とある黒猫になった男の後悔日誌   作:rikka

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131:底無き混迷

 絶望の中にいた海兵達に、待ち望んだ希望の光が差し込んだ。

 

 海軍本部大将。

 

 まごうこと無き海軍最高戦力の一人であり、海兵にとっての絶対戦力。

 それが到着した事により、誰もがこの戦いの終結を見た。

 ようやくこの戦いが終わると。

 生きてこの海の底から帰れるのだと。

 

 冷気と共に、ガラスが細かくすり潰されるような音が響き渡る。

 冷気がそのまま氷の波と成り、海賊の旗が立てられた拠点目掛けて殺到する。

 

 兵士達が勝利と終結を確信したその瞬間、その拠点の中心である船から凄まじい圧迫感が沸き上がる。

 その圧迫感と同時に起きる轟音。

 目には視えない、だが凄まじい威力を持った何かが殺到していた氷塊を砕き割り、貫通して大将青雉へと向かっていく。

 

 対する青雉も素早く氷壁を張って対応してみせる。

 その激突は攻防に使われた氷塊を砕き、鋭く重い氷片はアチコチにいた海兵達に散弾として降り注いだ。

 

―― ぎゃあああああああっ!!!

―― 塹壕から離れろ! 上からではどうしようもない!!

―― 船の陰に! 早く! 

―― 脚が! 脚がっ! 頼む、誰か!!

 

 これまでの戦闘は、主に魚人側の武装が整っていないという理由で格闘戦になる事がほとんどであった。

 頑強且つ手練れの魚人が先陣を切って海兵の陣を崩し、そこに膂力を武器とした魚人達が殴りこむ。

 その戦いに――とある『黒猫』が双方の被害を抑えるために整えていた戦場が変わった事に、海兵達が気付くには少々遅かった。

 

「まさか海の底までお前が出動させられるとはなぁ!!」

「そりゃこっちの台詞でしょうが。ボルサリーノをぶっ飛ばしたその足でなんでここに来ちまってるんだよ――」

 

 軍艦から飛び降りた『雉』目掛けて、『黒猫』が船から飛び掛かる。

 

「クザン!!!」

「クロ……っ!!」

 

 

 本当の意味での戦争が始まってしまった事に、兵士達は自分達への被害が出てようやく気が付いたのだった。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

―― ヒナ、クザンは俺が押さえるから指揮は任せる! 夜戦を開始させろ!!

 

(クロの奴……っ!)

 

 突然飛び出していった海賊から押し付けられた大役に、ヒナは海上よりも暗い闇へ目を向けて必死に状況を確認していた。

 

(突然指揮を任されてもどうしろっていうのよ!)

 

 ヒナも分かっていた。

 この状況下でクザン――大将青雉と渡り合えるのはクロと、あとはイッショウだけであろう。

 そのイッショウはヒナの後ろで、仕込み杖に手を当てたままジッと何かを待つように控えている。

 

(イッショウに待機を命じたっていうのは、脱出を考えているってことでしょう!?  そこまでは私でも分かるけども!!)

 

「小娘、どうするつもりだ!」

「ヒナよ、アーロン君! 小娘って呼び方、小憎らしい政府の役人思い出すのよね!!」

 

 そしてなによりクザンという戦力に大量の本部兵力が追加された事で、戦況は一気に悪い方に傾きつつある。

 これまでの歩兵戦ならば日暮れと共に自然と休戦時間になっていたが、広範囲を得意とする自然系(ロギア)の能力を持つ青雉が相手と成れば、視界の有無は関係ない。

 

 ここでなんとしても押さえ続けなくてはならなくなった。

 ただし――

 

(散々クロを手こずらせた指揮者は恐らく代理。しかも大戦力が到着したことで、徐々に指揮者を中心に固まりつつあった指揮系統がまた緩んだハズ)

 

