とある黒猫になった男の後悔日誌   作:rikka

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133:魚人島攻防戦―⑥

 ここに、いるはずのない人間がそこにいた。

 

―― 来たぞ! 主殿!!

 

 ボア・ハンコック。

 本隊に並ぶ俺達の最大戦力である第一艦隊。

 その艦隊提督である『海賊姫』が、ここ魚人島に降り立っていた。

 

 思いもよらぬ人物の登場に俺もクザンも、海兵達も完全に足が止まってしまった。

 

 そのハンコックの周囲を、透き通った白いゴースト達がフヨフヨと固めている。

 あの小島。ダズと共に小さな手柄を目当てに訪れた島で偶然出会った幼い女の子がホロホロ笑っている。

 その行く手を切り拓くのは、あの偽装船の奥に捕らわれていた元海兵の卵達。

 

 明らかに海兵じゃない海賊っぽい連中が魚人目掛けて殺到しているが、その先頭を一撃で斬り伏せその足を止めて見せている。

 

 その後ろにいるのはハックを始めとする魚人開拓団の精鋭。

 彼らとハンコック麾下の精鋭達が肩を並べて、戦っている。

 

 それを見守っているのは俺や幹部、親衛隊達の師でもある『冥王』シルバーズ・レイリー。

 そして合流出来たのだろう白ひげ海賊団のナンバー2、『不死鳥』のマルコもそこにいる。

 

 さらには、敵の侵攻を制限する壁を作り出しているMr.3とクロコダイル。

 蝋を砂でコーティングすることで、弱点である熱への耐性を上げた防壁で殺到する敵を防いで戦場を限定させている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 え、なんで????????

 

 なんでワニさんに3にーさんがハンコック達と一緒にいるんです?

 

 

 …………。

 

 

 あ、ひょっとしてバロックワークス結成中にウチの者がご迷惑をおかけした感じでしょうか?

 

 いや、その――こんなところまでご足労頂いてなんか本当にすみません。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「ロビンではなくお主を連れて来たのが思わぬ助けになったわ! ペローナ、頼むぞ!」

「おう、任せろ!!」

 

 この魚人島はただでさえ陽の光が届きにくい海の底だ。

 装備さえあれば遠くを見渡せるロビンの能力でも暗闇の中では良く見えない。

 

 対してペローナの使うゴーストによる観測は、闇夜の中でもハッキリ見える。

 立ち上げたばかりの黒猫海賊団が、闇夜の中での砲戦を得意としたその立役者は伊達ではない。

 この闇夜の中でも、総督クロの救出部隊は正確に敵の配置を知ることが出来る。

 

「――?? あぁ? どうなってんだ、コリャ」

「どうした」

「ガレキやら土、岩積んだ台車やらでアチコチに防衛線が張られてる。こりゃそこそこ長くやり合ってんな」

 

 その言葉に、ハンコックは間違いなくクロが戦闘の主導権を握っていた事を確信する。

 

「だけど様子がおかしい。多分クロ側の拠点なんだろう船と海軍艦の間でいくつかの防衛線を挟んで睨み合っているけど、今クザンとぶつかっているあたりの周りの塹壕や防衛線が空っぽだ。死体や怪我人も転がってねぇし、逃げ出したって感じでもねぇ」

 

 黒猫は常に大規模な敵を相手に戦ってきた経験から、個々のぶつかり合いである単純な戦いよりも戦術を用いた戦闘の方が重視され、その研究も続けられていた。

 そしてクロの影響を受けてやや生真面目な性格に育ちつつあったハンコックも、艦隊提督となってからは特に盤上戦議や海軍との合同演習で経験を積み重ねて来ている。

 

「まさか、中間地帯か?」

 

 ゆえに、ペローナを通して得た情報を元に素早く状況を把握できる。

 この大海賊時代で数多くの海賊が世に出たが、これほどまでに戦術に長けた海賊は指で数えられる程しかいないだろう。

 

「中間地帯?」

「なんだよい、そりゃあ?」

 

 保護したばかりのヒナ伍長と、共に来た『不死鳥』マルコが首を傾げる。

 

「状況を聞くに、この戦は陣地の奪い合いじゃ。だがそのような戦でも時として、奪ったもののその陣地を維持できぬと捨てた結果、どちらの陣営の物でもない空白の地帯が出来る事があるのじゃ」

