後ろで、ロビンがガタガタ震えているのが分かる。
そうか、考えてみればそんなに逃げていないロビンだ。そりゃ怖いか。
しかも状況的には軍艦に囲まれててバスターコールそっくりときた。
「ロビン。おい、ロビン」
ビクリッ、とロビンが震える。
「大丈夫だ。俺は最後まで付き合う」
最悪の状況でも、首魁の俺が首飛ばす覚悟で暴れればお前が逃げられる隙くらい作れるだろう。
「だから、覚悟を決めろ」
横目でロビンの様子を窺うと、冷や汗こそ流しているし、震えも止まっていないがコクリと頷いた。
よし。とりあえずはよし、問題は……
(どうなってる? センゴクさんやクザンが今回の一件でつまらん裏切りを働くとは思えない。……そもそも、ロビンの事がバレたのだって……いや、能力での操船を見られた可能性はあるか)
というか、誰が得をするんだこれ?
確かにロビンの件は大事だけど、それでも後回しにしておけば済む話だ。
兵士を回収した後の方がすんなり上手くいくし、ここまで大げさにするのは――正直頭が悪い。
そもそも、海軍側からしたら、今回のお芝居で色々な事にケリが付くはずだったわけで……。
政府としても、今回の一件に一枚噛めば海軍との交渉の手札になる。
これがぶち壊れたら、マジで世界中が荒れて……荒れて……
(――まさか、陰険チンピラドピンク腐れサングラス!? あのクソ野郎に引っ掻き回されたか!?)
ドフラミンゴが本当に奴隷の一件に関わっているなら、確かにやりかねん。
新聞見たけどアイツまだ七武海じゃねぇし……いやでも、じゃあ誰が奴の駒として動いてる?
アイツは北の海にいるんだよね?
ロビンを要求したあの男は……まぁ、確実なんだろうが。
「すまない、諸君。あの叫んでいるのが誰か分かるか?」
後ろで呆然としている海兵組に尋ねると、例のたしぎ似の子――アミスが答える。
「は、はい。
「…………大物か」
分からん。ますます分からん。
原作でいうスパンダムみたいな、中途半端に権限持ってて中途半端に世界が見えていない野心家なら、あの性悪ピンクに唆されて動く可能性はあるが……統括支部長なんてご立派な地位を持ってる男がなぜ?
「ちなみに、どういう海兵だ?」
アミスに尋ねると、即座に口を開こうとして――止まった。
「? どうした?」
「あ、いえ、すみません。あまり話というか、逸話を聞いた事がない人物だったので……」
…………。ん?
「他に誰か、彼を知っている者は?」
アミスの後ろにいる面子に聞いてみるが、皆顔を見合わせて小さな声で少し話し合い、誰もが首を横に振る。
(実力主義の海軍で、碌な逸話がないのに支部長に?)
「えぇと……海賊船を沈めたとかマフィアの船を取り押さえたとかはあるんですけど」
「地味というか、気が付いたら功績を上げてはいたけど、その内容は特に……」
……嫌な予感がしてきた。
海兵側に、このタイミングでだまし討ちをする理由なんて一切ない。
それでもやるなら、海兵というより個人の理由だろう。
それに、さっきの言葉からすると奴らはロビンを欲しがっている。
ただの口封じならとっくに大砲ぶっ放している。
生きて欲しがるという事は、それを誰かに引き渡したい――取引したいという事だ。
(あの男一人じゃない。政府内部に天竜人、それに……まぁ、一人でどうこうって話じゃないだろうが……)
一つだけ、確信が出てきた。
あの叫んでる統括支部長とかいう男――相当に後ろ暗い所があると見た。
賄賂なりなんなりだろうが、それだけじゃない。
そういう所に手を出すとどんどん深みに嵌まっていくものだ。
危ねぇ。自分はあの時地獄に踏み込んだと思っていたけど、逆に幸運を掴んでいたんだ。
(にゃろう、一枚噛んでやがったな?)
