「ティティや大臣らから話は聞かせてもらっている。此度の侵攻に対する救援、並びにその後の助力。このアラバスタの王として、真に感謝しておる」
「ハハッ」
アラバスタ王宮、謁見の間。
恐らくは数ある加盟国の中でも最古参だろう大国アラバスタの顔と言っていいこの場で、先日見えた幻覚とよく似た人が玉座に腰を掛けて厳かにしている。
どうしよう。感情と表情がさっきからずっと迷子で困ってる。
ダズは本格的に拠点化が始まった西海岸の作業を監督しており、アミスはその補佐。
ミホークは西海岸にヒマワリを植えているしドールはその補佐として拳で地面を
アーロン達魚人組は海底調査に加えて北部山脈の植樹実験の用意。
クロコダイルは攻めて来た連合国の中で性質悪かった貴族連合の国家を攻め落として占領統治に取り掛かったばかりだし、残る第三艦隊は拠点の港湾機能の立ち上げに全力投球。
ロビンとペローナは別の作戦を実行している真っ最中。
「そちらに控えているのは、『海賊姫』か」
「ハッ、先の防衛戦において増援を引き連れ参戦し、多くのアラバスタ民を救う一助となってくれた将です」
「うむ。復興にも大きく力を貸してくれていると将兵から報告が入っておる。其の方も、よくアラバスタのために働いてくれた。感謝する」
「我が主、クロの命に従ったまでの事。過分な言葉、痛み入りまする」
となると俺が連れていけて相応の箔があるのはハンコックしかいなかった。
親衛隊のミアキスとキャザリーも付いてきているけど『死の舞踏』に『魔弾の射手』として純粋な戦闘力のみで評価されやすいのでそれ以外の顔が必要。
対してハンコックは女ヶ島に向かうまでの間、それが加盟国でも雑な海賊に襲われていればその救援に入っていたため、西の海で治安維持に当たっているタキと並ぶウチの顔と言っていい。
実際、ハンコックはその容姿を使って復興作業では自ら姿を出して率先して動く事でアラバスタ民への慰問も兼ねて動いている。
文字通りアイドルという奴だ。
おかげで民衆の黒猫に対する感情がかなり良い物になっている。
政情不安定と見て襲撃してきた海賊共を目の前で叩き潰しているから、嘗められての成果でもない。
ホント、マジでゴメン。
ミホーク並に便利でミホークと違って突然やらかしたりしないから、滅茶苦茶アチコチで使い倒しちゃってる。
アラバスタが一段落付いたらゆっくりしてくれ。
どちらにせよ兵士も休ませなきゃ駄目だし。
「して、クロ」
「ハッ」
「西海岸を基点に、このアラバスタの西部を黒猫の領域として借り受けたいと?」
「加盟国を治める王としてご不快なのは重々承知ですが、必要な事になりました」
「ここアルバーナ、そしてエルマルを襲った怪物らだな?」
「ハッ」
本当に面倒な足止めとなったクソ鳥のアレだけど、理由付けとしてはちょうどいい存在となった。
アレが無かったら海上輸送路の脆弱さから来る経済基盤の不安定の改善からスタートして全力でアラバスタにどれだけ利がある――ように見せかけるかの舌戦待ったなしだった。
そのために本棚五つ分を超えるアラバスタに関する資料を頭に叩き込んでいたのだが、その知識がまさか交渉ではなく復興で活躍するとは思わんかった。
「西部砂漠に散らばった怪物らは現在、砂漠の固有種を喰らいながら徐々に環境に慣れ始めているようです」
「うむ、西部に出している開拓団も被害にあったと報告が入った」
「開拓団?」
「広大な砂漠の中で水源を求めて探検している者達だ。此度の騒ぎを逃れはしたが異変に気が付き、その場に留まり様子を見ていたとのことだ」
「……そして騒ぎこそ終わって安心していた所で、怪物に」
「うむ、そういうことだ」
だがそれはそれとして被害がヤベェ。
ウチの武器であるリアルタイムでの高高度観測も、広すぎる砂漠はさすがにカバーできん。