 

 ヒナと同行していた魚人達は、ハンコック達に怪訝な目を向けている。

 ここで騒ぎ出さないのは、ひとえにハンコックが少々アレンジされているとはいえクロと同じ旗模様を身に付けており、同胞である魚人開拓団の面々がこの不遜な態度の少女に絶対の信頼を見せているためだ。

 

「それが出来ているという事はつまり、敵海軍も主殿も互いに決定打を打てぬままだということじゃ。いつもの手勢がおらぬ主殿がそうなのは分からんでもないが、海軍までとは……」

 

 忌々しそうに小さく呻いて、だが即座にハンコックは作戦のおおよそを決定した。

 他の者には分からなくとも、黒猫海賊団の面々はその雰囲気が変わったのを察した。

 

 ヒナもだ。

 その雰囲気が、あの酒場で演説を始めようとした時のクロにそっくりだったからだ。

 

「ペローナ、其方は観測に徹するがよい。この暗闇では混戦になるであろうが、其方の力があれば我らはある程度有利を確保できる」

「おう、不味い所は援護してもいいんだな?」

「うむ。だが、もし攻撃するのであれば爆発による援護に徹せよ。さもなくば――」

 

 ハンコックの視線が、倒れ伏している一団を指す。

 

―― ちがう、違うのよ……。命令だったの……しょうがなかったのよ!!!!

―― 頼む、その目をやめてくれ。見ないでくれ。私をそんな目で……頼む、頼むよぅ……。

―― やりたくなかった。本当だ。でも、あぁ……止めてくれ。もう何も見聞きしたくないんだ!

 

「あの海賊のような連中はともかく、兵士達の中にまた自害しようとする者が出かねん」

 

 それは、Tボーン少佐と共に海兵の救援にと飛び出して来た兵士達だった。

 

 彼らは三本爪の旗を見てハンコック達を敵と認識しライフルを向けたのだ。

 それを見て、先手とばかりにペローナがネガティブホロウを放った結果がこれだった。

 

 普通の相手ならばただただ陰気になって戦う気力を失う程度で済むのが、突如として兵士達の大半が半狂乱になり、酷い者は自分の喉に刃や銃口を突き立て自死しようとする所だったのだ。

 

「ったく! おいテメェ指揮官だろう!? 一体兵士をどんだけ雑に扱ってんだ滅茶苦茶ビビったじゃねぇか!! もうちょっとで死人が出てたぞ!!」

 

 反射的に彼らをミニホロで軽く吹き飛ばして自害を止めたペローナが指揮官――筋肉質なのにガリガリという矛盾している体の男に怒鳴りつけるが、その声にはわずかに戸惑いが混じっている。

 

 拘束されていない上に得物であろう剣を手にしているにも関わらず、その男は交戦の意思どころか敵意も見せてこないのだ。

 

「も、申し訳ない。部下達の助命、真に感謝を――」

「よい」

 

 力なく膝を突いている佐官の前に、ハンコックが出る。

 

「この状況で戦意どころか敵意も見せぬ以上、其方らがこの戦に本意でないことは明らかじゃ」

 

 前線の方で、アミス率いる親衛隊やクロコダイルが海賊のような連中の中でもやっかいだった者達を討ち取り、鬨の声を上げている。

 このままいけば、この大通りは確実に制圧できるだろう。

 

「其方、名は?」

「Tボーン。少佐であります」

「……よし。降伏せよ、Tボーン。黒猫海賊団第一艦隊提督、ボア=ハンコックの名に懸けて、決して其方も、其方の部下も粗末に扱わぬと誓おう」

 

 Tボーンという海兵は一瞬躊躇い、ギザギザの長い鼻を持つ者を中心に集まっている魚人達へと目をやり、そしてそのすぐ横に立っているヒナ本部伍長へと目線を送る。

 

 魚人からすれば信頼できぬハズだろう人間の彼女は、魚人達に囲まれても何も恐れを見せずに、信頼すら見せて堂々とそこに立っている。

 

「お心遣い、真にありがとうございます。お言葉に倣い、我らは降伏いたします」

「うむ、縄や錠はかけぬ。後方にて兵を(ねぎら)うが良い。付き添いの兵を付ける」

「ハハッ」

 

