とある黒猫になった男の後悔日誌   作:rikka

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第二章:飛翔
029:魚人開拓団


 話は、さかのぼる事一週間と少し前になる。

 

 増えた船の隠し場所として、更に拡張を急ピッチで進めていた洞窟内部で、ボロボロになった魚人を発見したのが最初だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「かたじけない……かたじけないっ! まさか治療や衣服だけでなく、こうして食事まで馳走していただけるとは」

「遠慮は無用だ。魚人の事は正直理解が浅いが、海に一人でいる事の怖さと飢えの恐怖はよく分かる」

 

 ハックと名乗る魚人は、丁寧に頭を下げながらこっちの用意した料理を、最初こそ警戒していたが今はパクパク食べている。

 

 細かい所がうろ覚えの原作知識だったおかげで何を出せばいいか迷っていたが、魚も食べられるのは助かった。

 隠れ住んでる俺達には、どうしても海で捕れる魚が主な主食になる。

 

 洞窟の拡張工事を進めていたダズとトーヤ達から、魚人が流れ着いていると聞いた時は警戒したが……いやぁ、いい人でよかった。

 

 最初はアーロンみたいな魚人襲撃イベントかと思ったが、どうも怪我をしているようだし、意識はあるのに近い所にいる見た目子供のダズを人質やらに使おうとする気配もないので、ちょうど非戦闘員で編成中だったウチの医師団と仕立て部門の連中で治療や破けた衣服の修繕をさせながら、俺やロビン――魚人ならば政府関係者ではないだろうと思ってだ――で交流を図っていた。

 

「ちょうど今日は、襲撃した拠点のマフィアに苦しめられていた街の人間が色々渡してくれてな。ただ、日持ちしない物も多い。存分に飲み食いしてくれ」

「……貴殿らは、本当に海賊なのか?」

「よく聞かれるが、ああ。……一応賞金首だ。この通り」

 

 やはり魚人という種族は、身体能力は人間をはるかに超えているようだ。

 わりとボロボロに見えたのだが二日程度で完全に回復していた。

 

 海から見て焚火や生活の光が漏れていないのを、夜間航行訓練のついでに何度も確認している森の中のアジトで、動けるようになったハックも招いて簡単な宴をしていた。

 

「手配書……4つの海で億越えとは。失礼だが、いったい何を?」

「……奴隷になれって言われて逃げ続けていたらこうなったのさ」

「なんともはや……人間とは、同じ種族に対してもそうなのか?」

「そういう者もいるにはいるが……俺の場合は天竜人だ。聖地に住む者以外は全て格下なのだろう」

「天竜人……そうか、奴らか……。なるほど、得心がいった。不快な事を言わせてしまい、申し訳ない」

 

 そりゃあ知ってるよな。なにせ魚人島のすぐ上が聖地マリージョア、そして近くにはヒューマンショップなどのヤバい店のせいで悪名高いシャボンディ諸島があるんだ。

 

「気にしなくていい。俺からすれば、天竜人もある意味で世界の被害者だ」

 

 いやまぁ、ぶっ殺されても文句言えない奴らばっかりなんだけどさ。

 ただ、ドンキホーテ聖絡みの話を思うと……哀れな面もあるように見える。

 

「ところで、どうして西の海に? 魚人は基本的に、グランドラインの魚人島に住んでいると聞いているのだが……」

「あぁ、我々――私は開拓団の者だ」

「開拓?」

「……正確には、冒険家と言った方がまだ正しいかもしれないが……」

 

 ハック――聞けばエビスダイの魚人だという男がポツポツと話し始めた。

 

「ゴールド・ロジャーより始まった一繋ぎの秘宝(ワンピース)の伝説により、海賊の数は莫大に増え、そして魚人島にも大量に奴らが来るようになった」

「それは、つまりその……貴方達を捕まえて売るためですか?」

 

 横で、焼いた魚と野菜をバランスよく食べているアミスが尋ねる。

 

「それもあるだろうが、魚人島がグランドラインの後半の海に行く唯一の道だからだ。政府の使うレッドポートを除けばだが」

「おっしゃる通りだ。大体は魚人島に辿り着く前に複雑な海流に巻き込まれるか、あるいは海王類に船ごと食われるかだが……母数が増えればやはり、な」

 

 アミスは西の海の新兵だという話だったし、グランドラインの知識はなかったのだろう。

 なるほど、としきりに頷いている。

 

「魚人島は、唯一地上の光が届く海底の島だ。我ら魚人や人魚にとって、あそこほど暮らしやすい島はないが、逆に言えばそこでしか安全に暮らせぬ。それが……」

 

 それが、海賊達によって連れ去られる人魚や魚人が爆発的に増え、行き場を失くしつつあったというのは原作でも確かにあったが……住んでた島が安心できなくなるというのは、やはり絶望したのだろう。

 

