とある黒猫になった男の後悔日誌   作:rikka

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160:圧倒的戦力

 橋の国制圧戦において最も幹部勢が不安視したのは、その内部構造である。

 奴隷達の居住区は当然ながら牢屋のようになっており、そのため仕切りは多く障壁もあるのだが、問題は建造中の部分によってはまだ橋の部分があるだけで、身を隠す所すらない場所があるのだ。

 

 これを解決するためにクロはシャーロット・クラッカーという無限の兵力にして無限の盾を用意した。

 事実、もう片方の戦場ではその無限の鎧と覇気によって、政府戦力など蹴散らしている。

 

 文字通り、塵を払うように蹴散らしているのだ。

 

 新世界でも上位に入る『千手』のクラッカーと『死の教師』ミホークの敵はいなかった。

 

 だって西の海だもん。

 新世界じゃないもん。

 

 そしてもう片方。

 制圧した支柱から、未だ建造途中の現場側(・・・)では、陸軍に編成された兵士達が主力となっているが――

 

「急げ! 3謀長の差し入れを並べるんだ! 隙間なくだぞ!!」

「人間達は段差付近の空間を空けてくれ! そこまでは俺達魚人でコイツを運ぶ!」

「重いから持ち上げようとするなよ!? 傾けて転がしていくんだ!!」

「慌てて倒したら面倒だぞ! 焦らず確実に運べ!! 銃兵はとにかく撃って工兵を守るんだ!」

 

 その面々は障害物のないだだっ広い戦場に、ただひたすらに()を並べている。

 

『ちくしょう、海賊の分際で政府施設を攻撃なんざ!』

『撃て! 撃て! 数では俺達の方が勝ってるんだ!』

『とにかく撃ちまくれ!!』

 

 常駐している政府戦力は、質はともかく数では圧倒的だった。

 逃亡奴隷の処刑、みせしめも兼ねた遊びで散々撃ってきた銃火器を持って少ない物陰に身を隠して、碌に狙いもつけずに撃ちまくっている。

 

 だが、その弾丸は黒猫の兵士達に当たる前に。

 

―― バスッ! バスッ!

 

 ギッシリと隙間なく並べられた樽に当たってその側面を貫通して――

 

「二重三重に隙間なく詰め込め! 重なれば重なる程銃弾に対する脅威は減る!!」

 

 その内部にギッシリと詰め込まれた土砂(・・)によって止められていた。

 

「チクショウ! なんでただの木樽でライフル弾が――!」

「おい、奴隷を連れて来い! アイツらが盾を用意するならこっちもだ!」

「こっちにいるのは今週中に使い潰す予定だった連中だ! 肉がほとんど付いてねぇぞ!?」

「ネェよりマシだ! 急――」

 

 

「どこまでも品がねぇ奴らだな! ネガティブホロウ!!」

 

 

 加えて、新世界最上位の戦力が集まっている戦線にはブレーキ役はともかく援護は不要と、黒猫最高幹部の一人が出て来ていた。

 

 ゴーストプリンセス。

 先の魚人島攻防戦で名を上げた一人であり、最高幹部の中でも特に広範囲制圧に長けたその能力は、この閉鎖空間では――

 

―― む、虫けらだ。こんな状況で声しか張れねぇ俺なんて……

―― 人を盾にするなんて……俺はいつの間にこんなクズに……

―― カスや……俺は人間のカスや……。

 

「ホロホロホロホロホロ! 可愛くねぇなぁお前ら!!」

 

 まさに無双といっていい状態だった。

 いかに多くの人間が住める――それこそ国と呼ばれる程の広さであっても閉鎖空間は閉鎖空間。

 これで上位の覇気使いでもいれば話は違っただろうが、今の政府にそれだけの戦力を防衛に回す余裕はなかった。

 

