とある黒猫になった男の後悔日誌   作:rikka

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158:橋の国制圧戦、開始

―― 馬鹿な! なんでこんなところに海賊が!?

―― 早く船を出せ! 迎撃しろ!!

―― 搬入口を閉めろ! モタモタすんな、敵船が……っ

 

 橋の国。

 700年前から延々続けられている、政府のなんらかの戦略に基づいて建設された――され続けている巨大な橋。

 その巨体を支える支柱の一本目掛けて、何隻もの海賊船が真っ直ぐに向かっていた。

 

「ホロホロホロホロ! クロの言う通り、マジで襲撃対策を碌にしてなかったようだなぁ!」

「政府に喧嘩を売る勢力なんざあんまいないし、ましてやここがピンポイントで襲われるなんて想定していなかっただろうからな」

 

 対してこちらは強襲揚陸演習を繰り返した本隊戦力、ならびに陸軍戦力を載せた第一艦隊の精鋭!!

 加えて最寄りの海軍基地からの直線航路を見張っているタキの艦隊から船影無しという報告もある!

 このタイミングで海軍の増援が来ないのならば、第二艦隊をバラけさせずに攻略の補助に使える!

 

 つまり緒戦は圧倒的にこちらが有利!

 

「ペローナ! 射程は!?」

「問題ねぇ! ここからならギリいけるぞ!」

「ヨシ! 搬入口にありったけのゴーストぶち込め!!」

「任せなぁっ! 喰らえ政府共! ネガティブホロウ!!」

 

 そしてなにより広範囲高性能MAP兵器のペローナがいる!!

 

 ふふはははははははは!

 

 無様よのう政府の犬っころ共めが!

 虫けらの如く地に伏せるがいいわ!!

 

「トロイ! 親衛艦隊で後続の突入を援護してくれ! 第二艦隊はこちらに合流し陣を展開、想定される敵増援に備えろ!」

『了解!』

『承知しました総督!!』

 

「ハンコックは本隊に続け! 突入口を開き、内部に第一師団を揚げるぞ!」

『承知じゃ、主殿!!』

「よし――!」

 

 

「これより作戦を開始する!!」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 いつもは定期的に来る物資輸送船を出迎え、荷下ろしをするだけの平和な場所に剣戟と銃火の音が響く。

 

―― なんとかしろ、ここは政府のお膝元なんだぞ!? こんな事が起こりゃあ……っ!!

―― 分かってる! じゃねぇと俺達が奴隷に……いや、貝でいい。貝になって海の底で眠りたい。

―― おい! 一体何を言ってやが、ぎゃあああああああ!!!

 

「第一師団、展開急げ! この五十七番支柱をまずは確実に物にするのだ!! ペローナ嬢の援護もある! 恐れるな、進めぃ!!」

 

 海賊組織が持つ事は異例の陸軍師団を預かるビグルの号令に従い、部隊が素早く展開されていく。

 ゴーストプリンセスの能力により無力化された敵を拘束し、後続の部隊のために道を確保しながら前線を押し上げていく。

 痩せ細った奴隷の管理や逃亡奴隷の確保、処刑が精々で戦闘らしい戦闘をさほど経験していない政府戦力では、元海兵が主体となって編成された陸軍戦力には到底太刀打ちできなかった。

 

(……思った以上に柔い)

 

 万が一やっかいな戦力が出入り口を守っていた場合に備えて俺とミホークで先陣を切ったが、ちょいと銃火器を触るのに慣れた新兵程度しかいない。

 

(とはいえ、問題なのは橋内部――上層での戦闘だな。士気はともかくとして物量差は圧倒的。マキシンの情報通りならば地形も特別有利になれる箇所はない。そして保護対象の奴隷達が多くいる。……黒猫海賊団が、この一年でどれだけ軍隊として成長したかが試されるな)

 

「タキ」

『ハッ! 突入は無事成功したようですな』

「ペローナとトロイ艦隊の援護のおかげだ。そちらも、いい艦隊機動だったようだな。後続の船の突入援護に間に合うとはさすがだ」

『ははは、ありがとうございます』

 

 現在突入したのは黒猫本隊と第一艦隊による強襲揚陸隊。

 ハンコックは万が一にも背後を取られないように、陸軍の展開を援護しながら、ギャルディーノの能力も併用して進軍路を確実な物にしている。

 

 電伝虫の向こうにいる第二艦隊は、敵の援軍に備えて艦隊を展開して備えている。

 

