202:東の海。そして『英雄』、再び
時代が荒れ、国土が荒れ、そして海も荒れる。
「大佐、敵海賊船を発見! 懸賞金四千万! 『血染め』のコーサーの旗に間違いありません! こ、こちらに向かってきます!!!」
「えぇい、砲撃用意! 兵士は大至急甲板に整列! 敵の乗船を防げ! わざわざ向かってくると言う事は、狙いは海軍船の可能性が極めて高い!」
「ハッ!!!」
荒れに荒れた四つの海から逃げ出した新天地を求める船があれば、同じく新天地を目指す海賊船もある。
ある者は海賊王の遺した財宝を求めて。あるいは、彼らの偉業を辿るために。
だが、その大半は――より美味しい獲物を求めてだった。
「近年海軍艦が奪われ、そのまま港湾都市への奇襲に用いられるという醜態が相次いでいる。ここでこの船が落ちれば、ようやくこの海域で取り戻しつつあった信用が――我ら海軍の威信が底を突き破る! 総員、なんとしても敵を討ち取り、この船を死守せ――」
命令を叫び、士気を上げて海賊を討ち取る用意を進めていた大佐――キジトラは、思わずその声を止めてしまっていた。
海の向こう側、罵声を上げながら真っ直ぐこっちに向かってくる海賊船――の上に、はるか上空に、
「――な、」
海賊船目掛けて、巨大な隕石が落ちてくるのが目に入ったからだ。
「「「にぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!??」」」
甲板に整列していた兵士達が揃って目を飛び出させて叫んでいる。
「そ、総員、衝撃に備えろおぉぉぉぉぉ!!!!」
咄嗟に叫んだ大佐の指示のおかげで、練度が足りず動けていなかった新兵も反射的にロープなどにしがみ付く。
それとほぼ同じくして、余りに巨大すぎる砲弾が海賊船をギリギリ掠めて海面に着弾する。
想定外かつ、強者でなくば迎撃や回避など到底不可能なその一撃によって、でたらめな高波が発生する。
「う、おおおおおっ!!! も、持ちこたえろ諸君!! 幸い敵船も行動不能に――」
「っ、3時の方向より船影!」
「なにぃ!? 所属は!? 旗や帆を確認しろ!」
二隻の船が波に足を取られて身動きできない中、見張りの兵士がそれを発見する。
ただ一隻の、巨大なガレオン船。
波の影響をものともしない、水面より高く
四本の短刀で象られたひし形の上に浮かぶ、黒猫の横顔を。
「確認しました! 間違いありません、黒猫です!」
「馬鹿な! アラバスタ支部に不審船発見の報告は確かに出したが、早すぎる!」
「そ、それが――」
荒れる中でそれでも高所である見張り台の上で、落ちないように縄で身体を固定しながら望遠鏡を覗く兵士は、叫ぶ。
「黒猫艦、
「なんだと!? 旗は!! 猫だけか!?」
「いえ、旗は――!」
黒猫海賊団は、一つの海賊団の中に複数の旗がある。
背景に何もない、黒猫の横顔を模したキャプテン・クロ率いる本隊旗。
その周囲を囲むように、グルリと一匹の蛇が円を描いて己の尾を食む『海賊姫』の第一艦隊旗。
西の海で治安維持に当たっている元海兵率いる第二艦隊は、海鳥の羽二枚と共に。
アラバスタを拠点にしている『砂漠の王』が提督を務める第三艦隊は、三匹の鰐がグルリと猫を囲んでいる。
そして――
「黒猫旗……四本の刀を確認!」
今近づいている船の旗に掲げられた猫は、『ハの字』に刃同士を重ねた短刀二組を上下に反転して作ったひし形に囲まれていた。
「間違いありません。先日新設されたという、第四艦隊です!!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「だっっっから隕石落とす時は言えっつってんだろうが!!!!」
「へい、すいませんペローナさん。落としやした」
「「「「「やる前にだよ!!!!」」」」」
黒猫海賊団第四艦隊。
編成を終えて数度の艦隊行動訓練を終わらせた、先行している黒猫艦隊の初仕事は、敵船の報告を入れた海軍艦への緊急援護となった。
「ペローナさん、船は大丈夫かい!?」
「あぁ!? ちょっと待ってろ、ドール! 今ゴースト飛ばしてる! ……よし……ヨシ! 大きく傾いたけど立て直した! 転覆・沈没、ついでに転落者もなしだ! 回収できる!!」
