とある黒猫になった男の後悔日誌   作:rikka

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014:種

 

――ご歓談中、失礼いたします。

 

 ニコ・ロビン。自分があの時逃がした少女の捜索計画についての引継ぎに関する話し合いと言う、実に陰鬱な会議の最中、突然その男は現れた。

 

 出会ったことはない。だが顔だけは、ここにいる人間は全員知っている顔だった。

 

「まさか、海軍の基地に一人で忍び込むふざけた海賊がおるとはのぅ」

 

 そう、本来ここにいるのは手枷を嵌められているか、あるいは首から上だけになっているはずの海賊が、まるで来客のように平然とドアの前に立っていた。

 

「あらまぁ、まだ小さいのに随分と度胸がある海賊じゃない。いくつだっけ?」

「14だ。14歳にして6500万ベリーの大物ルーキー、『抜き足』のクロ」

 

(いやぁ、14歳が出していい貫禄じゃないでしょコレ……)

 

 おちょくりに来たと思ったのか、先日避難船すら沈めたサカズキが放つのは本気の敵意――もはや殺気と言っていいそれを受けて、海賊は汗一滴流していない。

 それなりに場慣れして経験を積んだ海兵でも気圧されるだろうそれを受けてだ。

 

(おまけに全然騒がれていない所を見ると、ここまで誰にも見つからずに潜入している。海兵だったらもう本部に出向してておかしくない実力だ)

 

 6500万ベリーという金額にも納得できる。

 

「中将サカズキ殿、同じく中将クザン殿に……本部大将、センゴク殿とお見受けします」

 

 加えて、目の前の海賊からは不思議と海賊の匂い(・・・・・)がしない。

 

「貴官らが正道を征かれる正しき海兵であると聞き、馳せ参じました。差し支えなければどうかしばし、お耳を拝借したく存じます」

 

 多少汚れてこそいるが黒いスーツできっちり固めているので、そのまま背に海軍のコートを着せたら普通に海軍将校に見えるだろう。

 

「海賊風情が生意気抜かすな、小僧――!」

「まぁまぁ、話くらい聞いてあげてもいいでしょうよ。丁寧に畳まれてるその海兵服も気になるし」

 

 即座に捕えようとする同僚を押さえて、話を促すように上司であるセンゴクさんの様子を見ると、センゴクさんも『抜き足』の話に興味を持ったようだ。

 海賊を目の前にしているから鉄面皮を被っているが、敵を見る目ではなかった。

 

「――いいだろう、話を聞いてやる『抜き足』のクロ。貴様は一体何の用事で、この地区本部の最深部まで潜入した?」

 

 センゴクさんも、やけに丁寧に畳まれて、そしてやけに海賊が大切に扱っている海兵服が気になっているようだ。

 

「分かりました。まず、これから自分の語る事に偽りは一切ない事を宣誓しておきます」

 

 そもそも、海賊が本部大将相手に直訴する時点でとんでもない与太話かとんでもなくヤバい話の二択なのは分かっていた。

 

「この西の海において、マフィアと癒着した一部海兵によって、『海兵奴隷』という裏取引が行われています」

 

 だけど、こんな地獄の蓋がいきなり目の前で開くなんて普通想像できないでしょ。

 

 とんでもないもの持ってきたねぇ。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「どこまで腐っとるんじゃ、あやつらぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

 

 熱、あっつい!!

 ちょ、センゴクさんかクザンさんこの人止めて!! 

 

 密輸船襲撃の過程説明している時まではこっちに向いてた殺意が多少楽になったけど今度は全てがヤバい!

 ほらセンゴクさんのヤギがめっちゃ怯えて俺の所に逃げてきてるから!!

 

 マグマの熱気が漏れて部屋の一部がくすぶり始めてる!

 皆からかき集めたサインは無事だな? これ一応生存の証拠なんだから!

 

「近年、特に4つの海で不可解な事故が多い事は薄々感じていた。だからオハラの一件に合わせてまずは西の海から査察を始める予定だった。その真相が……奴隷だと!!? 世界秩序を守らんと危険を覚悟で志願し、入隊してきた海兵達を!!」

 

 ドアの辺りでドサドサっと誰かが次々に倒れる音がする。

 

 あー、うん。突然の怒声に何があったのか確認しにきた海兵がこの二人の怒気に巻き込まれたか。

 ご愁傷さまとしか言いようがない。

 

 覇王色のそれかどうかは分からないけど、さっきからすっごいビリビリしてるから気を抜くと自分も意識持ってかれそうになる。

 事態を全く把握していなかっただろう海兵にはそりゃ耐えられんだろう。

 

 ……クザン、おい後の青雉。

 どちらも止めないでジッとこっちを見るな。やることあるだろう、話はなんにも進んでないのに俺もうチビりそうだぞ。

 いいのか、俺がただ醜態晒すだけの事態になるぞ。

 

「サカズキ中将、お怒りはごもっともですが今は能力を控えていただきたい。……センゴク大将、こちらは出航前に本人達に直筆で書いてもらったサイン一式になります」

 

 本人たちの証拠になるし、照合の材料になるものだからサカズキに言ってみると、意外な事に素直に能力を抑えてくれた。

 

 …………。

 

 小さく頭を下げた!!?

