とある黒猫になった男の後悔日誌   作:rikka

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 魚人開拓団の救出作戦から一月。

 ハック達は今も俺達の拠点にいる。

 開拓団としての活動はまだ続けるつもりだそうだが、捕えられたことにショックを受けている者もいるため、しばらくはウチのやっかいになりたいそうだ。

 

 その間の対価として、労働力での助けに加えて魚人空手や魚人柔術の師範としてウチの戦闘員を鍛えてくれている。

 

 トーヤとか操船要員組は筋が良い……というよりは全員が死に物狂いで訓練し続けたために、もう段位を取るほどに成長している。例の○○枚瓦正拳突きの前に、最低でも八百という数が付くほどになっている。

 

 他の船員も、覇気の同時修行をしながら急速に成長している。

 ……うん、いや本当に強くなったな。

 

 この一月の間に三回ほど略奪したけど、マフィアの連中や襲ってきた海軍を俺やペローナのゴースト抜きで制圧しきったからなぁ。

 

 ロビンも能力を駆使した上での魚人空手の技の再現に成功しつつある。

 関節技はどこに行ったと思うが、アレはアレでいつでも出せるしなぁ。

 

「……ダズ・ボーネス、武装硬化へのコツを掴みつつあるな」

「そうじゃないかなぁと薄々感じていても確信持てなかったけど、お前がそう言うのなら間違いないか。ミホーク」

「うむ、殴っている二人の女もいい覇気を持っている」

 

 一方で、もっとも訓練に力を入れているダズはステップアップが恐ろしく早い。

 二人の少女にぶん殴られながら、防御技である斬人(スパイダー)の姿勢のまま眉一つ動かさずに堪えている。

 

「ふん、妹達も妾と同じく九蛇の戦士。当然覇気も鍛えておる」

凪の帯(カームベルト)に戦士の島があるという話は聞いていたが……なるほど、興味深い」

女ヶ島(にょうがしま)女人(にょにん)のみの神聖な島、男は出入り禁止じゃ」

「……つまり、立ち入れば九蛇の戦士達が襲ってくるわけだな」

「おい、止めよ。貴様、今それも面白いと思うたな!?」

「…………ふっ」

「何を(わろ)うておるのじゃ! 不埒者め、そこに直らぬか!!」

 

 ……で、なぜこうなるのさ。

 この娘、ハンコックだよね? 俺よりちょっと年下だけどすでに原作でああなるんだろうなぁと思うくらいの美少女だし。妹達間違いなくあの二人だし。

 

 あと見下しすぎて見上げてるし。

 大丈夫? 後ろに倒れない?

 

 一緒に囚われていたと聞いていたけど、まさかあのハンコックとは思わんわ。

 うろ覚えだけど、時期ちょっと違う気がするし。

 

「ミホークもそうだが……ハンコック、ソニアもマリーもありがとう。感謝している」

 

 とはいえ、後々の七武海やその部下に今からダズ達の修行に付き合ってもらえるのは本当にありがたい。

 

「……なぜ、おぬしが頭を下げるのじゃ」

「? 感謝しているからだが……」

 

 それ以外に何があるのか。

 

「強い者は、そう簡単に頭を下げるものではない。格を低く見られる」

 

 そう言われてもなぁ。

 

「頭下げるくらいで落ちる格ならそれまでだ。恩人に対して誠意を示す事が弱い事だというなら、弱くて一向に構わん」

「救ってくれた恩人はそもそもおぬしらじゃろう。……ミホーク、外の海賊というのはこういう者達ばかりなのか?」

 

 顔合わせをしたときは本気で驚いたが、ハンコックはどうも九蛇から離れた上に奴隷候補から解放されて、外にすごい興味を持っているみたいだ。

 

 ウチの団員ともそれなりに良好な関係を築いていて、ダズやアミス達の訓練に積極的に付き合ってくれている。

 

「いや、この男が特別なだけだ。政府の役人見習いと言われたら納得しそうな海賊など、他にはおるまい」

「であろうな。わらわたちが沈めてきた海賊は、もっと下品で粗野な者ばかりであった」

 

 ……原作から大きく外れているのが少し不安ではあるが、この子やダズのスパーリング相手のあの二人が酷い目に遭う事がなくなったというのは、まぁ、いい事だろう。

 

「肌に合わないか?」

「いや、違和感は確かにあるが不快ではない。覇気こそ未だ未熟だが、九蛇の物とは違う強さをおぬしには見せてもらった」

 

 

「おぬしの下に付くことに不満はない。妹共々、世話になる」

 

 

 ……だけど傘下に入るってのはそれ未来の九蛇海賊団大丈夫?

