「提督、近場の海軍基地がこちらの要求を呑んだ。指定した日の日没後に、我々の船を受け入れるそうだガネ」
「うむ。こちらは主殿に通達し、状況を伝えた上で許可を頂いた。罠に警戒し、万全の態勢を整えた上で事を進めろと」
「……あの準備期間の三年の間、マキシン君のしごきで第一艦隊は黒刀持ちの増加に加えて諜報、防諜に関しても跳ね上がっているガネ。兵士も三割は完全に覇気を……武装、見聞のどちらかならば四割が使える」
かつての故郷である女ヶ島を目指し、道中の島々を制圧し、復興・運営のための人員と代官を残したり本隊に人足を送ったりしながら第一艦隊は海を進んでいた。
「それに加えてバレリア君率いる親衛隊二部隊。仮に大将級の戦力が潜んでいても逃げに徹すればどうにか出来そうダガ……やはり海軍の船を呼び出した方がよかったのではないカネ?」
「こちらが罠を警戒するように、向こうも罠を警戒するであろう。それで受け渡しに失敗すれば、こちらの元海軍兵の士気に影響が出るのでな。……多少リスクを取っても、確実な手を打つべきじゃと判断した」
「……海軍、あるいは政府戦力と交戦した場合は?」
「その時は食い破るまで。切り抜けさえすれば、連中の更なる不義理という札がまた一枚手に入るじゃろう?」
第一艦隊の今の船数は七隻。
本来ならば今現在、三十隻以上の大船団であるのだが、道中手にした縄張りの整備や防衛、また輸送やその護衛のための戦力として中隊以上を残してきたため、現在五分の一近くまでその戦力を落としていた。
「主殿は海軍を重視しておるしその理由も理解しておるが、それはそれとして少々優しすぎる所がある。不義理の証が溜まれば、主殿が使う札としてもそうじゃが、主殿が海軍を切る切っ掛けにもなるじゃろうて」
「まぁ、確かに。……それにしても、まさか海軍の遭難船を拾うとは……予想外にも程があるガネ」
その後方に、ボロボロにくたびれ航行能力を喪失した海軍艦二隻を牽引して、だ。
「そっちはまぁ、あり得るじゃろう。
―― 姉様ーーっ!!
その海軍から中型船が一隻、旗艦に向かって近づいて来る。
提督の補佐であるボア姉妹。ハンコックの妹二人が、その船の甲板の上で手を振っている。
―― 言われた通り、窓を黒幕で丁寧に塞ぎ直した上で水と食料を運んでおいたわ!
―― 今は粥を提供している。いつも通り、少しずつ口に含んで慣らすように言ってあるわ!
大きな声でその報告に、ハンコックは満足そうに頷き手を上げて返礼する。
「まさか、
その二隻の船は、本来マストに使われていた大きな布を雑多に切ってアチコチの窓を封じていた。
陽の光が差さない夜の間に、残った海兵が必死に塞いで回ったのだろう。
「事情聴取には私も立ち会ったガ、仲間が目の前で消えたと泣いていたガネ……」
「……ゲッコー・モリア。かつて主殿が、クザンと力を合わせて撃退した難敵か」
「まったく、厄介極まる敵ばかりじゃ……」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「ハンコックからの報告を受けて海軍の哨戒範囲ギリギリまでこちらの哨戒船を回した所、同じく航行能力を失った海軍艦を数隻発見。残念な事にどの船にも中には誰も居らず、水も食料も空っぽだった上に大量の海兵服が不自然に残されているだけだった」
「……影を取られた上に放置されたか。そして日光を浴びてしまった」
「どうだろうな。案外、自分から陽の下に出たかもしれねぇ。……陸の上ならともかく、船の……海の上なら限界がある」
―― 影を切り取られ、身動きが取れなくなった海軍艦を発見したため、海軍基地まで彼らを引き渡しに向かいたい。
ハンコックから受けた緊急通信を要約するとこんな感じの内容だった。
緊急の救助活動で滅茶苦茶忙しかったのか周りの雑音が酷くて聞きづらかったが、おおよそそんな感じだった。
