「まだ14歳。身の安全を餌に権力側に取り込めば、あの才覚をこちらに染められると思ったが……」
「抜き足のクロ……末恐ろしい男が現れたものだ」
「ジャルマック聖め、余計な事を」
海軍将校たちとの協議が終わり、彼らが去った後の部屋には5人の男たちがテーブルを囲んでいた。
「どう思う?」
「今すぐに消すべきだ。時を置けば置くほど手に負えなくなる」
「だが、肝心の海軍はどうだ? あの男を討つ事に躊躇いが出ないか?」
「躊躇い程度ならいい。最悪、殺したことにしてニコ・ロビンごと一味を海軍組織の中に匿いかねん。なにせ一味のほとんどは奴隷になるハズだった元海兵だ。十分にあり得る」
「……火種を警告した男が最大の火種とは、皮肉だな」
男たちは、一枚の手配書――眼鏡をかけた、14歳にしては鋭い目をした海賊のソレを囲んでため息を吐く。
「サイファー・ポールはどうだ?」
「今は別件で動いている。0もだ。近年、妙な動きを見せる国家が増えているのでその調査にな……」
「だいたいは天上金を納めるのに精いっぱいの貧困国だろう。飢えた人間に何ができる」
「それでも数は力だ。調査しておく必要がある」
長い刀を持った年寄りが、深いため息を吐く。
「誰もが耐えているだけ、か。……耳の痛い事を言う男だ」
誰もが、写真に写っている男を子供と見ていなかった。
「そもそも、どうやってレッドラインを渡ったのだ?」
「そちらについては、当時東の海で赤い大地の絶壁を疾走する何者かの話が上がっていた。与太話だろうと思っていたが、直前までの『抜き足』の目撃情報とも合致する」
「…………本当か?」
「実際に交戦した海兵からも、奴の脚力は常人離れしていたという報告が上がっている」
「……頭の切れだけではなく腕も立つ、か。やっかいな……しかもそれがオハラの遺児の守り手になった」
「あの様子では、何があってもニコ・ロビンを切り捨てる真似はしまい」
もっとも大柄な、ただ一人椅子に座っていない男は、置かれている手配書を手に取り口を開く。
「少なくとも、奴は自分から世界を動かそうとするタイプの男ではないように見える。無論、なんらかの刺激によって政府を敵視するようになる可能性はあるが、現時点では天竜人にさえ深い怒りを見せてはいない」
「……では、放置か?」
「出来る限りの情報収集しかあるまい。新興勢力ゆえにフットワークも軽い。あの男ならそれを活かして隠れるだろう」
「気を付けろ。この男は間違いなく、これまででもっともやりづらい敵になる」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
西の海の地区本部の戦力と『抜き足』の戦争が終わって一月。
海兵奴隷の一件の捜査が進み始めて、徐々に
「なんじゃい、おつるちゃん。書類仕事か?」
「ガープ、アンタもちょっとは書類片づけてやりな。また部下の子に任せっきりなんだろう?」
「ぶわっはっはっは! 儂がやると手直しだらけで二度手間三度手間になるからのぅ!」
「まったく、アンタは……」
「それで、それはなんじゃい?」
「例の海賊と地区本部の戦闘記録だよ。やっと各船の動きがちゃんと分かってね」
海賊、という言葉に伝説の海兵が眉を動かす。
嬉しそうにだ。
「クロか! ぶわっはっはっは! まったく、また妙な海賊が現れたもんじゃのう!」
「呑気だね、アンタは」
「そういうな。儂とてあの男の話を聞いていたんじゃ、思う所はある」
「……ゼファーはどうしてる?」
あの時、クロと五老星の話を聞いていた者達は少なくない。
元帥のコングやセンゴク、ガープといった重鎮に加え、実際にクロと共に今回の件に当たったサカズキやクザン、そして、多くの海兵達を育て上げ、今回の一件で最も怒りに震えていた教官ゼファー。
「とりあえず海軍に留まる事になった。クザンやボルサリーノの奴が必死に説得してなぁ」
「……よかった。これから新体制になるんだ、これ以上人員が減っちゃあ組織が成り立たなくなるよ」
「まだ分からんぞ。あくまで
その言葉に二人の表情は曇る。
戻ってきた海兵達の姿を見てしまっているからだ。
体に傷がある程度ならいい方だった。
四肢のいずれか、あるいは全てを失っている者もあれば、酷い火傷で爛れている者もいる。
一見五体満足な者でも表情は乏しく、人の顔を見ようとしない。
逆に、酷い身体になっていてもずっと笑顔を貼り付けて震えている者もいた。
「……正直ね、アタシは海賊クロと
「それは儂もじゃわい。……今度元帥になるセンゴクも、複雑じゃろうて」
―― 仮に今回の一件、捕まっていたのがただの一般市民だったのならば、海兵はどこまで動いた?
