とある黒猫になった男の後悔日誌   作:rikka

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濃度が薄いかもしれん……


138:手綱なき混迷

 陽が傾いてからそれなりの時間が経つ。

 冷たい風の影響を少しは防いでくれていた日光の温かさが弱り始め、進軍する海兵達の身体を更に冷やしていく。

 

―― ちくしょう、水……せめて水だけでも……。

―― しっかりしろ。地図が確かならもうじき村がある。農村なら井戸くらいはあるだろうさ。

―― どうしてもキツいなら、石ころかなにかしゃぶってろ。唾液が出て来て渇きは誤魔化せる。

 

 離反した国の制圧のための緊急出撃。

 それが二週間前に政府から受けた命令だった。

 

 サウスブルー第271基地の防衛戦力を残した全軍――二万の兵士で出撃し、出入り口となる港街を落としたのが十日前。

 近隣の村を陥とし、長い長い平地を歩いて首都を目指す。

 

 すぐに終わると思っていた戦いは、まったく終わる気配が見えない。

 それどころか、進軍を開始してたった五日で補給が滞り始めていた。

 

 部隊の人間も昨日から水しか口にしていない。

 

(……せめて、昨日キチンとした補給を受けられていれば……)

 

 この部隊の指揮官である大佐は、暗い顔を隠すように帽子を深く被り直す。

 

 本来ならば自分達に食料や水を渡す予定だった補給部隊は壊滅していた。

 

 ほぼほぼ徒歩で進軍している自分達同様、重い荷物を荷車などで必死に運んでいた部隊が、この国の騎馬部隊による強襲を受けたのだ。

 退路を見失い、こちらに身一つで落ち延びて来た兵士――碌に装備を持たず、周囲からどこか白い目で見られている者がそう証言した。

 

 荷車は全て火を付けられ、燃やされたという事だ。

 もはや手持ちの食料はとうに尽き、飲み水にすら困る有り様。

 

 それどころか薪すらない。

 先日から凍える夜を、まだ何も植えられていない農地の柵などを壊して火を付け、それでどうにか暖を取る始末。

 

(なぜだ)

 

 いや、そういう大佐にも薄々分かっていた。

 

(なぜ、こんな世界になってしまったのだ……)

 

 認めざるを得なくなっていた。

 

 最初からそうだったのだ。

 

 ただ見ていなかっただけで。

 ただ隠されていただけで。

 ただ目を逸らしていただけで。

 

 自分たちはこういう世界の上に胡坐をかいていたのだ。

 

「た、大佐!」

「伍長、どうした」

 

 先行偵察していた伍長が慌てて戻って来た。

 土地勘に乏しい自分達にとって最も恐ろしい奇襲伏兵を警戒してのものだ。

 

 先日の補給部隊のように、予想だにせぬ攻撃は全力で警戒せねばならなかった。

 なにせ、自分が指揮している半数近くは訓練途中もいい所の新兵ばかりだった。

 

「む、村が――」

 

「目標地点の村が!!」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「補給……線……」

 

 どこかぼんやりとした様子で呟くクロコダイルに、ハンコックが頷いて答える。

 

「先日のスーペリア制圧の後、其方(そなた)は港町――『パウザーニア』じゃったか。そこの整理と、すでに戦線を構築していた対山賊戦しか経験していなかったな。……うむ、海賊であればこそピンと来ぬかもしれんが……」

 

 クロコダイル。

 原作で二度も主人公に勝ったとんでもねぇ奴だが、この男は海賊だ。

 本当の意味での戦争をしたことがない。あるいはほとんどない。

 それも大体は略奪のための短期戦か、あるいは海軍艦の追撃戦への対応が主だったろう。

 

 対してハンコックは島攻めから防衛戦に加えて都市整備計画にまで参加して、かつ海賊連合事件では広範囲の艦隊防衛戦に復興活動と多種多様な活動を経験している。

 

「特に(おか)において、大量の物資を長期間継続的に輸送するというのは……正直、大将戦の方がマシだと思うくらいに手間暇と気配りが必要なのじゃ」

 

 深度はまだまだ足りないだろうが、十分艦隊の提督に相応しい経験と実績がある。

 

