聖地マリージョア。
赤い大地の上に鎮座する、天竜人の住まう文字通りの世界の中心。
あらゆる諍いが忌避されるハズの聖地は今、
「我々は攻撃を指示した覚えはない! まだ奴隷にされるところだった海兵が残っているんだぞ!? 政府側の差金ではないのか!?」
「現在政府としても事実関係を確認中だ。それが終わるまで――」
「海兵奴隷の一件からそればかりではないか!!」
「ならばニコ・ロビンの件はどうなのだ? 海軍があのオハラの生き残りを隠蔽していたのではないか?」
「馬鹿な事を!!」
「事実、バスターコールの中で巨人族の海兵がニコ・ロビンを匿っていたという目撃情報が入っている。貴様ら、政府を裏切るつもりではないだろうな」
「いくら五老星といえど、それ以上の海軍への侮辱は許さん!!!」
世界政府における全軍を掌握する全軍総帥と、世界政府における五人の最高権力者。
本来ならば手を取り合わなければならない両者は、今にも激突しそうなほどに激高していた。
(いかん、このままでは……)
本部大将であるセンゴクは、今回呼ばれた海兵達の様子を見て焦っていた。
怒りに震えている総帥や、その後ろでいつ暴れ出してもおかしくない様子の教官ゼファー。そして――
(頼むぞガープ、本当に頼むから堪えてくれ! お前が暴れ出したら全てが悪い方向に転がるんだからな!!)
海賊王ロジャーとの戦いで一躍英雄となったガープの震える腕を、こっそり押しとどめる中将つるがいた。
クザンはどこか落ち着きがなく、サカズキはずっと難しい顔をしたまま拳を握りしめている。
一方の五老星は平然としているが、周囲にCP0が控えているのが分かる。
もはや、いつ開戦となってもおかしくない雰囲気だ。
(おかしい。あの男がニコ・ロビンを匿っていたのはまだ分かる。あの男ならば手を差し伸べるだろう)
センゴクの目から見たクロという男は、罪人ではあれど『悪』にはほど遠い男だった。
ならば、それが賞金首だとしても子供であるニコ・ロビンをもし発見し、助けを求められたのならば匿う事は想像に難くない。
(だが、なぜその情報が
ニコ・ロビンがクロの下にいるという情報が上がったのは、ようやく政府から声がかかり海兵奴隷の一件で政府に進展があったかと思った矢先であった。
(コング元帥)
センゴクは、総帥の後ろで自分やゼファーと共に控えているコング元帥に目線を送ると、元帥もわずかに不安そうな眼差しで小さく頷く。
(くっ、政府から呼び出されたとはいえ、やはり自分は
センゴクが念のためにと実力、人格共に申し分ない部下を残しておいたのだが、連絡はまだ来ない。
(今、
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
一隻の海賊船目掛けて、大量の砲弾が発射される。
うん、つまりこちら目掛けてである。本当に勘弁してほしい、ほしいが……。
(おまえら、ちょっとベッジの所の兵隊見習ってこい)
あの時はほぼ零距離射撃というのもあったが、それにしても狙いが雑というか……。
宙を走り回り、片っ端から蹴り飛ばしていく。
あの時と違い蹴り飛ばす方向を気にしなくていいというのもあるが、数は圧倒的なのに全然やりやすい。
……いや、でもそりゃそうか。
あの時のベッジはキャタピラで走り回って固い装甲で蹴り防いだ上で大砲とか銃弾バカスカ撃ちこんできてたんだから。
「大佐! 敵は……『抜き足』はどこに!?」
「く……っ。最後に視認できた方向にとにかく撃ち込め! そのあたりにいるはずだ!」
いやぁ、俺はもうそこにいないし、そもそもそちらの船にもう乗ってるんだけどなぁ。
……あの、本当にお分かりでない? 俺、貴方のすぐ後ろにいるんだけど。
まぁいい。とりあえず『猫の手』を試しておこう。
「
両手の『猫の手』を逆手で嚙み合わせて、互いを滑らせて勢いよく開いて目的の物を斬る。
「!? マストが――貴様、いつの間に!?」
「反応も判断も遅い」
とりあえずマストを切り倒して、ついでに
これでこの船は操舵不能だ。
―― おのれ! 総員かかれ! せめてここで討ち取らなければ……っ!
―― 大佐、駄目です! もうどこにもいません!
