とある黒猫になった男の後悔日誌   作:rikka

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140:かくせい

 すぐに終わると思われていた戦争は、開始から短期間で驚くほど悪化した。

 世界政府を離脱し、反世界政府の姿勢を顕わにした国家の制圧。

 世界秩序という大義名分を盾にした見せしめ行為は、逆に現海軍の脆弱さを露わにしている。

 

「モモンガ准将! やはりこの付近に他に橋はありません!」

「馬の馬力に頼ると同時に、兵士達で荷の一部を直接運んで軽くすれば一応荷車は通せると思いますが……」

 

 西海海戦にて黒猫海賊団と交戦し、その撤退を指揮したモモンガ本部准将は、休む間もなくこの戦場へと送り込まれていた。

 

「橋を焼き落とす、か。現地住民にとっても貴重な輸送路であっただろうに」

 

 王都へ続く貴重な道。貴重な進軍路。

 ゆえにこうして軍は足止めを余儀なくされている。

 

 決して通さぬという断固たる決意。

 海兵という敵に決して何も渡さぬという執念を前に、モモンガは背筋にうすら寒い物を覚える。

 略奪と暴力を楽しむ海賊を相手にするのとは違う。

 生存をかけて集団で挑んでくる相手の執念を感じざるを得なかった。

 

 楽園の大国の一つ。デポート。

 ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)を目指し急増した海賊達に幾度も襲われているが、それらを疲弊しながらも撃退しつづけてきた国家。

 

 そのために世界政府から再三の徴兵命令が出され、その(ことごと)くを断ったがために見せしめに選ばれた国だった。

 再三にわたる海賊の襲撃、そして昨年の冷夏による不作もあり、残された国力はそうないだろう。

 指揮を執る事になった特別中将によりそう判断され、その結果海軍の制圧部隊に多大な損害を与えている国家。

 

(このような侵略行為に兵を割いている場合なのか? そもそもの原因は世界政府――いや、天竜人にあるのは明らかだ。……いや、全体としての国力が落ちたのもまた事実か)

 

「准将、橋は落ちていますがこの数か月は雨量が少なかったためか、水かさがかなり減っているために底が浅いです。渡河(とか)は可能かと」

「出来るだけ水嵩の低い所は?」

「測量しております。今、誘導のための棒を立てている所がもっとも身体を濡らさずに渡れるかと」

 

 西海海戦――いや、その前の『黒猫』によるウエスト・ブルー地区本部海戦の切っ掛けとなる慰問式典の時から支えてくれている部下が、キチンと状況を調べてくれている。

 

 最初の補給部隊襲撃におたつき、被害を増やし、今では怯えて最初に制圧した港町に引きこもって威勢だけはいい指示を飛ばす特別中将とは比較にならない。

 

「先に部隊の半分を渡河させよ。向こう側で防衛の陣を張りながら輜重隊を通す」

「ハッ」

 

 こういう事に海軍よりは慣れているだろう陸軍の兵は、すでにどこの基地でも空っぽである。

 馬も含めて出せる場所には全て出ているが、それでも足りていない。

 そもそも陸軍は数が少ない。

 予算的にも人員的にも、行動範囲が広い海軍の方が優遇されているのだ。

 

(だがその海軍にこうして陸戦を行わせるまでに情勢が崩れるとは……)

 

 いくつかの地域で天竜人が殺害されたという噂も出ている。

 正直、真実だとしても何も不思議ではない。

 その上で、その際に出撃するハズの海軍最大戦力はその悉くが『黒猫』に打ち倒された。

 

 ゼファーは傷が深い上に、今回の件で完全に現場から身を引くと表明。

 その後は『黒猫派』の中枢に当たる新造部隊に付くと噂されている。

 

 赤犬ことサカズキは、動くことは出来るそうだが戦闘はまだ不可能とされ療養中。

 

 あのクロと一騎打ちを行ったボルサリーノは深手を負って、未だ軍病院に入院している。

 