「……では、開拓団というのは」

「魚人島以外に、我らの理想に近い誰も知らぬ島があるのではないかと、それを探し求めている者だ」

「それで探検家とも言っていたのか……。確か、少し前にあの白ひげが魚人島をナワバリにしたと新聞で見かけたが、まだ安定はしないのか?」

「いや……海賊白ひげと、ネプチューン王が懇意であるのは周知の事実だが……貴殿らのように直接言葉を交わしたこともない海賊を信じるほど信用できぬのだ。……海賊はやはり海賊なのでは……とな」

 

 あぁ、なるほどなぁ。確かにそう考えるのも分かる。

 

 白ひげがわざわざ大勢の魚人の信頼を得るために動くとは思えんし、仮に多くに会って言葉を交わしたとしても、ホーディみたいな連中は絶対に出るだろうし。

 

 白ひげの縄張り宣言で多少安定したとしても、他に魚人の暮らせる場所を探そうとするのも当然の流れだ。

 

(すっかり忘れてたけど、あのフィッシャー・タイガーもそもそも海賊じゃなくて冒険家だったなぁ)

 

 あるいは似たような理由で冒険をしていたのかもしれない。

 そう思うと……うーん。

 

 そういえば今フィッシャータイガー何やってんだっけか……。

 

「クロ殿」

「む」

「正直な話、貴殿にはこの身だけではなく、心も救われた。ここに来るまで、己が内に静かに燻り続けていた人間への憎しみと疑念が、いくらか晴れたように思える」

 

 ……まぁ、そりゃあやっぱり警戒するよね。

 無礼ではあるけど、先に目の前の料理にさっさと手を付けておいてよかった。

 俺やペローナがパク付き始めてから、ようやくちょっとずつ料理に手を付け始めたものな。

 

 一服盛られて、気が付いたら爆弾首輪付きなんて事もありえるのが魚人の環境だ。

 

 ……ワンピース世界は実質ポスアカ世界だった?

 

 考えてみれば、敵サイドの勢力が勝っちゃって何百年も経っちゃった世界みたいなものだしな。

 

「手当をしていただき、衣類も直していただいた上に食事まで頂いた。その上で、厚かましいのは承知だが――」

「囚われた仲間がいるんだな?」

 

 ボロボロだった服の破損部位のいくつかは、恐らく海流に流されている間に岩肌や珊瑚などで擦ってできた物なのだろうが、いくつか戦闘によるモノに見える物もあった。

 

 修繕をした者がいうには、何かしらの薬品のような染みもあったという事。

 おおかた、捕えて商品にしようとして麻酔弾のような物を使った連中がいたのだろう。

 

 事実、ハックは悔しそうな顔で頷いた。

 

「おそらく、すでにどこかに連れ去られているのだろうが、探そうにも我らは西の海に来たばかり」

「土地勘がない、か……トーヤ!」

「はい! すぐに!」

 

 現本船の操舵手兼航海士を務める仲間を呼ぶと、すぐに察して西の海の地図を持ってきてくれた。

 

「辛い記憶を思い起こさせるようで申し訳ないが、襲われた時の場所と状況を教えてもらいたい」

「クロ殿……」

 

 

「火を囲んで共に同じ食事を取った。ならばもう友人だ。手助けの一つくらいさせてくれ」

 

 

「……まぁ、文字通り猫の手(・・・)でよければ、だが」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

(いやぁ、陸のチンピラ連中を混乱させればそれでいいと思ったけど、思った以上に大砲がいい所に当たってるなぁ)

 

 グランドラインに入ればどうせ強い悪魔の実を食べたつよつよ能力者による能力バトルになるんだろうけど、それと互角に――あるいは保たせるだけの戦力を整えることが出来たら、きっとその時には戦闘部隊の統率力、そして海賊なので海戦の能力の差が大事になる。

 

 そう思って通常の戦術訓練に加えて、夜戦訓練なんかも色々試していたんだけど……海を主戦場にしていないマフィア相手ならそれなりに有効なようだ。

 油断すると対策組まれたりするので更に戦術を練っていく必要があるが。

 

――撃水(うちみず)

 

 視界の端で、少し突出していたアミスに銃を向けていたチンピラを、ハックが水を用いた一撃で吹き飛ばしていた。

 

「すみません、ハックさん! 助かりました!」

「アミス殿、体も意識も(りき)みすぎている。戦闘において、余計な力を抜くことは最も大事な事と心得るとよい」

「はい!」

「他の者は逆に縮こまりすぎだ。陣を崩されぬよう間合いを維持したくなるのは分かるが、下がればその分相手は押してくる。下がるよりも出る方が安全という事も少なくない、見極められよ」

 

「はいっ!」

「了解です!」

 

 師弟関係かな? と思わずにいられない実戦光景だけど、場所の特定までのほんの数日の間に戦闘訓練に付き合ってくれたおかげか、白兵戦がますます様になってきている。

 

(今本船の指揮任せてるトーヤとか、操船組は真面目に魚人空手習い始めたから本当に戦力の底上げ始まってるなぁ)

 

 

「てめぇ! 例の海賊ごっこのガキだな!?」

「億の首をよこ――」

 

 

―― 微塵斬(アトミックスパ)

 

 

―― 六輪咲き(セイス・フルール)・クラッチ!

