とある黒猫になった男の後悔日誌   作:rikka

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183:アラバスタ防衛戦ー⑦

「船を出せ! 今なら黒猫も手が出せねぇ!!」

「急げ急げ! すぐに帆を張るぞ!」

 

 連合軍の制圧下にあった港町ナノハナは混乱の中にあった。

 大海賊『黒猫』の一団による強襲、攻撃目標だった首都アルバーナの陥落、そして謎の怪物の襲来。

 幸い怪物が現れたのは全て黒猫陣営がいる箇所のみ。

 サンドラ河河口を挟んだエルマル、そして黒猫が旗を立てた首都アルバーナはあの怪物に囲まれている。

 もしその流れがこちらに来ていれば、壊滅していただろう大戦力だ。

 さすがの『黒猫』と言えどこちらに構う余裕はない。

 

「お、お待ちくださいピグミー様! カトレアに進軍した兵士が取り残されたままです! ここはナノハナの防備を固めて後続を待つべきでは!?」

 

 だが同時に、連合軍にも余裕はない。

 あの獣を相手にするのもそうだが、『黒猫』が加勢したアラバスタ軍を背後から狙うには軍の位置が悪かった。

 これから慌てて攻撃した所で、アラバスタ軍をすり潰すことは出来てもその後がない。

 猛者揃いの黒猫もそうだが、不慣れな砂漠の地で怪物に対抗できると指揮する立場にある貴族たちは思えなかった。

 

「黙れ! 千載一遇の機会なのだぞ! 手放さざるを得ない所だった奴隷達を連れて戻れるのだ! 大体前線にいる兵士はほとんどがあのチンケな島の下賤な民兵では――」

 

 逃げ腰だったともいう。

 確実に勝てる戦いが負け戦になる所だったのだ。

 これまでの戦いで確保できた財だけでも回収して、さっさと祖国に帰りたかった。

 

 故に躊躇いなく口から同盟相手を貶す暴言を吐いて、撤収を強行しようとしたその時だ。

 

 暗い海の方から、これまで聞く事のなかった大砲の音が響き渡った。

 

 多くの略奪品や奴隷を乗せた貴族たちの船から離れた所に、黒猫の鋭い爪が突き立てられたのだ。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「威嚇砲撃、敵艦船の手前300に着弾! 被害確認できず!! 被害確認できず!!」

「よし、帆を畳め! 直ちに減速し、可能な限りこの位置を保持しろ! 連合艦船がなお強行を試みるのであれば、親衛隊他『差し足(黒猫式月歩)』が使える兵士で乗り込み制圧する!!」

 

 あれだけの非道を行った者が、略奪の戦果を大人しく返すはずがない。

 機会があれば『黒猫』の目を盗んで持ち帰ろうとするハズだ。

 

 そう考えた親衛隊にして、この戦場において現在唯一の黒猫艦の船長を務めるキカは即座に船を動かしていた。

 

 サンドラ河封鎖から敵連合艦隊の撤退阻止に目標を変えてだ。

 

「ペローナちゃんがいないままでの海上夜戦はちょっとキツいねぇ」

「言うな、ミツバ。むしろペローナがアルバーナの守りについてくれているおかげで我々は安心して目の前の事に取り組めると考えるべきだ」

 

 親衛隊の中でも珍しい長大な大剣持ちの親衛隊が双眼鏡で戦況を確認しているが、日が完全に沈んだ今では先を見通すのは極めて難しい。

 連合側が港に並べている篝火の灯りが頼りだ。

 

「……夜戦演習を繰り返し、経験値を積んだ兵士で固めているとはいえ……当てるのではなく絶対当てずに止めるというのは神経をすり減らす。集中を切らすなよ」

 

 長い赤髪に手櫛を入れて、キカは熟考する。

 敵を倒す必要はない。

 総督や副総督、そしてクロコダイルが状況を解決する事を信じて、アラバスタの財と民の流出を防ぐ事が今、『黒猫』に求められる最重要事項であると。

 

(このような状況で奴らがサンドラ河を遡り、戦場に赴くとは思えん。カトレアに駐屯している軍が河を下りナノハナ近くまで下がる可能性はあるが、それはアルバーナを守りたい『黒猫』としても都合がいい)

 

 この一戦は、不運に不運が重なった遭遇戦である。

 

 そもそも戦うつもりはなく、仮に戦闘になったとしてもそれは世界会議(レヴェリー)開催中という状況のために不完全なアラバスタ軍が相手の物。

 