こっちは大量湧きでもしない限り対応できる戦力用意して砂漠で活動させてたけど、アラバスタサイドは開拓団を引き上げてなかったのか。
(……それほどまでに、水源の確保が急務なのか。上手く突けばいい関係を維持できるかもしれんな)
「良し悪しは別として、そもそも我らアラバスタには『黒猫』程の大勢力を追い出すほどの戦力はない」
俺が考えを纏めている間にチラリと、玉座に座るコブラ王が謁見の間に並んでいる中の一角を見る。
アラバスタの正装をする人間がほとんどの中、そこだけスーツ姿の――俺達の『黒』ではなく、『白』で統一された一団がいる。
「此度の恩もあって、我らアラバスタは強く言えん。好きにするが良い。ただし――」
「決して、アラバスタの民に害をもたらす真似をいたしませぬ。時折、こちら側に
(お目付け役か。こういう連中付けるのは早いのに援軍は遅いんだよな……)
政府はさっさと海軍寄こせ。ちゃんとした本部戦力。
…………。
ごめん。贅沢言った。
本部こそ今、そのちゃんとした兵士を喉から手が出る程欲しているんだよね。
うん、戦えなくてもいい。
むしろ戦わないでいいから、汚職とか略奪に手を染めないキチンとした兵士を一人でも多く寄こしてくれ。なるはやで。
天竜人側に付いた海兵共がマジでろくでもなくて、各地への救援物資すら着服・横流しするような行為がどんどん広がって海域によっては丸々モラルハザード起きてるってタレコミが山のように来てるんだからな??
さすがに嘘だろ、俺達と海軍をかち合わせるための偽報だろと裏取りしたらガチで、ついでに情報流したのが将官クラスや政府上層だっていう報告来て、一緒にいたロビンと共に報告してくれたクロコダイルの顔二度見どころか三度見しちゃったもん。
あのクロコダイルですら『うっそだろ』みたいな顔してたもん。
「そしてコブラ王。無礼は重々承知で、お尋ねしたい事が」
「うむ。申して見よ」
「先の
……さて。
「おや、それはさすがに頂けませんね」
俺が切り出した途端、白いスーツの一団が口を開く。
「確かにアラバスタを
「世界政府の方針を探ろうとは、果たしてどういうおつもりなのか」
「よもや、善行を隠れ蓑にアラバスタを乗っ取ろうとしているのでは?」
それクロコダイル君。
ここじゃない世界線での。
こっちじゃ「全体の統治は任せた」って俺に放り投げて地域まとめるのに大忙しなの。
攻め落とした貴族連合国の内情が酷くて「貴族のほとんど殺っちまったからはやくこっちに来い」っていう救援要請が今朝来たばかりなの。
口調はいつもどおりだったけどちょっと声震えてたの。
あれは多分三徹だわ。
ともあれ、よし――
「なにせキャプテン・クロといえば大海賊。『神敵』とまで言われる大悪党」
「はて。国王に謁見してまで、一体何を求めているのでしょう」
「私の欲しかった物ですか? ええ――」
「貴方達の、その反応ですかね」
釣れた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「政府関係者の皆様には感謝しています。おかげで知りたかった事は全て理解出来ました」
玉座の前に膝を突き
「……なにを――」
「世界政府はかつての統制を戻したい。いえ、これだけの混乱が起きた以上むしろ権勢を強め、加盟国への縛りを強めたいというのは薄々感じていました」
神敵と呼ばれた男。
そしてその前には――
(千視万計。千の事象を見据え、万の計を以って難敵……いや、難題を打ち払う世界屈指の知将)
自分の知る限り、ひたすら苛め抜いた奴隷を家畜のように這いつくばらせてその背に乗っていたプルミング家の一人が「アラバスタの味方になる」と断言した海賊。
(そのプルミング聖も、近年は奴隷をほとんど買わず最小にして、扱いも良くなっておると聞く。確かに、今食料難にある聖地で奴隷は贅沢なものなのだろうが)
