とある黒猫になった男の後悔日誌   作:rikka

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163:オハラ、再起へ向けて

 砲撃と破砕の轟音が響く中、巨大な船が数隻上昇していく。

 

「スタッフォード中将、金獅子が撤退していきます!」

「高所からの攻撃こそ警戒が必要だがそれまでだ! 今はゾンビ兵の討伐に専念せよ!」

 

 かつての聖地防衛戦にて、戦闘力こそ低いが状況の把握と判断に長けていると黒猫に評された男が指揮を取っている。

 目標は世界政府加盟国の一つ、ジェルマ王国を狙う海賊勢力の排除。

 

 ただでさえ頑強なクローン兵。

 ゾンビ化してしまったそれを打ち倒すのは、階級が同じと言えど彼の指揮下に入る事に異論のなかった武闘派の中将ら率いる海軍の精鋭である。

 

「お、思ったよりも大事にはならなかったわね……魚人島の時よりヤバい事になるんじゃないかと思ってたけど」

「我々同様、金獅子も大怪我をするわけにはいかないのでしょう。加えて敵の主力は使い捨てができるゾンビ兵。回収の手間を省略できるのであれば、逃げるのも容易という事です」

「羨ましいわねチクショウ!!!」

「……利点であるのと同時に、ともすれば欠点に成り得る代物ですが」

 

 その旗艦に控えているのは、魚人島の件で事態を最悪一歩手前で維持し続けた功績を以って正式に特別中将に任命されたモイラと、その目付け役として付けられたメルセス曹長である。

 

「欠点?」

「ええ。まぁ、少なくとも今は我々に有利に働いています」

 

 戦況はもはや海軍に傾いた。

 兵士達が殺到してジェルマ王国に乗り込み、ゾンビ兵を海へと叩き落している。

 ジェルマのクローン兵士も王妃とその息女を保護したことで状況が落ち着いたのか、統制を取り戻しつつある。

 

「モイラ特別中将。この戦が落ち着いた時にジェルマ王に謁見するのは我ら海軍でいいのだな?」

 

 一通り必要な指揮を終えたスタッフォード中将が確認を取る。

 特別中将という立場が色々と複雑な立ち位置であるため、こうしたやり取りが普通になってしまっていた。

 

「ええ。戦ったのは当然、ここに来ると言う決断を下したのも海軍。ならば伺いを立てるのも海軍の代表であるべきでしょう」

「……おおまかな絵図を描いたのはメルセス曹長だと聞いていますが」

「? ええ。だから海兵の手柄じゃない」

「さっきは海兵扱いしてくれませんでしたよね?」

「お黙り小娘。ソレはソレ、コレはコレよ」

 

 政府側の厄介者である特別中将。

 そしてその専属のお付きとなったメルセス曹長に対して、海軍側は上層部以外腫物のような扱いになってしまっている。

 

「今の立ち位置が不満なのよ。責任ばかり重くて忙しい憎まれ役なのに、見合う旨味もないし」

「政府の手柄にされれば、出世できるかもしれませんよ?」

「今の政府に上に上がるだけの価値あんの?」

「それをここで口にされるほどモイラ様の肝が成長された事に、私は驚きを隠せません」

「魚人島生還してからずっとアンタの口車に乗せられてればそうもなるわよ」

 

 そのために、少なくともモイラは色々と溜まっていた物が戦況が落ち着くのと同時に噴き出していた。

 いつもそばでそれを聞いているメルセスはそれを受け流すが、想像していた姿と違うものを見る事になった中将は目を点にしている。

 

「……なるほど。百聞は一見にしかず、か。貴女という人間を、少しは理解できた気がする」

「少なくとも他の特別中将みたいに政治戦をやるつもりはないわ。それでわざわざ危険な目に遭ったり、負け戦を引き寄せるのはごめんだもの」

「……感謝を。他の者達も貴女のような方であれば……」

 

 モイラはともかくとしてメルセスは現状、なんとしても事態を引き締めなくてはならないと考えている。

 そのためには、海軍の権限を高めなければならない。

 本来ならばあり得ない、海軍が政府命令への拒否権を持つ事を目指さなければならなかった。

 

 ゆえに政府が期待をかける私掠艦隊――多くの海兵が傷つき、命を落としながら捕らえた者達による第二の政府軍を削った上で、海軍が実績を取り戻さなくてはならなかった。

 

 ただでさえ海軍は、大将青雉による天竜人殺害幇助の疑いが掛けられた上に各地で敗戦を繰り返している事によって立場が揺らいでいる。

 幸いあの『黒猫』に囚われていた捕虜によって、海賊クロによる世界情勢の考察という貴重な証言記録が手に入り、政府も自分達の失態を認めざるを得なくなった。

 