 集団としての隙を突くには今しか――本当に今しかない。

 時間を掛ければかける程本部戦力が集まり、物量で押しつぶされる。

 

 だが、どうすればいいのか。

 必死にヒナは頭を回していた。

 

「ジンベエ君、ネプチューン王に撤退を決断させてきて! もう魚人島を奪還するのは無理よ!!」

 

 なにか言い募ろうとしている魚人兵士――なぜかクロがやけに頼りにしている兵士の背中を叩いてヒナは彼を急がせる。

 一刻も早くネプチューン王が決意を固めて動かなければ、敗北がますます近づくと確信していた。

 

(あの王様がさっさと腹を決めていれば……っ)

 

 内心でヒナは歯噛みしながら、撤退に向けて必要な物を見る。

 

(きっと敵指揮者は、ジリジリと魚人勢力を撤退に追い込むことで事態を解決しようとしていた。だから幸い、新世界側の包囲は大分薄い。だけど問題は明るい昼じゃなくて夜での撤退戦!)

 

 魚人達に地の利があるとはいえ、こうも暗い中での撤退戦は多くの魚人――クロが助けようとしている者達とはぐれてしまう可能性が高かった。 

 

(やるべきは確実な退路の確保。未だアチコチに散らばっている士気の低い海兵達を退かさないと、被害が出る確率が増えてしまう)

 

「アーロン君!!」

「おう!」

 

 クロという男が信を置いたサメの魚人が、手のひらに拳を叩きつけて答える。

 

「街の方の地形に詳しいのは? 魚人街じゃないわよ、西側の城下の方!」

「そりゃ王国軍だ。警邏もしているから裏道なんかにも詳しい。それに職人連中も!」

「なら、その中で特に膂力のある人を選別! 大至急よ!」

 

 ワイアードは他の兵士をまとめて砲戦の用意をしている。

 青雉以外の通常戦力が殺到しそうになった時の牽制のために備えているのだ。

 

「何をするつもりだ!?」

「今度も退路の確保よ! 全員が船に乗れるならイッショウ君の力でどうにかなったけど、まだ敵船を一隻も奪っていない以上足で逃げる必要のある人たちが出るでしょう!?」

 

 他の魚人に、出来る限りのたいまつの用意を同時に指示する。

 可能な限りの光源を用意して、退路の視認性を上げて事故を防ぐためだ。

 

「だからまずは、街に残っている海兵を確実に追い出すのよ!!」

「どうやってだ。あんな化け物が来た以上、人はあまり割けんぞ!」

「少数でいいわ! この闇夜を利用する!!」

 

 改めてヒナは確信した。

 数が揃いつつある海軍を前に優勢を確保しうるチャンスは今しかない。

 

 ここで失敗したのであれば、自分は引っ叩いてでもクロに撤退を決断させなければならない。

 たとえ、多くの魚人を見殺しにする結果になったとしてもだ。

 

「それとアーロン君! 同時に確保していた大砲の中で、兵士達が持ち運べる物を用意してほしいの! 魚人の膂力なら出来るでしょう!?」

 

 そして、その指揮を執れるのが今は自分しかいないのだと。

 

「わかった、任せろ。シャーリー! 怪我人を全員船に集めろ! すし詰めでも構わん! 女子供はもう船に集まっているんだ!」

 

 アーロンの妹だという黒いパーカーのフードを被った人魚が頷き、人魚仲間と共に慌てて移動を始める。

 あの島で助けてからずっとクロを手伝っているリーリンという人魚もそれに続く。

 

「用意が整ったら外の船尾近くに集合。あそこならば暗くて街側の敵からも見えにくいわ」

「ということは奇襲か?」

「ええ」

 

(この一瞬! この時だけでいい!!)

 

 ヒナという海兵に与えられていた最大の任務は、クロという男の思考・手腕の把握と分析だった。

 純粋な軍事――つまりは戦闘に関することを吸収し、場合によっては『黒猫』を討ち取る時の一助とする。

 言葉の一つ一つ、指示の一つ一つを正確に記憶し、同行していた将校と共にそれを分析する。

 

(今だけでも、クロの思考に追いつく!!)