 

 いや、一応グランドラインから九蛇の島に帰り着くまでの期間限定ではあるんだけどさ。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「ハックさん、頼まれていた台車を持ってきました」

「それと、作業してくれてる皆のお弁当も」

「おぉ、すまないトーヤ殿、ロビン嬢」

 

 元々は海賊船を隠すために拡張していた洞窟は、さらに拡張されて魚人・人魚族のためのスペースとして一部が改造されていた。

 

 硬い天井の岩盤をクロが蹴り砕き、奥の方には日光が差し込むようにしていたのだ。

 さらに島の中心部にあった湖の付近が特に見つかりにくいだろうと、そのあたりに魚人たちの家も作っていた。

 

 現在ハック達魚人組は、ただの船の隠し場所でしかない洞窟内部をより整備し、隠し港として機能するように改造する仕事をまかされていた。

 水中で活動できる魚人たちは、より大きな船でも乗り上げる事が無いように、浅い所を掘って深みを作っていた。

 

 ロビンの持ってきた弁当を受け取りに、彼女と仲良くなった人魚や魚人が手を振って答えている。

 

「クロ殿は大丈夫か? 昨日も海兵狩りと斬り合っておったようだが」

「あ、はい。もう起き上がって、先ほどは副総督たちの訓練の様子を見ていました」

「キャプテンさん、最近あの人と戦った後でもグッスリ寝れば、もう動けるようになったって」

「なんと……」

 

 あの時、指揮を取っていたダズですら自分の『何があってもまっすぐ船まで走る』という指示を忘れる程の、非能力者同士の人知を超えた戦い。

 

 あの戦いは、その場にいた全ての人間の目に焼き付いていた。

 

「やはり、あの年齢で億を超えるだけはある。大した海賊だ」

「おかげで、いろんな所から狙われてますけど……」

 

 ここ数回の略奪――マフィアや海賊の船を狙った所、襲撃に備えていたマフィア側が想定以上の戦力を用意していたり、あるいは網を張っていた海軍に包囲されることもあった。

 

 もっとも、それらは力を付けた黒猫海賊団一同と、訓練の成果を見たいと同行していた鷹の目、黒猫という海賊団を知りたいと参加した九蛇の三人によって蹴散らされることになった。

 

 あまりの過剰戦力に、船長であるクロが『目も当てられねぇな……』と珍しく素の言葉を零すほどの蹂躙劇だった。

 

「キャプテンを傷つけた事に関して思う事はありますけど、ミホークさんのおかげでウチの戦力が大きく底上げされているのは間違いないんですよね。ハンコックちゃん達も」

 

 剣術こそ習っていないが、覇気の扱いに関してはミホークと九蛇の三姉妹にしごかれているトーヤが複雑な笑みを浮かべている。

 

「……あの人、うちの海賊団じゃないのになんでウチのつなぎ服使ってるの……」

 

 その隣で、ロビンはすこし頬を膨らませてむくれていた。

 

「あぁ、あれは私も驚いた。あの剣豪が畑仕事とは……」

「うちのマーク入ったつなぎを着てるのに後ろ姿に見覚えなくてすっごく焦りましたね……あれ」

 

 開拓の一環として、開墾作業も黒猫海賊団に所属するものならば大事な仕事である。

 海賊でこそあるが、民間からの略奪を良しとしない黒猫において自給自足体制を作るのは当然の流れだった。

 

 その時に汚して構わず洗いやすいようにと、元民間人のテーラーが制服の他に作った黒猫海賊団の作業着。

 

