とある黒猫になった男の後悔日誌   作:rikka

144 / 199
今週三回目の投稿になります


142:黒猫、策士として立つ

―― 万が一ヤツらが復讐心を持って反政府勢力に……

―― それこそロックスの残党共のような海賊の下にクロやその部下が付いて見ろ!

 

「近隣の10番台の基地の部隊を展開させる! 一隻でも多くの部隊が必要だ! 各海から掻き集めろ!」

 

 元帥として海軍を指揮する立場にあるセンゴクの脳裏に、かつてあの海賊と共に政治という戦場を駆け抜けた男の言葉が()ぎる。

 

「元帥! 旧セパート島に白ひげの更なる艦隊が出現! 『ダイヤモンド』ジョズ、ならびに『花剣(かけん)』のビスタの姿も確認されています!」

「構わん! 今大事なのは他の敵の配置だ。プルミング聖の事は一時捨て置け!」

「し、しかし天竜人が――」

「相手はクロだ! それが連名でわざわざ通信を入れた以上プルミング聖の安全は確保されている! 五老星とてそれくらいは分かろう!!」

 

 大海賊『白ひげ』、エドワード・ニューゲート。

 あの悪名高きロックスの一員であったのと同時に、現在最強と言われる大海賊。

 もしも敵対するのであれば、最低でも倍の数を揃えなければ危うい大敵。

 

 そこに、海軍がある意味でそれ以上に恐れる男が手を組んでしまった。

 

―― それこそロックスの残党共のような海賊の下にクロやその部下が付いて見ろ!

―― 奴がその才覚を全力で振るい出せば、その勢力は誰にも止められなくなる!

 

「報告! G3基地近海にて艦隊を確認!」

「白ひげか!?」

「う、内三隻は! ですが、先頭に立つ指揮艦らしき船に『三本爪』の旗を確認!!」

 

―― 誰にもだ!!!

 

「! 旗に描かれているのは猫だけか!?」

「ハッ、尾を()む蛇も描かれているとの事!」

「……っ、海賊姫。第一艦隊か!」

 

 もし黒猫が白ひげの傘下に入ったのであれば、黒猫の船が中心となるような動きはしないだろう。

 その事にセンゴクはわずかに安堵し、だがそれと同じくらいの頭痛に苛まれる。

 

(つまりクロと白ひげが現在、対等な形で友好関係を築いている証拠! あの白ひげが、他人に船と部下を任せるような真似をするとは……っ)

 

 その関係こそ、今海軍が喉から手が出る程欲している物だった。

 軍事だけでなく政治・経済、そして統治に深い造詣を持つ怪物。

 かつての共闘時代だけでも十分に分かるその知略から来る助言こそ、上層部の誰もが求めていた。

 

「決して手を出すな! 艦隊の動きだけ確認して一時間――いや、三十分ごとに細かく連絡を入れさせろ! 盗聴対策はしなくていい。とにかく徹底させろ!!」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

『主殿、読み通り海軍――センゴクとやらは睨み合いを指示したぞ』

「? 通信を傍受出来たのか?」

『うむ、電波は剥き出しのままであった。小まめに――すまぬ、正確に言う。三十分毎に報告をさせろと命を出しておる』

「……そして手を出すな、か」

『その通りじゃ』

 

 なるほど。やはりセンゴクさんも今の状況での激突は望んでいないか。

 そりゃそうだ。

 色々と環境が厄介かつクザンが残っているだろう魚人島はともかくとして、正面から白ひげを相手にするのは辛いだろう。

 

 電波剥き出しでやり取りしてるのは、戦闘に移る意思はない事の表明か。

 

(しかも今いる場所はレッドポートにやや近い。他はともかくとして白ひげが暴れたら、滞留している様々な船に被害が出かねない。グラグラの力なら、最悪レッドポートも完全破壊とまではいかなくともしばらくの間使用不能くらいは出来そうだし……)

 

 問題は連携と作戦内容がキチンと共有されているかだな。

 

 もう一つの要所であるG5基地の方には白ひげの部隊が送り込まれている。

 白ひげ曰く、頭はキレるし俺の作戦を理解していたから任せろと言っていたが……前の魚人島攻防戦を思い出してしまう。

 

(まぁ、信じるしかないか)

 

「白ひげ殿、G5基地は?」

「今イゾウに確認したが、そっちの娘っ子と同じだ。絶対に動かず、だが定時報告を欠かすなだとよ」

 

