とある黒猫になった男の後悔日誌   作:rikka

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174:非公式協定―③

「さて、いい汗も掻いて体も温まった。早速本題に入ろうではないか。……む、クロはどこじゃ?」

「向こうの部屋ですっかり冷たくなってるぞ」

「? なんじゃ、死んだのか?」

 

―― バァンッ!!!!

 

「生きとるわぁ!!!!!!!!!」

 

 あぁクッソ! めっちゃ寒かった! 島的には春島なのに海めっちゃ寒かった!

 

 …………。

 

 クロコダイル貴様! 今舌打ちしたな!?

 

「ぶわはははは! まぁ知っておったが……強くなったのぅ。確実に勝つならセンゴクと組まんと危ういわい」

私の得意分野(空中戦)でこっち押さえ込んどいて何言ってるんですか」

「というか、人質受け渡しの場でなんで戦ってるんだお前らは」

 

 クロコダイル、顔をしかめない。

 いや分かるよ?

 この状況で「なぜじゃ?」みたいな顔されると無性にイラッと来るよね。

 

「一応、利はあるんだよ」

 

 ぶっちゃけ俺じゃなくてハンコックでも良かった気がするが。

 

「海軍の英雄が、黒猫の将と戦い決着が付かなかった。仮に遭遇していた事が突っつかれても政府に言い訳できる。反政府戦力のまとめ役になりつつある俺も、それは同じだな」

「……そうか。勢力圏が広がった今、下の意見にもある程度配慮しなくちゃならねぇのか」

「どっちかと言えば感情だな。まぁ、そういう意味で王や貴族が逃げ出した所を無血で押さえたために反発が少ないこの国は、拠点として俺達にとって都合がいい場所ではある」

 

 いやホント。

 

 労働力がほぼ手つかずなのもそうだが、反天竜人の感情がそこまで強くない上で民衆も素直だから、今後の拠点にするには理想的な空気と言っていい。

 

 他の所はまごうことなき被害者である国が多いから、志願兵も含めてちょっと鼻息が荒すぎてコントロールに不安があるんだよね。

 天竜人死すべし!って感じだから暴走が怖くて、どうしてもそれぞれの国の防衛にしか使えない。

 

 俺達の戦略の根幹である食料増産のための活動はすでに段取りを終えて作業に入っているが、それ以上は労働環境の改善以外はミホーク待ちになるのが少々もどかしい所だ。

 手紙のやり取り等で情報を可能な限り共有して、出来る事をやっていくしかない。

 

 ……一応、ミホークも準備期間の三年の間にかなりの弟子――農水方面の管理・監督者の教育育成はやってくれていたんだが、すでに全員フル稼働である。

 

 今ダズが頑張って復興させている国では特に被害というか摩耗が酷かったので、ほぼほぼ残った人員を全投下して働かせている真っ最中だ。

 もうちょい情勢が落ち着けば再編成も出来るだろうが、出来るならコレもミホークに一度各地を検分してもらってからのほうがベターだろうなぁ。

 

「どうせあの王様もいずれこの国に戻ってこようとするだろうし、可能な限り貴族や民衆の手綱はこちらで握っておきたい。いざって時は今回の小競り合いはいいパフォーマンスに使えるだろうさ」

 

 政府があの王様を確保しているのなら、この地の奪還を宣戦布告の理由にしてくるハズだ。

 その時までに、国民だけじゃなく貴族も王を否定する所まで持っていけたら万々歳だな。

 

「あぁ、ここに来る前に話が来とったらしいぞ。手持ちの財産を渡して、国を返してくれと政府に泣きついておると」

「そもそも奪うつもりなんて全くなかったんだけどなぁ……」

 

 偽装船でこっそり補給物資を買い漁るために集めておいたベリー紙幣も無駄になる始末だし……。

 せめて逃走ではなく降伏してくれてたら、何事もなかった事にして商取引だけ済ませて島を出る事も出来たんだが……。

 

 民衆見捨てて逃げ出したんだ。

 しかも逃げた後の対策ゼロのままで国を放置されたんならば、さすがに俺らが出るしかない。

 

 混乱による民衆同士の略奪が始まってたし、取り残された――おそらくは非主流派の貴族達も有効打を打てずにいたし、ついでに地方の領主は領主で半独立みたいな事になってたし。

 

 あのままだと最悪、質の悪い海賊の拠点にされて周辺海域に無視できないレベルの被害が広がっていた可能性があった。

 

 そのおかげで今俺達はこの有り様だよ!!

