とある黒猫になった男の後悔日誌   作:rikka

141 / 198
139:覇気の応用

『そうか、ネプチューン達は無事だったか』

「ああ、この間手配書が回ってた海賊が皆を守ってくれた。ほら、例の28億の。おかげで民間の魚人もほとんどは逃げきれたよい」

 

 隊長である『不死鳥』マルコは、今の時代の()()と船に積まれた電伝虫でやり取りをしていた。

 

「野郎、あの歳でとんでもねぇ海賊だ。海兵を自主的に投降させるわ天竜人を保護するわ、挙句にあの『冥王』を引き連れてるわ……滅茶苦茶だよい」

『レイリーが来ていたのか! グララララララ! あの小僧、そんなに面白ぇ奴だったか』

「ああ。一団を率いる身じゃなけりゃ、ウチの参謀役に欲しいくらいだが……」

 

 マルコが思い浮かべるのは、あの海底の島での白兵戦。

 陣を組み立て、規律正しく動くことで何十倍もの敵を効率的に無力化していく陣形戦術。

 

 あるいは自分とも渡り合うやもしれぬだけの武力を持ちながら、兵の指揮のみでそれをやって見せた異色の海賊。

 

『しかし、天竜人か。面倒だな』

「ああ。それなんだが『黒猫』が策を提案してきた。天竜人の問題と並行して、捕まってしまった魚人達を一人でも多く救う策だ」

『……ほう』

 

 受話器の向こうのその小さな呟きだけで、マルコには白ひげが面白そうに顔を歪めているのが分かった。

 見ているかのようにだ。

 

「さすがに電伝虫じゃ全容は話せねぇが面白い話だ。おまけに多数の魚人を引き受ける事になるウチにとっても利益がある。乗ってもいいと俺は――」

『グラララ、マルコよぉ。珍しく遠まわしな言い方をするじゃねぇか』

 

 

『必要なんだな?』

 

 

『俺の――この白ひげの兵隊が』

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「で、思ったよりも好感触だったよい。一応直接話を聞いてからっていう事だが……」

「となれば、こちらも今のうちに準備を万全に済ませておく必要がありますね」

 

 今現在親衛隊の面々が捕虜海兵はもちろん、マルコが引き連れて来た兵隊達からここら辺の島の話を聞いている。

 ミアキス達がその情報をまとめて簡潔な調書の形にして、俺達分析班の所に持ってきてくれる。

 

(さて、まず大事なのは相手方とメンチ切りあう場所の選別だな)

 

 利用するのは捕虜交換、並びに天竜人の解放の機会だ。

 今現在、世界政府は混乱している。

 離脱した国の制圧に無駄に兵力を割いた結果、まだ加盟している国の混乱を治めるだけの兵力もない。

 

(そしておそらく、各地の兵士は撤退すら困難な状況にある。……正確には進退の選択ができない、か)

 

 政府としては、一刻も早く領地を取り戻して農作業を始めとする労働に奴隷なんかを投入したいハズだ。

 全ての離反国を元通り傘下にしようとすれば、どうしても長期戦が避けられない。

 その間の軍事行動のためにも、早く生産力を拡大させる必要がある。

 

 だが、新世界ですら妙な新興海賊の目撃報告が上がっていた。

 おそらく国が雇った海賊か、あるいは海賊を偽装したどこかの国軍だろう。

 ならば狙いは、食料を始めとする物資か労働力とみていい。

 

 そういった連中が出たという事は、様々な理由で各島内も含めて海域が安定していない証拠だ。

 経済活動はおろか農業を始めとする生産にも影響が出て、結果治安が著しく悪化の一途を辿っているのは間違いない。

 

(こんな状況の上で新聞を通して情報が爆発的に広まっているのであれば、恐らくどこの島も民衆がパニックになり物価が爆発的に高騰している。特に食料や水は)

 

 軍隊は飯がなきゃ動けない。

 当然だ。

 