 ハンコックの言葉を受けて、Tボーンが力なくへたり込んでいる兵士達の下へと駆け寄る。

 その兵士達の移動を補助するために元海兵の兵士数名を付けて、ハンコックは再び戦場へと目を向ける。

 

 質は黒猫が上である。

 親衛隊はもちろん、第一艦隊の精鋭達も見事に敵を押し返している。

 

 が、余りにも数が多すぎる。多すぎた。

 数倍程度ならばひっくり返すのは容易いが、何百倍ともなるとそうはいかない。

 

 加えて海兵服を着ていない海賊らしき敵の一部には、幹部勢とまではいかなくともそれなりに強い者もチラホラ混ざっているために所々戦況が安定しない。

 

「ヒナ、話を聞かせてくれ。主殿はどう戦うつもりだったのじゃ?」

「こっち側に付いた天竜人も連れての撤退よ。今は他の魚人がネプチューン王に島の放棄を説いているわ」

「撤退はこの通りの制圧で察していたが、天竜人まで絡んでいるのか! やっかいな……っ」

 

 ヒナは海兵ではあるが、本部兵の中ではクザンやタキ、ビグル達に次いで黒猫に馴染んだ兵士である。

 しかもクロが聖地にいる時の定時連絡で、彼女がクロの秘書役を務めていた事は幹部全員が知っていた。

 だからこそ、今現状を最も把握しているのはこの少女であると誰も疑わなかった。

 

「マルコ殿、どうする」

「撤退しかねぇだろう。そっちの兵隊も大したもんだが、俺達と合わせて五百ちょっと。さすがにあの数相手には支えきれねぇよい! 天竜人が今も関わってんならなおさらだ!!」

「で、あるな」

 

 互いに逃げ場が限られる上、海軍には決して引けない理由がある。

 いかに『冥王』や『不死鳥』がいたとしても限度がある。

 覇王色を用いて敵勢を削ろうにも、守らねばならない魚人と入り乱れていては巻き込みかねないのだ。

 

「指揮権はマリーに預ける! タキは兵を用いてこの通りを確実に押さえよ! 海賊の如き連中は見るからに諦めが悪い! 更に押し寄せて来るぞ!」

 

「ええ、姉様!」

「承知致しました、ハンコック提督」

 

「ギャルディーノはその補佐を! ペローナも頼むぞ」

 

「ペローナ君の能力があれば少数でも防衛は容易い。任せるガネ」

「そいつは構わねぇが、さすがに向こう側にいる海兵共が全部迫ってきたら防ぎきれねぇぞハンコック!!」

 

「分かっておる。クロコダイル、働いてもらうぞ!」

「海兵を蹴散らせと?」

「たわけ、貴様に好き勝手暴れさせたら滅茶苦茶になるわ。ここは海底、本気を出せばどうなるか分からぬ」

「クハハハハ、道理だな。なら?」

「敵の視界を奪え。海賊のような連中は明らかに連携が出来ておらぬ。全てが個よ」

 

 クロコダイルは捕虜であり、だが同時にミホーク同様客将に近い存在であり、現在の黒猫において貴重な戦力である。

 

 故にハンコックはクロコダイルと何度も会話を重ね、何が出来るかをおおよそ把握していた。

 

「なればこそ、一度(ひとたび)崩せば自力で立て直すのはまず無理じゃ。こちらに向けて殺到する海兵に対して、ちょうどよい壁になろうて」

「倒す必要はないのか?」

「ヒナが――そこの海兵が申しておったじゃろう。島の王に撤退を説いておると」

 

 だからこそ、やろうと思えば戦況をもっと有利に出来るのは知っているハズだと問い掛けたクロコダイルは、思わぬ答えに虚を突かれる。

 

「お主が全力で能力を振るえるならともかく、この海底の閉鎖した空間で物量を持ってこられた以上、数で大きく劣る我等は撤退せねばならぬ」

「……そうだな。全滅させるには色々と厄介だ」

「そうじゃ。奴らは到着したばかりの様じゃが、様子を見る限り元から数では負けておった様子」

 