 

「政府としても王の扱いに困っているそうです。黒猫相手に戦争を仕掛けるなど悪手もいい所ですが、加盟国の陥落もまた問題だと」

「この数年で、見ているこちらの肝が冷える勢いで加盟国の離脱が相次ぎましたからね」

 

 西の海だってそうだ。

 長期遠征のための物資や資金を貯めるために内政に力を入れた事が、結果として宣伝広告となって一気にこっちの勢力圏が広がった。

 

 どれくらい広がったかというと、あのミホークとテゾーロが冷や汗流して引き攣った笑いをあげるレベルである。

 

「センゴクらはもっと詳しく知っておるのじゃろうが、天竜人同士の対立も酷くなっているそうじゃ」

「すでに小競り合いが?」

 

 はてのう……と耳の穴をほじっているガープに、アミスがおしぼりを渡している。

 ……ある程度の情報は持っていても、やっぱ根本的にアイツらに興味ねぇなこの人!?

 

 クロコダイル君が「おい、ボガード」と目線を配ると、「ハッ」とボガードさんが休めの姿勢のまま答える。

 

 もう、わけわかんねぇ絵面だな。

 

「現在天竜人は、静かに三派に別れていると情報が入っております」

「……一つは五老星かな?」

「はい、クロ総督。五老星、並びにその影響下にあると見られる『神の騎士団』を中心としているパンゲア城勢力」

 

 神の騎士団か。

 あんま接触したことがなくて情報足りてない奴らだな。

 いつぞやの変な髪形の奴がそうだと思うが……。

 

 確かに強かったし、剣が上手いだけの連中ではなかった。

 だけど、どういうわけか怪我に慣れてなかったんだよなぁ。

 

 杓死を併用したオールレンジ神避連撃の中でたまたま一撃が入って、顔に三本の傷跡が入っちゃった時に傷つけられた事に滅茶苦茶驚いてたし。

 なんか何度も何度も傷を触ってたな。

 

 そしてそのまま撤退して……後を追ったけど見失ったんだよな。

 

「そして、残る天竜人は主に聖地の東西に別れ、奴隷や食料の取り分けについての揉め事が絶えない毎日がもはや日常となっていると」

「想像以上に酷い事になってるな……」

 

 五老星が統制にここまで手間取るのは予想外だったな。

 天竜人同士の諍いがゼロではないのは、プルミング聖らから聴取で確認している。

 つまりはそういう小競り合いを統制する、ある種の裁判――司法機構はあると考えていたんだが。

 

 ……やはり、天竜人らが突然訪れた貧困の責任を五老星に感じているって所だろうか。

 

 これ、むしろ中途半端に食料が届くからか?

 東の海からはそれなりに食料が届いているだろうが、これまでからすればとても足りるとは言えない量だろう。

 

 …………。

 

 あぁ、いや、違う。

 聖地にいた頃食料関連の資料見てヒナが「頭が痛くなる」と言っていた最大の理由は、量と合わせたその質だ。

 今、あいつらが求める高級品なんざほとんど入っていないだろう。

 

 仮にそれらを生産・入手できる島がまだ手元に残っていたとしても、それを運ぶだけの輸送力が激減していて足りていない。

 特に足の速い生鮮食品の輸送なんてこれまでの何百倍も困難だろう。

 

「天竜人の不満は相当な物ですか」

「うむ。たまにマリンフォードまで来て『さっさと全ての国を攻め落とせ』と喚いておるらしいぞ」

「……センゴクさん……なんてお労しい……」

 

 その攻め落とすための軍行動を維持できるだけの物資諸々が今この瞬間にも溶け続けていることも、それを立て直す事に腐心している現場の苦労も理解できないのだろう。

 