船を沈める必要はない。さっさと離脱して次の目標を探そう。
とにかく航行不能な船を増やして包囲までの展開を遅くすればいい。
……うん、突風のせいで何隻か進路変更に失敗して横転してたりするけど……運が悪かったとそれは諦めてくれ。
正直、救助活動なんかのおかげでそこそこの数の船の足止めになっているからちょうどいいっちゃいいんだが。
「ロビン、電伝虫は相変わらずか?」
宙を走りながら手の甲の辺りに生やさせた耳に話しかけると、その側に口が生えて喋り出す。
『うん、戦闘が始まってからずっとノイズしか出ないよ』
「やっぱりか……。先ほどから海兵達は、手旗信号で連絡をとりあっている」
『どうして? 電伝虫の方が確実だし、手旗信号じゃ視づらいのに……』
「全ての念波を遮断したいんだろうな」
確信した、間違いなくあの統括とかいう名ばかりのカスの後ろには誰か――多分、未来の謀略大好きドピンクイキりおじさんが付いている。
そうでもなければ意味がない。
(あぁ、情報の制限は謀略の基本だよな)
何が起こっているのかは大体察した。
モモンガとかいうあの本部大佐、多分センゴクさんが残した人なんだろう。なにかあると感じたのか念のためかわからないけど、それでもセンゴクさんとの通信手段は持っているハズ。
だからだろう。今こうなっているのは。
(大方、今余計な事を喋られると逃げるのが難しくなるから妨害しておけみたいな事言われたか)
スゲーなあの統括。自分から棺桶担いで墓場に全力ダッシュして自分の墓穴掘りまくってやがる。
まぁ、一理あるといえばある。
事態を知ったらセンゴクさんやらサカズキやらが来て何もかも崩壊させるだろう。
そう考えると、逃走を目的にしている自分達にとっても都合はいい。いいんだけど……。
「ロビン、ダズに進路はプランCを選ぶと伝えてくれ。俺はもう少し後方の足止めをしてから戻る」
『C? 一番危ないルートじゃないですか?』
「まぁ、そうなんだが……」
直撃コースっぽい砲弾を蹴り落とし、反動で放った
……まぁ、いい。そろそろ本格的に敵本陣に肉薄するから砲撃も誤射を恐れて減るだろうし、速度さえ下がれば問題ない。
自分達の船の甲板を確認すると、なんとか飛び移ったのだろう兵士がアミスにサーベルで斬りかかるが防がれ、そのままアミスともう一人――例の防御訓練頑張ってた子の二人がかりで抑え込まれて海に落とされた。
よしよし、それでいい。
下手に斬っちゃうと後味悪いし、アミス達海兵組の士気に関わる。
(ダズの指示か。いい方向に成長してるな)
本来なら一人で任務をこなす殺し屋だったけど、こっちじゃいい感じに人を使う事を覚え始めている。
「一旦戻って甲板で敵の迎撃に移るが、今のうちに進路を取っておいてくれ。その方が相手も驚く。復唱」
『は、はい!』
『これより、敵海軍旗艦に向けて進路を取るよう伝えます! ……で、いいんだよね』
「ああ、それでいい」
さて、通りすがりに殴りかかるようで大変申し訳ないんだけど、こっちにもちょっと用事がある。
統括支部長殿の船、ちょっとの間占拠させてもらおうか。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「副船長! 甲板の敵の掃討、完了しました」
「こちらの負傷者や落ちた者は?」
「ありません! 点呼した所、全員揃っております!」
「……よし、すぐに本格的な戦闘になる。キャプテンが戻るまで万が一がないように持ち場に就け」
海軍時代の癖で自分に向けて敬礼をとるアミスに小さく苦笑をしながら、ダズは眼前の一団を見る。
進路は、敵旗艦の真横をすり抜ける進路だ。
当然敵の中でも主力が揃っている。
あるいは能力者がいるかもしれない。
「ペローナ」
「ホロホロ、分かっている。出鼻を挫けってんだろう?」
「そうだ。ここから先、操船にわずかでもミスが出たら、戻すために時間のロスが出る」
「そしたらロス分海兵が乗り込んでくるな。あぁ、任せておけ。
ダズの横でペローナは、周囲にゴーストを漂わせてふわふわと浮いている。
幽体離脱した体で、甲板に飛び込んできた敵への威嚇も兼ねてだ。
攻撃されれば当然すり抜け、相手は能力者の存在に気が付く。
4つの海のレベルでは、能力者の有無は戦局を大きく左右する。
敵にそれがいると――それも対処法が分からないものだと知らしめれば、大きく士気を下げる要因になる。