「ある程度街道が整えられた自領でも苦労するのじゃからな。それが上陸制圧戦ともなれば、まずそもそもの土地勘がなかろう」

「……どこを通って輸送するか、が問題なのか」

 

 クロコダイルも、先ほどまでの侮りはない。

 明確に何かを学ぶ姿勢になった。

 

「真っ直ぐ最短で行ければいいが、大抵そう上手くはいかぬ。その上主殿が申した通り、間違いなく補給線は長大な物になっておる。土地勘のある者からすれば、奇襲も容易かろうて」

 

 借りた地図に書きこむわけには行かないとハンコックは地図を裏返し、白紙の所に一定の間隔でゲームの駒を置いていく。

 

「短い距離ならば一定の距離ごとに防衛陣地を設け、騎馬兵を備えておくという手もあるが……あまりに長すぎれば兵が足りず、なにより海軍ではそのような用意はあるまい」

「陸軍は? さすがに馬くらい用意しているだろう?」

「……西の海だけかもしれぬが、あ奴らも軍というよりは警察機構に毛が生えた程度であった。期待は出来ぬし、何より……」

 

「――馬はめちゃくちゃ食うぞ、クロコダイル」

 

 ペローナがハンコックの言葉を補強する。

 

 ウチはハンコックだけではない。

 ウチは略奪しかできないような海賊団ではない。

 

 皆で色々な経験を積んできたのが黒猫という海賊団だ。

 

「ホントに良く食うんだ。一頭が大体人の十倍くらいはな。だから西に残ってるミホークとロビンが、テゾーロとかビグルらと一緒に牧草地の面積をどれくらい拡張するか算盤弾きながら悩んでんだよ」

 

 そして、だからこそ多方面から状況を見れるのもウチの大きな武器だろう。

 

 奴隷解放の強襲を繰り返しながらの生産業務。

 ミホークやハンコックが行動を共にするようになってからのモプチ解放戦とその復興、拡張。

 海賊連合事件における広範囲の防衛戦と本格的な艦隊運用。

 そして俺がいない間に起こった西海海戦にスーペリア・リガロ制圧戦。

 

 どれもが苦難の連続で、だが乗り切ってきたのが黒猫だ。

 

「ペローナ君の言う通りだガネ。そうなると陸上での輸送のために、飼い葉を始めとする莫大な量の物資を更に追加しなければならない。広範囲で散発的に戦闘を拡散させている海軍に、それが可能な輸送力が残っているか(はなは)だ疑問だガネ」

 

 起きたばかりでどのタイミングで仲間になったかは知らないが、ハンコックの艦隊運営を支えていた男の言葉は的を射ている。

 間違いなく、現政府戦力は根本的な輸送能力がまず足りていない。

 

「ついでに言えば、進軍する側も自軍の補給能力を正しく把握しておらぬと進軍しすぎる。重い荷を負うた補給隊が一日の内に届かぬ所まで行く事もある」

 

 ハンコックが、妙に実感の籠った声でそう言う。

 

「……なにか、あったのか?」

「ミホークらが進軍しすぎてな。おかげでロビンを一日とはいえ飢えさせてしもうた」

 

 さすがのミホークも反省しておったがの、というハンコックの言葉を、クロコダイルや海兵組が真剣な顔で聞いている。

 ただし、海兵側は顔色が悪い。

 

「馬を使えたとしてもそうなのじゃ。歩兵主体で運ぶのならばとてつもなく膨大な人員が必要になるし、それを行うのであれば、その分大量の糧食がいる上に距離は伸びぬ。……解決するには一つしかないが……」

 

 スモーカー君達は、解決できるのか? という顔になるが……。

 ヒナは察したようだ、尚更顔色が暗くなる。

 

「侵攻した先の町や村からの調達か」

 

 海賊らしいクロコダイルの回答に、想像していた面々が頷く。

 

「馬鹿な! 海兵なんだぞ!? それが民衆から……」

 

 スモーカー君がそう叫ぶが、

 

「だがもはや敵国だ。しかも部隊が飢えれば判断は鈍る。というか、贅沢は言っていられない」

 

 飢えは本当に辛いんだ。

 食えない事は本当に辛い。

 