 ぶっちゃけ、今の政府戦力だと天竜人のカス共が満足できるだけの面積の島々を陥落させるところまで行ってもその維持が不可能だ。

 

 私掠艦隊なんて数以外不安要素しかないお手軽戦力に頼らず、初手で交渉に入って時間稼ぎながら戦力立て直していればまだマシだったろうに。

 

「この数年政府の動きがどうにも鈍いのは、内乱への対応に追われているためでしょうか」

「どうかのう。儂にはどうにも違うように感じる」

 

 マジで今の海軍最後の盾である初老の男が、平然と偉大なる航路(グランドライン)で海賊船に乗って茶をシバいている。

 

 …………。

 

 さっさと東の海に帰れよぉ!!

 あそこは今、秩序の最後の砦なんだぞぉ!?

 

「違う、とはどういうことだ。英雄」

「……そうじゃのう」

 

 クロコダイルの問いかけに、全員の目が――人質として同行している孔雀ちゃんも揃ってガープさんの方を向く。

 

「これまで当然であったことが、出来なくなったんじゃないのかのぅ」

 

 

 …………。

 

 

 ん??

 

 

「それはCPによる情報操作や、多数の軍勢を用いた封鎖作戦などのことでしょうか?」

「それもあるじゃろうが、どうも違う。あの日から政府の動きが明らかにおかしい」

「あの日、とは?」

「魚人島での戦いの数日後じゃ。ホレ、おそらくお前さんじゃろう?」

 

 俺?

 

「あの愉快な太鼓が世界中で鳴り響いた日から、どう見ても政府の動きが鈍くなっておるぞ」

 

 …………。

 

 あれ、か。

 

「一応、ロビンやミホークらからも、あの時自分が常に耳にしている太鼓の音が聞こえて来たというのは聞いていましたが……そちらにもですか」

「やはりお前さんじゃったか。うむ、東の海でも聞こえて来たわい」

「中将は、この太鼓について何かご存じで?」

 

 あの時のように、覇王色をふんわりと広げる。

 見聞色を編み込むのではなく、ただ緩やかに、相手を威圧するのではなくただそこに在るように広げていく。

 

(滅茶苦茶コントロール難しい分、他二つも兼ねた覇王色の練習に丁度いいんだよなコレ)

 

 もはや慣れた物であるそれを感じ取ったガープさんが豪快に笑うと同時にいつもの太鼓が『どんどっとっと、どんどっとっと』と鳴り響き、他の海兵達は戸惑――なんか泣いてる人いる!?

 

「知らん。ただ、あの日この音色が突然響いたおかげで現地の軍との戦いを止める事が出来たという部隊が多数あってな」

 

 泣いてる人はそれか!

 おいやめろ! 敬礼はまだいいが頭を下げるな拝むな!!

 俺は仏じゃねぇん――そもそも仏はそっちのトップやないかい!!

 

「海兵が皆噂しておるわい。今の不条理を蹴散らす『解放の音色』とな」

「すんっっっっげぇ不本意かつ余計な仕事が舞い込む要因になりかねないから勘弁してくれませんかねぇ!?」

 

 笑ってんじゃねぇぞ英雄!

 というか英雄と呼ばれる人物なら天竜人ぶっ飛ばせ!

 

 ……。

 

 駄目だ、よく考えたら海軍の英雄だったな。

 

「まぁ、そういうわけで顔も見たし腕も確かめた。儂は帰る!」

「あんたホントに好き勝手するだけだったなコノヤロウ」

 

 海軍最高戦力との手合わせはまぁ、ありがたいと言えばありがたいが……。

 

「それで、孔雀……だったね?」

 

 一瞬ちゃん付けで呼びそうになったが、ギリギリの所で踏みとどまれた。

 それなりの覚悟を持ってきた兵士に、それはさすがに不味いだろう。

 

「ええ。黒猫への人質として、今後は同行することになるわ」

 

 ……つまりは、海軍とのある意味で顔つなぎ役か。

 ヒナが指名手配されて、魚人島の一件でこちらについた元海兵達はもうほぼ黒猫。

 

(海軍上層部も、どちらかと言えば俺達寄りではあるが、ここらでハッキリ海軍側のつなぎ役を送り込みたかったって所かな)

 

 …………。

 

 …………。

 

 ん?

