とある黒猫になった男の後悔日誌   作:rikka

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数話は内政回になりそう


152:深化する混乱、求められる決断

「確認が遅れて悪ぃな。クロとの通話会談の時点では噂でしかなかったから、あれこれ調べるのに時間がかかった」

 

 黒猫の本部機能が王城内部に移動したとはいえ、港町『シャムロック』が黒猫にとって重要な町であるのは変わりない。

 彼ら専用の溜まり場であるサロンは変わらずここにあり、内密の話をする場所の一つであり続けている。

 

「気にするな、ベッジ。ここ最近は魚人狙いの船への対策もあって互いに忙しかったんだ」

「副総督のおっしゃる通りです。加えて、悪化した物流網の立て直しもありますので」

「へっへっへ、自給自足体制が整いつつある黒猫領は影響少ねぇ……とも言えねぇか」

 

 当初から密談用に作られた頑丈な部屋では、外を黒猫の親衛隊とベッジの兵隊に固めさせて会談が始められていた。

 

 クロの代理であるダズ・ボーネスと主に経済を担当する内務取締役のギルド・テゾーロ。

 

 海兵奴隷事件をきっかけに人身売買業のツテを失い没落した五大ファミリーの一角に成り代わり、マフィアとして勢力を確立させた大頭領(ビッグファーザー)、カポネ・ベッジが付き添いを一人引き連れて話している。

 

「医薬品や工業設備の整備品などが滞っている。モグワの方は工業の復興を急がせているが、もうしばらくは時間がかかる」

「薬は大丈夫か? 減らすと言っておいてなんだが、気になってな」

「正直に言えば、かなり不安がある。ペローナが育てていた薬草のおかげで、簡単な傷薬や熱冷ましはあるが、ならそれで足りるかと言われるとな……」

 

 ダズの返事に、ベッジは「そうか」とだけ呟いてため息を吐く。

 自分も部下を食わせるために医薬品をより金になる所に数を回すことを決定しているが、黒猫と二人三脚で広げて来た街の数々のことを気にかけている。

 

「クロの予想通り、全体的に物価が跳ね上がっている。まぁ、だからそれがどれくらいになるのかウチの人間を走り回らせて調べていたんだが、そのなかでな――」

 

 葉巻の吸い口を切り落として、ベッジが葉巻を咥えるが火は点けない。

 そのまま一度呼吸をし、

 

「噂は本当だったぜ」

 

 そして懐から何かを取り出す。

 透明な素材で出来た袋に丁寧に保管された、数枚の紙。

 

「急速に各地で、ベリーの偽札が出まわり始めている」

 

 それはこの海で生きている者ならば必ず見る物だった。

 もっとも高額な紙幣である一万ベリー紙幣。

 一見本物に見えるその紙幣の横に、ベッジが懐から同じ紙幣を取り出し並べて見せる。

 ほぼほぼ同じに見えるそれだが――

 

「恐らく、どこかに印刷拠点があるんだろうな。限りなく似ているが紙質が微妙に違うし、なにより紙幣番号が被っている物が多い。ほれ」

 

 袋詰めされた紙幣をテゾーロが「失礼」と断りを入れて手に取り、確認する。

 

「確かに。この五枚の内二枚は番号が被っていますね」

「本物か。……あ、いや、その……本物の偽物だな。ベッジ、これは5大ファミリーが?」

「……確信が持てねぇな。ファミリーがやってるにしては出回る量が少々少ねぇ気がするし、だが資金面に強い不安を覚え始めているファミリーが手を出す理由も十分にある」

 

 マフィアは基本的に金がなければ立ち回れない。

 だが現在、マフィアは急激に高騰した物価に振り回されて資金が心許ない状態である。

 そして金を稼ごうにも一番の市場だった大国はどこも混乱しており、かつ儲けが見込める程需要がある物も限られる。

 