(世界政府の終焉、か。まさか本当にこの目で見る事になるかもしれんとは……)

 

 戦闘部隊五千の内、三千の兵が川を渡っていく。

 幸いここは夏島。凍える程の寒さというわけではないが不快感は拭えないだろう。

 温暖な気候と十分な日光が川底に水草を育て、その水草が川を流れる様々な物を捕らえるぬめりを生み出す。

 

(問題は輜重隊か。確実にこれだけは前線に送らねば、戦うことなく倒れていく者が増える。この二週間近く、まともに食料すら前線に送られていない)

 

 人だけではない。物資を輸送するための馬すら酷使され、挙句に送られてくる馬糧(ばりょう)の質すら下がっている。

 結果立ち上がれなくなる馬さえ出ており、輸送力は更に低下している。

 

(確実な輸送のために兵士を護衛に付けろと命じられたが新兵がほとんど。そして進軍速度が低下した上に道中での消費が増えている。……このままでは)

 

 少しでも進軍の負担を軽減しなければならない。

 今のままでは馬も途中で歩けなくなり、結果肉にするしかなくなる。

 

 手癖の悪い者が多い私掠兵など、後先考えずに輜重隊の馬をこっそり潰して肉に変えて、腹を満たそうとする者もいるのだ。

 少しでも馬の健康と数を維持せねば、ますます兵士が飢えてしまうのが目に見えている。

 

(……叶うのであれば、ここらで水を汲んで青草もしっかり刈っておきたいのだが)

 

 河原というのはそういった植物が多くある場所だ。

 

 すでに輜重部隊の目の利く人間がある程度刈り取っていったが、その場所を確認してどういう所に目当ての物が生えているのか、朧気でも把握しておこうとモモンガは河原に足を運ぶ。

 

 これまで使った事もない、野戦の知識が海軍には致命的に足りていなかった。

 それゆえにモモンガは少しでも学習しようとし、偶然にもそれ(・・)を目に出来た。

 

 食するには向かない、カビた青草を。

 

(……思ったより高い位置にある。確かに昨年末からデポートは雨に恵まれなかったと聞いているが。……っ!)

 

「全体、止まれ! 川の中にいる者は急いで上陸を!!」

 

 今いるのは歩兵である。

 幸い比較的とはいえ装備は軽く、いざという時には捨てても問題ない物しか持っていない。

 

(イカン、これは――!)

 

 思い出すのは先日の西海海戦。

 正確には、戦争が終わったと思っていた矢先の基地に仕掛けられていた罠。

 備蓄を奪われ、補給を絶たれる事がどれほど部隊を壊滅に追い込むのかをイヤと言う程思い知らされたあの戦い。

 

(橋を落としたのは足止めではない! 分断のための布石だったか!!)

 

―― ザァァァァァァァ……っ!

 

 上流のほうから音が響く。

 水音だ。

 喉を乾かせて歩き続けた兵士にとって、それでもなお恐怖を覚えさせる音が確実に近づいている。

 

(偵察隊の足が届かぬ程の上流に堰を築いていたか!!)

 

「急げ! 水がすぐに来るぞっ!!」

 

 こちら側に残った兵士が、近くにいる兵士達の手を引いてより高所へと引き上げる。

 

 水が迫る。

 雨に恵まれなかったというのは本当なのだろう、嵐のような全てを流す濁流というわけではない。

 だが土石も含み、倒木を巻き込んで膨れ上がる水流に、兵士達は慌てて岸に上がろうとする。

 確実に安全地帯に下がった輜重隊は、慌てて荷車の補強に使っていた縄を解いて川へと投げ込んでいる。

 間に合わないだろう兵士に掴むように叫びながら、それを数人の腰に巻き付けて引き上げる支度をしている。

 

 だが――

 

 

―― かかれ! 兵士は無視せよ! 奴らの積み荷に一つ残らず火を掛ける!!

―― 火の手を持たぬ者は車輪だけでも壊すのだ! 容赦は無用!