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「その情報は確かなのか、『ジョーカー』!?」
『あぁ、間違いない』
時間を
『わかっているだろう。センゴク達による内部監査が始まる。もうお前に逃げ場はない』
変声機がかけられている、男か女かも分からないその相手――『ジョーカー』は淡々と事実を話す。
『どうあがいても後ろ指を指される人生だ。だが……牢獄に入らず、まぁ人らしい生活が出来る道を見つけてやったんだ。感謝してほしいぜ。フッフッフッフ』
「あぁ、あぁ……助かる、助かるよ『ジョーカー』! お前はいつだって頼りになる!」
男は『ジョーカー』の
従っていたために地位を得て、従い続けたために思うままの生活を過ごせていた。
『名前は明かせないが、とある政府の要人がニコ・ロビンの身柄を欲しがっている』
「オハラの悪魔か」
『そうだ。頑固な老人なら殺すしかないが、知識だけはあるガキの方なら手懐けられると考えているようだ』
「し、しかし一体なんのために……?」
『フッフッフ、そこに踏み込むと死ぬぞ? 止めておけ』
「あ、あぁ……そうか……すまない」
男が危うい方向に進んでいた時は『ジョーカー』が必ず警告を出し、救いの手を差し伸べていた。
だから男が『ジョーカー』を疑う事は一切ない。
『世界政府は海軍との折衝のために、幹部をマリージョアに召集している。いいか、チャンスはそこしかない。センゴクあたりが動きを察知すれば、もうアウトだ』
「それまでに『抜き足』とかいうガキの下にいるニコ・ロビンを捕まえなくてはならない……」
『そうだ、ニコ・ロビンを捕まえたら、後で指定する場所まで運んで来い。そこで政府要人と会わせてやる。そうすれば――』
「私は、政府の人間になれるのだな!?」
愚かしいほどに、疑わなかった。
『あぁ、言っておくが要職につけると思うなよ? せいぜいが雑用だ。名前も変えるわけだしな』
「今更そんな贅沢は言わない! そもそも例のビジネスで儲けた金は全部隠した! そこそこの身分さえあれば、あとは十分な暮らしが出来る!」
『……そうだな、フッフッフッフ。お前はよく
『いいか、ニコ・ロビンを捕まえた後は身を隠せ。どうあがいてもしばらくはお尋ね者だからな?』
「あぁ……しかし、子供の賞金首一つに政府の人間が動くとは」
『政府がどれだけ
『そろそろ切るぞ。武運を祈る、統括殿』
「ああ、ガキ共なんて全軍を当てればどうにでもなる。だから頼んだぞ『ジョーカー』!」
―― ……おいトレーボル。
―― ベッヘヘヘヘ、なーにドフィなんの用?
―― 念のためにCPに匿名で情報を放り込んでおけ。お探しの物が見つかったとな。
―― 統括
―― フッフッフッフッフ。海兵だけじゃねぇ、関係していた天竜人やマフィアの連中も見張っておけ。動き次第では駒になる。
―― 関係者が動けば、より状況が真実味を帯びる。
―― その動きの中で一つでも自分に都合のいい真実を見た気になれば、またさらに馬鹿が動く。
―― 矜持、仁義、正義……あぁ、偉い。お前は
―― おかげで読みやすくて助かる。……ここまではな。
―― さて、超えられるか?
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
『どうする!? 『抜き足』のクロ!!』
黙れカス。
本命はロビンっぽいからそこまで本腰というわけでもないだろうが、出来れば余計なこと言いそうな海兵には死んでもらいたいっていう所か。
「どうするもこうするも、やる事は決まっているのだがな……」
戦うしかない。だけどその前に――
「ダズ、スピーカーに電伝虫を繋いでくれ」
「分かった」
ダズが繋いだのを確認してから電伝虫を持ったまま船首に出る。
受話器を取ると同時に、キィィン、という不快な音がする。
『
遠目にだが、ニヤリと嫌な笑い方をする奴がいた。あれか。
『ただし、乗っているのはニコ・ロビンではない! 遭難していた民間人たちである!!』
……途端に不満そうになったな。やっぱり狙いは海兵よりもロビンの身柄か。
『ニコ・ロビンは私の仲間だ! それを引き渡して生き長らえるくらいならば戦いを選ぶ!』
『それでも――もはや戦いは避けられないが、互いに戦いにしこりは残したくないハズだ!』
なにを考えているかは分からないが、恐らくロビンを確保して逃げるつもりだ……と思う。
仮に待っていても、海軍にコイツの居場所はない。
ならば、一度保護させれば海兵達は無事だ。
加えて、実力以外で駆け上った奴なら、名誉――雑に言えば褒められることには弱いハズだ。地位を求めた奴なんざ分かりやすすぎる。
『この西の海を統括してきた貴官を誉れ高き海兵と見込んでお願いしたい! どうか彼らの保護を!!』
来い、来い、乗ってこい!
