とある黒猫になった男の後悔日誌   作:rikka

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137:タガが外れた『世界』

 淡い明かりが、暗い海を割ってグングンと上昇していく。

 海を知り尽くしている魚人達の先導によって三隻の船が海上へと昇っていくのを、海軍はただ呆然と見送るしかなかった。

 

 最初からこの戦場にいた兵隊から天竜人が攫われている事を知らされるが、どうあがいても戦力が足りていない。

 黒猫率いる魚人戦力に加えて黒猫の主力艦隊に白ひげ一番隊、さらには冥王までいるのだ。

 仮に今から慌てて船を出して全軍で当たったとしても、絶対に天竜人を取り戻せるとは言えない。

 

 その上ここは魚人島。

 今から全艦を出発させて、果たして何艦が無事に追いつけるか。

 

「大将青雉」

 

 なにより一番の問題は、向こう側にいる天竜人は海賊クロと共に魚人戦力との停戦を訴え、そのための公文書まで作成している事実であった。

 今大事なのは追撃よりも、本部に正しく状況を伝えた上で、この滅茶苦茶になっている部隊を今一度まとめ上げること。

 そう判断したメルセスは大将であるクザンに、とりあえず指示を仰ごうとし、

 

「どうか、ご指示を。現在我らは指揮系統が混ら――あいたぁっ!」

 

 その瞬間、走ってきたモイラによって軽いチョップを食らうのだった。

 

「アンタね! そういう話は私を通しなさいよ! 天竜人連れ去られてんのよ!? ちょっとでもここでポイント稼がないと私もアンタも殺されるか奴隷にされるんだから!!」

「も、モイラ様……」

「尉官は全員集まりなさい! この島をどうしたいかはさっき本部中将から確認取ったから作業に入るわよ! ほら! キリキリ案出してキリキリ私達の功績を積み上げなさい!!」

 

 ビシッ、ビシッとチョップを繰り返しながら、モイラはメルセスを引っ張ってクザンから遠ざける。

 

「わ、わかりました! わかりましたモイラ様!」

「元々の連中をまとめ上げておくのよ! 船を出すにせよここを確実に押さえるにせよ、本部が持ってきた物資を把握しなきゃどうしようもないでしょ!!」

 

 それほど力は込められていないものの、何度もされるとさすがに痛むのだろう。

 メルセスは軽く頭をさすった後、敬礼して小走りしていく。

 

 その背中を見送り、モイラは小さくため息を吐く。

 

「まったく、これだからいいトコのお嬢ちゃんは……っ」

 

 

 

「男ってのは、面子がなきゃ立ち上がれない生き物だっていうのに」

 

 

 

 本来ならば不敬なのだろうが、大将青雉に背を向けたまま。

 

 決して、視界に入れないように。

 

 決して、何も聞かないように。

 

 

 

「不用意に触るんじゃないわよ」

 

 

 

「……あまりに残酷じゃない」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 嗚咽が零れそうになるのを、耐えるのに必死だった。

 涙が零れないように、耐えるのに必死だった。

 

「……ごめんな、クロ」

 

 脳裏をよぎるのは、あの時の光景。

 自分が引き金を引いてしまった、地獄の始まり。

 

―― もはや、これまで……っ!

 

 目の前で子供の氷像が砕かれた。

 鉛玉で。

 あの下品な金色の銃から放たれた下品な弾で、砕かれた。

 それを見て弾が当たったとはしゃいでいる下品な貴族の姿に絶望した、ある中将がそう言った。

 

―― このような真似を許すは海兵にあらず!!

―― 立て! 真の海兵よ! 貴族を名乗る下劣な者を討ち取り、民を守れ!!

 

 その中将を中心に若い海兵達がまとまり、誰も予想していなかった戦いが始まった。

 

―― 馬鹿が、天竜人こそがこの世界!!

―― 反逆者を討ち取れ!! 撃ぇーーっ!!!

 

 海兵が民を守るために海兵を殺していた。

 海兵が貴族を守るために海兵を殺していた。

 

 クザンの必死の制止の声は、どちらにも届かない。

 この異常事態の中で、中だからこそ、兵達は目の前しか見えていなかった。

 

 倒れてしまった民の姿しか。

 世界の秩序を否定した裏切者しか。

 

―― ちくしょう! これが世界政府のやることか!!