―― 賊に堕ちた正義の旗に鉄槌を下せ!!

 

 

 蹄の音が響く。

 海軍が率いている輜重隊の荷馬車を引くそれと違い、明確な戦のための訓練を受けた馬の嘶きと共に。

 

「放てぇーーっ!!」

 

 先導する女の騎馬兵が叫ぶと共に、後ろに付いてきている騎馬兵達が一斉に火矢を放つ。

 運ぶことに専念するために小剣以外碌な装備がない輜重隊員は、狙われたわけではないが巻き込まれ、絶命する。

 

 射抜かれて、服に付いた火を消そうと転がっている時に火を恐れて暴れる馬に踏みつぶされて、あるいはそのまま燃やされて。

 

―― いやだ……いやだっ!!

 

 死んでいく。

 

―― どうしてこんな! 荷運びだけだって――ぐぇっ!

 

 戦いには早過ぎるが故に最後の最後まで残ってしまった新兵ばかりだ。

 

 二十歳(ハタチ)を越えている者はほとんどおらず、十五を越えるかどうかという新米ばかりが、何が起こったか分からず、あるいは親や友人、先輩兵士の名を叫びながら――その生を終えていく。

 

「おの――っれぇいっ!!!!!」

 

 物資防衛のための兵士も騎兵に蹴散らされ、戦列を維持できていない。

 自ら剣を引き抜き、モモンガが指揮を飛ばしている騎馬兵に斬りかかる。

 

「!? そのコート! 将校か!!」

 

 川の方では急遽上がった水位によって溺れそうになったり、最悪流される者が出てきている。

 泳ぎを叩き込まれた海兵といえど、流木などを巻き込む濁流の中で川べりまで泳ぎ切れる者はそういない。

 運よく輜重隊の投げた縄を掴めた者は引き上げられるが、もはや立ち上がる気力すら湧かない。

 

「よくも無力な若者らを!!」

 

 あわよくば馬から叩き落そうとしたモモンガの一撃は、女が手にする戦斧(ハルバード)で防がれる。

 

「お前達が言うのか! 女子供を攫い! 穀物を持ち去り街に火を放つ賊共めが!!」

「我らは海兵である!!」

「違う!!」

 

 兵を無視せよという指令の通り、デポートの騎馬兵達は逃げまどう兵士を無視して次々に荷車に火を掛けていく。

 次々に、兵士達の腹を満たすハズだった物が焼けていく。

 

「お前達が! 海兵であるものか!!」

 

 戦斧の一撃は恐ろしく重い。

 

 武器の差、馬上であるが故の高低の差、気迫の差、体力の差、覚悟の差――

 

「奪う事に手を染め、それを天竜人が指示したからだと唯々諾々と従うお前達は!!」

 

 信念の差、

 

「海賊と何が違う!!!」

「――――っ!!!」

 

 覚悟の差が、モモンガを追い詰めていく。

 

「言え、言ってみろ!!」

 

 二人の一撃がかち合い、そしてとうとうモモンガの刀が弾き飛ばされる。

 

「何が違うというのか!!!」

 

 重い斬撃が、モモンガの首を刎ね飛ばす。

 

 

 直前で、止まった。

 

 

「……っ、なんだこれは! お前達か!?」

 

「……これは……」

 

 

「太鼓の音?」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

――どんどっとっと、どんどっとっと!

 

 少しずつ、覇気がほどけていく。

 俺の体を雁字搦めにしていた覇王色の覇気が解けていく。

 ほどけた瞬間に空気に溶けるように消えていく。

 

(もっと、もっと!)

 

 太鼓に合わせて覇王色を発動させる――だけでは駄目だった。

 ある程度緩くなったがそれだけだったのだ。

 ならばとアレコレ試行錯誤した結果、武装色を纏った状態で更に纏わせ、近くの空気を叩くように鳴らした所ようやく効果があった。

 

(もっと鳴らせ!!)