 

 そうなるはずだった任務は、クロ本人によってひっくり返された。

 

 ヒナも含む兵士一人一人に、クロ直々に彼なりの戦術を丁寧に教えていた。

 どのような戦場に送り込まれても生き残れるようにと。

 戦い方から民衆との付き合い方、軍人としてのヒアリングのコツ、避難誘導の方法など。

 くわえて海軍の訓練に付き合い、自身が新兵と共に体を動かす事すらあった。

 

 その経験を共にしているからこそ、ヒナは西の海の海兵の多くが寝返ったという報せに驚かなかった。

 

(今、あの男の背中に西の海の全将兵の信頼と期待がかかっている……っ)

 

 西の海で生まれ育ち、途中からとはいえクロの働きをずっと隣で見ていたヒナには、むしろ当然の流れとしか思えなかった。

 きっと今頃、更に多くの海兵が三本爪の旗の下に集まっているだろうという確信がヒナにはあった。

 

(私がそれを台無しになんてしたら、割腹して詫びても済まないじゃない! 絶対にアイツを、なにがなんでも西の海まで連れて帰らなきゃ!!)

 

「少数だからこそ、選択できる戦術という物があるのよ――!」

 

 

「あそこでチンタラ引きこもってる海兵達を引っ掻き回してやるわ!」

 

 

 

 

 

 

 

「おい、アーロン。あの娘は確か海兵という話では――」

「今は忘れろ! 急げ、アラディン! 兵士達を集めてくれ!!」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

暴雉嘴(フェザントベック)!」

「見慣れてるよソレは!!」

 

 巨大な雉を象った氷塊による一撃を、冬猫を発動させた蹴りで砕く。

 周囲に氷片が散らばり、ちょうど周囲で逃げまどっていた海兵達に怪我人が出て来る。

 

 馬鹿! おっま馬っっ鹿!

 

「クザンてめぇ、もうちょい周囲への被害考えろよ海兵に怪我人出てるぞ!!」

「あらら。こうして戦ってても周りに気を配るなんて余裕じゃない」

「テメェがそんだけ酔っぱらってりゃな!!?」

 

 いつものシェリー酒じゃねぇ、やけに麦の癖が強い――これモグワの避難区域で海兵向けに酒保商人が仕入れて来た安酒の匂いじゃねぇか!?

 あんな臭くて薄い酒でよくそこまでベロンベロンに酔えたな!!

 二人で試しに飲んでみて「安酒だなオイ!?」って笑い飛ばした奴だろうが!!?

 

「クザン! 兵を引かせてくれ!」

「そいつが通らねぇのは百も承知だろう?」

「そうじゃない! こちらも天竜人を保護している!!」

 

 氷の動きがちょいと止まる。

 よし、よし。やっぱり状況を把握していなかったか!!

 

「大方予想は付いているだろうが、天竜人が無茶なことして魚人に捕えられている! そのための戦闘だったが、こちら側の天竜人は停戦に合意してくれた! 向こう側が納得さえしてくれれば話は付くんだ! 正式に書面も用意させた!!」

 

 ついでに万が一に備えて二枚用意したから破られたり燃やされたりしていても言い逃れはさせない!

 証人もしっかり確保しているし天竜人の心証は僅かとはいえこちらに傾いている!

 だからお前の後押しがあればなんとか――

 

「俺が出航する前にそれを海軍側で把握できていれば、どうにかなったかもな」

 

 …………。

 わっつ?

 

「俺が受けた命令は、天竜人の救出だけじゃねぇ」

 

 っ! 氷の剣!

 ちくしょうボルサリーノさんといい武器をその場で作れる奴は本当に!!

