とある黒猫になった男の後悔日誌   作:rikka

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040:開戦、秒読み

(ただですらやべぇ橋を渡るって話が、さらにやべぇ話になったなぁ)

 

 ロビンがドアを勢いよく開ける音がする。

 ベッジも港の施設で寝泊まりしている部下を叩き起こしにいった。

 

 ここから俺は、敵がいかに面倒くさい連中かって話をしなくちゃならんわけだ。

 

(ペローナの村での一件から、海軍にさらに追いかけ回される覚悟はできてたけど……)

 

 本格的に加盟国との戦いが始まる。

 ロビンを拾ったばかりの頃のように、少人数ならまだどうとでもなった。

 

 だが、今ではアミスを始め大勢の部下を率いる事になり、しかもリヴァースマウンテンの周辺海域の警備が強化されている今、最悪の場合を想定すると海軍――世界政府に手を出す事を躊躇わせる力を示さないとますます打つ手がなくなる。

 

 それこそ、大戦力に包囲されて壊滅したオハラのようになる。

 

(……方角的に、ちょうど真正面か)

 

 バルコニーの手すり――ボロボロで、体重を預けるには少々不安なそれに手を乗せて、海の方に目をやる。

 

 そこには、オハラがある。

 確かに急ぎすぎたのだろうが、滅びる程ではなかったと思ったあの島が。

 

「ロビンを……あの子を置いていかなければならず、死を覚悟しての貴女の行動。……見事、と言う事は、私には出来ません」

 

 なんとなく、オハラと運命を共にし、オハラに眠っているだろう彼女に語り掛ける。

 

 実際、オルビアがロビンと共に逃げてくれていたらもう少しロビンも救いがあったんじゃなかろうか。

 ペローナが同情というか共感したのかえらくロビンに構っていたが、それでも最初の航海中では年齢に見合わない警戒心の塊だった。

 

 一見素直で従順だったが、眠る事すら恐れていた。

 ペローナがいない完全な男所帯だったらもっと警戒していたか、あるいはどこかで逃げ出していたかもしれない。

 

「ただ……さぞ、無念でしょう。さぞ、お心残りでしょう。あんなに可愛い娘さんだ。もっと『母親』をしてやりたかったでしょう」

 

 

「自分は本来の守り手ではなく、彼女の幸せへと繋がる二十年はもはやあってないようなものですが」

 

 もうホントにどこに流れていくか不明である意味滅茶苦茶怖いんだが……。

 

「せめて、本来の守り手が世に出る二十年後まで、死力を尽くして娘さんをお守りします」

 

 いやホント、ルフィたちが暴れ始めてくれればいろんな意味で安心できる。

 そうすれば違和感なく麦わらの一味と出会うロードマップを考えて――

 

 

 

―― どうか……どうか、娘をよろしくお願いします……。

 

 

 

 とっさに振り返る。

 ベッジやロビン達が出て行った、このバルコニーと屋内を繋ぐ唯一の出入り口。

 

 誰もいない。

 一番近場にいるはずだろうロビンも、今頃一緒に寝ていたサンダーソニア達を起こしている頃だろう。

 

 だが一瞬、そこにロビンによく似た大人の女性がいた……ような気がした。

 身長も着ている服も、なにより髪の色も全く違う女性が、いたような気がした。

 

「キャプテン、緊急事態だとロビンが騒いでいるがどうし――どうした?」

 

 そこにダズが顔を見せた。

 なんとなく目が合い、首を傾げられるが……。

 

 

「あぁ……気にするな、背負い直しただけだ」

 

 

 まぁ、このワンピース世界ならそういう事もあるか。

 ブルックみたいな存在もいるんだし。

 

 そもそも、今はそれどころではない。

 

「聞いた通りだ。幹部を集めて会議室に集合させろ。ベッジ達も来る」

 

 本当に緊急事態だと改めて認識したのか、ダズが素早く振り返って駆けだす。

 