 

 黒い縄やリボンが緩み、解けていく。

 最初は分からなかったが、少しずつ俺の覇気が安定し始め、出力も安定してくる。

 が、同時に反作用というか副作用というか――

 

―― どんどっとっと!! どんどっとっと!! どんどっとっと!! どんどっとっと!! どんどっとっと!! どんどっとっと!! どんどっとっと!! どんどっとっと!! どんど――

 

(出来れば俺からもうちょい離れた所で!!)

 

 クソほどうるせぇ!!

 死ぬほどうるせぇ!!!

 テッメほんといい加減にしろよ!!!?

 

 どういうわけかお前のドラムが強くなるほど俺の覇気も強くなって段々未来視が安定してきたんだけど滅茶苦茶うるせぇ!!

 なんか「ダッハハハハ!」って笑いながらドンドコドンドコ人の耳元近くでグルグル鳴らしやがって!

 ここに実体があったら裏拳叩き込んでんぞ貴様ぁっ!!

 

『ダッハハハハハハハ!!!』

 

 テメェもかオッサン!! 死人だって言うなら死人らしく黙ってろ!!

 

 あ、オルビアさんは大丈夫です。全然いいです。

 ただ耳元で延々『ごめんなさい』って泣きながらの囁き声で謝り続けるのはちょっと勘弁してください。

 

『それで、どうだ坊主』

 

『望む未来は視えたか?』

 

 今掴んでんだよ!!! 今!!!

 やっと未来の方への情報処理に専念でき始めた。

 あとは未来視がブレる所の見聞色をより厚くして、その未来がブレる原因――分岐点を正確に把握すれば!

 

 えぇい、最悪鼓膜破れても俺の見聞色なら代用できる!!

 

 鳴らせ! 叩きまくれドラムマン!!

 

 もっと強く!

 もっと遠くに!

 もっと広くに!

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

《西の海》

 

「テゾーロ、民衆は落ち着いているか?」

「ええ、副総督。最初は少々ざわついたようですが、ただ太鼓の音が響くだけで何も起こらないので……その……」

「慣れた、か」

「はい」

 

 モプチ王城では、街の復興そのものにようやく目途が立ったために拡張計画へと移っていたダズとテゾーロが、島の地図を前にしたまま話し合っていた。

 

―― どんどっとっと、どんどっとっと……

 

「にしても、これは何なのだろうな?」

「さぁ? ご隠居がたまに放っていた、例の覇王色のような感覚はありますが、威圧するというよりは……」

「ああ、本当に側にいるだけというか……」

 

「寄り添う気配、だな」

 

 

 

 

 

 

「ロビン、おおよその木は切り飛ばした。人足を入れて切株や根を掘り起こすぞ」

「わかった。私も能力で手伝うね?」

「……いいのか? 四つの海では能力者は奇異な目で見られるぞ」

「ミホークがもっとおかしい人だから大丈夫だよ」

「そうか」

 

 スーペリア・リガロではミホーク達による開墾作業が始まっていた。

 特に被害を受けたスーペリアは残った第一艦隊のソニアや親衛隊が指揮を執って復興作業を進めているが、並行してより多くの食料を生産するための準備も進めている。

 

 ミホークとロビンは、その指揮に当たっていた。

 

―― どんどっとっと、どんどっとっと……。

 

「それにしても、この太鼓なんだろうね?」

「はて、な。少なくとも不味い物ではあるまい」

「街の人たちも、どこかでお祭りやってるんだと思ってそのままだしね」

「……怪我人がある程度日常に戻れれば、祭りのようなものを開いてもいいかもしれんな」

「そうだね。スーペリアの人達、連れ去られた人の事もあって雰囲気が暗いままだし」

「……確か、今来ている親衛隊の中には(まつりごと)に強いフレアがいたな。人足を呼ぶついでに相談してみると良い」

「うん、そうするよ!」

 

