とある黒猫になった男の後悔日誌   作:rikka

187 / 199
184:アラバスタ防衛戦ー⑧

「撃て! 号令を待つ必要もない! 撃っては直ちに装填し、ただひたすらに撃ちまくれ!!」

 

 エルマル西部。

 クロコダイルの砂塵により敵の数は確実に減っているが、それでも前線は一進一退の攻防が続いている。

 息絶えたものの、その巨体故に倒れ込むだけで被害が出る。

 敵が怪物という事もあって、この戦闘では皆剣ではなくライフルなどの銃器を用いての射撃戦となっている。

 

 それが結果として陣列を組む戦闘ではなく小部隊ごとにバラけての散兵戦となり、巨体による被害を減らす事になっていた。

 

 周囲の兵士に檄を飛ばす小隊長自身もライフルを構え、ひたすらに目標に向けて引き金を引いている。

 

「エルマル民の避難が終わればより戦いやすい所まで下がれる! それまでの辛抱――散開!!」

 

 特に銃弾が効きづらく、恐らくクロコダイルの砂の攻撃も効きが悪い巨大な『カニ』の怪物が口らしき所から泡を噴き出し、そしてその先に自分達の部隊がいるのを見た小隊長が咄嗟に叫ぶ。

 

 比較的新入りとはいえ、訓練をこなしてきた精鋭は伊達ではない。

 即座に小隊長の意図を把握し、部隊兵士は今いる場所から少しでも遠くにと飛び退く。

 

 それと同時に、まるで鉄砲水のような放水が小隊員のいた砂の大地を貫く。

 黒猫の旗艦では標準装備となっている放水装置が海水を叩きつけて敵能力者の動きを阻害するためのものならば、その一撃は貫く物。

 

 もし小隊長の指示がなければ、全滅していただろう。

 

「被害確認! 生きている者は声を上げよ!」

「セター、無事です!」

「クレス、同じく!」

「ミュン! 同じくだけど……クソ! レオンさんがやられました! マラナーも視認できません!」

「あぁ……がぁっ! クソ! ペルシャ! 足が熱い! 感覚がねぇ! どうなっているんだ!!」

「動くな! すぐに止血してやる! っ、おい、だから暴れるな!!」

 

 が、全員が生還できる程甘い戦況ではない。

 部隊の中での最古参を失い、中堅の兵士を失い部隊は数を減らした。

 

「お、黄色発煙筒用意。奴に向けて投げつけろ!」

 

 それでも戦場が止まるわけはない。

 ここで攻撃の手を緩めれば敵の侵攻スピードは更に上がり、こんな防衛網は容易く突破されてしまうだろう。

 

「発煙筒ですか?」

「あの甲羅には銃撃程度では牽制にすらなるまい! キャザリー殿がたまに使う対物ライフルとやらならともかく、今必要なのは甲羅を貫く砲弾だ!」

 

 そう叫ぶ間に小隊長自ら発煙筒を用意する。

 訓練課程を終えて配属が決まった黒猫の正規兵に支給される、緊急事態を周囲に知らせる重要装備品だ。

 

「アレを照らし出し、砲撃を誘発する。幸いヤツは足が遅い」

「四人分で足りますかね」

「賭けるしかあるまい! あの水砲はあまりに危険だ」

 

 再び集合した部隊の面々は顔を見合わせ、敵を警戒しながら二人がもっとも近い他の敵への銃撃を続け、残る面々が発煙筒を用意するまでの時間を稼ぐ。

 

 微々たる力だとしても、他の部隊と必死に維持しているこの弾幕を薄める訳にはいかなかった。

 

「投げた後は念のために距離を取りつつ攻撃を続ける」

 

 発煙筒を取り出した事を見せた兵士の様子を確認して、攻撃手を交代する。

 

「思い出せ。西の海での悲劇を」

 

 慌てず急げ、とは訓練時から散々耳にし、時には自ら口にする言葉でもあった。

 

「思い出せ!」

 

 自分らが『海兵』であった時代、訓練の際に互いを鼓舞する言葉であった。

 今、彼ら黒猫の兵士は実戦の中でそれを求められている。

 

「天竜人の犬と銃を向けられ、野犬を払うように引き金を引かれたあの日を!」

 

 

―― 帰りやがれ、政府の犬が!!

―― まだ奪うの!? アタシの娘を奪って夫を奪って、今度は何を奪うの!!?

―― 撃て! もう誰も頼りにならねぇ! 俺達の手で俺達の町を守るんだ!!

―― 海兵を追い出せぇぇっ!! 奴らがいればまた奪われる!!!