「ただ、海賊連合事件の後にファミリーの多くは用心棒の上納金と薬に力を入れようとしていた。ここまで精巧な偽札を作るには相当の初期投資が必要だったハズだし……俺は違うんじゃねぇかと睨んでいる」

 

 ベッジの推測にテゾーロは納得して小さく頷くが、同時に眉を顰める。

 

「偽札もそうですが、このタイミングでドラッグの製造ですか。……場所によっては買い手もいるでしょうが――」

「ああ、悪ぃ。言い方が悪かったな」

 

 ただ咥えただけの葉巻を小さく噛んで、ベッジが一度帽子を取って形を整えて被り直す。

 

「確かにファミリーはドラッグの製造販売にも手を付けているが、今力を入れているのは偽薬だ」

「ぎやく? ……偽物の薬ということか?」

「ああ、そうだ。お前達の所もそうだが、医薬品は今どこも不足しているからな」

 

 幸いスーペリア事変以降、西の海で天竜人が暴走することはほぼ(・・)なかったのだが、それでも海賊被害は激増している。

 幸い連合事件ほどではないのだがそれでも勢いは強く、各国では犠牲者も多く出ていた。

 

「買い手だってその質も効能も怪しいとは分かっている。だが……藁にもすがる連中はそれでも薬を欲しがる」

「……マフィアはそこに目を付けたか」

 

 熱が下がらず身動きが取れない子供に、してやれることが額を濡れた布で冷やして添い寝してやるしかない。

 

 海賊に襲われた夫や子供の怪我に、血止めの軟膏すらない妻が出処の怪しい薬のために身体を売る。

 

 家族が病に倒れ、薬を手に入れるために犯罪行為に加担する者。

 

 そんな状況が、東の海に匹敵する程安定していると言われている西の海のアチコチで起こっていた。

 

「ミスター・ベッジ。では貴方が我々に流す医薬品の量を減らすというのは――」

「物々交換の流れになった以上、黒猫一本では難しいってのもあるが……薬草すら作れねぇ所に流す量を少しでも確保するためだ。後々縄張りなり市場になり得る場所の保全って意味もあるが……今だからこそウチの看板に信用を積み重ねておきてぇ」

 

 かつては海兵奴隷の売買ルート乗っ取りを企て、その中でクロと敵対・交戦。

 カポネ・ベッジという男がクロと関わった始まりを、果たして新入りの人間が聞いて信じるだろうか。

 

 対モグワ海戦から始まったジェルマ戦以降常に『黒猫』の同盟者として、『黒猫』の弱みである経済面での活動を補佐してきた男。

 

 徐々に黒猫自身の経済活動が強まっても協力姿勢を崩さず、油断こそ出来ないが信用できる相手という立ち位置を確立していた。

 

「理解した。しかし、偽札の量が増えたら間違いなくベリーの価値が今以上に暴落するな」

「すでにその気配は出ています。ウチが配給に使っている食料交換券ですが、最近これが領内で少額紙幣のような扱われ方をしていると報告が入っています」

 

 食料交換券はその名の通り、黒猫が管理している食料と交換するための手のひらサイズの薄い木板である。

 

 一週間に一度、例えば『じゃがいも○○Kg 期限:××年□□月△△日まで』というように穀物、野菜、肉や魚とそれぞれ交換できるチケットとして配布しており、黒猫の人間が運営している引き換え所に行けば受け取る事が出来る。

 

 食料品限定での紙幣ならぬ板幣と言えるものだ。

 黒猫の物であることを示すために、三本爪の猫のマークの焼き印もいれている。

 

「……あれはいずれ、我々が独自の通貨を発行するためのデモンストレーションも兼ねていたために想定通りといえば想定通りなのだが……」

 

 独立した統治体制を整える事は、黒猫にとっていずれ迎える事になるハードルの一本だった。

 モプチを始めとする縄張りは、言い方こそ悪いがそのための実験場であった。

 