 方針を決めて、どこからか響く太鼓の音を浴びながら少女は、護衛の親衛隊と共に街へと戻っていく。

 少女が作った麦わら帽子をかぶった剣士はその背中を見送ってから空を見上げ、

 

「――ふっ」

 

 意味ありげに、小さく笑って見せた。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 太鼓の音はなお響く。

 遠くへ、とおくへ。

 

 北の海ではある海賊のアジトで、ある海賊はリズムを聞いて形容しがたい笑みを浮かべた。

 その空に隠れ潜んでいる海賊は、覚えのある覇気に酒が進みすぎてコケた。

 

 南の海では、顔に入れ墨を入れた男が不可思議な現象の調査を決定した。

 傍にいる女から『くまちー』と呼ばれている大柄な男は、幼い頃に聞いたリズムに心が震えた。

 

 東の海では、ある島で海軍の英雄がその音色を楽しみながら茶を啜っている。

 違うある島ではカーリーヘアの男と赤い髪の男が、これまでに経験したことのない現象を前に目を輝かせ、まだ見ぬ物がたくさんある海へと思いを馳せていた。

 

 そして、偉大なる航路(グランドライン)では、

 

「――ちぃっ!」

 

 モモンガの首を斬り落とそうとした騎兵は、聞こえて来た太鼓の音に気を取られたためにその機会を失った。

 得物を失ったモモンガが、後ろに跳んで僅かとはいえ間合いを取る。

 とはいえその間合いは僅か、騎兵である上に長物を持っている彼女が踏み込めばその刃は届くのだが――

 

―― そのタイミングで二人は同時に、水滴が身体に当たったのを感じた。

 

 雨だ。

 

 雨が降り出した。

 

 今はまだ水滴がわずかにポツポツと落ちる程度。

 だが、この先どれほど降るかは誰にも分からない。

 

(……どうする、このまま攻めるか!?)

 

 女は即座に自問自答する。

 海軍が運んでいる積み荷の三分の一は轟々と燃えている。

 残る半分は火が付き始めたばかりで、このまま雨が降れば消えるだろう。

 

(だが馬車や荷車そのものにダメージが入っている。輸送力は半減し、雨が降り続けば川の水量も上がり、敵の進軍はほぼ不可能になる!!)

 

「――撤収する!!」

 

 再び舌打ちをして、女は騎兵たちに指示を出す。

 

 このまま荒らしまわって輸送力に致命打を与えたいところだが、兵も馬も万全ではない。

 特に馬は牧草ではなくそこらの青草を()ませ、井戸水ではなく小川や水たまりの水を飲ませ耐えさせていた。

 雨が降り、ぬかるみが酷くなれば馬への負担は更に大きくなる。

 

「覚えているがいい、海兵!!」

 

 距離を取り、追撃に備えて振り向きながら騎兵はモモンガに叫ぶ。

 

「お前達が侵略を続ける限り、我らは必ず阻み続ける! たとえ死に体となろうともだ!」

 

 うっすらと聞こえる太鼓が鳴り響く音の中、騎兵たちは去っていった。

 後に残されたのは傷つき倒れた兵士達と、燃やされたりひっくり返されたりした物資の数々。

 

 渡河し終わった兵士達が何か叫んでいるが、モモンガの耳には入らなかった。

 死傷者が多数出たが、それでも戦闘が終わった事に安堵せざるを得なかった。

 

「准将……」

 

 無事だった女性兵士が指示を仰ぐ。

 

「……向こう側にいる兵士たちを放置は出来ん。陣を構えろ。雨が上がり次第、なんとかして兵士を回収する」

「回収? しかし――」

「責任は私が取る」

 

 食料はかなりがダメになっている。

 輸送力が落ちた今、無理に進んでも辿り着くまでに全て消費しきってしまうだろう。

 

「我らも撤収せざるを得んのだ」

 

 間一髪の所を救われる形になった太鼓の音に、そして雨に打たれながらモモンガは決断を下した。

 

