「こうして……こうしてまた会えるのは、正直諦めておったんじゃもん……っ!」
モプチの港町、シャムロック。
この一月で急速に拡張され、第二の魚人街――スラムではなく、ごく普通の魚人のための街として開発されている区画の広場で、王冠を被った巨大な人魚の男が、小柄な女性人魚を泣きながら抱きしめていた。
「ええ、私もです。それがこうして、再会できるなんて」
それを取り囲む魚人や人魚達は、皆声を上げずに泣いていた。
音を立てて、この感動の再会に水を差すわけにいかないと。
だが、こうして涙なしにはいられない再会は王族の二人だけではなかった。
死ぬ気で魚人島を脱出するも、楽園側は封鎖されていたために逃げ出せるのは新世界のみ。
強力な海賊達が多く、それゆえに高値がつく人魚の女達には死地であるがゆえに
フィッシャータイガーの言う可能性に賭けての決死行。
多くのものが無事にたどり着けたのは、フィッシャータイガーを始めとする護衛の兵が必死に守りながら誘導したからであり、それが多大な幸運に助けられたものである事は皆の心に重くのしかかっていた。
その後の魚人島での睨み合い、捕らわれた者達を取り戻すための戦い。
送り出した者にとって、そして置いていった者にとっても、進む道は地獄でしかなかった。
そうなるハズだったのだ。
本来は。
それがこうして、再会できた。
新世界側に多くの助けられた同胞が大海賊の庇護の下で保護されており、自分達もまた、驚くほど自由な太陽の下で、こうして愛しい者達と抱き合ってその生存を確かめる事が出来ていた。
「……あらためて……っ、礼を言わせてくれ」
その中で、必死に嗚咽が零れそうになるのを我慢している男がいた。
フィッシャータイガー。
聖地攻防戦の中で、偶然が重なったためとはいえクロによって救出された奴隷魚人。
「気にしないでください。……王族の方々からすでに過剰な程に頭を下げられているんです、これ以上は……」
その彼に、酒の入ったジョッキを勧める男がいる。
この場にいる数少ない
クロが戻ってくるまで魚人や人魚の世話役を務めていた親衛隊のトーヤが、頭を下げて来るタイガーにもう片方の手を振って苦笑している。
「お前の評判を耳にした。……他の人間もそうだが、特に魚人や人魚を知るお前が指揮を取ってくれたおかげで快適だったと」
「どちらかと言えば、この街の基本設計に協力してくれた開拓団の皆さんのおかげです。ここ最近は避難民の方々も建設に多大な助力を頂きましたし」
蒼の街。
そう呼ばれる事に一切の異論がない美しい街は、正しく魚人達の街といって良かった。
川から引き込まれる水は一度浄化され、極めて透明度は高い。
魚人達が身をもって何度か試した、最も身体に合う水質に可能な限り近づけた上で魚人の清掃員を雇い、定期的に掃除しているために美しい水路はそれだけで観光のネタになるほどだ。
街の様子を見たテゾーロが、速やかにゴミのポイ捨てや放置に重い罰金刑を科すよう提言したことからどれほどの物かよく分かる。
そしてその中にある魚人の住宅街や商店街は、万が一の際に逃げやすいようにと張り巡らされた水路の近くにそれぞれ建てられている。
人間でもそういう者はいるが、特に体格に幅が出やすい魚人のために全体的に大きめに建てられた建築物に、陸上での動きが難しい若い人魚のための水路へ続くスロープ。
それらが何も遮る物の無い太陽の輝きを受けて、蒼く蒼く輝いている。
恐らく誰もが一度は夢想した、陸での理想的な暮らしの一端が確かに形となって表れていた。
「現在総督が王女殿下に謁見し陳情していますが、それが通ればこのシャムロックの端に。なにかしらの懸念で消極的であれば、もう一つの隠れ島にネプチューン陛下のお屋敷を建てる事になります」
「いいのか? ジンベエやハックからも聞いたが、今はそちらも余裕がないのだろう?」
半信半疑で西の海を目指していたタイガーの頭に、すでに疑念はなかった。
ここは本物だ。
本当に魚人と人間が共存しうる町が出来つつあるのだ。