「現に政府――いえ、聖地はある意味でどこよりも物が足りておらず、運んでもらう必要がある。なのに多くの加盟国が離脱し、かつ残る傘下の国も足並みが揃わず輸送そのものが上手く行っていない」
今回の
おそらくは政府の上層が、傘下にした各国に自分達の威を示そうとしたのだが、それ以上に印象的だったのがその聖地だった。
荒れていた。
遠目からでも分かる程に荒れていた。
大規模な艦隊が集まり、防衛が足りたのかようやく到着した一隻の輸送船が運び込んだ食料を求めて、パンゲア城の向こう側で争う罵声が僅かながら聞こえていたのだ。
おそらくは剣戟や銃声らしき音も時折交じって。
「政府は今現在、ある意味で加盟国より立場が下です。それを改めて繋ぎとめるには、新しい鎖が必要になる。政府の威光がなければ国家は危ういのだという実績が要る」
「何を言いたい!?」
「貴方方は、世界政府の立場を喧伝しようと必死だった。私の問いかけにコブラ陛下が返答する前に、政府の権限が国の王権より上である事を示そうとした」
対して、この海賊はどうか。
この海賊の支配下は果たしてどうなっているのか。
「それがいかに政府が追い詰められているかを物語り、そのまま政府が打つ手を推理する材料になったという事です」
西部砂漠地帯。
一面の砂漠地帯であり、元より危険な生物が住み着く危険地帯。
今ではそれ以上の脅威が住むようになった水無き地。
その地域を、この海賊がどう扱うのか。
「世界政府は、残る加盟国に階級差を付けるつもりなのですね?」
王として心の底から、見てみたいと思った。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
白スーツの一団が揃って絶句している。
ん。やっぱりコレが当たりだったか。
(政府に付いた方が良いと思わせるには、付かない連中の力を奪って搾取するしかねぇもんなぁ)
最悪な事に、戦略的には不足しているが戦術的場面で雑に投入できる軍事力を持っている。
私掠艦隊という、襲われたらどうなるか一目で分かる最悪の軍事力が。
「この時世にアラバスタが安定しているのはコブラ陛下と歴代の王の尽力があるためですが、同時に強い理由があります」
ハンコック、念のためにいつでも陛下を守れるように備えておくぞ。
ねぇとは思うけどコブラ王暗殺して「犯人は黒猫だ!」とか言い出しかねん。
普通ならそんな真似しないとは思うけど、これだけ混乱していると馬鹿やり出すのが出るからなぁ。
「このアラバスタが、流民や通商航路の途絶といった各地で発生している問題点から切り離された環境にあったことです」
クロコダイルからの報告だと貴族連合は中々のド外道国家で、各地の流民を狩って奴隷として労働力にしていたという事だ。
恐らくはそれが皮肉な事に、アラバスタへの防壁となっていたのだろう。
「各地の戦乱によって経済が不安定化した海域はそのまま制海権が分断され、今世界中の海は各地が複雑なブロック化を遂げている」
ウチも度々流民の問題は出ているし、時折西の海の時みたいに全員死んだ船を回収する事もある。
どちらも共通は、島と島の距離が一定以下の場所ばかりだ。
「そのブロックによって、加盟国はその国力に大きく差が出た。これを解消するには多大な労力がいるが、痩せ細りつつある世界政府にそれを成す体力はない」
金もない資源もない。
そもそも聖地こそ資源を欲しているし、レッドポート近海の整備に人員も取られている。
その上で各国一致で聖地への輸送船への攻撃だけはガチだから政府は守り切れない海軍にイラついているし、海軍は政治的な解決策を用意できない政府にイラついている。
「ならば政府にとっての上策は現ブロックの維持。からの更なる搾取とその大義名分の用意。まずは
いつぞやのスパさんと違って必死に表情を消しているが、顔色が悪い。
予想通り、本気でアラバスタに警告を出すつもりだったか。
……ウチが関わったからか?
