とある黒猫になった男の後悔日誌   作:rikka

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185:アラバスタ防衛戦ー⑨

「クロ総督、北西方面部隊への伝令を終え戻ってきました! 現在部隊戦線の再構築を完了、大砲を可能な限り高所に設置して迎撃を続けています」

「助かる、ペル殿。しばらくペル殿は一時待機。あとは川沿いに雪崩れ込んでいる北部からの敵勢を押さえ込んでしまえば、いくらかの兵力をアルバーナに回すことが出来る。それまでの辛抱だ」

「ハッ!!」

「ロビン、アミスが戦ってる奴らは?」

「一人増えたわ。両方能力者……自分や物をヒラヒラさせるのと、もう一人は……ベタベタした粘着物のようなものを生成する能力かしら?」

「膠着状態か?」

「ええ。アミスさん一人で押さえ込めてる」

「私が隊長の救援に向かいましょうか?」

「いや、大丈夫。だが……念のために一応援護するか――伝令!」

「ハッ」

「手近な砲兵に伝えてくれ。アミスがいる辺りを照明弾で可能な限り照らしてほしいと」

「了解!」

 

 夫であり王であるコブラがいない今、実質この国を預かっているのは自分である。

 その自分や側近、文官たちをまとめてこのアラバスタでの活動拠点と言える大きな建物に匿い、アラバスタを守るために死力を尽くしている男の背を見る。

 

 キャプテン・クロ。

『神敵』と呼ばれる世界政府の天敵。最も恐れる海賊。

 

 その海賊が、だ。

 

「クロ殿」

「ハッ、ティティ様。なんでしょう」

 

 元は港の様子を見渡すための高い塔の一角。

 もっとも遠くが見渡せ、もっとも状況の把握が出来る場所に陣取る海賊に、声をかける。

 すると海賊は、この状況ゆえ膝こそ突かないがまるで臣下のように頭を下げる。

 

「アルバーナは無事でしょうか」

「町そのものへの被害は免れません。ペル殿にも確認してもらいましたが、一部は城壁を崩され中に敵勢が一時雪崩れ込んでいたと。どうやら、厄介な能力者が潜り込んでいたようです」

 

 文官たちが顔をしかめる。

 きっと自分も似たような表情なのだろう。

 

「ですが、あそこにはペローナがおります。奴ら――生物兵器と呼べるあれらはその巨体故一般兵士にとっては恐るべき脅威ですが、だからこそ物体を通過して内部から攻撃できるペローナの能力は大いに力になるでしょう」

「では――」

「はい、加えて単体では黒猫上位に入る剣士と狙撃手がいるのです。……少なくとも、その被害は最小に抑えられているでしょう」

 

 もし夫がいたら、他国の者――それどころか海賊の前でそのような顔をするなと叱られていたかもしれない。

 だが、思わずこの者には本音が出てしまう。

 

「ビビ様も同様です。私の副である『鋼刃』が付いております」

 

 あまりにも手慣れすぎている。

 王族に対して、貴族に対して。

 わずかな表情や仕草からこちらの内心を読み取り、欲する言葉を、あるいは策を口にしてくれる。

 読まれまいとするのが馬鹿馬鹿しい程にだ。

 それなら尚更警戒しなければならないものだが、双方の緊急事態というのもあって齟齬がない。

 黒猫の兵士はアラバスタの民を守るために戦う事に意義があり、アラバスタは強い戦力を欲している。

 

「それに――っ!」

 

 その黒猫が突然言葉を区切る。

 それと同時に、その場に控えていた黒いスーツの女性兵士が、短い双剣を引き抜き私に向けて突き付ける。

 同時にクロも、側に控えていたペルの頭をかすめるように蹴りを放つ。

 

 突然の事に、私も側近たちや護衛も唖然としている。

 ただ、黒猫の兵士達は素早く剣を引き抜き、周囲の警戒に入っていた。

 

「ミアキス」

「大丈夫です。ティティ様や兵士達に伸ばされた物は斬り払い、私自身にかけられたものは武装色の過剰循環で無力化しました」

「こちらもだ。全く――」

 