 それを麦わら帽子と共に着こなし、他の団員と共に(くわ)を振るい種をまく『海兵狩り』の姿は、特に元海兵組の中に静かな衝撃を与えていた。

 

「最近じゃ訓練の時にあの服着てる時があって、凄い違和感あるんですよ」

「先日の新聞で、海兵狩りが黒猫の傘下に入ったかという記事が載っておったが……本当にそのまま居付きそうな勢いだな」

「……キャプテンさん、斬り合ったのにあの人と仲良いの……」

 

 実際、クロからすればミホークは船員――実質クロの親衛隊となっている元海兵組の特訓を行い、開拓作業も手伝ってくれる友好的な人材のために、食事を共にして酒を振舞う程度には仲良くなっていた。

 

「でもロビンちゃんも麦わら帽子作ってあげてましたよね。ミホークさんに」

「…………最近、暑いから」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「さて、全員集まったな」

 

 ダズと今日の分の兵隊の訓練――今日はミホークやハンコックからまだ早いと言われていた二番艦や三番艦の船員の基礎トレの日だった――を終えてから開拓組の作業を手伝って、全員で簡単な食事をとってから幹部を集めての定例会を開いている。

 

 ダズ、ペローナ、ロビン、アミス、ハック、ミホーク、ハンコック。それに開拓を担当している非戦闘員のまとめ役数名。

 

 ……うん!

 

 なんか一部おかしいけど全員いるな!

 

「ハック達魚人開拓団の一件に片が付いてから、ようやく状況が落ち着いてきた。ここらで一度、我々の今後の動きをハッキリさせようと思う」

「それはつまり、次の略奪の話か?」

 

 ミホークの言葉に、ロビンがジトッとした目で睨む。

 うん……ミホーク、君なんというか、すごくウチの活動に積極的だよね。

 

 大丈夫? 君、後に七武海になるんだよね? ちゃんとなるんだよね?

 

「まぁ、略奪といえば略奪だが……アミス」

「はい」

 

 アミスが会議部屋――大工組が偉く頑丈に作ってくれた作業場の中の一室の壁に、ダズとロビン、そして海兵組や買い出し班があれこれ調べてくれた情報をまとめて書き込んだ、この西の海の海図である。

 

「今更の話だが、西の海は裏社会が強い海だ。先日の魚人開拓団の救出作戦で、実質その中核となる五大ファミリーの一つの力を大きく削いだが、その壊滅しつつあるファミリーの縄張りの食い合いで、今ファミリー達は抗争状態になっている」

「……キャプテンが以前戦った能力者のギャング……ベッジだったか。奴もその中で名を上げつつある」

 

 海図の中にはどことどこのファミリーが戦ったという×印や、金や人の流れを示す色違いの矢印がアチコチにある。

 

「ミホークやハンコックも、ウチの船員から話は聞いていると思うが、俺は五老星――世界政府に喧嘩を売った」

 

 ミホーク……おまえニヤリと笑うのやめーや。

 ハンコックがドン引いてるじゃん。

 

「今はまだ向こうも(くだん)の海兵奴隷事件の混乱、あるいはその最中に起きた事件への対処などで対応が遅れているが、逆に言えば今ここで勢力を伸ばさなければ、いずれ我々が膨大な戦力ですり減らされるのは目に見えている」

「……グランドライン行きを遅らせて数を増やすのか?」

 

 最初立てていた俺の計画を大体は知っているダズが質問する。

 

「……数、といえば数なんだが……今の俺達に必要なのは実績を含めた名声と、なによりも権威がいる」

 

 世界政府に立ち向かうだけの戦力を揃えるだけっていうなら、変な話傘下全員でビッグマムなりカイドウの所に行けばいい。

 

 ミホークやハンコックは抜けるだろうけど、新世界までたどり着く程度の戦力はもう持ちつつあると見ている。

 

 ただそうなると、ワンピースの正体次第じゃ取り返しのつかない事になるし世界が暴力一色のヤバイ世界になるし……。

 

 シャンクスが四皇入りしてればそういう選択肢もあるにはあったが今はなし。

 

「戦力を揃える。つまり俺達が強くなるのは、以前にも言ったが最低条件だ。剣豪のミホークに九蛇の覇気使いのボア三姉妹、そして魚人空手の達人であるハックを師範として、こんな駆け出しの時代から密度の濃い訓練が出来るのは、『黒猫』にとって望外の幸運だとしか言いようがない」

 

 ハンコック、自慢気なのはわかるけど、だからそれ見下してるんじゃなくて見上げてるんだって。

 

 ミホーク、お前も。

 あの訓練量と試練は下手したら死人出るからな?