 クロがいるならば――いや、ペローナさえいればほぼ完封出来る。

 ひょっとしたら親衛隊一組でも。

 

 その上で保険代わりでもあるクロコダイルがいるのならば、万全の布陣だったといって良かった。

 

 連合軍のアラバスタ襲撃という想定外の一戦の上での、この謎の怪物達による襲撃がない限りは。

 

「砲手、五番並びに六番に照明弾装填、急げ! 合図とともにエルマルに向けて斉射し、港と船の状況を確かなものにする!」

「キカ、私はどうする」

 

 船に同乗していたもう一人の親衛隊。

 キカと同じ長い赤毛で、だがキカとは違うやや癖のある髪のバレリアが問う。

 

「もし敵が動くとすれば、動きは二種類。先に囮を出して本命を逃がそうとするか、あるいは同時に船を出してこちらの火線を分散させるかだ」

「予期せぬ混乱に海上夜戦……寄せ集めの軍では同時出航は難しいだろう。……囮か」

「上手く停船させれば、後続の動きを遮る壁として使えるかもしれん。分かるな?」

「地区本部海戦の再現か、なるほど」

 

 共に西の海からの最古参。

 当初は戦闘者としてよりも操船要員として強く鍛えられていた二人は、ある意味で自分達の――海賊としての初陣を思い出してニヤリと笑う。

 

「船にはアラバスタの財……ならばまだいいが、民までが乗せられている可能性がある」

「制圧にせよ威嚇にせよ、攻撃は慎重にやる必要があるか」

「そうだ。だからこそ、万が一白兵戦の必要が出た時の最前線指揮をお前に任せたい。バレリア」

「……ああ。その時には、信頼に応えさせてもらおう」

 

 互いに速さを意識した剣術を使う――それゆえに実力を認めている二人は小さく頷く。

 片腕を振り回して「アタシは~?!」と叫んでいるミツバを放置して。

 

「キカ船長! 照明弾用意できました!」

「よし、放て!!」

 

 そうしている内に用意が整い、キカの振り下ろした手と共に二発の轟音が轟き、制圧されている港を二つのまばゆい輝きが照らし出す。

 

「! 船長!」

「……やはりか」

 

 そこに照らし出されたのは、やけに豪華な鎧に身を包んだ兵士達に槍で突かれながら足を進める、縄で繋がれた女子供が列を成している様子だった。

 残っている船に向けて、さっさと乗れとせっつかれているのだ。

 この時点で、連合軍の狙いが一目瞭然である。

 

「全砲門、装填!」

 

 

「連合艦隊の逃亡を何としても阻止せよ!!」

 

 

「奴らから目を離すな!」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

『ピッキャララララララ!!!』

 

 ネフェルタリ王家の象徴である王宮は、もはや海賊の武器にして鎧となって本来そこに住まう者を追い詰めていた。

 

「キャア!!?」

「落ち着いて目を瞑っていろ。細かい破片はさすがに防げん。危険だ」

 

 正当な居住者にして敵の最大の目標であるネフェルタリ・ビビと、それを抱えたまま巨大な拳を斬り裂き、その残骸を更に砕く海賊。

 

『ここでは俺の身体には困らない! お前を潰して娘を手に入れるだけだ! 死ね、鋼刃!』

 

 ダズ・ボーネスが片手に幼い姫を抱き支えながら、繰り出される攻撃の全てを斬り伏せていた。

 巨腕を斬り裂き、振り下ろされる握り拳を躱し、押しつぶさんとする掌を細切れにした。

 

 王女ビビを抱えたまま――すなわち、ほぼ両腕が塞がった状態のままでだ。

 

(埒が明かん)

 

 まともにやり合えば長丁場になる事を察したダズは、ビビを抱き抱えたまま足を刃に変えて斬撃を飛ばす。

 

 こちらを捕らえようとした巨大な手を再び斬り飛ばし、だが敵はそれに対して何かを焦るということなく平然としている。

 ダメージが全く入っていないのは一目瞭然であった。

 

「か、海賊さん!!」

「無理にさん付けしなくていい。……ダズだ。なんだ?」

「あのおっきい海賊をやっつけられるの!?」

「……そうだな」

 

 可能か不可能で言えば、可能だ。

 驕りでもなんでもなく、討伐そのものは不可能ではないとダズは踏んでいる。

 

(あまりに強力な能力に覇気使い。単純な戦力で言えば我々の提督クラスに並び得るだろう……)

 