「幹部会でも議題に上がりましたが、魚人種族――いえ、リュウグウ王国が島を追われても健在であることを示し、その喧伝をすることは急務の一つであると我々の意見は一致しました」
主に開拓団の面々によって、今現在急ピッチで石切り場を始めとする石材の確保と運搬が始まっている。
「……例の新聞か」
「はい。政府は偽報であるとしていますが、ここしばらくの天竜人暴走の情報も手伝いリュウグウ王国の占領は不当なものであるという認識が広まっているようです」
「ふん、当然だ!」
更に事態を悪化させかねなかったためにタイガーは逃走したが、叶うならばあの場に残って天竜人を一人残らず殴り飛ばしてやりたかった。
「だからこそ正式に亡命政府の樹立を宣言し、存在を確かにすることでリュウグウ王国国民の皆様の守りを固める必要があると幹部は判断しました」
「守り?」
「……残念ですが、魚人や人魚の皆さんが色々な意味で狙われやすいのは確かです」
一攫千金を求めてモプチへ侵入しようとする海賊やチンピラは後を絶たない。
その全てはベッジファミリーの船に沈められるか、あるいは親衛隊によって首が飛ばされているためさすがに数は減りつつあるが、それなら隙を探そうと嗅ぎまわる者が出ている。
「……政府が余計な事を言えば、魚人狩りが始まるかもしれんと?」
「はい。それも大規模な物が」
トーヤは重々しく頷く。
黒猫残留組の中で最も魚人と関わっていた男にとって、魚人の進退は極めて大事な話であるからだ。
「白ひげ海賊団とも連携を取るためにも、近々正式にネプチューン陛下を幹部会にお招きし、そのあたりの段取りを詰める事になるかと」
「……なるほど」
改めて自分を救ったのが、クロという男であった事にタイガーは心から感謝していた。
あの男が率い、育て上げたこの一団でなければ、どれだけ真摯に魚人を守ろうとしてくれても無理だったろう。
政治に適した動きを思い付き、そして素早く行動に移せるこの一味だからこそ多くの魚人を救う事が出来たのだろうと。
「それは当然ウチにも関わる話です。ここでキチンと陛下や王妃、王子殿下達を保護しているという姿勢を、内外に見せて我々の方針を示さなければなりません」
「それで屋敷か」
「……快適に過ごされるように、こちらも全力を尽くさせていただきますが……」
トーヤ。
魚人空手師範のハックの愛弟子であり、親衛隊一の魚人空手の使い手でもある美少年は、泣きながら抱き合い、決して手を放そうとしない魚人の王を見上げて呟く。
「おっきいですよねぇ」
「……その……人手が要るならいつでも言ってくれ。我らも全力で協力するぞ」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
『マ~ママハハハハハ! そうかい、無事だったかい!!』
電伝虫を通じて馬鹿でかい声が鳴り響く。
本来ならば声を聞く処か、関わるのももっと先だった――それこそ十年くらい先になると思っていたこの海洋世界屈指の女傑の笑い声だ。
そういえばそういう笑い方だったな。
ビッグマム編あたりから部屋に積まれていたジャンプで読んでたけど所々飛んでたりしてスッゲェ曖昧なんだよな……。
なんだかんだでカイドウがルフィ瞬殺する辺りまでは読んでるんだけど……。
「ああ、無事だよママ。カスタードも一緒にいる」
クラッカー……は、一応記憶にある。
鎧の姿の方が印象的だったのに加えて、右目……左目だっけ? とにかく片目にあった傷がないけど、まぁ分かる。
『ああ、お前達には悪い事をしたねぇ。おれの子を二人も失ったのかと……エンゼルもずっと泣いていたんだよ』
カスタードって誰だよ。エンゼルとか誰だよ。
聞けばクラッカーともう一人で三つ子として産まれたらしいけど、そんな重要っぽい立ち位置のキャラが更に二人もいたっけか……。
変にメタい話になるが、こんな美人キャラならどっかに出番あったと思うんだがなぁ。
「先に話した通り、今は総督に拾われて『黒猫』に保護されている」
『ママハハハ、そうかい!
…………。
あ?