 そして軍隊は食うのが仕事と言われるくらいに消費が激しい。

 作戦行動中なら尚更。

 

 俺達が屯田兵なんていう、海賊としての機動力に枷が付く方策を採用している最大の理由でもある。

 

「そして国とは、多かれ少なかれ飢えと戦ってきている。その辛さも十分知っているだろう」

 

 

 

「――ならば、戦線がある程度伸びた辺りで……」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「これはどういうことだ!!?」

 

 伍長からの知らせを受けて、大佐は空腹と渇きで足が止まりそうになる部隊に鞭を入れて急行した。

 

「し、知らねぇよ! 俺達も今着いたばっかりだ!」

「ちくしょう! ようやく食い物にありつけると思ったのによぉ!!」

 

 先行していたのは海賊崩れ――政府が急遽掻き集めた私掠艦隊の兵達だった。

 そこに居るいざという時の処刑役を担う特別将校――すなわち政府から送られてきた(にわ)か将が顔を蒼褪めさせて狼狽えている。

 

「ほ、本当だ! 我らは何もしておらぬ! やっと見えて来た村が燃えている(・・・・・)のを見て急いで駆け付けたのだ!」

 

 恐らく、私掠兵を含めた大軍で進撃すればそれだけで勝てると思い込んでいたのだろう。

 上陸した頃は上からの立場で歴戦の将校にあれこれ言っていた男は顔を蒼褪めさせてもたついているだけだ。

 

(なんという拙さ。なんという不甲斐なさっ。これが、海軍の将だと宣うのか……っ!)

 

「おい、急いで消火だ! 井戸を探せ!! 農村ならば確実にあるはずだ!!」

 

 今すぐ火を消さなくてはならない。

 この様子では使える物など何も残っていないだろうが、せめて夜風を凌げる場所を少しでも確保しなければならない。 

 

「大佐!」

「どうした急げ!」

「井戸が打ち崩されております! 完全に埋められており、掘り起こすには時間が!」

「なんだと!!?」

 

 突然の報告に、だが考えてみれば当然だと大佐は頭を振る。

 

「えぇい、ここは農村! 一つだけではあるまい! 探せ! 村人も逃げるための時間が必要だったのだ! 被害が軽微な物はあるはずだ!!」

 

 このままでは最悪火が燃え広がり、ようやくここまで来たのに撤退しなければならなくなる。

 なんとしても、消火だけはせねばならない。

 暴力を振るう相手がおらずオタつくばかりの私掠兵は頼りにならない。

 ここまで付いてきてくれた兵士達が走り回ってアチコチの井戸を探す。

 

―― 駄目だ、こっちも石で埋められている!

―― こっちは崩されているけど、どうにか水に……いや、駄目だ!!

―― ちくしょう、井戸に糞便が放り込まれてる! 消火はともかく使えねぇぞ!!

―― 水路も駄目だ! もっと上の方で堰き止められている!

 

 だが入って来る情報は、この戦争で海軍がいかに不利な状況に置かれているかを報せるものばかりであった。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「主殿に同意じゃ。そこまで不利な状況であれば、わらわでも全て燃やす」

 

 だよなぁ。

 

「普通の戦争ならばこういった焦土戦術は、無論民衆から反対される。故に国が強硬手段を取る必要があるが、今回は前提条件が違う」

 

 いやもうホント。

 俺の知る限りじゃあのモルガンズとかいう鳥野郎はザ・マスゴミってだけの印象だったんだが……。

 最悪のタイミングで最悪の暴露をしやがったな。

 

「敵海軍――すまん、失言だ。世界政府の軍勢は民衆でも容赦しないと思われている。命があっても連れ去られる。奴隷として己の生を使い潰されると確信している」

 

 海軍に投降すれば……いや、最終的な管理は政府に一任されるか。

 少なくとも民衆はそう考えるだろう。

 

「ならば村人も協力して、自分達の生まれ育った村を空っぽにして燃やすことにためらいはない。田畑を焼き、水手を切り、井戸を潰し、進軍する敵兵に寝床すら与えないように徹底的に燃やす」

 

 捕虜の面々の士気が滅茶苦茶落ちているが、正直に思う。

 おまえら、ウチに投降していて本当によかったなと。 

 