 そして民衆も飯がなきゃ働けない。

 当然だ。

 

 だからこそ――

 

「マルコさん、ちなみに物資のほうは確認できましたか?」

「おう、そっちは大丈夫だよい。なんでもビッグマムん所の馬鹿みたいにデケェ食糧輸送船を三隻拿捕したらしい。飯に関しては気にするなとよ」

「よかった。助かります」

 

(……こういうふうに余裕があるならともかく、島民はなんとしても食糧などを貯えようとするだろう。それが結果として所属している国家・自治体への負担になる。ここで飢えを感じるほどにまで状況が悪化したのであれば、あるいは商店や倉庫を狙った暴動……最悪島民同士で略奪しあう状況に陥っても不思議はない)

 

 基盤となる労働・生産環境が安定せず、投入できる労働力もバラけている上に海賊を含めた略奪行為の拡散、拡大。

 それがますます世界政府の面子を潰し、結果不安定化が加速する。

 おそらくマフィアだけじゃなく、各地の山賊連中も活発化しているだろう。

 

(時間をかけて離反国を攻め獲っても土地を活用するだけの労働力がその頃には激減、今すぐ守って固めても民衆を食わせる土地が激減。そして時間をかければかける程足場は加速度的に崩れていく。……五老星が決断が出来てないのかその上が決断できていないのか……ピンシャー卿やピレニーズ卿はどうしている?)

 

 俺なら――

 

(俺なら迷わず、兵を退かせる)

 

 退かせてそれぞれの戦線を引き締め直すのと並行して、独立の保証を担保に食料を始めとする必需物資を対象にした通商・貿易協定を結ぶために走り回っている所だが……。

 

(そうすれば政府は加盟国を落ち着かせるための物資の担保と孤立しそうな部隊の回収を、独立国家群は再軍備と周辺国との同盟を結ぶための時間を稼げて一応はwin-winなんだが……やはり、天竜人の文化に協調はないと見るべきか)

 

 選択肢にない。

 

 いずれ全てが自分たちの物になるべきだからと、封鎖して不味い事実を隠してアレコレやらかすのが通例になってしまっている。

 

 タキ爺ちゃんから聞いたゴッドバレー事件の不審な点を聞いて納得したわ!

 やっぱり天領地ってのはそういう類の物だったか!

 復興作業中の資産帳簿に妙な所があるハズだ!!

 

 お前らこの800年の間にそんなことしか出来なくなってんだよ!

 

(だからこうして無駄に戦線を拡大させて、自ら選択肢を潰しやがる!)

 

 地図を広げて、適した島を探す。

 周辺に他に大部隊を展開できそうな島が少なく、かつ戦略目標地点(・・・・・・)と適切な距離がある島。

 

「白ひげの本隊は、ビブルカードを頼りに来ているんですよね?」

「おう。俺とオヤジは互いの紙片を交換しているからな」

「……通信する必要がないのは助かります」

 

 声明を出すその瞬間までこちらの動向を探られたくはない。

 特に政府には、こちらに戦う気がない事を悟られたくない。

 

(さて、どこに船を着けるか。交戦の意思があると見せかけるためにも、出来れば簡単な砦は作りたい。それに、大勢の魚人を休ませるための用意もいる)

 

 条件を満たしたうえで見通しがよく、かつ出来るだけ広い島。

 

「主殿、ここはどうじゃ?」

 

 作戦を説明して十分に理解してくれたハンコックが地図の一か所を指で示す。

 

 名も無き双子島。

 やけに大きな島と、やや離れた所に少し小さな島が並んでいる。

 

 条件を満たしているし、距離的にも行けなくはないが……。

 

「たしか、デカい方はほとんどが砂浜で何もない島だよい。もう片方は木々こそ生えているが開拓するには狭いし、おまけにどっちの島も磁場も弱いのかログポースもなかなか拾わねぇ。だからこそ無人島だよい」