二秒ほど沈黙が続くが、カス野郎が受話器を握った。
『いいだろう。そちらの船の方に、回収のための兵士を送る』
「ダズ、ペローナ」
「む?」
「ホロ? 回収と見せかけて襲ってきた場合の策か?」
「その程度お前のゴーストでどうにでもなる……じゃなくてだな」
さて、コイツらにも話しておかないとな。
「ここが最後の分岐点だ。海賊か、そうでないのかをまだ選択できる」
ロビンは仕方ない。
ロビンはどう足掻いても世界から追われる身だ。
「ロビンの前でこれを言うのは酷だが……ロビンが側にいるという事で危険度が跳ね上がっている。こればかりは変えられない事実だ」
ロビンが俯いてしまう。ごめんホントごめん!
でもここで言っておかないと不味いんだわ!
「出来る限り人目には気を使っていたが、緊急時にロビンには能力で操船を手伝ってもらっていたことがある。あるいはそこらから漏れたかもしれん」
「あぁ、買い出しでもロビンを使わなかったのはだからか」
ペローナが納得して頷いている。
「ここから先は、世界が追いかけてくる。ここからの航海は、想定していた危険度をはるかに上回る」
バレた以上、いつロブ・ルッチみたいなヤベェ奴が襲ってきてもおかしくない。
「その上で、ここで断言しておく。先ほど宣言した通り、俺がロビンを捨てる事はない」
出来る限りのことはする。
それで死んだらすまん、出来る限り道は作っておくから許してくれ。
「海兵諸君らは、手狭になるがあちらの船に移ってくれ。敵の目的は今一見えないが、恐らく海兵奴隷の件を
この襲撃が海軍の総意ではないのは間違いない。
となれば、あのカスはおそらく逃げるつもりだろう。
疑問点として、ロビンに価値があると言ってもこれだけの騒ぎを帳消しに出来るような人物があんなカスと真っ当な取引をするかということだが……。
(捨て駒だろう。相手――本丸も足が付く真似はしていないだろうし、ここさえ乗り切れば海兵奴隷の一件に一応の決着は付く)
そして最大の問題は、事態がもっとやべぇ話になりかけているという点だ。
助けて、ホント助けてクレメンス……。
「そして、もしお前らが海賊の道をここで選ばないのならば、避難民として向こうに移れ」
まさか、万が一がこうも早まるとは思ってなかったが――
「まだ手配されていないうちならば、クザン中将にお前らの受け皿になってもらえるように頼んでいる」
ダズが珍しく驚いてこっちを見る。
「いつの間に……」
「最後に手紙のやり取りをした時に」
「相変わらずの手際だな」
ロビンとクザンがまた繋がり持った時点でフラグは立ってたからな。
念には念を入れて万が一に備えていた。
「ホロホロホロ、私はお前に付いていくぞ。私はどっちにせよお尋ね者になっていただろうからな。堅苦しい軍の世話になるのはごめんだ」
一番不安だったペローナが真っ先に結論を出す。
……お前変な所で度胸あるよね。
「俺もだ、キャプテン。アンタになら付いていく」
ダズの言葉にロビンも頷いて、こっちを見る。
『待たせたな。こちらは本部大佐、モモンガである。民間人の保護の立ち合いに来た』
…………聞き覚えあるけど誰だっけ。
まぁいい、信頼できそうな面構えではある。
「立ち合い、感謝する! ……よし、海兵諸君は移動してくれ」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
あの日、隠し倉庫の中で見た背中がずっと目に焼き付いていた。
「キャプテン・クロ……」
「アミス、そんな顔をしないでくれ。やっと帰れるんだ」
覚悟を背負い、仁義を
本部大佐と海兵の監視の中、もう一隻の船――臨時の避難船へと自分たちが移るのを見守っている。
「でも――」
「元々諸君らは海兵で、俺達は海賊なんだ。まぁ、なんとかしてみせる」
