「ここまでだ海賊! 覚悟し――」
カァン!
「なっ、能力者!? ニコ・ロビンや『抜き足』以外に、こんなにも能力者が揃っているだと!?」
「愚かな」
海賊、ダズ・ボーネスは体を刃に変化させず、ただ鋼化させた上で思い切り押して海兵を海へと叩き落とした。
「我々のキャプテンは、あの不味い実を口にしたことはない」
「ホロホロホロ。クロは変な所で美食家だから、不味いと分かってるアレを食べようとは思わないだろうな」
「…………確かに」
甲板に乗り込んだ兵士の大半は、すでに船の外――海へと追い出されていた。
次に接近してきた船に対して、ペローナが大量のゴーストをけしかけ、次に飛び移ろうとしていた海兵達を全員無力化する。
―― 全員何をやっているんだ!? さっさと飛び―― こんな身分で大声出して申し訳ない……
―― このまま甲板のシミになりたい…………。
―― 自分みたいな人間が子供に剣を突きつけるなんて……そうだ、死のう。
こと、制圧力という一点においては絶大な力を持つペローナにとって、この程度の海兵ならば大した脅威ではない。
「新入り共も思ったよりやるじゃねぇか。動きのいい海兵相手に、基本二人がかりとはいえちゃんと戦えている」
「当たり前だ。一月ほどだけとはいえ俺とキャプテンで鍛えたんだ」
全身刃物人間のダズや、圧倒的なスピードを持つためどこから攻撃が来るか分からないキャプテン・クロとの手合わせは、本人達も予想していないほど濃度の高い経験値をそれぞれの中に積み上げていた。
「問題はキャプテンの方か……。ロビン、そっちの様子はどうだ?」
戦闘や略奪といった
目をどこかに咲かせている証拠なのだが、これは滅多にない。
以前クロの身体に目を咲かせたままにしていたら、あまりの速さに酔ったからだ。
『ごめん、今はちょっと忙しいの。キャプテンさんに頼まれて、両目とも探索に使ってて』
「む、探索?」
「例の電伝虫が見つからねぇのか」
ダズは船の進み具合を見る。
風は相変わらず強く、帆は風を受けて力強く張られている。
まだキャプテンが乗り込んだ旗艦の側面に辿り着くには時間がかかるが、もし
「ペローナ、特ホロで周囲の船をいくつか横転させろ。この風ならいける」
「特ホロだと射程少し落ちるぞ?」
「キャプテンが乗り込んでいる旗艦に敵船が近づく障害になればいい。……だから沈めるな」
「ホロホロ、よし任せろ」
言うや否や、偽りのペローナの手の平から、まるで風船が膨らんでいくかのように巨大な半透明のゴーストが現れる。
「行くぞ、海軍!」
――大佐! またあのゴーストが!
――銃兵達はあの能力者を狙い撃て! 怯ませるだけでもいい!!
わずかにそんな叫び声が聞こえてきたが、ダズもアミス達も何もしない。
実際、この遠距離で奇跡的にペローナを直撃したいくつかの銃弾はそのままペローナの身体をすり抜け、甲板や手すりに小さな焦げ跡をいくつか付けただけだ。
「ホロホロホロ! そんなもので!」
「私達を止められると思うな!!」
――神風ラップ三連!