―― 囚われた者達の心身に、果たしてどこまで寄り添った?
あの時、あの場にいた海兵で、あの海賊の問いかけが刺さらなかったものはいなかった。
クザンも、そしてサカズキも返す言葉がなく、血が滲むほどに拳を握りしめていた。
元帥――全軍総帥になるコングに至っては悔しさと至らなさでわずかに涙を零すほどだった。
「ゼファーの奴、もし海軍を辞めていたらクロの所に行ってたかもねぇ」
「あぁ、あり得るのぅ。五老星と渡り合う気骨もそうじゃが……奴の生き方は眩しすぎる」
緘口令こそ布かれたが、その頃にはすでに噂になっていた。
奴隷の件に加えて、それを救った少年海賊の存在は、もはや海軍内部で静かに伝説になりつつある。
『ガープ中将! ガープ中将!? ……ちょっとガープ君!!』
「ほら、呼ばれとるよ。例の若い子だろう?」
「おっと、そういえば約束しとったのぅ」
豪快に笑い飛ばす老兵に、おつるがため息を吐くのと同時に乱暴にドアが開かれる。
「もう! 訓練に付き合ってくれるっていう話だったのになんでこんな所にいるんですか!? 憤慨よ、ヒナ憤慨!」
「ぶわっはっはっは! すまんすまん、忘れておった」
「悪いねヒナちゃん。コイツはこういう奴なのさ」
現れたのは、まだわずかに幼さの残る海兵の少女だった。
「訓練場を空けるのに苦労したんですから! お願いします!」
「アンタは真面目だねぇ。ガープもちょっとは見習いな」
「やれやれ、耳が痛いのぅ。ヒナ、もうちょっと肩の力抜いてくれんと儂が居辛いじゃろうが」
「真面目な新兵を悪い道に引き込むんじゃないよ、ガープ」
おつるは、書類はトントンと整えて立ち上がる。
せっかくだから、新兵の訓練に付き合おうとしていた。
「それにしてもヒナちゃん、元々真面目だったのに最近偉く訓練に力を入れてるね。何かあったのかい?」
なにせこの老兵は伝説の海兵とはいえ無茶苦茶な男だ。
無茶苦茶だからこそ伝説になったのかもしれないが、新兵の訓練に適しているか、おつるは少々心配になってしまったのだ。
一方ヒナは少し顔を暗くし、口をもごもごさせる。
「……捕まえたい男が、ドンドン先に行くから……」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「キャプテン・クロ、キャンプの設営完了しました」
「よし、とりあえずの引っ越しは終わったか」
引き渡した海兵達からやはり聴取はするだろうし、そうなるとあそこの事は知られる可能性が高いのでこの一月でマフィアの船や拠点を襲って金と物資を調達しながら、新しい無人島を見つけてそこに船をつけた。
とりあえず寝泊りできる環境は整い、船はちょうどいい崖の横穴に隠した。
あれだ、修行も兼ねて蹴りで洞窟広げてもいいな。
それが出来れば船の隠し場所もキチンと作れるし。
「さて、皆少しいいか?」
俺が声をかけると、テントの設営やら火起こしやらを終えた面々が集まってくる。
……うん、海賊なんだから綺麗に整列しなくてもいいんだよ?
