とある黒猫になった男の後悔日誌   作:rikka

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019:海賊・ゲッコー・モリア③

 ゲッコー・モリアがこの島にたどり着いたのは偶然だった。

 

 命からがら凪の帯(カーム・ベルト)を抜け出し、目についた船を襲って食料を奪い体力をわずかでも回復していた矢先に、襲った船――マフィアの船の中で見つけた海図に記されていたこの島の密輸品を全部頂いて、身体が回復しきるまでの活動資金にする予定だった。

 

 ついでに、その場にいるだろうギャングも適当に殺してゾンビにして、とりあえずの雑兵として使う予定だった。

 

 最初の予想外が、ギャングの密輸品の半分が分かりやすい金品ではなく『海兵奴隷』という珍品(・・)だったことだ。

 しかも地上のギャング達は全員殺してしまい、地下の気配からまだ入れる影は用意できると思ったら売りに出される――正確には、その前に全員処分されるところだった、碌に訓練も終わっていない海兵ばかりだった。

 

 それでも兵士は兵士。略奪の数合わせになるだろうと影を切り取り、死体につけてゾンビ化させ、影が定着して忠実な(しもべ)になるまで待っていたところに現れたのが――最大の想定外だった。

 

(コイツ、それなりに深手のハズなのに全然動きが鈍らねぇとはどういうことだ!?)

 

 速さを武器にしていることは見て分かった。

 そして、それは認める。

 いくらダメージを負っているとはいえ、グランドラインの猛者を相手にしてきた自分が集中しても当てられなかった。

 この男に傷を負わせるには後ろの海兵達を狙って、避ければ誰かが傷つく状況を作るしかなく、それでもなお凌がれた。

 

 だが、その速さから見てこの海賊は痛みに慣れていないと考えた。

 

 実際、目立つ傷があるように見えなかった。

 

 だからこそ、仕掛けておいた角刀影(つのとかげ)がクロの足を捕らえた瞬間に勝利を確信し――その直後に吹っ飛ばされた。

 

 一度は分かる。我慢すれば一撃くらいは全力を出せるだろう。

 だが、何度も。何度も何度も何度も。

 

 

 

――ガンギンゴンガガンギンッ!!!

 

 

 

(クソが! 血が流れれば流れるほどに加速してるみてぇだ!!)

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」

 

 ダメージはあるのだろう。これまで声どころか足音一つ立てなかった男が、叫びながら怒涛の攻撃をしてくる。

 肘、肩、首、膝、腿。

 的確に動きを鈍らせるための攻撃だ。

 ダメージは微々たるものだが、積み重なれば馬鹿にはできず、かといってそちらに気を取られた瞬間氷の自然系(ロギア)の攻撃が飛んで来る。

 

 まだ成長途中といった所だが、それでもその射程と速さは馬鹿に出来ない。

 

「どいつもこいつも!」

 

 正直、逃げの一手が最善であるとわかっていた。

 裏側には自分が奪ったマフィアの船がある。

 

 せっかく作ったゾンビは惜しかったが、海賊達――海賊というにはやけに統率の取れている連中によって次々に無力化されている。

 元々質が悪い連中だった。もうそんなに持たないだろう。ならば用はない。

 

角刀影(つのとかげ)・極――」

「中将! 天井を固めてください!!」

「――っ、てめぇクソガキ!!」

 

 天井をぶち破って逃げようとした瞬間、狙いに気が付いた海賊が海兵に指示を飛ばす。

 それでもぶち破るために威力を高めようとするが、カイドウにやられた傷が痛み、さらにここまで目の前の海賊と海兵によって食らい続けた体が悲鳴を上げた。

 

「まだゾンビになってる人間がいるという事は、下手に日光が差し込めば消える人間がいるということだ。悪いが、今はまだ逃がすわけにはいかない」

「クロぉ――!」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 おまっ! その手はもうちょっと後に使えよ!

 全員のゾンビ化解けた後なら見逃す手もあったのに!!

 

 …………。

 

 ごめん、嘘こいた! 見逃したふりして見逃してもらう手の間違いだ!

