「では、先に天竜人の返還と謎の武装勢力に捕らわれていた魚人の交換を実施。その後それぞれの検分を終えた後に武装組織の捕虜の引き渡しを行う。そういう流れでよろしいのですね?」
魚人島に関しては後々力尽くで奪い返す事が決まったので、そこから先はあえて触れずに話し合いを進める。
向こうも薄々、こちらがいずれ奪還戦を仕掛けるだろう事は察しただろうが……今の海軍にはどうしようもないだろう。
戦線と共に生産力を縮小させた以上、魚人島の価値よりも海の上にある各島の価値が跳ね上がったのだ。
仮に魚人島に兵を常駐させようにも物資のやり取りが人間には難しい所だし、使えるようにするにはそれこそ海上の島に使う以上の物資と時間を注ぎ込んで設備を整える必要がある。
(魚人が地上に出るのに人間の力が必要なように、人間が海中で動くには魚人の力が必要だ。となると……)
「だが、魚人の捕虜は天竜人に危害を加えようとした者もいる。そのために取り調べの時間が必要であると思うのだが?」
「はて、少なくともプルミング聖ら八名……失礼。幼いルセリナ宮は除いた七名からは、先の魚人島における彼らとのいざこざを不問にするという宣誓書に署名を頂いております。これはそちら側の天竜人にも送付しておりますし、なんでしたらご本人にご確認を」
「しかしマンマイヤー聖らの御意向はどうされるおつもりか。実際に乗船していた船にまで乗り込んで来たとおっしゃっておりますが?」
孔明っぽい人が口を挟む。
……このままだと不味いと思ったのだろうが、どの意味で不味いと思ったのかな。
海軍の実績を稼いでおかねばと考えたのか、純粋に政府の意思を受けてか。
あるいは海賊が会談を起こした上で主導権を握られたまま終わる事を恐れてか。
まぁ、なんにせよ――
「では彼らは魚人を極刑にしろと? それとも奴隷に? そういった命令を直接出されたのでしょうか? その命令書は?」
「……いえ。ですが――」
「先に申した通り、こちらは彼らの罪を不問にするという御言葉と共に、危うく天竜人を銃弾の嵐に巻き込みかねなかった者達の虜囚と魚人の交換交渉における全権を――ええ」
「全権をプルミング聖、並びにネプチューン陛下の名の下に預けられております」
ネプチューン陛下に目配せをすると、陛下が書類を取り出し提示する。
「こちらがその任命書になります。ネプチューン陛下、並びにプルミング聖による合同の署名がございますので、どうぞご確認ください」
滅茶苦茶苦労して両者を会わせた上で、それぞれ署名してもらった任命書だ。
そういう狙いがあるかどうかは別にして、天竜人の完全同意なんていちいちお伺い立ててたら絶対に纏まらないし時間を稼がれるんだ。
時間がない中で時間を使う作戦をわざわざ実行したんだ、対策くらい当然してあるわ!
「この通りじゃもん。本交渉において儂とプルミング聖はクロを挟んで交渉を繰り返し、正式に停戦を結んでおる」
他に適任がいなかったから、適当な形だけの命令をもらって俺が出たと思っていたのかな。
軍師っぽい人やサカズキさん、ボルサリーノさんが正式な書面を見てギョッとした顔で驚く。
逆にセンゴクさんやおつるさんは……なに、そのクッソ深くておっっっもいため息は。
「……この身は確かに海賊でありますが、本会談においては恐れ多くも天竜人の皆様の
まぁでも、軍師さん――コーメイ大佐だったか、まんまだな――の発言は助かった。
「本会談が交渉であるがゆえに、条件の設定において意見が衝突するのは仕方ありません。ですが天竜人の名を持ち出して一方的に正当性を訴え、条件に注文を付け加えるのであれば、その根拠と証明になるものを提示していただきたい」
一番いいタイミングで釣り上げて、こちらの札を再開示出来た。
……まぁ、騙し討ちに近いと言われればそうなんだが。
(天竜人の権力,権威の整理が出来ていない上に、非加盟国との対外交渉が加盟という名の降伏のやり取りしかないそちらが悪いんだから勘弁してくれ)
……なんか後ろに並んでいる中将さん達からあからさまにビビられているけど。
うん、まぁいい。舐められるよりは何倍もマシだ。
でも出来れば冷汗は流さないで欲しかった。
黒猫オンリーとそちらとの交渉ならば見て見ぬふりもできるけど、こっちも立場上ネプチューン陛下や捕虜の皆に状況を共有しなきゃいけないから……。
そこから外部に海兵
(今後、変にこちらや向こうの士気に影響しなきゃいいけど……)
「し、失礼をいたしました」
「いえ。……こちらからもお聞きしたいのですが天竜人から今回の捕虜交換に関して、命じられている事はあるのでしょうか?」
普通ならば手札を晒すなんてまずしないだろうが、とりあえず揺さぶってみるか。
「実の所、特にこれと言って命令はないよ」
…………。
あの。
おつるさん?