「……悪くないですね。小島の方に植生があるならば、作戦を開始するまでにある程度の資材を確保できるでしょう」

「なるほど」

 

 ハンコックが第一艦隊の精鋭と共に親衛隊の半分を連れ出してくれたのが本当に助かる。

 親衛隊――すなわち黒猫海賊団でも古参の兵達は、当然だが復興や建築作業に従事している万能兵士だ。

 野戦でのシェルター作りはもちろん、ある程度ちゃんとした休憩所くらいならばすぐに作れる。

 ミホークやハックに鍛えられている今ならば、その効率も段違いだろう。

 

「ここへ向かう指針はあるのでしょうか」

「……ミストリア島目指して進んでいたんだから……日数からしてえぇと、ちょっと待つよい。おい、リスキーレッド島の永久指針(エターナルポース)も持ってきていたよな!?」

 

 マルコの叫びに白ひげの船員が、『ここにあります!』と砂時計の様な指針を掲げて見せた。

 

「あれに従って三,四日も進めば近くにあるハズだ。俺も空飛んで探すから、より確実に到着出来るハズだよい」

 

 よし、ならば問題ないか。

 普通に進めばまず辿り着かない島ってのも都合がいい。

 

「では進路をそこへ。この島に上陸した上で白ひげ本隊の受け入れ用意、並びに臨時本部機能を備えます」

 

 方針は決定した。

 あとは――

 

(俺がどこまで読み切るか、だな)

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

―― よし、思ったより木が生えている! 工作用の斧と鋸、全部出していくから持っていけ!

―― 作れるだけのシェルターを用意するんだ! 人員が少しでも休めるように!

―― こちらが資材を用意している間に縄張り頼みます!!

―― 旗艦の中を空にするんだ! 輸送船代わりにして小島側の回収物を積み込む!

―― 捕虜の連中も手を貸してくれ! 荷物の運搬だけでも助かる!

 

(……なるほど、確かに見通しはいい。クロが言うには、そっちの方が都合がいいらしいけど)

 

 到着した島の気候は涼しく、船を着け次第黒猫の兵士が慣れた様子で陣地の構築に走り出している。

 ハンコックが陣頭指揮を執り、まずは安定した陸で少しでも身体を休められるようにするようだ。

 

 クロの作戦を聞いたスモーカー君達は最初は怪訝な様子だったが、だけどその詳細を聞いて完全に納得した。

 ドール曹長に至っては自分が発言しかかった厚顔無恥な頼みを聞いてもらったという負い目を感じているのか、あるいはこの状況をかなりマシな方向に持っていけるクロの知性と人格に興味を持ったのか、彼にかなり従順に従っている。

 

 Tボーン少佐も同じくだ。

 こちらは分かりやすくクロやハンコック、ペローナ達に真っ正直な敬意を表している。

 

「それで、クロさん。声明を出すまでどうしやすかい?」

 

 先ほどまで能力を使って船の停泊の微調整を行っていたイッショウが、杖を突きながらやってくる。

 

「とりあえず天竜人をどこで休ませるかだな。船のままでもいいっちゃいいんだが、出来るならば捕虜交換に来る兵士達の目に天竜人の無事な姿を見せておきたい」

「無事で、かつクロさんと仲良さげな姿ですかい?」

「……まぁ、否定はしません」

 

 イッショウの疑問にクロは少し渋々というか、悩みを挟みながら曖昧に頷く。

 天竜人を利用しなければならないが、それがどういう影響をもたらすのかが怖いのだろう。

 

「なら、タイミング見計らって船の甲板でお茶会なり酒宴なり開けばいいでしょ」

「……つまり、あの船に乗せたままにという事ですかい? おヒナさん」

「気晴らしで島に出すのはともかく満足に寝泊りできるとは思えないし、それに一番まともな寝床が揃ってるのってあの奴隷船の船長室でしょ。白ひげの船に乗せるのは拙いし、かといって黒猫の船は小島と行き来する輸送船代わりな上に連中の気を惹きそうな人たち多いんだから」

