「ええ、総督。とりあえず手近な島に上陸して島民との接触を開始。現時点では親衛隊、ならびに陸軍部隊からもトラブル報告は入っておらず、島民とも良好な関係を築いております」
『そうか。ご苦労だったな、アミス。島の様子は?』
「やはり、自給自足体制が整っている海域は比較的落ち着いています。特に、私達が上陸した所は、剣術道場を開いている村がありまして」
『…………剣術道場?』
東の海への遠征は、いきなりガープ中将という大物に出くわすという珍事に見舞われたものの順調だった。
正直、最初はイッショウさんやヒナちゃんから報告があった『北の海』のような荒れっぷりを覚悟していたのだが、幸い最初に降り立ったこの島はそういうことはなかった。
「はい。主に子供を対象にして教えているようですが、そこで剣を習ってそのまま島で育った方々が防衛戦力としても機能しているようです。まぁ、聴取している中で襲撃の話は出ていないのでそのおかげと言えるかは分かりませんが、今の所被害らしい被害も聞こえてきません」
『………………』
「? 総督?」
『あぁ、いや、なんでもない。それで、内情は?』
「はい。先ほど報告したように穀物を中心に畑は相応の面積を耕して食い扶持を確保しているようです。収穫物は基本的に島内の市に卸されそこで再分配されるようで、現在陸軍先遣調査隊が市場価格を調査しております。穀物が最も安く次点で魚、鶏肉。多くの飼料を擁する家畜そのものは高価と聞いていますが……海域のベリーや他通貨の相場を出すまでは、もうしばらくお時間を頂けませんか」
『構わんさ、ゆっくりな。何かしらの問題や被害があるなら俺達の出番だが、そうでないならばちょっとした観光だとでも思ってくれ』
黒猫海賊団の目的は、究極的に言えば第二の世界政府の設立にある。
あるというか、そうなった。なってしまった。
アラバスタやオブーレモを拠点に東の海への遠征の下準備に働いていた頃、ピンシャー卿が持ってきた尋常じゃない量の紙束に目を通した総督が発狂しかけて、クロコダイル提督がその口に酒瓶をねじ込み酔い潰してからヒナさんやドールさんに引き渡す光景を何度も見ている。
世界政府があまりにも醜悪、かつ稚拙だったために被害の大きな海程その存在に懐疑的だが、それでも各国の状況を俯瞰視点から把握し、調整を担当する組織は必要となり、現状でそれが可能な組織がウチしかないからだ。
総督や艦隊提督――時には現地先遣隊として部隊を指揮ったり書類と格闘する事の多い親衛隊員は猶更だろう。
――おおおおおおおっ!!!
――は~い、足元がまたお留守ですよー。
――っ!?? ぅおわああああああああああああああっ!!!???
――まったくもぅ……ドタバタ走れば隙が出来るって何回地面を転がれば分かるんですか。
こういう落ち着いた島でも、人が少ないから回っているだけであって、増えればすぐさま交易を考えねばならないし、減りすぎれば労働力を考えなければならない。
(総督はどこを拠点にするつもりだろう。大きさや利便性で言うなら、ガープ中将の提案はなまじ理に適っているんだけど……。食うに困る山賊崩れがたくさんいるって話だし)
この島は、今の所島民の人柄と島の大きさは悪くない様に見えるが、それでも利便性という一点では少々見劣りする。
総督はあくまで海軍と政府の目を一時的に引き付ける最小の拠点を作れば十分と言っているが、戦後を考えるとキチンと使える基地の方がいいはずだ。
(まぁ、絶対に魚人島奪還戦で勝てると断言はできないから考えすぎて無駄に労力割くのもアレかぁ……)
――クッソォォ……! もう一回だ、羽女ぁ!!
――……羽女?
――ゾロ君が私に付けたあだ名ですよ、キャザリーさん。ほら、私の髪蝶々の羽みたいに結ってるから。
――あぁ……なるほど。えらく安直だな。
――っせぇ! 羽女に勝ったら次はお前だデカ女ぁ!