 

 でも今顔を繋ぐっつっても、そもそもどこに?

 海軍本部はまだ遠い。

 先を見通して早いうちにというのも分からなくはないが……。

 

「そうだ。つる中将からなにか言伝の類があったりしないか?」

「特にそれらしいのはないわ」

 

 むぅ。

 

「あぁ。ただ、そうね」

「ん?」

 

「今後黒猫がどう動くにせよ、出来るならば私の故郷(・・)は粗末に扱わないで欲しいわね」

「……クハハ、人質が注文だすのか?」

「貴重な人質だからこそ丁重な扱いを求めたいわねぇ」

 

 この切り返しがクロコダイルのツボに入ったようだ。

 やや甲高くなった笑い声を上げている。

 

「まぁ、そういうわけじゃクロ。おつるちゃんの孫娘、頼むぞ」

「はい、確かに。我らの三本爪に掛けて、大事にお預かり致します」

「わっはははははは! まったく……」

 

「何年経っても、本当におぬしは変わらんのぅ」

 

 その後、ガープ中将は何事もなかったかのように偽装船を率いて海域を離脱していった。

 

 文字通り嵐のように――いやまぁ、ある意味行動で嵐を作ってしまっていたが、とにかく突然現れて突然去っていった人災を無事見送り、そうして孔雀と海賊として処断されるしかなかった難民1500名を乗せた船を引き連れて、占領下にあるオブーレモへと帰還する。

 

 

「クロコダイル」

「なんだ?」

「戻ったら大至急、イッショウとロビンを集めて会議に入る」

「……ほう」

 

「アミス」

「ハッ」

「俺達が会議を始める間、付いてきている親衛隊は全員歩哨に。人払いを徹底させてくれ」

「了解しました」

 

 で、孔雀――というより、これはおつるさんか。

 

(故郷を粗末に扱うな、か)

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「特務部隊の隊長、でございやすか?」

「そうだ。適任がどう考えてもイッショウ一人しかいなかった」

 

 オブーレモの城の一か所――粗末な、恐らくは使用人たちが使う休憩所だったろう部屋に、集まれる幹部を全員集めた。

 幹部が使うには粗末ではあるが、今把握している中でココがもっとも防諜に適している部屋だったからだ。

 

「はぁ……なぜあっしが?」

「海軍から『お土産』を渡すと言われたんでな。ありがたくソレを受け取らせてもらうんだが、少々離れている。そこに向かえるのは、疑似的な飛行能力を持つイッショウが必要だったんだ」

 

 ここ数日、ずっと出来の悪い書類の精査でアチコチ走り回っていたテゾーロとロビンにクロコダイル、イッショウ、ヒナ。

 一応客将であるシャーロット姉弟もいるが、今回はかなり戦略的に大事な話になるので別命を与えてこの場には呼んでいない。

 

 アミス達親衛隊は部屋の外や周囲で警備に付いている。

 

「今回人質として来た孔雀から言伝を受け取った。人質として来たが、出来るならば故郷を大事にしてほしいとな」

「故郷、ですか」

 

 イッショウはロビンが引いた椅子に腰を掛けて、刀が仕込まれている白杖を突いて考えている。

 

「海兵さん達の故郷というとマリンフォードでしょうか? 本部の兵隊さん達のご家族はあそこにお住まいと聞いていやすが……」

「いや。確かにそういう側面はあるし、ここ数年の情勢から孔雀がマリンフォードに住んでいたのは事実だろうが、マリンフォードはつる中将の、そして孔雀の故郷ではない」

 

 つるさんとは聖地にいた頃将棋や碁を差したり、復興手配の仕事でも多く関わり、センゴクさんと並んでコミュニケーションを取っていた。

 

 当然彼女の事はよく知っているし、おつるさんも俺が知っている事を理解していたハズ。

 

 地図――いつものアレコレ書き込んだヤツは俺の部屋の金庫に厳重保管されている。

 今回使うのは、まだ何も書かれていない簡素なおおよその世界地図だ。

 

