とある黒猫になった男の後悔日誌   作:rikka

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161:趨勢

「橋の国をもう制圧した!?」

 

 黒猫海賊団副総督にして、総督であるクロが出撃している間モプチの守備を任されていたダズ・ボーネスは、もう七日から十日は先になるだろうと思っていた報告に珍しく本気で驚いていた。

 

「随分と早いな、キャプテン」

『……組み合わせたらダメな奴らを組み合わせてしまってな』

「ミホークか」

 

 おおよその察しが付いてダズがそう答えると、彼が握っている電伝虫の向こう側で大笑いする声がする。

 ミホーク本人だ。

 ついでにこちらではレイリーが大笑いしている。

 

『もっとも、聞いたら考え無しだったわけじゃなくて一理あったし納得もした。……うん、事前に報告は欲しかったけど……まぁ、だからそれはいいんだが、問題は輸送計画を見直す必要が出て来た事だ』

「今の船数では不足している可能性が高いと軍議で言っていたが、やはりか」

『ああ、不足も不足。というか今ある輸送船全部使っても無理だ。まぁ、それは予想通りだったんだが……作戦が早まった事で――』

「こちらも追加の船の用意は出来ていないと。そちらで接収した船は使えないのか?」

『あるが今度は人手が足りん。今すぐ動かすにはな。……それに、結構斬り倒したとはいえ投降した捕虜も膨大な数だ。無駄な消費を防ぐためにも、まずはそちらの輸送を優先させたい』

「……むぅ……クリスの部隊を乗せて輸送船をそちらに送るか? レイリーもいる以上こちらの防衛は大丈夫だと思うし、輸送船護衛に空中戦に長けた親衛隊は適任だろう」

 

 モプチは言うまでもなく黒猫海賊団の要地である。

 黒猫が黒猫たる所以であるモプチ王族がいる居城があり、その場には現在各地からの姫君が集まっている。

 そのためダズ・ボーネスだけではなくレイリーという海賊王の右腕、そして親衛隊最強といわれるクリスまで残して警備に付けていた。

 

『いや、西海諸島連合構想がようやく一歩動き出したんだ。万が一を起こさないためにも、可能な限りそこの戦力を動かしたくない』

 

 クロが残るかダズが残るか、最後の最後まで揉めていたほどにこの地は大切なのだ。

 

「テゾーロ、魚人の戦力も含めれば、この島の現戦力はどれほど残っている?」

「ハッ、六百名ですね。哨戒中の艦隊も含めれば更に百名」

『……うん、やはり動かすのは無しだな。それに兵力を減らして、姫様達に自分達より攻撃作戦を優先させたという印象を与えるのも今はよくない』

「すでに兵力を割り振っているが?」

『守るために残した戦力を更に減らすってのがな』

「ああ……なるほど、確かに」

 

 そしてここから先は、ここのような要地がより増える。

 安全保障を求めて姫すら差し出して来た王に対して、黒猫はその期待に応える義務がある。

 

『……オハラの方は?』

「現在ロビン率いる一軍が塹壕戦に入っている。敵陣の射程ギリギリまで掘って砲戦に」

『離れた位置からって事は、やっぱり敵はオハラの街跡を占拠していたか』

「ああ、今はそれを引き剥がすのと同時に占領軍を混乱させている」

『……となれば、そろそろクロコダイルの出番か』

 

 戦力的に、敗北はないと黒猫幹部勢は確信していた。

 ただし敵の反抗や想定外の事態などにより、作戦になにかしらの変更が起こる可能性はあった。

 

 実際、ミホークが力技で作戦を少し捻じ曲げた。

 ちなみに彼は敵ではなく味方である。

 

「海戦にせよ艦砲戦にせよ、クロコダイルに加えてキカがいるなら問題ないだろう」

『……重ねて聞くが、そちらに敵影はないんだな?』

「ない。先ほどテゾーロがクリス達と共に姫様達の様子を伺いにいったが、異変はなかった」

『……動くと思ってたんだがな』

「ああ、俺もだ」

 

 緊張か、あるいは安堵のため息を小さく吐くダズの目の前のテーブルには新聞が広げられている。

 電伝虫が置かれている横に広げられたそれは、世界新報。

 世界経済新聞という広報役を失った世界政府が慌てて作成した広報紙だ。

 

 その政府お手製の紙には目立つ大きな字でこう書かれていた。

 

――『世界政府を守る新たな剣。七武海、決定』

 