 海軍上層部がまだ残っているのはその証拠だ。

 もし政府がいつもの調子のままであれば、今頃暗殺による粛清の嵐が吹き荒れていただろう。

 

「しかし、肝心のクローン兵の製造装置が奪われるとは……」

「製作者である陛下は健在であらせられるのです。今は無理でしょうが、後々のためにも今は良い関係を築いて……」

 

 少なくとも二人は海軍にとって敵ではない。

 そう判断した中将が多少心を開いた事を察したモイラが軽くメルセスをつつき、彼女の考えを述べさせている時に、メルセスの言葉が止まった。

 

 スタッフォード中将の姿のその向こう側――海の先を見て、口が止まった。

 

「……どうして」

 

 モイラも同じ物を目にして、驚きに目を見開く。

 中将も振り返り、海の先へ視線を向ける。

 

「馬鹿な!」

 

 

「なぜ政府の船(・・・・)がここに?」

 

 

 普段から顔に負の感情を見せないメルセス曹長の顔が、初めて忌々し気に歪んでいた。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 橋の国、並びにオハラ制圧戦から半年。

 俺達『黒猫』は順調に勢力を拡大させている。

 

 政府の要地であるとされていた橋の国制圧の情報は広く拡散され、世界政府に対して反抗を決意した国家群から多大な支持を得る事になった。

 

 作戦成功の結果得た労働力を以って急速に復興を進める姿勢は、各国の支持を得る事に繋がった。

 結果、決して小さくない国家がさらに三つ黒猫の庇護下――実質傘下に入る事になった。

 

 先の海賊連合事件で被害が出ていたとはいえ、自前の軍を持つ国家の編入は黒猫に負担をそれほどかけず、むしろ黒猫としての活動に労働力や物資での一助となっている。

 

(……おかげで抱える姫様が増えたのが問題なんだが……そろそろこっちも手をかけないとなぁ)

 

 そして今――

 

「出来た! イッショウさん、袖通すから腕を上げて!」

「へい、それじゃ失礼して――」

 

 ロビンとミホークという内政に関しての最大戦力を焼け野原のオハラにブチ込み、復興作業を急速に進ませていた。

 護衛としてイッショウもいる。

 

「おぉ、いい感じに出来たなロビン。背中にしっかりとウチのマークが入っている」

「これでイッショウさんも、私達の仲間だよ」

「へっへっへ、海に出た時は海賊になるとは思いもしやせんでしたが……」

 

 半年の間にクロコダイルは正式に第三艦隊提督に就任。

 式も挙げて、旗も出来た。

 第二艦隊の旗が白い羽、黒猫の下に交差する大小二枚の羽が描かれているのに対して、クロコダイルはまんまワニ。

 簡素に描かれた三匹のワニがぐるりと黒猫の周りを囲んでいる姿が艦隊旗となった。

 

 今は数が増えた艦隊の訓練と並行しながら、主に勢力圏の輸送船や商船の護衛任務をこなしている。

 

「どうかな、イッショウさん。変に引っ張られたり、暑かったりしない?」

「ええ、大丈夫でございやす。だいぶ暑くなってきたのに涼しいままで」

 

 そしてクロコダイルは本拠地をキャネットにして、陸軍はスーペリア・リガロの島へと本部機能を移転。

 半年の間に作物の収穫もあったおかげで食料の減りも穏やかになり、島によっては貯蓄も出来ている。

 だからこそオハラや運ばれた島みたいな何もなかった場所に労働力を投入できている。

 

 今俺達がくつろいでいる、和風の屋敷が出来たのも彼らのおかげだ。

 あと政府が橋の国にギッシリため込んでいた大量の物資。

 

「イッショウは基本的に本船クルーだな。ロビンの護衛として最適だし、いざという時は船を浮かせて離脱できる」

「へい。あっしとしても、クロさんの下で(やっとう)振り回せるんなら文句はありやせん」

 

 俺が黄猿を倒し、ダズ達が西海海戦を乗り越えた辺りから幹部勢には政府から七武海の加入要請が凄まじい勢いで来ている。

 

 ダズやペローナ、アミス達親衛隊の面々にミホーク、ハンコック、クロコダイル――タキやビグルと言った元海兵組にも当然。

 

 それどころかロビンにまで来ているのは驚いた。

 本人ブチ切れてたけど。

 同じく送られてきた要請書にブチ切れてたヒナと揃って焚火の中に丸めたソレを叩き込んでいた。

 

