的にどういう解決を向こうが考えているかは分からないが、とにかくここは一度俺達に民間人も含めた連中を纏めて魚人島を空けて欲しいと考えていると推測する。

 あるいは、そうでもしないと天竜人が延々魚人を狙い続けると判断したか……。

 

 だが、圧倒されているならばともかく拮抗状態にある現状では、島の放棄を進言しても指導者層はともかく民衆はそれを選択できないだろう。

 

(立ち位置の違いもあるが……やっぱり天竜人を押さえない事には決着が付かねぇな)

 

 敵のこの動きは、恐らく保険があると見ていい。

 なんらかの勝ち筋があると見ているのだ。

 

 ……今のうちに進軍速度を、少しでも上げておくか。

 

「大砲用――ああいや、撃つ必要はないか。ごめん、砲弾をワンケース持ってきてくれ。慎重にな」

 

 魚人の民間人は怪訝な顔をするが、すぐにスパニエル一等兵が他の兵士と共に砲弾を運んで来てくれる。

 

「直撃させるのか?」

「まさか」

 

 スモーカーが少し心配そうな声を出すが、んな事するわけない。

 

「こうして戦闘こそしているが、海兵側の犠牲者も少なければいいと思っている」

 

 ……。

 

 本当だよ?

 

 …………。

 

 ねぇ、本当なんだってば!

 

 だからその胡散臭い奴を見る目は止めてくれないかなスモーカー君!!

 

「突撃主力部隊と敵海軍の間に砲弾を叩き込んで炸裂させる。そうすれば狙い撃ちが難しくなるからな」

「つまり、煙幕か」

「いくら魚人の中でも頑丈な連中揃えたといっても、銃はどうしても脅威だからな」

 

 というか銃弾受けて勢い落とさずに突っ込めるアーロン達がおかしい。

 例のギザギザ刀片手に暴れ回ってるけど、マジで兵士程度じゃ止められねぇな。

 

(問題は、最後の防衛線を突破できるかどうか。指揮者、というか責任者は保守的な人間)

 

 こちらが突撃するという読みを聞いたのであれば、強い奴ほど手元に残しているハズだ。

 

(突撃部隊の貫通力は想定の範囲内。ならば、別動隊含めて俺達がどこまで攪乱できるかだな)

 

「スパニエル一等兵、適当に一個ずつ砲弾こっちに寄こしてくれ」

「は、はい!」

 

 言ってから思ったけど爆発物目の前に放り投げてくれってヤベェ指示だな。

 それを律儀に守ってくれるスパニエル君マジありがとう。

 

「さて、それじゃあ――ガープ中将直伝」

 

 聖地にいる間に軍艦バッグを始め色々ガープ中将には教わっている。

 仕事中に引っ張り出すのは勘弁してもらいたかったが、徹底的に教え込まれたコレに関しては感謝していい。砲弾の扱いに慣れたしな。

 特に射程に関しては、俺の砲撃(・・)はガープ中将のソレを遥かに超えているのだ。

 さぁ海軍共め! お前らがしこたま運んできた砲弾に恐れおののくが良い!!

 

 フフハハハハハハハハハハハハ!!!!!

 

「流星群を見せてやるよ」

 

 

 

 

 その数秒後、海軍防衛部隊は敵船の甲板から蹴り(・・)飛ばされてきた、大量の砲弾によってその防衛線を徹底的に破壊されるのであった。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「あと数日でシャボンディ諸島に到着、その後海軍ドックにてコーティング機能の点検を終えてから魚人島へと向かう流れになっております」

 

 ある軍艦の将官用の部屋にて、若い将校が部屋の主に報告をする。

 部屋の中には酒の匂いが充満している。

 本来ならば仕事のための机には安酒の空き瓶が転がっており、今まさに飲み干された瓶がそこに追加される。

 

「……状況は?」

「ハッ。先日の一件と同じく、未帰還のままの天竜人一行の保護が任務となります」

「聖地の鼻先の魚人島での案件が、ここまで後回しか」

 

 世界政府の根幹たる世界貴族の動向を、部屋の主はハッと鼻で笑う。

 本来ならば軍人の、それも上官の一室としては酒瓶の事も含めて咎めていい態度ではある。

 だが報告している将校はそれに何も言わずに、いや、見えない程に小さく頷く事でむしろ同意していた。

 

「連絡が取れなくなったって事だけど、それにしちゃ色々おかしい。連絡を取れないようにしてコッソリなにかやろうとしていたら、結果としても動けなくなったって所だろう」

「……魚人島という事は、恐らく」

「ああ。ま、そっちはもうなるようにしかならない。こんな物まで用意してるんだからな」

 

 部屋の窓からは他に同行している艦の数々が見えている。

 大量の大砲に加えて、様々な物資と兵士をギッシリと積んだ軍艦が。

 

「赤犬も黄猿も、そして先生までやられた。海軍も尻に火が付いたって所だな」

「……火が付いたのは政府だと思いますが」

「違いねぇ。馬鹿な連中だ。余計な事しなけりゃ、アイツ(・・・)の助力を得られただろうに」

 

 

 

 

 

「なぁ……お前ならこんな世界、どうにかしちまえるのかな……」

 

 

 

 

 

「クロ……」

 

 

 

 

 

 その後ろに何隻もの軍艦と輸送艦を引き連れて、部屋の主――大将『青雉』は静かにつぶやく。

 

 第一次魚人島攻防戦。

 その決着が、もうすぐそこまで近づいていた。

 

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