「ベリーの貨幣価値が暴落するとなれば、生産力と同様に物資そのものの価値が上がります」

「食料、医薬品……いや、消費が前提の物よりは金属や宝石……」

「どうかな。消費する物だからこそ価値が出る。そのうち絆創膏の束が紙幣代わりになってたり、豆の入った小袋が硬貨代わりになっても、俺ぁ驚かねぇぜ」

 

 ダズ・ボーネスはその結論に、深いため息を吐いて頭を押さえる。

 

「――そうなると……」

「はい」

 

 

「我々の財布事情を握っているのはロビンさん、そしてミホークという事になりますね」

「……ミホークはもう幹部入りでいいのではないか?」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「おーい、ロビン! 今日の回収分の奴持って来たぜ!」

「! ありがとう、はっちゃん!!」

 

 スーペリアの港町、パウザーニア。

 そこから数キロ離れた海岸に新たに築かれつつある港町。

 まだ名前も付けられていない黒猫海賊団の新たな拠点に、黒猫海賊団に所属する者達は集まっていた。

 

 当初の拠点だったスーペリアの港町は徐々に復興が進み、臨時救護所で寝ていた人間も減った事で働く人間も増えたために、海賊の姿を少し減らした方がいいだろうというロビンの判断だ。

 本格的に人員を注ぎ込むまでの、物資の貯蓄拠点はどうしても必要だったからだ。

 

「む、ちょうど魚人組も戻ったか。久しぶりだな、ハチ」

「ミホークもお帰り! どうだった?」

 

 港町は力持ちの魚人の協力によって港湾機能はすばやく整えられ、かつての『シャムロック』同様に住居の他にひとまずの倉庫と救護施設が建てられている。

 その中で一際大きい倉庫の中で、親衛隊の一隊に守られたロビンは作業をしていた。

 人魚達が海底から引き揚げた物の目利きと鑑定である。

 

「ちょうど一回目の仕上がりから、不純物を取り除く作業が終わったばかりだ。ほら」

 

 黒猫の団員が作業をする時お決まりの作業着を着た『死の教師』――だがここでも『ツナギの人』と呼ばれ始めているミホークが小袋を取り出し、ロビンに渡す。

 

 受け取る際にジャリッ、と砂をこすり合わせるような音がした。

 袋を開けて、中から白い砂のようなものを少々つまみ上げて、口の中に放り込む。

 

「うぇっ! しょっぱい!」

「塩だからな」

「にゅ、こっちの塩作りも上手く行ったのか」

 

 今後の勢力拡大のためには人手がいる。

 国に住まい、働き、稼ぎ、国を富ませる根幹となる民衆達の協力が必須であるのだ。

 その生活の根幹になり、今後外に出ていくのに必要になる塩の生産体制の強化は急務の一つであった。

 

「ただ、やはり場所と数がいるな。近隣に軍事港である旧46番基地があるここを生産拠点にするのが妥当だろう」

「大海賊時代だもん。沿岸部はどうしても危ないよね」

「だが同時に交易や物流を考えると港湾街も必須というのがまたな……」

 

 ロビンが作り直した新しい麦わら帽子を並べられた作業台の一つの上に置いて、ロビンが味見した塩を自分も少々摘まんで口にする。

 

「それで、ロビン。どうなのだ?」

「うん」

 

 ロビンが向かっているのは作業台――ではなく、床に広げた青いシート。

 

「沈んでいた船の金属部品なんかは解体工場の方に運んでもらったから、その後の選別が終わってから改めて計算するよ。だけど問題は――」

「……この思わぬ拾い物の数々か」

 

 その更に上に所狭しと並べられた、食器や燭台などと言った様々な朽ちた日用品だった。

 

「はっちゃん、拾った場所は海図に描かれた通りなんだよね?」

「にゅ? そう聞いているぜ。とはいえ大分ばらけているから、あくまでおおよそだけど」

「うん、大丈夫だよ。ありがとう」

 