『そこにいるのは二人だけかい? それとも、黒猫の誰かが?』
「総督がいるわ、ママ」
カスタードがチラリとこちらを見てくる。
先日の島の海賊戦で、結構勝気というか強気なところがあるが、そうでない所では割と面倒見がいい所があるのか意外と親衛隊とは仲良くやれている。
さて、いよいよか。
カスタードの視線の意味は分かっている。
さっさと替わった方がいいだろう。
「――通話を替わりました。声のみでの初の挨拶、無礼とは承知ですがご容赦を、クイーン・シャーロット・リンリン。黒猫海賊団総督、クロであります」
『ママハハハハ! 随分と礼儀正しいねぇ。あぁ、そういう奴はおれぁ好きさ。息子達が世話になったねぇ』
出来る事ならば直接顔を合わせて確認したかった。
声だけでもある程度は分かるが、小さな感情の機微が読み取りづらい。
せめて側にいてくれれば見聞色と覇王色の編み込みでかなり正確に測れるんだが……。
「いえ。むしろこちらの事情でご子息らを西の海までお連れしてしまった事を謝罪致します。しばし時はかかりますが、必ず新世界――
ここまではいい。
ウチに敵対行為を働かない以上クラッカーもカスタードも客人であるし、海楼石船の思わぬ検証航海を二度出来たことから、やろうと思えば二人を送り届けるのは十分に出来る。
こちらも領内の取りまとめと拡大のために、それでも三年は待ってほしいのだが。
『ああ、構わないとも! いやさ、お前には子供達を救ってくれた恩がある。クラッカー、カスタード、聞いているんだろう?』
思わず出そうになった舌打ちを我慢するので精一杯だった。
ちくしょう――
「ああ、もちろんだ」
『
やっぱそうなるか!!
「ああ、そのつもりだ」
「総督には傷の手当から当面の住居まで世話になっている。出来る限りの事はやらせてもらうわ」
二人は満面の笑みでそう言ってくれるが、出来るなら避けたい流れだった。
計画通りならば俺達は楽園側から侵軍する予定だったが、それとは別に新世界にも別部隊を送り込んで白ひげと協力するつもりだった。
その時に二人を送り返せればよかった。
恩――というか貸し借りの話はその後、出来れば魚人島攻略まで待ってほしかったのだ。
(それが戦力の提供という形で話が付いちゃったら、奇妙な繋がりだけが残っちまう!)
加えて先ほどの『あの』という言葉も引っかかる。
単純に短期間で成長したために名が広まっただろう黒猫を指す『あの』ならば問題ない。
だが、もし。いや、恐らくそうなのだろうが。
(新世界に渡ったら、尚更白ひげとの繋がりは滅茶苦茶強化しよう)
なにより、恩を返すために戦力として貸すというのであれば、相応に二人を戦わせる必要が出て来る。
つまり、こちらの作戦に参加させなければならない。
(おのれビッグマムめ! 分かっててやってんだろうなぁチクショウ!)
余り使わないまま新世界に返したら、その程度じゃ足りないというメッセージに受け取られかねない。
というかそういう口実で無礼だと黒猫に喧嘩売って来る可能性がある。
向こうは絶対にロビンが欲しいハズなんだ。
万が一――いやもうほぼ絶対に戦争・奇襲があると踏んだ上で、少しでも優位に立つように動く必要がある。
(覚えておけよデブ! ……ではなかったな! 手配書二度見したけど! 原作は何がどうなったらアレがアレになったんだ!!?)
電話口の向こう側で『マ~ママハハハハハハ!!』と上機嫌に笑っているいつか戦うだろう女傑に、とりあえず虫歯になるように全力で呪いながら適当に会話を合わせる作業に没頭することになった。
…………。
カスタードを嫁にとか言い出すんじゃねぇよ!! 油断も隙もねぇババァだな!!?
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「わはははは! それで今度はビッグマムの子供二人が客将か! ははははははは!!!!!」
「どんだけ笑ってんだよ……」
胃が痛くなるビッグマムとの会談を無事に終え――というかどうにかやり過ごして、久々のサロンに顔を出す。
バーテンダーや給仕の子達に泣いて喜ばれたのは良かったが、そこにいたのはすでに相当出来上がっているレイリーだ。
コイツ、人が死ぬ思いをしている時に……。
とはいえそこまで汚ぇ飲み方はしないから、サロンのスタッフからは結構好かれてるんだよなぁ。
「しかし、この西の海で彼らを使う程の戦場があるかね?」
「一つ確実に。クロコダイルが艦隊をモノにした時に、間違いなく戦力ヤバい所を攻め落とすので……まずはその時に」
「……ほう」
「まぁ、その後は魚人島奪還戦までの間、楽園での戦いがどうなるかですね」
クロコダイルはさっそく艦隊行動の訓練に入っている。
俺が聖地に出る前に書いていた艦隊に求める機動に、ハンコックがそれを満たすための訓練や必要な追加設備や、それを実際に行った時の感触などを書き足した一冊を借りて、相当真剣に読みこんでいるのをさっき見かけた。
(……下に付けた兵士は当然というか元海兵が多いし、あの様子ならば多分三か月で基本的な艦隊機動を取れるようになるだろうなぁ。で、二か月くらいは訓練も兼ねた哨戒に出て、その間にいくつか功績は上げるだろうし……)
半年――はさすがに無理か? でもプラス数か月くらいで一応は艦隊を物にするハズだ。
その時までのクロコダイルの評判次第では魚人戦力に親衛隊一隊も付けてとりあえずは完成かな。
その後の作戦行動での戦功を以って、正式に第三艦隊提督就任でいいだろう。
結構慎重に動くアイツが然う然う大きなポカをやらかすとは思えん。
「楽園か。……
「別に戦いばかりじゃないでしょう。というより、刃を交えない戦いの方が俺達にとっては本番なんですから」
本当に。本当に今から胃が痛くなる。
三年後に
準備に三年かけるのは政府がちょっかいを出しづらくなるように足場を固めるという意味もあるが、なによりも組織作り――いや、体制を構築してその実績を積む必要があったからだ。
「…………クロ君」
「? ええ」
「奴は我々と共に新世界を渡り切り、そして
? ゴールド・ロジャーの事か?