「ペローナ殿、捕らわれていた奴隷――いえ、民間人を発見しました!」

「数は?」

「まだおおよそですが、この区画だけで三千名以上はいるかと」

「マジか。……いや、下に食料なり水なりは余裕であるけどよ……」

「相当に無茶な労働を課せられていたのか皆一様に痩せ細っており、立つのがやっとであるとのことです」

「……他に異常は? 例えば熱が出てたり、下痢とか小便……とにかく糞尿や汚物で汚れている連中とか」

「今の所、報告は入っておりません。直ちに再確認を入れます」

「……もしいたら即座に隔離しろ。汚れている奴は当然洗浄してな。これまでの経験で、飲まず食わずの極限状態だと汚水なり腐敗物なり、目についたモン口にした結果、更に体調を崩して周囲に病気が広がるパターンが多かった。ただでさえ適当なすし詰め状態なんだ。キチンと調べろ」

「ハッ。すぐに担当分隊に伝令へ向かいます」

 

 かつての海軍だった者。

 ジェイスという元大佐がペローナに敬礼して、駆け足で場を離れていく。

 一度黒猫とは交戦した事がある兵士だったが、タキの呼びかけに真っ先に応えた一人――西海海戦で活躍した一人である。

 

「ビグル、全体の戦況はどうなってんだ?」

 

 その側に付いているのも、やはり元海兵。

 かつてクロと共闘した海軍大佐にして、黒猫海賊団陸軍第一師団長。

 

「快調ではあります。ですが」

「ですが?」

「敵がどうも……奥へ奥へと逃げるばかりで海に出る様子がないと」

「……船に乗らねぇのか。確かにソイツは面倒だな」

 

 本作戦は制圧である。

 それは参加する幹部陣は良く把握しており、そのためにどう戦局を進めていくべきなのかは散々に話し合っている。

 

「必死に逃げた船が黒猫によって拿捕、あるいは撃沈されるってのが一番いい絵になるのにな」

「はい。逃げ出す船はこの高い橋からでも目立つでしょうが……まさか奥に逃げるだけとは」

 

 だからこそ、黒猫の戦術目標は敵の壊滅ではなく、降伏を促す事であった。

 

 以前クロ自身が口にしたように、常駐している戦力が多ければ多いほど攻略は難しい。

 たとえそれが雑兵の集まりであろうとも、よほど広範囲攻撃に特化した能力者がいない限りまず不可能である。

 

 例えばハンコックならばやろうと思えばできるだろうが、石化による全滅狙いだけでは広大な橋の国の兵士を潰しきるには時間がかかりすぎる。

 

「こっちもさっさと制圧してぇが、ここらも長ぇからな」

「向こうに比べればマシですが……そうですな」

「ネガティブホロウを連発したい所だが、先が長い事を考えるとここであんま消耗はできねぇんだよな」

 

 普段は会議の際の警備に集中してあまり話し合いには関わらないペローナだが、それでも艦隊旗艦クルーにして最高幹部の一人である。

 よって無論、この戦いの意味は理解している。

 

 クロとロビンによって再三説明を受けたというのもある。

 

「とにかく民間人の保護が最優先だ。盾にしようとした奴が出たらアタシに教えろ。無力化してやる」

 

 編成したばかりの陸軍の実戦投入という物以外に、この橋を攻撃した理由は大きく三つ。

 

 その中で最も大切なのは、当然ながら物資と人員だった。

 

 膨大な食料と建材が蓄えられている橋の物資倉庫と船を奪い、各地の復興に使える人員を確保するのと同時に、彼らと魚人難民を当面飢えさせないだけの食料を手にするため。

 

 そのためにも働かされている奴隷を安全に、そして一人でも多く保護するのは必須事項だった。

 本来シャーロット・クラッカーという特級戦力の投下だけでも片が付けられる所に『死の教師』という過剰戦力まで付けたのは、一刻も早く敵が戦意を喪失することを期待したのもある。

 

「おい、資材運搬に使われていた台車があるだろう?」

「ハッ、多数確認されております」

「そいつに土入りの樽載せて前に進ませろ。危険度は上がるけど比較的被弾率下げた上で進軍速度が上げられるだろ」

「……一台につき、敷き詰めて樽二つと言った所ですね」

「隊列組ませて隙を減らせ。一旦前に出れば後ろの連中が樽の盾敷き詰められるし、広さを確保すれば保護した連中をもっとスムーズに下げられる」

 