 もっとも、七武海というには写真は一枚しか載っておらず、その海賊の根城は海賊で溢れる偉大なる航路(グランドライン)ではなく――西の海だった。

 

 七武海。

『錐』のチンジャオ。

 

「引退したと聞いていたが……あの英雄ガープを手こずらせた五億越えの大海賊がまさか」

『なにかしらの取引かなにかがあったんだろうが、西の海の大海賊を引っ張りだしたのが俺達への牽制なのは間違いない。……だから、こちらの勢力圏への一当てくらいはあると思ったんだがな』

 

 このモプチからは遠く離れているが、それでも西の海にある『()ノ国』を拠点とする大海賊。

 

『まぁ、動きを見落とさなければそれでいい』

「キャプテンたちが帰ってくるまで気は抜かん。で、そちらはどうするつもりだ?」

『そちらから動かせないなら、他から用意するしかねぇだろ』

「……では」

『おう。とりあえずここはハンコックに任せて、俺は第二艦隊やミホークらと共にオハラに向かう』

 

 

『予定が大幅に短縮できたんだ。で、兵はともかく労働力も確保。このまま一気に――』

 

 

『オハラを我らの物にする』

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 なにもかもが焼き尽くされた平地に、銃声が鳴り響く。

 

「奴らめ、政府の後ろ盾を得ようと所詮は海賊! 用意を備えて待ち構えれば脆い!」

「総督が弾薬を多くこちらに割り振ってくれたのだ、存分に撃ちまくれ!」

 

「よし、こっちも射撃用の高さの段差が出来た。十七番区画の拡張完了の合図を!」

「ロビンさんが見てたからもう通信が来てます! 小隊二つを送っているからそれまで区画を防衛せよとのこと!」

「……っ、総員弾込め! こちらからも銃撃を加える! 見張り! 側面に気を付けろ!」

 

 かつて政府による一方的な虐殺の場になっていたオハラが、今度は黒猫が主導権を握る戦場になっていた。

 突撃してくる名のある海賊、恐らくは偉大なる航路(グランドライン)で活動していたのだろう自然系(ロギア)動物系(ゾオン)の能力者が弾幕をかいくぐり接近していたが、親衛隊や覇気を扱う上位兵士の手によって次々に討ち取られた。

 

 その者たちは私掠兵の中でも存在感があったのだろう。

 彼らが討ち取られてもしばらくは勢いがあったのだが、恐らくその情報が徐々に出回ったあたりで途端にそれは消え失せ――

 

「……予想より早く敵がバラけ出したね」

 

 その様子を揚げられた凧に生やした右目を通してみていたロビンは、左手で手元の簡略な地図の上の敵を示す駒を動かす。

 

「あの自然系(ロギア)……泥人間を討ち取ってから一気に流れが変わったからね」

 

 兵士達が使うライフルよりも長いソレを構える親衛隊――『魔弾の射手』キャザリーが再び海賊の眉間を撃ち抜き、絶命させながらそうボヤく。

 思った以上に敵のバラつきが酷く、少々苛ついているようだ。

 

「カスタードさん達が街を制圧してくれて良かった。あのままだと多分立て籠もられていたよ」

「そうなれば敵は高所を得るからね。距離があるとはいえ、塹壕戦を用いているこちらには脅威だった」

「うん。もしそうなったら、さすがに大砲当てるつもりで撃たなきゃいけなくなったよ」

 

 黒猫が持ち込んだ野戦砲は、ひたすら牽制に使われている。

 敵が殺到していた時には絶え間なく撃たれ続けていたが、敵がまばらな散兵となってからは所々やっかいな位置に隠れたり逃げ込もうとする連中を追い散らすために撃たれるだけだ。

 

「……でもクロコダイルが、揚陸戦であの街を大砲でグッチャグチャにしなかったのは意外だったなぁ」

「キカやフレイ君が気を使って進言したに一票」

「なるほど」

 

 あの日――オハラにバスターコールが発動された日を再現するかのような砲火の雨嵐を覚悟していたロビンが、思ったよりもこの島への被害が少ない事に首を傾げていると答えが返って来る。

 

「……ロビン君」

「なに?」

「この島を取り戻したら、君はここを元通りに?」

「? それを決めるのはキャプテンさんだと思うけど」

「賭けてもいいが、必ず君の意向を真っ先に聞くと思うよ」

 