「第二艦隊はそのまま見張りを頼む。船影を視認したら応戦はもちろん、その数と進行方向を合わせて直ちに報告を」

『ハッ』

 

 援軍が来るとしたら私掠艦隊ではなく海軍の方だろう。

 ただ、再編後の海兵のレベルは不明。

 向こうからすれば色々と問題の多い西の海だ。本部戦力が配備されていてもおかしくない。

 

「ミアキス、お前の編成は?」

 

 現在第二艦隊の予備戦力として艦隊旗艦に乗っている親衛隊に繋ぐ。

 

『あれ? 珍しくド忘れですか?』

「今回の作戦は親衛隊をアチコチに分けて参加させているからな。で?」

『シャロンちゃんとフリックさんです』

 

 槍使いの中堅隊員にクリスに並ぶ上位剣士、そして親衛隊が誇る首斬り妖怪ミアキスの指揮か。

 万が一の戦力としては悪くない。

 よほどの特記戦力が奇襲かけても、俺やミホークらが駆け付けるまでの時間は稼げるだろう。

 

「そのまま第二艦隊旗艦で待機。海上戦闘――いや、乱戦にでもならない限りはタキの指揮下に」

『乱戦が起こった場合は?』

「自己の判断で最善を尽くして斬れ。親衛隊だろう?」

『了解しました! その時はずんばらりとやっちゃいますね~』

 

 わぁ~頼もしい。

 多分横で聞いてるだろうタキ爺ちゃん、苦笑いしてるんだろうなぁ。

 

「クロ、お前はここで指揮を取れ。俺達が親衛隊と共に道を切り開く」

「ああ。俺にとって黒猫での初戦闘でもあるからな。ここからは先陣を切らせてもらおう」

 

 そしてミホークとクラッカーがうずうずしている。

 

 ……。

 

 うん、クラッカーはともかくとしてミホーク君、落ち着いて。

 

 分かってる分かってる。

 

 魚人島攻防戦の話をレイリーから聞いて、滅茶苦茶参加したかったって言ってたもんね。

 

 お決まりの斬り合いの最中に滅茶苦茶聞かされたから。

 

 ちゃんと覚えているから。

 

 本気で俺を斬ろうとしていたあの三日間への怒りと共に決して忘れないから。

 

 おぼえてろよ。

 

 

「よし、行け。やりすぎて奴隷やこの橋を斬るんじゃないぞ?」

 

 

 

「この地は我々の重要拠点になるのと同時に、政府戦略の一端を掴むのに必要だからな」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「いやはやいやはや! 総督の読みとマキシン君の情報通り、食料を始め膨大な量の物資だガネ!!」

「これでもほんの一部とは……。とはいえ、ならば働かされている奴隷達の数は相当な物になると思うのじゃが……」

「果たして、労働力として取り込む彼らを食わせるには足りるか……カネ?」

「うむ。主殿は問題ないと言っておったが」

 

 今回の戦闘の主力は陸軍である。

 橋の国という、一種の人工島を舞台に戦闘・進軍を体験させて増えた新兵や各国から送られた兵士に黒猫での戦闘を経験させ、より軍として一体化させる。

 

 無論、戦闘慣れしていないだろう常駐戦力を一掃し、内部にいる奴隷と物資を回収するというのも主目的ではあるのだが――

 

「確かに、奴隷の数は膨大。彼らに用意された食料は飢え死ぬかどうかのギリギリといった所だろう。マキシン君の情報通りなら、わざわざ一定距離ごとに死体の捨て口なんてものを用意しているくらいだからネ」

「……つくづく不快な連中じゃな」

「全くだガネ。……そういった酷い扱いをしているとはいえ多くの奴隷を管理して働かせている。となれば――」

 

 銃弾程度ならば覇気で強化でもしない限りそうそう破れない蝋のバリケードを作成し終えたギャルディーノが、陸軍が制圧した支柱部――搬入口に積まれた物資へと近づく。

 

「当然、それを管理する者達も多くおり、彼らも大量の物資を必要とするのだガネ」

 

 五十七番支柱――情報を提供した元CPにして親衛隊候補として訓練を受けているマキシン曰く、今現在最も使用されている搬入口の一つ。

 当然だが多くの出入りがあり、荷物が行き来する以上それらは大量な物である。

 