――ミアキス、代わってくれ。私が直々に叩きのめす。
――いやキャザリーさん……さすがに大人げないですって。
『……アミス』
「はい。なんでしょうか総督」
『なんかお前の後ろから木刀がぶつかり合う音が聞こえるんだが』
「あ、はい。剣術道場があるって聞いて様子を見に行った時に、面白い子を見つけたので今ウチの隊でちょっと練習に付き合っています」
『……面白い子?』
「はい。そうだ、聞いてくださいよ総督! 私だけかと思っていた三刀流を磨いている子がいたんですよ! おんなじ形で!!」
『…………マジか』
「ええ。それで練習見てあげてたらミアキスやキャザリーも面白がっちゃって、陸軍先遣隊の調査を待つ間、こうして木刀で稽古しているんです」
『…………マジかぁ……』
「はい。あ、無論黒猫式や覇気は教えていません。機密というのもそうですけど、子供が覚えようとするには負担が大きいので」
『いや、それはいいんだが……』
『マジかぁ…………』
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「おーおー、随分転がされたねぇロロノア君」
「クッソ……一本も取れなかった」
「女だからこそ危ない目に遭う事多くてね。だからこそウチの隊の女は皆強いのよ」
「……ってか、なんで一本取るんじゃなくて蹴り転がしてばっかなんだよ!」
「あっはっはっは! ウチらの強さを思い知ったか!」
「知ったのは姑息な所だよ!! 本当に億越えなんだろうな!?」
「手配書見せたのにまだ疑ってる!?」
この島に辿り着いて三日。
とりあえずはこの島を基点に、測量をしながら近隣の島の把握や調査を繰り返している間、分隊長として島に残っての指示や書類仕事が主となっている私のチームは、暇な時間はこの島で剣術を頑張っている少年――ロロノア・ゾロという子供の世話をしている。
「というか、ゾロ君は陸戦だとしても不用意に近づきすぎですよぉ」
「足運びが雑だから、どんなに一撃を重くしても動きを読むのが容易いな」
やはり私と同じ三刀流をやろうとしているのが面白く映ったのだろう。
同行していたミアキスとキャザリーも、面白半分とはいえそれなりにキチンとゾロ君に剣を教えている。
もしここにトーヤやエミリーと言った魚人空手を得意とする親衛隊が来ていたら、一緒に仕込んでいたかもしれない。
「近づかなきゃ斬れないだろうが!!」
「うん、間合いって物を考えましょうねぇ~」
「なまじ両腕共に筋力あってゴリ押しできるから二刀流の手数で大抵の相手は押し切れたんだろうけど、互いの得物の間合いを正しく把握して剣戟読んでくる相手には無力だからね? というか話を聞くに、くいなという娘相手だとそうだったんじゃない?」
「ぐ……っ……ぬぁ……っ」
(……同行しているのがクリスやリヒャルト君じゃなくて本当によかった……)
クリスだともっと理詰めで淡々と詰めてくるし、リヒャルト君はもう天性のモノだから教えるには向かないし、というかその才能を目の当たりにして剣を諦めかねない。
あの先生が『剣の申し子』というレベルなのだから相当だ。
(ロロノア君は……気の強い所は先生の好みだろうけど、先生はある程度育った才能を磨くのが得意であって、一から育てるのはわりかし苦手だからなぁ。駆け出しの頃は本当に手足の一本失ってもおかしくなかった……)
ミアキスは短刀二刀流だからこそ間合いを読み切って躱すのは得意なので打ち込み役として最適だし、もう一人のキャザリーは銃火器込みならともかく剣術自体は親衛隊中堅レベル。
教師役にはちょうどいいだろう。
ロロノア君の先生だというおっとりした人に黒猫式の基本の型を見せてから確認したらOKもらったし。
「特にミアキスは私より強いから、しっかり学びなよロロノア君」
「はぁ!? お前隊長って言ってなかったか!!?」
「隊長だけど最強だとは言っていない!」
「それでいいのかよ!!?」
「いいのよ!」
「海賊なんだろう!!?」
「海賊よ!!」
黒猫は本当にそれでいい。
艦隊提督は実戦部隊の側面が強いから提督イコール艦隊最強であることが当たり前になっているけど、そもそも親衛隊の役割は操船要員に加えてロビンちゃんの護衛役から始まっている。
今では総督やロビンちゃんを始めとした重要人物や重要施設の警護を基本任務にしながら、いざという時に前線を支えたり指揮を取ったりする補充要員というか、最後の切り札という側面が強い。
(クリスを中心にした武闘派、文武両道を意識する私達、それに対して緩衝。調整役になってくれているトーヤの中道派)
徐々に親衛隊員それぞれに役割が出来て、自然とグループ分けのようになったが、おかげで出動時の編成や配置に迷う事は無くなった。
「まぁ、隊長職目指すわけじゃないロロノア君の場合は、剣術で頂点に立たなきゃいけないから大変だけどシンプルだね」
とはいえ、単純な強さを求めるゾロ君には関係ない事ではある。
最強かぁ……。
…………。
つまり、先生やレイリーさん越え??