―― 皆、武器を取れ! 海兵を追い出さねぇと皆連れていかれる!!

―― 奴隷にされてボロボロに使い潰されるくらいならば、一人でも殺して死んでやる!!

―― 戦え! 戦って妻を! 娘を取り返すんだ!!

 

 民衆もまた立ち上がる。

 日々の暮らしで使う物の中で、人を殺し得る物をかき集めて海兵に襲い掛かる。

 それから身を守るために、守るべき民を海兵は殺さざるを得ない。

 

 正義の服が、血に染まっていく。

 

 それをクザンが必死に止めようとしている時に、その背後で銃声が響いた。

 クザンのすぐ近くでだ。

 

―― ぜ、全部……っ、全部! お前が悪いんじゃないか!!

 

 若い兵士の一人が、震える腕で、ライフルの引き金を絞っていた。

 

―― お前らさえいなければ……っ!!

 

 そして天竜人はその醜く肥えた腹に赤く空いた穴を押さえながら、その場に崩れ落ちていた。

 

―― なにを……するんだえっ……おばえ達はわちきらをまもる……ぐぇっ!!。

 

 クザンが制止するよりも早く、周りの兵達がその身体に剣を突き立てる。

 次々と、次々と。

 まるで挽肉でも作るかのように何度も何度も刀剣を突き立てる。

 

―― ちくしょう、もうおしまいだ!

―― 天竜人を全員殺せ! 事故で死んだ事にするしかねぇ!! 一人も残すな!!

―― 止めろ! おい、そいつらを殺せ! 殺した奴を天竜人に捧げるしかねぇ!

―― 違う! 待て、俺は何もしていない! 違うんだ止め――っ

 

 もはや秩序はどこにもなかった。

 誰かを殺さなければ生き残れない。

 目の前の武器をもつ相手を殺さなければ生き残れない。

 

―― 大将、指示を!!

 

 煙になる能力を持った、若い兵士が叫んでいる。

 

―― 頼む指示を出してくれ!!

 

 民衆に鋤や鍬を突き立てられた、恐らく戦友だったのだろう兵士の身体を必死に守りながら引き摺って、その海兵が叫んでいる。

 

―― 俺達は!!

 

 誰がどこから撃っているのかも分からない、銃弾によって煙の身体を穴だらけにしながら叫んでいる。

 

―― 俺達は! いったい『何』と戦えばいいんだ!!!?

 

 その必死の懇願が、慟哭が、クザンの耳に今もこびりついている。

 

「ごめんな……っ、クロ」

 

――『まだ、お前から教えてもらいたい事が山ほどあるんだ』

 

 あの日、海賊の身で全てを解決するために、単身聖地へ向かう事を友が決意した日の事を思い出す。

 

――『死ぬ気でこの海を守ってやる。だから……ちゃんと帰って来い』

 

「やくそく! したのに!!」

 

 そして、もう駄目だった。

 周囲に人はいない。

 さっき後ろで騒いでいた女が全員を連れて行ったのだろう。

 人の気配がなくなった事で、もう駄目だった。

 

 膝を突いて、大将の立場も役目も忘れて、一人の男として泣きじゃくっていた。

 

「なにも! ――っ! なんにもまもれなくて!!」

 

 

「ごめんな゛ぁ……っ……!!」

 

 

「クロ゛……っ!!」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「クロ殿、先導は引き続き開拓団が担当する!」

「ありがとう、ハック。アーロン、ジンベエ、海上に出たらまず怪我人をそれぞれの船に移すぞ」

「今はただのすし詰め状態だからな……。わかったぜ、すぐに動けるように仲間を集めておく」

「ならば、儂は王国軍の軍医に伝えておこう。追撃にも備えねばなるまい」

 

 どんどん遠ざかる魚人島の灯りを見ながら、指示を出す。

 最低限の方針を立てておかなくちゃ、即席の混成艦隊なんてどんなトラブルが起こってもおかしくねぇ。

 

(……クザン)

 