 

 アミスをはじめミアキス、キャザリー、クリスにアメリア。

 元々天竜人が買おうとしただけあって美人揃いだし、幼いながらもそれに匹敵するボア・ハンコックもいる。

 

「そうですね。あっしには見えませんが雰囲気からして、どうも親衛隊の方々は注目を浴びている様子。あまり近づけない方がよいと思いやす」

 

 なんなら白ひげの船員の中にも彼女達に見惚れている者がいるのだ。

 目を潰しているがゆえにそれ以外が敏感なイッショウには、色々と気付くことがあるのだろう。

 

「やれやれ、いつもの戦力があればな。まぁいい。ヒナ、お前シェルターは作れるっけ?」

「……無理ね。貴方達の野戦訓練を見学したから、工程はなんとなく覚えているけど」

「んじゃ、スパニエル君達と一緒にキャザリーに付いて体験しておけ。俺達と行動を共にするんならば、身に付けておいて損のない技術だ」

「なんで海の賊が野戦知識に精通してんのよ」

 

 思わず突っ込んだ私の言葉に、イッショウが噴き出している。

 

 つくづく思うが、その思想や行動だけでなく手にした技術まで含めて本当に海賊らしくない。

 

 様々な非常事態を常に想定して、最悪の事態への手段を一枚一枚増やしていこうとする姿は自分の知る海軍よりも海軍――いや、軍隊(・・)らしい。

 

「それで、貴方は?」

「ちょっと試したいことがあってな」

 

 島の木陰で適当な岩を椅子代わりにした『冥王』が、完全にお客様気分で酒を片手に様子を窺っている。

 クロが手を振ると酒瓶を軽く掲げて見せるが、手伝えと頭を叩いてやりたい気分だ。

 

「あぁ、ヒナ。お前は一応離れてろよ? 下手したら気を失うかもしれん」

「ちょっと、何をする気なの?」

「何。あそこで飲んだくれてるオッサンから覇王色のお墨付きをもらったんで、改めて俺の未来予知を試しておこうと思ってな」

 

 とはいえ、あの男の存在がクロという男を恐ろしい速度で鍛え上げた一助であるのは間違いない。

 存在こそ知っていたが碌に聞いたことのない、王の覇気を使いこなすほどに。

 

「だったら、私もそれに耐えられるようにならないと、貴方の補佐として支障がでるじゃない」

「……お前、所属は?」

「海軍よ。知ってるでしょう」

「……俺、海賊なんだけど」

「? 知ってるわよ」

 

 突然よく分からない質問をしてきたクロに返すと、クロは「おかしい」とか「常識が海の彼方」「くれめんすぅ」とかブツクサ言いながらその場に座って集中する様子を見せる。

 

「まぁ抑えられるとは思っているけど、ピリつくような感じがしたら全力で耐えろよ?」

 

 そう言って海賊(クロ)は目を閉じて、

 

 

 突然、その場に倒れた。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 お……、ご……っ!??!?!?

 

『クロさん!?』

『ちょっとクロ!? 倒れるなって言ってたやつが倒れるなんてどういう神経してるの!!?』

 

 うるせぇよヒナ!

 というか今それどころじゃうごごごごご!!!

 

―― さぁ、三年に一度の腕試し!

―― 恒例の先住民一掃大会! 今回はこのセパート島にて開催となります!

 

―― 止めろ! 止めてくれ!

―― 人間を玩具のように追い立てるというのか!!?

―― 頭を! お願いだから頭を撃って! お腹の中には――

―― 助けてくれ! こんなの許される事じゃない!!

 

 未来……じゃねぇ!

 見聞色を覇王色で補強出来たんだから、広がる特性のある覇王色に見聞色を載せて(・・・)広げる事は出来ないかと思って試したらコレだ!

 

 より正確に未来とその分岐点を把握できれば、より確実に策が成ると思ったんだが……っ!