 巨大と言っていい大樽の一つをギャルディーノは選んで、その蓋を開けて見せる。

 そこに入っているのは、膨大な量の穀物だった。

 他にも酒、豆、燻製肉に干し魚、酢漬けの野菜。

 これから各部の倉庫に運び込まれるはずだった物が所狭しと積み上げられている。

 

「奴隷一人一人の何倍もの、ネ」

「……だから主殿は問題ないといったのか。連中を追い出せば解決すると」

 

 今回の作戦は海軍が碌に動けない隙を狙うのと共に、庇護を求めた国家に黒猫勢力の基本政略――すなわち世界政府との敵対、奴隷制度への反対の意思を見せるためでもあった。

 

 今後庇護を求める国家も増えるだろうという予測。

 かつオハラでの作戦を急がせ、これ以上の私掠艦隊の増加、介入を防ぐためにも作戦開始を急がせる必要があった。

 

 そのため、作戦そのものの説明はともかく、一部の戦略説明。

 作戦のその後への説明が少々足りていなかった所をギャルディーノが補足していく。

 

「それにそれぞれの支柱がかつての搬入口で、架橋工事が進み現場が遠ざかるとそれを封じて倉庫として扱っているという話だ」

「となると、それぞれにこれだけの――いや、これ以上の物資がある」

「それも、現場が遠ざかると言う事はそこに住むのは管理役の方が割合が増えるハズ。ならばその近辺に保管されている物資は、生活のための物である可能性が高い」

「……保存の利く糧食や日用品」

「閉鎖空間での生活に必須の石鹸などの衛生管理品に医薬品も。まさしく、我らに必要な物だガネ」

 

 一通り説明して満足そうにしたギャルディーノが、またも眼鏡の位置を直しながら無駄に光らせている。

 第一艦隊の兵士も慣れた物で、周囲を警戒をしたまま「おい、3謀長がまたやってるぞ」「あれどうやって光らせてんだ」とささやき合っている。

 

「主殿は、この馬鹿でかい橋を制圧すると言っておったな」

「まぁ、今のままでは無理だから搬入口のほとんどを塞いで出入口を制限したりと工作は必要だろうガネ。……そうなると、今のうちに石材などを運び出しやすい所に整理しておく必要があるか」

「我らだけならいざ知らず、今なら多くの魚人の手を借りられるのじゃ。それは後回しで良かろう」

「む。確かに」

 

 戦いは上層へと移りつつある。

 恐らくミホークとクラッカーの客将コンビが派手に暴れ回っているのだろう。

 

 凄まじい剣戟の音――以上に蹴散らされているのだろう政府戦力の者達の断末魔の悲鳴が支柱中に響き渡っている。

 この場にロビンがいれば、さぞ遠い目で音が響く上階の方を見ていただろう。

 

「……ギャルディーノ」

「なにカネ、提督」

「念のために上層に上がる階段やスロープ、その付近を其方(そなた)の蝋で補強しておかぬか?」

「…………さすがのミホーク殿でも、この状況なら手加減すると思うんだガ?」

「あやつめ、主殿が帰って来てからブレーキが壊れておる気がしてな」

「存在しない物がどうやったら壊れるのカネ」

 

 ギャルディーノの軽口に「さての?」と返して、ハンコックも手近な荷に手を付ける。

 

「……む?」

「? どうしたカネ、提督」

「いや……」

 

 緑色に塗られた樽の蓋を開けてその中身を見て、眉を顰める。

 不快だからではない。

 

「これは、何に使うのじゃ?」

 

 疑問だったからである。

 

 ギッシリ詰め込まれた――ただの土の使い道が。

 

「土。……はて、橋作りに使うのか、はたまた別に使い道があるかは分からないガ――」

 

 

「提督、我々にとって面白い使い道を思いついたガネ」

「……ほう、献策か?」

「当然」

 

 

「なにせ、提督に仕える参謀長だからネ」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 薄暗い階段を駆け上がり、羽飾りのついた大きな黒い帽子を被った男が剣を振るう。

 斬る。斬る。

 ただひたすらに斬る。

 

 もはや兵としての体を成しておらぬ、雑兵とも言えぬ烏合の衆を蹴散らす。

 

「いやはや、死の教師の二つ名は正しくピッタリだな」

「そういう貴様も、よく我々やミズキ達に付いてこれるものだ。元CP8は伊達ではないか」

 

 凄まじい勢いで敵を切り裂く中、それに追随する者がいる。

 大柄な身体――その実は鎧であるビスケット人間。本作戦の要である一人軍隊。

 主に抜き足に長けた親衛隊員――ミホークの頭脳として、戦術的な行動をとるための誘導役。

 

