とある黒猫になった男の後悔日誌   作:rikka

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042:ジェルマ66

「来るぞ、乗り込んで敵船を制圧する。総員、戦闘用――」

 

 ジェルマ66(ダブルシックス)

 ヴィンスモーク・ジャッジの持つクローン技術によって用意された兵士たちは、恐れを知らない。

 恐れというものがないのだ。

 故に動揺することはない。

 戦場において、途中で言葉を遮られる時なぞ――

 

 

―― どけ、雑兵。

 

 

 死ぬときだけである。

 

 いつの間にか現れた、眼鏡をかけた黒スーツの少年(海賊)

 刀が五本ずつ付けられた奇怪な手袋による一閃によって、指揮をしていた部隊長タイプのクローン兵は斬り伏せられていた。

 

 同時に、まるでサーフィンのそれのように一枚板を乗せた水柱が、甲板の上へと打ち上げられた。

 それを敵だと判断した兵士クローンは全員手にした武器を向け、ライフルを装備した者は射撃を開始するが、そのすべては空中で斬り払われ(・・・・・)一発たりとも板を貫けない。

 

 噴水のように吹き上がった水柱は、重力に従い板と共に甲板へと落下する。

 落下した瞬間、その板ごと周囲のクローン兵が斬り倒された。

 

「……なるほど、三人を斬った初撃だけで、瞬時に間合いを測ったか」

 

 突如として飛んできた斬撃を紙一重で躱した兵士達は、手にした短槍を構え戦闘態勢に移る。

 

 だが、移ったその瞬間に最前にいた五人があっという間に斬られる。

 

「確かに筋肉や骨に手を加えているのだろう。これまで斬ってきた敵に比べて固く、刃が通りにくい。両断するつもりだったのだがな」

「お前、もっとスマートな勝ち方してきたと思ってたけど、結構エゲつないな」

 

 聴覚を強化されているクローン兵にすら悟らせない無音の斬撃により、数小隊を斬り倒したスーツの海賊が、剣士に向けて呆れた声をかける。

 

「死地を切り抜ける時に、いつも上品にとはいかぬものだ」

「まぁ、そりゃそうか」

 

 剣士は名刀らしき刀を構え、海賊は手のひらで眼鏡の位置を直す。

 

 

「では――征くぞ」

「杓死」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

(これが……無双状態……っ!!)

 

 楽しい! 楽しすぎる! 最高じゃないかヒャウィゴーーーーー!!!!

 

 ここ最近、俺が戦ったのって話にならない雑魚を除けばずっっっっとミホークばっっっっっっっかりだったから実感なかったが、俺はこんなに強くなっていたのか!

 

「敵生体反の――」

「捕捉不能、我らごと広範囲での攻撃で巻き込――」

 

 まったく逃げようとしない敵兵は、あの手この手でこちらを捕獲しようとしている。

 斬られる味方を肉の盾にして捕えようとする者。

 斬られた瞬間に強化筋肉を限界まで力ませて刃ごと俺の動きを止めようとする者。

 ガトリングの乱射で斬られている味方ごと仕留めようとする者。

 

 だが、そのどれもが遅い。遅すぎるし脆すぎる。

 これではミホークやダズはおろか、トーヤでも魚人空手特有の範囲攻撃で吹き飛ばせる。

 アミスも今では斬撃飛ばせるから初手で斬り飛ばせる。

 

(やはりあのジェルマといっても、二十年前ではそこまでの練度ではないか)

 

 これがミホークだったら動きを読んで斬撃置いて(・・・)たり、方向転換用意のための減速の瞬間を狙って斬りかかって来てたり、あるいは横に斬ったハズの斬撃がなぜか上から来てたりしていた。

 

 だがこいつらにはそれが出来ない。

 身体能力は強いのだが、格上と戦うのに必要な細かい判断――いや、それ自体は出来るのだろうがそこに至るまでが遅い。

 

 味方もろとも撃ち殺そうというのならば、もっと広範囲かつ密度の高い攻撃でないと意味がないし、そもそもジェルマのクローン兵の固さがそのまま障害物になって効果が薄い。

 

 俺を止めたければミホークみたく、一瞬で360度全方位斬撃とかやってみせろ。

 初めてアレやられた時は軽く絶望したわ。

 なんか俺の杓死を見ていて思いついたとか言っていきなり実戦レベルの技作り出すんだぞアイツ。

 

(……楽しいのは事実だけど、楽しんでばかりもいられないな。実際、通常戦力としてみるとやっかいどころの話じゃない)

 