 

(見えてる光景は間違いなくここだが、植物がもっと生えているし島ももっと大きい。これ相当昔の記憶か!!)

 

 姿の無い飛び回るカメラを通して見ているような感覚だ。

 追い立てられるこの島の住人を、あの金魚鉢みたいなヘルメット被った連中が次々に撃ち殺し、斬り殺していく。

 

 女子供関係なく、老若関係なく。

 ポイントがどうとか抜かしながら撃ち殺している。

 

(惨い……っ、が、今はこれに拘っている場合じゃない!!)

 

 過去に交じって未来が見える。

 俺を支えているヒナの後ろから、イッショウが呼んだアミスが駆け寄って来る。今この瞬間ではない、数分後の未来だ。

 

(クッソ、少なくとも遠い範囲まで見えているのは間違いない。離れた所にあるもう一つの島、元々は山だった所のその更に向こうまでハッキリ見えるんだ!)

 

 覇王色と見聞色が組み合わさり広範囲が視えるようになったが、もう一つ何かが足りていない。

 テレビで言えばザッピングに近い状態だ。

 それも自力でやってるんじゃなくて、混線したがために起こっている現象だ。

 

(これを目当てのチャンネルに合わせるにはより繊細な覇気のコントロールが必要だけど、これ以上は現段階では無理! なら――)

 

 出力を上げるしかない。

 見聞色は十分にある。

 やはり足りないのは覇王色か!!

 

(一度出力した覇気の制御そのものは完璧に出来るんだ! 出力の方も、朧気な部分もあれど把握している!)

 

 一気に出力を上げて覇王色を放出する。

 威圧するための密度を限界まで薄め、ゆっくり、薄く広く。

 同時に脳の並列運用で可能な限り処理をし、より多く情報が入るように調整するが、

 

―― 立て、兵士達よ! 海兵を迎え撃ち、我らの国土を守るのだ!

 

―― 近隣の国では海賊被害もあって日々の糧すら手に入らぬ!

―― なんとしてもこの土地を押さえねばならん! 総員、上陸せよ!!

 

―― 野郎共、目につく全てを奪い取れ!

―― なにもかもが不足しているんだ! だったらなにもかもが高く売れるぜ!!

 

―― 逃げろ! 海賊だぁ!!

―― 海軍はなにをやってるのよ!!?

 

 駄目だ。

 広範囲に広げる事には成功したのだろうが、恐らく今起こっているのだろう情報が無造作に流れ込んでくる。

 

(出力した先に意識を割け……っ、未来の情報はノイズが多い。それをヒントに情報の取捨選択をより効率的に……!)

 

 身体が追いついていない部分もあるせいで内側から弾けそうな感覚に見舞われるが、歯を食いしばってコレを耐える。

 左隣で俺の体を支えているヒナが何か叫んでいる。

 

『もういい……、もういいわ!』

 

 いいわけあるか!

 天竜人や捕虜の問題だけならともかく、必要なのは世界中で孤立しつつある海兵達の回収だ!

 そのためには少しでも多くの情報が要る!

 だからお前もケムリン達と一緒に全力で海兵達から情報引き抜いていたんだろうが!!

 

『貴方がそこまでしなくたって……っ!!』

 

 ここで各地の海兵がアチコチに犠牲撒き散らかしながら壊滅したら最悪なんだよ!

 政府が割れるのはともかく、海兵が散り散りになって各地で先鋭化したらますます歯止めが――

 

(? あれ、待て、違う)

 

 左側からではなかった。

 声が聞こえてきたのは右からだった。

 そっちは慌てて駆け付けたアーロンが支えてくれているが、それとは違う気配がある。

 

 女性だ。

 今俺がいる所に重なるように、誰か女性の気配がある。

 

 後ろから、泣いている誰かに抱きすくめられているんだ。

 右肩に、銀色の長い髪が視える。

 

 見たことのある銀。

 クリスのよりやや明るい銀。

 いつだったかの、モプチ王城のバルコニーで見た……。

 

(!!? ロビンの母さん!??)