大丈夫です? 多分なにかしらの鎖役がいますよね?
後ろの中将達の中に紛れ込んでるんでしょう?
「なにも、ですか?」
「まぁ、さっき言った通り魚人島を必ず押さえろ。次に王族を確保しろって話こそ出たけど……」
ジンベエがブチ切れそうな気配を出す。
だが……。
うん、気にかかる所もあるが多分間違いない。
俺の推測は当たっていたのだろう。
魚人島を政府が押さえたとなると、魚人はどうしても陸を目指さざるを得ない。
ポセイドンの事がなくとも、王族を押さえればその統率には大幅にブレが出る。
バラバラに他の島を目指せば確実に現地民との間に摩擦が起こる。
白ひげを頼れば、その人口の多さが白ひげの枷になる。
仮に魚人島を攻め落とそうとすれば、環境との相性が良すぎるクザンが待ち構えている。
(幸い俺と白ひげがタッグを組めたから、どうにか足踏み期間は大幅に短縮できそうだけど)
とにかく、おつるさんの発言で内情は読めた。
こうして口喧嘩こそしているが、その実こちらと海軍にはさほど摩擦がない。
少なくとも上層部は一刻も早く――それこそ大幅な譲歩をしてでも早く交渉をまとめて、海軍組織の立て直しに取り掛かりたいのだ。
魚人島という最大の案件こそが難点だが、それさえ無視してしまえば残る問題は人口の話。
つまりはこちら側の問題のみだ。
莫大な人口をある程度割いて受け入れる事が出来るウチが白ひげに助力すれば、対処は可能。
(その代わり、しばらくは苦しいな。一応白ひげ勢力にプラスになるように動いているが……)
天竜人と政府の蛮行が大きく騒がれている中で、戦線を一気に縮小させる策を打った。
これなら各地で取り残された兵士が匪賊化することも防ぐ――とまではいかなくともかなり軽減できるし、混乱も最小に抑えられる。
(そして新世界の海軍は会談までの間に艦隊機動で誘導して、動けた部隊は全てG3,G5,G14基地の近海にまとめ上げている。海軍の平均的な物資消費速度の統計から計算しても、今頃それぞれの基地で補給している真っ最中だろう。再展開には時間がかかる)
新世界の中で動きの取れなかった部隊も今頃は撤収に入り、早い所は基地に戻っている頃だろう。
そうなれば海軍の圧を逃れた非加盟国は、間違いなく手早く手に入る武力、あるいは強力な後ろ盾を欲する。
強大な勢力で、かつその行動理念がある程度把握できるものならば尚更。
(白ひげの話だとカイドウ――百獣海賊団は動きが不明。ということはなにかしらの計画が進行中で、だからこそ外部からその実態は掴めない。ビッグマムは敗走してそもそも身動きが取れない。シキはまだ海の上に拠点は築けない)
つまり新世界の非加盟国にとってもっとも分かりやすく、かつ頼りになる勢力は、
――白ひげしかいない。
(後は上手い事上納金なり直接の食料調達の類を調整すればいいが……)
存外白ひげは金に関する計算は早かった。
あくまで個人的な感想だが、金を使う才能はないけど貯める才能があるタイプだ。
マルコ辺りが上手く支えれば問題あるまい。
……収益が足りれば、の話だが。
(むしろ問題なのは、西の海での余白というか伸びしろが不透明な俺達の方なんだよな……)
いくら情報が拡散したとはいえ、西の海には情報操作に動いていた政府の人員が多くいるハズ。
実際に西の海に戻ってこの目と肌で感覚を確かめるまでは予断が許されない。
(最悪スーペリアとリガロに本部機能移転させて本格的に手を付ける必要があるな。ミホークとロビンの手腕を信じるしかないが……)
「では、双方の――えぇ、『保護』した人員の交換に異論はない。それでよろしいですね?」
「うむ、頼む」
「こちらは問題ないよ、クロ坊や」
そうですか。
うん、助かる。それは凄い助かるんだけど……。
「では……その件に関して一つ、自分から」
サカズキさん、そんな睨まないでくれ。
こっちはキチンと政治的に対応しているんだから勘弁してくだせぇ。
ボルサリーノさんは……あの……。
なんでそんなじっとこっち見てるんです?