 キャザリーの言葉にロビンは内心で「そうかなぁ……そうかも……」と頷く。

 なぜかは理解していないが、キャプテンを始め古参の三人がどういうわけか自分にとても気を使ってくれているというのは常々感じていた。

 腫れ物に触るのではなく、いつでも手を握れるように側にいてくれる感じだろうか。

 

 だからこそ、今回のオハラ戦には立候補した。

 クロもダズも、そしてペローナもいない中で結果を出すためにだ。

 

「……昔のままとはいかないよ。ここで堂々と歴史の本文(ポーネグリフ)の研究なんてしたら、キャプテンさんはここを守るために益々偉大なる航路(グランドライン)に行けなくなっちゃう」

 

 塹壕内部は段差になっていて、銃撃を加える銃兵が身体を隠しながら撃つための段差と、その下の銃弾が通らない通路部が掘られている。

 ロビンはその中で戦況を見ている。

 万が一砲弾が飛んできた時に備えて、ハックやイッショウが周囲を固めた上で。

 

「まぁ、さすがにそれはね。本人は、いっそ解読法を本にして世界中にばら撒こうなんて言ってたけど」

「初めてキャプテンさんを全力で止めたよ」

「我々親衛隊もね」

 

 恐らく、世界政府に対して相当に思う所があったのだろう。

 裏切りに裏切りを重ねた上に世界情勢の舵取りすら出来なくなりつつあるのだから当然だとは思うが、それにしては大胆すぎる策に全会一致で反対した珍しい会議の一幕だった。

 なおミホークとレイリーは爆笑していた。

 

「……あぁ、でも」

「うん」

「勉強できる島にしてほしいな」

「……学校……とか、研究所かな?」

「それもそうなんだけど」

 

 ロビンはここから離れた所にある、そしてここからでも目に入る大木を見る。

 島の中央にそびえ立つオハラの象徴、恐らくは世界で最高の図書館だった場所。

 燃えてしまい、すっかり変わり果てた姿で、だがまだそこにある大樹。

 

「……本」

「ほん? 書物か」

「うん」

 

 

 

「知識を求めてたくさんの人が来るような、知識の島になるといい……かな」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「橋の国がもう片付いた……?」

 

 島一つ処ではない、とてつもなく巨大な面積を持つ世界政府の要所を短期間で陥としたという報せに、目につく全ての船を押さえたクロコダイルが船上で眉を顰める。

 

「クロが何か奇策を用いたか?」

 

 黒猫という組織にとっても大きな意味を持つ戦いだが、クロコダイルにとってはある意味で自分の艦隊提督としてのデビュー戦でもある。

 ゆえに、クロの活躍に背中を押されているような気になるが――

 

「いや。多分師匠だろう」

「先生でしょうね」

「あぁ……先生がはっちゃけたかぁ」

 

 親衛隊の面々は、おおよそなぜそうなったかを察して一様に頷いていた。

 

「……おい」

「なんでしょうか?」

 

 クロコダイルは思わず、親衛隊の面々に声をかける。

 それに金髪の髪を後ろで結い上げているフレアという親衛隊が応える。

 

「俺はミホークの戦場での働きをほぼ知らないんだが……」

「はい」

 

 葉巻を強く吸って紫煙を口に含んで、香り高いそれを吐き出して一息吐く。

 

「あいつは、そういう……勢い任せに戦う奴なのか?」

「はい。割と」

「割と」

「基本的にはかなり計算して動きますが、総督が側にいる時は大体ノリです」

「ノリ」

 

 檻の中からクロコダイルは、領内各地の農村の管理者から挙げられた報告書や統計資料を睨みながら執筆活動に勤しんでいたジュラキュール・ミホークの姿を見ていた。

 それゆえ勤勉かつ合理的な男というイメージを持っていたのだが、ここに来てそれがガラガラと崩れていく。

 

「その、師匠も総督がやるなと言った事は八割守るので……信頼の証というか……ええ」

 

 二割はいずこへ。

 

「……なるほど、クロはアイツを従えるに足るのではなく、使いこなすに足るのか」

「まぁ、はい。クリスのような武闘派と組んでる時はかなり知的に動かれるのですが……総督やロビンのように自身を上手く差配できる人間と組んでいる時は、直感任せになる時が」

「それはそれで敵からすりゃ恐ろしいな。行先を操作される台風のようなもんじゃねぇか」

「たまに総督の手から零れますが」

 