 

 とっさに覇気を込めて蹴りで防ぎ、そのまま睨み合う。

 

「俺が受けた最重要命令は、この魚人島の制圧と要塞化だ。魚人達を押さえてな」

 

 …………。

 

「はぁっ!!?」

 

 天竜人は!?

 お忍びで魚人狩りに出向いたのかもしれねぇけど、把握してねぇ事はないだろういくら何でも!!

 こんだけ長期の間聖地に帰って来られなかったら、さすがになにかあったと考えるのが普通だし天竜人を絶対とする今の体制を維持するには最優先で保護するのが……当……然……

 

(まさか、天竜人すら餌か!?)

 

 天竜人がやけにほったらかされていると思ったら、魚人島を押さえるための理由付けに利用されていたか!?

 もしそうだったら――!

 

「そういうことか、五老星っ! 本気でこの800年間をやり直すつもりか!!」

 

 レッドポートの絶対化による物流の掌握と加盟国への首輪付け、そして新世界を封鎖!

 西の海に大将クラスを二人も送り込んだのは『黒猫』戦力の排除と共に、新世界に繋がる海の確保のためだ!

 

 ダズ達との戦闘で大敗・敗走したけど、無事だったら南の海にも戦力を送り込むつもりだったな!?

 

 馬鹿野郎! 空白の100年やその直後の海がどういうものかは知らねぇけど、昔と今は状況違うんだぞ!!

 今の情勢で魚人島を完全に封鎖したら何が起こるのか分かってねぇのか!!?

 

(それに、どこまでも楽観視していたとしても気長すぎる! 曲がりなりにもここまで事態が悪化している中で800年かかった現環境をリセットなんて選択が出来るなんて……くそっ!)

 

 本来ここまで情勢を大きく動かす決断は難しい。

 普通の人間の感性で言えば、どれだけ長期的な計画だったとしても二十年が限界だ!

 例えば子供や一族がいるのならば話は違うかもしれないが、五老星と話した感じだとそういう感じはなかった。

 

 不老不死の王様というとんでもカードがあったとしても、王様だけの意思で決定できるレベルでもない。

 間違いなく五老星が――渋々であろうとも首を縦に振ったのだ。

 

(あの高齢で! 託す者もない上で財に拘るわけでもなくこういう策が出せるって事は――!)

 

 これ完璧にいつまでも待てる(・・・)人間の選択じゃねーか!

 一度勢力圏を縮小しかねない上で、自分達に都合の悪い物を全て敵として徹底的に削り直す決断。

 そんなヤバい案件をこんな短期間で決定して行動に移せるのは、その上で勝利を手に出来ると思っているからだ。

 どれだけ時間がかかっても(・・・・・・・・・・・・)

 すなわち――

 

(五老星! お前らも不老不死(そう)か!!!)

 

 ふざっっけんな、だったらもう政治もクソもねぇじゃねぇか! 戦争しかねぇ!!

 政府を倒して奴らをどうにかしないと、延々と奴らの理想のために悲劇が続く!!

 

 明らかに五老星の意図していなかっただろう裏切りから王様がいるのは確信していたが、ここに来て厄介な事実を叩きつけんな!!

 

(口にした所で説得力がねぇのがまた厄介だなクソッタレ!!!!)

 

「天竜人どうこうは関係ねぇ……政府がこの島を手に入れると決めちまったんだ」

「政府は民衆の生活がどう成り立っているのか理解していない! 魚人の中には海運を担う者だっていたし、それが偉大なる航路(グランドライン)! ひいては各々の島の生活を支えていた!」

 

 酔っぱらっても大将は大将、剣の筋は伊達じゃない。

 

 が、異様に覇気が弱い。

 蹴りの一撃で氷の剣がぶち割れた。

 

「そんな中で魚人を排斥してこの島を押さえ、レッドポートに一本化するという事は物流網の混乱と滞留を招く! よりにもよってこの混乱の時期にだぞ!?」

 

 すぐにもう片方の手で剣を生み出すが、今度は空いていた軸足で受け止めただけで砕け散った。

 受け止めただけでぶち壊れる程度の覇気じゃねぇだろお前さん!!?

