とある黒猫になった男の後悔日誌   作:rikka

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今話の後に続けて西の海パート書いてクロの帰還まで書こうとしたらクッソ伸びてしもうた……
というわけでセンゴクさんパートでございます


151:人を率いる者

「すまんな、こんな時に倒れてしまうとは」

「しっかりしな。……と言うべきなんだろうけど、無理もないね」

 

 軍病院の一室。厳重な警護で守られている個室には、大柄なベッドに横たわる海軍元帥の姿があった。

 中将のつるは安物の椅子に腰を掛けて、病人といえどセンゴクが目を通さなければならない書類を持ってきている。

 可能な限りは大将赤犬・黄猿、そしてつるのような事務に長けた人間が捌いているが、ただでさえ混乱している海軍には、それこそ病人の手も必要だった。

 

「ほら、コイツに目を通しておきな」

 

 つるが一枚の紙を手渡し、センゴクがそれを受け取る。

 書類に目を通すたびに重苦しい顔をしていたセンゴクの顔が、ようやく緩んだ。

 

「そうか、ゼファーの部隊は無事に設立できたか」

「ゼファーだけじゃない。サカズキとボルサリーノが頑張ったようで政府の横やりもないよ。まぁ、それどころじゃないっていうのが正しいんだろうけど」

 

 今現在、政府の剣として用いられているのは海軍ではなく、新設された私掠艦隊――かき集めたならず者たちによる略奪部隊であった。

 

 世界政府は現状何もかもが足りていない。

 傘下に残った国も多くあるが、その大抵は経済国。

 それを支えるための生産を司る国の多くは、急増した海賊被害に遭ってその体制がズタボロになっているか、もしくは独立――あるいは独立した新興国家群によって押さえられていた。

 

 一刻も早くこれらを奪還しなければ、加盟国のみならずその防衛にあたる海軍の維持すら難しくなる。

 西の海から戻された本部の将兵――黒猫派だと噂されている兵や将校達は、その黒猫海賊団が行っていた『屯田』を始めとする生産活動を海軍でも実施するべきだと動いている。

 

 その声による後押しもあったのだろう。

 政府の目が厳しくなるだろう部隊が無事に設立された事は、ようやく海軍が新しい一歩を踏み出せた証であった。

 

「私掠艦隊の動きはどうなっている」

「主に偉大なる航路(グランドライン)前半、それと北と南の海で活発に活動している」

「……略奪か」

「そのための艦隊だからね」

 

 ある意味で、私掠艦隊は成果を出していると言える。

 穀物を一粒残さず奪い取り、生まれたばかりの赤子から歩けさえするのならば老人すら連れ去り、政府が立て直すための労働力としている。

 これまでは職業安定所(・・・・・)の人間などと言葉遊びで誤魔化していたが、ここにきてこの世界は再び大規模な奴隷売買や使用をヨシとする世界になってしまった。

 

「不幸中の幸いとして、西の海と東の海は比較的落ち着いている。これまで通りとはさすがに行かないけど、今すぐ国が潰れるような事態にはなっていないよ」

「クロと……ガープか……」

 

 西の海は、西海海戦の直後から離反した海兵達によって広範囲に哨戒航路が敷かれていた。

 黒猫海賊団は海軍と協力して西の海を守っていた経験があるために、多少事態が動いた程度では崩れない。

 

「西の海はいうに及ばず、招集命令無視して東の海に居座っていたガープのおかげで東の海も相当に落ち着いている。ただ……」

「独立国家の勢いは止められんか」

「それと海賊。行き場を失ったためか、それともどこかの国の偽装かは分からないけど急増しつつある」

「……今の政府に、民衆を落ち着かせる――いや、食わせるだけの器がないか」

 

 ある意味でクロの狙い通りとなりつつある。

 海兵の無駄死こそ防いだが、それは同時に各国の世界政府からの離脱を促し、且つ国家連合体の軍であるが故に多数の兵士を抱える海軍は世界政府にとって大きな負担となっている。