悪魔の実を食べた能力者たちを相手に、海兵を守るために小さな体で一歩も引かなかった人を罪人として、自分達は置いていかなくてはならない。
立ち合いとして来た海兵達は、事情は知っている者なのかもしれない。
誰もが気まずそうな顔をしている。
「ほら、忘れるな」
そして彼から、自分が着ていた服を渡される。
あまり汚すわけにはいかないと着替えていた、海兵服だ。
どうしてだ。
どうしてこの服を、この人は着る事が出来ないのだろう。
「キャプテン・クロ……私は……正義は――」
あの日を自分は忘れない。
同じ正義を背負った仲間に手錠を掛けられ、口枷を嵌められた時の混乱を。
同じ正義を掲げたはずの上官に、体をまさぐられて値付けをされた時の恐怖を。
「正義……正義なんて――っ!」
気付いていた。
いつの間にか、自分はかつて袖を通していたこの白い服を嫌悪し始めていた。
目に入るだけで苛立ち、背筋がすくみ、顔を背けたくなる。
手にしている制服が、この世でもっとも汚くおぞましい物に思えて仕方ない。
「こんなもの!!」
それがなんなのか分からない程ぐちゃぐちゃになった感情のままに、それを海に捨てようとして――
「止めておけ」
その手を、自分よりも小さい――
「もったいない」
だが大きな手に受け止められていた。
「この服が嫌いになったか?」
気が付いたら涙でぐしゃぐしゃになりながら、言葉を発することも出来ずにただ頷いた。
「……貴女は、この服の価値を勘違いしている。背中にいずれ背負う正義という言葉の価値も」
「そもそも、海兵服にも正義という言葉にも……等しく価値はない。俺が掲げる仁義にもだ」
思わぬ言葉に、顔を上げる。
「正義という言葉に、その手にしている服に価値があるなら、貴女を――諸君らを物扱いした連中はそれに見合う価値があったことになるが……そんな訳がない。正義ほど薄っぺらい言葉はなく、海兵服はただの制服に過ぎない」
「それでも、海兵に憧れる者は後を絶たない。一攫千金を夢見て海賊になる者が増える一方で、海兵を志す者もまた確かにいる。なぜか」
「決まっている。服や正義がかっこいいからではない。――誰がために立ち上がる意思が美しいからだ」
服を持つ手に、思わず力が入った。
「誰かの役に立ちたいという意思が服に意味を与え、守りたいという意思が正義の二文字を輝かせる。その服の本当の価値は、他ならぬ貴女の意思の価値」
「……捨てるにはもったいない。取っておけ。……貴女なら、その服もまた輝かせられるさ」
これから死地に赴くというのに、いつもと変わらない。
―― 海兵諸君、背筋を正せ。
あの時と変わらないように、また立ち向かうのだろう。
曲げられないもののために。
服を掴んだまま、足が進む。
立ち合いの海兵を率いる大佐の前まで歩き――止まった。
「…………それでいいのか?」
本部大佐の問いの意味は分かっている。
持ち帰るはずの海兵服を、自分は大佐へと差し出していた。
「この服の価値を教えていただいた今でも、自分はもう……この服に袖は通せません」
「…………わかった。預かろう」
大佐は服を丁寧に受け取ってくれた。
――もう、迷いはなかった。
進んでいた方向と反対の――来た道を振り返る。
キャプテン・クロが、珍しくキョトンとした顔でこちらを見ている。
「すみません、キャプテン・クロ!!」
「それでももう、自分はこの服を着れません!!」
自分の後ろに続いていた人間の顔を見て、理解した。
「あの時は、成すがままに売られる道を選ぶしか出来なかったけど、今度は自分で選びたい!」
この人たちも、同じ道を選ぼうとしている。
「私は――私はっ!」
「貴方に殉じたい……っ!」
( ゚д゚)
( ゚д゚ )
次は多分月曜か火曜あたりの投下になると思いますー