サングラスで目が見えないんでめっちゃ怖いッス……。
「実は一名、このままゼファー特別大将の
…………。
センゴクさん。センゴクさんってば!!!
なんなんだよそのため息は!!?
今日の会談、最初の説明以外「うむ」と「ああ」だけで合間にため息吐いてばっかりじゃないか!!
あとドール! 前に出て来い! お前の話やぞ!
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
―― よかった! よく帰ってきたな!!
―― 酒――はまだキツいか! 水もメシもある! まずは食え食え!!
―― 帰れた……本当に帰れたんだ……っ。
捕虜交換は恙無く完了した。
俺が天竜人の八名を引き連れてそちら側に渡るのと同時に、魚人達も解放された。
(……正直、全員揃っているかの確認は少々不足しているが……センゴクさん達の手腕を信じるしかないか)
本当ならば一週間くらい時間を掛けてガッツリ細部を詰めたいところだったが、こっちはこっちで膨大な数の難民の対策に動かなければならない。
ただの寄り道が想定以上の戦争になったのだ、ダズとテゾーロがどうにか捌いているという話だが、急いで西の海に帰らないと。
「……世話になったえ、クロ」
「ハッ。一月もの間ご不便をおかけしたこと、心から陳謝いたします。プルミング聖」
センゴクさんら海兵側が敬礼して出迎える中、プルミング聖はこちらに向かって礼を言ってくれる。
…………。
それは有難いし助かるんだけど海兵の皆に
これ以上海兵のヘイトが溜まるとコントロールできん!!
「良い。……おばえは約束通り、無事に帰してくれた」
おう、そう言ってくれるとこちらとしても一か月間腕を振るい続けた甲斐がある。
食事三食に午後のお茶に夜のささやかな酒宴、飽きない程度の催しその他諸々!
ついでに海軍側に無事な様子を見せるための茶会の開催!!
少しでも暴走する可能性を下げるために全力を尽くして持て成した甲斐がある!
「た、助かったアマス……」
「ロエニー宮も、失礼の数々申し訳ありません」
「まったくアマス。この非礼は聖地でわちきらに尽くす事で返すアマス!」
「申し訳ございません。今回の事態を抑えるために、私がやらねばならぬことが山積みでして」
なにかと問題児だったロエニー宮も、俺がそう言うと詰まらなそうに鼻を鳴らすだけである。
本当に大人しくなったなお前、蟹汁の金箔乗せが欲しいとか言いやがって死ぬほど焦らせた女が。
他にも奥方様や他の天竜人が海軍の用意した船へと移っていく中、クイッと小さく腰のポケットの辺りを引っ張られる。
「? ルセリナ宮?」
まだ三歳の幼い、それでも天竜人の中でもっとも懐いてくれた子が引っ張っていた。
すぐに膝を突いて目線を合わせた上で頭を下げる。
「御身にも、大変な不便を」
「あの、あのね、クロ」
ふんわりと、幼い子供特有の腕の温かさを首周りに感じる。
金の美しい髪を持つ娘が、抱きしめてくれていた。
「守ってくれて、ありがとう」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
(ついに、戻るのか。海軍に……私が正義を求めたハズの軍へ)
魚人が解放され、天竜人もあるべき場所へと戻っていく。
戻ってきた魚人達は、皆多かれ少なかれ怪我を負っている。
中にはひどく痛めつけられた者もいる始末。
海兵がそれをやったとは思いたくない。
同胞にそのような真似をする者がいると、Tボーンは考えたくなかった。
「捕虜のまとめ役、ご苦労じゃったの」
「無事に交渉がまとまり、こちらもホッとしましたな」
「色々とありがとうございました。おかげで随分と助かりました」
再び正義の服に袖を通した所に、約束通りこれまで誰一人として捕虜を粗末に扱わなかった『海賊姫』と、代々海兵の家系でありながら海賊に下った老兵。そして彼女が絶対の信頼を置く大海賊が訪れてきた。
「総督、ハンコック殿にタキ殿も。この度は大変お世話に」
本当に世話になっていた。
白ひげ海賊団との接触を避ける場所に自分達の寝所を用意し、食事だけではなく健康、精神にまで気を使ってくれたと。
特にまとめ役だったTボーンや補佐をしていたスモーカー、ドールはよく理解していた。
「ドール曹長はそちらに?」
「はい。もう少し海軍から反発があるかと思いましたが、特務という事で私の所に」