 今後両勢力の反目は免れないだろう。

 

 一応の決着がついたとはいえ海兵奴隷事件の火種は海軍上層部の中に未だ残っており、政府は海軍を自分達に従う物だという800年間の慣例から抜け出せない。

 

 海軍は足止めされ、その間に政府がかき集めた戦力は却って各国の危機感を煽り、結果として略奪した物資や労働力と変わらぬ損失を出し続けている。

 

 必死に誤魔化しているが、世界政府は三本爪の黒猫に完全敗北を喫したのだ。

 

「ゼファー達は、どう動くと?」

「とりあえず兵50名の小部隊として発足したんだ。まずは残留している加盟国で、被害にあった農村を防衛しながら復興させて経験を積むらしい」

「……50。少ないな」

「残念だけど、今動かせるのはそれが限度だったよ。戦意を喪失して軍を去ろうとする兵士が余りに多い」

「……引き留めようにも、この状況ではな」

 

 多くの兵士は辞めて故郷に戻り、各々仕事を持ちながら自警団を組織し始めていた。

 加盟国にこそ残っているが、それでも万が一の際には()が相手であろうと家族だけは守ると、それぞれが武装を始めている。

 

 徐々に、海軍に属する者がその存在意義を見失いつつある。

 

 一方で、この情勢の中でなお立ち上がらんとする者達がいる。

 

 問題なのは、そういう者達こそが海賊の異名を冠した派閥の者と見られており、海軍に奇妙な空気を呼び込んでいる事だ。

 

 その時、突如として病室の扉が開く。

 仮にも海軍元帥のいる病室がだ。

 

 事前につるが人払いを済ませていたが、それでも周囲には兵を置いている。

 もしや、と二人が思うのと同時に、一人の小柄な男がスルリと病室に潜り込んで来た。

 

「お、おのれ医者共が、いつまでも人を部屋に押し込めよって! 私にはやらねばならんことが――」

「!? ピンシャー卿!?」

 

 つい先日、センゴクの目の前で吐血して倒れた男。キムリック・ピンシャー卿。

 あのクロが信じた、数少ない政府役人の一人がそこにいた。

 

「むっ、センゴク!? いや、待て――」

 

 恐らく病室が近かったのだろう。驚きの顔を浮かべた後に、慌ててその男は人差し指を鼻先に充てるジェスチャーをする。

 

 いつものスーツではなく入院着のままのその役人は扉を閉めて、唖然としているつる中将を余所に扉にピタリと耳を張り付ける。

 

―― おのれぇ、あの愚患者め!

―― また脱走を試みるとは良い度胸だ!

―― 脱走されるたびに増える書類の量が役人なのに分からんか!!?

―― 出入口を封鎖しろ! 全看護師はさすまた装備!!

―― こん棒でもいいぞ! 靴下か手袋に石を詰めろ!!

―― 野郎、とっ捕まえて咽頭麻酔なしで内視鏡ぶち込んでやる!!

 

 外では、恐らく彼を追ってきたのだろう医師か看護師達の物だろう足音が『バタバタバタ!!』と響く。

 音が向こうへと過ぎ去り小さくなってもピンシャー卿は身動きしない。

 一拍おいて、外から『キュキュッ』と靴底で床を擦る時特有の甲高い音がする。

 病室に隠れてやり過ごした可能性を考慮していた誰かがフェイントをかけていたのだろう。

 

「ちっ、やはり警戒する医師がいたか。センゴク、しばらく身を隠させてもらうぞ」

「は……はぁ……」

 

 今の混乱が起こる前まで、聖地復興に力を注いでいたクロの助力を借りて世界中の医療物資の管理を担っていた男が、死に瀕したとは思えぬ軽さでそこにいた。

 

「というよりも、久しぶりだな。会えて嬉しいぞ」

「ええ。ピンシャー卿も、よくぞご無事で」

 

 一命を取り留めたことは知っていたが、こうして再び出会えると思っていなかったセンゴクに対して、ピンシャー卿はやけに平然としている。

 平然としたまま自分の追手――病院職員たちを警戒していた。

 