 当初は海戦で発生した沈没船を回収することで多少でも黒猫の財布の足しになればと計画された人魚達によるサルベージ計画は、思わぬ収入源となっていた。

 遠い昔の出土品――時には財宝とも言える物が見つかる事があり、考古学者の卵であるロビンはその鑑定という思わぬ大仕事が増えていた。

 

「金塊が見つかったというのは本当なのか?」

「うん、ほら。あそこのケースに飾っているの」

「……金色(こんじき)ではないのか」

「汚れを取り除いただけだからね。ちゃんと処理して磨き上げれば変わるよ」

 

 やはり海の底で眠っていただけあって藻だらけな上に腐食しており、拾ったものも石像か何かを拾ったと思っていたらしい。

 

「同じものが三つ。今汚れの付着とかからいつの頃の物かを調べているけど、それが終わったらキチンとした金塊の姿に戻して上げようと思ってる」

「大金になりそうだな」

「駄目! 貴重な文化財だよ!?」

「……む? ……いや、そうか。金塊にはそういう側面もあるか」

 

 金塊と聞いてイメージするような延べ棒ではなく、魚――どことなくイルカに近いような姿を象った、拳四つ分くらいの金塊、金像。

 

「バラバラな場所で見つかっているのに、形も大きさも同じ。……大昔には、島と島に繋がりがあったのかもしれない」

「……海の底を浚えば、こういう代物がゴロゴロ出る訳か」

 

 ミホークは割れた食器や鎧、刀剣や硬貨らしきものが並べられているのを一瞥する。

 

「こういう物を保管するための倉庫が別途必要になりそうだな」

「うん。魚人さんにお願いしたら、ここの隣に建ててくれるって」

「……手を回すのが早くなったな」

 

 なんということのない業務の話だが、ミホークは小さく笑ってしまった。

 周りを固めている親衛隊員もだ。

 

 自分が行動を共にした頃から人を頼るのが下手だったロビンが、キチンと人を動かしている。

 その、これまでの積み重ねの小さな結果にミホークはどこか満足するのだった。

 

「金塊はともかくとして、他にも銅、鉄、銀なんかが普通に入手出来てる。モグワの方のスクラップ工場でも同じくらい回収できてるみたいだし……」

「資材としては十分か」

「……キャプテンさんが言ってた島も開発するんなら、これでもまだ足りないかも」

「ああ。金獅子が運んできた島か」

「多分、あそこも住めるようにするんだよね?」

「だろうな」

 

 クロが指示していた島の制圧は問題なく終わった。

 事前に話していた内容を傍受していたのだろう海軍――あるいは政府は動かせる戦力を可能な限りオハラに集めていた。

 戦闘を避けたいが、黒猫がオハラを押さえる事態は無視できなかったのだろう。

 

 だが黒猫艦隊――残存している第一艦隊を率いるサンダーソニアはこれを無視した。

 偵察に見せかけた囮の船だけを出して素早く後退させ、オハラに駐屯していた海軍戦力を安心させている間に主力を動かし、かつて戦場となった島の無血制圧を成功させた。

 

 大した戦力を残していなかった海軍は、第一艦隊の威嚇砲撃に為すすべなく逃げ惑うしかなかったと報告があった。

 

 現在後詰の部隊も追加し、万が一の時の迎撃態勢を整えさせている。

 

 また大きく、黒猫の勢力圏が広げられたということだ。

 

「どうする? 余所の開発のためにも資材は貯蓄しておくか?」

「……はっちゃん」

「ニュ?」

 

 いつもは『シャムロック』でたこ焼き屋をやっているタコの魚人。

 この島で本格的に活動するための人足として協力している彼に、ロビンが声を掛ける。

 

「ここの開発って、まだまだだよね?」

「そうだなぁ。まずは大勢の兵隊さんが泊まれる場所にしないと隣町を守るには不便だし、そうなると食料なんかを貯めるための倉庫だってまだまだ作らないと」

 