 が、戦意こそ大幅に削れているが諦める所までなかなかいかない。

 800年近く君臨している『世界政府』という看板は未だに大きく、そのお膝元であるこの橋の国では未だ影響力が強い。

 

 そのため戦況そのものは圧倒的に有利ではあるが、黒猫としては思ったようにいっていないという状況であった。

 

「……体力落ちてる連中だ。動かすだけでモタついてる所もあるし、さっさと安全区域を広げねぇと流れ弾に当たる奴だって出るぞ」

「念のために、一定間隔で通路を確保した上で即席の防壁を築いております」

「……やっぱさっさと後方に移動させねぇとな」

 

 元より長期戦になる算段ではあったが、それでもあまり長引きすぎると海軍や私掠艦隊の増援が送られる可能性が高まる。

 最も厄介な海軍はまず動けない状況だろうし、仮に増援を出せたとしても大した戦力は出せない。

 私掠艦隊はその戦力のムラがやっかいではあるが、艦隊機動が可能とは思えない。

 

 紛れ込んでいるかもしれない悪魔の実の能力者や特異な技能をもっている相手への警戒こそ必要だが、突出した戦力は少ないが安定している第二艦隊ならば対処は可能ではあるだろう。

 

「しかたねぇ。ビグル、一気に進める用意が整ったら教えな」

「ハッ。では、能力を?」

「おう。ミニホロで一回前線を崩してやる」

 

 

「任せろ、魚人島での撤退戦でこういう時のやり方は経験してんのさ」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「ヨシ、資材運搬用の昇降機を上の部隊が使えるようにした! 急いで運んで、上の戦況を整えるガネ!」

 

 この橋の国に運び込まれた土は全て非常に大きな樽や大袋のまま積まれていた。

 本来ならば上層階の所々にある手動エレベーターで上へと上げられていたそれを上げるには、運べるサイズの樽や袋に詰め直さなければならなかった。

 そのため作業に手間がかかり、物によっては魚人の力を借りる必要があったのだ。

 

 だがそれが解決された今、前線を支える物資がより効率的に運べるようになった。

 

(つまり、これで魚人組がフリーになったな)

 

「ギャルディーノ、よくやった。これで想定よりも前線を早く押し上げる事が出来る」

「政府が物資を残してくれたおかげだガネ。とはいえ、お役に立ててなにより」

 

 戦況は悪くない。

 中々降伏しないのは予想外ではあるが、そもそもギャルディーノの策のおかげで相当に早く部隊を二手に分ける事が出来た。

 当初の想定では、あの特級戦力二人を除いて未だに各上層階の出入り口付近での攻防戦が続いているくらいだった。

 

「しかし、これだけの土を何に使うつもりだったのカネ。橋の工事に使う事もあるだろうが、余りに膨大だガネ」

「それなんだが……」

 

 それ。

 土を使う事もあるだろうとは思っていたが、それにしては余りに多すぎる。

 

「前線に出たハンコックから報告があった。今ミホークらと共に三つ目の支柱部まで制圧を完了させたらしいが」

「もう!? さすが提督に『死の教師』にビッグマム海賊団の精鋭。圧倒的だガネ」

「ああ。で、アイツらの押さえた……つまり、工事が終わっている部分なんだが――どうも、最上階とその真下の区画にガッツリ土を詰め込んでいるらしい」

「……なるほど」

 

 その言葉でギャルディーノはすぐさまピンと来たようだ。

 

「どうもこの橋の国は、本格的に人が自活できるようにするために作られた物のようだガネ」

 

 うん。

 どう見ても作物――にしては相当深い区域もあるようだし、樹木まで育てられる環境を作るつもりなのかもしれない。

 

「……しかし、それだけの物資をわざわざ他から運んできたって事は、それだけ土地を潰している事になる」

「あまりに非効率的だが、それを政府は何百年も続けている。つまり――」

「そうする必要があったってことだよな」

 

 島ではなく、この橋の国で生活できる環境を整える理由。

 

 …………。

 何が大事な要素なんだ?

 人工の島……あるいは橋の国を繋げる先?

 

 ……いや。

 

 高所である事か?