「ちょうどいい。センゴク、外は今どうなっておる。医師の連中は口を閉ざすし、暗殺されかかったせいか見舞いに来る奴も碌に居らんので情報が足りぬ!」

 

 一瞬、センゴクの顔が強張る。

 つるは今のセンゴクには酷だろうと会話を打ち切るために口を開こうとするが、それをセンゴクが手で制する。

 

「……少々、長くなりますが――」

 

 センゴクにとっても、ある意味で告解の時間であった。

 海軍元帥だからこそ口に出来ず、海軍元帥だからこそ納得した振りをして部下を説得せねばならない事が多かった。

 

 西海海戦、そして黒猫捕縛作戦から続く一連の事件は、正しくそういう事ばかりであった。

 あの会談でも、ずっとクロを海賊と呼び続け、誰にも内心を悟られぬように表情を押し殺す必要があった。

 

 この場にいるのはガープと並ぶ古い付き合いのつると、あの時命を懸けて直談判に向かおうとした男のみ。

 センゴクが自分の後悔も含めて、吐露するにはちょうどいい顔ぶれだった。

 

 

 

 

 

 

「――魚人島の封鎖、世界的な物資の滞留に加盟国の相次ぐ離脱。世界的な軍の弱体化……そして凶悪な罪人をかき集めた私掠部隊か」

「政府は当初の七武海制度を変更し、かき集めた私掠艦隊の方面指揮官として使おうとしております」

「上手く行くまい。強者を数だけ揃えた所で、鉄砲玉がいい所だ。……クロや噂の海賊姫が率いる艦隊戦力を真似ようとしておるのだろうが……制御の難しい一団を増やすだけになるだろうな」

 

 一通りの話を、ピンシャー卿はあまり表情を変えずに静かに聞いた。

 魚人島制圧に対して、クロが参戦したという話になった時には頭を抱えたがそれ以外は静かに聞いている。

 

「……海軍は、大規模展開は難しいか」

「はい。部隊の維持すら難しくなっております」

 

 会談を通して帰ってきた兵士達は、調書の中で当然クロとの接触について聞かれた。

 その中で最も聴取官を後々驚かせることになったのは、クロが語った先の展望――海軍の惨敗の予測であった。

 

「そして……政府もそうですが、一部の将校もクロを恐れております。……余りに切れすぎると」

 

 それは実質予言であった。

 まるで見ていたかのように、海軍がどのような形で危機に陥るかを悉く当てて見せた。

 

 政府が狙う戦略目標地点。

 その地を攻撃する事の危険性。

 現地国家の軍が取る戦術、それに対応する策を海軍が持ちえない事。

 結果、海軍のほとんどが大敗する事。

 

 全てが(ことごと)く当たっていた。

 無事生還した兵士達から証言が出るたびに、クロと海賊姫が口にしたという分析を知っていた者達は顔を蒼褪めさせるばかりであった。

 

 どうにか帰投したモモンガはその話を聞いて「……さすがの慧眼、見事」と呟いたという。

 

「だから奴を敵に回してはイカンと……」

「どうやら、五老星でも意見が割れておるようです」

「…………五老星が?」

 

 センゴクの言葉に、ピンシャー卿はなにか引っかかるものを覚えたのか不可解そうな顔をする。

 

「政府は加盟各国へはどう呼びかけておるのだ?」

「現在海軍を派遣し、情勢を落ち着かせるために手を打っているため軽挙を控えよと」

「その海軍が機能不全一歩手前ではないか……っ! ということは、情報操作か」

「……大将青雉が黒猫海賊団を撃退したとして、政府の武威を強調しております。ですが――」

「ふん、(かんば)しくないか。当たり前だ」

 

 短期間で民衆を納得させるだけのカバーストーリーを用意できず、しかもこれまで利用していた世界経済新聞は政府の手を離れた。

 

