「――それで、例の話だけど……」
マリンフォード。
世界の海を守り、力を行使する海軍本部では数人の幹部が集まって難しい顔をしていた。
「海兵奴隷……まったく、ふざけた話が出て来たもんだね」
この場にいる唯一の女性である本部中将つるは、珍しく激怒を漏らしながらセンゴクから渡された資料を見ていた。
「
「話に出てきた海賊と組んでだね」
説明しているセンゴクに対して、つる――普段はおつるさんと呼ばれている海兵は、確認をする。
「ええ、捕えられていた海兵達を救い、地区本部に単独潜入して我々に事態を知らせてくれた者です」
「…………ねぇ、センゴク。それは本当に海賊なのかい?」
「まぁ……そうだ。残念なことに」
センゴクも珍しく歯切れの悪い答えを返して、事件のあらましを一通り書いた報告書に目を落とす。
書いたのは他ならぬセンゴク自身なのだが、あらためて事件の酷さを見返して関係していたすべてに関して怒りを抱いていた。
書類の作成を手伝い、そして今は後ろに控えているサカズキも同じくだ。
「『抜き足』のクロか……。そうか、コイツが」
「なんだいガープ、知ってるのかい?」
「
海賊王、ゴールド・ロジャーと何度も戦い、海兵の中で伝説と言われている男は、滅多に見せぬ渋い顔をして溜息を吐く。
「おかしいとは思っておった。民間人への略奪の痕跡は一切なく、裏で動く山賊や闇奴隷商を狙うばかり。懸賞金が懸けられた理由が今一つ見えんかったが、あのクズどもに目を付けられた故か……不憫じゃのう」
「ガープ! 口を慎め!」
「クズをクズと言うて何が悪い!!」
大抵いつも笑っている男が、怒りに顔を歪ませ立ち上がる。
「入隊したばかりの若い海兵を食い物にしおって! いっそ儂が海賊になって奴らを襲ってやろうか!!」
「ガープ!!!!」
「これを聞いて腹が立たん海兵がおるかぁ!!」
「二人とも落ち着きな。……気持ちは痛いほど分かるから、落ち着きな」
つるの一言で、今にも殴り合いを始めんばかりに怒気をぶつけ合っていた二人が、覇気はそのままに渋々席に着く。
この場にいる面々で、怒りに燃えぬ者はいないと全員分かっているのだ。
「それで、『抜き足』は今?」
「クザンから入った報告によると、偶然発見したその海兵やギャング達を自分の駒にしようとしたゲッコー・モリアと遭遇、交戦。クザンも救援に向かいこれを撃退しましたが……傷が深いため、他の海兵の治療の指揮を執りながら療養を取っているという事です」
ここで、今までとは違うざわめきが起こる。
――ゲッコー・モリア!?
――カイドウに敗れたとは聞いていたが……
――
――14歳であれと戦えるとは……
「その場にいたのは、捕えられた海兵達とギャングだろう?」
「正確に言えば、モリアに殺害されたギャングの死体に海兵達の影が入れられていたとの事です」
「……よく逃げなかったね」
これが大抵の海兵の思う所だ。
自分達のような将官が揃っているならともかく、捕えられていた海兵を率いた海賊なら逃げるのが普通だ。
そしてその場にいたのは、敵である海兵と大海賊のみ。
逃げるのも選択肢に十分入る窮地だ。
だが、それにセンゴクが首を横に振る。
「あれは、逃げ出す男じゃないだろう。逃げ出す男なら、そもそも海兵達の家族が人質にされないようにと、保護を頼みに基地に乗り込む真似はしない」
センゴクの言葉に全員納得を示すが、同時に誰もがやりきれない顔で息を吐く。
「……いい子だねぇ」
つるのしみじみとした呟き――海賊として追われている者に対して不適切な言葉に反論も不快感もなかった。
この海賊の、海賊らしからぬ勇気ある行動が多くの海兵を救う結果に繋がったのは間違いないのだから。
「コング元帥。それで、世界政府に動きはありましたか?」
「あぁ、センゴク……通達があるにはあったが……」
今回の事件における世界政府の責任は大きい。
ならば当然、なにかいう事があるハズだが――
「事実関係を確認次第、指示を出す。それまで関係者全員に
「ふざけているのですか!!」
あんまりにもあんまりな言葉に、センゴクは机を叩いて立ち上がる。
「どう考えても時間稼ぎです! その間に可能な限りの証拠を消して、責任を最小に抑えようとしているだけだ!!」
「だが動けんのだ!!」
「―――っ!!」
「時代はゴールド・ロジャーの宣言により大海賊時代へと突入した!」
「カイドウとモリアの戦争のように
「加えて
「ここで世界政府との間との摩擦を大きくし、火が着くような事になれば――」
「犠牲になるのは多くの無辜の市民だ!!」
コングの身を切るような叫びに、その場にいる全ての海兵が歯を噛みしめた。