 

 

 かつての忌まわしい記憶を、振り払うためにも。

 

 

「今、我らの後ろには民がいる」

 

 

「今、ここが崩れれば多くの犠牲が出る」

 

 

「あの時とは違う!」

 

 

「今度こそ――」

 

 

 汗でジメついた指先を砂漠の大地に突き立て、拭い、発煙筒を取り出す。

 

「今度こそは……っ!」

 

 射撃の手を一旦止め、全員で発煙筒を着火させてジリジリと前進している『カニ』目掛けて全力で投げる。

 

 敵は遠く、後ろの砲兵からすればおおよその位置と方向しか伝わらないだろうが、砲撃を強く必要としている事は伝わるだろう。

 

「後進しながら攻撃続行! 所持弾薬が二割を切ったら報告しろ!」

 

 

「今度こそ――我らの矜持を……っ!!」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

闘牛(コリーダ)……っ!」

「! 剣がまた……」

 

 エルマル北西部。

 巨大な怪物達への迎撃が続く中、二人の剣士が砂塵の中戦っている。

 

 大柄な男は、その能力で剣をまるで布や紙のようにペラペラにした上で右手に巻き付け、最終的にまるで気性の荒い闘牛の頭のような形をとらせる。

 

「グレイブ!!」

 

 その巨体を生かした鋭い打撃。

 変形した刃の切っ先が雄牛の角を模しており、下手に受ければ逆に傷を受けるだろう。

 もしその剣に毒が塗られていれば、それだけで勝敗が決してしまう。

 

―― ガギィ……ィ……ッ

 

「ちぃ、また――!」

 

 だが、その刃は三刀流の剣士の刀とかち合う前に鋭い何かに当たり、逸れる。

 まだ若いとはいえ、すでに歴戦の剣士――それも海軍大将との交戦経験があるアミスにとって躱すのは容易い。

 

「また宙に残る斬撃(・・・・・・)か! 面倒臭ぇ!」

「夜闇の中で『黒猫』を相手にしようとしたのがそもそもの間違いだ!!」

 

 黒猫式近接戦闘術。

 ある一定以上の実力が認められた兵士に叩き込まれる、特殊な歩法と併せて使う剣術を中心とした兵法。

 個人の才覚に合わせた三種の戦法から組み立てられているその中の一つに、ミホークやクロが好んで使う技がある。

 

二尾(にび)』と呼ばれる黒猫の基本剣技。

 空中に鋭い斬撃を残す不可視の刃。

 攻防はもちろん罠としても使える、基本的な足技と並んで黒猫の代名詞となりつつある技。

 

(今の私だと、やはり一度には五本までが限界。強力な覇気使いであるコイツ相手だと牽制が精々か……)

 

 伸びきった男の腕を斬りつけるが、その服――の下に仕込まれている何かに阻まれる。

 恐らく能力でヒラヒラにした金属製のなにかを下に仕込んでいたのだろう。

 男の剣術の技量は極めて高く、能力は極めて厄介だった。

 

(一撃の威力を重視した剛剣型。そしてかなりの覇気使い。にしては所々にあからさまな隙がある。その上でこの余裕)

 

 隠し玉があるのは間違いない。

 アミスはこの数分の剣戟でそれを確信した。

 

 物体をヒラヒラさせるという能力は、暗器の類を隠すのに最適だ。

 

(ただし、ヒラヒラさせたものを使うには必ず『取り出す』必要がある。あのマントはそれ自体が防具であるのと同時に、その一瞬の隙を見えづらくするためにこちらの視界を塞ぐ意味合いもあると見ていい)

 

 アミスは強い。

 黒猫の中でも上位に入る実力があるのは間違いない。

 

 だが圧倒的な強さを持つかと問われれば否である。

 最高幹部はもちろん、クリスを筆頭とする武闘派の親衛隊員には大分負け越している。

 

(手の動きを警戒して、フェイントに注意する必要がある。……無駄に集中力使うな、コイツ)

 

 だからこそ、アミスは必死に戦い(・・)を上手くなる必要があったのだ。

 

「くそっ、せっかくだからエルマルをグチャグチャにして黒猫に被害を出してぇんだが……っ」

 

 男は地面に手を置く。

 一見大きな隙となるが――

 

陸軍旗(アーミーパンテラ)!」

 

 ただでさえ足を取られやすい砂漠の大地が、まるでクロコダイルがそうするようにうねり出した。

 広範囲の足場を崩し、そこを必殺の一撃で狙い撃つつもりなのだろう。

 