 事実上管理者として動いているロビンは、当然今ここに運び込まれている資材の量は覚えている。

 それに加えて、どの程度の建物を建てるのにどれだけの時間と資材を費やすのかもおおよそ頭に叩き込んでいる。

 

「……今はここを完成させる事に全力を注ごう。もう少ししたらダズさん達もこっちに来るし、本命の河口に建てる基地が出来たとしても、ここの価値は減らないと思う」

 

 ハンコックがつる中将にそう評価されたように、この少女もまた黒猫の一人である。

 そして一味の中で、テゾーロと並んで内務に精通している黒猫の重要な柱の一人だ。

 

「向こうの基地にも港湾機能は作るけど、本質はリガロ、スーペリアの両地域に睨みを利かせながら双方の流通を管理する、陸軍寄りの基地になる」

「ゆえに海軍戦力の要所としてここが必要になる、か」

「……海上戦力の拠点として旧46番基地もあるけど、天竜人に荒らされた街の側に三本爪の旗が立っているっていうのはいいアピールになると思う」

 

 ロビンの言葉に、ミホークも頷く。

 基本的に客将の立場を崩さないミホークは最高幹部であるロビンの言う事に逆らう事はないが、それでも納得できるか否かというのは大切にしていた。

 

「ハチ、それにロビン」

「にゅ?」

「なに?」

「西部の森をある程度開拓して材木を用意しておくことを進言する」

 

 ロビンもまた、ミホークの言葉を無下にすることはない。

 たまに何も言わずに滅茶苦茶をやることこそあるが、開発計画の支柱として二人三脚でやってきたのを、ロビンは強く意識している。

 

「モプチからの輸送じゃ足りない? 出来れば材木として加工した向こうのを使いたいんだけど」

「それも道理だが時間がかかる。今は形だけでも早く整える事を優先すべきだと考える」

 

 倉庫の片隅には、木片で組み立てられた街の模型がある。

 今現在の時点でこの新たな港湾街を、どのような形にしていくかの完成予想図である。

 

 つまり、おおよその規模はすでに決まっていて、一応の縄張りも済んでいるのである。

 

「スーペリア民衆に対して協力の姿勢は十分に見せた。ならば威圧も兼ねて、拠点機能を大きく見せる事が必要ではないか?」

 

 ミホークはこの島での作戦に参加してから、民衆の視線を強く意識していた。

 モプチでの経験となにか違いを感じたのか常に彼らへ警戒を解かず、ロビンの側を決して離れる事はなかった。

 

「……わざわざ私達を追い出そうとするかな? 政府に酷い事された上に、攻めて来たリガロがすぐ側にあるのに?」

「俺達の味方というわけでない。むしろ、海賊という武力の象徴に対して不快に感じる者の方が多かろう。前にも感じたが、支配に疲れ切っていたモプチの民に比べて目の奥底に反発が見える」

 

 王族も含めておおよそは協力的なモプチの民に比べて、確かにスーペリアの民衆は動きが遅いとはロビンも感じていた。

 突然の大人災に深く絶望しているのかと考えていたのだが――

 

「つい先日まで極普通の加盟国だったのだ。連合事件の際にも、最重要防衛目標であったために守りに付いていたのは常駐できる海軍の精鋭で、我々はほぼ関与していなかった」

「……ボルゾイさん達46番基地の皆は、天竜人の手先と言って撃たれたんだよね? なら、明確に天竜人と敵対している私達はどうなんだろう?」

「少なくとも復興に手を貸しているため敵ではないとは理解しているだろうが、『海賊』というイメージを拭うには日が浅いだろう。モプチ、モグワからも離れているため、我らの話がそもそも入っていなかったようだしな」

 

 ミホークの言葉に、たくさんの手を使って金属製の古い食器を慎重に磨いているハチ――はっちゃんが頷く。

 