 そして当然、この盲目の男にも来ていた。

 ご丁寧に点字で。

 なお、本人も笑ってソレをロビンに差し出し、『一緒に焼いてくだせえ』と焼却処分となっていた。

 

(マキシンも、あの手この手で古巣の人間が接触しようとしてきて鬱陶しいっつってたな)

 

「今更だが、政府の下にはやはり行かないか」

「まぁ、そりゃあ……あれだけの醜態を見て下に付きたいという人間はそういないでしょう」

「だよな」

 

 それこそ、恩赦としてシャバの空気を吸えるようになった虜囚くらいのもんだ。

 数を集めると言う意味では政府が取った手段は悪くない。

 悪くないというか、それしかなかったんだろうなぁという感じだが。

 

「キャプテンさんなんて、ほぼ毎日お手紙来てるよね」

「いやもうホント、なにあれ。新手の精神攻撃か?」

 

 俺の下に来るのは大体二種類。

 海軍や政府内部の人間から来る、内部情報のリークの類。

 もうこんなものが出てくる時点でどうかと思うが、かなり信頼度の高い情報がポロポロ出てくるので助かっている。

 送り主さんは出来れば無茶しないで、安全だけは確保していて欲しい。

 

 で、もう半分はコウモリが持ってくる鬱陶しい手紙。

 世界政府管理下の戦力に成れという要請書だ。

 数だけならばとんでもない量が来る。

 

 本当にもうとんでもない量が来る。

 罪を撤回し加盟国国王として縄張りの自治権を認めるので傘下に入れというのが大体の内容。

 

 で、それを無視し続けていたら条件が不満だからだと思ったのか、南の海と新世界に関しても好きにしていいとかなんとか……。

 

 おまえら竜王か。

 リアルに「世界の半分をお前にやろう」をやってくるなよ。

 

「世界政府さんは、よっぽどお困りのようですね」

「全部自分で蒔いた種だがな」

 

 800年間それが芽を出さないように踏み固めてきたようだが……馬鹿め、不満の芽ってのはたとえアスファルトで舗装しても割って生えてくるもんだぞ。

 人の意志ってものとの向き合い方を致命的に間違えている。

 

「王女様の所にも手紙が来るみたい。私達『黒猫』を追い出して加盟国に入れって」

「他の国にもアレコレ手紙を出している。各国全部、その手紙をこっちに寄越しているから内容全部モロバレだけどな」

 

 聞けば俺の庇護下にある国の王族にも、俺を説得しろだの天上金しばらく免除するから加盟しろだの来ているようだが……切羽詰まってるなぁ。

 

「海軍が脅しの艦隊出して来るけど、こっちの船を一隻寄こすだけでさっさと逃げるし」

「単純に嫌がらせが目的なんだよ。油断は出来ないけど気にしたら駄目だ」

 

 政府は未だ強大だが、この前までの権勢はない。

 

 加盟国を襲った金獅子を撃退したって威勢のいい記事を世界新報に載せていたしこれは事実だろう。

 内部からジェルマを救ったってリークがあった。

 

 そして、それなりの高官があそこのガチ泣き嘘だと言ってくれDVネグレクトキングとこの半年の間に何度も話し合っているってのも知らされている。

 

(クローン兵士を政府戦力に取り込むつもりだろうけど……あの王様が自分達の資産にして資源でもある戦力を安売りする事はないだろうし)

 

 もしクローン兵士に頼るようになったら、こちらとしては攻めやすくなる。

 戦力として強大でも明確に製造される兵器となれば、それを生産する拠点が必ずできる。

 

 しかもクローン兵士は、その響きこそ良いがタダでポンポン産まれてくる訳ではない。

 生産するには必ずなにかしらの物資を消費することになるし、それは下手すれば兵士の教育よりも効率が悪い可能性がある。

 

(戦力の補充が必要なのは分かるけど、だからこそ勇ましい記事よりも協調と復興を目指している事を書くべきだと思うんだが……)

 

 どちらかと言えば問題は、死体の再利用までできる金獅子勢力がクローン技術をどれだけ扱えるかだな。

 

「嫌がらせをするってのは、それだけ政府にとってこちらが脅威という事だ」

「……大きくならないように嫌がらせをしてるんだ」

「今やってる三島……一つ島じゃないのが交ざっているが、それらに目途がついたら反撃に出るがな」

 

 オハラ、シキが運んできた島、そして橋の国。

 この三つはほぼほぼゼロの状態の拠点であり、最低限循環できる環境にする必要がある。

 