直撃すれば船体に多大なダメージを与えるだろう一撃は、船底部から少し離れた所で連続した爆発を起こし、海軍の船を大きく傾かせた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「まずはニコ・ロビンを押さえろ。奴の存在は脅威以外の何者でもない」
「同胞達に殺し合えとおっしゃられるのですか! まずは事態を収拾させてもらいたい!」
「結果ニコ・ロビンを――オハラの知識を逃す可能性があるのならば、どれほどの犠牲が出ようと潰さなければならん」
「しかし――」
「むしろ、ニコ・ロビンを抑える事に腐心している西の海の支部長の方が、よほど海兵として正しいではないか」
「ぐ……っ」
話し合いはまったく進まない。
海軍側としては、海兵の売買に関して政府から言質を取りたい。
政府としては、何よりもまず『オハラ』の知識の流出を防ぎたい。
「それに、すでに一部の海兵達は海賊として活動しているという報告が上がっている」
「あの取引さえなければ、真っ当な海兵だったのです!」
その言葉に、ゼファーとガープが拳を握りしめる。
それを見たセンゴクとおつるの二名が思わず動こうとした時、ドアが強くノックされた。
「何事だ!?」
五老星の一人が叫ぶと、海兵が一人入ってきた。
「申し訳ありません! 西の海のマッズ統括支部長の電伝虫が繋がりました!」
海兵側はもちろん、五老星たちもそれに反応した。
「マッズの奴、なぜ今になってようやく!?」
「あ、いえ、それが……出ているのはマッズ統括支部長ではなく……」
「海賊、『抜き足』のクロと名乗っています!!」
椅子に座って身じろぎもしなかったサカズキやその横に立つクザンも含め、その場にいた誰もが虚を突かれた顔で、海兵が持ってきた電伝虫に目をやった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
今後どう荒れるか分からんし、あるいは情報を上げることで混乱を多少は抑えられるかとセンゴクさんに情報を上げようとここまで来たが、さすがにちょっと諦めそうになったわ。
「ロビン、助かった。こっちの様子は聞かせるから、後は自分の身を守る事に専念していてくれ」
いやホントに助かった……。
俺一人だとあんな分かりづらい所にあった金庫なんて見落としていただろう。
このバカはなにやっても全然起きねぇし……いい感じに脳を揺らしてしまったか。
滅茶苦茶手加減したつもりだったんだけどな。
『うん、わかった。キャプテンさんも気を付けて。海軍の船がたくさん来てる』
「心配してくれてありがとう。だが大丈夫だ、問題ない。そっちこそ気を付けてくれ」
うんまぁ、実際海兵のレベルがこの程度なら……全く問題ない。
ベッジやモリアの時みたいに変な縛りがあるわけではないし、戦う場所だって自分で選べる。
(それに――)
足元で寝ているここの統括支部長――叩いても起きないなら起きるまで叩けばいいじゃないと顔がすげぇ腫れ上がってる――は結局起きなかった。雑魚。
(いやぁ、賄賂なりなんなりで駆け上がったタイプだとは思うが、このレベルで上になれるんなら……うん)
さすがにグランドラインの海兵はここまで甘くないだろうが、四つの海の海兵のレベルがちょっと心配になっていた所で、
『抜き足! お前なのか!?』
電伝虫に出たのは予想通りセンゴクさんだった。
やっぱりいたか。
「センゴク殿、お久しぶりです。そちらもお忙しい状況だとは思いますが、こちらの状況をまずお伝えします」
後ろがエラいざわついている。
マリージョアにいるとは思うので多分、海軍の人間用の詰所なり待合室みたいな所だろうし、ひょっとしたらクザン達もいるかもしれない。
「あるいはすでに耳に入っているかもしれませんが、ニコ・ロビンの一件で海軍の
『では、捕えられていた海兵達は!?』
……あれ? ロビンの事あっさり受け入れられたな。
もっとこう、罵りの十や二十くらい飛んで来るかもと思ってたんだけど。
「交戦前に、民間人として本部大佐モモンガ殿の立ち合いの下保護していただきました。詳しくは彼から……おそらく、今なら通信が使えるようになっているハズです」
俺がそう言うと、センゴクさんの安堵のため息が聞こえてきた。
その背後からもだ。ただ――
「ただ……」
アミス達の事をどう説明すればいいんだ。
自分だって正直まだ呑み込めてないのに……『海兵達が自分のためなら死ねると言い出して今元同僚相手に交戦してます』?
運命は俺に恥ずか死ねとおっしゃる?
助けて……ホントもう助けてクレメンス……。
「申し訳ありません、そのうち二十近くの海兵は、私の下に」
『分かっている。そっちの方の話は聞いている。海賊になった者がいると……』
…………あ?
それを聞いているのに海兵達を返したことは知らなかった様子だった。
後ろから聞こえてきた反応も含めて多分。
なのに、海兵が海賊になった事は知っていた?