 そして、マキシン。

 

 最も新入りにして、すでに黒猫という組織の中で強者の一人である女。

 政府を裏切り、黒猫に降った女スパイ。

 

「やれやれ。まぁそう簡単に信じてもらえるとは思っていないが、元CPと口に出すのは控えてくれないか? なにかと風聞がね……」

「む? お前ほどの猛者を擁する部署だ。誉れではないのか?」

「別にそういうわけでは――ん?」

 

 マキシンは戦闘技能者でも準一級だが、その本質は暗殺者である。

 ミホークやクラッカーの斬撃によって相手が吹き飛ぶ度に、その隙間を縫って進路の邪魔になる相手に向かってナイフや針を投げて命を奪っていく。

 殺す事こそ、自分の仕事だと理解していた。

 

 たとえ、新たに付けられた名前にそれだけではないという意味が込められていても。

 それが自分の本質である事は間違いないのだから。

 

「死の教師」

「親衛隊の候補であれば、俺の事は好きに呼べばいい。が、その二つ名は主に敵が口にする名だ」

「……確かに。なら、先生」

「うむ」

「貴方は、私に思う所があったのではないか?」

「? なぜだ?」

 

 必死に銃を撃ってきた敵が鬱陶しかったので、マキシンは袖口に縫い込んで隠していた針を引き抜き、撃ち抜く。

 命を奪うのには足りず、だが身体の自由が利かなくなる点をピンポイントで撃ち抜く。

 尋問する必要がある敵の捕獲のために、人体を学び抜いた末の技。

 

「政府のスパイが裏切ったと言って、本当に裏切っているかどうかは疑うものだろう?」

「そのような定石は知らん。俺は俺が見て、感じた物を基準に判断する」

 

 見る者が見れば嫌悪感を示しかねない。

 現に、付き合いの中では――それこそミホークにボコボコに吹っ飛ばされた事もあって親衛隊の面々とはうまくやっているが、技のいくつかはいい目で見られていないのも事実である。

 

「お前の剣筋は確かに積み重ねた物であり、その上でそれをクロの道のために活かそうとしている」

 

 階段の突き当たり、踊り場にあたる所に敵が銃列を組んでいる。

 ミホークの斬撃では壁を貫くやもしれぬと判断したミホーク付きの親衛隊――ミズキとアヤメという二人が前に躍り出て、手にしたナイフや苦無(くない)を投げつけ敵を絶命させていく。

 

 マキシンも同じく、前へと踏み出て針を投げてライフルを構える一団を倒していた。

 

 一気に押しつぶそうとしていたクラッカーや、親衛隊の二人は感心したように小さく息を吐く。

 

「剣を合わせてみて分かった。お前もまたクロに――あの背中に賭けたのだろう? 腕前と合わせて、肩を並べて戦うのになんの不足もない」

 

 逆にミホークは、マキシンもまた前に出ると確信していたために剣を握る手を緩めていた。

 ここは任せるべき時だと、黒猫での戦いの数々で戦い――否、戦術の『流れ』というものを、ミホークも理解し始めていた。

 

「……そうか。それならそれで聞きたい事があるんだが――」

 

 がら空きになった上層――いよいよ橋の国の中へと突入しながら、マキシンは再び先頭を駆けるミホークに親衛隊と共に続きながら、

 

「ならばなぜ、入団テスト――親衛隊候補生入りの時に私は立てなくなるまでボコボコにされたんだい?」

 

 クロと共に本拠地モプチへと帰還してからすぐに行われたテスト。

 明らかな新兵であるスパニエルなどは別にして、マキシンとドールは『死の教師』の洗礼を受けていた。

 

「二人合わせて三分耐えきればいい所を三十分に亘ってボコられたのは、正直洗礼にかこつけて裏切り者の疑いのある私達を叩き出そうとしていたのでは……と思っていたんだが」

「――ふむ」

 

 親衛隊の二人も横で小さく頷いている。

 精根尽き果てて地面をベッドにしてそのまま死にかけていたドールとマキシンに、慌てて毛布と水を用意したり蘇生活動を試みたのは他ならぬ親衛隊の面々であった。

 