「倒せる。それは断言しよう」

 

 ただし、攻撃の端々や戦闘の運び方に練りの甘さが窺える。

 

 クロやミホーク、レイリーと言った面々の様な圧倒的な差はない。

 ペローナやロビンのような、対応してみせても予想外の一撃を放ち得る粘り強さも感じない。

 親衛隊のような、耐えに耐えた上で一瞬の隙を見逃さない鋭さもない。

 

(恐らくコイツは、圧倒的強者との戦闘経験が極めて薄い)

 

 時間にすれば一秒に満たないわずかな時間分の体力の温存を繰り返す必要も。

 能力の多用を控え、手の内を可能な限り隠す必要も。

 そうして温存した手札の全てを、命を懸けて全て切る恐怖と覚悟も。

 

 もし、本当の意味での対等な殺し合い(・・・・)を経験していればこうも手札を晒し、情報を漏らすことはしなかったハズだ。

 

(これだけ大規模に地形を変えられる以上、相当能力を伸ばす訓練はしていたようだが……)

 

 何度も捨て札の如く攻撃を繰り返すおかげで、本体を叩かねば意味がないというシンプルな――だが最も重要な情報をこれでもかと教えてくれる。

 切り捨てた残骸がコントロールを失っているのも極めて貴重な情報だ。

 

(厄介極まりない強力な能力者であっても活路を見出すには十分すぎる。切り崩すための札もある。唯一の不安要素は――)

 

 右腕を逆扇型の幅広い刃物に変える事で、腕の中のビビを飛び散る鋭い破片から守りながらその顔に目を落とす。

 言われた通りギュッと目を瞑って守りながら、ダズのスーツにしがみ付いている。

 

(能力の有効範囲が広すぎて、本格的に戦闘する間の王女の安全が確保できん)

 

 ダズにとって一番の問題は、討伐までにかかる時間だ。

 この無制限に動き続ける岩石の巨体の中から本体を見つけ出し、正確にそれを攻撃する。

 

 それ自体は不可能ではないが、それを一瞬で終わらせるのはさすがに無理だ。

 ここにいるのがミホークか、あるいは親衛隊上位陣が一人いてくれればどうにかなったかもしれないが、ダズ一人ではビビの安全の確保が難しかった。

 

 猛者揃いの『黒猫』の中でも制圧力において最強であるペローナがいれば、仮に攻撃が通用せずとも物理障壁を無視して偵察出来るゴーストを用いて敵本体を探す事も容易かった。

 

(いつでも、そしてどのような戦場でも……物量差という物は如何ともしがたいな……)

 

 手が足りていない。

 十全な兵力を連れて来ていれば、ビビを任せられるだけの精鋭も揃えられた。

 

「ビビ王女」

「! な、なに!?」

「勝つ事は出来る。だが、今のままでは御身の安全が確保できない」

 

 今それがない以上、手持ちの札で戦うしかない。

 

「だから確認が必要だ」

「なんの?」

「貴女の体力と、覚悟に関して」

 

 本来ならばより丁寧に話す事は出来る。

 だが、今この瞬間――ある意味でこの狭く広い戦場で唯一の幼い守護対象であり、そして唯一の幼い友軍(・・)を頼るには信頼を得なくてはならない。

 

 頼れると。

 この暴力的な空間で、頼りになる存在だとまず思われなければならない。

 ダズは一度大きく敵の巨体から離れ、まだ敵に取り込まれていない大きな柱の陰に身を隠してビビの肩を叩く。

 

「確実に逃げられる道を俺がどうにか作る。そうすればその後、ひたすら真っ直ぐ走り続ける事は出来るか?」

 

 そして目を開いたビビの目を真っ直ぐ見て、そう問いかける。

 安心させるように。

 否、安心して自分の言葉を信じさせて、どうにかここを離れてもらわないと駄目なのだ。

 ダズ・ボーネスは本気でそう考えていた。

 

 後年、その時の事を思い出しダズがビビに謝った際、『そもそも城壁乗っ取る化け物をスパスパ斬ってる時点で頼るに決まってるじゃない』とバッサリ切り捨てられるがそれはそれとして。

 

「……私が、邪魔?」

「ここに役割はない」

 

 邪魔かと言われればそうだ。

 

「だが、戦況を良い方に引っ張れる存在でもある」

 

 しかし、無力な存在であるかと言えば否である。

 

「貴女が安全な事を外に示し兵達をまとめ上げる事が出来れば、それはアルバーナを守る大きな力になる」

 