 何が起こったか分からない。

 言葉からすると自分達になにかしらの攻撃が向けられ、彼らがそれを払ったようだが……それがなにか全く理解できない。

 

「クロ殿、一体何が――」

 

―― フッフッフッフ……まさか、初見で完璧に対処するとはな……。

 

 ただ外から。空から。

 

 悪意が現れた。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「初めまして、だな。『神敵』キャプテン・クロ」

 

 うん、初めまして。

 

 

 …………。

 

 

 じゃ、ねーーーーーーんだよテッメこの野郎!!!!!!!

 

「あぁ、初めまして。『天夜叉』ドンキホーテ・ドフラミンゴ」

「………………ふ、ふふ……フッフッフ! 俺の名前を知っていたか」

「警戒に値する海賊の名前は頭に入れている。故に――」

 

 なーんかアミスの部隊を邪魔する様に、もううろ覚えだけど見覚えのある奴出てくるしペルから『外壁や王宮が巨大な石の巨人になっている』とか訳の分からん報告聞いて二秒ほど宇宙猫状態になってた時にほぼほぼ察していたがお前お前お前お前ぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!!!

 

「貴方が姿を現したという事は、撤退を決めたという事だな?」

「っ……、へぇ……」

 

 しかも荒らすだけ荒らしてさっさと帰る事決めやがって!

 姿を見せたのは俺の指揮能力を少しでも削るためだろうが!

 

 アミスがあのボケカス二人相手にやり合ってるのに加勢しないって事は実態の把握と経験値の取得が目的か! ついでにどこかの島で俺達とやり合う時のシミュレーションだな!?

 俺達とやり合うつもりなら、部隊行動の把握と分析が絶対必須だから!!

 

「さすがだな、黒猫。世界政府が最も恐れる……ふっふっふ、ああ。最も恐れる海賊」

「……注ぎ込んだ人員は最低限。そう簡単に墜ちる事はない最高幹部クラスをこちらの戦力とぶつける。削れればそれでヨシ、負けてもいいように回収班は用意している。……この混戦で、この戦力、そしてアラバスタの防衛に加えて連合軍の監視が必要な我らでは、それを阻止するのは難しいだろう」

 

 問題はあの怪物連中の始末――もそうだが、奴らを運んで来た運搬手段だ。

 

「ドンキホーテ・ドフラミンゴ」

 

 これだけ大量の、それも大型の奴らを俺らの監視網を抜けて出現させるのは普通に考えれば無理だ。

 シキと手を組んでいるならと考えたが、今日は雲がない。

 奴が接近しているなら気が付く。

 空でなく、海でもないならば――

 

「魚人を味方に引き入れたな?」

 

 その下しかない。

 あり得ない話だが、相当な巨艦による輸送船団を率いて海中を進ませたのだろう。

 

「海中、いや海底をよく知る優秀なガイドを手に入れたか」

 

 コイツがニヤリと笑う。

 正解のようだ。

 

「お前達のおかげだ。いい機会だし礼を言っておく」

「我々の?」

「例の新聞だ」

 

 新聞? …………新聞…………。

 

 あれか!!

 

「魚人島攻防戦の顛末を記述した物か」

 

 俺を中心にしてレイリーやマルコ、ハンコックにクロコダイルが並んでいた写真が載った奴!!

 色んな意味で俺の立ち位置をややこしい事にしてくれやがったクソ記事!!!

 

 だが問題はそれじゃなく!!

 

「なぜ海底での戦いの詳細が漏れているかは……フッフッフ……俺にもよく分からねぇが」

 

 おいその笑い方止めろイラッと来るんだよぶっ飛ばすぞ!!