「残っている物で、なんとか怪我人が雨風を凌げる場所を作ってくれ。ベルメール」

「……ハッ」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 聖地が、静謐で、そして自由でなくてはならない聖地がざわめいている。

 突如としてどこからか響き始めた太鼓の音に、『うるさいえ!』だの『さっさと黙らすえ!』と聖地の住人が騒いでいるが――

 

 その聖地を治める立場の者達の内心は、それ以上に穏やかではなかった。

 

「どうなっておるのだ……」

「海軍の通信を傍受しているが、各地の島で鳴り響いている」

「まさか……本当に奴が?」

「あり得ん。海楼石で奴が能力者でないことは確認しておるのだぞ」

 

 世界政府最高権力『五老星』の面々は、突然の秩序の崩壊と共に鳴り響く忌々しき『解放』の音色に恐怖していた。

 

「……どうするのだ?」

 

 かつてクロを天竜人に引き上げようとした男。

 法務武神。ウォーキュリー聖の言葉に、誰も返答しない。

 

「オハラに再度向けた調査隊からも、異変の報告が入っている。バスターコール後に確認されていた、湖に放棄された大量の書物。それらが一冊残らず何者かに回収されていた」

 

 いや、出来なかった。

 

「奴がかつて推測した通りだ。より狡猾に、過去を探求しようとする者が現れた」

 

 今にして思えば、あの方(・・・)の御言葉をなんとしても止めるべきだったと、誰もが思っている。

 

「その上聖地の者が暴走して魚人島を襲撃。せめて王族を確保できていたのならばともかくクロが参戦し、結果魚人種族は恐らく奴に付いた」

 

 どんどっとっと、どんどっとっと、と。

 この鳴り響く解放のドラムを耳にするくらいならば、そちらのほうが何倍もマシだった。

 

「そして今度はこの鼓だ。……なんなのだ? こんなことが今までに起こったか?」

 

 自問めいたその言葉にすら、誰も何も返せない。

 ウォーキュリー聖が、苛立ちを隠さず立ち上がる。

 

 

「我らは! 我らはいったい!!」

 

 

 その様子を一瞥したウォーキュリー聖は、たまらず机に両の手の平を叩きつけた。

 重く乾いた音が、権力の間に伸し掛かる。

 

 

 

「いったい何を叩き起こしてしまったのだ!!!!?」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

(やっと、コツが掴めた……っ)

 

 俺は見聞色に天賦の才がある。

 レイリーはそう言っていた。

 

 本当の事を隠して首がポロリしかねん訓練続けた挙句に、人が脱臼したりぶった斬られそうになっている様を腹抱えて笑ってる生粋のサディストサイコパスだがそれは嘘じゃないんだろう。

 

 ならばそちらに無茶はさせていい。

 問題はそれを補助する覇王色がどこまで伸びるのか。

 武装色に合わせた時と違い見聞色の時は、手足や武器と言った核となる物がないためか安定させるのが難しい。

 

 難しかった(・・・)

 

(見聞色に実体はない。だから広く伸ばせば安定しない。それに覇王色を重ねる事で多少安定はするが、それでも足りないと思ったが……前提が違ったんだ)

 

 広げるのではない。

 イメージするのは繊維。あるいは針。

 細く、そしてどこまでも長いソレを――

 

(ただ広げるんじゃない。覇王色と見聞色が互いに作用し、支え合うように――)

 

(編み込むんだ)

 

 ただ広がるだけだった両者が、広げていくほどに絡みあう。

 より鮮明に、未来が視える。

 

 だが、それと同時に薄くなる気配がある。

 

『おっと、さすがにそろそろ限界か』

 

 オッサンとオルビアさんだ。

 

(……積もりに積もった覇気でそっちと繋がったのか)

 

 あれだけ雁字搦めにこびり付いていた覇気はもうほとんどない。

 十年分近くの鍛錬の残滓のようなものだが、やはり量がとんでもなかったのだろう。

 それが少しでも(ほつ)れれば、それこそ係船ロープが千切れた時のように弾ける。

 多分、俺が覇王色と見聞色を併用して広げたあの時に――

 

『ったく、理屈に振り回されやがって。気合入れろよ坊主、覇気は気合だ。そうすりゃいつでも繋がれる』

 

 無茶言うな! こんな大量の覇気出せるようになるのにどれだけ訓練積むと思ってやがる!