「彼女が指し示す故郷とは、そのまま彼女が生まれた場所。生まれた海。すなわち――」

 

 その大きく分かれた四つの海の一か所を、おおきく赤丸で囲む。

 

北の海(ノースブルー)……」

 

 その場所の呼び名を、ロビンが呟く。

 クロコダイルは「なるほどな」、と呟き葉巻を燻らせる。

 

「そうだ。特務とはすなわち、今度は楽園側から『凪の帯(カームベルト)』を突破し、孔雀を連れて北の海に侵入。現地にて、我ら黒猫の橋頭堡を築いてもらいたい」

 

 真っ先に「よろしいですか?」と挙手したのはテゾーロだった。

 

「それはつまり、海軍が黒猫の現地での活動を黙認するという事でしょうか?」

「最低限でもそうだろう。それを確認するためにもまずは橋頭堡を確保し、周辺国の動きと合わせて観察するしかないが……恐らく、もっと上だと俺は考える」

 

 ロビンの名を呼ぶと、ロビンが頷いて大量の紙束を持ってくる。

 ほぼ毎日ずっと精査が続いている、海軍や政府内部からもたらされた膨大な量のリーク情報――の中で、信頼度が高いと判断されたものだ。

 

「今現在、もっとも統制が取れていないのが北の海(ノースブルー)だ」

「海軍にとってか」

「いや、海軍も含めた全てさ」

 

 もうぶっちゃけ、ここの状況はしっちゃかめっちゃかなので適当に×を書いて、北の海を囲む赤丸を雑に四分割する。

 

「ただでさえ戦争で荒れていた各地が、更なる戦争の激化で訳が分からない状況になっている」

 

 全ての基礎となる食料生産はおろか、それをどうにかするために各国が同盟やらなんやらを結べば今度はそれに介入する勢力がアチコチから湧いて、結果同盟破棄や裏切りやらが多発するとんでもない紛争地帯になっている。

 

「単純な生産力の奪い合いではない。これまでの戦争による怨恨やそれによって発生していた格差等が次なる対立を生み、更に想定外の戦争を広げている」

「……なら、北の海に橋頭堡を築いた所で旨みは少ねぇんじゃねぇか?」

 

 クロコダイルが発言するが、ある意味でそれは正しい。

 仮に島を一つ二つ制圧できた所で、当面の間は自活が精一杯だろう。

 

「そう。だが、ここで現地海軍の存在が意味を持つ」

「? 話の流れから察するに、連中は今なにも出来ていないんだろう?」

「正解。北の海はかなり念入りに情報分析を進めていたけど、戦線の複雑化によって俺が仕掛けたレッドポート封鎖作戦の際も兵を撤退させる事に失敗。半分くらいはそれぞれが孤立し半ば匪賊化。残る半分はその対処に追われるうちに複雑に変化し続ける戦線に足を引っ張られている」

 

 恐らく、報告がまだなだけでほぼほぼ壊滅している基地も多数出ているハズだ。

 あるいは海軍の振りをして占拠している国軍や海賊も。

 

「ある意味で世界の縮図と言える。国を治める王はもはや単独で平和を築くのは無理だと薄々悟っており、だが味方であると信じられる――いや、たとえ一時といえど手を結べる勢力がどこにもない」

 

 一度言葉を切り、周囲を見回す。

 ……反応鈍いな。

 

「で、だ」

 

 やっぱりさっさと本題に入るべきだったか。

 前提を説明しないと掴めないかと思ったんだが。

 

「そこに自前で防衛できる軍事勢力がいきなりドンッと現れたとする。さぁ、どうなる?」

 

 テゾーロはようやく理解できたのか「あぁ」と呟き、クロコダイルもニヤリと笑って見せる。

 

「なんとしても、その勢力を味方に付けようとするわな。自衛が十分できるだけの戦力がある所を、混乱している中で無理攻めする馬鹿はいねぇ」

「うふふ、しかも私たちの兵隊は農作業か建築のどちらかを経験している兵士が多い。自衛だけの戦力どころか、国力と言える物に成りえるわね」

「問題は、それだけの説得力を持つだけの勢力圏を素早く確保できるか、ね。……イッショウなら問題ないかしら」

 