「ウハハハ! 崩れたな、蛇の(ウィーペラ)――」

 

 最初の攻防で見せた、ヒラヒラにした事で軌道を読ませづらくする刺突。

 その一撃は――

 

「分かり切った手を!」

 

 三刀一身、アミスがその両手と口に持つ三本の刀を交差させる事でその真芯で捉えていた。

 わずかでもズレがあれば、そのまますり抜けて身体を貫くだろう一撃が完全に止められている。

 

「な!? くそっ、この(アマ)ちょこまかとした小技ばかり……っ」

「全体的にセコいお前が言うな!!」 

 

 男、ディアマンテはここで初めて焦りを見せて剣を構える。

 本来ならば接近するのが極めて難しい足場を盾にして、中距離技で仕留めるだけで済むハズだった。

 

 だが、その前提があっさり崩された。

 とっさに構えた大剣に、とてつもない衝撃が甲高い金属音と共に走る。

 

「ちくしょう……ちくしょう!」

 

 足場を崩した所で、なんの意味もなかった。

 なぜならばアミスは黒猫のなかで最も洗練された戦闘集団、親衛隊を治める者。

 ハンコックと並んでもっともクロの足技を習得している兵士だ。

 

――ギリィ……ィ

 

「なんて鬱陶しい女だ!!」

 

 ゆえに、足場が少々崩れた所で何でもない。

 彼女は文字通り宙を駆け、踏みしめる事が出来るのだから。

 

 とっさにディアマンテは身体をヒラヒラさせて距離を取ろうとし――自分の進行方向にすでに斬撃が置かれていることに気が付き咄嗟に足を止める。

 

(クソぁ! もう俺の癖を読んでるとでもいうのか!!?)

 

 体格と体重、そして得物の長さと重さは男――ディアマンテが(まさ)っている。

 

 堅く、重く、射程のある敵。

 

 かつてのクロの敵、クロの好敵手、そしてクロの同盟者と、要素だけを切り抜けば似ている所がある敵。

 

 ただし――

 

「さっさと堕ちろ!」

 

 ディアマンテが腕力に任せて斬り結んだままの大剣を横薙ぎに揮う。

 ほんのわずかな間。隙。

 それを強引に作り出し――

 

「女ぁ!!!」

 

 懐からそれを引き抜く。

 ピストル。

 なんの変哲もない、だからこそ万人の脅威である凶器。

 

 引き金を引き、乾いた音と共に鉛玉が肉体を貫くために射出され――

 

「――()っ!!!!!」

 

 だが届かない。

 

 アミスが刀を軽く振るう。

 そっと弾丸に添えるように振るわれた一刀の刃の上で、滑るように弾丸は逸らされ明後日の方向へと飛んでいく。

 

「……っ、クッソ!」

 

(隙が視えた!!)

 

 恐らく、この奇襲(ピストル)はこれまで効率的だったのだろう。

 意識の外から飛んで来る弾丸の貫通による痛みと衝撃は、手練れの戦士であっても脅威である。

 

 実際、親衛隊やその候補生の中でもいざという時のためにピストルを持っている者は珍しくない。

 だが――

 

(片手でも振るえるとはいえ、それでも重量のある大剣を手放して銃に手を伸ばしたのは失敗だったな!)

 

 その一手には、誇りが足りなかった。

 

 この状況下で明らかに黒猫を狙ってきた姑息な海賊。

 殺さない理由が何一つない。

 

 だが、アミスは剣を引いた。

 反射的に、訓練でもっとも回避率が高かった斜め後ろの方向へ身体を蹴りだす。

 

 ギリギリ。

 本当にギリギリ、黒猫親衛隊の証である黒いジャケットの数か所を掠って、粘液性の何かが通り過ぎて行った。

 

―― べっへへへへへへへへ!!!!

 

「……また下品そうなやつが増えた」

 

 妙にベタベタと何かが滴っている奇妙な大男がアミスを狙っていた。

 

 ベトついた手の指先をこちらに向けて、大男はこの闇夜の中でもかけているサングラスを光らせて気色の悪い笑いをしている。

 

「ねーねーディアマンテ、今どんな気持ち? あわよくば誰か一人持ち帰りてえとか言ってた相手にアッサリ首落とされそうになってどんな気持ち?」

「うるせぇトレーボル! 二人がかりでコイツを殺るぞ! 思っていた三倍はやべぇ奴だ!!」

 

「……うるさいわね。まとめて斬るわ」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「……祭り屋、戦線の動きが鈍くなったぞ。後退する黒猫兵士の数が減った」