 なるほど。

 問題は新世界にどこまで海軍の戦力が残っているかだな。

 

(元々センゴクさんに、新世界の調査を依頼はしていた。その件で本当に戦力が割かれていたのかどうか。そしてその後どう動いたか。そこらが鍵だな……)

 

「スモーカー、ドール」

 

「あ?」

「なにか?」

 

 身の回りの雑務を任せてしまっている二人を呼び寄せる。

 アミスは現在親衛隊と共に白ひげの別動隊の補佐に回ってるし、ヒナはネプチューン王と捕虜交換の交渉についての準備を進めている。

 タキ爺ちゃんとその部下は防御陣地の追加構築と天竜人の世話役。

 

 ……やっぱ使える元海兵組が捕虜しかいねぇ。

 

「新世界の海軍の動きってある程度は分からないか? もちろん、魚人島の攻防戦が始まる前までで」

「……本部の部隊がいくつか送られていたってくらいしか聞いてねぇな」

「アタシもそうだね。楽園での哨戒任務を命令されたと思ったら、突然天竜人の護衛に配属されて……その……しっちゃかめっちゃかになったから……」

 

 ぐぬぅ、やっぱりそうか。

 

「? お前の聞きてぇ事かは分からねぇが、この前シキの残党を狩っていた海軍の部隊ならあったぜ」

 

 マジか! それそれ!

 

「ウチのサッチが目撃したらしい。シキが捕まってから新世界に取り残されていた奴らは、去年あたりにリンリンに食われてな」

 

 …………。

 

 勢力的な意味で?

 

 それとも物理的な意味で?

 

 …………。

 

 いや、やっぱいい。聞きたくないです。

 

「それで弱っていた所を海軍に奇襲されたが、奴らだって金獅子の一派だ。互いに被害を出しながら押し合いになっていたらしい」

「……今も無事かどうかはともかくとして、消耗しているのは間違いない?」

 

 俺が問うと、白ひげは後ろに控えている大男――『ダイヤモンド』ジョズに目線を送る。

 元からそうなのかあるいはこちらを見定めているのか、寡黙な彼は俺を見てしっかり頷く。

 

「情報提供、ありがとうございます。参考になりました」

 

 助かる。日数が経っているとはいえ、新しく追加された部隊が消耗しているとなると――

 

(金獅子一派のかつての勢力圏は聖地にいた頃に見せてもらっている。あのエリアとなると大体新世界の中間。そこにまで部隊が派遣されていたとなると……)

 

 動きが有って良い頃合いなのに増援の目撃情報はなし。

 広範囲に偵察を行っているこちらの魚人勢力の目を盗めるとは思えん。

 新世界の部隊はただですら動けないと判断してよし。

 

 ならば次は――

 

「スモーカー、悪いがTボーン少佐と一緒に天竜人の方々の周りを固めておいてくれ」

「? タキさんが付いているだろう? ……それとも、アイツらをそろそろ使うのか?」

「それもあるが、政府派の人間がこちらへの潜入工作を試みる頃合いだ」

 

 万が一のために、女性に比べればまだ安心だろうと親衛隊からトロイも付けているが……。

 

「その迎撃か」

「ああ。そして同時に、相手になぜ天竜人がこちらに従っているかを匂わせたい」

「どうすりゃいい?」

「万が一侵入者を見つけたらこう言ってほしい。『やはりプルミング聖の暗殺に来たのか?』ってね」

「……ブラフか?」

 

 そういう狙いもあるっちゃあるんだが……。

 

「一応、真面目に警戒している事でもある」

「! あり得ると? まさか――」

「プルミング聖から話を聞いて……まぁ、天竜人同士の潰し合いもあり得なくもないと」

「……だから親衛隊に加えて海賊姫の所の精鋭まで付けたのか」

 

 プルミング聖の言う天領地の事がなくとも、暗殺を成功させて天竜人殺害の罪をこちらに擦り付ける事だってあり得るからなぁ。

 どうも俺が読んだ所までの印象に比べて、天竜人でも多少命が安い感じはある。

 

 トロイに指揮権を預けて第一艦隊の精鋭を付けているから戦力的には問題ないハズだが、念のための状況に第三者の視点を付けておきたい。

 

「分かった。――少佐にも話していいか?」

「そうだな――」

 