 そうだ、絶対にそういう流れになる。

 疲弊しきった国家は、もはや他国の介入なくして国が立ち行かないレベルだ。

 

 本来ならば近隣の国家とどこかで手打ちに入ろうとするハズだが、今の海はそもそも簡単に奪い合いを止められず、世界政府の威信が落ちた今では仲介者すらいない。

 

「……クロさん。なら海軍さんの『お土産』ってのは……」

「そりゃあ、故郷を大切に扱ってくれって言うならば、当然人なり物なり寄越してもらわないと割に合わないよね?」

 

 わざわざ人質(・・)の頼みを聞くって言うなら猶更。

 

「無論、政府の横やりを警戒して即時撤退も視野に入れて慎重に進軍計画を立てる必要があるが、もしここで海軍を――孤立したという事になっている(・・・・・)部隊を吸収できれば、北の海での活動初手に弾みが付く」

「海兵をこちらに取り込ませる。取り込みそのものはこれまでにはあったことだけど、自発的にとなると随分と思い切ったわね」

 

 結果としてならば俺達も取り込めただろうが、もし本当に海軍上層部が密かに末端の兵士を黒猫に合流させる方針を決めたとなれば、上層部の思惑も読めてくる。

 

「ああ。つまり、海軍は本格的に世界政府と(たもと)(わか)つつもりだ」

「だから政府の目が十分届いていない北の海の海兵を黒猫に寄越すと」

「まぁ、このままだと何もできずに壊滅しかねないから、そうなる前に私達の下で保護も兼ねて統制してもらいたいって狙いもあるんでしょうけど……」

 

 幹部勢は分かっていた。

 海軍という最大の敵対勢力が、かなりグラついている。

 ただグラついているのではなく、ともすれば自分達の下に吸収できるかもしれない。

 

「……完全な一大勢力になるのは、正直組み立てていた戦略から少々外れるんだが……現状では悪い話ではない。北の海に部隊を送るだけの価値は十分にある」

 

 全員が力強く頷く。

 

 ……否。

 

 一人だけ、俺と同じことを考えて渋い顔をしている男がいる。

 

「……総督」

 

 我が黒猫海賊団の内務長官にして財布と労働力の管理役。

 手配されていないが、それでも最高幹部の中で高い発言力を持つギルド・テゾーロである。

 

「北の海に橋頭堡を、と申されたその考えは理解できましたし、必要だと私も思いますが」

 

 うん。

 

「兵員はどれほど必要だと考えていらっしゃいますか」

 

 ハッハッハ。

 

 

 

 それな。

 

「……最低でも五百。出来る事なら三千は送りたい」

 

 まぁ、イッショウの力があるとはいえ道中の食料消費なんかを考えると、頑張っても千人が限界だろうけど。

 

「……ウイスキーピークの軍学校での新兵の教育完了を待つわけには行きませんか?」

「俺もそれが出来ればいいとは思っていたが、ついでに北の海の情報収集役も兼ねている上に未知の海域での活動になる。出来れば西の海から連れて来た兵士を割きたいが」

 

 ここに来てクロコダイルが渋い顔になる。

 分かる。

 急激に勢力拡大している俺達にとって、西の海で十分な教育と訓練を重ねた将兵が余りに貴重なんだよね。

 特に小隊長から中隊長といった中間管理の指揮官が滅茶苦茶貴重。

 

 大部隊を運用してると、そういう所にどうしても目が行くよね。

 

「で、こっからがこの会議の本題なんだが……」

 

 でも海兵を受け入れる可能性が高い以上、元海兵もいるし海兵との接触も多かった西の海の将兵がどうしても必要なのよ。

 

 ホント、出来ることならば今すぐ第二から兵士を分けてもらいたい位だ。

 

「イッショウにガレオン船一隻とバラストの海楼石を与えるのはいいとして、だ」

 

「兵士とその行軍物資、ついでに初期投資分の資金――通貨じゃなく、現地で換金可能な物がベストだと思うんだけど、それらをどっから引っ張ってくるか、そして北の海のどこを狙うか。ちょっと皆で話し合おうよ」