 

「あれが世に出回り、ばら撒かれ、人間の社会から距離を取っている魚人にも届いた。結果、奴らの意識に変化が起こった」

「人間という種族への敵意が、世界政府という組織への敵意に移行しつつある」

「そうだ」

 

 隣で今にも斬りかかろうとしているペルを手で制する。

 やめとけ、今のペルじゃ相手にならん。話にならん。

 

「無論、未だに情勢の変化を理解せずに魚人を狩り続ける馬鹿共がいる以上そう話は簡単じゃねぇが……」

「……皮肉ですね。より大きく、より正しく。その正当性を誇示するための『世界政府』という分かりやすい名が、ここに来て分かりやすい『悪』の名になってしまった」

「お前がそれを利用して、非加盟国をまとめ上げているように」

「ええ。そちらも利用して、強力な魚人勢力を引き込んだのだからお互い様でしょう?」

 

 夕暮れを狙った理由も、それなら想像がつく。

 日が暮れる直前となれば、この西部海域の海面を最も厄介な方向から照らす。

 こちらが違和感に気付く可能性が恐ろしく低減する。

 

「そして魚人に目を付けた狙いは……独自輸送網の構築、あたりでしょうか」

「そこまで読むか。……いや…………違う! お前も同じことを考えてやがるからだな!?」

 

 ゲロ面倒くせえ!!!!!!

 物流面での優位を確保して情勢のコントロールを容易にするハズだったのにクソが!!

 面倒な対抗馬が出て面倒に場を荒らしたら面倒くさい事このうえないじゃろがい!!

 

 どうしたドフラミンゴ!?

 どうした陰険チンピラドピンク腐れサングラス!?

 お前はそんな広範囲での戦略を組み立てる奴じゃなかったろうが!

 一番肝心の部分はカイドウ頼りだったやんけ!?

 

「……ドフラミンゴ。貴方の後ろにいるのは誰だ?」

 

 絶対ブレーンがいる。

 そう確信して尋ねるが……なにわろとんねん!?

 フッフッフ! じゃねぇんだよ!!

 

「クロ」

「ああ」

「俺が考えた、とは思わないんだな?」

「…………」

 

 ……あの。

 

「俺の思考と、これは違うと。そう確信しているんだな?」

「…………」

 

 ちがっ――

 

 

「お前」

 

 

「前から俺を知っていたな?」

 

 

 ホンッッッット面倒くせぇなこっちの情報抜いていくんじゃねぇよ!!!!!!

 そもそもお前に関してはもう何にもわからねぇよ!

 趣味が悪い事以外全然わからねぇよ!!!

 死ね!!

 

「かつての海兵奴隷事件の際、同時に流されていた武器の大半は北の海で作られた物だった」

 

 あの時、その査定を下したロビンが小さく頷く。

 

「戦乱の海だからな。武器はいくらでも手に入る。いくらでも。誰にでも」

「そうですね。だがそれを置いても、貴方は北の海で最も油断できない存在だった」

「ふ……っ、フフ……! 何が言いたい?」

「ドンキホーテ・ドフラミンゴ」

 

 

「貴方がジョーカーか?」

 

 

 覇王色が膨れ上がる。

 並の兵士ならその場に泡拭いて倒れるだろうその覇気に、咄嗟にこっちも覇気を膨れさせる。

 

 再び流れた太鼓の音と共に、全てを呑み込まんばかりの覇王色を相殺する。

 

 …………。

 

 ウチの兵士はともかくティティ様やその護衛、側近に被害出さないように微調整繰り返すの疲れるんだからいい加減にしろよ!!

 

「フッフッフ…………フッフッフッフ!!!!」

 

 ……にしても、覇気が思った以上に強いな。

 なんとなく、ジャンプというか少年漫画あるあるのインフレルールを元に実際に交戦した相手から逆算しておおよその強さを見積もっていたんだが……。

 

(さすがにマルコさんには届かないけど、白ひげの中堅上位クラスはある。能力込みだといい所まで行くかもしれんな)

 

 誰かに鍛えてもらったか?