 

 いや、まぁいい。驚愕している場合じゃない、今は細部を詰めていかないと。

 

「すまん『抜き足』。すぐに保管されている入隊書類などと照会させる」

「それと、出来るならご家族の安否確認と保護もお願いしたい」

「……っ。いや、だが……事実なら馬鹿共にこちらが事態を把握している事を確信させかねん」

 

 それは自分も思っていた。

 

 口封じで念のために殺しているならある意味で話は早いんだけど、俺が奪った海兵達が逃げ帰る可能性を考えると監視を思いつく奴は絶対にいるだろう。

 

「事故……と敢えて言いますが、自分が保護した海兵がそれに遭ったのは、全てこの数か月の間です」

「数か月も恥辱に耐えさせてしまったか……っ!」

「はい。……ですが、殉職(・・)した若い海兵の遺族に対しての将校による慰問となれば、不自然ではないのでは?」

「……それでも不審に思う奴は出る、が――」

「初動をある程度鈍らせることはできるのではないでしょうか」

 

 自分の頭だとそれくらいしか思いつかん。

 だが、知将と呼ばれているセンゴクさんなら、

 

「私が主導となって慰問式典を開催する。対象は近年殉職した海兵の遺族全員だ」

「……あぁ、なるほど。保護対象を堂々と理由付けて纏めれば、キチンとした護衛も付けられますし、余計な茶々も入れにくくなりますね」

「でもセンゴクさん、予算や場所取りなんかを本部大将の身分で強行して大丈夫ですかぁ?」

 

 横からそう口を挟んできたクザン中将の言葉に、「何とかする!」とセンゴク大将が声を荒らげる。

 

「『抜き足』、貴様の持ち込んだ話には真実味がある。わざわざここまで来た上で、戯言で言うような内容ではない。だが、貴様の持ち込んだ海兵服やサインも含めて確認せねばならん事がある。しばらくここで待っておけい」

 

 海兵が海賊に待っておけって普通は死の宣告だよなぁ。

 いやまぁ、今回はさすがに違うんだろうけど。

 

 そしてセンゴクさんはそのまま、サカズキさんを連れて部屋を出て行った。

 サカズキさん、出るときに俺を睨んだのはどういう意味が込められてるんですかね。

 

 とにもかくにも、つまり残ったのは――

 

「いやぁ、わざわざ乗り込んできて大事な話をしてくれたのに慌ただしくてゴメンねぇ。せんべい食べる? センゴクさんのだけど」

 

 だらけきっ――てはまだないだろうけど、まぁ後々そういう正義を掲げる海兵である。

 

「えぇ、頂戴いたします」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 最初はここに乗り込んできた度胸と実力を踏まえて、6500万の懸賞金は妥当だと思っていた。

 だが、今となってはその意見を引っ込めざるを得ない。

 

(実力だけなら億の台に乗っててもいい子じゃない。危険度という点では大幅に下がるんだろうけど)

 

 敵になる姿が想像つかないという、初めて見るタイプの海賊だった。

 

 海兵の基地で、怒りのあまり漏れ出た能力から他の二人の実力は分かっているだろうに、今こうして何でもないように煎餅を齧ってお茶を啜っている。

 

(クソ度胸と言うかなんというか……)

 

 怯えていないわけではない。

 それはなんとなく視えるが、あまりにそれを隠すのが上手すぎる。

 怒りに震えていたあの二人の目には、どう映っていたのだろうか。

 

(そもそも、センゴクさんの覇気を耐える奴がまだ4つの海にいるってのがおかしいでしょ)

 

「クザン中将」

「ん?」

「いえ、こうしてお茶とお菓子を頂いていてなんですが、自分は牢に入っていなくてよろしいんでしょうか?」

「君、その年で色々覚悟しすぎでしょ」

 

 つい本音が漏れたが、本人は小さく笑って「そんなことは」と謙遜する。

 

「そもそも逃げる理由がないでしょ君。あの二人も……ひょっとしたら君が海賊って事ちょっと忘れているんじゃない?」

「……いや、さすがにそれは」

 

 自分で言っておいてなんだが、あるかもしれない。

 この海賊は、奇妙な話だが、下手な海兵よりも海兵らしい。

 

「正直、君が海賊って言われてもピンとこないのよ」

「略奪もそれなりにやっているのですが……」

「それ、そこらの島民にやった?」

「……いずれ、必要になればやるかもしれません」

「そうだねぇ」

 

 しない。

 この男は絶対にそれをしないだろう。

 

 そういう事態が来ないようにまず動くと見た。

 

 略奪をしていたというのは事実なのだろうが、民間からやったことはないだろう。

 そういう略奪を繰り返す人間特有の刺々しさが全くない。

 

 大物の中にはそういう海賊もいるらしいが、この少年もそうなのだろうか。

 

(いや、もうすでに大物か)

 

「ところで、なぜセンゴク大将は自分の話をこんなにもすぐに信じられたのでしょうか。やけに話が早いと思いましたが」

「あぁ、世界政府から君に絡む話がちょっと前にあったのよ」

「……自分に?」

「懸賞金を上げたうえで、条件を『Only Dead(生存を許さず)』にしろってね。まぁ、明らかに怪しいから元帥が突っぱねたけど。ひょっとしたらもっと色々裏でやりとりがあったのかもね」

「……世界政府は把握していた?」

「……ありうるなぁ」

 

 不快気に眉を顰めた海賊からは、純粋な怒りを感じる。

 

(まいったな、本当なら俺も怒りを感じてしかるべきなんだが)

 

 どうにも天竜人やマフィア、裏切り者の海兵への怒りよりも、目の前の海賊への興味が(まさ)ってしまう。

 

「クロ君だっけ」

「……君。まぁ、はい」

 

 

 

 

「ニコ・ロビンは元気にしてる?」

 

 

 

 だが、仕方ない。

 なにせ、ハグワール・D・サウロが残した種の守り手になり得る男なのだから。

 

 自分の質問に海賊は即答せず、小さく微笑んでこちらを見ている。

 その笑みからは、何も悟ることができない。

 

「申し訳ありませんが、どちら様の事ですか?」

 

 本当に、とんでもないクソ度胸の持ち主だ。

 




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