 実際、仮に海軍の本部戦力でも中将クラスの指揮する部隊程度ならばおそらく蹴散らせる。

 

 うちの海賊団なら二番,三番艦の面子でおそらく同数ならギリギリ拮抗、それ以降の艦の人員ではまぁ勝てん。無理だ。間違いなく一方的にやられるだろう。

 

(一秒でも早く、一人でも多く斬らなきゃこちらの被害が増えるな)

 

 雑魚狩りに専念したのは正解だった。

 

 ハンコック達三姉妹とペローナのミニホロ爆撃――やはりネガティブ・ホロウは、無意味とまではいかないが効きが悪かった――による遊撃支援があるが、一般船員にとってはこれが最初の試練となるだろう。

 

「ロビン、戦況はどうだ!」

 

 我が黒猫海賊団で最重要ポジションともいえるオペレーターのロビンに尋ねると、耳の後ろから声がする。

 

『キャプテンさんとミホークが作ってくれた隙間に、今ダズさんと親衛隊の皆が乗り込んで突破口を押し広げています』

「ハンコック達は?」

『かけた梯子やロープを落とそうとしている兵隊を迎撃――あ、今トーヤさんの部隊がその援護に入りました』

 

 よし、親衛隊が展開してくれれば、戦線の維持に動いてくれるだろう。

 まずはこの船の戦力を削り切って、ここを足場にしなければ……ウチの船だけでこれだけの巨船を相手取るには、乗り込むだけで苦労する。

 

(……ミホークからも強さにはお墨付きが出ているんだし、そろそろ俺も足技をアミス達には教えるか)

 

「ロビン、そのまま状況を監視。親衛隊と二番,三番艦の兵士のこちら側への展開が終わり次第、ハックか誰かに頼んでお前とペローナもこっちに。今回、守りに戦力を割く余裕がない」

『わかった。ベッジの船と六,七番艦の狙いは?』

「動きを見せた艦にとにかく集中。俺達がこの船を落とすまでなんとか時間を稼いでくれ。どうしても無理そうならすぐに報告してくれ。俺が空走って乗り込む」

 

 ロビンが分かったと返事をし、とりあえずの会話が終わる間に何人斬っただろうか。

 覇気によって黒く染まった猫の手にそこまで負荷は感じない。

 切れ味は全く落ちていない。

 

 ロビンが色んな本読んだりミホークから話を聞いたりして、厳選した刃で作ったおかげもあるだろう。

 ふと横を見ると、ミホークがすげぇいい顔でジェルマの軍勢を片っ端から膾斬(なますぎ)りにしてる。

 

 なんだあれ、虐殺ショーかな? こわ……。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「ほう。奴も暴れているか」 

 

 巨船の甲板――本来ならば敵船に乗り込ませるための多数の兵士の一時的な待機所としての役割もあっただろう広い甲板は、戦場となっていた。

 

 ミホークは自分が攻めている所の反対側に当たるところで、まるで刃の竜巻に襲われたかのように致命傷を負いながら巻き上げられている敵兵を見て、わずかに感心の息をこぼす。

 

「もはや虐殺だな。短期間で良くここまで練り上げたものよ」

 

 いい傾向だと、クロという男の客将でありながら、師でもあった男はクロの暴れっぷりに満足そうにしていた。

 

 元々クロという男が持っていた、命を奪う事への忌避感。

 戦いを必要とする者にとっては重要で、だが多すぎると戦意を鈍らせるそれが程よく落ちている。

 

 ミホークは、クロという男が人をまとめつつも戦う戦士として、その精神がもっとも良い塩梅になりつつあることを悟っていた。

 

(このクローンとやらの兵士では、目視も叶わんだろうな)

 

 ミホークは、数で押して来る敵を次々に斬り伏せながら、あの日自分との力量差を知ったうえで挑んだ海賊を思い浮かべる。

 

 彼にとって、それは得難い出会いだった。 

 

 耳にしただけならばおそらく信じなかっただろう、神速の域に達しかかっている戦士。

 そして、真正面から世界政府に喧嘩を売る真似を(いと)わない海賊。

 

 

―― 親衛隊、抜刀! 戦線を押し広げる! 前へ!

 

 

―― はっ!!!