 

「テメェみてぇに小賢しい奴は初めて見たぜ、クロ!」

「……照れるな」

「褒めてねぇんだよガキャア!!!」

 

 いやちょっと本気で照れてしまった。

 騙し合いの面でクロコダイルばりにルフィを翻弄したモリアに小賢しいって言われるのは褒められてると同意だろう。

 

(あー、正直これ以上は足が不味い。仕留めるか)

 

 最悪クザンに俺ごと凍らせてもらおう。

 一か八かになるがすぐに海水かけ続けてもらえばワンチャン生き残れるだろう。

 

「冬猫――」

 

 足に雷を纏わせて構える。

 どういうわけか、モリアはたまにクザンの氷よりこの蹴りを警戒する時がある。

 囮にはちょうどいい。

 

「その蹴りを止めろ、クロ!」

 

 おそらく例のアレだろうなぁという黒っぽい刀が振り払われる。

 後がないと感じていたのか、覇気っぽい物を刀身に感じたが、

 

「――あくびが出るぞ、モリア」

「!? てめぇ!!」

 

 下手に射程のある武器を使ったのは却って失敗だ。『抜き足』の速さからすれば、その程度では分かりやすい足場が増えるだけだ。

 

 刀身に乗って、初めてモリアの姿を見下ろす。

 相当ムカついたのかそのまま蝙蝠の群れに俺を襲わせようとするけど――

 

「ノーウ。クロ君にばっか気を取られちゃ駄目だよ」

「――しまっ」

 

 その時には接近していたクザンが、ついにその手を触れた。

 すぐさま中将の後ろの方に飛び降りると、

 

 

 

――アイスタイム。

 

 

 

 色々な技があるけど、その中でも上位のやべぇ技。

 巨人のサウロですら一瞬で凍らせた冷気による攻撃で、ゲッコー・モリアの巨体がみるみる凍っていった。

 

 ……にしてもこれ、後の七武海はどうなるんだろう。

 そもそもスリラーバーク編……いやまぁ、俺が割と重要な戦闘の敵であるクロになっている時点でなんかもうアレだから考えても無駄なんだけど……。

 

 

 

――パキッ

 

 

 

 …………おっとぉ。

 

 

――パキ、パキンッ

 

 

 

 中将、クザン中じょ――

 

 

 

「なめるんじゃねええええええええぇぇぇぇっ!!」

「グァ……っ!!」

 

 氷厚くしてくれと頼もうと思った瞬間巨大な氷像が割れ、明らかに全身に覇気を纏っていると分かる巨体が現れ、クザンを一撃で殴り飛ばした。

 

 おま、馬っ鹿!!

 

「俺は! ゲッコー・モリアだ! こんな海でやられるほど落ちぶれちゃいねぇんだよ!!」

 

 やばい。

 そう思った次の瞬間には、これまでにない速さで詰めてきたゲッコーモリアの拳が、俺の胴に突き刺さっていた。

 

 

 

 

 

「副船長! 最後のゾンビ兵の一団、討伐完了しました!」

「もう日光が差し込んでも大丈夫です!!」

 

「ロビン、聞こえたな?」

 

 

 

 

 

「ペローナさん! ダズさんが!」

「任せろ! 食らえ筋肉達磨! ミニホロを集めて極限までデカくしたお試し技! ――特ホロ!」

 

 

 

 激痛で意識が持っていかれそうな中、モリアの足元からバカでかいゴーストが現れモリアを包んだのが見えた瞬間、反射的に吹っ飛ばされたクザンを抱えて更に距離を取っていた。

 

「!? これは――上にいる奴の!!」

 

 

 

――神風(かみかぜ)ラップ!!

 

 

 

 轟音と共に、爆発がモリアを中心に弾け、氷で補強した天井をも吹き飛ばす。

 

「ご……あぁ……っ!!?」

 

 覇気を纏うだけで防げた技が、もうそれすらできていなかった。

 痛みに耐えて、立つのがやっとだ。

 

 まぁ、それは自分も同じなのだが――

 

(懐が……っ)

 

「ガラ空きだぞ! ゲッコー・モリア!!」

 

 幸いだったのは左足が無事だったことだ。

 軸になる左足さえ無事なら――

 

「冬猫――」

 

 いつもの蹴りとは違い、ズドムッ! と大きな音を立てて踏み込む。

 正確には『抜き足』の要領で何度も踏んで大きく蹴る方の足を加速させている。

 

「クソ……がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

「障子破り!」

 

 いつものように何度も蹴るのではなく、ただ一回の蹴りに出来る限りを込めた一撃が、大海賊の胸に突き刺さり――

 

 

――そして日光が差し込むその先、空へと吹き飛ばした。

 

 

 

 

 

 

(もう、こんな戦い二度としねぇ…………)

 

 

 

 


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