「にゅ~。俺も幼馴染のメイプルや開拓団の皆が心配でこっちに来たけど、助けられたとはいえ海賊の下にいるって聞いた時は怖かったよ。レイリーが一緒じゃなかったら、様子をうかがうのにもっと時間がかかっていたと思う」

 

 特に人間という種族そのものへの恐怖があった魚人というのもあるだろうが、ハチの言葉にロビンは目と耳の間辺りに指を添えて考える。

 

「……傷病者の治療に一段落ついて、落ち着き始めたからこそもう一回力を見せたほうがいいって事だよね? ミホーク」

「うむ。……多くの人口を抱えるあの港町から離れたのは正解だと思う。だが我らの姿が遠ざかったのと同時に威も遠ざかったのは事実だ。念には念を入れた方がいい。こちらにもサルベージ品の解体設備を置くなら、魚人や人魚の往来が増える」

 

 今は金よりも物の方を欲する人間が多いだろうが、それでも魚人と人魚には高い価値がある。

 モプチに比べて面積も人口も恐ろしく多いこのフードッグ島では、相当な気配りが必要になるだろう。

 

「はっちゃん、木材の大量運搬を魚人の皆に頼んでいいかな?」

「ん? おう、声をかけておくぜ。塩作りも、思ったより力が要らなかったんで持て余している連中多いしな」

「……膂力の強さを民衆に見せるのか」

「危ないかな? 戦う所じゃなくてあくまで開発の部分で……うん、でも……危ないから変な事はしないでって脅しているのは同じか」

 

 ロビンが目の横に指を添えるのは、深く悩んでいる時の癖だ。

 

「どうすれば、『黒猫』のイメージを落とさずに済むかな」

 

 クロが考え事をしている時に眼鏡の位置を直す仕草をよく見ていたせいか、いつの間にかそれが少し形を変えて移っていた。

 

「ロビン、選択するのはお前だ」

「……うん、分かってる」

 

 ずっとロビンはそうしてきた。

 クロが聖地へ向かうと決めた時から、一味の力に成れるようにそうしてきた。

 

「そして――その選択の上で結果を出して見せるのが俺や親衛隊の役割だ」

 

 一方で、ミホークもまたロビンを守ってきた。

 幼くもダズやペローナ同様、必死に黒猫という一味を大きくするために多くを学んで活かそうとしている姿を、ずっと見てきている。

 

「これから先は領地が増え、人が増え、それゆえに多種多様な意見や情報の中で決断せねばならぬだろう。お前は黒猫最高幹部の中でも、ダズやテゾーロと並ぶ意思決定権を持っている」

「……うん」

 

 ミホークからしても、黒猫という海賊団は異質である。

 略奪をしないという点から今更ではあるのだが、もっとも目立つのがその領地の運営だ。

 普通の海賊団はみかじめ料を定めて、払えなければ見せしめに誰かを殺すのがほとんどだ。

 黒猫のようにより領地を豊かにしようと自発的に動く組織はまずない。

 それこそ、世界政府ですら国家に介入することはまずなかった。

 

「ゆえに、正誤で判断するのは無理だ。不可能といっていいだろう」

 

 その分、黒猫海賊団は驚くほど早く成長している。

 クロを始めとする幹部勢は現状にまだ納得が行っていないようだが、ミホークはその逆であった。

 あの異常海域となっていた西の海で、領地内の餓死者を大きく減らして冬を越している。

 

 ゼロではない。

 栄養が足りずに力尽きてしまった人間はやはりいた。

 だが、マフィアの搾取に遭っていた頃のモプチは季節を問わず、毎日そこらに死体が転がっていたような環境だったと言う。

 毎年三桁に届きかねない数が死んでいた冬を、わずか数名で済ませた。

 自分も耕作で手を貸したとはいえ、たった一年でそれほどまでに立て直した手腕は尋常ではないと。

 