「オーライだ。聞いたね、新兵達! 敵は
ボサついた髪を短くまとめている女海兵にして女海賊であるドールが叫ぶと、その後ろに整列してるスーツ姿の兵士達が「ハッ!!」と揃って声を上げる。
「今から海軍艦を襲おうとしていた奴らだ。だからわざわざお荷物を船に残しているとは思わないけど、場合によってはどこかから連れて来られた民間人が中に捕らわれている可能性がある。騙し討ちの可能性を踏まえた上で、無抵抗の相手は一時拘束を!」
再び、一糸乱れぬ返事が響く。
未だ実戦経験はほぼゼロの新兵で、だがまごうごとなき『黒猫』の兵士が、
「総員、抜刀!」
剣を抜く。
黒猫第四艦隊。
先行して東の海に向かったクロ達の後追いとして出航した彼らであっても。
事実上の敵であっても。
正しい秩序の為に戦う船を、見捨てる真似は出来ない。
それこそ、第四艦隊提督。
『白杖』の二つ名を付けられたイッショウの信条であるからだ。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「ぶわははははは! そういえばさっき連絡が入ったぞ! さっそくお前の所の新入りがやってくれたのう、クロ!!」
「もうホントなんなのこの人……。平然と人の船に乗り込んで平然とお茶してなんなのホント。アンタ海兵で俺海賊でしょうが……。ロビン、おかきと煎餅。あるなら持って来てあげて」
「海軍おかきと海軍煎餅ならあるけど、それでいいかしら」
「なんで海賊船に海軍の支給品が常備されてんのさ……」
「この間、『スフィンクス』のキジトラ大佐から大量にいただいたのよ。ほら、ペローナさんが荷馬車で帰って来た時の」
「ねぇ大丈夫なの今の海軍? 海賊にお菓子渡す海軍って本当に大丈夫?」
三年前に俺をクソ冷たい海に叩き落してくれやがった奴と。
海苔が張られた煎餅をバリボリ食べて、熱い淹れたての緑茶を啜ってやがる。
なぜ俺の船で俺が肩身狭い思いしてるんだろう。
ついさっきまでヒナと昼寝してたのに……。
「ともあれ、ええ。こちらも先ほど知りました。そちらの
「うむ。……今はどこも熟練兵が足りておらず、じゃが現場兵士の補充が急務だとかで新兵の育成を実地で行わざるを得ない環境じゃ。此度もお主ら『黒猫』には世話になったのう」
こっちの船も新兵だけだったんだが……。
イッショウも派手な事をやると思ったけど、援護役としては最強に近いペローナに、近接戦闘の鬼のドールが揃っていれば、新兵と言えど喪失は防げるか。
親衛隊もいつもどおり三人一組が付いていたし。
「互いに兵の教育に苦労していますね」
「お前らはまだ良かろうて。領地の島から志願兵がわんさか出ておるんじゃろう? 諜報部からそう報告が入っておるぞ」
バラすな、海兵。
いやまぁ、今俺の部屋のベッド占拠してるヒナがいる時点でどうしようもねえか。
「……では、海軍は」
「志願兵と言えば志願兵じゃが……ワケありばかりじゃのう」
後からスパニエル一等兵――あぁ、今はちがう、スパニエル海士長が通信記録を見せてくれてたけど、俺らの後に続いて
「あぶれた幼い奴隷や、親を亡くして頼れる親族のいないボンボンなんかが優先して回されてくるわい」
「一応生活の面倒は見てやる……と?」
「海賊被害、それに反乱、島によっては天災。そういった物で親を亡くした若いモンはゴロゴロいる。……無論、それらに巻き込まれて命を落とす者ものう」
ガープさんのため息に合わせて、後ろに控えているボガードさんも少し顔を落とす。
いつも帽子の影に表情を隠す人だけど、それでも今のボガードさんからは伝わる物がある。
疲れている。
この爺さんに振り回されているのとは違う意味で。
「……政府に誘拐じみた真似で掻き集められた者もいる。そして押し付け、出来るだけ早く兵士にしろと抜かしおる」
「断れば、私掠兵になると?」
「分からん。センゴクに問い詰めた事もあるが、どうも本当に知らんようじゃった。……だがセンゴクも警戒しておった様子を見ると、待っているのは碌な未来ではなかろう。ならば、まだ海軍で面倒見た方がマシじゃ」
……多分、身体能力的に優れている奴らは政府が直接取り込んでいるとして、だ。
残りを私掠艦隊に放り込んで使い捨てるのでなければ……。
あれか。クローンか?