 後ろに俺の知らない誰かが付いているのはほぼ間違いないだろうし、全体として戦力は大したことなくてもコイツ個人はなんか違う。

 

(経験値を積む事を考えると、ここで徹底的に潰す方がいいんだが……)

 

 俺の後ろにはティティ様とその連れがいる。

 ティティ様を守るだけならばミアキス一人で釣りが出るのだが、この戦闘の後を考えると守る必要がある。

 

 互いの覇王色を、相殺したままジリジリと押し込み、弾けさせる。

 我ながら覇気のコントロールに関しては自信がある。

 レイリーが珍しくドン引きしていた位だし十分なレベルだろう。

 

「やはり強いな。今の俺ではどれだけ頑張っても、お前相手では防戦一方だろう。五分持てばいい方か」

「それでも私を戦いに引き出せば、その五分間の間この防衛戦の指揮能力が大きく落ちる。ミアキスでも問題はないだろうが万が一があるし、なにより交戦すればティティ様達への防衛力が低下する事になる。つまり……誰かを近くに伏せているな? 恐らくは避難民の中に。見事な隠遁だ」

「フッフッフ! かの千視万計から褒められるか。で、どうする?」

 

 …………そうだなぁ。

 

 コイツの存在を一旦無視して、現状のまま指揮を執っていたらどうしただろうか?

 

 …………。

 

 正直、逃げる相手に構っていられないというのが正直な所だ。

 言って降参する人間の敵ではなく相手は怪物。

 虫じゃないのも混ざっているが、地球防衛軍の世界に出てくるような奴らが相手だ。

 誰か巨大ロボ(バルガ)を持ってこい。

 

 …………。

 

 コイツらが近いの(ピーカ)持ってきてたな。

 なんで敵側にいるんだよ馬鹿ヤロウ。

 

 ともかく、戦況そのものはどうにか持ち直してはいるが全体で見ると未だにやや不利だ。

 

 ミアキスは文武両道派の中で武闘派に並ぶ実力持ち。

 俺かコイツが戦っても問題ないと言えば問題ないし、なんなら指揮権は一時ロビンに回してもいい。

 ただ――

 

「必要ないかもなぁ……」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「はぁ……はっ……はっ」

 

 背後で凄まじい轟音が響き、地面がどれだけ揺れてもビビは足を止めなかった。

 あの妙な笑いも、破壊の音も、それを切り裂く剣戟の音も遠ざかる。

 

 道は真っ直ぐだった。

 全てがボロボロになっていた王宮は文字通り斬り拓かれていた。

 あの刀剣による壁を作る前に斬撃を放っていたのだろう。

 

「ビビ様!!」

 

 その結果、完全に瓦礫の壁で覆われていた王宮に、侵入できる道が出来ていた。

 

「衛兵さん!!」

 

 結果、ビビ王女を救出しようと試行錯誤していた部隊が突入に成功。

 わずかな差とはいえ、王女を保護するまでの時間を短縮することになった。

 

「よかった、御無事でしたか!!」

「海賊さんが……ダズさんが逃がしてくれたの!」

 

 ビビの言葉に衛兵は怪訝な、あるいは安堵の、あるいは屈辱の、後悔の――

 様々な感情が入り混じった顔を浮かべる。

 

 自分達では助けられなかった。

 逃がす事さえ出来なかった。

 

 そんな無力感が、アラバスタ兵士の誇りに影を落としている。

 

「他の兵隊さん達は!? 外が大変な事になっているってダズさんは言ってたけど……」

 

 一方で、ビビにそれを伺う余裕はなかった。

 無理もない。

 生まれて初めて、それも感情の制御が難しい幼い時分に戦火に放り出されたのだ。

 成熟した人間でも容易く狂気に落とす、戦場の真っただ中で、本当の悪意と殺意をぶつけられたのだ。

 

 実の所、ここまで止まらず走ってこれた事が奇跡だった。

 

「は、ハハッ。現状アルバーナは、謎の怪生物の群れに襲われており――」

 

 疲れた足に鞭を入れて、ビビは町を見渡せる高台の縁まで走り出す。

 衛兵の一団も、慌ててその後ろに続く。

 

 そしてビビの目に入ったのは――

 

 燃え盛るアルバーナの一角だ。

 瓦礫と化した街並みである。

 そして今でも必死に戦い、それでも敵わず(むくろ)となって踏みつぶされ、蹴散らされる兵士達の姿だった。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「う、うわあああぁぁぁぁぁぁあぁぁぁっ!!!」