 

 暫定会議室が、滅茶苦茶重たいため息で満たされる。

 

 俺達にとって、ある意味で英雄ガープとの殴り合いよりも滅茶苦茶体力と気力を使う戦いが――幕を上げる。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「ダズ副総督、例の船団ですが宣言通り、特に動きを見せずにログが溜まり次第出航いたしました」

 

 ジョセラ王国。

 ダズ・ボーネスがペローナらと共に救助した国であり、その後黒猫の拠点とするために仲間と共に開発を進めている国である。

 

 その島の外周部にある、未完成の町の中で親衛隊の報告を受けたダズは、隣でココアを啜っている自分の補佐に声をかける。

 

「……ペローナ、動きはどうだ?」

「ゴーストで確認しているが問題ねぇ。海賊なんだから兵士を伏せて略奪でも狙うかと思ったが、特にそういう気配もねぇな」

「……一応、陸軍はそのまま警戒を崩させるな」

「ウチの兵舎で待機してるメイムは?」

「我らはまだ警戒を崩していない事を通達しておけ。その後の判断はメイム本人か、あるいは陛下に任せる」

 

 

 無論開発こそ急務であるが、そのために最も大事な事はその防衛である。

 黒猫の旗を掲げているのもあるが、すでに多くの国民が犠牲になっている。

 これ以上万が一を出すわけには行かなかったのだ。

 

「ま、せっかく作った港町――まだほとんど家と倉庫と厩舎のみだが……それを荒らすことは避けられそうでよかったよ」

「そうだな。ここを形にして他の縄張りと航路を繋げ、物資の往来がより円滑になればこの国の発展速度も上がる」

「海賊にビビって、皆内地に引きこもったままだからな……」

「幸い、カスタードが出発までの間の防衛を担当してくれたおかげで俺達は工事に専念できた」

「完成したのは街道一本と上水道だけだろ。下水道やら汚水の処理はまだまだだし、掘っ立て小屋どころか藁のテント住まいだって多い」

「徐々に形にしていくしかあるまい。我らへの信頼を民衆から勝ち得て協力者を増やせば、出来る事も増える」

「……王様連中からはそれなりに覚えが良くても民衆から疑われたままってのは慣れたモンだが、もどかしいなぁ」

 

 故に、ダズ率いる黒猫海賊団はもっとも目立ち、かついざという時に戦場にしても構わない場所に基地を兼ねた街を作り、各地の復興や問題の対処に走り回りながら次々に偉大なる航路(グランドライン)へと流れ込んでいる海賊への対処に力を入れていた。

 

「襲い来る海賊を薙ぎ払えば信頼を得られるかもしれんが……」

「それで死体が出りゃ対処にえらい手間取るし、興奮した民衆を落ち着かせるのもまた面倒臭ぇ。平和が一番だろ、平和が。……なんだよ、ダズ」

「いや、すまん」

 

 ペローナの言葉に思わず吹き出してしまったダズは誤魔化すように苦笑いをして、何もせずに去っていく海賊船を見る。

 

「しっかし薄気味悪い海賊旗だなぁ」

「本来海賊旗というのはそういうものだろう」

「……そういえばそうか。むしろ、ウチの旗が余りに海賊旗から離れているのか」

「いっそ、猫の横顔の絵を猫の頭蓋骨に変えてみるか?」

「可愛くねぇだろソレ」

 

 偉大なる航路(グランドライン)での冒険が目的だといい、寄港して食料と水を金塊で買い取った静かな海賊団の旗は、笑っていた(・・・・・)

 

 歯を剥いて笑う不気味な、だがどこかデフォルメめいた頭蓋骨に、何を示すのか眼帯のソレに見えなくもない斜線が入っている。

 

「しかしダズ、沈めておかなくていいのか?」

「具体的に敵対行動を取った訳ではないし、略奪もしなかった。海賊といえど、見かけるたびに戦争を吹っ掛ける訳にもいくまい」

「ま、そりゃそうだが……」

 

 

 

「ドフラミンゴ・ファミリー、か」

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