「それが何を意味すると思う?」

「……負ける一歩手前、だな。まだ勝ちの目は残っているが、天秤が傾き始めた」

「そうだ。キチンと戦況は読めているな」

 

 ドフラミンゴ海賊団は、あちこちで戦乱が吹き荒れていた北の海(ノースブルー)では屈指の海賊団だった。

 四つの海では珍しい覇気使い、そして能力者がそれぞれ揃っていた。

 

 偉大なる航路(グランドライン)に入ってからは、貧困から起こった殺し合いの中で生き残り、奪い続ける者達を取り込んで勢力を拡大し続けている。

 

 負けなしだったのだ。

 ここまでは。

 

「戦力差は未だ圧倒的、当然攻勢の勢いはこちらが強いが、民衆がより安全な場所に移ったせいで更にエルマル近くに防衛線を引く事が出来た」

「そうだ。つまり少数な上にバラけていた戦力が固まり、その密度が上がった」

「……想定よりも大砲が揃っているのは誤算だったな」

「理由は分かってるな?」

「ああ、連合軍だ。奴らがエルマルを襲う際に脅しで持ってきた物が接収されたんだろう」

 

 つまり、本当の意味で強敵と戦った経験が少ないのだ。

 個人としては、鍛えるために幼い新入りを少々厄介なマフィアの下っ端にぶつけたりもしている。

 だが、海賊団としての戦いは連戦連勝。

 否、組織として行う戦いは一度も(・・・)経験していないと言っても過言ではなかった。

 

「……無理して勝つ必要はない。いや、むしろ負ける必要(・・・・・)があった以上仕方ないんだが……」

「だが?」

「本気でやり合うなら、先になんとしてもクロコダイルを抑えるべきだったな」

 

 船の上から見えるアラバスタ――サンディ島はずっと砂嵐に覆われている。

 幸い飛べる人間がいるので戦況把握は可能だし、どういうわけか黒猫の手足となっている動物(ゾオン)系の鳥人間を警戒する必要があるが、それでも情報は手に入っていた。

 

 黒猫の精強さを。

 幹部連中がおらずとも必死に戦い、そこらの海賊ならとっくに逃げ出す死地ですら踏みとどまる『兵士』の奮闘を。

 それを支え、指揮を取る幹部級の働きを。

 

 ドフラミンゴは、届いた情報を一つ残さず頭に叩き込んでいる。

 

「そうだな。で、どうする? お前が言ったとおり、まだ勝ちの目はあるぜ?」

「犠牲を覚悟すればだろう。さっさと回収用意を進めておけ。これでアイツらも理解するだろう」

 

「――今の俺達では、『黒猫』には勝てない」

 

 ドフラミンゴは懐から手配書を取り出す。

『神敵』キャプテン・クロ。

 三十億近くの超高額賞金首。

 無論、誰もがその額で只者ではないと分かってはいる。

 だが、分かっていても理解している者は少なかった。

 

「天地がひっくり返ろうともだ」

 

 綺麗事を抜かす変わり者。

 訳の分からない苦労を進んで背負う馬鹿。

 直に破綻する海賊団。

 

「だからこそ、俺達には敗北(・・)が必要だった」

 

 ずっとそう言い続けて、だが今や世界政府に並ぶ『権威』に成りつつあるのを横目にしながら。

 

「奴らの勢力を超えるには、政府を利用する必要がある」

「落ちぶれ始めたとはいえそうだな。そのための因縁の理由付けがこの一戦だ」

「騎士団を出そうが、海軍を出そうが一朝一夕にかつての権勢を取り戻すのはもはや不可能」

「それこそ、黒猫海賊団が丸々政府に付かない限りな」

「フッフッフ……それこそあり得ねぇな」

「ああ、天地がひっくり返ろうともな」

 

 ドフラミンゴは手にした手配書を再び畳み、モジャモジャしたアフロ髪の祭り屋へと手渡す。

 

「あ? どうした」

「なに、ちょっと出てこようと思ってな」

「……あぁ!?」

 

 祭り屋は怪訝な声を上げて、だが折りたたまれた手配書を受け取る。

 

「こんな小競り合いのままじゃ、俺とアイツの因縁っていうには弱いだろう?」

「……奴ら『黒猫』からすれば、お前さんは間違いなく怨敵だがな」

「ふ、フフ……フッフッフ……っ! あぁ、そうだ。そう言えばそうだったな。だが――」

 

 

「一目ぐらい、奴にこの(ツラ)を見せておかねぇとなぁ……!」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。