「そうして始まった大海賊時代は、更なる混沌で塗りつぶされた」
「…………
実際、求める者はまだまだ出るだろう。
混沌の時代だからこそ、一発逆転しかねない物を求める人間は多数出る。
方向性こそ違うが、それこそクロコダイルも似たようなものだ。
古代兵器を求めるなんて、普通ならば一笑に付す話だ。
まぁ、政府がオハラを大事にしたせいでおとぎ話に信憑性が出てしまったのもまた事実なんだが。
「大海賊時代は、まだ終わっていないと?」
「……海賊が跋扈する時代という意味では。確かに、ゴールド・ロジャーが求めたかもしれない物は変質しているかもしれませんが、それでも……」
どう、なんだろうなぁ。
時代がこうなったのは、確かにそれを求める者がいたからだ。
確定している金獅子。
推定容疑者の天夜叉。
支配、復讐、その果ての勝利、あるいは狂乱。
求める者がいる限り、いつだってそれが時代を染め上げる可能性は存在する。
「レイリーがこの海に来る前、地区本部での戦いの前にアミスに言った事があるんですが……」
まだ一年も経っていない頃だが、ものすごく昔に思える。
「海賊になる者が増える一方で、海兵を志す者もまた確かにいます」
完全に心が折れそうになっていたアミスを海軍に留めるための――そうでなくては家族も含めて危険だと思ったからの言葉だったが、結局それが彼女達を海賊にしてしまった。
「海賊は一攫千金を、あるいは冒険を求めて。海兵は守るために、安定のために、……そして正義のために」
元より正義という言葉は好きではなかったが、この世界ではその価値も暴落してしまっただろう。
天竜人入りの噂が流れた所により追われる事になった身だ。
正直、自分への当たりが強くてもおかしくなかった。
にも関わらず勢力圏のいずれもで反発の気配がないという事は、少なくとも自領では守り手として他の勢力よりも信頼を得ているということになる。
「それはここ最近の話ではない。ゴールド・ロジャーが動く前からずっと世界にあり、求め続けられた物なのです。そしてその善悪と同じく、探求心は特別でもなんでもない」
だがそれでも、海兵を目指す者はいるはずだ。
少し前に比べてより切実な理由かもしれないが、海賊になる者が出るように海兵になる者も必ず出る。
「それがどのような時代であり、どのようにうねり、激しく動こうとも……善も悪も混在してただそこにあり、その渦の中から個々の夢が生まれて次代へと継がれていく」
「どこかの誰かが、生きて何かを欲する限り、人の夢が終わる事はありませんよ」
現にビッグマム辺りは諦めないだろうし、それを知る彼女の子供達の中にも
まったく知識がないがカイドウの一味だってそうだろうし、中には限りなくロジャーに近い者だって現れるだろう。
「ゴールド・ロジャーが求め、そして残した夢は――」
だからまぁ、心配することはないんじゃないかなぁ。
「時代に産み落とされた時点ですでに不滅の物なのです」
時代がどうなろうと――あるいはルフィが生まれなかったり、違う流れに逸れていったとしても。
やっぱり、ロジャーの夢を受け取る人間は絶対にいるだろうさ。
……おじいちゃん。
前々から思ってたけど、飲むか笑うか泣くかどれかにしようよ。
俺もバーテンダー達もすっげぇ対応に困る。