「お前の決断に正誤をもたらすのは決断したその時ではない。受け取り動く我らにあり、それを修正していくお前と我らの過程にこそ正誤が潜む。違うか?」

 

 だからこそ、大きくなればなるほど判断が難しくなると、ミホークは薄々思っていた。

 だからこそ、かねてから思っていたことを素直に口にしていた。

 

 最初はキョトンとしていたロビンは、だが言われた内容を呑み込み力強く頷く。

 

「選択に吟味は必要だろうが、何事も噛み過ぎれば旨みが無くなる」

 

 特に行動を決める決断は、迅速であればあるほどいい。

 剣にも通じる事であるが故に、ミホークはよく分かっていた。

 

「……だから、その……案ずるな。どの選択を選ぼうとも、結果を出せばその決断が正となるのだ」

 

 ミホークは一度自分を指さし、ロビンを指さし、そして親衛隊達を指さしていく。

 

「俺とお前達で、正しい解に辿り着くまで繰り返せばいい」

 

 ミホークの言葉に、ロビンは再び頷く。

 

「……すぐに伐採作業を始めて製材準備まで持っていこう。持ってきていた工具を全部引っ張り出す」

「うむ」

「その上で、モプチから来てくれた人足の人達と魚人さんで合同で運ぶ。運搬作業時までに細部を詰めるけど、魚人と人間は一緒に働いている姿を使ってアピールしてみる」

「モプチの人足ならば魚人に慣れている故、作業効率への影響は少ない。か?」

「うん」

 

 ロビンが出した方針に、ミホークは小さく笑う。

 

「ならば作業が始まるまでに、運搬する道を確保する必要があるな。ハチ」

「おう! 今すぐ船に行って道具と人をかき集めて来るぜ!」

「バレリア、念のために付いて行ってやれ」

「ハッ」

「あ! あと、残っている親衛隊の人に、六番倉庫を空にするように伝えて! そこに木材を保管するから!!」

「了解しました」

 

 方針が決まった以上、後は動くだけだ。

 ハチたち魚人に親衛隊が速やかに動き出す。

 ただでさえ情勢はきな臭い。

 この島を押さえた以上一刻も早くここを安定させ、黒猫海賊団がここを統治する者なのだと民衆に示さなければならない。

 

「――忙しくなるぞ、ロビン」

「うん!」

 

 

 

 

 そして黒猫が動き始めて、その十日後――

 

 

 

 

 ついに、『黒猫』が西の海に帰ってきた。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 もはや海賊はありふれた存在だった。

 一つの島に留まるのは愚かだと。

 いつまた奪われるか分からないと。

 

 だから、船を出せ。

 広い海へ漕ぎ出せ。

 そして、奪い取れ。

 

「ち、ちくしょう……っ」

 

 その海賊達はそういう者達だった。

 略奪を繰り返して飯と金を奪い取り、それで兵隊を増やして偉大なる航路(グランドライン)に出るのだと。

 

「なんでここにいるんだ!」

「アンタらの縄張りはもっと離れているだろう!?」

 

 

―― どこにだっているさ。猫だからな。

 

 

 そうして彼らは一つの島に狙いを定めた。

 国とはいえ碌に兵隊はおらず、マフィアの後ろ盾も耳にしない国を襲った。

 

 海賊達は、飯と女を餌に二百人近くの勢力になっていた。

 半端な島なら即座に奪い尽くせるだけの戦力が――

 

―― クロさん、船に捕まっていた女性の方々を救出しやした。

―― 彼女達は親衛隊を中心に保護しています。船の方はハンコック提督が押さえました。

―― 今はタキお爺様が部隊を率いて内部を調査しています。

 

 瞬く間に蹴散らされていた。

 斬られた者、潰された者、ミイラのようになった者、蝋で固められた者。

 

 正に死屍累々といった有り様だ。

 

「やれやれ……戻って来て早々にこれとは」

「クハハハ、別に縄張りじゃないんだ。無視してもよかったんじゃねぇか?」

「今は縄張りじゃなくても、後々領地になるかもしれないし関係してくるかもしれんだろう?」

「世界を獲るからか?」

「ああ」

 

 

「つまり、最終的に民衆は全て俺の民になる。粗末に扱うことは出来んさ」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 真面目に答えているのにクロコダイルは大笑いである。

 コイツ本当にご機嫌だなぁ。

 

―― 重力刀(ぐらびとう) 猛虎(もうこ)っ!