 

 そうだ、ベッジがジェルマの情報を持ってきたあの夜の!

 

『貴方は十分にやってくれている! これ以上命を削るような真似をしなくても!』

 

 尚更ダメなんだってば!

 今の混乱もそうだけど、五老星を使って世界政府の裏に隠れている奴をどうにかしないとロビンが永遠に追い回される!

 

 俺が引き金引いたせいで、なんとなくこうなるんだろうなぁと思ってた未来はしっちゃかめっちゃかだ!

 寿命の十年や二十年くれてやるから、今ここで世界政府に致命打を与えて少しでも足踏みさせないと駄目なんだよ!

 

 そうじゃなきゃ、ますますロビンが生きづらい時代になってしまう!

 ロビンだけじゃない、魚人も、海兵も、普通に生きているそこらの人も!

 

 こんな世界、ひっくり返さないと駄目だろうが!!

 

(全然視えず失敗が明らかってんならともかく、過去や今と一緒に未来も視えているんだ! なんとか――)

 

『わっはははははは!!!』

 

 未来も過去もごっちゃになっている現在(いま)の、俺の斜め前に誰かがいる。

 ヒナとアーロンが声をかけているのも分かるが、何を言っているのか分からないのでとりあえず「大丈夫」だと口にする。

 自分がどれだけの声量を出せたかすらも分からないが――

 

 …………。

 

 てめぇ、人が死にそうな思いで踏ん張っているのを肴に酒飲んでいやがるな!!!!?

 

『これが酒を飲まずにいられるか! ははははは!!! レイリーめ、面白ぇガキを見つけ出したな』

 

 野太いようななんというか、やけに響く声がする。

 

『覇王色をそういう使い方をする奴はまずいねぇ。どうもお前はそこらの連中とは発想の仕方が全く違うようだが――』

 

『存外、てめぇ自身の事は視えていねぇようだな』

 

 何が言いてぇんだ張り倒すぞ!!!!

 

 …………。

 

 あ、いや、そういうことか!

 

(今、俺はフリーハンズのカメラを手にしているようなものだ。そこにある気勢や覇気すら目に出来る性能のコレを――)

 

 限界まで引き延ばそうとしていた全てを戻し、濃度を上げた上で自分自身を視る。

 ヒナとアーロンが支えてくれている。その後ろにはアミスも。

 俺が吐くかもしれないと思ったのか桶を用意している親衛隊の子もいるし、ドール曹長が俺の背中をさすっている。

 

 で、その俺なんだが――

 

(なんっじゃこれ!!!?)

 

 身体が真っ黒だった。

 いや、正確には身体が黒い糸や帯でグルグル巻きにされている感じだ。

 

『よく分からねぇが、お前は覇気が使えるかどうかも分からねぇ状態で、だがその存在を確信していたんだろう? うわはははは! どういう育ち方すりゃそんな訳の分からん奴になるんだ!』

 

 しばきまわすぞボケエ!!

 いや、というかこの黒いのって――

 

『そうだ、信じるどころじゃねぇ。お前は覇気の存在に確信を持って、もっとガキだった頃からアレコレ試していたんだろう? だからさ』

 

『テメェは知らず知らずのうちに、自分で自分の覇気を無数に縛り(・・)付けちまったんだよ』

 

 だからキチンと習い始めた頃から出力安定しなかったのか!

 慣れるまで武装色が長続きしなかったのもそういうことか!

 おかげで攻防の一瞬だけ纏わせる変な癖付いちまったんだぞ!!

 

 …………。

 

 というか覇気を縛り付けるってそんな事出来たんかい!

 やったの俺だけど知らんかったわ!!

 

『だから覇気を出せるわけでもねぇのにうっすらと纏えていたんだよ。たまたま出た時にそれを自分自身に縛り付け、紐づけていたんだからな』

 

 ……そういやミホークがそんなこと言っていたような……。

 

(って事は、これを(ほど)けば俺の覇気全般の出力も制御も安定するハズ!)