まぁ、いいけどさ。
「俺たちは、名実ともに海賊になった。……旗も出来たしな」
地面に枝で書いては消してを繰り返していたペローナとロビン、そして旗に清書したアミス――地味に絵が上手かった――がクスリと小さく笑う。
すごいよね。途中で見た時デザイン案もう60くらいあったよね。
「これから先はマフィアや海賊、そして海軍や政府の人間との闘いになる。……激動の時代の中を泳ぎ切らなければならない」
ダズも含めた全員が小さく頷く。
うん、覚悟はある。
そこは正直安心してるんだけど……。
「これから強敵も多々現れる。俺も含め、全員で強くならなくては生き残れない」
自分の実力に不安があるのか、元海兵組は少し緊張している。
少なくとも、ダズの指揮の下であの包囲網から船守り抜けたんだから、下手な海兵よりはもう強いと思うんだけどな。
「だが、それと同じくらい大事なことがある」
「皆、強く在り続けてくれ」
全員が一瞬キョトンとする。
うん、まぁ、仕方がないが――
「これから先、我々は力を行使して事態を解決していく。外道な行いをさせるつもりはないし、そうならないように進めていくつもりだ。俺は俺が正しいと思う生き方をしていきたい」
マジで気を抜くと心折れて変な方向に進みかねないのがワンピ世界だからな……。
SBSの小ネタとはいえ、何かあった未来ってのはぶっちゃけよくあることなんだと思う。
「が、力を行使することに飲まれかねない事態もある。我らが、我らの正しいと思うことを行えば行うほどだ」
「正しい事のために、正しくないと思ったものを叩くのは正義であるかもしれない。だが同時に、快楽でもある」
正直、自分も人売りの連中シバいてた時はちょっと楽しかったしなぁ。
だけど、集団になったんなら迂闊にそういうことはできない。もしやれば暴走しかねない。
「その快楽に吞まれた時、我らは怪物に成り果てる。そして怪物は、どれだけ強かろうともいつか勇者に討ち取られるものだ」
中途半端に読んだ所だけど、ビッグマムとかもある意味そういう面はある。
掲げている物は一見正しいけど、それが歪むとああなる。
というか、海軍も一部そういうところがある気がする。
好き勝手やってるのに曲がらないルフィ達ネームドが凄すぎるんだわホント。
殺人は嫌いだとかいうローの一味とか。
「だから、強く在ろう。多くの物を見て、多くの物を知り、多くのことに悩みながら自分達の仁義の道を探していこう」
「それが、俺の思う強い
途中で俺が死んで一味がバラバラになったりするかもしれないけど、ここにいる全員が筋を通す連中になってたら……まぁ、酷い終わり方はしないだろう。
場合によってはソイツらがルフィの仲間になったりするかもしれない。
「……色々言ったが、まぁあれだ。――皆で悩んで皆で楽しくいこう! 一番後悔しない道を探しながら!」
どうせ俺達海賊っていう犯罪者だしな! ハッハッハッハ!
ロビンいるからガチの暗殺者も来るだろうけどな! ハッハッハッハッハ!
笑えねぇけど笑うしかねぇ!!
「これから俺達の掲げる旗は! 『黒猫』!」
背伸びをしたロビンと適当な岩の上に立つペローナが、斜めに走らせた三本の爪痕の上にちょっとリアル寄りの黒猫の横顔を乗せた俺たちの旗を広げ、一同からおぉ……と小さく感嘆の声が広がる。
いろいろ考えたけどこれしかねぇ。
黒獅子とか考えたけど、何回
「キャプテン!」
「なんだ、トーヤ?」
トーヤ、数少ない男の船員――今は操舵手を担当している、一見女に見える美少年だ。歳も15、と近いために話しやすい。
そのトーヤが挙手しているため、話を促す。
いやホントウチの海賊団、海賊の癖に変に統率されてるなぁ。元海兵ばっかだから仕方ないけど。
「思ったんですが、猫はちょっと海賊というには可愛すぎませんか!?」
「ああ。――愛嬌があっていいだろう?」
俺がそういうと、全員が噴出して笑いだした。
あぁ、そうだ。海賊ってのはこれでいい。笑っていかなきゃなぁ。
「全員、今日は好きなだけ飲んで食え! 歌って騒げ!!」
「黒猫海賊団! 旗揚げだ!!」
トーヤ君、イメージとしては漫画「ぐらんぶる」の
次回は少し海軍側を触りながら話を進めていきたいとおもいます