 その世界経済新聞によって、魚人島攻防戦の全てが漏れ出ている。

 知る者は魚人の他は『黒猫』と『白ひげ』、後は海軍と政府の人間しかいないハズなのにだ。

 

 これまで隠蔽と封鎖を武器にしていた政府にとって、海軍のみならず政府内部の情報統制は加盟国の問題よりも苦々しい課題となった。

 

「戦いの詳細が漏れた事もそうですが、クロ――『黒猫』と『白ひげ』が酒杯を酌み交わしている写真が出まわったのが大きいのでしょう。頭角を現していた『黒猫』を、あの『白ひげ』が認めたと」

 

 黒猫の精鋭が残っているとはいえクロ不在の西の海が落ち着いているのはそれもあると軍上層部は分析していた。

 

 政府が即席でそれらしくみせようとしている虚像の威光。

 頭角を現してから軍・政双方で実績を積み上げ続け、その上で喧伝された確かな威光。

 

 特に黒猫のお膝元である西の海では勝負になるはずがない。

 遠からず、あの海は黒猫の海となる。

 

「申し訳ありません、ピンシャー卿」

 

 センゴクが、この一月足らずで大分白くなった頭を下げる。

 

「貴殿が正しかった」

 

 つるはその姿を、悲し気に見ている。

 あの理不尽な奇襲命令を受けて、センゴクがずっと苦悩していたのを良く知る一人だからだ。

 

「あの時、命をかけて攻撃を撤回させるべきでした。すでに攻撃が始まっていたとしても、『黒猫』との対立が避けられずとも……その深度は多少軽減出来たやもしれませぬ」

 

 センゴクはここ数日、職を辞すことを真面目に考えていた。

 先の混乱での緊急任官で元帥の座に就いたが、自分はそれに相応しくなかったのではないかと。

 

「貴殿の命を懸けられたあの時の御言葉に応えられず、真に申し訳ありませんでした。たとえ職を辞すことになろうとも、責任は必ず――」

「たわけぇぇぇぇぇぇっ!!」

 

 それを口にした時、政府役人は叫び始めた。

 

「センゴク貴様! 謝罪を口にしながらあの時の言葉を忘れたか!!」

 

 またもや呆気に取られているおつるを脇に退けながらセンゴクに詰め寄り、

 

「言ったハズだ!」

 

 自らが身に着けているのと同じ病院着の胸倉を両手で掴み上げた。

 

「我らが存在するのは世界政府の――延いては市民のためだと! そのために我らは命を懸ける義務があると!」

 

 センゴクがかつて良く目にしていた、余りの多忙さに海賊に仕事を抱えて泣きついていた時を思い出させるような、だが込められた意志の強さは微塵も欠けていなかった。

 

「軍人の身であれば勝敗、成否で物事を見るのはやむを得ぬであろう。だが、貴様は元帥! 軍人であるのと同時に組織の治者でなくてはならん!」

 

 そこにいる二人は歴戦の軍人だ。

 兵士であり、能力者であり、覇気使いである。

 

 その二人が、戦う(すべ)を持たない男に気圧されていた。

 

「我らに勝利はない! 敗北すらない! 責を負ったその時から、不確かで成否すら定かではない結果を飲み続け、耳触りのいい声と罵声の双方の中で藻掻き続ける義務がある!!」

 

 クロが政府で最も信の置ける役人と評した男は――

 

「お前は政府命令を跳ねのけられなかった! 私は政府の動きを察せず初動に遅れた! 互いに失敗したのであろう! 確かにこれは敗北であろう! だが、ならば我らは全てを失ったのか!?」

 

 その評価に恥じぬ、正しく役人足る役人だった。

 

「付いてくる兵は! なお信じる将は! すがる民は、もう誰も居らぬのか!!?」

「…………いいえ、ピンシャー卿」

「ならば軽々と職を辞してもなど口にするでない! それはお前が一度背負った者達への――己の責任への裏切りに他ならぬ!!」

 

 政務を通して民衆を庇護せんとする熱のこもった声に、

 

「此度の敗戦も、結果も貴様の責ではない! 我らの責だ! そうだな!?」

「――ハッ」

 

 センゴクもその熱に釣られるように、横になったまま強く頷いていた。

 

「ならば我らは、我らなりに結果の代価を払わねばならん。ゆえにまずは――」

 

 

――バァン!!!!!!!