 だけど、どうしても意識が海の底に引っ張られる。

 多分今頃魚人島の占領を進めているんだろうが……。

 

――『政治は俺とセンゴクさん達でなんとかしてみせる。だから、その間現場を頼む』

 

 そうは言ったし、実際そうできる自信はあった。

 政府が政府足りえると証明するには、海軍との関係改善が間違いなく必須事項だったからだ。

 せめて形だけでも、状況を整えて見せる自信はあったのだ。

 

(それが、このザマか……)

 

――『必ず、必ず事態を好転させてくる』

 

「悪い、クザン……」

 

 本当ならばあの時、覇気をぶつけ合うよりもしなきゃいけなかった事があった。

 

「本当に……すまない」

 

 謝りたかった。

 自分がもう少し視野を広く持っていれば。

 正しく天竜人を量っていれば。

 正しくシキの狙いを、すぐに読み解いていれば。

 

 きっと、こうはならなかった。

 タガが外れる直前で、踏みとどまれたはずだ。

 

「約束、破っちまった」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「っ!? 主殿!!」

 

 突然、体の力が抜けたように倒れかけたクロの身体を、咄嗟にハンコックが抱き留める。

 

「ハンコックちゃん、キャプテンは!?」

 

 思わずかつての呼び方でアミスが問い掛ける。

 慌てて駆け寄る彼女や親衛隊の面々をハンコックは手で制し、

 

「大丈夫。……気を失っただけじゃ、溜まっていた疲労が噴き出したのじゃろう」

 

 ハンコックはクロの腰に下げられている十本の刀――が付けられている手袋を鞘ごと外して、クロの身体をアミスへと預ける。

 

「アミス、主殿を頼む。わらわの部屋を使ってくれ。しっかりと身体を休ませねば」

「ハッ」

「すまぬな。叶うならば目覚めるまでわらわが寄り添いたい所であるが……白ひげや魚人達がおる以上、万に一つもモタつくところは見せられぬ」

「……敵対する可能性があると?」

 

 アミスが声を細めてそう問うと、ハンコックは首を横に振ってそれを否定する。

 

「いや。主殿がヒナ達と共に奮戦したおかげで、我らは魚人・白ひげ双方に貸しを付けた形となっておる」

 

 かなり重いクロの武器を、側にいた違う親衛隊へと預けて彼女は続ける。

 

「じゃが、一応戦いは決着したとはいえ天竜人に捕虜や魚人の扱いなど、解決せねばならぬ問題が山積みのままじゃ。それには主殿の手腕がまた必要になるが……」

 

 クロは完全に熟睡していた。

 ハンコックが咄嗟に受け止めた時にズレた眼鏡を、アミスが慎重に外して胸ポケットにとりあえず仕舞い、クロの身体を抱き直す。

 

「その時までの間に我らがモタつけば、主殿が積み上げた信頼や貸しに傷を付けてしまうやもしれぬ。あるいはその傷が主殿の足を引っ張ってしまう可能性があるのならば、油断は許されぬ。親衛隊の皆にも気を引き締めよと伝えてくれ」

 

 武器を用いた戦いは終わったが、本当の意味ではまだ終わっていない。

 だからこそ、下手に気を緩める――緩めすぎる者が出ないように目を光らせておく必要があるとハンコックは判断したのだ。

 

「了解しました。……確かに、総督と無事に合流出来たために親衛隊も少し浮かれています。部屋に寝かせ次第、すぐに」

「うむ。それと、念のために医師も一応頼む」

 

 慎重にクロを肩に担いで、アミスが敬礼して去っていく。

 周囲の兵士達はタキの指示で後方の警戒や舵取り、収容者の整理に動いている。

 捕虜だという兵士達も、手を貸してくれていた。

 

「ヒナ、主殿は捕虜交換を名目に海軍と直接交渉に当たるつもりであったのじゃな?」

 

 その動きにとりあえず満足したハンコックは、側に控えさせていた海兵――クロが信頼している少女に確認を取る。

 