 

 アルバーナの戦線はすでに崩壊した。

 元より低下していた兵力の更なる低下。

 連合軍侵攻を阻むための戦闘の数々での損耗。

 黒猫が参戦した事により敵戦力の北上が一時止まったことに依る空気の弛緩。

 

 それらがより残酷に、より綿密に、より無邪気に練られた悪意に立ち向かうのは極めて困難であった。

 

「ぁ……あぁ……」

 

 通常の三倍の大きさはあろう巨象の突進に多くの兵士が潰され、牙に引っかかって宙を舞う。

 兵隊になったばかりの、十五の男は迫りくる死の塊を前に何もできずその場に尻もちを付き、

 

「よいしょっと」

 

 どこからか宙を駆けて飛んで来た若い男が振るった小剣によって、その首があっさり斬り墜とされるのを呆然と見上げていた。

 

「急に大物が増えたなぁ……動きが単純だから殺すのは簡単だけど、あちこちにバラけてるから面倒臭いんだよね。……あ、君大丈夫?」

 

 栗色の髪をした、どこにでもいそうな優男だ。

 自分とおそらくそう歳が変わらない男が、なんと言う事のない剣で平然と怪物を打ち倒していた。

 ぽわんとした雰囲気の男がクルリと振り返り、再び小剣を横薙ぎに払う。

 するとその剣の軌跡をなぞるように斬撃が現れ、前方にいた化け物共が皆真っ二つになって倒れていく。

 

「え……ぁ……」

 

 未だに現実感がなく、どこかフワフワしたまま兵士は黒いスーツの青年が――親衛隊だという海賊の精鋭が差し出した手を握って立ち上がる。

 

「後ろに下がって、アルバーナの周りに少しでも耐えられる壁――は無理かぁ。あの化け物が走りにくくなるような何かをたくさん用意してくれないかな。とにかく物を置いて足場を悪くするだけでも――」

 

 そう話す青年の言葉がピタリと止まる。

 

「……あれ?」

 

 そして呆然と、遠くの方を見ている。

 

「あ、あの……」

「ん? あぁ、ごめん。なにかな?」

「なにかあったんですか?」

「……んー、うん。まぁ、大丈夫。悪い話じゃないよ。全然聞いてなかったんだけど」

 

 男は小剣を鞘に戻して、それでポンポンと自分の肩を優しく叩く。

 

「……援軍みたいだ」

 

 そうして男はある方向を指さす。

 首都アルバーナ。

 アラバスタ兵が命を懸けて守らなければならない王の都であり、そして守り切れなかった都。

 

 いつの間にか。

 

 その都を囲むように。

 

 巨大な白い城壁が顕現しようとしていた。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 あまりの光景に、ビビは膝を突く。

 

 昨日まで、平和だったのだ。

 燃えている場所は町の人達が買い物を楽しむ市場だった。

 瓦礫の山と化している所は、多くの人の家があった場所だった。

 

 いつだって賑やかな場所だったのだ。

 今日が終わって、明日の朝に目が覚めれば同じような光景が繰り返されて当たり前の場所だったのだ。

 

「こんな……」

 

 あまりに失われた物が多すぎる。

 

「こんなの……」

 

 あまりに還ってこない者が多すぎる。

 

「もう――」

 

 

―― ほう? おかしい事もある物だ。

 

 

 まるで地獄がこの世に噴き出たような光景に絶望するビビの後ろから、兵士達の後ろから、聞いたことのない男の声がする。

 

「俺が知る限り、その三本爪を背負った者はどのような状況だろうと諦める事は許されないハズだがな」

 

 兵士達はビビを守るように壁になり、ビビはその男を振り返る。

 

 その男は、縁の広い大きな黒い帽子を被っていた。

 

「……貴方は、海賊さんの仲間?」

「この国を襲っているのも海賊だが……まぁ、そうだ」

 

 その男は『海賊さん』という言葉が誰を――あるいはどちらを指しているのかを理解している。

 