「なんと言えばいいのか……。あの時は確かに多少は疑いは持っていたし刃を交えれば何か分かると思っていた。それゆえ適度にお前達を追い込んだが、残り十秒を切ったので少々ペースを上げた所でドールは生き残るために見聞色に朧気ながら目覚め、お前もまた覇気に目覚めた。文字通り命を懸けてでも黒猫に身を置き、かつその先を見据えていたからこその成長であり、あの時点で黒猫に入れて問題ないとは思ったが先を見なければどこに配属させるかという問題もあったのであって、だから――」

 

 多少の息継ぎ以外途切れることなく思いついた言葉を、ミホークは一気に飛ばし始める。

 

「うむ、まぁ、つまり――」

 

 ついでに斬撃も飛ばしている。

 上層の障害物の少ない所へと戦場が移ったからだ。

 

 

「楽しかったからだな」

 

 

「「「わんぱくか!!!!!????」」」

 

 

 そして親衛隊からはツッコミが飛んだ。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「トロイ艦長、突入した第一艦隊より入電。支柱内部の制圧完了にともない前線は上層へと移行。奴隷の解放、救助と並行して敵戦力の排除に移るとのことです」

「……ここまでは計画通りか」

 

 薄めのアッシュグレイの髪をピンクの花柄のバンダナで包んだ親衛隊の仲間の少女の報告を受けて、本隊戦力の一部で編成された艦隊を率いるトロイ――『海龍』の二つ名を与えられた男は、作戦が順調に進んでいることに少しだけ安堵の吐息を漏らす。

 

 そして電伝虫の受話器に手を掛け、

 

「タキ提督、そちらは?」

 

 先日第二の艦隊提督となった老将へと連絡を取った。

 

『未だ敵船影は確認できず。空も同じく警戒しているが異常はない。海中の警戒を担当してくれておる魚人組からも、特に異常を報せる報告はない』

「総督の読みでは、もうそろそろ海軍先遣隊が現れてもおかしくない頃合いなのですが」

『……警戒を解くわけではないが、海軍の状況が総督の想定を超えているのかもしれんな』

「再編が遅々として進んでいないと?」

『あるいは、総督と同じく海軍が動けぬとみて動いた余所の対処に苦心しておるか。その両方か』

「可能性の一つとしてはあり得ますが、部下には聞かせられませんね」

『……そうだな、油断を誘いかねない楽観論であった。すまない、今は忘れてくれ』

 

 すでに黒猫内部の一団として動いていたタキだが、第二艦隊提督としてはこれが初陣であった。

 ゆえに声にはやや緊張がある。

 

 ましてや多くの国々が庇護下に入って以降初の、それもキャプテン・クロ直々に指揮する作戦だからこそ失敗は許されない。

 

 この一戦に、西の海の未来がかかっている。

 

 タキを始めとする元海兵――特に、46番基地に所属していた者達はそういう想いで作戦に従事していた。

 

「なんにせよ、戦いが本格的な制圧戦に入った以上、我々は敵の脱出船に気を配る必要があります」

『うむ、突入口と船の守りは第二艦隊に任せてくれ。そちらこそ、気を付けてな』

「ハッ」

 

 通信を切ると同時に、部下に指示を出して操船を指示する。

 

 これから逃げまどう政府船を一隻でも多く拿捕、あるいは蹴散らし、敵に敗北の辛酸をこれでもかと舐めさせねばならないのだ。

 

「トロイ、一応は作戦通りでいいんだよね?」

 

 バンダナの子とは違う、背こそ低いが元気そうなオレンジの髪の少女がトロイに問い掛ける。

 

「ああ。全ては無理だが、敵船は可能な限り確保しろという事だ。各支柱を見張っている魚人と連携を取って敵の動きに注視する」

「ん、りょーかい!」

 

 握りしめた拳をもう片方にパンッと叩きつけて返事をする子に、敬礼で返すように注意すべきか一瞬バンダナの娘と見つめ合うが、二人揃って首を振るだけに留めて、目標へと視線を移す。

 

 長い長い、ある意味で奴隷(・・)の国。

 七百年前からなぜか続けられている、不可思議な橋。

 

 総督曰く、世界政府が何を目的としているかのヒントに成り得る要調査拠点。

 

 

 

「オハラも上手く行っているといいが」

「トロイ艦長。念のためにオハラの艦隊に、こちらには海軍の動きがない事を伝えるべきかと」

「……向こうに行っている可能性もある、か。そうだな」

 

「すまないミレイ。向こうの親衛隊艦隊――キカに繋いでくれ」

「ハッ」

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