「ええ。そのための書類や文書はすべてネプチューン王が。さっきジンベエ君に確認取ったけど、ちゃんと全て持ち出しているわ」

「例のスキッパーなる政府側の将は?」

「魚人の軍医の話だと、まだ油断は出来ないけど落ち着いてきたそうよ。あとで『不死鳥』の力を借りれば、もう少し安定するんじゃないかしら?」

「むぅ、ならば海上まで様子見か。であるならば、協力的な捕虜達は良いとして……残る問題は天竜人じゃな……」

 

 クロが保護を約束し、その対価として公文書の作成に協力した天竜人の家族。

 聞けば幼い娘までいるという。

 

 幼い子供を連れて家族で奴隷狩りに勤しむ天竜人の下劣さに寒気に近い物を覚えながら、ハンコックは今後の展開を考えていた。

 

「おそらくは主殿がその応対に当たっていたと思うが、緊急時の代理の者等はおらぬのか?」

「……スパニエル君ね。クロが動けない時は彼が応対していたわ」

「その者は今どこへ?」

「それこそ、天竜人が乗っている船に残っているハズよ。最後の戦いの時には、あそこの甲板で砲撃を担当していたから」

「ふむ」

 

 現在海上を目指しているのは三隻。

 クロが乗ってきた元奴隷船に、今クロやハンコックが乗っている第一艦隊旗艦、そして白ひげの船だ。

 

「海上に上がり次第、その者に天竜人への状況説明を頼みたい。とりあえずの窮地は脱したと」

「親衛隊じゃ駄目なの? 礼儀作法はキチンとしているし、貴族や王族への応対も慣れていると思うけど」

「親衛隊は元々あ奴らに買われる所じゃったと聞いておる。万が一を考えれば、あまり顔を合わせるべきではなかろう」

「……っ、そう。そうね。わかったわ」

 

 海兵の身でありながらすっかり黒猫という海賊の敬礼に慣れたヒナが、ハンコックに上官に対する様にその敬礼をして船室へと姿を消した。

 

 それを苦笑と共に見送り、周囲の兵士達の働きが生むざわめきの中でハンコックは振り返る。

 

「…………たわけ」

 

 さきほどまで、クロが見ていた光景を見るために。

 

「あの時、申したではないか」

 

 気が付けば夜空の星程の輝きになった魚人島の姿に、

 

「主殿の友が、不景気な顔をするものではないと」

 

「そう、申したではないか」

 

 

 

 

「たわけめが……っ……」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 目が覚めた時にはとっくに日が昇っていた。

 半日ほど寝ていたのかと思いきや、聞けば二日も寝ていたようだ。

 

 第一艦隊旗艦の提督室のベッドに転がされていたおかげで体はかなり休められた。

 程よい固さのベッドで寝ること自体もう久々だったから、雑魚寝している他の者には悪いが助かった。

 

「顔を合わせる暇がなかったため、改めてご挨拶を。黒猫海賊団総督、キャプテン・クロ。先の戦闘でのご助力、真に感謝いたします。不死鳥殿」

「おう、知っているとは思うが白ひげ海賊団一番隊隊長のマルコだ。マルコでいい。それに礼を言うのはこっちだよい」

 

 とにかく、目が覚めた上にある程度疲れが取れたのであれば、すぐに方針を決めなくてはならなかった。

 それまで天竜人の世話をやってくれたスパニエル一等兵とバトンタッチして彼らに諸々の説明をしてから、白ひげやリュウグウ王国の人間と会談を用意。

 

 その場として選んだのは、白ひげのマルコが乗ってきた船だ。

 

 ネプチューン王を始めリュウグウ王国のお偉いさん数名にアーロンやジンベエ、イッショウ。

 俺達からは幹部勢+ワニに冥王、そしてアミス達親衛隊数名にヒナやワイアード、さらに捕虜の面々も一部連れてきている。

 

 …………。

 

 うん。居づらいよね、捕虜の面々は。

 面子がどう考えてもヒデェもん。

 

 ごめんね、ホントごめん。

 

 でも状況が状況だから、何か海軍の動きに疑問が出た時すぐに質問できる位置にいてもらわないと困るんだよ。

 一々聴取するのも手間だし。

 