 オッサン達と繋がったのも今ほどの広範囲での覇気展開もこれまでの貯蓄ありきだったんだからな!!?

 

 一回でも解いたら即消滅じゃボケェ!!

 

『ワハハハハ!!! ……まぁ、面白れぇモンを視れた。礼を言うぞ、坊主』

 

 ……こっちも、ヒントをくれた事には感謝している。

 

(目標含めた周辺の島とおおよその距離まで観測できた。そこで起こる事象――二週間が限界か。それでいい、分岐点が掴めなくても何が起こり得るのかさえ視ればある程度推測が出来る)

 

 未来視で白ひげの持ってきたビッグマムの補給艦は視えた。

 とんでもない量だった。あれなら俺の考える作戦にも十分耐えられる。

 俺が説得出来ればだが――

 

(大丈夫だ。少なくともこの島での未来に悪い物はない)

 

 全てが繋がる。

 覇気の制御に当てている思考とは別の、分割した方の思考で覇気で視えていない範囲の分岐を推理して、統合して計測に当てる。

 

 無数に広がる未来の中で、今掴み得る最善のルートを糸のように紡いでいく。

 完璧ではない。

 限界点は二週間ほど先の未来。期間にして作戦のおよそ半分ほどだ。

 そこから先を完璧にするためにも、それを――

 

(掴む!)

 

 実際にそうするかのように拳を握ってみせる。

 視るべきものは視て、材料は全て揃った。

 後は仕上げるだけだ。

 

『……あの』

 

 そして、この繊細な作業が終わった事で気が緩んでしまった。

 俺の体に蓄積していた覇気は制御を離れて四散していき、二人の気配が薄れていく。

 

『改めて……どうか、どうか……っ』

 

『娘を、ロビンをお願い……!』

 

 言われるまでもない。

 あの樽を開けた時点で、見なかった事に出来なかった以上もう背負うしかなかった。

 ましてや今のロビンは仲間で家族。手放す理由が一つもない。

 

(……大切に、お預かり致します。必ず悪意から守り抜いて見せます)

 

 背中に感じる、薄れていく気配に向けてそう見聞色を通して伝える。

 すると、ずっと実体のない身体で、それでも支えようとしてくれていた彼女は泣きながらも小さく微笑み、

 

――そのまま、俺には視えなくなった。

 

 

 

 

「クロ! クロってば!!」

「おい、大丈夫か?」

 

「ああ、ヒナ。アーロンも悪いな。大丈夫だ」

 

「急に妙な何かが広がったり太鼓の音が鳴り出したけど……」

「結局、お前がやろうとしていた何かが成功したってことでいいんだな?」

 

 

「ああ」

 

「……また、背負い直しただけだ」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 そして世界中に謎の太鼓の音が響いた、その三日後。

 海軍本部に対して、ある宣言が出された。

 

『我ら黒猫海賊団は現在、プルミング・ルーヴァ聖を始めとする天竜人八名、ならびに先の謎の武装勢力との戦闘に於いてやむを得ずこちらに降った海兵を保護している』

 

『延いては一か月後、先の戦争で海軍が保護(・・)したリュウグウ王国国民があれば、これらの解放・交換のための会談をこちらが示す場所にて行いたい』

 

『――よりよい世界の明日のために、熟慮されたし』

 

 それこそが千を見据え、万の計略を以て迎え撃つ海賊による、血の流れぬ反撃の始まりを告げる宣言であった。




次回作戦開始
もうちょいで今章終わりですね
本当は各海の描写やりたかったんですが、ドえらい量になりそうだったのでダイジェストで
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