 だからこそTボーン少佐には、ある程度外側からというか、天竜人の側にいる第三者の立ち位置に立ってもらいたい。

 止むを得ない状況からの捕虜であり、かつ天竜人の守護者という立ち位置の人間を保持する事は、間違いなく俺達の今後にとって有利に働く。

 

「演技が苦手そうだが……いや、暗殺の可能性に関しては話して構わないか」

「分かった。なら、概要だけ説明して周りを固める」

「頼んだよ」

 

 スモーカーもすぐに敬礼して駆け足で去っていく。

 海兵式の敬礼に対して、ウチの敬礼で返すのを白ひげが「変わってるな」と笑うが……いいんだよ、こういう儀礼形式は大事なの。

 

 とにかく指示をキチンと守ってくれて、かつ自己の裁量が許される範囲でベストを尽くすスモーカーは悪くない。

 

 捕虜だけど。

 

 いつも秘書役に身の回りの情報を整理してくれるアミスやヒナも動かしている今、ドールが代わりに世話をしてくれている。

 

 捕虜だけど。

 

 白ひげ、頼むからスルーしてくれ。

 いや笑えとは言って――思ってねぇんだよコノヤロウ。

 

「さて、睨み合いに専念したという事は兵士の損耗が万が一にも許されないと考えているのでしょう」

「戦うには兵力を集めてから、か?」

「戦うならばそうですが、この現状で私と白ひげの艦隊を相手に倒すだけの戦争を繰り広げればその後が続かない」

 

 

「少なくとも、センゴク元帥はそう計算するでしょう」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

―― 総督より伝令、ミストリア島へ急行し、近海の制海権を確保せよとのことです。

―― こっちも白ひげの旦那から連絡があった。このままアタシの副を頼むよ、アミス。

―― ハッ。総督からも貴女の補佐を命じられております。

―― よし……。いくぞ!! 『氷の魔女』の異名が伊達ではない事を示す!

 

 

『白ひげ海賊団に動きあり! ホワイティ・ベイ率いる艦隊がミストリア島近海に展開! こちらの航路を制限しています!』

「リスキーレッド島へ向かわせている部隊を急がせろ! せめてそこを押さえねば、新世界側の部隊の展開がより困難になる!」

 

 ついに白ひげと――否、白ひげの艦隊を用いた黒猫との『遠距離戦』が始まった。

 海軍に戦闘は許されない。

 ここで下手に戦闘を起こせば、すでに展開が完了した部隊はともかく新世界側の部隊は各個撃破されかねない状況だった。

 

 

―― アーロン、状況を報告してくれ。

―― ああ。指示通りリスキーレッド島の近海に空船を浮かべている。無地の黒旗を立ててな。

―― よし。 食料も積んであるが、いざという時は逃げてくれ。圧だけかければそれで良い。

―― わかった。とはいえ海軍の面子を潰せる機会だ。ギリギリまでは残るぞ。人数があると見せかけた方が奴らも躊躇うだろう?

―― ……それが魚人ともなれば、か。わかった。だが交戦するなよ?

―― おう、お前に感謝している連中ばかりを集めてきた。もう魚人島の轍は踏まねぇ。

―― ああ。お前らが無事じゃないと意味がないんだ、ほどほどにな。

 

 

 だが、黒猫の手は恐ろしく早かった。

 新世界からの部隊を以って包囲網を敷こうにも、確実にそれに対して牽制が入る。

 指示を出した二日後には、リスキーレッド島近海に未確認の船団がすでに展開されているという報告が入る。

 

脅し(ブラフ)の空箱だ! だが――っ)

 

 いくつかの船団は脅しの空舟の寄せ集めであるだろうが、それに対処しようとすれば設けられた期限までに現場の兵力展開が間に合わない。

 クロは設けた条件を巧みに用いて、確実にこちらの余裕を断ち切っている。

 

 そうして今、『千視万計』の手によって一つの状況が出来上がっていた。

 新世界(・・・)に配備済みの部隊を展開させる事が、極めて難しい状況を。

 

「……我らは、お前を裏切った」

 

 徐々に悪化しつつある戦況を描いた海図にセンゴクは拳を落とす。

 

「裏切ったのだぞ!!?」

 

 その様子に、中将のおつるが痛々しい目線を送っている。

 

「だが……なのに! クロ!!!」

 

 

 

「――っ! すまん!!!!」

 

 

 