 幸い、捕虜達はTボーン少佐がまとめ役として落ち着かせてくれている。

 スモーカー君やドール曹長ら、協力的な兵士――いや捕虜の皆はそもそも協力的なんだが……色々情報量が多そうな面々を連れてきている。

 

「お前さんの奮戦がなかったら、どれだけ犠牲が増えていたか……本当に、白ひげを代表して礼を言う。助かったよい」

「……ちなみに、白ひげの本隊は?」

「ああ、連絡がついた。今こっちに向かっているよい。どうにかビッグマムの艦隊は退けられたようでな」

「足止めされていたのですか」

「ああ、結局最後は自滅したようだが……クソ、やっかいな女だよい」

 

 ハンコックとギャルディーノに目配せをすると、二人揃って小さく頷いた。

 ああ、だろうな。

 実際に取引があったかどうかはともかく、ビッグマムの出陣に政府がなんらかの形で絡んでいるのは間違いないだろう。

 

(どれだけ白ひげ海賊団が兵を出したかは知らんが、それを足止めできるだけの戦力を同じタイミングで用意しても間に合う訳ねぇからな……)

 

「自滅となると、食い煩いでしょうか?」

「……よく知ってたな。そうだ、食料そのものは相当持ってきていたようだがオヤジとあんだけ長く戦ってりゃな……最終的に自分の子供達ごとめったやたらに周りの船を襲いだした所をオヤジが吹っ飛ばしたとよ」

 

 ……となると、当面の間ビッグマム海賊団は動きが取れないだろう。

 気になるのはカイドウの海賊団……名前なんだっけか? とにかくそこの動きと……。

 

「では、新世界側での海軍の動きは?」

「……ヒデェもんさ。天竜人のせいで滅んだ国がわんさか出てるよい。働き手や女子供を連れ去られた国が、さらに半端者の海賊に襲われて残ってたもんすら奪われる――なんて事がアチコチで起きている」

 

 ネプチューン王達魚人組が顔をしかめている。

 ……複雑だろうな。

 事実上敵だと思っていた人間種族が、まさにかつて魚人が受けて来た所業に晒されている。

 

 そしてそれをやっているのは、ある意味で怨敵といっていい天竜人。

 先の戦いでの暴走、勝手な処刑に督戦隊、挙句同胞であるハズの天竜人からの停戦要請の無視と色々見たからなぁ。

 

 こっちの天竜人が比較的落ち着いているから、実は向こうの連中が異常なだけなんじゃないかと思いたい。

 四、五歳くらいの女の子なんて、倒れた俺の事気遣ってさっき労いの言葉までくれたっていうのに。

 

「その動きに、海軍は追従を?」

「……まぁ、色々だ。天竜人の言うがままに略奪の尖兵になるのがほとんどだが、中には非加盟国に軍艦ごと降った連中も出ている。基地占拠して離反とかな」

 

 ただでさえ顔色の悪いTボーン少佐が、更に顔を蒼褪めさせている。

 まぁ、無理もない。その隣のヒナも。

 俺があの酒場で話した最悪の予想図がまんま形になっている訳だからな。

 

「クッハハハハハ!!」

 

 なお、この状況でめっちゃ楽しそうな方がお一人。

 

「正義を謳う海軍が略奪蛮行とは……クハハハ、世界政府も堕ちたもんだ」

 

 クロコダイル君クロコダイル君。

 この悲壮感漂う会談の場で飲む酒は美味いかい?

 

 …………。

 

 美味いんだね。うん、そうか。そうだね。

 アミス、いいからお代わり出してやって。

 ヒナ、睨むだけじゃなくて普段俺によくやってるローキックかましてやれ。

 

「マルコ殿、加盟国はどうなのじゃ? 離反する国も出ると主殿は予想しておるのじゃが」

「ああ、当然出たよい。まさに今、あっちこっちで戦争中だ。政府からの離脱・独立のためにってな」

 

 だろうなぁ。

 

 …………。

 

 魚人島で戦った海兵達の様子からして、こりゃあ、多分……。

 

「クハハ……。さて、政府が元の勢力に戻るまでに、海兵がどれだけの民衆を奴隷にするか――」

 

 

 

 

「「いや」」

 

 クロコダイルの楽しそうな言葉を遮るように、俺とハンコックの声が重なった。

 目が合う。

 