「しかし、海軍基地まで出向くとは…いくらハンコックとはいえ大丈夫なのか?」
ダズの懸念はもっともで、ついでに言えば俺も一応警告しておいた事である。
「一応念のために最大限の――例えば毒なんかには最大限警戒しておけと言ってある。ついでに言えばあそこの兵隊はマキシンから手ほどきを受けているし、防毒マスクを始め装備も充実している」
陸軍開発班の自信作だ。
敵が世界政府となれば本当になんでもしてくると想定するのは当然。
ガスや細菌兵器の投入も十分にありえると判断して、そっち方面の対策を命じておいたのだが……なんかえらく性能のいいマスク出来上がってたなぁ。
そのおかげで鉱物資源やらの採掘作業の必需品になって、思わぬ需要が出ているけど。
「ついでに、
「海軍とのパイプか?」
クロコダイル君、正解。
「西の海では睨み合いも兼ねて海軍とのやり取りも一応あるが、
「ついでに
ペローナ君、グッドアイデア。
ただ、さすがにそれは将来も将来の話なので今は保留。
「ま、とにかく主題はそこではない。この海域にシキ達の痕跡がある。これが俺達にとって一番の問題だ」
大海賊、金獅子のシキ。
その名が出て、幹部勢は全員唸り声を上げてしまう。
シキだけでも面倒な所にゲッコー・モリアと、奴の十八番のゾンビ軍団がいるんだよな。
「キャプテンのある意味宿敵で、そして色んな意味で大戦犯だ。もし遭遇したのであれば、なんとしてでも討ち取りたいが……」
「逃げ足が速くて、かつ自分の有利な所で待ち構えるタイプ。……討ち取るのはおろか、捕まえる事も苦労しそうね」
ね。
インペルダウンを脱獄したって話もあるし、捕まえるよりは討ち取りたい。
…………。
けど、殺した場合はまたどっかにあの厄介な能力の実が生えるんだよなぁ。
どうすんべか……。
「今の戦力を見るに、実力に長けた上で
「ハッ。親衛隊も、レイリー様や先生こそいませんがイッショウさんやサー・クロコダイルの手を借りて鍛錬を続けております」
「練度に問題はないと」
「ハッ」
知ってた。
ウイスキーピークの練兵場でも、皆相当頑張っているもんね。
新しく雇いこんだ新兵達も吐くまで走り込むくらい士気が高いし、一部は親衛隊のリヒャルトが気に入って剣を叩き込んでる。
……やべぇな。
あの子、俺が聖地に行っている間に親衛隊入りしたミホークの秘蔵っ子の一人なんだけど、覇気はともかく純粋な剣術だけならクリスを超える逸材なんよな。
親衛隊は大体ミホークの剣をある程度受け止めるなり往なすなり出来るけど、完璧にパリィ成功させられるのはリヒャルト君だけなんだわ。
元一等兵のスパニエル君もあの子の剣に惚れ込んで、親衛隊候補に入るために基礎体力訓練をすごく頑張ってる。
まぁ、あのクラスの兵士が増えるなら俺も楽出来るんだが……同時に配置に困る。
「とにかく、今後は哨戒も含めて単艦での行動は原則禁止。最低二艦。できれば三艦での行動を基本とする」
ここで下手に兵力を減らすわけには行かねぇ。
そう簡単にやられるとは思わないが、下手したら親衛隊の面子を捕まえてこちらへの人質にしかねない。
アミス達は万が一の時は見捨てろとは言っているが、それでも救出作戦を立てる必要が出てくるだろう。
だからこそ、その万が一が起きる可能性は数%でも削っておかなければならない。
「……それだと哨戒も含めた部隊の数が減り、本命の作戦速度が低下しませんか? 目標であるアラバスタを射程に入れるには、最低でもあと三つ。可能であればさらにサンディ島付近の島を二つほど勢力圏に加えて、周辺海域を盤石の物としたいのですが」
とはいえ、テゾーロが言うように戦略的には足枷になる。
いつ政府が本腰を入れるか分からない現状、安定した拠点を少しでも多く確保しその内政に力を割きたいのはすごくよく分かる。
むしろ俺だって内政の仕事に専念したい。
ルフィみたいな冒険心がない俺にとって、海賊なんて突き詰めればビジネスの一つなんだ。