 

 親衛隊から脱落者一人も出ていないけどアレ奇跡なんだからな?

 

 あと出来れば俺との斬り合い、やっぱ四日に一回にしてくれない? 駄目?

 

「だが、ただ強いだけの海賊団では駄目だ。世界政府を躊躇わせるにはそれだけでは足りない。手を出すことへの畏怖、迂闊な刺激を躊躇わせる恐怖と共に、組織を潰すと困る……ある種の有用性をカードとして持っておきたい」

 

 そこで海図に向き合い、いくつかの大小の島にペンで大きく丸を付ける。

 

「キャプテンさん、それって……非加盟国?」

 

 学者の卵として様々な本を読み、地図を見ていたロビンがそれに気付く。

 

「そうだ、ロビン。これらは世界政府に――正確には天竜人への金を払えず加盟できなかった、あるいは除名された西の海の国々。現在内戦、あるいは海賊による支配などで内情があまりよくない国家だ」

「……魚人たちや、例の海兵奴隷に関わっていた連中の仕入れ先であり、市場でもあるな」

 

 一時マフィアに、形だけとはいえ雇われていたミホークが俺の言おうとしていた答えを言ってくれる。

 

「ミホークの言う通りだ。マフィアはここの武装勢力に武器や船、食料や資材などを売りつけ、一般層には闇市でより高値を付けたそれらを販売している。違法薬物などの類も一緒にな」

 

 ミホークとハンコック、ペローナはさもありなんと大して態度を変えていないが、それ以外の面々は不快感から顔をしかめている。

 

「そして奴隷市場の仕入先にもなっている。ここで目を付けられた人間が攫われ、ヒューマンショップ――海軍のいう職業安定所へと送り込まれる」

「世界政府は非加盟国を人扱いしておらん。我々九蛇も、それがあるから非加盟国はよく略奪の対象にしておったと聞いておる」

 

 うん、そこよ。

 それが世界政府のちょっと下手というか、後々の世界に妙なしこりを残しかねないと思っている点なんだが。

 

「そうだ、どうしてか世界政府は軽視しているが……荒れ果てているとはいえ、実質手つかずの土地が転がっている」

「では、我々の最初の目標はこれらの制圧ですか?」

「……キャプテン、制圧した所で俺達に旨みはないぞ」

「そうだ、ない。むしろ手間な位だ。なにせ向こうは食うものすらない」

 

 ダズの言う通りだ。

 旨みと言える程の旨みはない。

 制圧してからが大変だし、そもそも市場にしているマフィアからは更に目を付けられる。

 

 

 

「だからこそ、誰もが意味がないと手を付けていないからこそやる価値がある」

 

 

 

「少なくとも、俺達にはな」

 

 

 

 世界政府に、こちらの意思を示すには十分だろう。

 そっちの膿をちょっと減らしてやるから、後はそっちで頑張れ。

 

 

 

「我々の手で、西の海の非加盟国を一度まとめ上げる」

 

 

 ……居場所が割れてるからと襲われる可能性もあるけど、その時は一度本気で海軍と戦おう。

 

 

「状況によっては西の海の海軍戦力が攻め込んでくるかもしれんが……」

 

 

 そういうとダズとアミスが小さく頷き、ペローナがホロホロ笑い、ロビンは少し顔を暗くするがこっちをちゃんと見て、ミホークとハンコックがニヤリと笑う。

 

 …………うん、あの。

 

 ホント、今の戦力でも結構いい勝負できるから。

 

 

「諸君、矜持を掲げていこう」

 

 




次回もうちょっと九蛇姉妹とか魚人組深堀……出来たらいいなぁ

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