 クロコダイルにとって、黒猫という海賊――否、海賊団は興味深い存在だった。

 元々は古代文字(ポーネグリフ)を読めるニコ・ロビンを有しているだけの存在だと思っていた。

 だがミホークと親衛隊に敗れてその戦力に興味を持ち、更にはその戦力を運用(・・)してみせる組織体制は、クロコダイルという海賊にとって喉から手が出るほど欲しいノウハウであった。

 

 そしてここに、ある意味でクロコダイルの関心を引いた要素の集大成と言える海賊がいる。

 

「それでもここまで引けなかったのは、大勢を連れて引くまでの()がなかった事に加えて、おおかたゴネた民が多かったのじゃろう! 主殿が状況を拮抗させておる事の意味も分からずに!」

 

 黒猫海賊団第一艦隊提督、『海賊姫』ボア・ハンコック。

 

「ここで下手に拮抗させては事態を悪化させかねん。撤退の援護に専念せよ」

 

 ダズ・ボーネスや親衛隊同様、正しく黒猫海賊団の象徴である艦隊提督(・・)は、正しく戦場を見切っていた。

 クロコダイルにとって、親衛隊同様もしそんな機会があるのならば是非とも欲しい極上の『駒』だった。

 

「おいおい、それじゃあ俺もジッとしていた方がいいのかよい?」

「何を言うか、ここは白ひげの縄張りなのであろう? 面子を潰した相手に何もせぬわけにもいくまい。思うままに暴れよ。ただ――」

「機を見逃がすなってか、任せろよい!」

 

 青い炎に包まれて、鳥と化した男が飛び立つ。

 それに続くように、白髭海賊団の精鋭が雄たけびを上げて殺到する。

 

 狙いは比較的士気の高い海兵。

 蝋の壁によってやや制限されているが、逃げる者達のために入口は広めに作られている。

 それを塞ごうとしていた海兵が『不死鳥』マルコの――世界最強の海賊団の右腕率いる精鋭によって蹴散らされる。

 

「ハンコック嬢、我ら魚人戦力はどうする」

 

 それでも海兵は決死の覚悟で殺到する。

 なんとしてもこの魚人島を陥とす。

 天竜人への恐怖も混じった、不退転の覚悟――否、悲壮感をハンコック達は感じ取っていた。

 

 一刻も早くこの戦況になんらかの決着を付けねば種族の危機に繋がると、魚人開拓団のハックは戦意を高ぶらせている。

 祖国の危機。

 故郷の危機。

 そして魚人という種族に共存という新たな道を切り拓いて見せた男の危機に、どれほどの戦場だろうと飛び込む気であった。

 

「……今は待機じゃ」

「今は?」

「うむ。大通りから敵兵を一掃したら出入口を守り、魚人達の脱出の補佐に徹してほしい」

「脱出の補佐、ですか?」

「主殿やヒナは魚人の信頼を得たようじゃが、我らは違う。人間と見て敵と勘違いする者が出てもおかしくなかろう」

 

 そう、魚人は徐々に人間を理解し、僅かとはいえ魚人を理解する人間も現れた。

 だがそれは西の海のごく一部。

 黒猫が支配する領域のみでの話である。

 

「この暗闇だからのう。故に、お前達には脱出時に混乱が起こらぬように――あるいは混乱が起こった時に備えてもらいたい。これは魚人である、お主らにしか出来ぬ」

「分かりました」

 

 そうしてハンコックは、履いている靴の様子を確かめるようにコツコツとつま先で地面を蹴ってみる。

 

「レイリー、皆を頼むぞ」

「それはいいが、君はどうするのかね。指揮は妹君に任せるようだが?」

「決まっておる――」

 

 その視線の先にあるのは、遠くの方。

 

「わらわは、最初からこのためだけにここまで来たのじゃ」

 

 視界のその先では、今も氷塊が爆発のように膨れ上がり、それが一瞬で砕け散っている。

 

「主殿をこちらに戻す!」

 

 猫と雉が、戦っている。

 片や曲げられぬ物のために、片や何もかもが分からなくなったが故に。

 

「我らには――否」

 

 

「今こそ世界には、主殿が必要なのじゃ!!」

 

 

「それを邪魔する者は、誰であろうと蹴り飛ばしてくれるわ!!」




今回は現状確認、次回撤退戦開始
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