 簡素――というよりは即席のために乱雑な港町では剣戟と兵士の雄たけびが続いている。

 砲撃によって引きずり出された敵私掠兵が戻って立て籠もらぬように、混乱している雑兵を斬り捨て、防衛陣を敷いているのだ。

 

 それを率いるのはシャーロット・カスタード。

 大海賊ビッグマムの娘にして幹部の一人。

 もう一人のクラッカーほどではないが、新世界上位の剣の腕を持つ女傑を主軸にした陸戦部隊が、政府直属の略奪者を次々と討ち取っている。

 

「……作戦全体のキモは向こう側の人員と物資だ。それを押さえられたのならば、すでに作戦の八割は成功。橋に残って資源を整理するのは大方ハンコックだろう。で、クロはまず捕虜達を適当な加盟国に放り出して……」

 

 ほぼ葉巻を吸い終えたのを見ていたキカが素早く灰皿を差し出すと、クロコダイルはその上に葉巻を置く。

 

「こっちに来るだろうな」

「こちら側の戦略目標は私掠艦隊の牽制、あるいは殲滅。総督自ら出てきますか?」

「前提条件が変わった。橋の国を短期間で落としたとなれば、政府からの警戒度合は更に跳ね上がる」

 

 理由は不明だが、政府が黒猫海賊団を警戒――否、恐れているのは明白だった。

 あるいは海賊王ゴールドロジャーの一団よりも。

 

 だからこそクロは海軍が身動きできない今の間に縄張りを広げて国力を向上させ、政府が手出しを躊躇うだけの勢力圏を築こうとしている。

 すでに大身となった黒猫海賊団が偉大なる航路(グランドライン)へ進出するには、それが絶対条件であるからだ。

 

「例の七武海の動きも含めて備える必要があるとなれば、今回手にした人員を急いで開発に使いたいハズだ」

「キャネットやスードッグ島も土地は余っています。そちらに人員を足した方が安全なのでは?」

「だが人が住んでいる。余所者が来れば摩擦が起きるのは当然の話。それもいずれ黒猫が乗り越えなきゃならない課題なんだろうが、時が惜しい今手を付けるべきではない」

 

 クロコダイルが、マントを羽織る。

 ただただ、黒いマントを。

 

「時間を無駄にしたくない今、クロは説得して協力を申し出た奴隷――悪い、黒猫的じゃなかったな。民間人を連れて来るハズだ」

「一刻も早くこの島での作業に入るために?」

「そうだ。だからモタつくわけにはいかない」

 

 この作戦を終えた後に、白い刺繍の線で三本爪の猫の紋様が縫い込まれるそれを。

 

「俺達はこのまま艦隊で逃げ出そうとした奴を潰す。一通り押さえたとはいえ、小舟の一隻二隻はどこかに隠されているかもしれん。いいな、キカ」

「ハッ」

「フレア、メイプル」

 

 そのマントに続くのはクロコダイルに付けられた親衛隊の内二人。

 金の髪を馬の尾のように結い上げた弓使い。

 まだ候補生だが頭角を現し始めた、八本もの刀を使いこなす八本の腕を持つイカの魚人の少女。

 

 二人はクロコダイルの言葉に、即座に敬礼で答える。

 

「予備兵の内百名を付ける。例の大樹を押さえておけ」

「敵が立て籠もらないようにですね?」

「そうだ。燃えているとはいえ内部構造はある程度残っているだろう。それに政府の連中もあの大樹を調べ尽くしただろうが、見落としがあるかもしれん。下手に荒らされるのは面白くない」

「後でロビンに?」

「……あの娘が平気ならな」

 

 

 

「だから行け。グズグズしてる時間はない」

「「――ハッ!!」」

 

 

 

 作戦開始から十日。

 数では圧倒的に負けていたハズのオハラ戦線は、塹壕戦術による一方的な弾幕に新世界級戦力による斬攪(ざんかく)

 そしてとどめとばかりの予備戦力の投下により、こちらも驚くほどの短期間で世界政府戦力を撃破。

 

 近隣国――非加盟国のみならず、私掠艦隊という存在に恐怖を覚えていた加盟国でさえ、黒猫海賊団の精強無比な軍勢とその統率に対して、政府に代わる支柱足り得ると強く思わせた。

 

 この作戦の成功を境に、八百年間もの間身じろぎもしなかった西の海の均衡が大きく傾くことになる。




Xの方で名前だけ一覧出しましたが、この外伝章終わったら一度親衛隊まとめるか
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