そちらの方が幸せかもしれぬと、ひそかにTボーンは思った。
ドールという海兵が天竜人の命令で何をしたのかは分からぬが、人目を離れた所で苦しんでいた事を数度目撃してしまっていた。
罪悪感なのか、あるいは別の事への嫌悪感からか。
声を必死に押し殺しながら嘔吐する姿を。
(そうだな。……この海賊団は実質新たな海軍、新たな政府と言える。ここならば――)
本音を言えば、このまま無茶を言ってでも付いていきたい気持ちがある。
西の海の多くの将兵達が離反したのが理解できてしまう程にこの海賊団は秩序を重んじ、清濁を併せ吞んだうえで義を通すだけの組織力がある。
(だが、残った海兵達を放置は出来ぬ。今まさに政府の汚泥の中で苦しんでいる仲間を放っては置けぬ……っ)
多くの兵士が苦しんでいる。
望遠鏡で向こうの島の様子を見ただけでもわかる程に。
覚えのある若い新兵がまるで髑髏のように痩せぼそり、生気の無い目で剣を杖のように突いてどうにか立っていた。
訓練の時に、いつも揃って苦楽を分かち合っていた幼馴染だといっていた二人が、たった一人で青白い顔をして形だけ整列している。
「……Tボーン少佐」
正義の白い服を置き去り、矜持を示す黒いスーツに袖を通す老兵が声をかけて来た。
「タキ殿」
「海軍を去り、こうして黒猫に降った私が言える事ではないかもしれんが……」
離れた所ではドール曹長が、海兵服に袖を通したままヒナ伍長や海賊姫の妹となにやら話している。
「我らが黒猫として戦う事に意義を見出だしたように、海兵にもきっと戦う意味はある」
タキ達西の海の海兵達が黒猫へと寝返ったのは、天竜人であれば蛮行すら白になる今の世の中と、その鎖に繋がれるしかない海軍組織を信じられなくなったからである。
だが同時に、彼らは元海兵であった。
政府に思う所があっても、肩を並べて戦っていた同僚達の行動そのものは真摯であった事に疑いの余地はなかった。
「願わくばいつの日か――かつての西の海のように我々と海軍が肩を並べる事が出来る日まで」
タキが黒猫の敬礼――ではなく、静かに右手を差し出す。
「壮健であることを願う」
「タキ殿……」
海兵の鑑であると言われる男は、魚人島攻防戦の時からずっと暗かった顔を、ようやく破顔させてその手を握る。
「ええ。貴官もどうか、身体にお気を付けください。今度は敵や捕虜などではなく、お会いしたい物です」
スモーカーを始めとする他の捕虜達がTボーンの後ろに並ぶ。
ドールはこちら側に立って、それを見送る形になる。
「黒猫海賊団、整列」
白ひげ海賊団の面々はポカンとして見ているが、黒猫はこういう事に手を抜かないが故に黒猫である。
総督クロの号令を、その部下であり部隊の指揮官であるアミス、ハンコックとタキが復唱。
その声に身体が反応した全兵員が、隊列を組んで真っ直ぐ立つ。
「混迷の海へ征かんとする兵士達へ! 敬礼!」
そしてやはり、訓練を通して身体に染みついた号令に身体が動き、一糸乱れぬ敬礼を送る。
先日交戦した確かな敵へ、一度は肩を並べたかつての戦友に。
これより、あるいは自分達『黒猫』が進むよりも困難な道が待っている、海兵達へ向けて。
この海に矜持を掲げる者達として、敬礼を以てその船出を見送るのだった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
聖地と呼ばれる地のある部屋。
パンゲア城の一角。知る者の限られるその部屋は、荒れに荒れていた。
いくつもの紙が散らばっている。
破かれたり、あるいは刃物で斬り刻まれているそれは海賊の手配書の数々だった。
鋼刃、ゴーストプリンセス、悪魔の子、王佐の剣、銀の乙女、死を呼ぶ舞踏、魔弾の射手、海賊姫、灰の将――
ある海賊団に所属する数々の猛者の写真を、ある人物がズタボロにしていた。
刃物を握ったまま次々に、バラバラに、グチャグチャに。
「なぜ――」
「なぜ貴様ばかりが」
「なぜ――」
「なぜムーには……」
そして最後の一枚。
決して許せぬ男。
決して生かせぬ男。
なのに――
なぜか、決して消えない男。
なぜか、消せない男。
あの忌々しき鼓の音を世界に響かせた、
『神の天敵』
「生かしておかぬ」
「存在も、その記録も記憶も許さぬ」
「決して」
「決して」
「貴様を許さぬ……っ!!」
「海賊!!!!」