肉体が兵士として不適格だとしても人間として構成されているんだ、
「それで、ガープさん」
「うむ」
「わざわざこちらに顔を出した理由が御有りなのでしょう? 本題は何です?」
「……う……む……」
おいどうした。
珍しく滅茶苦茶歯切れが悪いじゃないか。
「実は、頼みがある」
知ってる。
大方無理難題を押し付けてくるんでしょうが。
「ゴア王国は知っておるな?」
「ええ。東の海では現在一位二位を争う大きさの世界政府加盟国ですよね?」
というか、故郷でしょう?
ルフィが生まれてるかどうかは知らないけど、出来ればマキノさんの顔くらいは見てみたいと思ってたんだけど――
「うむ、その、じゃがのう」
「おう」
「お主ら、今回それなりの戦力を東の海に連れて来とるじゃろう?」
「おう」
ハンコックら第一艦隊の主力に親衛隊の武闘派連中、まだ到着していないけど東の海での駐屯戦力を載せて来る後続の第四艦隊。
北の海が放置してもいいくらいの兵力と態勢整ってる上にクロコダイルら第三艦隊の面々プラス連携訓練中の九蛇海賊団がいれば
別にデカい勢力圏を東の海に作るつもりはないが、『ウチは大戦力をこうしてこの海まで動かすことが出来るんだぞ』っていう印象を強くアピールしておく必要がある。
そうすれば魚人島奪還戦が起こった時も、ここから大きく戦力は引き抜けないだろう。
北の海だって万単位の兵力がいる以上問題ない。
こっち側には……千から二千くらいの兵力を駐屯できる土地を確保すればそれでいいか。
「お主らで攻め落としてくれんかのう」
「待てぇい海軍」
ボガードさ――ボガードさん!?
耳塞いでないでこの爺を後ろから刺せ!!
ザックリと!!
グッサリと!!!
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「――つまり、海賊雇ってアチコチから人攫って売っ払ってる国だと目星をつけているけど、証拠が掴めなくて面倒だから潰したいと」
「うむ」
「証拠ないならやっちゃ駄目でしょ」
見ろ、後ろの海兵さん達が「そうだそうだ」と強く頷いているじゃないか。
「どうにもこの海もきな臭い事になっておる。加盟国への海賊被害は確かに少ないが……」
「非加盟国では……ですか」
「世界政府海軍である以上、関わろうにも関われんしのう」
「まぁ……確かに」
「話を聞きに行ったら大砲撃ち込まれたし」
「行ったんかい!!!!!!!!!!」
再び後ろに並ぶ海兵達に目をやると、頷きながら泣いている。
こ、この爺さん強行したな!?
戦争になってないのが奇跡だわ!
…………。
違う、戦争を起こせない国力の所を狙ってワンチャン話を聞きに行ったんだなこの人!?
ボガードさん! ここでやっちゃいましょうよ!
「仕方ないので勘に任せて海賊船を捕まえようとしておるんじゃが、好き勝手やりすぎたせいか、おつるちゃんとセンゴクからしばらくローグタウンに詰めていろと釘を刺されてしまってのう。調査にしばらく穴が空いてしまうんじゃ」
……おつるさんもセンゴクさんも大変だったんだなぁ。
孔雀ちゃん経由で時折文通――三重の暗号なんてクソややこしくて複雑な奴で書かなきゃいけないけど――しているけど、中々に漏れ出ている部分だけでも酷いモン。
幸い、レッドポート封鎖作戦に次いでの北の海での活動もあって、海兵の撤退、回収は上手く行ったみたいだけど……。
その後の兵の除隊が止まらなくなり、一度再編を終えたものの維持に滅茶苦茶苦労しているとか。
「そこでお主がこの東に来たじゃろう? お主なら加盟国の一つや二つ、占領しても文句は出るまい」
「海兵がそれ言っちゃ駄目でしょ。というか、占領するなら猶更証拠は必要ですよ。名分がないと」
「? なぜじゃ?」
「アンタ本当に海兵か!!?」
大義名分無しで国の占領とかヤベェことになるだろうが!
俺達海賊だぞ!!?
それも多数の国家を纏めている身分なんだから下手な真似は出来ないだろうが!
ようやく横の繋がりが出来た各国王家に不審に思われるわけにはいかんじゃろがい!
今回だって精鋭かき集めたのは、拠点を築いた際に周辺海域を荒らす事がないように万全を期すためなんやぞ!
「なぁに、元より妙な海賊や山賊崩れを雇ってキチンとした軍を持たぬ連中じゃ。お主なら容易いじゃろうて」
「なんでやる前提で話進めてるんですかアンタは。調査はやってもいいですけど」
というか……あの、ひょっとして……。
いや、時期合ってるか分からんのだけど……。
……まさか、俺にルフィを任せようとしてる?