 さて……行くか。

 黒猫のマークの入ったコートを羽織り直し、バルコニーから出て……振り返り今一度頭を下げる。

 

 オハラに向けて。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「ジェルマ……あの物語の悪の帝国か」

「作り話じゃなかったのか?」

 

(まぁ、こういう反応になるわな)

 

 半信半疑の幹部たちと、こちらを侮っているのか笑っているマフィアの幹部連中。

 まぁ、仕方ない。

 本気でヤバい相手だと分かっているのはベッジだけだ。ミホークは……ヤバいというか楽しい相手かもしれないと思ってやがるな。

 

 ハック達魚人組やハンコック達は、そもそもの知識がない。

 

「海兵組なら知っている者もいるかもしれないが、MADSと呼ばれる科学者集団がいた。先日逮捕、解散したがな」

「敵の中にその学者様がいるのか?」

 

 ベッジが眉をひそめてそう問いかけをする。

 うん、それよりかはある意味でマシ……マシでもないか。

 

「敵の首魁がその科学者の一人だ」

「頭がかよ、面倒くせぇな……。クロ、ジェルマって事はつまり帝国だろう? なら頭ってのは王様なわけだ」

「あぁ」

「ちっ、国王なら国王らしく贅沢して満足してりゃいいものを……。名前は? ジェルマ何世とかそんな感じか?」

「いや、違う」

 

 ベッジも組織を率いる人間だ。下の気持ちが緩み始めているのを察したのか、質問する形で情報を整理して状況を形にしていってくれる。

 

「家名はヴィンスモーク。ヴィンスモーク・ジャッジ。それが敵の名前だ」

 

 正直、ジャッジ個人が強いかと言われると微妙な気もする。

 いや、まず最低でも四皇幹部クラスはあると思うから油断すると不味い。

 それに、俺が知っているのは紙の上のジャッジだけだ。

 

 今は……多分あれだ。子供達が生まれたかどうかくらいの時期だろう。

 奥さんもひょっとして来ているのか?

 

「ジャッジは主にクローンやその改造に関しての研究を進めている男だ」

「つまり、その強化されたクローンというのが敵の主力か」

 

 ピンと来ていなかったダズ達も、ようやく敵の姿が見えてきたのか顔を引き締め始めた。

 

「具体的な性能……いや、能力は分からないが普通の人間のそれは間違いなく超えていると見ていい」

 

 いやホントはよく分からないけど、二十年後にはビッグマム海賊団の兵隊を蹴散らしていた。

 二十年前――サンジが子供の頃に比べれば段違いとも言っていたが、同時にその頃でもヤバいみたいな話が……あった……ような……?

 

 俺が読んでたのそこら辺までだし、もう完全にうろ覚えだなぁ。

 

「船のデカさから考えると……二千……下手すりゃそれ以上はいるか」

 

 ベッジは船を写した写真を全てテーブルの上に出して広げ、他に写り込んでいる物と合わせて乗組員の数を推理する。

 

「帆船とは違うんだ。この電伝虫が動力そのものなら、乗組員は必要ない。ほとんどは兵士だろう」

 

 まいったな。あの電伝虫船の性能が分からねぇ。

 赤い大地の絶壁に貼り付ける事は知っているが……いや、そうか。

 

「おそらく陸でも動けるのだろう。下手に島に近づけたらそのまま揚陸艇……どころか陸上戦艦になりうる」

「……となると、やはり海上で戦うしかないか。どうする、キャプテン」

 

 問題は、俺達の十八番である砲戦がどこまで効くかだ。

 敵はジェルマ。

 というよりは、ヴィンスモーク・ジャッジだ。

 MADSにいてクローンを始めとする生体改造の研究に従事していた男。

 船も含めて自分の装備には、自分の持つ技術を用いて手を掛けているだろう。

 

(デカい的になるあの電伝虫が、柔らかいと考えるのは悪手でしかない。となると……)

 

「ベッジ、今すぐ偵察の船を出してくれないか? うちの六、七番艦も付ける」

 