(もはや海兵は憎しみの対象でもある。しかも交戦協定なんてものが珍しいレベルの世界。投降が許されればまだマシなんだが……)

 

「村の規模や放火のタイミングによっては焼け死ぬ者も出るガネ」

「持ち運べなかった食料なんかを燃やされたら尚更な。そういうのは一気に燃えるぞ」

 

 タキ爺ちゃん達元海兵組は複雑な顔をしている。

 もし残っていたらそういう作戦に従事させられていた事への嫌悪と、海賊であるうちらの方が百倍マシな事への何とも言えない安堵か。

 

 安心してほしい、そういう真似をしなくていいように立ち回るつもりだから。

 兵士の手をそういう方向に汚させたら士気崩壊して、その後に関わるだろうしなぁ。

 

(CP使えばいいのにと思ったんだが……もう単純に手が足りないのか。どれだけの国でやらかしたんだ?)

 

「総督の言う通りでしょうな。なにより、そもそも物資が現地の島に届くかも疑問です」

 

 代々海軍に所属していた家系だからこそ、タキ爺ちゃんは今の海軍の不味さが良く分かるのだろう。

 そう、それなんだよ。

 多分政府が表の顔である海軍まで投入している最大の理由は。

 

「なるほどよい。確かにこっちの海でも、国にせよ基地にせよアチコチがバラバラに離反してまとまりつつある。つまり海軍共は、制海権を失いつつあるんだな?」

 

 まさに新世界の事を良く知る白ひげ海賊団のナンバー2の言葉まであれば確実だろう。

 ……これ、マジで海軍崩壊するな。

 今のままだと一年後には本部と偉大なる航路(グランドライン)の一部支部以外は地方軍閥になってるんじゃねぇか?

 

「はい。それになにより……レッドポート」

 

 裏返した地図の上に置かれた駒を掬い上げ、再び表に返す。

 そして世界の中心、聖地の側にその内の一個を置く。

 

「政府の致命的なミスは、魚人島を封鎖してしまった事です。……ネプチューン陛下」

「む? なんじゃもん?」

「恐らく魚人島の中には、魚人の特性を活かした運送業を営むものがいたのではないでしょうか」

「……うむ。後ろ暗い所もあるのじゃろうが、ウミットという者が多くの魚人を率いて儲けを出しておる」

 

 …………。

 

 あれ? 聞き覚えある名前だな。……どこで聞いたんだっけ。

 まぁいい。

 

「世界政府加盟国の中で、特に政府の要求に応え続けている王の大半は間違いなく裏組織との繋がりがあります」

 

 聖地内部の資料色々見たけど、どう考えても国としての収支から出せるハズのない金や物資が湧き出ていたからな。

 そういう時に限って火事とか山崩れなどの理由で人口が激減してたし、多分――

 

「ああ、俺達も知っているよい。適当な理由で国民減らして天上金の額を減らした上で、国民ではなくなった連中を売っ払って金や物資を得ている国があるってのは」

 

 ……証言まで出ちゃったか。

 出ちゃったかぁ……。

 マジかぁ。

 

 ネプチューン王とかジンベエとか目を剥いてるじゃん。

 アーロンは……それどういう感情? なんで悲しそうな顔で俺を見てんの?

 

「そういう……えぇと、その……物品(・・)()を行き来させるのにレッドポートは堂々とは使えない。万が一見つかれば政府は、仮に最終的な買い手だったとしても形式上対応せねばならない」

「……じゃあ、魚人島が……」

「自分達が乗っていたあの奴隷船も、リュウグウ王国を中継地にしていた形跡があります」

 

 実際使われていた証拠がバッチリ残ってた。

 あの船の調達時に、ヒナとワイアードが魚人島通過の手数料という項目がある帳簿を見つけ出している。

 ついでにギバーソンとかいう奴からの何かの領収書もあったけど、こっちは詳細が分からなかったな。

 

「恐らく政府は、帳簿上の数字が盛られた物であっても――つまり、多少目減りしても残った国からある程度金なり食糧なりを引き出せると思っているのでしょうが……」

「魚人島が封鎖されたために、そういった流通が死んでその国すら干上がりかねない。……なんともはや、世界政府とはなんじゃったんじゃもん」

 