 

 

『ここにいたか愚患者ァ――――っ!』

 

 

 そしてそれだけ言葉に熱が入れば、そりゃ居場所も当然バレる。

 

「ええい、話が肝心な所に入るというのにおのれぇぇいっ!! 融通のきかん石頭共が! ほんの一年ほど自宅療養に切り替えるだけだと言っているではないか!」

 

「自分が毒殺されかけたの忘れたのかこのバカ!」

「そもそも胃の三分の一を切り取ってるんだぞ経過観察が必要だって言っただろうがアホ!」

「飲食物の管理だって栄養面含めて看護師達がやってんだからなボケ!!」

「分かったら黙ってお縄に就けカス!!」

 

「貴様ら医者というなら患者の心を労わらんか!!?」

 

「「「「オメェが医者の言う事聞けばいいんだよ!!!」」」」

 

 ワラワラと医師らしき者達の後ろに人が集まる。

 武装した者達だ。

 

 海兵を思わせる白い制服を着ているが兵士ではない。

 

 看護師だ。さすまたで武装した。

 

 武装している看護師の集団がさすまたを構えて隊列を組んでいる。

 

 看護師とは。

 

「ちぃっ! この目で状況を確認せねば方針を定められんというのに!!」

 

 厄介事の気配を感じたおつるは書類をまとめて、部屋の隅に避難している。

 

 ピンシャー卿は突きつけられるさすまたの槍衾(やりぶすま)を警戒しながらジリジリと下がり、

 

「センゴク! なんの病かは知らぬが身体を治したら信の置ける将校をいつでも呼び出せるようにしておけい! 少しでも立て直すための会議を開くぞ!」

 

 返事を待たずにピンシャー卿は身を翻した。

 病室の奥――窓を突き破るためだ。

 

 その前に取り押さえようとした看護師部隊の前列が突き出したさすまたの一撃をギリギリで回避し、その内の一本を掴んで引き寄せガラスを叩き割る。

 

「まずはクロの教え子達の安否を確認せねば……! ではな、センゴク!!」

 

―― やろう、またやりやがった!!

―― 者共ぉ! であえ! であえぃ!!

―― 槍を持てぃ! こうなったら俺自ら討ち取ってくれる! 

―― 愚行の末路を示すためにも待合室に奴の首を晒すのだぁっ!!!

―― 先生、ここ病院です!!

 

 叩き割るやいなや側にあったカーテンを引きちぎり、ベランダを通り越して飛び降りた。

 ここは二階だ、不可能ではない。

 カーテンで身を包んでクッションにしたのならば尚更だ。

 

 妙に手際のいい看護師の一団が散らかったセンゴクの部屋を素早く片付けている間に、医師や武装看護師達は兵士並みの統率で散開していく。

 これからピンシャー卿狩りが始まるのだろう。

 

「まったく」

 

 そのドタバタが過ぎ去ってしばし二人して呆然としていると、センゴクがボソリと声を漏らす。

 

「……敵わぬな」

 

 眼鏡の向こう側で、涙を零してそう呟いていた。

 かつて自分の目の前で倒れた人間からああも言葉をもらってしまっては、そう呟くしかセンゴクには出来なかった。

 

「治ったら会議だそうだよ」

「うむ。……忙しくなるな」

 

 

「つる」

「なんだい?」

「……おかきでも……買ってきてくれんか?」

「馬鹿だねアンタ、今までほとんど何も食べてなかったんだよ?」

 

「まずは汁物なんかで胃を慣らしな」

「ハハハ」

 

 

 

「ああ――そうだな」

 

 

 

 

 

 なお二人は三時間後に、丸焼きにされる豚のように吊るされて運び込まれるピンシャー卿の姿を見る事になる。

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