 アラバスタ王家、ネフェルタリ家第一王女。

 幼いゆえに実権などありはしないが、それでもこの緊急時には兵の士気を上げ、軍の方針をまとめるだけの看板となる。

 

 まず、この宮殿を抜け出しアラバスタ軍の保護下に辿り着くだけで軍の負担は大きく減る。

 

「どれだけ大きな音がしても、激しく地面が揺れても、奴の不快な叫び声が響こうとも――」

 

 柱やその周囲の床、壁に亀裂が入り、そして一瞬で元に戻る。

 能力で掌握された証拠だ。

 かなり近い。

 ビビを――今度は手を取って走り出す。

 

「真っ直ぐ走り続けられるか?」

 

 そのままダズは、浸食が比較的薄い一方を指で指し示す。

 本格的に視界が歪み出す。

 視界と錯覚するくらい、壁面全てが揺れている。

 

―― ピッキャピッキャ! ピッキャララララ!!

 

 その中で、こちらの腹筋を攻撃しているとしか思えない笑い方が響き渡る。

 

「あれで笑っているつもりなのか?」

「あんな笑い方して噛まないのかしら」

 

 とっさに二人の本音が出る。

 一切の演技も虚勢もない、互いの素の反応を見てダズは肩の力が少し抜けた。

 ビビは恐怖が少し抜けた。

 ほんの少し、勇気が出た。

 

 小さく笑うダズの目を見て、ビビが頷く。

 ダズはその頷きを見て、自分が身に着けていたジャケットをビビの肩にかける。

 

『ここか『鋼刃』! 王女ビビ!!』

 

 見る者を圧倒する真白の壁がうねり、巨人と化す。

 

「行け」

 

 それを見せないように、あるいは海賊の目に姫を映らせないためかダズ・ボーネスがビビを背中に隠すと同時に、軽く背を押す。

 ダズの視界に彼女の姿は入っていないが、それでも駆けだす音が響く。

 

『馬鹿め! 王女を手放すとは!』

 

 まるで宙で広がるベッドシーツのように床が波打ち、ビビを捕らえようと姿を変える。

 だが、それと同時にダズ・ボーネスが拳を地面に叩きつける。

 

「させん」

 

 スパスパの実。

 己の身体を刃と化し、鋼の身体を得る超人(パラミシア)系の力。

 

城壁刃(フォート・スパーダ)

 

 だが、ダズ・ボーネスは今それ以上の現象を起こして見せた。

 波打つ地面の侵攻を止めるように、膨大な数の刃が床を切り裂くように出現する。

 細身の刀から幅広いバスタードソードまで。

 ありとあらゆる種類の刃が、巨大化して地面からせり上がる。

 

『!? 地面が!?』

「手札を散々晒してくれたのだ。対策の一つや二つ、容易く思いつく」

 

 よく見るとそれは床を貫き出現したのではない。

 床そのものが変質し、鋼の刃によって出来た壁と化していた。

 

「貴様の能力は恐ろしい程広範囲に干渉できる。だが大量に巻き込んだ調度品や兵士、その装備の類は巨体のどこにも見当たらない」

『馬鹿な! 覚醒だと!? 貴様のようなガキが!?』

 

 覚醒。

 悪魔の実の能力者が、その心身と能力を極限まで鍛え上げた時に到達する次のステージ。

 黒猫の副を務める少年は、旗揚げしてからの激闘の日々と新世界最上位の猛者を相手にした訓練の中、十五の若さでその入り口に辿り着いていた。

 

「つまり、能力で干渉出来るのは岩石やその加工品のみ。鉄鉱石の状態ならば分からんが、鋼の刃は通り抜けられまい」

『…………っ! 小僧!!』

「遥かに年下である事は事実だが……」

 

 幼く、短い足であろうと走り続ければ当然遠くに行ける。

 天井や壁に能力を伝わせてビビを捕まえようとする岩石の巨人だが、すでにビビが先に進んだ通路は、床だけではなく壁や天井も鋼と化し、行く手を阻む刃の壁となっている。

 

 

「舐めるな。お前と同じ――海賊だぞ?」




ダズ、覚醒には至ったけど現在応用技の試作段階。
到達したもののミホークやクロ、ハンコック相手の訓練以外使う戦場がなかった上に大きく戦場を変えてしまうために、やや持て余している。

なお、少々懐が厳しい時には大いに役立つ能力となった。
多用はしないが鉄資源に困った時は出番である。

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