 根底隠したまま歪な運用をした結果じゃねぇかな。

 原作的に二十年後に崩れるかその予兆が出るとなんとなく思ってたけど、マジで五年後にどうなっているかすら予想が付かねぇ。

 

「裏と一まとめだった国家財政の流れの破綻。これの修復を急がせるならばレッドポートを使うしかないのですが、魚人島での睨み合いの頃から封鎖の影響でレッドポートの物流も滞留。真っ当な国家にもすでに多大な影響が出ている事でしょう」

 

 Tボーン少佐も限界か。

 そりゃそうだ、どれだけ世界政府がアカンかボロボロ出て来るんだから。

 

「クロ、いいかしら?」

「なんだ、ヒナ」

「制海権がボロボロで、通常の物流網も碌に使えないというのは分かったわ」

 

 おう。

 

「でも、それは離反した国もほぼ同じじゃないかしら。周りには頼れないでしょう?」

 

 ……ハンコック、ステイ。

 ここは俺が言おう。

 

「周りには頼れないと言うが、手を出す国は必ず出て来る。まだ戦場になっていない国がな」

「……海兵が襲ってきてないのに?」

まだ(・・)な」

 

 そうだよ、海軍と世界政府の問題はとにかく信頼(・・)を失ったっていう所に集約するんだ。

 

「まだ襲ってきていない。だが隣国を制圧し終わればこっちに来るかもしれない。ならばその国は海軍が敗退するか、あるいは戦争が長期化することを望む」

 

 地図の上の適当な島と島の間に手持ちの白いナイトの駒を置いて、その前に黒のポーンを置く。

 

「だから必ず、輸送艦隊に狙いを絞って襲撃する。海賊とかに偽装してな」

 

 普段ならばそう簡単に崩される訳はねぇんだが……。

 

「今海軍は全方面に戦線を作ってしまっている。海兵達の証言からもそれは明らかだ」

 

 そうだね? って意味を込めて捕虜達を見ると――肯定も否定もせずに目を伏せてしまった。

 ドール曹長とスモーカー君だけはジッとこちらを見たまま小さく頷くが……。

 

「ならば恐らく、護衛艦隊の編成もままならないだろう。大本の物資にも不安があるが、それと同じくらい兵も船も足りないはず。今の海軍輸送隊は極めて無防備な状態にある」

 

 というか、足りてなかったから魚人島攻防戦に持ち込めたのだ。

 最初から兵や船が足りていたら、俺達が到着した時点でとっくに魚人は捕まって封鎖が始まっていた。

 

「最悪、本当に普通の海賊からも狙われるかもな。そして……ここからはまだ想像の段階だけど」

 

 一つだけ。

 一つだけ、俺達にとっても外れて欲しいが――多分始まっているであろう、とある懸念がある。

 

「ヒナ、これは連中が気付いていたらの話なんだが……」

「? 連中?」

「ああ。思い出してくれ」

 

 

 

「聖地は誰に、どうやって襲われた??」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 燃えている。

 自国の民が必死に育て上げた田畑が。

 

 燃えている。

 民が長い時間を掛けて、少しでも体を休めるために建てた家々が。

 

 燃やしている。

 自分の兵が、民が、自分の命令に不満を言わず、これまでの全てに火をかけている。

 

「陛下」

「海軍の侵攻は?」

「西部港湾、並びに南部の浜から上陸していますが、第三防衛線で動きが止まりました」

「……さすがに火は無視できなかったか。メイム率いる騎兵隊は?」

「敵の糧食を焼き払い、再び潜伏しております。第二陣に備えると」

「……馬には雑草を食べさせてか」

「ハッ」

 

 自分の兵士達が、空腹を耐えて国土を駆け回り、少しでも敵兵の力を削ぐために決死の覚悟で忍んでいる。

 

「必ずや野蛮な海兵共を鏖殺し、この国が政府の玩具などではないことを知らしめねばならん」

「周囲の国もそのつもりのようです。今朝方遠方で燃えていた海軍艦ですが、どうやら輸送船だった様子」

「隣国のどこかか。……善意ではなかろうが、大きな助けだ」

「ハッ」

 