…………。
……そうかぁ……そっかぁ…………。
「ロロノア君ロロノア君」
「なんだよ?」
「一度ハードルガッツリ落としてみない? とりあえず島内制覇レベルまで。まずは近所の悪ガキとか〆る所からスタートしよう」
「なんでだよ!!!!!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「イッショウ提督、風が出始めました。
「モネさん、無理に提督とつけなくてもよろしいですよ。あっし自身まだ慣れてねぇんで」
着流しの上から三本爪の黒猫――その猫を守るように四本の短刀が描かれた印を背に縫われた羽織に袖を通した盲目の男が、十代後半ほどの緑色の髪の少女の報告に頷く。
「いやはや、しかし無事に突破できやしたか。いざという時は能力を使って船を逃がすつもりでしたが」
「これ、
「一番新しいかはともかく、ええ、そのはずです。旗艦をどうするか聞かれた時に、なるだけ大きい船と注文をしたので」
モネという女性は、年頃にしてはやや細い身体の上から黒猫海賊団の証であるスーツを着ている。
そしてその猫の周りには、イッショウ率いる第四艦隊に所属する者の証である、四本の短刀が。
イッショウの補佐たらんと彼の横で背筋を伸ばして、目の見えない彼に代わり海の上のわずかな変化も見逃すまいと頑張っていた。
もっとも、当然知識はともかく経験が色々足りないので、本来の補佐である元海兵や親衛隊員からは、微笑ましい物を見る目で見守られているが。
「大きさに拘ったのは、一人でも多くの兵隊さんを乗せるためですか? ヒナ一佐も自分の船を考えろってクロ総督に言われて、大きさをどうするかずっと悩んでますけど」
「ハッハッハ。さて、どうでしょうかね。確かに兵隊さんも載せられますが……」
イッショウとヒナが彼女を拾ったのは北の海。ノースブルーでの戦いの中だった。
政府の勅命により、広い土地面積を持つ非加盟国の制圧を命じられた海軍によって戦火が拡大する北の海の中で、一人でも多くの難民を保護するために奮戦することを決意したのがイッショウだった。
そしてその戦いの最中で中型船を指揮して威力偵察を担当していたヒナが、偶然とある小舟を拾ったのだ。
もはや食べる物もなく痩せ細った緑の髪の少女と、一生懸命少女が用意した物を口にして、かろうじて命を繋いでいた幼い少女が乗った船を。
「船が大きければ、色んなモンをたくさん載せられやす。人だけじゃない。燃料、資材、医薬品、それに――食料」
眼が見えていないイッショウは甲板で用意された椅子に腰を掛けたまま、真っ直ぐ船首の方を眺めている。
先が視えているように、穏やかに。
「多くの物が運べれば、多くの人を助けられる。多くの人が乗せられれば、多くの人を逃がせる」
「北の海みたいに、ですか?」
「……あの海で、あっしもおヒナさんも出来る限りの事はしやした。それは胸を張って言えますが……それでも、取りこぼしたもんもたくさんある。……モネさんらの船を拾えたのは、本当に奇跡でございやした。一歩間違えれば、取りこぼしていた……」
ただでさえ加熱していた戦争は更に拡大・拡散し、だからこそ土地と奴隷を欲する世界政府が介入を狙っていた戦乱の海。
特にイッショウらが到着した頃では、毒ガスからレーザーらしき兵器まで、様々な新兵器の実験場となっており、海賊から各国兵士、果ては無辜の民まで様々な人間が毎日大量に死んでいた。
そして、その虐殺に等しい真似を命じられ、耐えきれずに逃散する海兵らで溢れていた。
それでも軍人である事しか出来ず、任務に徹し、イッショウやヒナに『海兵』として討たれた者達もまた。
「だから備えておきてぇんです。今度は奇跡なんかじゃない。あっしらの手を、あっしらの力で間に合わせるための……そういう船を頼んだんです。クロさんに」
その奇跡に救われ、自分と妹は安全な黒猫の領地で三食を保障されて、教育まで受けさせてもらっている。
モネはその奇跡の重さを理解している。
理解しているからこそ、重く受け止めていた。
「まぁ、その大きな頑丈な船でも今回は
「そんな……むしろありがとうございます。シュガーも、オブーレモの軍学校で友達が出来たって言ってました。海兵のお孫さんですけど、孔雀ちゃんっていう娘と遊ぶようになったって」
クロやイッショウからすれば当然のことをしたまでだったのだが、モネからすれば当時幼かった妹の姉として、命を救われた個人として大恩を感じずにはいられなかった。
状勢がいつ悪化してもおかしくない