…………。
「センゴク殿。海賊としてニコ・ロビンを迎え入れて、なおかつ交戦している身で失礼なのは重々承知ですが、お聞きしたいことがあります」
あー、なんか接近してくる船もあるし、どこまで話できるかな……。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「――以上だ。正直、お前から聞いたことの方が情報量が多い」
電伝虫の会話は、この部屋にいる全員が聞いている。
五老星も、一言も口を開かず会話を見守っている。
あるいは、会話からクロという男を推し量っているのかもしれない。
『……こちらの支部長は、電伝虫を金庫の中に入れて隠していました。その横に妨害電伝虫をわざわざ置いてまでです』
「……支部長は、事態を隠したい者と繋がっていたと思うか?」
あえてそういう言い方をした。
ガープ辺りが歯を食いしばる音がしたが、事態を収めるには言葉にインパクトが必要だ。
今回の一件で海兵を救い、守り続けた異色の海賊。
ニコ・ロビンの件があるとはいえ、今回の事情を知る海兵からはそれなりの信頼を得ている。
(なにより、お前なら――)
『いいえ、逆でしょう』
なにより、この男は野蛮や粗暴と言った言葉から程遠く、知性を感じさせる。
(そうだ、お前なら気付く)
『今回の一件……いえ、奴隷の一件から続くこの事態は、何者かによる世界政府への
クロという
『センゴク殿、今回の一件、海軍側が現場の情報を把握できなかったように政府側も把握できていないのではないでしょうか? 海兵の動きもそうですが、政府側も動きが鈍いように感じます』
五老星の面々が小さく体を動かす。
「……政府の人間とは話をしているが、そういう素振りはなかった」
『隙を見せまいとされたのでしょう。世界政府――世界は色々な物を清算せずに積み上げすぎた』
一瞬、電伝虫の向こう側の海賊に今この場にいる面子の事を説明するべきかとさすがに思った。
だが五老星は、まるで先を促すようにどっしりと座ったままだ。
『長い世界政府の歴史から、彼らは自分達に反旗を翻す者が出る可能性に慣れすぎている。そして
『奴隷、貧困、飢餓、戦争、天災、海賊――そして
『だが、多くを押さえつけるという事は多くが敵という事。それらに備えている日常の中に、海兵奴隷という
『おそらく政府側も海軍側も、欲しい情報の
『奴隷の件で海軍は政府に怒りと不信を覚え、政府はそれを受けて不安を覚えたハズ』
『海軍組織への不安は不信をよび、互いが互いの不信を読み取りそれは不審へと成長する』
『そんな状況で、得た情報が断片のみ。それだけで不安を煽るモノ』
『そうして断片から自ら組み立てた情報は、どうしても不審の香りが強く残る』
『……全員を騙す必要はない。海軍、政府で、ある程度の影響力を持つ数名に互いへの強い不審が残ればそれだけで敵は目的を達成できる』
『敵の目的は、政府内部の消えない火種を増やすことです』
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
実際、今回の件で海軍と政府が対立まで行くかというと微妙だと思う。
不審は凄まじい物になるだろうが、天竜人だけが動いていたのではなく海兵の中にも裏切り者がいた。
最終的にそこらの事実を使って、後はすでに奴隷として売られた海兵の把握やら回収やらで手打ちっていう流れになったはずだ。
推定真犯人(のちの41歳)のやったことは、その解決の時間を小細工で引き延ばして、互いの不信感を煽ったって所だろう。
『……抜き足』
「なんでしょうか」
『お前と話をしたいという
…………。
「ええ、構いません」
俺がそう答えると、受話器を誰かが握り直すノイズが入る。
誰だろう、全軍総帥とかかな……後のコングがなる役職。コングは……この時期だと元帥だっけ。
『話は聞かせてもらった。『抜き足』のクロ……面白い男だな』
「恐縮です。……失礼は重々承知ですが、どなたか伺ってもよろしいでしょうか」
『……そうだな。声だけでは分からんものだ』
『五老星。そういえばわかるな?』
…………。
「これは……失礼いたしました。知らぬとはいえ、ご無礼を」
センゴクさんがいた所、海軍の集まりじゃなかったの!?
『よい。我々が聞きたいのはただ一つ』
『貴様、七武海の地位に興味はあるか?』