 

 必要なのがそれだとすれば……。

 

 少々話が変わってくる。

 

(やっぱり、多少無茶でもここは制圧しておく必要がある、か)

 

 幸いロビンと仲の良い魚人は多くいる、調査への協力もしてくれるだろう。

 

(調査結果次第では予定変更だな。ここは軍事拠点として使うつもりだったんだけど……)

 

 場合によっては生活圏としての機能を強化せざるを得ない。

 ……民衆や各国の指導者を説得できるだけの材料が出たとしても、事が事だから大っぴらには出来ない以上後回しにはなるだろうが。

 

 だが、それでもなお人を入れざるを得ないとなると……ちょいと手段を考えないと不味いな。

 

 精鋭集めて聖地襲撃するか?

 奴隷の解放と回収目当てで。

 一回は殴っておくべき場所だとは思っていたし。

 

「敵はまだ船を出さないんだよな?」

「うむ、ひたすら撤退しているらしいガネ」

「国土が広い上に島と違って船が遠いから、思いつかねぇのかな」

「多分。それに支柱に開けられていた搬入口は順々に埋められているらしいから、船が出せる場所も限られているのに加えて……」

「加えて?」

 

 逃げ出すタイミングで船を押さえて確保、投降呼びかけ。

 制圧処理を終えてから適当な加盟国に捕虜全員放り投げて、敵対する可能性がある加盟国に負担をかけるのと政府戦力の大敗北の喧伝を同時に行いたいんだが……。

 

「恐らくだが、ミホーク殿やクラッカー殿らの攻勢が激しすぎて下の階に逃げるどころではないのでは?」

「…………」

「ハンコック提督も加わった上に、その下の各階層で先陣を切っているのは黒猫が誇る親衛隊。太刀打ちできる戦力がまずおらず、安全圏まで下がり続けるので精一杯なのではないカネ」

 

 …………。

 

 

 なるほど。

 

 

「俺の人選ミスか!!」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 だだ広い橋の上で、轟音が鳴り響く。

 本来ならばそう響くハズのない、刃が空を斬る音。

 

 それが凄まじい轟音となって、辺りそこらに鳴り響いている。

 

『ぶんっ!』ではない。

 

『ぶぉんっ!!』とか『ざんっっっ!!』とか『ぉうっ!!!!!!!』とか、それはもう耳にしただけで身体が竦むような音が響きまくっている。

 

「容易い」

 

 刀を手にした男――『死の教師』が呟く。

 

(ぬる)い」

 

 大剣を手にした大男が嘆く。

 

「銃を取るなら命を置いていけ」

 

 その大男は一人ではなかった。

 凄まじい切れ味の大剣すら一本ではなかった。

 

「立ち止まるのであれば、生き残るという夢を見るな」

 

 何本も腕を大剣ごと増やした(・・・・)大男が、一瞬の間にドンドン何人も増えていく。

 

「おれはビスケットの戦士クラッカー! 剣の名は『プレッツェル』!!」

 

 その大男こそ大海賊。

 

「貴様らに、新世界の洗礼を与えよう!!」

 

 広大な海を制する女帝、ビッグマムの息子にして大戦力。

 

「俺も続こう。黒猫の行く手を遮る愚行の末路、その身をもって知るがいい」

 

 そしてそれと渡り合える黒猫の大剣豪が並んでいた。

 これを止められる戦力は、この橋の国のどこにもなかった。

 

 

 

 

 

 

「じゃからここは西の海じゃと――待て、待つのじゃミホーク! 捕らわれた者達に当ててはおらぬが当てなければ何をしてもいいわけではないと言って――聞かぬかお主ら!! 揃いも揃って頭ミホークか!!」

 

「? 死の教師、海賊姫は何を言っているのだ?」

「わからん。お前はクラッカー。ミホークという男はこの場には俺だけのハズだが――」

「そういう意味ではないわこのたわけ共ぉぉっ!!!!」

 

 

 どこにもなかった。

 

 

 黒猫海賊団、一週間に渡る凄まじい攻勢の果てに、橋の国の政府戦力を徹底的に殲滅。

 これを降し、西の海にその威光を示す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 クロは頭を抱えた。

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