「こちらは大砲が一門もない。敵船は沈めず、航行不能にすることで障害物として利用するという事だが……」
「いざってときは特ホロで沈めてやるよ。あれから練習してんだ。あん時よりも威力出せるぞ」
ペローナの言葉にダズは小さくうなずいて、自分達が辿ってきた後方を見る。
いくつか統率の取れた船団が自分達を包囲し乗り込んできたものの、結果として全て立ち往生。
そこから離れた所には、クロの足技によって帆が切り裂かれ出遅れている船や、操船に失敗して横転している船もある。
そして今、また一隻帆を切り裂かれ――
「――よし、誰も脱落していないな?」
それとほぼ同時にこの船の船長が、音もなく甲板の真ん中に降り立った。
「キャプテン。随分と早かったな」
「あぁ、思ったより兵士が弱くてな……。ペローナの一件の時の海兵はかなりの上澄みだったようだ」
「ホロホロホロ、単にお前が更に速くなったんじゃねぇか?」
ペローナがそういうがクロは納得した様子はなく、軽く肩をすくめている。
「問題は、今からその上澄みの兵士が大量に来る可能性が高いという事だ。全員気を抜くな。ここからは速さに加えて正確さが必要になる」
舵輪を任されている元海兵が、緊張しながら進行方向を見据えている。
「元々潜入計画を立てる際に、周辺の地形を調べていたのが役に立った。操舵手、海図は頭に入ってるか?」
「はい! 問題ありません!」
数少ない男―― 一見女に見える男の元海兵は、残った元海兵組の中でも特に努力家な男だった。
まだ海兵であった頃でも、仮拠点の島では特に訓練に熱心だった兵士の一人で、先日の対ゾンビ軍団戦でもダズが覚えていたほど、崩されずに前線を支えていた。
「最悪なのは足を止める事だ。足を止めた瞬間、海兵が大量に乗り込んでくる。そうなれば数で押し切られる」
アミスをはじめ戦闘を任されている人間が、気を引き締める。
「だから、相手が操船を躊躇う所を切り抜ける。観測手は海面をよく見て、異変を感じたら操舵手に必ず伝えてくれ。戦闘員は操船要員の死守を」
「ここからが本番だ」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「なにをやっているんだ!!」
この海をこれまで統括してきたと日頃豪語している男は、あまりの状況のふがいなさにみっともなく叫んでいた。
「相手はたった一隻!! 武装すらないただの船だぞ!?」
目の前で、この船を目掛けてまっすぐに突っ込んでくる敵船に乗りつけようとした軍艦が、マストを斬り落され、甲板にいた兵士たちは次々に倒れていく。
敵船――旗こそないが海賊船の背後から、風を受けて接近していたキャラック船は、突如その側部に現れたとてつもなく巨大な幽霊の爆発の余波でバランスを崩し、横転した。
そしてそれが障害物となり、周りの船が近づく障害になってしまっている。
「さっさと押さえろ! ガキと雑魚しか乗っていないんだぞ!!」
「し、しかし支部長! 相手は一億に近い賞金首の『抜き足』です!」
「乗っている他の海賊達も、連携が取れていて切り崩しにくいという報告が入っています!」
「駄目だ、別働隊もマストと舵輪をやられた! 航行不能の信号確認!!」
「ジェイス大佐の一団もやられました! 乗り込んだものの迎撃を受け、全員海に落とされた模様!」
(馬鹿な! 高額賞金は例の事件を知っているから付けられたという話ではないのか!?)
「モモンガはどこだ! 本部の大佐なら――」
「げ、現在式典開催地の警護を固めています!」
「なぜそんな所にいるんだ!?」
それを指示したのは他ならぬ統括支部長自身なのだが、本人はすでに忘れていた。
ただ単に邪魔者を遠ざけたいだけだったため、碌に覚えていなかった。
「おい、今すぐどの艦でもいいから奴らの船に体当たりさせろ!」
「は?」
「これだけ強いのなら『抜き足』も何らかの能力者のハズだ! 船ごと倒せば碌に戦えはしまい!」
「ですが、ニコ・ロビンは?」
「そんなもの後からどうにでもなる! 今はあのガキを――」
なんとかするんだ。
その一言を男は言えなかった。
言おうとした瞬間、自分の周囲を固めていた海兵と共に、突然顎に走った衝撃を受けてその場に崩れ落ちたからだ。
―― よし、予定通り。あとはタイミングが合えば離脱が楽でいいんだが……
―― さて、統括支部長殿。突然の来訪で申し訳ないが、妨害念波を出している電伝虫の在りかを教えてもら……
―― あ
てへぺろ