 もうじき夜だ。

 燃え盛る村々の姿が更に分かるようになり、その様子で海軍の動きも少しは読めるだろう。

 

「陛下! 大臣閣下!!」

 

 (きた)る決戦を思い覚悟を固めている王の下に、近衛兵が駆け付けてくる。

 

「騒がしいぞ! どうした!」

「申し訳ございません、閣下。ですが、今すぐに報告すべき事態が」

「なにぃ!?」

「――どうした」

 

 すわ、政府軍が想定を超えて進軍していたのか。

 そう思い王が問いただすと。

 

「食料と武器です! 我々の物品ではない食料と武器が、中庭に大量に積まれてあります!!」

「なんだと!!?」

 

 今回の襲撃に於いて、最大の懸念は兵数と食料だった。

 数で劣る敵を壊滅させるために現在敵の糧食に狙いを付けているが、不安があるのは王国側も同じだった。

 

「量はいかほどか?」

「ハッ。現在収容を進めている民の分も合わせて、恐らく半年分はあるかと」

 

 国王と大臣は、思わぬ幸運に信じられぬ思いで顔を見合わせる。

 そんな所にそれほどの物資があるハズがないのだ。

 

「……政府の罠、だろうか?」

「そのような意味も猶予もないと考えますが……」

「……毒見役の侍女を呼べ。まずはそれが真っ当な物か確かめねばならぬ!」

「ハッ!」

 

 兵士が立ち去る。

 その背中を見送るまでもなく、王は大臣に。

 

「好機だ」

「はい」

「毒見を以て問題がなければ、まずは村人達から食わせよ。念のために少しずつ、場を別けてだ」

「直ちに指示を出します」

「うむ」

 

 

「それで問題がなければ兵士の腹を満たす」

 

 

 

「決戦に万全の状態で備えられるぞ」

 

 

 

 

 

―― ジハハハハハ……。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「魚人島のルートが残っていれば、たとえ金獅子という空路(・・)があっても大したことはなかった」

 

 赤い大地(レッドライン)で左右されている地図の上で拳を握って左右させる。

 

「自由な航路といえど、動かせるのは金獅子一人。例えば輸送用に巨船を作るとか方法はあっても、やり取りできる物資には限りがある」

 

 聖地で戦った時にアイツの船は見た。

 確かにデカかったがそれだけだ。単艦の輸送量は馬鹿には出来ないけど、大勢を左右するほどにはならない。

 

 ……ならないハズだったのだが。

 

「だが、これだけの物流の滞留に加えて海賊も激増するだろうこの状況下だ」

 

 どこもかしこも戦争と海賊で安全な海域は存在しない。

 全ての国家にとって、安全な航路の価値は跳ね上がっている。

 

「安全に、かつどこにでも行ける輸送能力という力が、個人のソレであっても極めて大きいものになった。その力でどこかの国の一助になれば、その国に対して金獅子一派は強い影響力を有するようになる」

 

 シキとモリアのお手製ゾンビ軍団と戦ったヒナや海兵達が、あの時の地獄を思いだして深いため息を吐く。

 中には顔を覆って壁にもたれかかる者も出ている。

 

 マルコや側にいる白ひげの海賊もシキを知っているのか、小さく「ヤベェな」と呟いている。

 

 …………。

 あり得る事だと見ているのか。

 

「もしシキが現状での自分の有用性に気付いていれば、ますます海軍に勝ち目は無くなる」

 

 仮にそうでなくても、海軍はボロボロになるだろう。

 政府のその後のアプローチによっては――

 

「あのっ!!!!!」

 

―― ? おん?

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 立ち上がったドール曹長の腕を、反射的に引っ張った。

 スモーカー君や、Tボーン少佐も押さえようとしている。

 

 ドール曹長も、自分が都合のいい事を言おうとしている事に気付いたのだろう。

 何かを続けようとした口を開けたまま、悔しそうに項垂れている。

 

(私だって、そう聞きたいのは山々だけど!!)