 

 

 今回は相手も逃げ場のない地形という事で白兵戦の訓練も兼ねているので、囮も兼ねて真ん中にどんっと構えていると、俺の首を狙いに来た奴らの片方が切り裂かれ、そして片方が全身の関節を極められて悶絶した。

 

 ロビンの奴、船にいるのに……遠距離でここまで出来るようになっちゃったかぁ。

 

(学者肌だからか要領いいからなぁ……。ハックから人体の急所を教えてもらっただけで原作仕様になっちゃって……)

 

 一番成長してるのはロビンかもしれない。

 そもそも、ロビンもトーヤ達に交じって魚人空手習ってたし……君、そんなに戦闘に対してのモチベーション高い娘だっけ……。

 

 足技を教えて欲しいとも言ってきたからたまに走り込みに付き合ったりしてるけど……。

 

「……この程度の腕でキャプテンの首を取れるわけがないだろう」

「助かる、ダズ。ロビンもありがとう」

「気にしなくていい。今回は暇だからな」

 

 アミス達が今回はハックの指揮――指揮というか指導の下で戦っているから、あまりやることがないのだろう。

 

 ただ、やはり生真面目というかこれまでの戦闘で指揮官気質になったのか、アミス達の動きをずっと観察している。

 

 ロビンも問題ないという意を込めてか、能力で生やした手の指で軽く肩をトントンと突いて、それを消した。

 

「にしても、ロビンが戦闘に参加したいと言い出したのは予想外だったな」

 

 船の上から、場所を変えながら生やした目で状況を確認しているのだろう。

 狙撃手のような離れた位置に身を隠している敵が次々に、自分の身体から生えてきた腕に関節を極められ沈められていく……かわいそうに。

 

「地区本部戦を終えてからペローナに相談しているのを耳にした事はあった。もっと一味の役に立ちたいと」

 

 ダズ、今俺の首元にロビンの耳生えてるし、なんならなんか生えてきた腕がお前をベシベシ叩いているんだが……いやまぁ、いいか。

 

「……情報の整理と通達だけで十分以上に役に立ってくれてるんだけどなぁ」

 

 ロビンとペローナは情報収集と偵察、通達の要なんだし……。

 

 ……ペローナは同時にウチの最強広範囲制圧兵器兼爆撃要員だからな。そこらへんを気にしたのか。

 

「キャプテン、そろそろ外の掃討は完了しそうだ」

「よし。ロビン、通達だ。本船並びに三番艦は解放した人たちの受け入れ用意。医療班も器具に……冷える夜だし毛布も十分用意して待機するように。二番艦はそのまま増援警戒を」

 

 にしても、コイツらの拠点それなりに潰してるけど……。

 

「そろそろ何か手を打ってもいい頃なんだがな」

「隠し玉か?」

「あるいは……どこかに助けを求めるとか」

「……今回、あの魚人に指揮を任せて俺をフリーにしたのはそのためか?」

「ハックな。種族で分けると気が付いたら偏見の沼に足取られてるぞ。まぁ――」

 

 

「油断はするな。いざってときは、最低限の目的だけ達成させて離脱だ」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 

「ちくしょう! せっかくデカい取引二つ用意をしていたのに、よりにもよってアイツらが来やがるなんて!」

 

 五大ファミリーの中でも、特に人身売買で利益を得ていたそのファミリーにとって、『黒猫』という海賊団は悪夢そのものだった。

 

 なにせ船員は自分達の金に換わってくれるハズだった連中。

 

 確実にそこそこの金になる上に、高額まちがいなしの能力者の子供が複数いると分かって根こそぎ攫いに行けば返り討ちにされ、それどころか自分達の拠点や商品を確実に潰し、奪いに来る。

 

 能力者相手なら海の上で戦えば本領発揮できないだろうとファミリーの船総出で襲えば、いつの間にか増えていた船団による戦術と強力な幽霊を操る能力者にやられ、二十隻近くの戦力は完全に壊滅。

 

 他のファミリーからの突き上げもあり、もはや五大ファミリーの一角は風前の灯火となっていた。

 なんとかこの状況から脱するために、偶然手に入れた大金の元を使って盛り返そうとしていた矢先のこれだ。

 

「おいテメェ! なにのんびり本なんか読んでやがる!」

 

 ファミリー幹部の男は、椅子に腰を掛けている男に声をかける。

 

「相手も砲撃を止めて上陸してやがる! せめて飯の代金分くらい働け!」

 

 男はパタンと本を閉じて、自分の得物を手にして立ち上がった。

 

「こういう時のために高い金払って海軍の目を誤魔化したんだからな!」

 

 

 

 

「鷹の目!!」

 

 

 




クレメンス「お腹痛いのでちょっと出かけてくる」

当然ですがハックの過去はオリジナルです。革命軍に入る前、大海賊時代の始まりあたりの魚人の動きとかを想像してこんな感じにしました


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