 そうか、お前もそう考えたか。

 

「その……ヒナやTボーン達海兵の者には辛い話であろうが……」

 

 俺が倒れている間に、ハンコックは捕虜ともコミュニケーションを取っていたのだろう。

 ハンコックがTボーンや、その左右を固めているスモーカーやドールに向けてポツポツと口を開く。

 

「ああ、そうだな」

 

 ハンコックに代わり、俺が断言しよう。

 

 

「そもそもこの戦争。各地の海軍はそのほとんどが……」

 

 

負ける(・・・)ぞ」

 

 

「それも、再起できるかどうかわからない程のボロ負けだ」

 

 

 俺の言葉にハンコックが頷く。

 それに対して他の面々は大なり小なり驚いている。

 落ち着いているのは親衛隊とレイリー、イッショウくらいか。

 

 ……意外だったのは、ギャルディーノも驚いていない事だ。

 ハンコックの下で艦隊参謀やっているから、原作よりも視野が広いのかもしれん。

 

 結果論だがいい拾い物をしたな、重宝しよう。

 

「……馬鹿を言え。確かにズタボロになったとはいえ、世界政府に残った加盟国は多い。兵隊もだ。それに個々の戦力も……」

 

 クロコダイルの言葉は正しい。

 純粋な国力、兵力ではやはり世界政府は圧倒的だ。

 

――だが、

 

「そうじゃ。だからこそ、その大軍を万全に支えるには不安が出る程の土地と労働力を失ったハズじゃ」

 

 そうだ、ハンコックの言う通りだ。

 

「政府はこれまでの諸々が広く知らされた以上、意向に反する者に向けて武力を振りかざせるという恐怖政治に頼るしかまずあるまい。それには必ず軍の力が要る」

 

 だからあの下品な兵隊を編成したのじゃろうと、そう言いながらハンコックは白ひげから借りたという大まかな世界地図を広げる。

 

 その地図に、俺を真似たのかボードゲームの駒を一つ一つ置いていく。

 

「軍の力が要るという事は、それを支えるだけの『物』が要るということ。食料、武器、衣類。それらを生産するだけの労働力か、購入する金。そしてその生産や売買を可能とする土地」

 

 俺がぶっ倒れている間も、情報収集を欠かしていなかったのだろう。

 恐らく離反した島や国を示すそれを、次々に置いていく。

 

(捕虜とコミュ取ってたのは、海軍の動きをある程度把握するためか)

 

 ハンコックの奴、本当に頼もしくなったな。

 

「まずはそれを取り戻さねば、ただでさえ揺れておる軍がさらに揺れ、兵が激減しかねん。ならば政府が真っ先に狙うのは、より広大な土地を持つ大きな島じゃろう」

 

 ハンコックがチラリと捕虜の皆に視線を寄こすと、何人かが不承不承に頷く。

 ……多分、頷けなかったのは小さい島の攻撃に加わった者なんだろうが、それは更にヤバい事を示している。

 天竜人というエラー因子のせいで指揮系統が乱れて、攻撃が散発的な物になっているという事だ。

 

(魚人島にいた海兵達の服の汚れ方は、間違いなく土埃によるものが多かった。種類もバラバラで、海の上で付くものではない。そして魚人島の物とも違った)

 

 間違いなく、それぞれがバラバラに長く陸戦に従事していた証拠だ。

 となれば――

 

「だったら、それを陥とすのに時間がかかって作戦が遅延するっていうのか?」

「……確かに、それもあるのじゃが……」

 

 さすがにこのよく描かれた地図も、完全に正確というわけではないだろう。

 偉大なる航路(グランドライン)の島々に至っては島と島の距離すら怪しい。

 

 だが、その地図に描かれたかなり大きな島々に全員の視線が集まる。

 

「つまり、ですね。サー・クロコダイル」

 

 ハンコックが駒の角で、大きな島に×を付けるようになぞる。

 

「今この瞬間、多くの海兵が各海で散発的に――」

 

 その中心点を探るように、だ。

 

 

「長大な補給線(・・・)を要する陸戦を強いられているだろう、という事なのです」

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