 

 クロが倒れた。

 アーロン君からそう聞いた時、自分でも驚くほどに取り乱してしまった。

 

 あのクロが倒れたのだ。

 大海賊や大将を相手に交戦してもほぼ無傷で生還し、その後の指揮すらこなして見せた男が倒れた。

 あれだけ大したことがない顔をしながら、気を失ってもおかしくない疲労を堪えて多くを救っていたのだ。

 

(どうにか出来ないのかって、思ってしまう! この男なら――! けど! これ以上は!)

 

「クハハハ、都合がいいな海兵。捕虜になっておいて『なんとかしてくれ』、か?」

 

 クロコダイル――いけ好かなさではスパンダインに並ぶ海賊の言葉に、ドール曹長もとうとう口を閉じ、下唇を噛みしめている。

 

「うむ、そうだな」

 

 その様子をみてここまで無言だった大海賊――海賊王の右腕が口を開く。

 

「クロ君は海賊だ。海兵と協力をしていたのは彼の目的に沿うため。その上で海軍は彼に多大な借りがあるのに、それをひっくり返して裏切った。……政府の命であろうともだ」

 

 ここにいる海兵の誰もが決して勝てない男の言葉に、すでにクロの兵士であるハズの元海兵ですら俯いてしまう。

 

「……レイリーの言葉は、正しくじゃな。我ら黒猫に利が無くては動く必要がない」

 

 冥王とハンコック提督の言う事は正しい。

 ここまで助けてくれたクロに、海軍をただ助けるだけの策を教えて欲しいだなんて口が裂けても言えない。

 

 スモーカー君もそれが分かっているのだろう。

 静かにドール曹長を地面に座らせる。

 

「どうなのじゃ、主殿? 海兵を救い、かつ我らが利を得る策はあるかのう?」

 

 そのハンコック提督の問いかけにクロは、そのままカップに入れた白湯を啜って一息をつく。

 

 

 そして、

 

 

 

 

 

 

「ある」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 俺が肯定すると、ドールだけじゃなくスモーカー君や他の捕虜、Tボーン少佐ですら立ち上がる。

 

 …………。

 

 ネプチューン王、アンタがここで立ち上がったら頭打つでしょ!

 

 ……ヒナ! お前はなんでそんな泣きそうな顔でこっちを見る!

 別に慰めとかで口にしただけの策じゃねぇよ!!

 しっかり組み立てた奴だから安心しろ!!

 

「策はある」

 

 パッと思いついた策は三つ。

 だけど一つはその後が不安、もう一つは戦力が不足している上に運に頼る要素が強い。

 

(ならば……)

 

「この状況だからこそ、打てる一手だ」

 

 そう、策はある。

 

「政府に打撃を与え、海軍組織に楔を打ち込み、魚人島の奪還への布石となり、金獅子への牽制となり――しかし海兵達の犠牲を大きく減らし、我らに利をもたらす策は……ある」

 

 あるんだが……。

 

 あるんだがなぁ……。

 

「ただし、これを実行するには、現時点での兵力では足りない。もし動くなら、白ひげ海賊団の協力がいる」

 

 全員の目が『不死鳥』へ、マルコへ向く。

 

 …………。

 マルコさん、その目は何。

 

「マルコ殿。敵である海兵への一助になる事を思えば、さぞ不快でしょうが――」

「ああ。いい、いい。そういうのは大丈夫だよい」

 

 ――え、いいの?

 

「ただ、なぁ」

 

 ただ、やはり思う所があるのか?

 

「お前さんには大きな借りがある。何をするかにも依るがオヤジも反対はしねぇだろうし、なんなら説得してみせるよい」

 

 ……思った以上に好感触だな、この人。

 正直あんまりキャラ把握していないんだけど。

 

「ただ、兵隊は戦えねぇ」

 

 マルコさんはそういうとため息を吐く。

 

「ビッグマムの艦隊との戦いが起こったばかりだ。そりゃ船動かすくらいは出来るが、今海軍と戦うのは正直厳しいよい」

 

 ……ああ、そういう。

 

「確かに私は兵力をお借りしたいとは思っていますが――」

 

 

「戦力は必要ありません」

「……? ああ?」

 

 

 

 

「戦わずに世界政府に致命打を与えます」

 




どこかで補足回か、インターミッションのリザルト回でアレコレ追加するかもしれません
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