 

 ふん……っごごごごごご……!

 

 ……っ。

 

 無理!

 

 なんかすんごいキツく縛ってるのか内側からじゃ無理だ!

 おいオッサンそっちから引っ張ってくれ!

 

『馬鹿言うな、死人に何が出来るってんだ。こうして話している事すら奇跡なんだ。お前さん、どういう星の下に生まれたんだ、チクショウ。もっと早く生まれてきやがれ!!』

 

 知るっっっっかぁぁぁぁぁぁっ!!?

 お前ホントに張り倒すぞ!!

 

『俺は託したんだ。あとはお前ら受け取った奴らの仕事さ。死人に出来る事なんざ見守る事ぐらいだ』

 

 俺を抱きしめている気配に力が入る。

 貴様ぁっ! その言葉はロビン残したオルビアさんにクリティカルやぞ!!?

 

『おい、目で見ているのか耳で聞いているのかはわからねぇが、気を張れ。お前が適当に自分を縛った覇気は常に一定か?』

 

 腹立つ男の言葉に従って、見聞色を全て自分自身の中に巡らせる。

 ……ひでぇなコレ、武装色はその特性上(カス)みたいなもんしか残っていないけど、覇王色の方がしっちゃかめっちゃかにこんがらがっている。

 

 耳を澄ませて、目を凝らして、見聞色を五感に溶かし込ませてくまなく調べる。

 

 ……確かに、一定じゃない。

 

 外からなのか内からなのか分からないが、何かが干渉している。

 それが時々絡みついた覇気を弱めている。

 

 心臓の鼓動にも似たそれに集中する。

 

(というか……これは)

 

 

 

(あの太鼓のリズム?)

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「おいおい、まだ作戦どころかオヤジも来てねぇってのに、あの坊主は大丈夫なのか? レイリーよい」

 

 先ほど覇王色――だとは思うが威圧感が薄かったために確信が持てない、覇王色らしきものが一度広がってから少年海賊は身じろぎ一つしなくなった。

 

 倒れた時にはかなり苦しそうだったのだが今は呼吸を落ち着け、だが目を閉じたままジッとしている。

 

「急に覇王色がより強くなったかと思いきや、どういうわけかそれを広げず身体に纏わせたまま……」

 

 そしてそれは、『冥王』レイリーも同じくだった。

 口にしていた酒瓶を握りしめたまま、呆然とした様子でクロを見つめている。

 

「それになにより……」

 

 マルコは辺りを順に見回す。

 

 クロに寄り添っている少女や魚人も、作業している黒猫の海賊達も、一休みと酒を飲んでいる白ひげの人間達も、

 

 一様に、キョロキョロしている。

 

「なんなんだよい?」

 

 

―― …………っと、…………っとっと!

 

 

「この太鼓(・・)は?」

 

 

―― どんどっとっと! どんどっとっと!

 

 

 

 どこからか響き始めた太鼓の音の出処を探そうと、皆一様に辺りを探っていた。

 

 よほど覇気に精通した者でなければ分からないだろうが、その中心点は間違いなくクロだった。

 クロを中心に一度広がった覇王色を伝って、太鼓の音が鳴り響いている。

 

 今いる面子の中でもかなりの腕を持つイッショウという盲目の男はそれに気付いているのか、クロを見て小さく微笑んでいる。

 

 最初は不思議がっていた者達も慣れたのか、白ひげの海賊達は太鼓に合わせてリズムを取りながら酒を呷っている。

 

 そんな皆の様子も、鳴り響く太鼓の音も気にならないように。

 

『冥王』はただジッと、何かをしているのだと思われる『黒猫』を見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ロジャー……?」




X(旧twitter)に書いた通り、次回で作戦開始の予定がもう一話挟むことになりそうです
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。