恩に着る(・・・・)っ!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「サー・クロの狙いは、恐らく我々海軍が世界中に広げた戦線を縮小させる事でしょう」

 

 魚人島での戦いは終わり、だがしかして海軍は連れ去られた天竜人の奪還をせねばならなかった。

 そのための追撃艦隊の編成を任せられたモイラ特別中将補佐官は、メルセスの首根っこを引っ張って出陣していた。

 保身のための点数稼ぎである。

 

「つまり、海軍を助けようとしているってこと?」

「……正しくは、海兵(・・)を助ける事で海軍(・・)の動きを封じようという事でしょうが」

「? どういうことよ?」

 

 名も無き双子島。

 かつては名があったらしいが、もはや覚えている者はほとんどいない島に陣取ったモイラは同行させた適当な将校を現場の指揮官に指名し、総指揮の補佐にメルセスを指名して海軍の受け入れ体制を整えさせていた。

 現在、短い期間でそれなりの数の海兵がスムーズに陣を張れているのはそのためである。

 

「今回の天竜人の暴走によって、各地の反政府活動は活発化しています。これの拡散が現状止まったように見えるのは、各地に派遣された政府直属の特別中将による派兵強行に依る所が大きいのです」

「……そういえば、魚人島の一件も兵を招集したのはスキッパーだったわね」

「あの場合は、天竜人直々の命令が出たというのも大きかったのですが……」

 

 そして仮の本部となった陣幕の中で、すでに指揮権を後から来た本部の中将に渡したモイラは今後の動きを決めるためにも、メルセスに戦況の予測を話すように命じていた。

 

「恐らく、政府から直接送られた人員――つまり天竜人との距離が近い者を将として、最終的には海軍を懐柔、あるいは乗っ取るつもりだったのでしょう。ですが、それゆえに持つ特権意識が今回の世界的な混乱の中でマイナスに働きました」

「……指揮権無視して、天竜人の存在の恐怖を煽って無理やり兵士を動かした」

「世界政府において天竜人は絶対ですので、大義としてはそう間違いでもありません」

 

「――ですが、そのために各地の戦線は無駄に絡み合い、作戦行動も散発的な物になってしまいました」

 

 メルセスはふと、後から来た本部の将校がモイラを見る眼を思い出す。

 女だから侮っているとかそういう物ではない。

 

 彼女を『敵』として見ている眼であった。

 敵意と軽蔑と、憎悪が入り混じった殺意の目。

 

 政府がどれだけ海兵からの信頼を失ったかを示す目だった。

 

「サー・クロはそこを突きました」

「戦線の縮小が政府に効果あるの?」

「はい」

 

 世界政府の直属である海軍は、現状世界でもっとも正確な地図を持っている。

 すでに戦端が開かれている島々が真っ赤に塗られているが――

 

「本部兵士の方々から情報を集めましたが、基本的にどこの戦線も海軍が圧倒的に不利です。広い島を攻めれば補給路を断たれ、比較的小さな島を見せしめとして攻め滅ぼそうとした部隊は空城(くうじょう)ならぬ空島(からじま)の計によって散々に叩かれている模様」

「……どうりで援軍のほとんどがゲッソリやせ細ってる訳ね」

 

 魚人島攻防戦に最初から参加していた兵士達も疲れ切っていたが、今回の一件で更に本部がかき集めた兵隊はそれ以上だった。

 

 本当に立っている事がやっとの兵士達が食事の時間の度に泣きながら汁を喉に流し込み、粥を啜っていた。

 一人や二人ではない。

 部隊丸ごと、食事の度に何とも言えない泣き声を上げているのだ。

 

「ハイ。ですが防衛している各国にも、即座に状況を覆せるだけの兵力はありません。備蓄があったのか、すでに海軍を退けた国も一部あるようですが、ほとんどは長い消耗戦の果てに補給路が拙い海軍が撤退を余儀なくされる。……このままならそういう流れになったのでしょうが」

 

 メルセスは溜息を吐いて、所々が真っ赤に染まった地図を改めてみる。

 紙の上ではこうして色分けされるだけだが、現場では多くの犠牲者が出ている。

 

 直接戦闘で討たれる者、物資が届かず餓死する者、あるいは病に倒れる者。

 多くの命が無意味に消えている。

 

「これらを被害が増える前に撤退させるには、戦線の維持を声高に叫んでいる各地の特別中将――の上にいる世界政府に、撤退を認めさせるだけの大義名分を持たせる必要がありました」