 

「経済危機――それどころか致命的な食糧危機が広がりかねん! その中で出て来る犠牲者は十万二十万で済む話じゃない!!」

 

「頼む、止めてくれクザン!! このままじゃ世界の暴走は加速するばかりだ!!」

 

「誰にも止められない混迷の時代がもうそこまで来ている!!」

 

 クザンの顔がしわくちゃに歪む。

 

「駄目なんだよ、クロ」

 

 おめぇそんな顔する奴じゃなかっただろうが!!

 

「俺には、もう……」

 

 

「俺にはもう、止められねぇんだ」

 

 

「――そんな資格がもう、ねぇんだ」

 

 

 マジで西の海離れてから何があった!!?

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

『何をしているんだえ! さっさとコイツらを潰さぬか!!』

 

 偉大なる航路(グランドライン)のとある島。とある国。

 聖地での異変で様々な物を失った天竜人が、それらを取り戻そうと出回り始めたその日のうち――ちょうど黒猫への攻撃作戦に向けて動いていた時に、その事件は起こっていた。

 

 人狩り。

 

 かつて海賊連合事件の最中で起こっていたそれが裏組織によるものだったのと違い、天竜人直々に国を訪れ、人()の徴収へと動いていた。

 

 加盟国の王――天竜人に頭を下げ続け、望むものを全て渡してきた王は天竜人の要求に、またもや応えて見せた。

 法律を書き換え、軽犯罪の幅を大きく広げて多くの逮捕者を出して天竜人に渡そうとしたのだ。

 国民の四分の一に渡る数の人間を軍や保安官を用いて確保、隔離。

 天竜人への貢物として梱包(・・)された彼らは、家族とバラバラになってしまった者が少なくない。

 

 だから、反発するものは当然出て来る。

 相手が天竜人でも戦おうとする者。

 

 というより――天竜人を知らない者が真っ先に彼らに向けて石を投げつけたのだ。

 

―― 返せよ! 父さんと母さんを!!!

 

 親を奪われた子供が。

 そしてその石は、両親を奪ったその大元に確かに当たったのだ。

 それが天竜人の怒りとなるのは当然だった。

 

『聞いているのか、青雉!!』

『…………はいはい』

 

 その天竜人の動きに同行していた大将青雉――クザンはうんざりしていた。

 かつての西の海での活動とは真逆と言える、だが海軍に所属する者である以上絶対である指示に従い続けなければならなかった。

 

 天竜人のお付き。

 

 恐らくはずっと『黒猫』と活動していたがために試金石としてやらされているのだろう仕事。

 政府からみて、従来の海賊とは違う恐怖を抱かざるを得ない集団に気持ちが傾いていないかという踏み絵。

 

 クザンからすれば『じゃあお前らがそうなれよ』と言いたいのだが、それを口にすることは出来ない。

 聖地にて動いているクロの活躍の噂が流れるたびに、軍と政府の間に奇妙な緊張が走るのに気が付いていた。

 その矢先のこの事件だった。

 

『……恨んでくれていいぞ、坊や』

 

 クザンはこの時、とりあえずこの場を収める事を優先させた。

 国を亡ぼせと言われる前に、まず黙らせて天竜人を帰らせる。

 少なくともそれが一番血が流れないと、そう考えたのだ。

 

 そうして能力を発動させた。

 少年に冷気を纏わせ、凍らせる。

 だが命まで届かないように――あの時(・・・)と同じように。

 

 泣きじゃくる少年の涙ごとそれを凍らせて、すぐに残っている民に任せようとしたその時に――

 

 銃声が響いた。

 すぐ隣で。

 

 それが、地獄の蓋が開く合図だった。

 

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