 

 

「む、来たか」

 

 後方で、ミホークのしごきに付いてきた精鋭達の声がする。

 

(思えば、奴らもまた得難い出会いの一つか)

 

 人に剣を教えるという、経験したことがない楽しみを教えてくれた者達。

 特にアミスのように部隊指揮を担う者達の成長は著しく、数名はミホークが模擬刀とはいえ本気を出しても数分は付いていける。

 そして例外なく、鍛えている親衛隊の者達は敗れるたびに強くなる。

 まだまだ自分には遠いが、研磨を続ければあるいは今の自分に届き得る精鋭揃いだ。

 

 現時点でも、下手な海賊団なら親衛隊が二、三名いれば容易く潰せる。

 

(このレベルならアミス達が敗れる事はないが、問題は他の兵士か)

 

 ミホークが鍛えているアミス達が、時折他の船員を鍛えている。

 そのため黒猫海賊団の船員は他の海賊団に比べれば戦力として安定はしているが、ずば抜けているわけではない。時間を掛ければ変わるだろうが、今はせいぜい中の上レベルだ。

 

「いいだろう、少しギアを上げる。食らいついて見せろ、科学の兵士よ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―― アミス、向こうで真っ赤な霧と酷い音と臭いがするんだけど、あれひょっとしてミホ――

 

 

 

―― ただの狩場です。絶対に近づかないで! とにかく持ち場を死守!!

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「なんだこのザマは!!?」

 

 初期ロットとはいえ、十分な実力と耐久性を兼ね備えた最強の兵士。それによって編成された最強の軍隊。

 

 ヴィンスモーク・ジャッジが太鼓判を押したその一隊が、まるで塵芥(ちりあくた)のように蹴散らされている。

 

「確かに、一度に全戦力を投下出来ない船上という地形が邪魔なのはわかる。だが、数は圧倒的にこちらが上なのだぞ!?」

 

 手配されている海賊に負けるのはまだいい。まだ理解の範疇だ。

 若くして億越えとなった海賊ならば、容易く勝利するというのは難しいだろうというのは分かっていた。

 

 だから最初の作戦では、まず敵海賊団の構成員をすり潰すことを主目的にしていたのだ。

 だが――

 

「それが、雑兵の守りすら抜けんだと!?」

 

 黒いスーツで固めた刀を使う一団。

 船長である『抜き足』と『海兵狩り』と思わしき二名に続いて乗り込んだことから、構成員の中では精鋭なのだろうが、敵の侵入口を潰そうと回したこちらの兵隊は、構成員を一人も倒せず次々に倒れていく。

 そうこうしている内に敵の兵士は次々に船へと乗り込み、気が付けば船団の外周を担当していた一隻の甲板は、その半分が海賊側の陣地となっていた。

 

「陛下、中距離に陣取ったまま砲撃を繰り返す敵船は――」

「放っておけ! こちらの装甲を抜けないのならば豆鉄砲も同じだ!」

 

 槍を手に取り、ジャッジは立ち上がる。

 

「近づいている船を沈めろ! 兵士をさっさと削り、全戦力をあの船に送れ!」

「はっ」

 

 この一件が終わったら、ありとあらゆる手を使ってモグワを始めとする今回の依頼主たちを潰す事を決めながら、ジャッジは装備を固める。

 

「俺も出るぞ! なんとしても『抜き足』のクロを止めねばならん!」

 

 船さえ沈めれば兵士も減る。

 問題は『抜き足』を始めとするネームドだが、それも援護する他の兵士さえ削れば袋叩きに出来る。

 

 その判断は通常の海賊団なら間違いなかったし、実際ジェルマが総力を挙げていたら『抜き足』といえどどうしようもなかっただろう。

 

 身重でかつある(いさか)いから毒を飲んでしまった妻を戦場に連れて来るのは(はばか)られ、しかも戦場は北の海から赤い大地を渡るだけではたどり着けない西の海。

 そのために連れてきた戦力は少数精鋭。

 それでも、本来ならば国の一つや二つはたやすく潰せるだけの力はあった。

 

 

 だが、あまりにも相手が悪すぎたという事に、まだジェルマ王国国王は気付けていなかった。

 

 




現時点の親衛隊の大体の強さイメージ
隊長アミス:おおよそ1億台

指揮代理を受け持つ隊長補佐(トーヤなど4名):7~9千万台

一般親衛隊員(現在20名):2~4千万台

親衛隊の一般隊員は連携および防御特化型でツーマンセルからスリーマンセルでの固さが特徴とかいうどうでもいい設定があったりします。


基本オリキャラは無粋かと思い、ネームド親衛隊は女剣士枠のアミスと男武闘家枠のトーヤだけを使うつもりですが、ひょっとしたらたまにふっとモブ枠のまま名前を付けるかもしれません。

 ……でもそれやっちゃうと結局ネームドになっちゃうんだよなぁ、最終的に。


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