「それがコレね。……すでにこれだけ不味い事になっているのに、政府はまだ分かっていないの??」

「……それが」

 

 それはメルセスも気にしている所であったために、特に念入りに情報を収集していた。

 が、

 

「確証はないのですが……」

「ええ」

「政府の方々は十分な兵力と食料、砲弾を送っていて、それでなぜ勝てないのかとお怒りのようです」

 

 特別中将補佐官を補佐する立場であることを利用して、メルセスは政府寄りと見られる人間からも情報を得ていた。

 それで気が付いたのは、海軍と政府で見ている物が余りに違うという事だった。

 

「……まぁ、正直お上の言いたいことは分かるわ。貴重な物資集めて割いてるんだから結果を出せってのは」

「はい。問題はその上で、戦闘は出来ても軍事行動に無知な者が、将校として各地で実権を奪ってしまった事にあります」

「あぁ……なるほど。お上にも責任あるわけね。自覚してるかどうかはともかく」

 

 そう。政府の干渉がなければどうにかなった問題が、余計な横やりのせいで拗れに拗れてしまっている。

 

「だからこそ今回の天竜人を絡めた交渉と大海賊『白ひげ』の戦力、そして手持ちの艦隊運用による航路の制限・圧力を以って、サー・クロは海軍に各地の戦線からの撤退に足る大義名分を用意したのです」

「海軍のために? どういう奴なのよ、『黒猫』って。海軍上層部からやたらに覚えがいいみたいだけど」

 

 その言葉に、内心でメルセスが同意する。

 やはり、叶うならば一度会って話をしてみたかった。

 

 あるいは――

 

「あくまで海兵のためにです。そして、この策の恐ろしい所はその後」

「後?」

「はい」

 

 

「果たして、撤退できた多くの海兵達を養うだけの国力を――」

 

 

「その時の世界政府は持ち得るのでしょうか?」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

『問題なのは戦線が縮小した時、果たしてどれだけの海兵がまともに残れるかという事です』

 

 クロコダイルは静かに、あの船の中で作戦の説明を続ける海賊の言葉を思い返す。

 

『世界政府、そして海軍の脅威を見た非加盟国や離脱国は即座に手を取り合うでしょう』

 

『そして今回の作戦で海兵の大規模撤兵を成功させられれば、その影響は様子見をしていた各国にも広がる』

 

 現在ハンコックの指揮の下、レッドポートに最も近い海軍基地の一つを押さえ込んでいる。

 その船室には、説明の時にクロが使っていた地図がそのまま広げられていた。

 

『海軍頼りなしと軍拡に入るか、近い国家にすり寄るか――。それを見て非加盟国が手を伸ばすかどうか』

 

『いずれにせよ、世界政府が多数の生産地を失うのは避けられない。海兵が一兵でも多く生還すればするほど、その負担は重くのしかかる』

 

『穀物の生産力とその農地、畜産、工業、鉱山、紡績業。ありとあらゆるものが著しく減退する』

 

 クロコダイルにとって喉から手が出る程欲しかった物。

 上手く言葉に出来ないソレが、今確かに完成しつつあるのを彼は理解していたのだ。

 

『一度纏まった以上、打って出ねば生産地は取り戻せない。だがすぐさま再攻勢に出るには兵士の消耗は余りに大きく、それが生み出す時間は反世界政府国の繋がりと反撃の用意に繋がる』

 

『少しでも兵士がいる間に無謀な攻撃に出るのか、あるいは兵士を民に戻して生産に当てるのか、いずれにせよ本作戦が成功すれば――』

 

 地図の上に広げられたゲームの駒の数々を、かつてクロがそうやったように鉤爪で乱暴に地図の中心へと集める。

 

『――世界政府の勢力維持限界点は、大きく縮小する』

 

 赤い×で示される赤い港、あるいは聖地の周辺へと。

 

―― クッ……。

 

 思わずかみ殺そうとした笑いを、だが意味がないと気付いた鉤爪の海賊は

 

「ク……ッ、ハハハハハハハハハハハ!!!!」

 

 大笑いを始めた。

 腹の底から空気を押し出し、肺を空っぽにするまで。

 

 ゼェ、ハァと息切れする程に笑っていた。

 

「ハァ……ハァ……、黒猫め」

 

 

「――なんて生意気なガキだ」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。