故にこうして、モネは一早く黒猫海賊団に航海士として志願したのだった。
総督であるクロが、イッショウから彼女の事を聞くと自らモネの元に訪れて、熱心に彼女の話を聞いて、故郷の
無料で病院で病気になっていないか調べてくれて、変な物を食べていないか海楼石を使った検査まで受けさせてくれたクロに対して、モネもシュガーも身命を尽くそうと決心している。
ゆえにモネは必死で勉強して訓練に食らいつき、試験をパスしてこの第四艦隊の航海士の一人として入隊したのだ。
――潮風が出たって事は、無事『
モネがイッショウと新鮮な潮風を感じている中、新しい人影が甲板に出る。
「へい、このままクロさんのいる海域まで真っ直ぐ行くつもりです。ドールさん」
「なんかガープさんとエンカウントしたとか意味の分からない連絡来てたけど、本当に何をやってるんだか、あの人は……」
「あ、ドール三佐」
ドール。
先の魚人島攻防戦で黒猫に降った後に、黒猫海賊団の切り込み隊長として各地で奮闘し親衛隊入りした、準幹部勢の一人である。
現場で動く事を第一とするために佐官に留まっているが、その発言力は大きく総督に近い人間の一人にモネは敬礼をする。
「総督は大丈夫でしょうか?」
「出たのがガープ中将なら大丈夫だよ。大方その場の思い付きで無理難題振るだけ振って、後は適当にお茶とお茶菓子しばいて、あるいはちょっと暴れてから帰るさ」
「……海賊ですか?」
「海兵だよ。一応ね。それに、多分本人なりに意味はあるんだろうよ」
無理難題を吹っ掛けてから食料を強奪していく存在、と把握して『こてん』と首を傾げるモネの勘違いを正しながら、ドールが彼女の明るい緑色の髪を撫でる。
「ドールさん、その無理難題とは?」
「さぁ? ガープさんって基本的にはややこしい仕事は放り投げて、かと思えば激戦地に飛び込んだりするから読めない事が多いけど……」
この数年で自分を姉のように慕うようになったモネが、撫でるこの手を受け入れるとドールは分かり切っている。
そのままわしゃわしゃとモネの髪に手櫛をいれながら、ドールはイッショウと並んで穏やかな海を眺める。
「やる事なす事、完全に無意味であったことはない。昔、呼ばれてなかった――いや、『絶対面倒な事になるから絶対に、絶対に、来るな』ってセンゴク元帥に厳命されていたにも関わらず訪れていた聖地防衛戦の時もそうだった」
「……自由な方でございやすね」
「ウチのミホークみたいな物だ。深く考えると振り回されるさ」
「考えなかったらもっと振り回されるんじゃ……」
「流れに乗ってたらまぁどうにかなるよ、モネ」
「……私の知ってる海兵じゃない……」
今も
近年、あの砂漠の国の水と食料の問題を解決した立役者として救世主扱いされているのが『死の教師』と呼ばれる海賊だ。
黒猫の主力がアラバスタを離れたと聞き襲ってきた三流海賊を、クロコダイルと共に蹴散らした事で最近では守護神扱いさえされている。
――至急至急! 本隊分艦隊指揮、ダズ・ボーネス副総督より緊急救援要請!!
そんな時、それまでの穏やかな空気を撃ち破るような叫びが響く。
第四艦隊所属の調理師兼通信兵となった元海兵、スパニエル二曹の声が響く。
「どうなさいやした?」
「救援要請です! 内容は捜索支援!」
すでに船員は位置に着き、いつでも船の進路を変えられるように備える。
「指定海域に遭難者の可能性あり! 現在現地調査に出ていない船は集結して、捜索への協力を求むとのことです! 指定海域座標……受け取りました!! エリア・フォックストロット3……事前情報にあった空白海域の一つです!!」
かつて魚人島で共に戦った若い元海兵の言葉に、今は単艦ではあるが艦隊提督であるイッショウは動く。
「行きやしょう。モネさん、ドールさん、航路が安定したら教えて頂けやすか。あっしが能力で船を飛ばしやす」
「了解。――航路変更! 目標海域、F3! モネ、一度参謀室に来てちょうだい」
「……っ、はい!」
まだ若い彼女が、それでも黒猫海賊団が運営する士官学校で叩き込まれた敬礼を違和感なく行う。
後に、数ある黒猫艦隊の中で、第一艦隊の銘である『最速』の称号を引き継ぐことになる、第四艦隊の仕事が始まった。
《謝罪》
すみません、後半部分でモネと共にいる人間をヒナにしていましたが、設定ミスでした
本来の配置キャラであるドールに差し替えました
ほんとうにすみません、ちょっとサボってた間に色々抜けてしまってるので改めて設定しなおします……