 とにかく情報が必要だ。

 さすがに詳細な戦力を調べようと踏み込んだらバレるだろうが、せめて敵の船の動きくらいは掴んでおかないと不味い。

 

「六番、七番って……お前ん所の船大工がやけに手を入れていた船じゃねぇか。いいのか?」

「砲戦を担当する船の護衛艦として改造した船。つまりは、万が一の時の盾だ。今こそ出番さ」

 

 この島を手に入れてから毎日毎日、船大工組が鹵獲した多数の船を駄目にしながら試行錯誤した上で、艦隊行動についてこれる限界ギリギリまでの追加装甲と大砲を積んだ船だ。

 

(ジェルマ相手なら失う可能性もあるが、今後の事を考えるとあまりベッジの兵隊を失うわけにもいかない)

 

 今回をしのいだ後でも、5大ファミリーとの抗争になる可能性だってある。

 その時、裏での渡り歩き方を熟知しているベッジの勢力は大事だ。

 協力体制を取り続けられるならそれに越したことはない。

 

(まぁ、俺達が落ち目になったと判断したら嬉々として取り込みに動くだろうが……) 

 

 だってベッジだもん。

 もうその時の光景が目に浮かぶよ。

 

 互いに最善の協力行動を取り、同時に隙を見せてはならず、更に目に見える成果を出して将来性を喧伝しなければならない。

 じゃなきゃ食われる。

 

 とうの昔にデスマーチ入ってるけど、これから先は今以上のデスマーチだ。

 

「敵船の出航を確認次第、こちらも打って出る」

「いつものように砲戦を主軸に?」

 

 艦隊の指揮経験を確実に積み上げて来ているダズが確認を取る。

 いやぁ……本当に頼もしくなっちゃって……。

 

 こちらの船二隻で敵海賊船五隻を砲戦のみで沈めた時は「おぉ……」って思ったもん。

 

「一応それでいく。そのための作戦を今から組み立てるが、白兵戦になる可能性も高いと俺は見ている。……ミホーク」

 

 ジェルマの船の写真を見て不敵に微笑んでいるミホークに声をかけると、待ってましたとばかりに笑みが深くなる。

 

食客(しょっきゃく)であるお前には申し訳ないが、力を借りたい」

 

 実際、暴れるだろうと思っているのだが俺はコイツに負けていて、その上で俺の所の兵隊を鍛えてくれている客人だ。

 

 頭を下げて、頼むのは当然だろう。

 

「……頭を上げろ、クロ」

 

 そこで分かったと一言言ってくれれば終わる話なのになにさ。

 頭を上げると、やけに神妙な顔をしているミホークがいた。

 

「確かに、俺は客だ。お前達の一員の証である黒猫も背負っていない」

 

 お、そうだな。

 でもお前作業する時は絶対ウチのつなぎ着てるよな。

 

 この間避難区域のおばちゃん達がお前の事「つなぎの人」って話してたぞ。

 

「それでも、食客ではなく客将であるつもりだ。なにせ、これほど充実した日々は生まれて初めてだからな」

 

 お、そうだな。

 お前ここ最近毎日俺と斬り合ってるよな。

 俺が仕事している間は畑仕事か親衛隊と斬り合いして、俺が休憩に入ろうとしたら刀抜いて俺の所来るよな。

 

 今の俺なら、手足さえ無事なら多分最低でも三日は寝ずに戦い続けられるぞこの野郎。

 

「命じろ、クロ。お前の指揮の下に振るう剣も悪くない」

 

 まじか。

 

 …………。

 

 まじかぁ。

 

 わかった。俺も腹括るよ。とっくに括ってるけど。

 

 

 

「ミホーク、今回、白兵戦主体に移行した際は独自行動を許可する。その場合は――」

 

 

 

「とにかく斬れ。相手を選ぶ必要はない。斬って斬って斬りまくれ」

「はっはっは! あぁ。あぁ、いいぞ」

 

 

 

「任せてもらおう」

 

 

 




次回、開戦

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