 

―― ぎゃあああああああっ!!!!

 

 おっと、やっぱりまだ元気なのがいたか。

 まぁ一々捕虜取るの面倒なんで向かってきてくれた方が楽っちゃ楽なんだが……。

 

 イッショウ、やれ。

 全部海にぶっ飛ばしていいぞ。

 

「アミス、街の方は?」

「荒らされてこそいますが、どうやら略奪は始まったばかりのようで一部が破壊されただけのようです」

「……ミアキス、ゴースト無双で悦に入ってるペローナ回収して兵士二十名と一緒に街に入れ。まだ敵海賊が潜んでいるなら街に紛れ込むかもしれん。代表者に説明して念のために待機、緊急時には即応しろ」

「はーい、了解です!」

「ドール、初任務だ。同行して黒猫の動きを肌で感じろ」

「了解、総督」

 

 二百人ちょっとの新興海賊団。

 ……こういう連中はバラけると面倒なんだよなぁ。

 民衆の一部への犠牲を許容して殲滅優先ならば、初手「クロコダイル君GO!」という極悪な一手があるんだが……。

 

「ヒナ、マキシン」

「ええ」

「指示は?」

「ミアキス達の後を追って、食料などがまとめられている所を探ってその周囲を警戒。マリーから第一艦隊の兵士を借りていけ」

 

 無駄に行動力ある奴は逃げるために何でもする。

 騒動で隙を作ろうと放火したりするかもしれんし、それで貴重な食料が燃やされたらアウトだ。

 

 二人ともまだ仲良くとはいかないが、状況を把握しているだけあって動きが早い。

 うむ、問題はないんだ。

 そもそもが過剰戦力すぎる。

 人の諍いに巻き込みたくないと船に待機している魚人組や、俺の後ろで酒飲んでる『冥王』さんを除外したとしてもだ。

 二百人程度、ただ潰すだけなら問題ない。

 

 その上で――

 

 

「総督」

「おれ達にも指示をくれ」

 

(……本っっっっっ当に過剰戦力が過ぎる!!)

 

 男女の声がする。

 聞き慣れた声ではない。

 

「あのままでは、私達が海で魚か海王類の餌になっていたのは間違いない」

海賊(・・)にも義理はある。客人のままではいられない」

 

 つい先日、凪の帯(カームベルト)に入る直前に偶然拾った(・・・)二人の声だ。

 

「今は待機だ。こんな戦いに貴方達程の大海賊(・・・)が出る幕はない。後々頼むことはあるだろうから、その時まで控えていてくれ」

 

 一人は女だ。

 ワインレッドの服の上に白いマントを羽織った、長いが細身の剣を持つ女。

 

 一人は男だ。

 巨大な顔に巨大な身体。長く伸びたあごひげを持ち、恐ろしい切れ味の大剣を手にしている。

 

「こんな雑魚狩りに、ビッグマム(・・・・・)の子供を顎で使うわけにもいかないでしょう?」

 

 ただし、男の方はその外見すら鎧だった。

 能力で生み出されたビスケットを使い、強固に纏った偽りの外見(・・・・・)

 

「カスタード、それにクラッカーも」

 

 ビッグマム海賊団の幹部でもある彼女の子供達が、俺の後ろに控えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺の引き、一体全体どうなってんの?????




次回、ようやく合流
ビスケットモードのクラッカーの喋り方忘れて久々にコミック読み返した……
クラッカー強すぎんか????
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