それとも元よりアラバスタへの影響力を強めたかった?
……断言するには材料が足りない。
両備えの構えで対応するか。
とにかく、上手く釣れたし相手も反論しない。
アラバスタの首脳陣にウチを印象付けるのは成功かな。
政府への不信感を煽った上でこちらの能力を示した。
状勢分析のためにカフェイン摂りまくって膨大なタレコミ情報を精査してくれたテゾーロとギャルディーノ、そして官僚組には感謝しかねぇ。
まさかこの短期間でかなり正確かつ読みやすい資料を作ってくれるとは。
(可能性が僅かでもある限り、流言飛語には常にカウンター用意しておかないとウチは吹き飛ぶからな)
ウチは海賊。反政府戦力だ。
悪い噂はどうしたって立ちやすいし、実際裏でコッソリ汚い真似をしていることだってある。
今みたいに。
(さて、ペローナとロビンは上手くやってるかな)
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「うし、これで全部。完璧だ」
「ありがとうペローナさん。後は私が読むよ」
今いる親衛隊の中でも最精鋭の面子を護衛に付けて、ロビンとペローナはアルバーナ王宮近くに構えた黒猫の仮拠点に籠っていた。
いざという時にクロが駆け付けられる上で、それを待てるだけの戦力を備えているのだ。
これには、後ほどコブラ王がロビンと非公式に会談を持ちたいという要望があったからというのが表向きの理由だったが、クロはこの機会を利用する事にした。
「クロの言う通り、地下にこんなものがあったなんてな」
「本気で隠されている物だから、見張りも少ない。ペローナさんの力はこういう時便利ね」
その一室でペローナは大きな紙に向かっていた。
手にペンを持ち、ほとんどの者が読めない――だがそれが何かは知っている文字を書き記している。
「最初の部分だけでとんでもねぇ情報だったが……どうだ、ロビン?」
ゴーストプリンセスの異名の通り、ゴーストを操るペローナは今まさに動かしているゴーストが見ている物を正確に書き写していた。
「うん。やっぱり間違いないわ。どうしてこんなものをアラバスタ王家が……」
解読することが大罪とされるその文字を書き写し、そしてここにはそれを読める少女がいる。
「……古代兵器、プルトンの在り処……。ええ、大丈夫。全部キチンと読めるわ。意味も通る」
「チッ、てことはクロの言う通りマジモンか。読み終わったら念のために燃やすぞ。跡を残すわけにはいかねぇ」
「ええ」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
(上手くいけばプルトンの在処が判明する。万が一に備えての用意がこれで出来る。
白スーツの連中が何も言えないまま、ただコブラ王の厳しいまなざしに晒されている。
「恐らくは特権を受ける一等国、これまでの運営を続けられる二等国。そして何らかの搾取対象になる三等国。細かい違いはあれどそう分類するつもりでしょう」
「……どうなのだ、監察団殿」
あ、まんま監察だったんだ。
「……この時世に、政府に協力しない国家にペナルティを科すのは当然の話でしょう」
「では、協力
……そこで詰まる辺りに本音がにじみ出ておる。
国家の救済のために損切りしなきゃならないのは当然の話だが、コイツらの場合まず救済を考えていない。
最終的には完全な言いなりである一等国主導での世界政府の再構築。
つまり、世界政府の今の戦略目標は――
(世界を
そう上手くいくと思うなよ。
お前らの足元に、三本爪の旗が立ったんだ。
武力以外の戦いがどれだけ厄介か、嫌という程思い知らせてやる。