そんな海賊である俺が、なんで戦争なんて不経済な真似を拡大せにゃならんのか。
戦時体制で多めに割り振っている資金や食料、労働力なんかを民間に回せればどれだけ楽か。
さっさと戦い終わらせて各島の発展とその安定に専念してぇ……。
頼むから俺にちゃんと仕事をさせてくれ。
「それに関してなんだが、このウイスキーピークは軍事基地としてはもちろん、周囲の町や農村も安定してきている」
ミホーク肝いりの屯田兵を連れてきているからな。
開墾作業に関しては問題ない。
すでに最低基準を超えるどころか、その倍の面積の耕作地を確保して種まきを終えている。
初期の畑はもう芽が出たと報告が来ているからこっちも視察にいかなきゃ。
「そこで、こちらの防衛はアミス達親衛隊に任せて、俺が本隊のうち数隻を率いて最前線に出る事で侵攻速度を上げるのがいいと思うんだが」
兵力はもちろん、俺が直接運用するから兵を動かしやすいし、それに道中の縄張りになった島の視察も出来る。
略奪の基本禁止を始めとする軍規こそ発布したけど、それがどこまで守られているかも確認したい所だったし。
あの太鼓の音が更にうるさくなるからあんま使いたくないんだけど、面倒な戦場でも俺なら覇王色で大多数を黙らせる事も出来る。
ついでにテゾーロが連れて来た代官候補を適当に連れていけば、検分を含めた実地での内政準備もスムーズにやれる。
多少でも自由に動けるようになったからこそ、悪くない案だと思うんだが……。
どうかな? って全員を見回す。
――なんでため息?
「クロ」
はい、クロコダイル君。
「周囲の国々がビビりまくって早々に降伏すると思うが、それが狙いか?」
「なんでそうなるの?」
…………。
だからその深いため息はなんだよ!!?
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
日没を待って、第一艦隊はG25基地へと到着する。
基地は明るく照らされており、軍艦は見る限り誰も乗っておらず、兵員は全員港に整列している。
「ソニア、保護した海兵達は?」
「どうにか立てるくらいには回復してるわ。でも歩くとすぐにふらつくから、ちょっと無理かも」
「やはりか。世話をしていた兵士達を集めよ。海兵の歩行の補助をしてやらねば」
それに対して、黒猫第一艦隊も残っている七隻の内二隻に主力をかき集めて基地へと近づいている。
「賛成だガネ。基地にいるのが全員軍人というわけではない。そういう者に海兵を救い支えている、だがそれでも賊と呼ばれる者達を見せれば効率的な宣伝になる」
「うむ。残る問題は――」
だが、基地にすぐさま入ろうとはしていなかった。
というのも、
―― ぶわっはははははははは!!!!!
「ギャルディーノ」
「ええ」
―― まさか海兵を救ってくれるとは、クロがクロなら部下もさすがじゃのう!!
「堂々と顔を出している以上、罠ではない。そうじゃな?」
「…………」
―― ほれ、早く入って来んか! お茶も茶菓子も用意しとるというのに!
―― いえ、それなら中将が顔を出すのはやはり不味かったと思うのですが……。
―― ? なぜじゃ?
―― なぜって……。
「た、多分? そんな感じではないかと思う……ガネ?」
「貴様、わらわの参謀というならハッキリ返答せぬか」
軍港に並ぶ兵達の先頭に、あの海賊王と渡り合った『英雄』の姿が見えているからである。
黒猫の先槍、本隊に並ぶ精鋭揃いと謳われる第一艦隊。
この局面で選抜された精鋭達が、『え、今から少数で英雄の目の前に出るの??』という顔をしている。
海賊姫は、海より深いため息を吐いて指示を出す。
「仕方ない。いざという時はわらわと親衛隊が逃げる時間を稼ぐ」
「入港するぞ。乱れを見せるな。どのような状況だろうと、黒猫の矜持に変わりはない」
「そうじゃな?」
―― ハッ!!