 特に――シキが運んできた島と橋の国。

 今魚人や人魚に頼んで、橋の国の支柱や海底周りを調べてもらっている。

 見つかった物に関してはロビンが鑑定を。

 

 場合によっては、ある程度戦力を持っている反政府勢力それぞれに協力を要請する必要が出てくるかもしれない。

 

「あ、そうだロビン。ドールとは上手くやっているか?」

「うん、大丈夫」

 

 海兵でありながら、魚人島攻防戦の前半戦以降『黒猫』に協力しているドール曹長は、驚くほど積極的に訓練へと参加している一人だ。

 

 一応はヒナと同じくウチへのスパイというかパイプ役なんだが、今はマキシンやヒナと共に毎日仕事をこなしながらミホークやレイリーにぶっ飛ばされている。

 

 足技こそ教えてないが、スパニエル元一等兵と共にトーヤに弟子入りし、魚人空手を学びながら自分のスタイルを確立させようと試行錯誤している努力は、凄まじいの一言に尽きる。

 

「……二人きりで話したいって言われた時は正直、どうしたもんかと思ったが」

「あの人、サウロの部下だったって」

「らしいな」

 

 サウロ。

 ロビンにとって恐らく母親やクローバー博士に並ぶ重要な人物。

 

 ……クザンにとっても、か。

 

「じゃあ、ずっとサウロの話を?」

「うん。出会った時の事からずっと」

 

 デリケートな話になりそうだったので、内容は聞いていなかった。

 一応ギリギリ気配が察せる所で控えて待機していたが……。

 

「あの人、黒猫に尽くすと決めたって」

「……そうか」

 

 言葉が! 重い!

 いや、彼女だけじゃないけど。

 

 例の政府のお手紙攻勢が始まった時とか預かってるお姫様――だけではなく王様まで来て似たような事言われたなぁ。

 

「? あれ、そういえばそのドールは?」

 

 大抵ロビンの側にいるんだが。

 

「ああ、ドールさんなら――」

 

 同じくロビンの側にいる事が多いイッショウは知っているのだろう。

 口を開く前に湯呑の茶を啜って喉の渇きを潤し、そして、

 

 

―― ミホォォォォォォォォォォォォォォォク!!!!

 

 

「あちらで御座いやす」

 

 当人の声が響いてきた。

 声というか悲痛な叫びが。

 

「……ああ、農耕予定地の方だね」

 

 ロビンもイッショウと同じく、湯呑の茶を啜って平然としている。

 

 

―― 水路も通す予定だから気を付けろって言ってんだろ!

 

―― 止めろ馬鹿!! (くわ)に覇気をこめるんじゃない!!

 

 

 彼女の声だけが響いている。

 合間合間に間が空いているのは、恐らくそこにいるミホークが何か言っているのだろう。

 

「水路?」

「たしか、水田を試したいとかおっしゃってましたな」

「うん。麦は育てるのは比較的楽だけど、収量とか土地を休ませたりで広い面積を使っちゃうから、稲作と併用したいってミホークが」

「あの方も、凄まじい剣の腕を持ちながら真面目ですねぇ」

 

 

―― 深く掘りゃいいってもんじゃないんだよ! 

 

―― 大元の川も含めて流速と水量を計算して護岸工事やるから縄張りまでで良いんだって!

 

―― そうロビンが言ってただろ!!

 

 

「あぁ、それで水流すのか」

「うん。物資もちゃんとあるし土地も余ってるから、一度キチンとしたのを作ってデータを取ろうって」

 

 ロビンはいい子だなぁ。

 ホントは歴史の本文(ポーネグリフ)探しに行きたいのだろうに各国の農法やら工事の資料を読み漁って勉強して……。

 

 

―― 良い所に来た! 冥王、アンタも止め――なんでオーバーオールに着替えてんだい!

 

―― 待て! シャベルから手を離せ! 覇気を込めるなって言ってんだろ馬鹿共!!

 

―― おいやめ――やめろおおおおおおおおおおおおっ!!!!!!!!

 

 

 どう聞いても心臓と胃によろしくない轟音が鳴り響くコンマ三秒前な状況が伝わってくるのだが静かなままだ。

 大変よろしい。

 

 あとレイリー。

 お前魚人島というか新世界の時から本格的にはっちゃけ出したな?

 

「キャプテンさん、イッショウさん」

「おう」

「へい」

 

 

 

 

 

「……すっごく楽になった」

「………………………………………………おう、そうだね?」

「ロビンさん、こちらに握り飯もございやすぜ」

「ありがとう、イッショウさん! いただきます!」

 

 

―― あああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…………っ!!!

 

 

 

 

 ……平和だなぁ。

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