「それで、お前はどうするのだ。その背に、三本爪を預けられた女」

 

 ハッと、自分の身体を覆っている物にビビが手を伸ばす。

 走り出すその前に、海賊さん――ダズ・ボーネスが背中にかけてくれたジャケットをそっと撫でる。

 

「同じ物を背負う者達は、何一つとして諦めていないぞ。たとえそれが雑兵であろうと」

 

 巨大な十字架を背負う男の後ろには、気が付けばアラバスタのとは違う兵士がいた。

 

 男みたいな短いクシャっとした髪の女兵士、夜でも分かる綺麗な白い肌に銀の髪を持つ女性、そしてギザギザの長い鼻を持つ魚人を筆頭に、十数名。

 

 決して数は多くないが、それでも歴戦の雰囲気を漂わせる集団が立っていた。

 

「諦めるとは、全てを失うことだ。お前はすでに、全てを失ってしまったのか?」

 

「この業火に塗れた町を、共に背負う者達はどこにもいないのか」

 

「踏みにじられた屈辱に、共に怒る者はいないのか」

 

「……この国に、帰って来る者は誰もいないのか」

 

 男の言葉に、ビビはフラフラと立ち上がった。

 疲労と緊張ですでに疲弊しきっている身体を、それでも無理やり叩き起こす。

 

「いる」

 

 そして宣誓する。

 

「まだ、助けられる人は残っている」

 

 この国の王女として。

 兵士が命を捨ててまで救われた人間として。

 危険から遠ざけるために、背中を押された人間として。

 

「まだ……やれることがあるはず……っ」

 

 まだ足掻くと宣言してみせた。

 同じように絶望していた兵士達は、その背を正す。

 

「……お前が羽織っているソレは、ダズ・ボーネスの……黒猫海賊団副総督の物だ」

 

 そして、それを聞いた男は小さく満足げに頷く。

 

「俺は客将の身だ。兵士への命令権は実質ないが、それでも各提督級と同等の独自行動権を認められており、同時にクロやダズの命令には大体従う義務がある」

 

 クシャっとした髪の女が「大体じゃダメだろ大体じゃ」と呟き、ギザギザ鼻の魚人と白い肌の女性兵士が、彼女のそれぞれの肩にそっと手を添える。

 

「お前は、ダズからそのジャケットを託されたのだろう? ならば間違いなく、我々への命令権を持っている」

 

 男は気にせず、言葉を続ける。

 

「分かるな?」

「……うんっ!」

 

 その意を、ビビは正しく受け取った。

 

 

「アラバスタ王国第一王女、ネフェルタリ・ビビとして命令します!」

 

 

 男は、その場に跪く。

 片膝を突き、王女に向けて頭を下げ、命を待つ。

 

 

「――お願い! 皆を助けて!!!」

 

 

 命令だというのに懇願となっているそれを、男は笑わない。

 

 

「命令、確かに拝領した。ビビ王女殿下」

 

 

 ただ、一人の将としてそれを受け取った。

 そして男は、背にした身の丈ほどもある黒い十字架へと手を伸ばす。

 

「我が名はミホーク」

 

 それは剣だった。

 真っ黒な刀だった。

 

「『死の教師』、ジュラキュール・ミホーク」

 

 燃やされている街の、無念の明かりを受けて照らされているそれが引き抜かれるのと同時に、後ろに並ぶ兵士達もそれぞれの武器を抜き放つ。

 

 

「黒猫一味の仮の席に属する者として、三本爪の約定の下に」

 

 

 そして男は、黒刀を掲げて叫ぶ。

 

 

「この一刀を以って、この国の救済の一助となろう!!」




今年最後の投稿となります。(前話で挨拶してなかったのに気付いて滅茶苦茶頑張った……)

読者の皆様には感想や誤字修正をはじめ、大変お世話になりました。
来年もどうか、クロ達をよろしくお願いいたします。
それでも皆様、よいお年を!




それでは、私はちょっと空想樹をひたすら切り倒す作業に戻りますね、エヘヘ。
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