無力感とふがいなさに、うっすら目じりに涙を溜めるものさえいるほどだ。
「今、奴隷にされていると思われる海兵達を消させるような真似はさせん。必ず取り戻す!」
「だからすまん……今は堪えてくれ……っ」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「キャプテン、足はどうだ?」
「まずまず……と言った所だな」
軽く崖を走って登ってみたけど特に違和感はない。
ほぼ完治したと言っていいだろう。
だからもう、そろそろこのベッドから解放されたいものだ。
今は、例のゴーストタウンの中で比較的無事な建物を大工組が改修した仮療養所にて海兵達と身体を休めている所だ。
「ペローナと船医には礼を言っておかないと……」
「船医の方は見習いだがな」
「人の傷を治せるのならもう船医だろう」
治療に当たってくれたのは、今回一緒に戦った海兵の中にいた船医見習いとペローナだ。
あの島の『魔女』に育てられていたペローナは多少とはいえ傷に効く野草や傷の応急手当のやり方を知っていて、船医見習いの子と一緒にあれこれ手当してくれていた。
「? そういえばペローナとロビンは?」
「キャプテンが崖を走っている間に、今回救出した海兵のための食事を作っている。かなりの間放置されていたようで、普通の物を食べさせると危ないそうだ」
「……捨てるつもりだったんだろうな」
あのバカでかい地下部屋があった建物を散歩がてらロビンと調べていたら、海水を引き込む装置と、海へと続く隠し扉――いや、隠し弁が取り付けられていた。
あの部屋を海水で満たして、海での溺死に見せかけて殺して適当に捨てる予定だったのだろう。
「クザン中将は……?」
「さっき戻って来た。この近辺に散らばっている残党を捕まえていたらしいな」
「残党?」
「元々この辺りにいたのは、逃げ出した海兵の家や家族の様子を見張っていた連中を辿った結果らしい」
「あぁ、なるほど」
すげぇベストタイミングで来たと思ったらやっぱ近場まで来てたからか。
にしても、監視役を辿ってここに辿り着くとか……
ギャングの連中、リスクの分散というかマネジメントが随分下手だな……こんな大それたことしていたにしては……。
全部の指揮執ってた奴から切り捨てられて
――キィィィィィィ……。
「あらら、もう動けるようになったのクロ君」
そんな話をしてたら本人が来たわ。
「ええ、もう崖を走れる程度には回復しました」
「崖は走るものじゃなくて登るもの……いや君なら今さらか」
クザンは肩をすくめて俺のベッドの所に来ると、適当な椅子を引っ張ってきて腰を下ろす。
「で、クロ君。一応君が言った事センゴクさんに手紙で送ったけど……いいの?」
「いいの、とは?」
「今回の件は隠した方がいいってこと。上手く立ち回れば君の罪は消せるかもよ?」
「自分がカタギになっちゃったら、誰がロビンを守るんですか」
まぁ、二十年後にルフィと出会うから……いや考えたら二十年ずっと実質孤独って地獄よりヒデェな。
すでにファミリーやら山賊やら一部天竜人に喧嘩売ってるようなもんだし、そのままロビン隠しててもすぐに目をつけられて逃亡ルートだし、まぁしゃーない。
「あらら……。決まっちゃってるねぇ、覚悟」
「宝を手放す気はないって言ったでしょう」
「そうだったねぇ。で、隠した方がいいってのは?」
「海軍……あるいは世界政府もそう思っているかもしれませんが、今海軍と政府の間に大きな
なにせロジャーの処刑からそんなに時間経ってないから、ここから本格的に色々動くんだろうし……。
実際、この西の海は中々に荒れているし。噂だと北も中々だ。
「政府も内心、海軍の不興をこれ以上買うのは不味いと思っているでしょうし……」
「まぁ……センゴクさんもコング元帥もブチ切れてたしね、実際」
「割と戦々恐々としていると思いますよ。世界政府は」
まぁ、だから自分はある意味で連中の恨みを買うわけで……。
「懸賞金、上がってるの見た?」
「えぇ、何度も目を疑いましたが……」
止めなさいクザン中将。いつ撮られたか分からんキメ顔とか本気で恥ずかしいんだから。
――『抜き足』のクロ 9800万ベリー
…………。
お、億行かなかったのはアレかな。せめてもの優しさと受け取っていいのかな……。
「政府は、君に死んでもらいたいみたいだね」
「海軍に自分の討伐命令出しても事情を知っている者からすれば益々政府への不信の種になる。だから賞金稼ぎや海賊に自分を狙われやすくして――って所ですか」
「あらら、頭切れるじゃないクロ君。……ま、そんな所だと思うよ」
ゲロゲーロ。
もうホントあいつら……。